第34話:匂い、臭い、『【ニオイ】』
クエルが書記の仕事をする傍ら俺達の仕事は、もっぱらギルドの掲示板に貼ってある依頼をこなすことだった。
その中で繰り返し二つ、日常部の面々に厳命した。
――情報収集は世間話程度にしておく事
――報酬をちゃんと受け取る事
一つ目は「チクリ屋」という致命的な評価を避けるため。情報収集なんて素人が付け焼刃であると絶対にバレてしまうのだ。
そして意外と大事なのは二つ目のただ働きは禁止。
一見して報酬を受け取らないのは人気取りで良いような気がするが、タダの仕事は結局依頼した方も受けた方もお互いの首を絞めるだけだ。
対価を払い、それに対しての結果を出すこと、これが信頼の構築に繋がる。
ちなみに依頼の中には、生徒の権限だけではどうしようもないのもあって、そこは俺が協力した。
日常部の面々はそれをちゃんと守っているようで、依頼をこなしつつ、収集した情報を集約する、それをひたすら繰り返す。
みんな誤解しがちだが、情報収集は目に見えてわかる成果を求めるとロクなことにならない。ただ積み上げること、分析する必要すらない。
何故なら、どんな些細な情報が役に立つかなんて誰にも分からないのだから。
「はぁ~、紅茶うま~」
とそんな日々を過ごしながら夜の自由時間に日常部の面々とまったりしていた。
「クエル、どうだ?」
「はい、色々と気を使って大変です」
「まあそうだろうな」
「先生の方は?」
「ん、順調だよ、それと、他の候補者たちの動きは?」
「はい、まずは、副会長サイドの」
とお互いに報告をしあっている時だった。
ジージーとベルが鳴り来訪を告げる音がする。
「? あれ? 今、ベルが鳴った?」
と耳を澄ますとジージーと確かに来訪を告げる音が部屋の中に響く。
「「「「「…………」」」」」
本来、この日常部の部室に訪れる人はいない。
日常部設立の経緯が分かれば納得できる内容だが、、、日常部が不安な表情を見せるので、俺が代表して開いたドアを先にいたのは、、、、。
「私達! 本当に困っていて! どうしようかって!!」
というのは、涙目になっていたのは女学院のオカルト同好会の面々だった。
●
ちなみに同好会とは、他の部を持ちながら別に所属する「趣味サークル」を指す。
オカルト。
こういう怪異現象の話は何処でもあって、それが好きな人は一定数いる。
この子たちは、ケルシール女学院のオカルト研究会の活動の一環として、代々ケルシール女学院に伝わる七不思議の真相を暴こうとして実地調査をしようとしたのだ。
んで先日、七不思議を利用して調査しようとしたところ怪異現象に出くわしてしまい怖くなって逃げてしまい、結果、、。
「話にあるんです。七不思議の真相解明に失敗した人間には幽霊からの祟りがあると、そしたら噂のとおり、祟りにあったんです」
「祟りか、具体的には?」
「幽霊に枕元に立たれたり、幻聴まで聞こえるまでになっていて、お願いします、この七不思議の祟りは全てを真相を暴くことによって解決するんです! だから日常部の面々にお願いしたいんです!」
と半泣き状態で話すオカルト研究会の面々。
「…………」
もちろんここで祟りなんてないとか、幽霊なんていないとか科学的に云々と説明するのは悪手だからやらない。
もちろん俺はオカルトの怪異現象なんて信じてはいない。
だけど、怪異現象を信じて起こる人体への悪影響は存在することは知っている。
呪われたと信じる人間の心は無視できないのだ。
それにこれは依頼だ、どの道答えは一つだ。
「分かった、俺達が代わりに調査しよう。そして真相を暴き、俺達に呪いがかからないことを証明するさ、そのために、七不思議についていろいろと教えてくれ」
とまあ、そんな感じで、スタートしたのであった。
●
七不思議探索、メンバーは俺とモカナとナセノーシア3人になった。
クエルは、自由時間とはいえ今は庶務補佐として夜遅くまで働いており、疲れがある為メンバーから外し、ファテサは怖いものが苦手なので部室でクエルと共に待機となった。
「七不思議かー」
思えば、こういう怪談って何処にでもあるものだなぁ。
んで、本当はいけないんだけど、就寝時間をまってそのまま探索メンバーで出発。
「えーっと、今日の当直の先生は、巡回時間を決めて回るタイプだから、その合間を縫っていけば大丈夫だな」
と言いながら、敷地内を歩く。
「先生は当直中に巡回するの?」
「ああ、夜の散歩が好きだからな」
「へー、巡回とかしなさそうだけど」
「いや、コンビがルウ先生だから、強引に」
「ああー、凄い想像できる」
と雑談をしながら、散策、オカルト同好会から貰った七不思議のリストを見ながら歩を進める。
まず第一の不思議。
――第一の不思議・礼拝堂の幽霊。
これは解決済み、だから飛ばし。
んで続いて第二の不思議。
――第二の不思議・美術室の動く肖像画。
これもまたベタな感じだ、、。
そんなことを考えながらマスターキーを使って美術室の中に入ってみるが、、、、。
「…………」
当然辺りは静まり返っており、当然に誰もいない、、、。
「なんかさ」
ナセノーシアがきょろきょろと辺りを見渡す。
「恐怖って言うより、こう特別な時間にいてはいけない場所にいるって興奮しない?」
「それ!!」
とお嬢様たち2人は盛り上がっている。
うん、別に何かを期待したわけじゃないが、相変わらず逞しいお嬢様方だ。
そんな訳で、、、。
じーーーーーっと3人並んで肖像画を見る。
なんか、深夜の美術室で肖像画をひたすら並んでみるこの光景がホラーのような気がするけど。
「あのさ、先生」
「なに?」
「そもそも、時間指定ってあるの?」
「えーっと、資料には書いてないな、深夜ってだけで」
「へー」
「…………」
「…………」
「…………」
「あのさ」
「どうしたの?」
「この肖像画って誰なの?」
「さあ? モカナ知ってる?」
「一番左は初代教皇猊下だよ。初めて国王と教皇が別れた時なの」
「歴史的背景って何かあるのか?」
「もちろん、ウィズ神を主神とする宗教政策は、、」
とモカナの講義が始まる。
宗教というと日本だとどうしてもカルトイメージが先行する為「忌避」が先行するが、むしろ宗教を統治政策として採用している国の方が主流だ。
ウィズ王国も例に漏れず、ウィズ神の使徒にすることによって秘書、つまり「御子」としての立場を得て、権威を獲得することで成功したそうだ。
「なるほどなぁ」
と感心する。
「…………」
「…………」
「…………」
「あのさ」
「どうした?」
「もういいんじゃない?」
「だなぁ」
と美術室を後にした。
――第三の不思議・呪いのピアノ
天才と称された特別入学枠で入学した少女がプレッシャーに耐え切れずピアノの前で割腹自殺して、その幽霊が出る。発動条件は、少女の得意な曲だった名曲を日が変わる時間に弾く。
「そもそも論として、俺ピアノ弾けないんだけど、しかし割腹自殺って男らしいな」
「割腹自殺が男らしいんですか?」
「ああ、俺の祖国では大昔に切腹って文化があってな」
「へー」
「というより、曲をどうしようか、どうしよう」
「おほほほ」
と突然ナセノーシアが頬に手の甲をあてて胡散臭いお嬢様笑いをする。
「え? 弾けるの?」
「淑女の嗜みですわ」
「へー、凄いなぁって、ってちょ、ちょっと待った!」
「ど、どうしたの?」
「うるさくすると流石にバレそうだ、だから静かに、出来るだけ静かに」
「……この時点で語るに落ちてる気がするね、、、」
「しょうがない、モカナ、俺達は見張りに徹するぞ」
一曲後、、、。
「普通にいい曲だったな」
「楽器が弾けるって羨ましい」
「…………」
「何も出ないねぇ」
「まあ夜中に無許可でピアノ弾いてたら普通に怒られるからなぁ」
「本当に怖いのは幽霊ではなく生きている人間かもしれない」
「なぜ急に、、、さて、次は」
――そんなこんなで、、、、。
「第六の不思議は、、、動く人体模型、また動く系? 第四の不思議が動く文芸室の人形だったよね?」
「まあ動く系は定番だからね」
「だが第五の不思議だと、教室の窓からのぞき込む女子生徒だったか、いちばん怪談らしい怪談だったけど、3階とだけの詳しい教室の指定がないから、教室まわってみたけど、誰もいなかったね」
「でも七不思議が七つちゃんとあるだけ凄いと思うぞ、大体三つか四つぐらいだからな」
「さて、最後の七不思議なんだけど、えーっと、、、、」
――第七の不思議・屋外の倉庫の幽霊、その証拠に何もないに悪臭がする
「悪臭て、いよいよなりふり構わなくなってきた感が、、、」
そういえば別府の地獄めぐりも最後の方は人食いピラニアとかの水槽が展示されていてそれを眺めているだけだったなぁ。
「まあいいか、これで最後、んでオカルト研究会に発表して終わりだ」
倉庫、2階建ての結構大きい奴だ、俺達が住んでいるところが使われない倉庫だったっみたいだが、ここは、文化祭やら何やらでいらなくなった倉庫だそうな。
同じくマスターキーを使って中に入ると、、、。
「ゲホッゲホッ! これ、、」
「うん、臭いね、埃」
「さて、どうするか、結構広いな」
「資料によれば2階って書いてあるけど、、、」
「手分けして調べるかー、ふああ」
と欠伸が出てしまう。
「もう夜遅いからね、明日辛いだろうなぁ」
「あ、そうだ、明日で思い出した、宿題はやってたんだろうな、そんなに量多くしていないから、今日の放課後の自由時間使えば十分に」
「「さあ行こう! 私たちの戦いはこれからだ!」」
「おい」
そんな感じで個別に分かれて探索を開始する。
ただ探索と言っても、複数の部屋に色々な物が乱雑に於いてあるだけで、こう幽霊を探すと言われても、開けて誰も居なければ、また別の部屋にという事を繰り返すだけだった。
「特に変わった物もないなぁ」
名門女子学院の倉庫、なんて響きだが本当に変わったところがない。
「アイダ!!」
暗いので思いっきり床に置いたあった箱を蹴っ飛ばして悶絶する。
「いつつ、もう、というか、そろそろ十分だと思うが、、」
と倉庫の入口付近に辿り着くが、、、。
「誰もいないな、何処に行ったんだろう」
2階に向かうが、気配がない。
「……おーーい、モカナーーー、ナセノーシアーーー」
反応なし。
むむむ、ひょっとして、暗がりに隠れてびっくりさせてやろうって魂胆かな。
と思いつつ、抜き足差し足忍び足、べべ別にびびってねーし!
だが、、、、。
(あれ、、、、、、)
なんだろう、、、。
2階に上がった瞬間に、、。
なんか寒い、、、。
いやこれ、、、。
「悪寒?」
「っ!」
少し焦り気味に、部屋を開けて確認する。
「おい、モカナ、ナセノーシア、いたずらも程々にしろ、許してやるから出てこい」
誰に向かって話しているのか。まだ見ていないところにいるかもしれないとばかりに、一部屋一部屋扉を開けて、ちゃんと中を見ていく。
変だ、アイツラは確か2階に行った、そりゃあ隠れる場所はいっぱいあるが、、、。
と2階のとある倉庫の扉を開けた時だった。
「!!!!」
部屋に一歩踏み出した姿勢そのままで凍り付く。
「…………」
この、小便と糞が混じったような匂い、、、、。
これは、、、。
(死臭!!)
落ち着け、死臭と言ったところで、動物も人間も変わらない。
(くそっ、ナセノーシアとモカナは何処にいる!!!)
いやいや、何を考えているんだ、大丈夫だ、大丈夫なはずだ。
「ふぅーーーーー」
ゆっくりと長く息を吐く。
「…………」
よし、そんなに広い部屋ではないが、ゆっくりと、、、、。
「うわっ!!」
暗闇に顔に向かってきた虫に驚いて顔をそむける。
虫、、、くそう、今の虫は、、、。
(蠅!!!)
落ち着け落ち着け落ち着け、逆だ、仮にこれが死臭で今のが蠅だと考えるのなら朗報だと捉えるんだ。
「ん?」
あれ、なんだろう、気が付いた、目の前に何かがある、、。
いや、ほんとうに、なんだこれ、、、。
ゆっくりと、歩いて、近づく、、、。
「まさか、、、、」
俺は「それ」をじっと見る、、、。
そう、それは、、、、。
球体、、、、。
球体だ、、、直径70センチぐらいの、球体、、、、。
「それ」が「なに」であるか、、、。
なに、であるかは分かる、、、。
匂いの発生源であるであるから、、、、。
証拠に球体に蠅がたかっている。
俺は腰を屈めてその球体を見る。
(やはりそうだ、蠅がかなり大きい、そして周りに蠅の死骸、ウジもちゃんと沸いているから何世代か過ぎているな)
よく推理物で死亡推定時刻なんて表現するが、あんなのは現実ではっきりとは分かる筈がない。
そもそも、現実世界での死亡推定時刻は、客観的証拠でも残っていない限り、かなり幅を取ってというか取らざるを得ないのが現状だ。
ここで参考となるのが蠅。
蠅の寿命は大体一か月程度。
つまり成虫となった蠅がいて、周りに死骸もあり、赤ちゃんであるウジがいるということは、代を重ねているという事。
つまり少なくとも一か月以上の時が経過していることが分かる。
だから朗報なのだ、つまりこの球体がモカナとナセノーシアではないという事だ。
じゃあこの球体は何なのか、、、。
いや、誰なのか、、、、。
この展開からすると残念ながら獣のオチという事の期待は出来ない。
後は、、、。
確認するだけ、、、。
俺はこの球体に刺さっているカードを見る。
これ見よがしに刺さっているカード。
なんとなく、誰かは分かっていたこの球体、、、、。
そのカードは俺が臨時講師として着任すると同時に支給された身分証明書だ。
「ヒネル先生、、、、」
そう、産休で失踪した、ヒネル先生だ。
詳しいことは調べてみないと分からないが、資料で見た所々で確認できる着ている服とかアクセサリーの類が全て一致している。
前回のボニナ族とマフィアの戦争の時、ボニナ族が人をねじ切った遺体はさんざん見たけど、こんな綺麗な球体にはならない。
常軌を逸している球体という死体。
俺は憲兵じゃないから詳しい死体の情報は分からない、いや分かる必要もないか、人の仕業ではないと分かればいいのだから。
そう、、、。
これがヒネル先生であると、俺に見つけて欲しかったのだろう。
『【動くな】』
すっと後ろから首筋に手が添えられたと同時に発言される言葉。
「…………」
『【なんだ、驚かないのは拍子抜けだ】』
神の言語で声が聞こえた。
::続く