第41話:神楽坂と邪神と
――神楽坂と王子の最後の会話の時
「ナセノーシアが邪神なのか?」
【はい、とはいえ確信はありますが確証がない段階ですけど】
ナセノーシア・ジルナ・タジール。
当然に日常部全員の資料は取り寄せてある。
ナセノーシアはジルナ男爵家の傍系、実際に上流の貴族名簿にも載っているし、写真だって本人のものと一致している。
そして身元調査は神々の力を借りて当然に徹底した。
結果シロだった。
そして現に、ちゃんと正式な手続きをもって入学している。
つまり、、、。
「っ~」
歯ぎしりをする王子。
つまり、これでウィズ王国は上流に邪神の侵入を許していたことが確定となった。
だがそれも無理からぬ事なのだ。
身辺調査にも限度があるし、生まれで全てが決まるという決まり自体は原初の貴族にしか通用しない。
自分の家を栄えさせるために養子縁組なんて普通に行われる。ナセノーシアもまた養子縁組でジルナ男爵家に入っているが、この時点で本当にナセノーシアが本人だったのか、それともなりすましたのかは分からない。
「私も、戸籍を持っていますからね」
とはウィズ。そう彼女もまた「レティシア・ガムグリー」として現世に顕現している。
自分の身分を隠して活動をするのは基本中の基本は、何回も述べたとおりだ。
だから、ここで心を乱してはならない。
今回の邪神はゲームプロデューサーとして絶対的な権限を持っている。登場人物の生殺与奪すらも握っている。
だから今回の引き際はどうとでもできた。
結果は、ケルシール女学院には手を出さず、しかも邪神は長年隠し続けてきた己の正体を引き換えに後始末をして立ち去った。
今回のエンディングについては様々な想定をしていたが、今回の邪神事案は、現在日常部とセアトリナのみが知っているだけ。
そして神楽坂は、心はともかく、身体は無傷で、こうやって寝ている。
現段階では隠蔽工作の必要すらない。
「…………」
思わず自嘲しそうな心境を堪える。
「……神楽坂に感謝せよ、か」
「え?」
「あのメッセージ、あれは多分我々に向けたものでもあるのだろうな」
「…………」
「さて、優先すべきは、神楽坂の心の回復だ。身体的疲労のみならいつか目覚めるだろう、だから」
「……あれ? 王子?」
突然後ろから声が聞こえて勢いよく振り向くと。
神楽坂が寝ながら3人を見ていた。
――
「…………」
王子は目覚めた神楽坂を見た時、言葉が出なかった。
十字架に磔、まさに生かさず殺さずの状態だったが。
「だ、大丈夫なのか?」
自分で言って的外れだと思いながら、王子は問いかける。
「……あーうーん、あんまり大丈夫ではないです、中途半端に眠ったり中途半端に起きたりを繰り返していて、色々夢を見ていて、そしたら王子が出てきて、何でかなって思って、あれ、夢じゃないじゃないかって思いました」
寝ぼけたままの言葉にしか聞こえない神楽坂の言葉。
「繰り返すけど、身体に異常なし。神の影響下にも無しだよ」
フメリオラが付け加える。
「神楽坂、状況が呑み込めるか?」
「……いえ、まだ、とにかく腹が減って目が覚めたので」
「…………え? 腹
?」
「腹が減って目が覚めることなんてあるんですね」
「……そ、そうか、飯か」
「はい、ここの食堂って食券1枚から3枚まであるじゃないですか。3枚は本当に高級って感じで美味いんですよ」
だそうだ。もう食堂は閉まっているが。
「……わかった、セアトリナに手配をさせる」
と言って連絡を取ったのであった。
●
「うまうま! うまうま!」
「全部食べていいから、ゆっくり食え神楽坂」
「はい!」
この食事、王子の来訪自体は学院そのものは知っていることから、急遽使用人分含めての夜食という名目で無理を言って作らせたものだ。
「ごくごく! げふっ! げふっ! はーーー! うまかった! あーメトアンさんの方が美味いと思うけど、流石だなぁ」
「神楽坂様」
ここでスッと出てきてウィズが話しかけてくる。
「五右衛門風呂、用意しておきましたよ」
「マジか!! 流石ウィズ!!」
「神楽坂」
今度は王子が話しかけてくる。
「なんです?」
「一緒に入るか」
「え?」
「五右衛門風呂とやら、俺も体験したみたい、裸の付き合いだ」
「いいですね! 一緒に入りましょう」
●
「あ゛あ゛~~」
と久しぶりの風呂でひたすら身体を磨いた。
「あつ!! こ、これは割とおっかない風呂だな」
とふちに触れて後、底板を外そうとしたので。
「あ! 駄目ですよ王子! それは底板を踏みながら入るんです」
「そ、そうなのか」
とおっかなびっくりで入る。
「おお、なんかすごい風呂だな、お前の祖国にはこんなものがあるのか」
「まあ今ではほぼ使われていない風呂ですけど」
「…………」
飯を食って風呂入って、傍から見れば驚くぐらい回復している。
だが、、、、。
「神楽坂、一ついいか?」
「なんです?」
「日常部の面々は寮で待機させてある。どうする?」
と含ませて聞く王子の言葉に。
「……はい、お察しのとおり、一応復活はしましたが、、、」
ギュッと、自分の体を抱きしめる。
「今アイツらに会ったら、、、やばいですね」
やばい。王子はその言葉を理解する。
「分かった、面会謝絶は継続しておこう。ただ日常部の面々には他言無用を命令しておいたが……」
「いえ、信用していいと思います」
「……そうなのか? 他言無用の難易度を理解しているのか?」
「はい、アイツらは、既に私の故郷と神々の繋がりについて、その他言無用の指示を守っていました。噂ですらも出ませんでした」
「……そうか、そうだったか、わかった、なら信用しよう」
「王子」
「どうした?」
「愚痴、聞いてくれますか、ナセノーシアにこんな目に遭われた時の事」
「ああ、いいよ」
――
それは、約束の日、日常部の面々に告白されて、その返事をする日。
ゲームをエンディングを迎えた日。
「え?」
びっくりした顔でナセノーシアは出迎えてくれた。
「告白の返事をしにきた」
「え、ええーー、いや、本当にびっくり」
「そうか?」
「いやさ、私って女らしくないからさ、いちばん最後だと思ってたよ」
「別にそんなことはないと思うが」
「だってモカナは文句なしにお嬢様系で可愛いし、ファテサはすらっとしたモデル体型で、クエルは小柄で守ってあげたくなるような感じだし」
「…………」
「い、いやぁ、どうしようかな、じ、実は色々と準備が」
「お前がエテルムだろ?」
会話に割り込む形で告げる、、、。
「…………」
キョトンとしたのは一瞬だけで、、。
『やっぱり、バレてた?』
と返した。
「…………いきなり認めるのかよ」
『うん、先生が嘘ついて欲しそうだったからさ』
「そうか、お前らしいな」
『…………』
「…………」
『? それで?』
「いやいや、それでってなんだよ」
『いやいやいや、なんだよはこっちの台詞だよ、どうするの?』
「どうするのって、俺はちゃんと歯を磨いて体を洗ってきたぞ。んでお前は色々と準備があるって自分で言っていたじゃないか、まあ女には色々あるんだろう、それを待っているんだが」
『ええーー! この状況で私を抱くつもりなの!?』
「そうだよ。なんだよ、やっぱり俺への気持ちが嘘だったって言うんだったら無理強いはしない。だけど俺への気持ちが本当なら抱く、んで守ってやる」
『ヒネル先生を殺したのは私だよ』
「ああ、自分で言っていたし、あの遺体の惨状を見れば人の手じゃないことは分かる。ボニナ族が手を下した遺体を見たが、ああはならないからな」
『憲兵に突き出さないの?』
「アホか、神の理に人の理が耐えられないのはそういう意味も含まれている。お前を憲兵に突き出してどうなるんだ?」
『邪神を守るなんて、王国が許さない』
「だから人の理を適用できないって繰り返し言っているだろ」
ここでエテルム、いやナセノーシアは考える、、、。
『え、え』
ここでやっと思い付いたようだ。
『あのさ、まさかとは思うんだけど』
「そのとおり、神の理には神の理。お前の処遇も考えてある」
『…………』
絶句するエテルムに俺は続ける。
「神はデフォルトでも十分に強い。だからフメリオラに頼んでその強さを、ボニナ族の青年ぐらいにまで落としてもらうアーティファクトを頼んである。それを身につけてもらって日常生活を送ってもらう、今のところはそんなところか」
『そんなところって、そのあとは?』
「そのあとはって、言っただろ、日常部は続くんだ」
『つ、続くって、ウィズやルルトが私を許すってこと?』
「許すというよりも、上位の神に逆らったら制裁、なんだろ? そこはちゃんと確認した、お前はウィズとルルトにとって制裁対象ではない」
『ケルシール女学院に手を出している状況で?』
「今の状況でってところだよ」
『私がこのまま暴れたら?』
「だから言っただろ、教え子に手を出すな、出せば殺すぞって」
『……なるほど、言ってたね、そっかー』
ベットに腰掛けて、横に座るようにポンポンと叩く。
俺は、促されるがままに座る。
『つまりハーレムエンドを選ぶってこと?』
「うーーーーん、そう聞くと人聞きが悪いけど、俺の気持ちは素直に伝えたつもりだ。それとお前こそ、日常部の3人に対してはちゃんとするんだぞ」
『ちゃんとって、どういうこと?』
「正直お前、正体隠す気余り無いだろ? 他の3人はお前に対して親友だと思いつつも違和感を覚えてきている」
『…………』
「別に違和感はまあいい、つまりこうやって正体判明しても、ちゃんと日常部の部長としての活動はしっかりやれって話だ」
『…………』
「そして俺は状況の終了の報告を王子にしなければならない。上流の調整もしなければならないし」
『先生』
「うるさい!!」
『…………』
「どっちで呼んでいいか分からんから、ナセノーシアと呼ぶぞ、いいか、お前は俺の教え子であり愛人だ、だから俺のいう事を聞け。繰り返すぞ、王子に状況終了の報告をする、ウィズとルルトに話は通してある、お前はこれからもケルシール女学院の生徒であり続ける、日常部の部長として、かつどうをつづけて、おれの、じょうりゅう、、、」
『なんで泣いているの?』
「…………当たり前だろ」
『え?』
「当たり前だろう、教え子を敵に回して、嬉しい教師が何処にいる?」
じっと俺を見つめて、、、。
『……そっか、私たち全員愛人にするとか言っている癖に、本当に誠実だよね』
半分呆れたような、ナセノーシアで。
すっと、俺の手を握る。
「…………」
その目を見て理解した。
ああ、そうだよ。
お前はどうしようもない奴だ。
何となく、お前にはシンパシーを感じていたんだ。
この時、ナセノーシアは、ふむと頷く。
「ああ、そうだっけ、ハーレムエンドって、確か先生の国では、こう言われるんだよね?」
とこれ見よがしに神の言語を使うのを辞めて。
「全員で幸せになろうねって」
「…………そうだ」
「先生は、それを本気で目指しているんだね」
そのまま、ナセノーシアは、俺の手を、、、。
バキンと二つに折った。
「グアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!」
そのまま、さらに膝を使って、バキンと折る。
「アアアアアアアア!!!!!!!!!!」
その時の、痛みで意識朦朧とした中で、ナセノーシアの顔は。
嗤っていた……。
●
「それでですよ、あの後、何本が骨を追加で折られた後、磔にされまして」
――「ハーレム作るなんて男には、丁度いいお仕置きなんじゃない? じゃあね、先生、楽しかったよ、おやすみなさい」
「こんな事のたまったんです、丁度良くないだろ、やりすぎなんだよ、なんで俺の周りの女性陣は加減を知らないんだ、まったく、先生に暴力とか、学級崩壊か、名門女子学院なのに学級崩壊か」
ふうと俺はため息をつく。
「こんな感じです。後は王子がくるまであのまんま放置プレイ、もう辛くて痛くて辛くて痛くて、あのバカ娘」
とここで言葉を切って、歯を食いしばる。
「…………」
駄目だ、体がだるい、凄くだるい。
風呂に入っているのに、疲れた、本当に疲れた、、、。
「神楽坂」
「はい」
「よくやってくれた。後は任せておけ、相当に疲れた顔をしている。それと今の状態のケアについても私が手配してやる」
「ありがとうございます」
そう、俺のやる事は、自分の事だけを考えていればいいという事。
そうだ、王子はこう言ってくれているんだ。俺は何も心配しないで、そのまま、寝続けていればいい。
風呂から上がった後、1人で部屋に行き、目を閉じると、まだ身体が温かく、あれだけ眠ったと思ったのに、、、。
すぐに眠気が襲ってきて、眠りに落ちた。