第30-2話:吸収②
「今回の作戦で俺たちが今からやることは、はっきり言えばマルスの乗っ取りだ」
鑑定結果により、メディが処方していた抗生物質がエテルムと判明。
俺はメディの拘束を端緒にしてからの壊滅、その後のロッソのインフラ設備までの引継ぎ、最終的なウルティミス・マルス連合都市の誕生の概要を説明した後、最後に全員を見据えて発言する。
どうしてもこれだけは最初に明らかにしておかなければならない。どれだけ耳障りの良い言葉を使っても、自分たちのしていることがただの乗っ取りであることに気付くし、実際に総力戦をうたっている以上無自覚のまま行動を起こすのは「我に返った」時に著しい士気の低下を招くからだ。
無論メディは無実である。だが無自覚ではあるがエテルム流通に関わっていたのは事実、しかもロッソの庇護を受けていることはみんな知っている、無実であるというのは信じてもらえない可能性が高い。
だからどうしても敵側の繋がりを疑われる、これを解消するためには権力側の「敵役」がいれば可能となる。
故に今回の作戦で全ての面で、今回は俺が裏で手を引いたことを演出する。そのためにロッソの面目を派手に潰して、堂々と挑発したのだから。
みんなで力を集めて悪をやっつけてメデタシメデタシ、これが出来れば一番いいんだけど、そう簡単にいかないのが現実だ。
と、結構な覚悟をもっていったものの……。
「駄目だね」
とアイカがやれやれと肩をすくめる。
「駄目って、どこが?」
「ばーか、内容じゃないよ、仲間を頼るなら最後まで頼りなさいよってこと、というか頼り方が中途半端、というか中途半端にかっこつける、結果思いっきりカッコ悪い」
「な、なんだよ、それ、俺は」
「つまりメディを「無実の罪で巻き込まれた被害者」、カリバス伍長を「娘同然の存在をかばうために身を挺した」って浪花節を演出するつもりなんでしょう? なら武力行使の加害者役は私たち憲兵以外ありえないでしょ。舐めないでよね、嫌われ役が私たちの仕事で、誇りなんだからね」
セルカ司祭もアイカに同調する。
「同じ理由で私も不満ですね。黒幕は中尉でも政治面での乗っ取りの悪役は私以外に敵役はいないでしょう、中尉にその気はなくとも、無能扱いされた気分です。覚悟を決めろと言われた以上、責任をもって達成しましょう。乗っ取りですか、なかなかにやりがいがありそうじゃないですか」
ウィズとルルトに視線をやるが2人ともその通りだと頷く。
そうか、覚悟を決めてと言いながら、自分で全ての責任を負うなんて、変な方向に覚悟を決めてしまったわけか。
「ごめん、俺の方こそ覚悟が足りなかったな、ならとことん最後までやろうぜ」
●
皆の了承を得て作戦内容が決まり、いよいよ行動に移す。
まずは憲兵、俺はタキザ武官大尉率いる、憲兵第三方面本部第62中隊詰所へ赴いた。
憲兵は中隊単位で一つの活動を行うから、タキザ大尉に中隊の指揮権限があるものの、縦割りであることは事実だから、マルスという国家の有力者を顧客に抱える政治的な事情も抱えるマルスに対してどの程度の権力執行ができるのかなと思ったが……。
「感謝するぞ神楽坂!」
話を伝えたところ興奮気味に乗ってきたのはタキザ大尉他幹部達だった。
「なるほど、メディの診療所か、くそう! 気が付かなった!」
「道理で、いくら探しても見つからないはず」
「だがマフィアだって考えれば、これぐらいやってのけるか」
「これでロッソの孤立ははっきりしたぜ、ロッソファミリーは壊滅させられる!」
「早速、作戦立案からだな、部下達にはいつ情報を下ろす?」
熱を帯びて口々に話す、中隊の基幹たる上級下士官達、だが本当に良いのか下手をすれば上の意向に逆らうことになるのではないか、大丈夫なのかと思ったが。
「神楽坂、階級社会にとって上の命令は絶対なんだよ」
と俺の心配を察したタキザ大尉がニヤニヤ笑いながら話す。
「そして憲兵の最高幹部たちは口々にこういうんだ」
「犯罪者たちを撲滅せよ、とな」
「……ははっ!」
「宮仕えの辛いところだ、さてその命令を実行するために、部隊編成を行うぞ」
――と、そんなやり取りがあり
(すごいな……)
俺が今いるロッソマルベルの事務所はそれこそ台風が吹き荒れたような状況だった。
まさに壊滅の一言、ロッソの事務所は滅茶苦茶になり、抵抗をせず応じた構成員は無傷だったものの、抵抗の度合いに応じて傷の度合いが増し、体のあちこちが変な方向に曲がった構成員たちも多数いた。
証拠がないから動けない、というのは相当にストレスがたまるのか、思う存分暴れまわった感じ、憲兵が動けないことをいいことに、相当に生意気な態度をとっていたらしく容赦なくやられたそうだ。
「よう神楽坂」
俺の来訪を察知してタキザ大尉が挨拶してきた。
「あらためて感謝するよ、おかげでロッソファミリーを壊滅させることができた」
「俺を言いたいのはこっちです、それでロッソはなんて供述しているんです?」
「エテルムの入手からメディを騙して卸したことまで驚くぐらい素直に自供している、誰かさんの尋問のおかげでな」
「はは、ご迷惑をおかけしたようで」
「なに、激しい抵抗をしてきたからの実力行使なら合法だ、「アキス楼主長もそのように「証言」している」ということさ」
「ははっ、その考え方は好きですよ」
「ま、ロッソの件についてはこっちに任せてくれ、マルスの治安維持をどうするかについては、あの美人街長のやり方によっても変わってくるから、その都度報告しよう」
「……あの、メディとカリバス伍長については」
「メディはロッソが騙したと証言が取れたから監視処分程度だろうからすぐに釈放されると思う。カリバス伍長については、贈収賄や情報漏えいがどの程度の罪になるかは分からない。破毀院がどう判断するかだ、まあそこまで重たい罪ではないさ」
そうか、なら良かった。特にメディがすぐに釈放されるのならこっちも悪役になった甲斐があったってものだ。
「わかりました、何かあれば連絡をよろしくお願いします」
●
事務所を後にした次は楼主の執務室に向かったが、こっちはこっちで別の意味で凄かった。
そびえ立つ書類の山、丁度一息入れたところだったのか、セルカ、ウィズ、アキスが3人でお茶を飲んでいた。
「あ、中尉、お疲れ様です」
俺の来訪に気付いたセルカ司祭が出迎えてくれる。
「ああ、お疲れ様です、それにしても、これは?」
ここでセルカ司祭が憮然な表情を浮かべる。
「まったく、ロッソファミリーはいい加減の一言でしたよ。上納金だけ納めさせているだけで後はほったらかし、先輩も先輩ですよ、どうしてここまで放置していたんですか?」
セルカ司祭に責められてアキスはバツが悪そうにしている。
セルカ司祭曰く、ロッソがいい加減な状態であるのなら、本当なら楼主長が付け入る隙になろうにも、手を一切つけていなかったから外部の業者にいいように「合法的にぼったくられている」状態だったらしい。
そのため関係の締め付けから始まり、その件についてはヤド商会長を始めとしたウルティミス商工会が頑張ったらしい。結果遊廓側もウルティミスの幹部連が流通を一手に担ってくれているおかげで値段も安くなり、手際がすごくよくなったとのことで歓迎されたそうだ。
セルカ司祭のお説教は更に続く。
「先輩は昔からそうでしたよね、面倒くさがりというか、特にお金の勘定が苦手で、苦手なくせに丸投げするからこんなことに」
「わかった! 悪かった! 小言は勘弁してくれ!」
「まだ言い足りないんですけど」
「お前の指示に従うから、な? もう、なんか高等学院時代を思い出すぞ」
とオロオロするアキスが微笑ましい。そんな俺の視線に気づき、誤魔化すようにウィズに話しかける。
「セルカも凄いが、そこにいるレティシアも凄いね」
アキスの横に佇むレティシアはこともなげに頷く。
「いいえ、主体はセルカ街長ですから、私はサポートしたに過ぎませんよ」
「この量をたったの一か月でやった人の台詞じゃないよ」
と雑談に花が咲く。
連合都市誕生のための事務仕事はひと段落ついたらしい、後は新しい方式を採りこんだ時に必ず発生する「トラブルの対処」と「慣れ」なのだそうだ。
それにしても、本当に連合都市が誕生するのか、莫大な利益を上げている遊廓を管理下に置くことで、財政難の解消と俺が進めている教育機関への投資、単純に金銭を持つことによる地位の向上を見込んでいたものの……。
自分で提案しておいてなんだが、変えすぎてしまったと思う。
「中尉、感謝します、街長の兼任がまさか実現するとは、これからのことを考えれば「非常に美味しい」ことですからね」
と思ったらセルカ司祭から出た思わぬ感謝の言葉。
街長の地位について。
連合都市の街長を兼ねる場合は、都市の格付けに変動はないが、王国議員としての格付けが1等級階級上がる。
条件はこれだけであり、一見して簡単そうに見えるが、当然のことながらそんな簡単に行くわけじゃない。
「連合都市は、本来ならお互いに足りないところを補うか、長所より強化できるかのために設けられた制度ですが、実際は利益配分や力量やら話し合いが本当に難しいのが実情ですからね」
連合の話題は数あれど、立ち消えるのが半分、連合した後に空中分解するのが半分、綺麗には進むことはまず無いと解釈してよく、条件が単純だからこそ難易度は非常に高いというのは周知の事実となっていた。
「中尉、これを見てください」
セルカ司祭は豪華な羊皮紙を差し出してきたので、開いて読む。
それは中央政府発行の書状だった。
「本日付でウルティミス・マルス連合都市の誕生及び私の4等議員に昇格通知。これで私は中規模都市との街長と同格になりました」
「立場だけではなく遊廓の莫大な利益がウルティミスの財政難を解消してくれましたし、金銭の潤いは内政事項で出来ることが格段に増えました。さてこれからですよ」
と楽しそうに息巻くセルカ司祭、その横でウィズが神妙な顔をして黙っている。
「神楽坂様」
すっと近づき話しかけてくるウィズ。
「ああ、やっぱり違和感に気付くよな」
「はい、スムーズに行き過ぎていますね、本当なら妨害工作も考えられますので、注意を払っていたのですが、神楽坂様の方も?」
ウィズの言葉に俺は頷く。
「アナズリ・キネリ文官大佐に動きなし、現在も失踪したままだ」
●
今回のマルス侵略に当たり俺の担当は、アナズリ・キネリ文官大佐。
そのために俺は、認識疎外の加護の力を使い、徹底して記録を調べ上げた。中央政府に忍び込み人事記録を読むことから始めた。
王立修道院文官課程で成績は平均より少し上程度だったが、配置場所では出世部署の一つである王国府に進路が決まる。
そこからはいわゆる順調な出世コースを歩む、人事記録上の評価は「上の中から下」をキープし、現在の地位、第三方面本部人事部調査官という地位。
一見して注目すべき点は無いように見えるが、この文官大佐殿の場合はとにかく部下から評判が良くない噂ばかり。
仕事はできないがゴマすりだけは天下一品、修道院時代の成績が平凡であるにも関わらず王国府の事務官として進路が決まったのは当時の修道院長へのゴマすり、そこからの出世も全てゴマすり、上からすれば使いやすい奴は出世するのを地で行くパターンだったということだった。
そして定年を控え、自分よりも先輩がいなくなり、出世がこれ以上望めないとなると、定員外の制度を悪用する形で仕事すらしなくなり、文字通りの「税金泥棒」を地で生き、周りからは見捨てられているのだとか。
とここまで調べて、さあ本人に会ってみようと思って、肝心かなめの所在について調べてみたのだが……。
「恋人と旅行に頻繁に出かけるから、所在不明だもんな……」
こんな笑えない事実で、頭を抱える結果となった。
結婚はしていなかったらしく、マルスの「献金」を受ける代わりに、身軽な自分の身分を利用しての不祥事のもみ消しと、金で囲っている複数の「愛人」とかわるがわる遊んでいるという、なんとも羨ま、いやけしからんことをしているらしい。
プライドを持たない人間は厄介、とは分かっていたが、こうまで開き直られると足取りがつかめないのはまいった。
「仲間と呼べる存在もいないから、本当に何処にいるか分からない、か……」
聞き込みをしていた、なんとかアナズリ文官大佐が数日前まで宿泊していたという情報を得て高級宿屋を出たところでため息をつくほかない。
しっかりと偽名を使っていたようだが、元より情報の秘匿性は高級宿屋は高いのは俺がいた日本と一緒。
しょうがない、これ以上延長してもおそらく意味がない、となれば俺がやることは……。
(作戦決行前から、今までの間まで、アナズリ文官大佐の動向を探ることだったんだけど……)
結局、アナズリ文官大佐の不正の証拠は、ロッソマルベルの隠れ家の隠し部屋から発見された資料にエテルムの取引と献金の記録の帳簿が発見されて、表ざたになった。
無論ロッソは帳簿の所持については覚えがない、憲兵のねつ造証拠だと相変わらず喚いていたらしい。
まあ普段ならここでアナズリ文官大佐はお縄で御用、が定例の流れなのだけど……。
「ごめん、アナズリ文官大佐は、そのまま行方不明になった」
とは苦渋に染まりながらのアイカの弁。
アナズリ文官大佐は、自分に捜査の手が伸びているのを察知してそのまま逃げたらしい。受けていたはずの多額の献金もまた所在不明で、一緒に逃げられたそうだ。
結果、アナズリ文官大佐は、職務放棄を理由に職権停止、そしてマフィアからの多額の献金を受け取っていたということで懲戒免職処分になったのだが。
――「こういう事態になることは想定していたみたいね、本当に足取りがつかめなくなったの、もう一生働かなくてもいいぐらいのお金も持っているし、他国への亡命もしたなんて噂もあるんだけど……ごめん」
悔しそうにしているアイカ、流石自己保身に長けたアナズリ文官大佐、逃げの手段は一流だった、という事だろう。
謝るのはこっちだ、まあでも逃げたってことは、今後は邪魔してこないってことだ、もう何の力もないんだからな。
すんでのところで逃げられて、釈然としない形で終わったが。
まあいい、最初に言ったとおり、いない人物に気をもんでもしょうがない、これからやることはまだたくさんあるんだからな。
「まあいいさ、ハッピーエンドなんて望んじゃいない、セルカ司祭の言葉を借りれば、よりよく、だからな、妨害がないならいいじゃないか」
俺の言葉にウィズも頷くが、こういった。
「ただ、ここまでで足取りを掴めないとなると、アナズリ文官大佐は生きている可能性は低いと思います。ですから念のため気を付けて」
「…………え?」
俺の言葉を疑問だと思ったのかウィズが答える。
「人ひとりの痕跡をここまで綺麗に消すのは容易ではないことですよ。となれば死んで、まあ殺されたか事故死かは置いておいて、死んだ可能性は十分に考えられるかと。ただアナズリ文官大佐の普段の素行から考えて露見を想定して失踪準備は入念にしていたと思いますから、確率は半分と言ったところでしょうか」
「…………」
「神楽坂様?」
「しっ!」
俺はウィズの言葉を受けて思考の海を泳ぐ。
連合都市誕生の弊害の一つとして考えていたアナズリ文官大佐だったが動きはなく、そのおかげでスムーズに事が進んだ。
だがマルスは何回も繰り返すとおり、王国の有力者を顧客に抱える遊廓都市。それがウルティミスに連合都市として事実上吸収されてしまう件について動きがなさすぎるのだ。
俺はアナズリ文官大佐は、定員外のシステムの悪用している、という件について事実ではあるが、カモフラージュの線も十分にあり得ると思っていた。
つまり一見して無能を装い、定員外という動きやすい立場を得てマルスを管理している。ということだ。これならフットワークが軽く、「現場管理責任者」としての役割を果たせる。
これが俺の結論だったが……。
ウィズの考えにも同調できる。
何か見落としている。
「あ…………」
そうだ、どうして俺の考えもウィズの考えも事実だと思ったのか。
「そうだよ、どうして疑問に思わなかったのだろう、今までのアナズリ文官大佐の件を思い出すと、明らかに不自然な点があるじゃないか」
「神楽坂様?」
「ルルトのところに行ってくる! それと、俺は再び長期間ウルティミスを離れる! その間は頼んだぞ、報告、伝達事項はフィリアに伝えてくれ!」
「い、今は大事な時期で」
「今これを見落とすと、後々に悪い方向に響いてくる、頼んだぜ!」
といってアキスの執務室を後にした。
次回は14日です!




