第28話:策略
正門から眺めることができる巨大な建物の全てが男のためだけの遊び施設だと思うと妙な迫力のある建物だと思う。
まあ興味が無いと言えば嘘になるけど、俺のことだから遊んだらすぐにバレるんだろうなぁ。1人だけでは駄目だから、遊ぶとなると共犯者がいないといけない。
うーん、自警団の連中と一緒でもいいんだけど、バレない様にと考えると駄目なんだよなぁ。
と、誰に言い訳するでもなく、そんなことを考えながら建物の中を歩く。
建物は元となる大きな建物に増築を繰り返した感じでウィンチェスターミステリーハウスのような、まあ呪われているとか幽霊屋敷という感じはしないけど、イメージとしてはそんな感じだ。
人通りは余り無い。昼夜が逆転しているせいなのか客の姿もまばらだ。
まあ元々活発に挨拶を交わすようなところじゃないし、元の目的もあるが、政治的な場所に使われることも多いのだろう、活気はあるがひっそりとしているそんな感じだ。
この遊廓の運営方式は一つの店で独立採算を採用しているのではなく、一つのギルドを作り、楼主達が相互補助の法則をもって運営し、一つの単位として売り上げの一部を上納金としてマフィアに納めている。
随分しっかりとした組織運営をしているなと思ったが、楼主達をまとめる楼主長がやり手らしく、みんなの意見を吸い上げつつ調整を図りリーダーシップも取れるそうだ。
まあどうしてこんな詳しいのかというとヤド商会長が「商売モデルの勉強のため」という男特有の言い訳でいろいろと教えてくれたのだ。
さて、俺たちが向かう先は今回の実地調査に当たり、セルカ司祭が最後に呼び止めた用件と関係する。
というのはマルスの楼主長が高等学院時代の先輩らしく、口をきいてくれると言ってくれたのだ。
意外なつながりにびっくりしたものの、性格は正反対なのに意気投合して今でも付き合いがあるらしい。
――「とっても頼りがいがあって男前で、私の憧れの先輩なんです」
とのこと。
むう、なぜか感じる敗北感にもやもやしながら、セルカ司祭の言によると、楼主達の会合場所として使われる場所、遊廓の意思決定機関に居を構えているそうだ。
その場所は意外にもひっそりとした場所にあって目立たない場所にあった。
セルカ司祭には俺がマルスに実地調査に行くということだけで、いつ来るのかは伝えていない、突然の訪問なんて本来なら無礼ではあるのだけど。
「神楽坂イザナミ文官中尉、だな」
すっと前に立ちふさがる形で1人の精悍な顔つきの年齢にしては30代の男が話しかけてきた。雰囲気からして遊廓の関係者だろう、俺は愛想よく応対する。
「そのとおりです、こちらはフィリア・アーカイブ武官軍曹、私の副官です」
男はルルトを一瞥すると、そのまま話を続ける。
「セルカ・コントラスト街長より話は聞いている、来てもらおう」
と男が歩きだし、それについていく形で俺たちも歩き出す。
「大通りの件は耳に入っている、となれば次に用があるのは我々だ、それぐらいは言われなくても理解するさ」
(やはり先手を打ってきたか)
この男の独特の棒読み感はおそらくは楼主長とやらの指示事項をそのまま言っているだけなのだろう。
ここで大事なのは遊廓がロッソファミリーに対してのスタンスがどのようなものであるかだ。これで今後の作戦内容が変わってくる。
俺たちは建物の中に入り、受付の人物が男に一礼すると、そのまま奥へと進み、会議室へと通された。
「この頃のロッソファミリーの上納金の締め付けがきつくなる一方だ」
入った瞬間に静かに怒りを込めて楼主の1人が意見をしていたところだった。全員が俺の来訪に気付くも一瞥するだけですぐに視線を元に戻す。
俺を案内した男はそれにさしたる反応をせず、俺のために用意したであろう、席に座るように促すと自身は、自分の席に着席した。
俺が入った時、会議は佳境に入っているのか各々がかなりヒートアップしていた。
ヒートアップした理由は、楼主の1人が発言したことからロッソファミリーへの不満だ、ここから始まるロッソファミリーへの不満が口々に出る。
曰く、店をタダで利用する。
曰く、高額なみかじめ料を持っていく
曰く、店の女にも暴力をふるう
曰く、意見をしようとすると暴力を受ける
曰く、気に入った遊女を愛人扱いして他の客を取らせない
特に頭目と副頭目の仲違いからお互いに武器を持つようになり、組織力の強化にはまず金とばかりに、色々な名目で頭目に副頭目に二重に金をとられ、抗争の際のストレスのはけ口になっている。
これでも相当の負担になるのに、楼主達の敵意にた感情を決定づけた理由はこれだ。
「また店の女の子にエテルムの中毒者が出た、これで5人目だ」
「ウチは従業員にもだ」
違法薬物エテルム、楼主達も流通経路についてはロッソファミリーが一枚噛んでいることは分かっていても、証拠をつかんでおりどうにもならない。
迂闊に文句をつけようにも食料調達等のインフラをロッソファミリーに頼っているため、生殺与奪を握られている状態であり口出しできない。
楼主達もアイカが言った食べ物や飲み物に混ぜられているとの憶測は既に立てているらしい。
色々な発言に耳を傾けているとある楼主がこう呟いた。
「だが、ロッソの目的は何なんだ、こんな自滅まがいなことをして……」
「…………」
それはエテルムの話を聞いた時に一番最初に疑問に思った。
そこからは口々に、始まる推論、一番有力なのは頭目争いで副頭目のせいにしてのマッチポンプのようなことをする。
この楼主たちの見解についてだが……。
(たぶん、「目的」は正解なんだよな)
おそらくロッソが組織内争いのために使ったのがエテルム、副頭目にそれでハメて始末する。単純だがこれだけ狭い世界だと策を弄するには無理が出てくる。
それにしてもこの一連の楼主達の会議、部外者の修道院の制服を着ている俺がいる前でのこの遠慮のない発言の数々、なるほど、俺を参加させた理由が分かった。
確かにわざわざ説明なんてされるよりも、十分に遊廓の意向は理解できたからだ。
それにあともう一つの目的も……。
「楼主長……」
感情を出し切ったのか少し場が落ち着き、楼主の1人、俺を案内した若い男が最奥の座る人物に意見を伺う。
「…………」
楼主長はそのまま視線を俺の方に向ける。
「お客人、突然で悪いが、アンタの意見を聞かせてはくれないか?」
楼主長の言葉に当たり前のように集まる視線、その視線に込められた意味。
流石やり手、なるほど、今の状況は修道院出身の文官という立場を利用された形をとられたという事だ。
(気になっているのは向こうも同じ、俺がどういう立ち位置でいるか知りたいのだろう)
ただ、今の会議の様子を見ると一見してロッソに不満を述べているように見えるがどちらにでも転べるようにも見える。
だからロッソに情報がいくかもしれない。とはいえ的外れなことを言ってもプラスになるとは思えない。
(んー、どうするかな)
この状況での有効打になるかは分からないが……。
「申し訳ないですが、今ここでそれを述べることはできませんね」
俺の言葉に楼主長が呆れた表情を見せる。
「だろうな、役人はこれだから、まあ期待もしていなかったが」
「ふふん、挑発には乗りません、と言いたいところですが一つだけ、この中でロッソマルベルと通じている人間がいるかもしれない以上、発言はできないと述べておきましょうか」
俺の言葉に全員の表情が凍り付く。
楼主の1人が明らかな敵意を向けてこちらをにらんだ。
「おい、今のはどういう意味だ?」
楼主の1人が問いかける。
「エテルムは派手に出回っているのにも関わらずこれだけ知られていないということはエテルムの流通に携わっている人数は極少人数であると推察できます」
「そして私がロッソマルベルなら、その極少人数を誰にするか、なんですが」
「組織は内部分裂状態で、側近ですらも心を許していない状態なのは、ロッソの事務所に行った時や駐在官と話をした時にわかりました。だが流通させるにはやはり1人では不可能、方法も例えば会議中に出てきた食料に混ぜる手段をとるにしても、どうしてもこの街の一般住民ではなく、有力者の協力がなければならない」
「ロッソファミリーではないのなら誰なのか、そう考えれば結論は簡単に出るかと」
俺の突然の言葉がおそらくは地雷か何かを踏んでしまったのかわからないが全員の表情がみるみるウチに敵意に染まる。
だが今は他の楼主は楼主長にしか発言を許されていない空気を感じ取り黙っている。まあ俺も楼主長に視線も言葉も向けているのだから。
さて、ここで何も言わないのなら更に……。
「楼主達よ落ち着け、我々はやり返されただけだ」
と俺の空気を感じ取った楼主達は先んじて他の楼主達を抑える。
「我々の中にロッソに通じている人間がいる、説得力を持たせて話を展開させてはいるが、その実推察だらけで根拠がまるでない、そもそもロッソの事務所に行って部内の人間が信用できないことが分かった? そんなものは初見で分かるわけがないさ、なあ「新任」の議長殿」
ここでやっと俺の話のカラクリ、なんて大層なものじゃないが、想像でしか物事を語っていないのを理解し、楼主長はさらに続ける。
「そもそもこの男が我々の中にロッソに通じていると本気で思っているのなら、そんな大事なことは最初に言ったとおりこの場では言わない、つまり……」
「あてずっぽうだ、自分が試されていることを知り、今度は自分が挑発して反応を見た、といったところか?」
俺を見ながら話す楼主長に俺は両手を上げる。
「降参します、初対面で失礼しました。挑発した理由は楼主長のおっしゃったとおりです」
「ははっ、こちらも非礼を詫びよう」
ここで緊張した雰囲気は消えて少し和やかな雰囲気になる。
まあ元より俺の出現が緊張をもたらせたことは事実であるから、楼主長の軽い口調がこの場を終息を意味したのは分かるのだろう。
「私はこの後、この男と話すことがある、皆は通常の業務に戻ってくれ」
会議は楼主長の言葉で会議は終わり、楼主達全員が会議室を後にすると俺と楼主長の2人だけになった。
「お客人、色々申し訳なかったな、奥が私の執務室になっている、そこで話をしよう」
すっと立ち上がった楼主長は、すらりと伸びた手足に、男前な顔。
「私は、遊廓の楼主長アキス・イミだ。よろしく神楽坂文官中尉」
マルス楼主長と名乗る「彼女」、アキス・イミが微笑んだ。
●
「セルカが男を作ったのは驚きだ、アイツは良くも悪くも一途だから今は街長としての仕事に夢中だとばかり思っていたけどね」
自分の執務室でそう話すアキス楼主長。
口調からすれば男云々は冗談なのはわかるんだけど……。
(女だったんかい)
確かに男か女かは言っていなかった、だけどなんだろう、このしてやられた感が凄い悔しい。
目の前にいるアキス楼主長は、セルカ司祭の高等学院の先輩なのは間違いなく、やっぱり若い。
アキスの部屋には歴代の楼主長達の肖像画があるけど、全員がやっぱりそれ相応に年をとっている。
「先代の楼主長は私の旦那だ、死別してしまったけどね」
俺の疑問を察し懐かしむように話すアキスの視線の先、その肖像画の一番新しい人物だったけど、旦那というより、父親というほどに年が離れているように見える。
「私は元は遊女になる身だったのだけど、旦那に中等学院の時に身請けされてね、ちょうど先妻に先立たれてたばかりで、その時に私が熱烈にアピールして結婚した、いや向こうが根負けしたという表現が正しいな」
結婚後は、先代楼主長の補佐として活躍する傍らめきめき頭角を現し、死別と同時に遺志を継ぐ形で就任したそうだ。
「ま、おかげで同級生どころか、先輩たちも私を怖がっていたけどね。その中でセルカだけが正面切って私に意見をしてきてさ、性格は正反対なのに妙に気が合ったんだよ」
正面切って先輩に意見するか、目に浮かぶようだ。
どことなくセルカ司祭と境遇が重なる、気が合ったのはそういうこともあるのだろうか。
セルカ司祭を後輩として、友人として、信頼できるパートナーとして1年だけだったが仲良く過ごしたらしく、かなり高く評価しているようだ、
「そのセルカが面白い人が来るって書いてあったのでね、興味があった」
「それがさっきの件なんですか?」
俺の言葉にアキスはじっと俺を見る。
「失礼は承知だが、かなりの動揺が走ったのは事実だ、これぐらいは許して欲しい、随分派手にやったらしいじゃないか、エリートさん」
「あれはただの喧嘩ですよ、男子たる者、喧嘩ぐらいは出来ないといけませんから」
「はは、まあいいさ、いい気味だと思ったからな」
そのまま机にあった、煙管に火をつけて煙をふかす、いやぁ、様になってかっこいいな確かに。俺がやると途端に嘘くさい行商人みたいになるのに。
だけど本当にあっさりと気にしていない様子だ。正直楼主達とロッソファミリーはジブズブの関係にあると思っていたのに。
「……いいんですか? 俺はロッソマルベルのメンツをあれだけ派手につぶしたんですよ」
俺の言葉ににやりと笑うアキス。
「皆の腹の中は確かに分からない場合だってある、だがロッソに対しての不満は本当だよ、なによりセルカが信用するってのは相当なことだからな。ならば私も信用しよう。あれほどいい女はそうはいないからね」
「はは、セルカ司祭も憧れの先輩だって言っていましたよ」
「そのとおりだ、私たちは両想いだったんだ。セルカと一緒にいて初めて自分が女だってこと悔やんだよ、私が男なら絶対押し倒してモノにするってのに、それなのに学院の男のだらしないこと、ちょっと出来る女だからってしり込みするんだからね」
不敵に微笑む男前の女性楼主長、セルカ司祭の憧れの先輩か、なるほどなぁ。
となれば、方便は無用だ、直球勝負といこう。
「アキスさん」
「アキスでいいよ、でなに?」
「ロッソ・マルベルの情婦はいませんか?」
俺の突然の質問にアキスは目を丸くすると
「ははっ」
と心の底から嬉しそうに笑った。
まあ不意をつく意図はあったけど、これだけ嬉しそうにされるのは今度はこっちの顔が引きつってしまう。
「やはりその部分は当て込んでいたか、男の口が軽くなり、見栄を張る部分がどこにあるのかは言わなくとも分かるということだな、神楽坂文官中尉」
すっとアキスは俺に近づいてくると肩を組まれて、ふわっといい匂いが鼻孔をくすぐる。
「あのドMのロッソが夢中になっている女はね」
顔を近づいて耳元で囁かれた。
「私だ、惚れたセルカの頼みだ、お前が知りたいことを無条件で教えてやろう」
うん、流石セルカ司祭の憧れの先輩だ、妙な駆け引きを持ち込むのは慎重にしないといけない。
高等学院時代にセルカ司祭に対してしり込みしていたとか言っていたけど、それはアキスに対してもそうだったんだろうなと、男子生徒の気持ちが分かった俺だったのでした。
●
「なんかやつれてない?」
事務所から出てきた俺を見たルルトの開口一番の言葉だ。
「はは、流石セルカ司祭の憧れの先輩だなぁって思ってな」
ルルトは俺の言葉に俺の姿をじろじろ見る。
「ふーん、姿を見るとお楽しみだったのかな?」
と制服を脱いで、向こうが用意してくれた着替えを見たルルトが呟く。
「違うわ、このまま帰ると言ったら目立つだろうからって着替えをくれたんだよ、別に大丈夫なんだけどさ、こう、逆らえるような人じゃなかったんだよ」
「なるほど、初対面で尻に敷かれていたのか、納得した、んで情報は仕入れられたの?」
「納得するなよ、まあ情報はくれた、信憑性も高い」
「何の情報を貰ったの?」
「…………」
「ん? イザナミ?」
「いや、なんでもない、俺が聞きたいのはロッソマルベルの隠れ家だ、楼主長はそこにお呼ばれしているんだと」
「おー、流石楼主長だね」
「しかも指一本触れさせないのに、ロッソは夢中で貢でいるんだってさ、いや、怖いよなぁ、ロッソも事務所じゃあんなに堂々としていたのに、ホント怖い、俺は可愛くなくてもいいから、優しい普通の女がいい」
「はいはい、後は何かあるの?」
「隠れ家を聞くついでに、エテルムについてなんだが……」
あの後、エテルムのことについても当然聞いたが……。
「ロッソはエテルムで儲けていないって話、経費として扱われているって内容だったんだ」
俺の言葉にルルトはポカーンとしている。
エテルムの流通に対してアキスが隠れ家でロッソに苦言を呈したところ、儲けていないという事を言い訳に使っていたらしい。
「なんだいそれ? どう考えても嘘だと思うんだけど」
「まあそうなんだが、楼主長曰く、嘘とは思えなかったそうだ、だから今からそれを確かめに行く」
「行くって、認識疎外の加護は「気にされない」というだけだから派手にはできないよ」
「そこらへんも既に協力してもらっている、既にアキスがロッソに高級遊廓で遊ぼうと誘いをかけて、ロッソはホイホイ乗ってきたんだとさ」
「バカだねぇ~」
「ああ、本当に、ほんとーに笑えないよなぁ、はは」
俺とルルトは建物を出て物陰に行くと、再び認識疎外の加護と身体能力の加護をかけてもらい、そのままロッソマルベルの隠れ家に向かった。
次回は8日です!




