第22話:辺境都市マルス
娯楽、人が生活を営む上で欠かせない潤い、ただその意味は広義にわたり、その潤いは時と場合と場所と、何より人によって差異があるから一元化はできないが、体系化はできる。
日本にだって男の娯楽の代表として「飲む、打つ、買う」といったものが男の娯楽の代名詞と称されるように、文化が違えど世界中の男の娯楽はこれに類するものに体系化され、異世界のウィズ王国の男たちにとっても例外ではないようだ。
ウィズ王国では「打つ」の方は国が丸ごと抱え込むことによって利益を独占する形式をとっており、「飲む」つまりは「食」については完全競争主義を採用し、民間がそれぞれの腕を競っている。
だが「買う」についてはどうしてもデリケートな問題も含むため独占することはできず、とはいえ無視はできない問題であるから政府にとって懸案事項であったそうだ。
結果、遊廓を作ることになったのだが、買うが目的とは「公言」できないため、このときに使った王国の建前がよりにもよって「分け隔てなく人を受け入れる」という耳障りのいい言葉を採用したのが仇となった。
つまり遊廓建設はあくまで建前の結果であると捉える必要があり、運営に携わったり取り締まりをすることは、いわゆる「失策」としての対応を取らざるを得なくなるため、政府は積極的に干渉が出来なくなってしまった。
本来なら人員を投入して治安維持や遊廓の運営にあてなければならないのだが、そういった負の部分は放置せざるを得なくなり、結果秩序の維持にはマフィアという反社会勢力が事実上握らせる結果となってしまっているのだ。
当然マフィアは犯罪が起きようが何が起きようが政府に報告することはない。
故に書類上は「犯罪も起きない平和な都市」となっており、遊廓の運営の金の動きも不透明、結果都市能力の数値化をしたところで5等にしか格付けできず、政府からの人員は駐在官1人だけが補職されているのが現状だ。
「そんな歪な遊廓都市、以上がマルスの概要だ」
俺は、ルルト、ウィズ、アイカ、セルカ司祭を見渡しながら発言する。
マルスに立ち寄る前に俺がした準備、あの手紙を受け取った後にルルト、セルカ、ウィズに事の次第を連絡し、それぞれに協力を願い出たのだ。
その後、マルスに向かう途中でレギオンに寄り、これもアイカに頼みごとをした後、マルスに向かい、俺が到着するころを見計らって執務室に集合するように頼んだのだ。
「ウィズ、すまないな、主神としての仕事があると言っていたのに」
「降臨の儀ではないので、一日ぐらいなら何とかなりますから、お気になさらずに」
「アイカもありがとな、お前にも無理をさせてしまった」
「大丈夫だよ、おやっさんに出張扱いにしてもらったからね、だから三ツ星レストランの肉食べ放題で手を打とうぞ」
「えー!! 給料が飛んじゃうよ!! 一つ星! せめて一つ星で!」
「りょーかい~♪ もうあとから無しは聞かないからね」
あっさり納得したホクホク顔のアイカ、くっ、報酬をわざと高い方から持ち掛けて低い方で妥協したと見せかけて当初の目標を達成する、取引の常とう手段だな。
「なによ、言っておくけど、憲兵同士だって情報保全義務は課せられるし、罰則だってあるんだからね?」
「むう……」
こう言われては黙るしかない、確かにアイカの言っていることが正しいとはいえマルスが絡んでいるのか「憲兵としても無関係じゃないからね」と熱意を持ってくれている。
「お2人を見ていると仲の良かった友人に会いたくなりますね」
この言葉はセルカ司祭だ、用件を伝えたら乗り気で来てくれたのだ。
「すみません、街長の仕事もあったでしょうに」
「いいえ、仲間は必要な時に頼るものです。私も必要な時には中尉を頼りますから」
「ありがとうございます、ルルト今回も神の力を借りる、そして多分俺と一緒に行動してもらうことになると思うから、子供たちにちゃんと話しておけよ」
「はいはい、面白いことを始めてくれるのならなんでもするよ」
全員に感謝しながらいよいよと本題に入る。
「改めて伝える、今回はマルスの駐在官であるカリバス伍長から実地調査の依頼を受けてみんなに集まってもらった、まずはアイカ、マルスの実情を鑑みればお前の情報が一番大事だ、だから最初に頼むよ」
「分かった、私が報告するのはマルスの治安情勢についてよ」
アイカは立ち上がるとマルスについて説明を始める。
「マルスを話す上で外せないのが、都市を牛耳るマフィア、ロッソファミリーよ」
ロッソファミリー、頭目はロッソ・マルベル、構成員は100名程度、収益は人身売買と遊廓によって収益を上げている反社会的勢力。
反社会的勢力であるが故に暴力を得意としており、遊廓での事件については睨みを利かせており表上は秩序の維持に貢献している。
ロッソファミリーは頭目と副頭目の2人で仕切っており、頭目と副頭目は非常に仲が悪く、現在は事務所もそれぞれ別に構えており、未確認情報ながら近いうちに組織分裂が起こる気配がある。
「アイカ、そこまで把握しておきながら憲兵が動けない理由はなんだ?」
「私たちが動けない状況は二つ、前回の教皇選のような政治的圧力か、証拠がないか、ロッソの場合は後者よ」
「後者、証拠がないか、でも憲兵が動いておきながら何の証拠も掴めないのは不自然だぜ」
「強制調査には何度も入っているけど、その時には街長に話を通さなければならないの、そして街長はマルスの構成員なんだよね」
街長の選任について。
街長の選任方法については都市に一任され、中央政府への届出申告義務に留まる。
例えばウルティミスはヤド商会長を始めとした幹部たちの合議制を採用している。セルカ司祭は前街長の娘ではあるけれど、世襲制は採用していないので、形式上はちゃんと届け出の内容に則って選出している。
この選出方法にも色々ユニークな方法を採用している都市も多いがここでは割愛、マルスもウルティミスと同じ合議制を採用しており、つまりはロッソファミリーから決めた人材、つまりは構成員が着任している。
「縄張りってくだらないけどバカにできないのよね、一応街長は私達側ってことになるから、調査に入る時は事前に話を通さざるを得なくなる、マフィアの構成員に「いつ手入れが入りますよ~」って伝えなければならない羽目になっているのよ。当然事前に対策を取られて証拠不十分であくまでも調査のみで終わり、幹部の検挙や組織解体には至っていないという訳よ」
「…………」
なるほど、しっかりと制度を悪用しているわけか、アイカのいう事は分かりやすく一見して簡単そうに見えるが。
「なあアイカ、制度の悪用は部外協力者がいないと成り立たないと思うんだけど」
「ご明察、街長というのはさっきも言ったとおり私たち側でしょ? だから堂々と公的な後ろ盾が存在するんだよ」
ここでアイカは一息入れてその後ろ盾の人物の名前を告げる。
「中央政府人事部のアナズリ・キネリ文官大佐」
アナズリ・キネリ文官大佐。
修道院での成績は平凡であったものの、実務能力はまるでなく、媚び売りだけで大佐という地位に上り詰めたともっぱらの評判、現在は定年間近で今は退職を待つ身であるが……。
「仕事はできないけど要領がいいというか、定員外の制度を悪用している人物なんだよ」
定員外の制度。
心身いずれか、また両方不調な職員のために、身分を保持したまま仕事から一旦離れ休養を取ることができるもの。
定員から外れるため、欠員が生じるため元の部署に負担がかからず人員補充ができる制度として採用されている。
ではここでアイカがいう悪用とは何なのか。
「どこも悪いところがないのに悪いふりをして仕事をしない、定員外になっても人事選考上のマイナス査定にはならないから、少し仕事に復帰しては要領よく媚びを売って世渡りをしてきた、んで現在は老後の貯金のためにマフィアから多額の献金を受け取るってことね」
ここまで説明してアイカは最後を締める。
「最悪最低、流石マフィアの後ろ盾よね」
以上がアイカの報告になるのだが……。
「…………」
「どうしたの?」
腑に落ちない様子の俺を感じ取ったのかアイカが話しかけてきた。
「いや、セルカ司祭、マルスの街長についてはどうですか?」
俺の言葉を受けてセルカ司祭が話し始めるが、ちょっと口ごもる。
「んー、そうですね、街長から「割引チケット」が貰えるみたいで、会議の後は声をよくかけられていますね」
セルカ司祭の言葉を受けてアイカがため息をつく。
「ホントさ、どーして男ってそういうの好きなのかなぁ? イザナミ、言っておくけどね、女は気づかないふりしているだけで、本当は全部ばれているんだからね?」
何もしていないのに怒られた。
「まあ、それが活力になるようですから、許すのも女性の甲斐性ですよ。だから私は何とも思っていません、安心してください中尉」
何もしてないのに許された。
「神楽坂様、遊ぶのならバレない様に工夫することが大事です、アリバイ工作ぐらいなら協力しますよ」
何もしてないのにアドバイスされた。
「まあ、ほら、イザナミはモテないからさ、せめて僕たちだけでも理解をしてあげよう」
「何もしてないのに同情された! 行かないから! 行くとしても仕事だから!」
俺の必死の弁解に「でたよ仕事とか~」とか再び不穏な空気になり始めたのでゴホンとゴホンと咳払いで強引に誤魔化す。
「セルカ司祭! 街長について他に何かあればお願いします!」
笑いを堪えているセルカ司祭であったが、ふと「私見ですが」という前置きをしたうえで話しかけてくる。
「はっきり言ってしまえば小悪党であると思います。ただし、悪い意味でプライドは持っていません、だからこそマルスでやっていけるのだと私は思っていますよ」
「……悪い意味でプライドを持たない、か、そこは厄介だな」
反社会的勢力というと脅したり暴力をふるったり金を巻き上げたりというイメージがあるが実際はそれは一部に過ぎない。
時には下手に時には媚びを、お上の意向に素直に従ったりもする。それをうまく使い分けながら日々活動するのだ。
「ウィズ、宗教関係については?」
「枢機卿団から上がってくる情報にマルスの情報はありません。教会がありますが一つだけで助祭補が1人だけです。活動も熱心ではないですね、神楽坂様が欲しい情報は無いと思います、その……」
ここで一旦言葉を切り、
「神楽坂様、それでも枢機卿団は動かせなくはないですが……どうしますか?」
歯切れ悪く問いかけてくるウィズ、その歯切れの悪い理由も理解しているから俺も首を振る。
「情報発信源のレベルが高すぎる、情報源がそれだけだとロード大司教あたりにバレると引っ掻き回されるな」
ちなみにロード大司教は、前回の後に人事異動が発令されて、今は中央政府首席異端審問官の任についている。
それにしてもよりにもよって異端審問官とは、まあルルト教が友好宗教であることは証明されたから、ある意味で味方になったかもしれないが、あの政治屋は本気を出すと本気で痛い目を見るのは前回嫌というほど味わった。
誤魔化そうにもあの政治屋相手だとそれに相当手間を裂かなければならないからなぁ。
となるとウィズの情報は今回はあてにできないか、となるとマルスについての情報はこんなものか。
と思った時だった。
「イザナミ、今のマルスはやばいよ」
冷えた声のアイカに全員が注目する。
「? ロッソファミリーには注意をしておくぜ」
「違う、エテルムって知ってる?」
「えてるむ?」
「2年ぐらい前からマルスに蔓延している最悪の違法薬物のことだよ」
違法薬物エテルム。
発端はマルスから逃げ出した遊女が他の都市で保護された際に中毒症状を訴えた検査した際、既存の違法薬物のどれにも該当しなかったため、新しい違法薬物として認知されてたことにより知られるようになった薬物。
憲兵が捜査に着手し、その結果、今から2年ほど前から急速に広まりを見せ始めたものであり、着手したときは既に取り返しがつかないほど蔓延していたのだった。
ここまでの蔓延を許した理由は、マルスという土地柄もさることながら、エテルムの効能として快楽に特化し、副作用として重度の精神的依存を引き起こすものの、他者への攻撃性もなく、しかも身体的毒性が認められなかった、故に「違法ではあるが安全な薬物」という言い訳を成立させ流通を許すことになってしまっているのだ。
(日本でもそんな感じで謳っている薬物があるよな……)
一時期話題になった脱法ドラッグなんてのもそうだ。もっともアレは身体的毒性も引き起こすし、中毒者が事件を起こしていたけど。
「ここで問題なのがね、流通ルートが一切不明、金の流れすらも分からない、全てが不明なのよ、ロッソファミリーは確実に絡んでいるのも分かっているんだけどね、忌々しいけど、これもまた証拠がないの」
「え?」
今のアイカの話は展開が変だ。
「なあアイカ、今の話だとエテルムの中毒者が蔓延しているってことは、出回っているってことだろ、それなのに流通ルートが「一切不明」って変じゃないか? さっきロッソファミリーが絡んでいるのは確実だって言っていたんだから、普通にロッソファミリーが卸しているって結論じゃダメなのか?」
俺の質問を受けてアイカは苦渋に顔が染まる。
「エテルムがどうして最悪と言われているのか、それはね中毒者の全員がいつエテルムを摂取したか分からない点にあるの」
「……は? なんだそれ? ロッソファミリーに脅されて言わない、だからじゃないのか?」
「それは散々疑った。だけど現地調査をしていて、誰もが全員同じことを言うのよ、確かにマフィアは怖いかもしれないけど、全員が同じことを言うってのははおかしいの」
「……つまり?」
「私たちが下した結論は、マルスで日常生活を営む上で食べる食事、飲むものを含めた食材、これにエテルムがランダムに混ぜられていて、いつの間にかエテルム中毒者になるってことよ」
「……な……に?」
「しかもロッソファミリーの構成員にも多数の中毒者も出ているの、違法薬物を食材やら飲み物にランダムに混ぜられたら、どうしようもない。その自覚無き害悪と広範囲の汚染、その遅効性から邪神の名を取って名付けられたのよ」
「…………」
「だから向こうでは一切の飲み食いしないで、向こう側からすればアンタは敵だからね、薬漬けぐらいは平気でやる奴らよ」
「……一切の飲み食いか、忠告してくれてなんだが、既にカリバス伍長からはお茶やら茶請けやらをご馳走になったんだよな」
「……カリバス伍長ね」
歯切れの悪いアイカの言葉、その先から出る言葉がいい意味ではないという事は分かる。
「カリバス・ノートル武官伍長はね、マルスの赴任になった時から何故か異動を拒否して、以後20年にわたりずっとあそこの駐在官を務めている。あの年で階級が伍長なのは、そのためね」
「この人も色々黒い噂がある人だよ、駐在官でありながらマフィアの構成員までやっているという話だし、エテルムにも一枚噛んでいるかもしれないの」
「はー、とにかく都市ぐるみで不正を隠すシステムが出来上がっているってのがマルスの大まかな状態ってわけか」
俺はアイカの隣に座っているウィズに話しかける。
「ウィズ、仮にお茶と茶請けにエテルムが混ぜられていて俺が中毒症状が出た場合、神の力で何とかなるのか?」
「なります、アーティファクトを使えば人間用の万能薬が作れるから安心してください」
「ば、万能薬、すごいな、まあ大丈夫だろうけど中毒症状が出たら頼むぜ」
あまり危機感のない俺の様子にルルトが問いかける。
「イザナミ、使徒と言えど中毒症状が出れば普通に苦しむことには変わりないよ」
「あの老獪な伍長殿だったらこの情報は仕入れることぐらいは簡単に予測できるし、むしろ中毒症状が出たら間抜けもいいところだからな、まあそれにしても……」
ロッソファミリーの構成員にすら中毒者が出ているのか、それを踏まえても。
「終末的だな」
俺の言葉にアイカが頷く。
「元々砂上の楼閣のような都市ではあったけど、不思議とバランスは取れていたのよ。だからこそエテルムがきっかけであえなくバランスを崩している」
「そもそも、なんでそんなものを流通させたんだ?」
「まあ、流通の主な原因はロッソファミリーの頭目争いが原因と考えられているけどね」
「…………」
以上の情報が出揃い、自然とみんなの視線が俺への集中する。
遊廓都市マルス、話を聞いて俺の最初の勘のとおり面白そうな場所ではあるが……。
「いくつか矛盾点があるな」
「矛盾点?」
アイカが聞き返す。
「今からそれを確かめに行ってくる、アイカは引き続き情報収集を頼む、ウィズはマルスの教会に赴いて活動実態の把握をしてくれ、セルカ街長はマルスの街長としての情報があれば何でもいいので仕入れてください、ルルト、いつもの奴を頼むよ」
「ボクはついていかなくていいのかい?」
「今の段階では1人の方が動きやすいから大丈夫だ」
俺の回答にルルトは頷くと神石を握りしめ力を籠めようとした時だった。
「中尉、ちょっといいですか?」
そう声をかけたのはセルカ司祭だった。
「マルスについてなんですが、一つお話したいことがあります」
そうやって切り出したセルカ司祭、なんだろうと思って耳を傾けると、その内容は意外な内容で、こちらにとって有益な内容だった。
「それはありがたい、でもまだ早すぎます、今は私のことを話を通してもらえれば」
「はい、わかりました、時期については中尉にお任せしますよ」
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