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第27話:機先


「…………」

「…………」


 俺とルルトの姿を見て、目の前にいるロッソファミリーの強面の2人は固まっている。


 俺の首には神石のペンダントがかけられている。ルルトに頼んだのは認識疎外の加護だけを外してもらった状態、つまり武力の加護のみ、だから全員から姿が見える。


 なぜ固まっているのか、その理由を十分に理解しながら、俺は堂々と話しかける。


「私は第三方面五等都市議会議長兼ウルティミス駐在官、神楽坂イザナミ文官中尉、こちらは補佐官のフィリア・アーカイブ武官軍曹」


 なぜ注目されるのかは俺の姿を見れば一目瞭然、俺が王立修道院の制服を着ていたからだ。

 首都でも目立っており、修道院出身しか着用を許されず、退官するまで着用する問答無用の王国トップのネームバリュー。


「視察に参りました、ロッソ・マルベルを出してください」


 ここはロッソファミリーの本拠地。


 さて、どう出るかな、王立修道院の制服を着た将校相手に。



 いきなりの訪問でも、流石に無視するわけにはいかなかったようで、門番の1人が建物の中に入り、しばらくしてから中に入れとのことだった。


 まずは門前払いは無かったようだ、まあここで門前払いなんてされたら論外もいいところだけどちょっと安心した。


 とはいえ応接室に通されてからもう20分は経過している、普段は詰めていないらしいが、今日は事務所に寄っている情報は掴んでいる、というより同時並行で進めていたからちゃんと確認済みだ、待たされるなぁと考えながら、「出された饅頭をもぐもぐ食べる」俺とルルト。


「うま! 美味しいぞこの饅頭!」

「だね、これは何かな、付け届けかな?」

「ありそうだな、おおう、お茶も美味い! いいなぁ、ウチの菓子は全部自腹だというのに、世の中でこれでいいのか! 政治家は何をしているんだ!」

「まあ、政治家というと広義にはボクたちもしっかり入るけどね」

「そうか、ならやむなし、前向きに善処するとしようか、いやぁ、実際に便利な言葉だよこれ、政治家の皆さん、今まで馬鹿にしてごめんなさい」

「イザナミもしっかりと馴染んでいるよね~、立場が変わればなんとやら」


 とここでコンコンというノックのと共にガチャリと扉が開き、1人の男が2人のお供を伴って現れた。


 その男は2人のお供と共に、もぐもぐ食べている俺達にびっくりした様子だったが、それを表情に出さないようにして、俺とルルトの対面に座り自己紹介した。


「初めまして、ロッソ・マルベルです」


 マフィアのボスというからどんな強面が出てくるかと思いきや、細身のインテリ風の男が出てきた。


「神楽坂イザナミです、お忙しい中申し訳ありません、本来なら事前に知らせるのが筋なのでしょうが」


「お気になさらずに、お噂がかねがね聞いております、五等都市議会議長に王立修道院出身の人物が着任したと、ですがいいのですか、私の立場はよくご存じでしょうに」


「文官と言えど武官も兼用する立場です、都市議会議長としては当然のことですよ」


「それはそれは、それで用件は何です?」


「用件も何も、着任して都市の状況を調べていたらマルスのことを知りまして、これは何とかしなければいけないと思い、伺った次第ですよ」


「……なんとか、とは?」


「マルスが創られた時、誰でも受け入れるという建前を持ち上げたのは当時の政府、私は当時は民間人であったけど、今は文官のはしくれとして責任を感じている次第だからです」


 俺の回答に首をかしげるロッソではあったが……。


「神楽坂文官中尉が気にされるようなことは何もありませんよ」


「ご冗談を、であるのならわざわざ私が出向く必要もありません、違法薬物エテルムの流通や多額の使途不明金がある、というのは既に掴んでいるのですよ」


「…………」


「その部分を理解してただけると助かりますが、それが理解できないほど愚かではないでしょう?」


 露骨に小馬鹿にしたような俺の言葉にピンと空気が張り詰める。


「おっしゃる意味がよく分かりませんが」


「いいえ、分かっていると思いますよ、貴方方も我々に対しての接しかたは理解していただかないといけません、私が直接赴いたのは、その確認と意思表示だと思っていただければ問題ないかと」


 俺の言葉に、少しロッソの目が厳しくなる。


「ハッタリはよしてください、貴方のバックには誰もいない、後ろ盾もない、成績不良、辺境地への赴任、それだけであなたが修道院でどういう立場の人間だったか窺い知れることができる」


 その言葉に俺は強くバンと机をたたく。


「バックがいないからと言って、権限が制限されるわけではない! それと成績不良は関係ない! 評価項目に私の長所が生かせなかっただけだ!」


 片手で机の上に置いたままズイとロッソに迫る。


「いいですか? 私は議長としての権限が与えられています、何度も言いますが私はここの状況を憂いている、それをゆめゆめ忘れないように、フィリア武官軍曹、帰るぞ」


 俺は踵を返して、そのまま不愉快な表情を崩さないまま、一方的にルルトを連れて本拠地を後にした。



「なんだったんだい、あの茶番は?」


 ロッソの本拠地を後にした後、裏路地を歩いているとルルトが話しかけてきた。


「図星を付かれて、感情的になり、幼稚な正義感を振り回す、頭だけは人一倍いい世間知らずのボンボン」


「なにそれ?」


「エリートへの偏見さ」


「偏見さって……」


「待たされていた間にロッソは俺の情報を調べていたはずだ、王立修道院出身ってだけで相手からすれば警戒に値するからな」


「それは分かるけど、効果があったの?」


「気が付かなかったのか? あの時ロッソは挑発に乗って俺の情報を出してきた。成績不良とかな、しかもあの様子からすると5等都市の責任者が変わってそれが王立修道院出身だったにも関わらずロクに情報収集をしていなかったみたいだな、ロッソも余裕がなかったのかね」


「ちょっと待った、さっき俺の情報って言っていたけど、となると20分って短時間だよね?」


「短時間だから調べたというよりは問い合わせたのだろうな」


「問い合わせたって誰に?」


「容疑者は2人、1人は街長だけど問い合わせて即座に答えられるかと言われると考えづらいね、となるともう1人の……」


 俺の言葉は最後まで言えずに終わる、話に夢中になって気が付かなかった。


 いつの間にかロッソファミリーの構成員10人ぐらいに囲まれていたのだ。

 全員が俺達の顔を見ながらニヤニヤ笑っている、間違いなく俺たちは今絡まれている。


「おい、お前今俺の顔見て笑ったろ? 許せねえな」


 凄いベタベタな言葉で絡んできた。


 これは……。


「ラッキーだぜ」


 俺の小声にルルトが「?」と反応する。


「いや、お前の茶番って言葉さ、確かに演技過剰すぎたかなって思っていたんだよ、だから長くかかるかなぁって思っていたから、色々挑発手段を考えていたんだけどな」


「ああ、だから襲われやすいように人気のない路地を歩いていたの?」


「そのとおり、つまり短期間で仕入れた俺の情報を吟味した結果、暴力で脅すのが妥当と判断したってことだ。仕入れた俺の情報の内容がどの程度のものだったのかうかがい知れるね」


 俺の特別昇任も教皇の政治パフォーマンスって見方になっているし、まあこれは方面本部の本会議でのことを知れば納得はいく。


「んで、この状況でボクはどうすればいいのさ?」


「返り討ちにするのはもちろんなんだが、守って欲しいことが三つある、一つは命は奪わないこと、もう一つは命を奪わない上で「1人を除いた」全員に重傷を負わせること、最後の一つは」


 俺は軍刀を抜いてロッソマルベルの構成員たちに対して刀を抜き肩に担ぐ。


「その二つを派手に頼む」



「ひっ、ひっ……」


 ルルトに下士官用の軍刀を首筋に突き付けられ、俺たちに絡んできた構成員1人が腰を抜かして怯えている。


 その構成員を、居住区の大通りのど真ん中で他の折り重なって倒おれた9人を足場と椅子にして座り俺は眺めている。


 周りには怯えた目線で見る居住区の住民である野次馬達。


 この光景は、まずは全員を思いっきり投げ飛ばして、大通りに一か所に集め、その後は軍刀を使って徹底的に派手に叩きのめしたのだ。


 そしてわざと1人だけ無傷で残したのだ。


 構成員は一見すれば過剰なほどに俺たちに怯えを見せているが、そこは流石暴力集団、暴力に慣れているからこそ、これが如何に常識外れの光景か分かっている様子だ。


「お、おまえは、なんなんだ?」


 怯えた口調の質問を無視する形で、俺は顎をしゃくりルルトに軍刀の柄で構成員の顎を上げるように指示すると俺を目を合わせる形になる。


「自己紹介はさっきしただろ? それと今の状況は理解しているな? いくつか質問に答えてもらう、正直に答えれば解放してやる、嘘を付けばまあ言わないでもわかるだろう」


「……ま、まって」


「問答無用だ、始めるぞ、俺を痛めつけろとは誰に言われた?」


 俺の質問にキョトンとする構成員、おそらくもっと答えられないようなことを聞かれると思ったのか、これなら答えられると口を開く。


「……そ、それは、頭目が、適当に、痛めつけろって」


「ふむ、では次の質問、ロッソは俺についてどの程度の情報を知っているんだ?」


「ど、ど、どの程度って?」


「…………」


 俺は静かに睨みつける。


「し、しらねえよ! 気に喰わないエリートだって言っていたんだよ! それだけだよ!」


 口調と声に嘘は感じられない、つまりはメディに絡んできたのと同じだと判断すればいいか。


「分かった、次の質問、カリバス伍長はお前らの仲間なのか?」


「か、カリバス? 駐在官の? な、仲間というか、メディって女医がいるんだが、生活の面倒を見る代わりに籍だけは置くように頭目が取引したって、聞いたことがある」


「……じゃあ最後に一つ、メディについて、どの程度知っている?」


「え? 妙な女医ってぐらいか、居住区の住民からは人気あるぜ、タダで診てくれるからな、俺たちも世話になっているぐらいだ」


「……それで?」


「そ、それでって?」


「…………」


「な、なんだよ! 口説こうってのかよ! 男の有無なんて知らねえよ! あのカリバスがガードが固くってな! あまり派手に手出しはできないんだよ!」


「…………」


 この構成員は俺の言いたいことが分からない様子、つまりこれ以上知らないことに嘘はないか。


 まあこれで十分だ、俺はルルトに軍刀を仕舞うように命じるとルルトは軍刀を鞘に納め、構成員を開放する。


「わかった、質問は以上だ、約束どおり開放する」


「……え?」


「どうした? 俺は憲兵じゃないぜ、ただの文官だ、今回は「自分の顔を見て笑った俺に腹が立ち喧嘩を売った、その喧嘩を俺が買った、結果俺が勝った」だけだろ?」


 信じられない様子の構成員、まあいい、嘘はないんだし、っと最後にちゃんと言い含めておかないといけない。


「今回の件でのロッソへの報告はちゃんとしろよ、それとメディに手を出すなと伝えてくれ」


 構成員は俺の意味が分からない感じだったが、自分のやることは理解したのかコクコクと頷き、それを確認したあと後にした。



「ねえイザナミさ、こんなに派手にやっちゃうとロッソはマフィアとしての面目を潰されたって思うんじゃないの?」


 大通りを歩く中ルルトが話しかけてくる。


「当たり前だ、それが目的だったんだからな」


「どうして?」


「大したことがないと舐めていた頭でっかちエリートに武力で派手にやられる。自分が仕入れた情報とまるで違う振る舞いに暴力で恥をかかされるのは明らかに自分の判断ミスだ、あの構成員が報告しなくたって、今回の失態は奴の耳に届くだろうからな」


 ここでルルトは何も答えず黙る。

 また何か質問してくるのかと思っていたから、と視線を移すと神妙な顔をして俺を見ていた。


「どうした?」


「……いや、君も難儀よね」


「なんだそりゃ?」


「なんでもないよ、相棒としては全力で支えるだけさ、んで、次はどうするの?」


「次はロッソに俺の情報を渡したもう一人の容疑者のところさ」



「はー、相変わらずお茶が美味しい~」


 マルスの執務室で再び出されたお茶を美味い美味いとすすり茶請けをモグモグと食べる。


「どうだった、マルスは?」


 とそんな俺を見ながら聞いてくるので当然こう答える。


「活気にあふれた街ですね」


「中尉よ、それを本気で言っているのなら間が抜けているし、冗談にしてはたいして面白くもないぞ」


「はいすみません、腐ってますね」


「……どう腐っている?」



「全てです、というのが回答なんですが、そうですね、例えばマフィアから情報照会の際にあっさりと俺の情報を提供するぐらいには」



「…………」


 ここで俺の情報を渡した容疑者、いや犯人であるカリバス伍長の表情が厳しくなる。

 その気付きつつも茶請けを飲み込むともう一度お茶をすする。


「ま、わざと悪い情報を流してくれたことには感謝していますが、意外と信用されているようで驚きです」


 俺の言葉に今度は目を丸くするカリバス伍長。

 冷静になれば上手く「行き過ぎる」ってことは俺の流してくれた情報の質と、情報元の信用がないといけない。


「わざととまで気づくのか、文句を言われるなり軽蔑されるのかと思ったが」


「まさか、それこそ冗談にしては間が抜けていますよ」


「ははっ、生意気な」


 と小気味よいような笑顔を浮かべるとお茶に一口つけると再び俺に話しかける。


「中尉よ、この腐っている都市をどうにかしたいとならば、どうすればいいと考える?」


「漠然としすぎててなんとも、伍長がどうしたいかという目的が明確ではない限り、手段の取りようはありません。ですからそうですね、その質問には中央政府宛に陳情書でも書くのがいいかと思いますよ」


「クソガキ、大通りの件が耳に入っていないとでも思ったのか?」


「…………」


 まあ入っているとは思ったけど、修道院の制服でロッソファミリーの本拠地に来たなんてことが分かれば、注目するのは当たり前。


(どうするか、か……)


 カリバス伍長の問いに対する答えは決まっている。


 だから、俺はカリバス伍長の言葉に。


「メディがマフィアからお目こぼしをされているのはどうしてです?」


 と質問で返した。


「……なんだ、その質問は?」


 露骨に表情が厳しくなるカリバス伍長。


「いえ、単純に疑問に思っただけですよ、メディと話した時にあっさりマフィアからの資金提供を受けていると話したので、どんな事情があるのかなと……」


「……中尉、お前はどこまで知ったんた?」


「今のが全てですよ」


 と事情を知っていながら知らないふりをして嘘をついて、カリバス伍長とメディの関係を知りながらこうやって駆け引きするのは心が疲れる。


 だが覚悟は決めたばかりだ、後には引かない。


 俺の問いかけに、目を閉じてじっとしているとポツリポツリと語り始める。


「下士官課程を修了して、先輩にマルスに連れてこられた、まあ若い盛りだったからな、高級遊廓は無理だが、一般遊廓にはよく遊びに行っていたんだが……笑ってしまうだろう、セイレーンの彼女に、メディの母親に一目ぼれしてしまった」


 思いをはせるようなカリバス伍長。


「なら、父親は?」


「ははっ、身に覚えはあるが、本当にそうなのか分かるわけないだろう?」


「……遊女が子供を宿すとどうなるんです?」


 含ませた言い方に、カリバス伍長の湯呑を持つ手に力がこもる。


 居住区に子供の姿がいたが、遊女が子供を産むというのはいわゆる商売にならないことを意味する。


 となれば、とる手段は限られてくるが……。


「笑うか? 彼女の母親と娘を守るために、俺はマフィアの犬に成り下がったんだからな」


 自嘲するカリバス伍長。


 だが俺は笑いも軽蔑もしない。


「いいえ、覚悟があってのことだとお察しします、このように私にバレることも承知の上だったのでしょうから」


 口調を変えた俺の言葉にカリバス伍長が伏せた顔を上げ、それを見届けて俺はカリバス伍長に言い放つ。


「だからこそもう一度問いかけたいのですよ」


「……なに、を?」


「私に本当に任せてもいいのか、です」


 カリバスの顔色がさっと変わる。


「大通りの件はただの布石に過ぎません、「お互い」に今が引き返す分水嶺、現状維持を望まれるのなら、私はここで手を引きますよ」


「…………」


 カリバス伍長は俺をこわばった顔で見る。



「中尉、お前は……」



次回は、5日か6日です!

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