第43話:ケリをつける・後篇
それは、傍から見れば異様な光景。
生えている木の先端を、釘状にして。
股間から口まで突き出されている、数々の遺体。
『…………』
ナセノーシアことエテルムは、その木々の合間を縫う形で切り株の上に座っていた。
無言で、無表情、いや虚ろと表現してもいい。
「今回の件について最大の疑問は、ヒネル先生の件だ」
『っ!!』
飛び上がるようにして驚き、びっくりした後は、俺の顔を見てぼんやりしている。
『…………せ、先生、、』
「驚くようなことか? 認識疎外は俺には通用しないぜ? って話の続きだ、ここで俺が言うヒネル先生の疑問点とは球体にする異常性じゃない、それはこいつらを見ても「考えてなくてもいい程の誤差」であると考えればいい、お前の神話は読ませてもらったからな」
この百舌鳥のはやにえ状態の男達。
こいつらの存在自体は観測されてた。
ケルシール女学院の周りにうろつく山賊たちだ。
とはいえ、都市外の治安の悪さは周知の事実であり、ウルティミスだってその被害に遭っていた。
だが山賊と言えど、ケルシール女学院に直接手を出すのは非現実的なのはちゃんと理解している。
だが、この時期とタイミングであることから、ずっと監視はしていた。
そしてナセノーシアが立ち去った瞬間に、こいつらの生体反応が消失した。
事実確認をしようにも邪神の手が及んでいる可能性が高いことから、実地調査はできない。だから俺がするしかない。
『…………』
ナセノーシアは虚をつかれたようでそのまま黙っている。
俺はナセノーシアの横に座る。
その瞬間、俺の変化を感じ取るナセノーシア。
『ちゃんと、神石で強化して来ているんだ』
「当たり前だ。さて続けるぞ」
今回のゲームは、ジャンルは「ギャルゲー」だ。
ギャルゲーの基本スタンスとは攻略対象としてのメインヒロインがいて、イベントをこなして好感度を稼ぐ。
その展開も様々で、個別シナリオだったり複数キャラのシナリオだったり、ハーレムエンドだったり。
恋愛主体のものもあればサスペンス要素を含んだりと多岐に渡る。
今回のゲームプロデュースをするにあたり、一番疑問に思ったのは。
「ヒネル先生を殺したのは、そのプロデュースの一環だったのか、それともイレギュラーだったのかについてだ、どうだ?」
『……どうだって、先生、状況分かってる?』
「分かってる。だから言っただろ、ケリをつけるってな」
『ケリって』
「あんな中途半端なことしやがって、みんな心配してんだぞ、この構ってちゃんが」
『か、構ってちゃんって、って先生、ケリをつけるって、まさか』
「そのまさかだよ、生徒が悪いことをしたら先生はお仕置きをするのだ。全く、まさか名門女子学院で、校内暴力にあうとは思わなかったぞ、俺が来たのはまずはその為の事情聴取で事実関係を明らかにすることだ」
「んで事実関係が明らかになったら次は罰を与える。罰の内容は特別課題でレポートをだす。言っておくが、徹夜レベルの量を出すからな。覚悟しておけよ」
『…………まじで、連れ戻そうっての?』
「何回も言わせるな、さて、それで?」
どっちなんだ、ということか、、。
『女ってのは、どうして悪い男に惹かれるんだろうね』
「は?」
『個人的には、箱入りに育てられた人ほど、その傾向が強いように思える』
『そして時に恋愛感情は、倫理の壁なんて、存在しないかのように振舞う』
今度はこっちが驚く番だ。
「ま、ま、さか、ヒネル先生」
『そうだよ、山賊団のボスと恋人関係にあったのさ、ヒネルが首都に出かけた時、酒場で知り合って意気投合したそうだよ』
「…………」
ここでぞっとしたのが、、。
「ヒネル先生は、何をしようとしていたんだ?」
『……特に話して長いものではないけど、殺した時の状況が、その答えになるのかな』
●
まず、ヒネルは、生徒達からは評判は良くなかった。
いいところのお嬢さん育ちで箱入りで育てられた結果、我がままに育った。頭の良さだけが取り柄で家がセアトリナ子爵家とも付き合いがあったから、縁故採用という形になった。
生徒達からの評判は良くないが、同僚、特に上司への顔を使い分けており、職場での評判はおおむね良好であったが、素行不良の傾向はあった。
だから私はよくある、悪役教師として運用するかなと思っていた。
だが、調査を進めていく上で状況は一変する。
「先生」
「ひっ!」
ナセノーシアはヒネルに問いかけて、飛び上がって驚くヒネル。
ヒネルは、声が聞こえた来たので振り向くと……。
見知らぬ生徒が立っていて、、、。
その瞬間ザアと頭の中にノイズが走る。
「ああ、びっくりした、そうだった、ナセノーシアさんよね」
そうだった、確か仲良し3人、、、、、間違えた4人組のリーダーではないか、目立つ生徒だったのに、どうして忘れていたんだろうと思いながら。
「って、今は就寝時間の筈、何をしているの?」
「…………」
「だんまり? 悪いけど、これはバイア先生に報告させてもらうわ」
「いいんですか?」
「え?」
「鍵」
「え?」
「鍵が開いてますよ、いいんですか?」
「え? ええ」
なんだろう、この目、不気味に感じながらも。
「ごめんなさい、うっかりして」
と取り繕うが、、。
「うっかりじゃないでしょ?」
「な、なに?」
「その、鍵のことですよ。「わざと外していたところ」を見ていましたよ」
自分の指摘に青ざめるヒネル。
「な、なんのこと?」
「その鍵は、敷地外へと続く大事な扉の鍵。下手をすると侵入者を許すか、好奇心旺盛な女性たちが外に出てしまうかも? 過去にもありましたよね? 都市外は治安は良くありませんから」
「あ、ああ、確かに鍵を外れていた、でもうっかりよ、それは貴方の見間違いじゃ」
ドン! と壁に手を打ち付ける。
「ひっ!」
「よく考えて答えて、私は貴方の対応に少し苛ついている、折角機嫌がよくて、いい気分だった、貴方が協力してくれると期待していた」
「きょ、協力?」
「そうだよね、女って、悪い男に惹かれるよね? どうしてなんだろうね、真面目で誠実な男の方が幸せになれるのに、ああ、若いうちはこういう男と遊んでおいて、結婚はしっかりという堅実なタイプなの? 確かにケルシール女学院の教師なら、貰い手は引く手あまただろうからね」
「…………」
「ああ、そうそう、ちょっとした私は今、ゲームを作っているのさ、主人公は女子学院に赴任してきた男性教師という設定にしようと思っている、ヒロインは私を含めた4人、生徒達を交流を深めて、ハッピーエンドを迎える」
「…………」
「エンディング内容なんだけど、結末は余り決めていない、主人公はをどう結論を出すのか、興味あるんだよ」
「脅すつもりなら、問題にします」
「…………」
「何なの、そもそも鍵をわざと外して」
『あああーーー!!! つまらない!!! よく考えろと言ったのに!!!!!!!』
脳内に響き渡る言葉。
何を話しているか分からないのに言葉の意味が分かる。
上流に位置する彼女は知っている、これは……。
「ガッガッガッ!!」
神の言語と、いう言葉が出てこない。
『貴方は登場人物としては悪者としてコテコテな小物に適格だと思ったし、いいように利用できると思ったし、洗脳すれば使えると思った』
ここでナセノーシア、いやエテルムは。
『そうだ、そうだ、いいこと思いついた、物語に緊迫感は大事、ハーレム物の恋愛ゲームだけど主人公は元々命の危険を伴う状況になるから、悪くない、ああわかった、先生の役割が』
『開戦の狼煙になってもらうよ』
ぐっと、ヒネル先生の、身体が歪んでいく。
すりつぶされていく、
「ゴアアオゴゴアオガガオ!!!!」
そんな様子をじっと見るが……。
『なんか、この光景も飽きてきたなぁ』
とナセノーシアが呟き終わる頃に。
彼女はボール状になっていた。
『うーん、出来もイマイチ、やはり気分が乗らないと駄目か、でも開戦の狼煙とすれば、実に効果的、さてと』
ナセノーシアは加護をかける。
『これで、腐らないし虫や獣にも食われない、良い具合に脅しの種にはなるかな』
とひょいと持ち上げると、バスケットボールの要領で指の上でくるくると回しながら歩き始める。
『さて、適当な倉庫にも放り込んでおくか、となると次にすることは決まり、準備はこんなものか』
と、ボール片手にその扉を開き、彼女は敷地外へ出た。
●
ヒネル先生の恋人である山賊の狩猟が率いる山賊団。
奴らが女学院の近くを根城にしていることは知っている。
ただ、ケルシール女学院に直接手を出すことは無謀というよりも、そもそも論として非現実的、いくら悪党と言えど説明する必要すらない状況である。
ただ、、、。
好奇心旺盛な、良いとこ育ちの令嬢が。
冒険心がてら、校則違反をするという刺激を求めて、偶然忘れた鍵から外に出てしまったら。
だから彼女を見た時、山賊団たちは喜びに打ち震える。
彼女を照らすのは月の光を浴びた、震えるほどの美貌。
それは、清楚でも妖艶でもなく、
魔の類の美しさだから。
「ついにやってくれたな!」
「ああ! こんな美人が来るとは!」
「ケルシール女学院の生徒、これは高く売れる!!」
『…………』
ナセノーシアは妖艶に微笑んでいる。
「ボス!」
「ああ、聞いてるよ」
と言いながらナセノーシアに近づき、顎を掴み強引に自分の方向へ向かせる。
「ヒネルの奴、あとでご褒美をやらないとな、こんな上玉が来るとは、おい嬢ちゃん、校則違反はいけねえな、まあ罰は今から嫌というほど味わうだろうからな」
というボスの後ろで。
「お、おれ、もう!」
「たまらねえ!」
「いやほおほおおおお!!」
「おいおい、盛り過ぎだぞ」
と半分呆れかえりながら振り返った先。
「あははは!」
「あはいひああああはああ!!」
「しゃああああああああああ!!!!!!!!!」
と手下の5人が笑顔で自分の体をザクザクとナイフを突き刺し、目がグリンと上がったところで
「ばんざーーーーーーーーーーーい!!!!」
と言い終わった瞬間に、頭がつぶれ脳漿が漏れて、力なく地面へと落下した。
「…………」
そのボス含めて、状況が呑み込めない。
『あらら、ウケると思ったのにドン引きしているんだね。悪党の癖に洒落が分からないんだね』
その音は、庶民には聞きなれない音。
「な、なんだよ、これ、音? 声?」
『私は邪神エテルム、知ってる?』
という言葉に山賊首をかしげる。
「エテ、え?」
『…………』
そう、この反応が「今の世の中では圧倒的多数の反応」である。
『この場合、こいつらの無知ではなく、ウィズの統治が素晴らしいと言っていいのかな』
仲間が殺されたというのに未だに状況が掴めない。
まあいいや。
『貴方が大将ね? 喜びなさい、これから貴方達は、私が飽きるまで、邪神の加護を与え、道具として使ってあげる』
●
『ってカッコつけたはいいものの、元々ヒネルの運用が「山賊団を繋がりがある先生を吊るし上げることが第一の盛り上がりポイント」にするつもりだったのえ、その先生殺してしまうとさ、こいつらの使い道が全然思いつかなくてさ、このまま放置するのも微妙に力を使うから面倒くさくなって、手っ取り早くこうなってもらった』
「お前な、、、」
『カッとなってやった、今は反省している』
「なんでそのフレーズ知ってんだよ、って反省しているって「プロデュースしようとしたけど役に立たせなかったことを反省している」ってことだろうが」
『そうともいう』
「そうとしか言わねえだろ、しかしヒネル先生、素行不良の傾向があることは知っていたが、生徒達を間接的に差し出すとは、ヒネル先生に絡んだ被害は?」
『大丈夫、0人だよ』
「そうか、ならいい、さて俺の疑問は最後だ」
『伺いましょう』
「今回のゲームをプロデュースをしようと思った理由だ」
『さあね、女は秘密を着飾るものなんだよ』
「そうか、、、、」
「お前ちゃんと、俺達のことを覚えているのか?」
『っ!』
びくっと震える。
『……最後って言ったくせに、先生、あんまり、こんな問い詰め方するのモテないよ?』
「モテないのはもう今更だ、そんな俺を見初めた自分の見る目の無さを呪ってもらうしかないな」
『……日常部のこと覚えているに決まっているでしょ、ファテサはイケメンなくせに、フリフリの可愛いファッションが大好きで、モカナは、一番のしっかり者で世話係、クエルは頭が凄く良いんだけど、ちょっと抜けているところもあって、そこが可愛かったなぁ、そう、忘れていないんだ、ああ、楽しかったなぁ』
「ふざけろよ、お前もう新しいことって、そんなに覚えられなくなってるだろ? 俺がここに来たときに思い出すのに時間がかかっていたからな」
『……本当にモテないよ先生、余計な事を言わず察する、モテたいなら』
「ウィズにも少しその症状が出ているからな。とはいえウィズは覚えられなくなるというよりも忘れないように必死になっているというレベルだから、お前ほどひどくはないが」
『…………』
「だから戻って来いと言っている。その覚えられないことに対処法があるかは分からないが、フメリオラに頼めばあるいは」
『これは能力よりも身体的な事だからね、神々なら全員苦しむ、今苦しんでいなくても、いずれ苦しむ、さて先生』
「なんだ?」
『忘れないための対策はちゃんとしてある。少なくともケルシール女学院にいた時、いや「ナセノーシア」としての人生はね、だから私は』
「お前の意見も意志も関係ない、戻って来いと言っているんだ、日常部としてもそうだが、俺も日常部の部員の総意だ」
『駄目』
「分かった、ならそれは俺に対しての校内暴力の責任を取ってからだ、レポート書いて職員室にもってこい。その後日常部の面々を交えて話し合いだ」
『気持ちの整理がついていないだけ。でも先生と話せて、なんとなく、いずれまた会うことになるって思う』
「…………」
決心が固い、揺るぎそうにない。
「日常部の面々に会わなくていいのか?」
『ははっ、直接会うと決心が鈍りそう』
「そうか」
俺は立ちあがってナセノーシアを。
優しく抱きしめた。
「出来るだけお前の味方にはなるつもりだ。絶対に会いに来い」
『……初めて、女が喜ぶことしたね先生』
すっと離れると。
『じゃあね、皆によろしく』
と言い残すと、そのまま空中に飛び立ってあっという間にいなくなった。
「…………」
ケリがついた、とは言い難いけど、、。
俺は周りを見ると百舌鳥のはやにえ状態の山賊団を見る。
「自業自得とはいえ、こんな死に方だけは御免だよなぁ」
とつぶやいた。