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第3話:ルルト神話


「ここは、教会か?」


「そう、ウルティミスのたった一つの教会だよ、おんぼろだけどね」


 ウルティミスの街のはずれにある教会、古い建物で何度か修復した跡がある。でも宗教のシンボルマークがウィズ教と違う……そうか、ここが。


「お察しのとおり、ここはルルト教の教会なんだよ、世界でたった一つのね」


「ふーん、本当に神様だったんだな」


「ははっ、あっさり理解するとは結構この世界になじんできたんだねぇ」


 神の「実在」をあっさり理解する、そう、この世界に飛ばされてきて俺が住んでいた世界とここの世界の最大の違いは神の存在だった。



 曰く、神とは人知を超えた能力を持つ、神の世界の住民である。

 曰く、神の世界とは人の世界の上位に位置する世界である。

 曰く、神話とは、神が人の世界に干渉した歴史記録。

 曰く、干渉とは、時には善意で時には悪意で神が行う人への接触行為のことをさす。

 曰く、干渉の方法は神によって様々で、自ら降臨したり啓示を与えたり力を貸したりする。



 これがこの世界における「神学」の基本項目だ。そこからそれぞれの神ごとに信奉する宗教が作られるのだ。


「最初に、無神論者なんて言ったらやばいって言った意味が分かったよ」


「そのとおり、自分たちの世界の否定につながる上に神への侮辱ともとれて報復を恐れる。その代わり寵愛を得られれば人を超える力を手に入れられる、ここの世界の人にとっての神はそういった存在なんだよ」


「マジにご利益があれば信仰の度合いも違ってくるよなぁ、でもその加護を与える代わりに神の力をほとんど使い果たしてしまうのだろ? 神もなかなかに献身的だよな」



「それは異世界から連れてくるレベルの話、ボクたちが人間に与えてきた加護は、ほんの少しの、本当に少しの加護、それで十分なのさ」



 突然の冷酷ともいえる口調のルルトの言葉に空気が凍る。


「……どういう、意味なんだ?」


「例えば神の加護を使って、君をこの世界で最も足の速い人物にしたいときにどうすればいいか分かるかい?」


「……どうすればいいかって」


「簡単だよ、君の足の速さを2倍にすればいいのさ、神の足の速さなんていらないし必要ない、足を速くする努力をしていない人間がいきなり2倍早くなれば、それは十分に神の奇跡に映るだろう?」


「…………」


「それに君は「けんどう」だっけ? 日本剣術を修めていたよね? 今君が持っている日本剣術に必要な能力を2倍にしたらどうなる?」


「そ、それは」


 次の言葉が出てこない。


 しかもルルトの淡々とした言い方は「蟻一匹が2倍強くなったところで驚異じゃない」って表現に聞こえる。


 因果による神の御利益じゃないってのは、怖いな、マジで……。


「ルルト、単純に考えてそれだけ強い神様たちが、本当に少しの加護だけで、人間界に干渉で「終わっている」のはどうしてだ?」


「ごめんね。不安にさせたかな、それについては簡単だよ、制裁されるからさ」


「制裁?」


「そう、神の世界にも絶対順守の掟があるんだ、掟を破るのは秩序を乱すこと、秩序を乱すと強い神から制裁を加えられる、生殺与奪は思いのまま、まあ本当の制裁は命を奪うどころの騒ぎじゃないけどね」


 へえそうなんだと感心する。


 神学は学問でもあるから、研究の対象になり、神の世界の実情は様々な「憶測」で成り立っている。制裁は聞いたことがあり、王国の主神であるウィズ神も制裁をした神話が残っている。


 それにしても制裁か……。


「……なあ、神の世界で最高神はウィズ王国の国教でもあるウィズ神なんだよな?」


「そうだよ、凄い美人でグラマーな女神さまさ」


 つまり最強神であるウィズ神が平和主義だからってことか、安心していいものやら。ウィズ神の苛烈な制裁は確かに神話に残っているからな。


 それにしても恐怖による抑止とは意外と神様の世界もえげつない。


 でも俺の目の前にいるルルトは……。


「ルルト、お前は制裁ってしたこと、あるのか?」


「え?」


 俺の表情がよっぽどせっぱつまっていたのか、ルルトはキョトンとしていたが、すぐに表情を崩す。


「大丈夫だよ、ボクは平和主義だ、制裁なんてしたことないよ」


「そっか、よかった」


 まあ掟が存在して、それが大事ってのは分かるけど、ルルトもそうだったらどうしようかなと思ったのだが、そうじゃなくて一安心だ。


 何故ならシンプルな掟は長所も短所もシンプルだし、そのシンプルさに簡単に安易に傾いてしまうからだ。


 まあそれは置いといて、教会を見渡して見ると、どこか豪華さがある修道院とは違う、木製の古いながらに趣があって歴史を感じさせつつ温かい。


 でもどこを探しても偶像はない、そういえば王立修道院の大講堂で祭られているウィズは偶像ではなく肖像画でルルトの言うとおり、凄い美人の女神さまだった。


 これも何か意味があるのだろうかと想いルルトに聞いてみる。


「ルルトの肖像画とか偶像はないのか?」


「無いよ、だって照れくさいじゃないか」


「照れくさいって……」


 なんだその理由はと思った時に、声をかけられる。


「あら、声が聞こえると思ってきてみれば珍しい、この時間に参拝客が2人も……」


 教会の奥の扉が開き入ってきたのは、修道服に身を包んだ清楚で綺麗な雰囲気の同い年ぐらいの女の子が入ってきた。


 その女の子はルルトを見ると微笑む。


「あら、フィリア軍曹、それと……」


 少し首をかしげるか、俺が誰だかすぐに合点がいったようだった。


「ひょっとして神楽坂文官少尉ですか?」


 おお、知っていてくれていたぞ、嬉しい、初めてじゃないか。


 俺は入ってきた女の子に敬礼する。


「神楽坂イザナミです。王立修道院文官課程第202期を卒業して着任しました」


「初めまして、私はセルカ・コントラストです、ここの司祭をしています」


「司祭ですか、俺もルルト教徒ですから、これからお世話になることもあると思います」


 何気ない俺の言葉だったが、セルカ司祭は不思議そうな顔をしている。


「貴方が、ルルト教ですか? えっと、ここ出身の方なんですか? すみません、存じ上げなくて」


「え!? い、いや、えっと、俺は外国人で、俺の祖国では様々な神を信じる習わしがあるんです。修道院入学にあたって、一番好きな神話のルルト教に入ることに決めたんです、配属先もここを希望して、まさかかなうなんて思いませんでした」


「そうでしたか、それはそれは、異国の方がルルト神話を、司祭としてとても光栄に思いますよ」


 セルカ司祭は笑顔でこう返してくれる。


 くう、ごめんなさい、そういえばルルト教の神話知らない。


 嬉しそうなセルカ司祭であったが「だからこそ」と言葉をつないで申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「ごめんなさい神楽坂少尉、この街は貧しくて、出迎えも馬車1台と人数が2人で精いっぱいだったんですよ」


「…………へ? 馬車?」


「はい、馬車1台だけ、ですけど、そのはず、なんですが」


「いや、俺が渡されたのは保存食の入った革袋一袋だけだったんですけど……」


「…………」


 俺の言葉に急に黙ってしまったセルカ、どうしたんだろう、行き違いがあったみたいだけど……。


 先ほどと違い厳しい表情、何かを話そうとしたがそれを遮ったのはルルトだった。


「今から彼を例の場所に連れていく、「対策」を考えるからもう少しの間だけ我慢してくれ」


「……わかりました、よろしくお願いします」


 厳しい表情のまま頷くセルカ司祭は、一礼すると修道院服姿のまま外に向かった。


「なあルルト、どうしたんだよ?」


「いいから来てくれ」


 ルルトに背中を押される形で強引に連れ出された。





 ルルトに連れてこられたのは街の一番外れ、つまり街境にある場所、ウルティミスを囲む壁の向こうにはすぐに山がある。


 でもあれじゃあ、侵入者が入ってこれてしまうんじゃという俺の感想そのままに、


「な、なんだよこれ……」



 周囲の家屋の10棟ぐらいが焼き払われていた。



「ちょうど1年と少し前にブート盗賊団というならず者たちが近くの山を根城にしてね、かなり質が悪く強奪はもちろんのこと人身売買まで手を出していて、頭のブートには賞金もかけられているんだよ」


「……どれくらいの人が犠牲になったんだ?」


「犠牲は出ていないよ、物的被害だけさ」


「…………」


 人的被害は一切出ていないのだそうだ、俺はじっとルルトを見る。


「お察しのとおり偶然じゃない、ボクの力だよ、この街の人たちは偶然だと思っているけどね」


「こういう時は王国軍に討伐依頼が出せるんじゃなかったのか?」


「とっくに出しているよ、だが王国政府の回答は「要望が多く順番にこなさなければならないため、時間がかかる」とのことだよ」


「……ひょっとして信仰している宗教が関係するのか?」


「もちろん、ロード大司教の差し金で握りつぶされている、この目で確認した」


「マジか、ガッチガチの国粋主義者だからな、ったく」


 ウィズ神を熱心に信奉しているのは事実であると同時に出世に生涯をささげているのがロード大司教だ、モストとも気が合っていたなぁ、そういえば似た者同士か。


 だがセルカ司祭の会話とルルトがここに連れてきた理由を考えると。


「まだ被害が続いているんだな?」


「そのとおりだ、山賊団の人間が定期的に来て、保護料の名目で金や食料が持っていかれている。これが今のウルティミスだよ」


「その山賊団を神の力でなんとかしない理由ってなんなんだ?」


「前に説明したとおり、神の干渉は慎重に慎重を重ねないと簡単に「度が過ぎてしまう」のはわかる?」


「……なるほど、やっと話が見えてきた」


「そう、度が過ぎない範囲で助ける手段として考えた結果、適任者を王立修道院に入れてここに赴任させることだった、それで、えっと、君と、協力して……」


 急に口ごもるルルトに俺はフォローを入れる。


「はっきり言っていいぜ、カモフラージュってさ、スケープゴートって言っていもいい」


「ごめんね、この世界で通用する最強の肩書が王立修道院なんだよ」


 それはここに来る途中でも自警団が言っていた。


 思えば休日中にも外出時には制服着用が義務付けられていたが、常に注目されていたことを思い出す。


 ある時、乳飲み子を抱えた若い夫婦に声をかけられ「修道院に入れるぐらい頭がよくなるように頭を撫でてほしい」と言われたときには凄い驚いた。


 頭を撫でてあげたけど、内心申し訳なかったなぁ、俺は修道院にズルして入ったし、成績も最下位だったからなぁ。


「ルルト、どうして俺なんだ? 申し訳ないが俺の能力や適性を考えると、理由がすぐに思い浮かばないんだが」


「前にも言ったと思うが、占いの神に適任者を占ってもらった結果だよ」


「ああ、そういえばそんなこと言っていたな、でも悪いけど占いって」


「ああそうか、君の世界じゃ占いは場合によってはインチキ扱いされているよね。そうだな、神の世界の占いは予言に近いものだと解釈してくれていいよ」


「予言って、俺は神の予言によって選ばれたってことかよ、字面が凄いよな、具体的にどんな予言だったか聞いてもいいか?」


 俺の質問にルルトはこう答えてくれた。



「この世界に一切のしがらみを持たない神楽坂イザナミという人物が要となる」



「……なるほど、「占い」ね」


「うん、そんな人間いるわけないだろと思ったけど、細かく聞くと異世界の人間とは納得したよ」


「つまりは最初から、このウルティミスの民のためだったってことか?」


「そうだよ」


 断言する、いつもの口調であっさりと。


 それにしても、思えばこいつがここでこうやっていること事態「神話」じゃないか。つまり俺はルルト教におけるルルト神話を現在進行形で作っているわけか。


「なあ、お前の神話って聞いていいか?」


「ああそうか、教えてなかったよね、聞いても来なかったけどさ」


「まあ、な……」


 ルルトは少しすねた表情を見せるも「ふう」と、焼き払われた家屋に痛切な視線を送り、懐かしみながらもルルトの神話を語り始めた。



「ここの民たちは、ウィズ王国が統一されたときの敗戦国の生き残りの末裔たちなんだよ」





 ウィズ王国が成立する以前は、後に統一戦争と呼ばれる血で血を洗う群雄割拠の戦国時代だった。


 その戦国時代を統一したのは初代ウィズ国王率いる騎士団、初代ウィズ国王はウィズ神の加護を得て人の倍の強さを持つ伝説の武人だったそうだ。


 ちなみに初代ウィズ国王の煌びやかな伝説は修道院で耳にタコができるほど聞いた内容だ。加護だけではなく24人の優れた仲間達に恵まれ、人格的も優れた王だったらしい。


 ウィズ王国を統一したことによる平和がもたらされたのは事実だし、多くの人の命が助かったのも間違いない歴史的事実だ。


 だが戦争である以上当然裏で不幸な目にあった人物もたくさんいる。


 ウルティミスの民たちは不幸な目にあった大勢の人間のたくさんの集団のうちの一つだった。


「彼らをボクが見ていたのは本当に偶然だったんだよ。最初はね、正直別に何とも思わなかったんだ。戦争なんて悲惨なものだし、いちいち同情してもきりがないのは分かってはいたのさ」


 彼らは理不尽に戦争に巻き込まれ、敗戦国であるが故に住処を奪われ、王国軍に追われている立場であり食料もろくになかく、あてもなくさまよい続けていたのだが。


「全員が笑顔だったのさ、それに衝撃を受けてね」


 生き残ったのには意味がある、だから生きることを楽しむんだと口々に唱えていた。


 もちろん無理をしているのは明らかだったが、全てを内包した前向きさが気に入り、ルルトは彼らから目が離せなくなった。


 彼らは今のウルティミスの場所にたどり着くと、森の中だから見つからないだろう、遠いから王国軍も来ないだろうと、ここからもう一度出発しようと住処を作り始めた。


 だが当然それは希望的憶測、王国軍から見れば不穏分子であることには変わりがない、せっかく統一された国がまた乱れかねないと初代ウィズ国王は群を派兵し、彼らに迫っていた。


 このままでは彼らは滅ぼされる。


 それを嫌ったルルトは、初代ウルティミスの民の有力者だけにルルトは降臨し、王国軍が迫っているが見つからないように加護を与える、加護の内容は彼らが王国臣民であるという認識操作であると告げた。


 結果ルルトの加護により、彼らは討伐軍の報告から王国臣民となったのだ。


「自分でも何でそんなことをしたのか分からないけどさ、まあ情が移ったんだよ。あの時のことは気まぐれだったし、民たちもすぐに忘れると思った。だけど、今でもこうやってボクを大事に感謝してくれて祭ってくれたからさ、だから応えたくなるじゃないか」


「…………」


 以上がルルト神話、神の加護により人を守った話だ。


 いい話だよな、本当に、この適当神がなぁ。


「……ルルト、山賊団はこの攻撃以降は仕掛けてきていないのか?」


「え? いや、抑止力程度に力を利かせているからね、「襲う気分じゃない」って程度に、これ以上強めると洗脳になるからやってないけど」


「洗脳かよ、意外と神の力って細かいところで微調整は効かないんだな」


「そうだよ、万能なんてとんでもない、制限も制約も多いし、使い勝手も良くない、だから時間をかけて着実な手段を取ることになったのさ、それが君だよ」


「そっか、わかった、さて、戻るか」


「え?」


「なんだよ、山賊団退治するんだろ? わかったよ、カモフラージュだろうとスケープゴートだろうとやってやるよ、だけど、日本に帰りたくなったら帰らせろよ、いいな?」


 俺の言葉にルルトは表情を明るくする。



「ありがとうイザナミ!」


「はいはい、じゃあ早速行動に移すぞ」


「そうだね、なにをしようかな」


「何をしようかなじゃなーい! もう、ルルト……って人前だとフィリアって呼んだ方がいいのか、早速ウルティミスの有力者たちに会えるように段取りを組んでくれ」


「会うの? 会ってどうするの? 結構反感買っているけど……」


「こういう時は手っ取り早く結果を出せばいいだよ、それで劇的に変わる」


「そんなものなの?」


「ま、ハッタリとチートの複合技だけどな」


「チート?」



「ようはズルするってこと、頼むぜルルト」




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