第24話:メディ・ミズドラ・後半
女の子に連れてこられたのはスラム街のバラックの平屋の一つだけど、普通のバラックの広さの倍ぐらいの広さがある家だった。
建物自体は大きさ以外は普通なのだけど、注目されるのが。
「……行列が出来てる」
両開きの扉の前に子供から大人まで並んでいる。医者をしているとか言っていたが、そうか、確か医者はマフィア専属医しかおらず、治療費も高いんだったよな。
行列が女の子に気が付くと口々に笑顔で声をかけられる。診てもらってから調子が良くなったとお礼の言葉もたくさんかけられる。
それにちゃんと応対する女の子、それと同時に一緒にいるこの男は誰なんだろうという興味津々な目で見られている。
女の子は正面玄関から入った先、そこは簡素な何処でも見るような診察室だった。
女の子は荷物を置いて、カバンから出して道具やら薬屋らを取り出し整理する。
手際がいいという訳ではないが、マイペースながらに淡々と作業をする姿は、最初のどんくさいイメージを払しょくするに十分だった。
凄いなぁと感心していると、女の子は準備を終えて扉の外に出て並んでいる人物に話しかける。
「さあ、開業ですよ~」
という声と共に最初の人物が診察室に入り問診を始めたのだった。
「…………え?」
早速最前列に並んでいた男が入ってきて席に座る。
「今日はどうしたんですか~? 風邪ですか~?」
「…………え?」
●
「つ、疲れた」
あの流れから茶でも飲みながら世間話でもするのかと思ったけど、まさか診療所の手伝いをする羽目になるとは思わなかった。
まあ患者を放っておいて世間話するわけないよな、それはそうなんだけど。
医学には完全な素人だけど、それでも雑用だけでも意外とやることが多いし、薬の仕分けだけでも結構な手間がかかるし、受付も大事だった。
特に「ついに彼氏でもできたのか?」と散々からかわれたのはまいった。
患者には、いわゆるここを根城にしている住民全員で中には遊女もいた。会話の内容は女だけとあって結構えぐい会話してたけど。うん、これはこれで十分にありだと思った。
思えば修道院時代から今まで医者にかかることは風邪ひいた時ぐらいしか無かったけど、この世界でも医者のやることは患者の症状を聞いて診察して検査して薬を処方してと、ここまで聞けば俺が住んでいた世界と変わらないが……。
(魔法が使えるのか……)
魔法、この世界での魔法とは神の力つまり、俺が普段使っている「神の加護」を人間でも使えるようにカスタマイズしたものが大雑把な説明。元となる力は一緒で、自分の使いたいように沿って訓練を重ねる。
とはいえ魔法は万能ではなく、例えば殺傷能力を持つ魔法を放つことは可能でも、それは武器をわざわざ手に持たなくてもいいから便利というレベルでしかない。
そして魔法は、誰でも使えるという訳ではなく、土地が大いに関係するのだが細かく説明すると長くなるのでそれは割愛するとして、俺たち人間が魔法を使うためにはそういった意味での「後天的の才能」が無ければ使えない。魔法があると聞いて心が躍ったものの、すぐに使えないと分かった時は凄い落胆したなぁ。
そしてここでいう先天的な才能という意味では亜人種であることだ。
王立修道院でも亜人種はいたし、その同期達は流石修道院に入るだけあって、相当な魔力を持っていたけど、彼女は診療時間である4時間ぶっ続けで回復魔法を使い続けており、同期の亜人種達を凌駕する。
それはおそらく。
(亜人種とのハーフ)
彼女は背中に羽を持つセイレーンの特徴を持っている。理由は不明だがこの世界でハーフが一番潜在魔力を授かるのだ。
そんな彼女は潜在的魔法を回復系に特化させている。
「凄い魔法力だ、優秀なんだな」
「いえいえ、見てのとおりハーフですから~、というか手伝ってくれるなんて、いい人ですね~」
「…………」
うーん、あの流れでぼけーっと診療室で待ってられないと思うのだが、とはいえ、この独特の間延びするような話し方に惑わされてしまうが、よく見れば医師章を付けている、正真正銘の本物の医者だ。
言い方は悪いが、こんな場所で開業するぐらいだからモグリだと思っていた。
「いつからここで医者をやっているんだ?」
「2年ほど前に大学を卒業して、それからからですね~」
ウィズ王国では医師になるためには、日本と同じ大学の医学部に入るしかない。
彼女の言によれば、奨学金を取って大学に入ったそうなのだが、その奨学金は無返済のものを取得したという。
それにしても医学部の無返済って、修道院レベルの学力がないとできないと思ったのだがと思って聞いてみると。
「いちおう、シェヌス大学を出ていますよ~」
「シェヌスって、あの学術都市の? 修道院と並ぶ最高学府じゃないか!」
「まあでも、最下位でしたけどね~、落ちこぼれなんですよ~、教授からお前は現場に向いてないから研究者になれと言われたんですけどね~、まあ研究論文で何とか単位を貰って卒業しました~」
あくまで崩さないマイペース。シェヌス大学医学部なんて、普通なら王立医学研究所か、政府に医官で採用されたらエリートコースを進めるはずなのに。
話してみると驚かされているばかりだが、もっと驚いたのは……。
「患者から金をとっていないんだな?」
診察はするが金を請求しない、正確には患者が払いたい分だけ払うという感じだ。「今日は持ち合わせがなくて」「今日はこれだけしかなくて」という言葉に何も言わない。
中には律儀にちゃんと払っていく人もいるが、そもそもこの女の子自体が丼勘定で「これぐらいですかね~」と来たものだ。
「皆さん貧しいですからね~、いわゆるお金持ちさんからたくさん取る方式ですね」
と胸を張って答える。
「お金を持っている人間が客になったりするのか?」
「いませんね~」
「…………」
いないのだそうだ。
だが医者は慈善事業ではない。公的な扶助は多く受ける分野であるものの俺達文官と違い、れっきとした民間人だ。
となると生活の糧をどうやって手に入れているかが問題になってくる。
ここでその糧を手に入れる方法なんて一つしかなく、この場合は……。
「ならここの生活にかかる金はどうしてるんだ?」
ここで問いかけてみる。まあおそらく口止めか、はぐらかされるだろう……。
「ロッソさんからお世話になっていますよ~」
「…………」
あっさりと言ってくれた。
彼女によれば、ここで医師をしたいとロッソに頼んだところ、あっさりと許可をもらったのだそうだ。
「…………」
「メディですよ~」
と思考の海に入りかけたところで突然の女の子の言葉に俺は思考が中断される。
「え? なにが?」
「私の名前ですよメディ・ミズドラです」
「あ、ああ、俺は神楽坂、イザナミ、よろしく」
メディは「かぐらざかいざなみ」と口の中で呟くように反芻する、こう、この子と話しているとなんだか締まらない雰囲気になるなぁと時だった。
「メディ! 大丈夫か!?」
息せき切って飛び込んできた人物。
それはカリバス伍長だった。
「あれ、カリバスさん、今日はお手伝いは大丈夫ですよ~」
「違う! 若い男と一緒だったと聞いてな! 前に言っているだろう! 男には気をつけろと……」
ここでピタッと動きが止まるカリバス伍長。
当然それはその一緒だった若い男が俺だと気づいたからだ。
お互い黙ってしまう。
「あれ? お知り合いなんですか~?」
「え!? いや、初対面だ、知り合いに似ていたのでな!! えっと、初めまして!」
と思いっきり不自然に誤魔化すカリバス伍長。
「は、はい! はじめまして!」
と思いっきり不自然に誤魔化された俺。
――『実地調査について一言注意しておく、マルスと言えど守るべきルールと保つべき秩序があるんだ、それを時々勘違いした輩が紛れ込むが、大抵は処分されるがね』
――『それは恐ろしい、俺も気を付けるとしましょう』
なーんて、思わせぶりな会話をした後なだけにちょっと気まずい。
ああいう雰囲気作りは、ちゃんと後のことまで考えていないと駄目なんだなぁ。
●
「はい、お茶をどうぞ~」
とメディが淹れてくれたお茶を2人でズズッと飲む。
おおう、意外や意外という言い方は失礼か、十分に美味しい。
それにしても。
目の前で同じようにお茶をすするカリバス伍長を見る。
聞いたところによれば、カリバス伍長はメディが幼いころからよく面倒を見ていたらしく、シェヌス大学入学時は身元保証人まで務めたそうだ。
ここに医者として赴任することについては猛反対していたらしいが、譲らないメディにカリバス伍長が折れる形になり、こうやって医者の手伝いをしつつボディーガードのようなこともしているらしい。
ロッソファミリーに絡まれていることをも知っていたようで、カリバス伍長と一緒にいる時は絡んでこないからなるべく一緒にいようとするものの、メディには遠慮されてしまうらしい。
(そういえばアイカが言っていたな、カリバス伍長はマルスの駐在官になって、そこから異動を拒否、故にこの年でも伍長なのだと)
当たり前の話だが出世は修道院含めて平等ではない。しかしウィズ王国は年齢と共に階級はある程度までは自然と上がってくるものだ。
年功序列というと悪のように扱われるが、長年組織に尽くした年功にちゃんと組織が報いるというのは士気を保つうえで大事だ。
だがそれは組織の意向に沿うからこそで、自分のわがままを通せば、当然年功に対して組織が報いることは無くなる。
その理由としてアイカから話を聞いた時は、マフィアとの癒着で出世しなくても十分な「賄賂」でも貰っているからだと解釈したけど……。
「…………」
目の前にいるカリバス伍長の苦渋の表情は、俺に知られたくない、いや、実地調査の依頼を考えると今知られるのは早いといったところか……。
どこかしらノンビリしているようなピリピリしているような空気であったが……。
「エテルムってのはそんなにやばいのか?」
俺の質問にびくっと過剰するのは反応カリバス伍長でギロッと睨まれる。
「…………」
一方笑顔を絶やさなかった初めてメディは寂しい表情を浮かべる、睨まれるのは申し訳ないが。
「今日の患者でエテルムの診療を受けている奴が多いなって思ってね、違法薬物が萬栄しているって噂は聞いていたからさ」
「今ではここに来る患者さんの、そうですね、7割がエテルムによるものなのですよ~」
だからあれだけ並んでいたのか、それにしても七割は多いってもんじゃないぞ。
彼女曰く、エテルム中毒の治療は根源治療は難しく、中毒症状を和らげる対処療法しか存在しないらしい。
しかもエテルムはここでしか流通していない上に新薬を開発しようにも、エテルムが存在しているのは確実だが、実物が存在しないため開発ができないのだという。
メディは、自分でも研究に向いているのが分かっているのか、実物があれば、スポンサーを探して機材をそろえて開発したいと言っていた。
それにしても本当にあるか分からないが存在だけは確実に存在する違法薬物か、とまた思考の海に入りかけた時、メディは俺に問いかける。
「何をしている人なんですか~?」
「え!? えーっと、新しくここに来たんだよ、いやぁ、前に住んでいたところで色々失敗しちゃってね~、今は無職さ~」
「だと思っていましたよ~、でもここはそういった人たちを分け隔てなく受け入れる場所ですから~、体調が悪い時はぜひ来てくださいね~、もちろん神楽坂さんなら、全部タダでいいですよ~」
「は、はは、そのときは、よろしくたのむよ」
だと思ってましたじゃねえよ、その曇りない笑顔で言われると傷つくぞちくしょうめ。
次回は26日か27日です!




