第42話:ケリをつける・前篇
――学院長室
王子は、セアトリナと共に今後の処遇について話していた。
「そうですか、邪神の脅威は去ったと」
「そう判断していいだろう」
王子の言葉を受けて「ふう」と、安心したような息を吐くセアトリナ。
「……神楽坂大尉には「感謝」してもしきれませんね」
自嘲が混じったセアトリナ。
「それは私自身にも言えることだがな」
「王子、神楽坂大尉の様子は?」
「身体についてはすでに回復している。だがやはり心労がかなりきているな」
「……そうですか。彼には本当に礼をしてもしきれませんね」
「だからこそ神楽坂のケアが必要だ。故に協力をしてもらいたい」
「具体的には何をすればよろしいでしょうか?」
「天河は分かるな? そこから遊女を2人手配する」
「……ああ、そういうケアと協力ですか」
「すまないな、女のお前には分からないのは十分に承知しているが、神楽坂は自身でケアが必要だと私が判断した。終わらない限り日常部にも会えないと言っている」
「…………」
「セアトリナ?」
「聞いております。殿方はそうであることは理解しておりますし、必用なら場所は手配します」
「助かる」
「ですが、日常部の3人に話を通してください」
「え? いや、それは、その、、、」
「彼女たちの関係について結論は出た。ならばその愛人たちの前で堂々と言ってください。遊女をもって神楽坂先生のケアをすると」
「そ、それって、、」
「まずくないか?」
王子の言葉にセアトリナは目を閉じる。
「はい、とてもまずいことです。ということで3人の許可を得てください。成功をお祈り申し上げております」
「…………」
言い知れぬ迫力を感じたが、昼頃に日常部を呼び出すことで、一旦場が終わった。
――昼・学院長室
統一戦争。
初代リクス王が率いるフェンイアは破竹の勢いで勝利を重ね、統一戦争の勝者となり世の中に平和が訪れた。
ウィズ王国では幼いころから何度も聞かされる英雄譚。
だが当然、醜聞と無関係ではない。
統一戦争時に発生した自国軍人による婦女暴行事件。
当時、小さな村を制圧した際、一部の軍人が暴走、村の婦女達を集団で暴行した事件が起きた。
もちろんリクスは戦争にあたって略奪行為や暴行行為を軍規で固く禁止していた。
これらの行為は勝者となった後、必ず遺恨を残すからだと。
よって事件の報告を聞いたリクスは激怒、暴行した軍人たち全てをその村の住民の前で処刑した。
だが、リクスはこの事件においてこうも述べたという。
――「極限状態においての男の性欲の暴走は十分に予想できた。これは我の失策である」
軍人達には死をもって償わせたものの、その処刑そのものについては「殉職」として扱い名誉を与え遺族に対しても保護をしたという。
そしてリクスは「慰安軍」の創設に着手、報酬を提示して女を集めた。
当時は倫理上の観点から難航すると思われたが、その制圧した村を始めとして貧困にあえいでいる民は想像以上に多く、定数を数倍超える募集が集まったという。
その慰安婦たちにリクスは「軍人」としての地位を与えまとめ役には将校の階級を叙した。
結果、統一戦争が終わるまでウィズ王国軍による婦女暴行事件は起きることが無かった。
「当然これについては賛否あってな。現在でも否定する意見も多い。女を金に物を言わせて性奴隷として扱ったものであるとか、妻子や恋人がいる軍人も利用したから裏切りであるとかな」
「だが当時そういった性欲の暴走について慰安軍を創設し対処したのは、我が国とラメタリア王国ぐらいでな。婦女暴行事件も他の国による犯行が表沙汰になっていないだけで、どれだけ女性が犠牲になったかもわからん。それに慰安軍人達には戦場には同行させるが、衣食住を保証し、ちゃんと給与も与え、相手をした分だけ手当を与えた。終戦後、慰安軍が解散となった時、売れっ子の慰安軍人は、故郷に豪邸を建てたりしたそうだ」
「もちろん私は、善悪を問わずリクスの執ったこの施策を支持する側だ」
「とはいえ、これは女には分からないものらしくてな。当時リクスは正規の女性軍人も積極登用していて当時の女性将校達に男娼の斡旋を提唱したが、必要なしと言われた記録も残っている」
「だから理解しろとは言わない。だが男にはそういった「精神的ケア」が必要だということだ、それが現在の神楽坂の状況にある」
王子は、日常部の面々に問いかける。
「…………」
王子の言葉に日常部は、ギュッとスカートのすそを掴み耐えている。
「酷な事をしていることは十分に理解している。だがこれは私が決めた事項だ。軽蔑の感情は私に向けるが良い」
王子の言葉にモカナが首を振る。
「いえ、覚悟は決めております。クォナ嬢もしくはネルフロア嬢が、その「ケア」をするということですね」
「…………え!?」
え、え、なんで、クォナとネルフロアが出てくるのだ。今、慰安軍の話をしていたはずだが。
そんな王子の思考を余所にモカナが合点したように続ける。
「実は、私達もあえて聞かないようにしていたんです」
とここからモカナの説明が始まる。
「第三夫人がセルカ街長、第四夫人がアイカ武官少尉、第伍夫人がレティシア先生に内定している状況だという事、そしてボニナ族の女性たちに、先生が裏社会で活動する上での愛人を多数抱えている。ラムオピナに抱えている愛人を含めて合計42人、ですよね?」
「……ぉ?」←王子
「まあちょっと多すぎだと思いますし、どうかなって思うんですけど、先生と接して誠実な人だという事は分かりましたし、私たちのことをすごく大事にしてくれることも分かりました、それに先生と一緒になるのも面白そうだと思いましたから」
「そしてクォナ嬢とネルフロア嬢が第一夫人のどちらかになると、その結論がまだ出ていないと伺いました。結論が出たら次第公式に発表するとも」
上流の社会において、第一夫人の地位はやはり別だ。世継ぎを生まなければならないというプレッシャーがきついが、世継ぎを生んだ第一夫人の発言力の強さは状況に応じて当主よりも上の時もあるほど。
王子の母親である王妃は「王の第一夫人」にのみ与えられる称号となる。
それは十分に理解しているが、、、。
(神楽坂の愛人が、え? よ、よ、42人? ネルフロアとクォナが? え? 第一夫人を争う? え?)
王子は混乱している!
なんだそれは、聞いていない、いや、もちろん女は男の世界ではステータスになるから、それを利用しているけど、いつからそんな神楽坂はハーレムを作ったのだ。
王子の様子がおかしくなっているのを見て、モカナは怪訝な顔をする。
「王子? どうかされましたか?」
「え!? い、いや、ごほんごほん!」
という露骨なごまかし方をしたせいで。
「? クォナ嬢とネルフロア嬢ではないのですか?」
と問いかけてきた。
ど、どうしよう、なんか天河の事だと凄い言いだしづらくなったが、、。
「王子は、貴方方にそのケアをしろとおっしゃっているのですよ」
「え!?」
と驚いてセアトリナを見るが、憮然とした表情を見せたままだ。
え? こいつらにやらせるの? それは、、、。
「…………」
それ以降は何も言わず黙っているセアトリナ。
え? え? だって、その慰安軍があって、それで戦場の戦士たちのケアを、だから天河に頼む予定で。
と思っていたら。
「よ、よろしいのですか? 夫人たちを差し置いて、、、」
とモカナが王子に聞いてきた。
「そ、そもそも論として、夫人云々愛人云々、全部デマだが」
「「「え!?」」」
と全員が驚いた。
そうか、夫人すっ飛ばしていきなり愛人ってよく考えればすごいことだよな。
そして結局、、、、。
――神楽坂・自室
「すまん、日常部の3人がケアをすることになった」
「えーーーーーーーーー」
となったのであった。
●
「まあ、確かに愛人たち前にして「遊女呼ぶからね」と言われて納得する女はいないよな」
「そうですよね」
と王子と二人でうんうんと唸っていたが。
「まあ、でも、いいですよ、私だって覚悟を決めていますし」
「……そうか、なら私も是非はない。それと神楽坂よ、日常部3人を愛人にして上流で運用するのなら、まずモカナに私から伝えて欲しいことがある」
「モカナ?」
「家の窮状は知っているが、当主が枢機卿で3席であり終身名誉職でもあるから、上流ではそれなりの地位にあるから、日常部の上流での活動はモカナを中心に活動することになる。その事を首席枢機卿を担当するセアドア・パレーニルナ家当主に私の方から話を通しておく」
「…………」
王子は淡々と話すが、、。
「い、いいのですか、そこまでしていただいて」
「これはモカナに対してではない、今回のお前に対しての報酬の一部だと解釈しろ。故に便宜を図る代わりに最後通告だと伝えるがな」
「……最後通告」
「そうだ、私自身、ログロ男爵家の失態、ルルス男爵家の窮状を助けてやる気は毛頭なかったということだ。干されているログロ男爵家はワドーマーに挽回が困難な外交的有利を奪われた、上流であることを保てず、いずれ爵位の返上を申し出るだろう。ファテサが愛人とならなければ、チャンスは与えないつもりだった」
「ルルス男爵家は、本来中立であり多額の金も動くウィズ教に王国商会の介入を必定以上に許しつけこまれた。モカナがお前の愛人とならなければ、後任の枢機卿を送り込み、同じく枢機卿の地位を返上させて、首を挿げ替えさせる予定だったからな」
「…………」
「代わりはいくらでもいるからな。それが現実だ。だがはっきり言えばお前は大丈夫だ。それは私が大丈夫なようにしているからだ。だが日常部は、それを自分で成し遂げなければならなくなる」
「はい」
「最後通告であることは向こうも理解している筈。私が言わずとも死に物狂いで努力するだろうし、しなければ話にならない。これで駄目ならこちらからしても「口実」が出来たという事だ」
「…………」
「どうした辞めるか? 言い方は冷たくしたが、今ならこの二つの男爵家は「有終の美」を飾るぐらいはできるが、それも捨てるというのなら覚悟を決めろという事だよ」
「いいえ、アイツらなら、どんな結論が出ても生きていけますし。それに私は個人を守るために頑張れば済むことですから」
「その意気だ、さて」
王子は、真剣な表情で話しかけてくる。
「……神楽坂、お前何を考えている?」
何を考えている。
流石王子、何となくわかっているのだろう。
そう、俺が今考えている事、それは。
「王子、まだなんです」
「まだ?」
「まだ終わっていません。まだケリがついていないんですよ」
「……ナセノーシアに対してという意味か?」
「正確には日常部のケリがついていないという意味です」
「…………」
「そのためには、早急の回復が必要です。日常部のケリと考えれば、日常部のケアで良かったかもしれません」
「私に何かして欲しいことはあるか?」
「王子が現在、今回の私の任務について解除をしてもいいと判断していいのでしたら、少なくとも日常部のケリがつくまでの個人行動と臨時講師としての雇用継続をセアトリナ卿にお願いします」
神楽坂の言葉、決意を感じる言葉に。
「私ができることはバックアップだ。今日付で日常部の面々をここに戻す。後始末や政治的な事は私に任せろ、お前は好きにするがよい」
「ありがとうございます!」
「私は一度城へ戻る、仲間たちに帰還を伝えなければならないからな」
「それと王子、ケリがついたら、、、、」
と言って続けた神楽坂の言葉に。
「そうか、羽を伸ばしてこい」
と返したのであった。
――日常部
「心配をかけたな、みんな」
「先生、、、」
「なんかこうやっているのが不思議な感じだが、まずは情報の共有をしておきたい」
と言って俺は問いかける。
そして話を聞いたところ、俺がナセノーシアの部屋に行った翌日に部屋が不自然にあかなくなり、しょうがないのでそのまま登校したところ、ナセノーシアの存在の記憶や俺の所在がリフレッシュ旅行に向かったことになっていたそうだ。
その状況を受けてモカナが、神の介在による事象だという事に気づいた。
「よく冷静に対処できたな」
「先生が、神と交わるとよく起こることだと、後は先生の指示通りに、何かあったら王子が来るまで日常生活を続けていたよ」
「ナセノーシアの事はちゃんと覚えている訳か」
俺の問いかけに全員は頷く。
「先生、ナセノーシアは、その、、、」
遠慮がちに聞いてきたが。
「ああ、そうだよ、神様だ」
努めてあっさりとしたように返したけど。
「…………」
それでも日常部はショックな様子だった。
「何しょげてんだよ、まだ終わっていない」
「え!?」
「まだ終わっていないんだよ、あのバカ娘は、サバサバを装っているが構ってちゃんだからな」
「構ってちゃんって」
「ケリをつけなければならない。大筋は考えているが、まだ考えがまとまっていない。回復したら話す。王子から話は聞いているな、実は完全復活には程遠くてな、身体は大丈夫なんだが、かなり精神にきていてな。こうやって話しているのも実は凄く辛いんだ」
「というわけでファテサ、モカナ、クエル、この順番だ」
「え?」
「え? じゃない、俺をケアする順番だ、言っておくが順番は今座っている順番だ、特に意味はない」
「…………」
「なんだ? 言っておくが、複数一緒に相手してもらうとか言ったことはあるが、流石に本気じゃないぞ」
「せ、先生、今日は、凄いこう、強気ですね」
「とっくに覚悟は決めているからな、よし、ファテサ、風呂に行くぞ」
ぐっと腰を抱いて引き寄せる。
「っ! 先生」
すっとファテサが俺の頬に触れる。
「汚くて悪いな」
そう、冷や汗をびっしょりとかいている。
「言っただろ? あのバカ娘のせいだ、そのおかげでこうやっているだけで辛いんだ」
俺の表情を見てファテサは。
「分かりました、先生のことを支えます」
力強く答えてくれた。
――王城・執務室
「王子!」
王子は、仲間たちの待つ執務室に主神を伴って帰還する。
「神楽坂は生還を果たした、本件作戦は「ベスト」として終了した」
王子がまず結論を述べる。
今回のゲームのエンディング、邪神のことまで全ての説明を終えた後、セルカが発言する。
「王子、つまり我々のすることは」
「最終的に何もする必要がなかった。邪神は綺麗に後始末をして姿を消したお」
「…………」
「神楽坂についてはまだエテルムに対してケリをつけると言っていた。それが終われば戻ってくる」
「ケリ?」
「個人的にケリをつけてくるそうだ。故に各自通常へ移行せよ、ただ念のため、各方面の情報パイプを最大限に使え、何かあれば即座に対応するようにしておく」
少し含んだ言い方をする王子に。
「あの、王子、イザナミさんは戻ってくるのですよね?」
と問いかけてきたが
「戻ってくるさ。神楽坂がそう言ったんだからな」
とあっさり返した。
「さて、我々がすることはバックアップだ。邪神事案と気取られてはならないが、最大限に各自のパイプを使い、情報を察知できるようにしておけ」
と王子の号令で解散となったのであった。
――ケルシール女学院・神楽坂、自室
「うわああ!!」
ファテサがベッドの中で抱きしめてくれる。
「大丈夫です! 先生! 落ち着いて下さい!!」
「はあ、はあ、ったく、バカ娘め」
――
「モカナ、眠れないんだ、疲れ果てているのに、眠れなくて」
俺はベッドの中でモカナに縋りつく。
「そういう時は、話をするのが一番ですよ。先生の神々の話は興味があります」
――
「……クエル、身体が、何故か、動かない」
「いいですよ、先生、そのまま寝ていてください。こう見えても尽くす女なんです」
――そして1週間
徐々に空が白くなりかけている。
もう夜明けだ。
俺は部屋の窓から景色を眺めつつ、手を握って開いたりして感触を確かめている。
(女って凄いなぁ)
なんで、女の体って触るだけで、あんなに幸せになれるのか。確かにこれは効果がある。死地に赴く兵士たちがなぜ求めるのか分かった。
自分でもびっくりするぐらいの回復を見せてくれた。
「ありがとな、3人とも、まさかずっと看病してくれるとは思わなかった」
俺の言葉に3人はやれやれとため息をつく。
「ひどい状況だったじゃないですか」
「まあでも、可愛かったですよ」
「先生も面倒ですよね」
そんな軽口を叩き合う関係。
それが居心地がいい。
「さて、じゃ、行ってくるよ、バカ娘に会いに」