第33話:サクィーリア選挙・開戦
――日常部部室
「私の役職である書記というのは要は庶務だと解釈していただいて問題ありません。サクィーリアが必要だと判断した際の雑務が担当となり、生徒会の窓口となるのです」
日常部の面々の前で説明する、書記のナハレニ。
「サクィーリアの命によりクエルは書記補佐に任命されました。今後日常部の活動よりも生徒会活動を優先するため、その挨拶に参りました」
その方向を神妙な報告で聞いていた日常部の面々だが。
「分かった! 頑張ってねクエル!」
というナセノーシアの言葉を筆頭に3人がクエルの周りに集まる。
「神楽坂先生」
そんな中ハナレニは俺に話しかけてきた。
「なんだい?」
「何かありますか?」
「? どうして俺に?」
「サクィーリアが気にしていたもので」
「何もないよ」
「本当ですか、何か策はあるのではないですか?」
「一生懸命頑張る」
俺の言葉にふふっと微笑み、、、。
「さて、ナハレニさんや、一生懸命頑張るにあたり、雑用ってのは、どこまでやるんだ?」
「っ!」
ビクッと震えるハナレニ。
「……繰り返しますが生徒会の生徒の窓口です」
「ふーん、わかった、ありがと」
「……それではクエル、まずはしばらく私について、仕事を覚えてください」
と言いつつ部屋を後にした。
――クエルが出て行った日常部。
「……ナセノーシア、ファテサ、モカナ」
俺は、3人に問いかける。
「な、なに? 真剣な表情で」
「クエルの為に尽くせるか?」
俺の言葉にキョトンとする日常部の面々だったが。
「それはもちろん、だけど、、、」
「なら改めて聞く、お前たちの顔の広さを聞きたい」
「ど、どうして?」
「そもそもケルシール女学院は、学術機関としてあると同時に」
「情報機関でもあるってことだよ」
「情報、機関?」
「ずっと疑問に思っていたんだ。ケルシール女学院、そしてその生徒会について」
そもそもサクィーリアとは何なのか。
末席とはいえ、上流デビューさせるとはどういうことなのか。
ケルシール女学院とは王国でどういう位置なのか。
特に人間関係が全ての上流、それが施策であったとしたら、生徒会の役割とは何なのか。
「簡単に言えば、ケルシール女学院は子爵卿の上流の活動をする上での「学生担当」ってことなんだよ」
「…………」
そんなことは分かっていると思った日常部面々であったが、、、。
「まだピンとこないか? セアトリナ卿が生徒会に何を「期待」しているのか」
期待、、、。
まだ呑み込めない日常部の面々。
「要はスパイをしろってことだよ」
「……え?」
「ものすごく簡単に悪く言えばチクリ屋だ」
「…………え?」
「つあり生徒会は生徒達の情報を全て吸い上げられ子爵卿閣下に逐一報告されているってことさ」
「え、え、それって、どのレベルで?」
「それこそちょっとした校則違反も全てだろうよ、一見して規則におおらかでちょっとした違反を許しているようにみせかけ、その実裏で学院長に報告しているってこと」
「そ、そんな!」
「いいか? 人気者ってのは2種類いる、計算して自分が人気者であるというように振る舞い支持を得ることができる人物と、生まれ持ったもので振舞って得られるものの二種類」
「…………」
「それが今回の担当制度なんだよ、割とえげつないことを考えているぜ、あのサクィーリアさんは」
「え?」
「候補者たちの人気を利用し、自分の見識のみ信用し認定する、これが担当制度の狙いであり選挙の方法ってことだ」
俺の言っていることが呑み込めない日常部の面々。
「いいか? まず代表者を選ぶ際に良く行われる投票制度は、一見して平等ではあるが方法が平等であるというだけで、かなりリスキーというか、手段と目的が逆転することが往々にしてある」
これはもう日本の選挙を見てみればわかる。
自分の意思を政策に実現させるためには、年齢の条件さえ満たせば全て得られる選挙権を持つ国民の投票を多く得なければならない。
そして票を得る為に、数々の不法行為で摘発されて自滅する人物は後を絶たず。
不法行為を行わずとも流動性が読めず泡沫候補が当選する。
現実は政策よりも有名人という理由で当選する。
それらをクリアしてようやく当選しても多数決で決まる為、個人の意思で政策が実現できない。
もちろん現在の投票制度は短所ばかりではなく長所もたくさんあるが、共通して言えるのは綺麗事で物事は進まないことだ。
ここまで言えばわかるのだろう、全員の顔が強張る。
「つまりさ、あのサクィーリアさんは「大衆」の見る目を一切信用していないってことなんだよ。だけどそれをいう事は出来ないから、それぞれに担当制度を敷くのさ、意識を分散させるためにね」
「…………」
「流石セアトリナ女王のお気に入りだ」
「先生、あのさ、それって、ピンチなんじゃ」
「何言ってんだよ、面白そうじゃないか」
「え!?」
「俺は正直、サクィーリア選挙がさっき言った「ヒューミントを主体とした投票方式」だったら戦う上で策がマジでなかったんだ。クエルがどうしてもサクィーリアに必要な政治力という部分について2人に劣っているのは分かっていたし、そのフォローが俺にはできなかったからな」
「だが今回はお前たちの長所が生かせる配置となっている。これも計算しているのなら流石だということだ、つまり長所で戦えという事だよ」
「先生、でもチクリは、、、」
「結論を急ぎなさんな、いいか? チクリ屋なんて言ったがそれはあくまで「分かりやすく悪く」言っただけだ」
という俺の言葉に沈んだ表情の日常部だったが。
「思い出してみろよ、サクィーリアのS級認定試験を」
「「「あ!!」」」
「そう、あの依頼でそれをあのサクィーリアも感じたのだろう、実は俺も驚いた、皆人望あるんだなって」
「…………」
「だからこそお前達は変に策に走るなよ、いつものとおり過ごしてくれ、積極的に情報を収集しようとすると「ボロ」がでる。まずこれをみられている。いっただろ? 先生にチクるやつに人望なんてものはない。うまくできないのなら「やるな」だ」
「…………」
「いいか? クエルが戻るまで、お前達の知る限りでいいんだ、真偽は問わない、現在の貴族令嬢として「入学するまで」知りうる生徒達の情報を収集し整理する」
「情報提出のリミットはクエルが仕事に慣れるまで、それまで何もしなければ、早々にあのサクィーリアさんは今はフラットであろう後継者候補の序列を下げるだろうし、ホルとラミナ相手だと短期決戦であるが故に挽回がきかないかもしれん」
「そういう意味において覚悟を決めろと言ったんだ、いい情報と悪い情報も収集を頼む。さて、これから食堂で食料を買い込むぞ、俺は生徒名簿を持ってくる」
●
あの後、日常部部室にて、名簿1人1人で知っている限りの情報を出し切り、ある程度の整理が終わるまで数日に及ぶ。
それこそ質も分野も問わない、男の関係が激しいとかそういういった下世話な話まで全部だ。
「あの、さ、先生」
ある程度整理が終わったところで、ナセノーシアが遠慮がちに話しかけてくる。
「なんだ?」
「その、教職員の情報は、こういう場合どうなるの?」
「…………」
そう生徒達の情報は良い、問題となるのは教職員だが、、、。
「出さない」
「え?」
「見抜かれた上で言いなりにはならないってことだ、ふふっ」
話の途中で突然笑い始めたからびっくりする。
「すまん、それにしても政治力はともかく個人での戦略戦術勝負となるとあの子はまだまだ若いし未熟だなぁと思ってね」
と俺はメッセージカードを取り出すとさらさらと文言を書いて資料に添える。
「なにそれ?」
「俺からサクィーリアさんへの文字通りのメッセージカード」
「……先生」
今度はファテサが遠慮がちに話しかけてくる。
「どうした?」
「あの、先生はスパイを否定しないんですか?」
「否定どころか肯定する側だ。そもそもスパイ活動ってのは、全世界で採用している情報収集手段だよ」
スパイというと特別な事をしなければならないと考えるかもしれないが、そんな事は必要ない。
詳しくは書けないが、日常的に仕入れる情報何て、実際の情報機関でもテレビやニュース、新聞で各国の情報を収集している。
それにここは閉鎖された世界だから黙っていても様々な情報が入ってくる、噂に過ぎない情報でも十分だ。
「…………」
ファテサは顔をしかめている。割と潔癖なところがあるファテサには嫌悪感を感じるかもしれないが、、、。
「わかりました、私も覚悟を決めます」
はっきりと言ってくれた。
――ラミナ・ギクス
ラミナ・ギクスは、副会長ジシラと共に部活廻りを終えて、事務作業をしていた。
ジシラ副会長。
生徒会ナンバー2、勤務は会長の補佐。
「少し休憩にしましょう」
という言葉の下、副会長自ら紅茶を用意してくれた。どうやら紅茶に凝っているらしく淹れ方に拘っているそうだ。
口をつけると確かに美味しい。
ラミナは、部活廻りに付き合いながらもずっと考えていた。
副会長という役職は、何を期待されているのか。
会長を補佐するという仕事はなんなのか。
この二つを。
「さてラミナ、生徒会の責任者は誰だかわかりますか?」
その疑問を察知したかのように、ジシラから問いかけてくる。
責任者、、、、。
「副会長、なんですか?」
「そのとおり、副会長です。でも生徒会のトップはサクィーリアです。何故副会長が責任者で責任を取らなければいけないのですか?」
「…………」
「さて、それが課題です。答えを身をもって示してもらえればと思います。副会長は、生徒達の代表、各部活の代表たちや委員会委員長との顔つなぎが大事な仕事ですよ」
と言葉を切り、後は自分で考えろという副会長。
トップはサクィーリアであるが責任者は副会長。
その答えを身をもって示せ。
(これが私の課題ってことなのね、、、)
――ホル・レベッツ
ホルはサクィーリアであるフィオと共に教職員の会議に参加し、その任を終えて生徒会室に戻るために歩いていた。
会長、サクィーリア、生徒会のトップ。
そのトップは発言権はないがこうやって学校経営の会議に参加することができる。
ホル・レベッツもずっと考えている。
そもそもサクィーリアとは何なのかを。
「生徒会に求められているのはなんでしょうか? ホルさん」
そう質問してくる。
生徒会が求められているものそれはもちろん。
「トップである以上、常に批判に晒されている覚悟を持たなければいけません。だからこそ政治力はもちろん、生徒達の手本や、見本になることが必要だと思います」
「30点」
「っ!」
厳しい言葉に、言葉に詰まるホル。
「間違いとは言いませんが、正解からほど遠い、政治力や手本や見本なら、生徒会役員になる必要はありません」
「…………」
「さて、聞きますホル・レベッツ、貴方はどうしてサクィーリアになりたいのですか?」
どうしてサクィーリアになりたいか、それは、、。
「馬術部の技術を使い、女騎士として上流に通用するように成り上がりたいです」
女騎士。
彼女の馬術部の競技が男の種目とは言ったとおりではあるが、女が乗馬なんてはしたないと見られる実情もあるし、嫁の貰い手が無くなるなんて揶揄もされる。
時代錯誤の話だとは思うが、無視も出来ない難しい問題。
だからこそ自分には上流の立場が必要だ。
「それで?」
「え?」
「そのために何が必要なのですか?」
「…………」
「それを考えずサクィーリアになりたいと言った、仮に今サクィーリアになったとしても上流では顔すらも覚えてもらえないでしょう、それが30点の理由です」
「サクィーリアを含めた生徒会役員は、任期を終えれば卒業までママ先生の秘書の末席に名を連ねます。これは私たち庶民にとって破格のアドバンテージです。そこを考えなければなりません」
「上流で名をあげたい人物は星の数ほどいます。成り上がるというのはその星の数ほどいる上流候補よりも目立たなければならない」
「…………」
「いいですか? 会長の仕事は、教職員との折衝です。ケルシール女学院の先生方は、自身が上流に繋がり持ち活躍している方や自身が上流に名を連ねる方ばかりです」
「っ!」
そう、それは。
「会議の一つ一つがチャンス、それを考えて会議に臨みましたか?」
「…………」
反省するホルに微笑むサクィーリア。
「さあホル、落ち込んでいる暇はありませんよ」
厳しい言葉に改めて背筋が伸びたのであった。
――生徒会室
フォルがホルを連れて戻り、生徒会室には既に副会長ジシラと書記ハナレニがラミナとクエルを連れて待機していた。
「3人揃いましたね、それでは報告を聞きましょう」
この時、クエルは無言で封書を差し出す。
「これは?」
「お望みの品です。サクィーリア」
「……ほう、ん? 封書についているこれは?」
「神楽坂先生からのメッセージカードです」
「!!」
と勢いよくひったくると、すぐにカードを開いて読む。
――信用しているぜ、サクィーリアさん
「…………」
ぎゅっと、メッセージカードを胸に抱きしめると。
「はっ!」
と何かに気が付いたのか、急いでメッセージカードと封書を自分の机の中に大事そうに仕舞う。
「ごほん! クエル」
「は、はい」
「早速の成果、感謝します。それと神楽坂先生に私から「信用を裏切らない」と伝言をお願いします」
「わ、わかりました」
彼女の様子に少し不安になったが、気にしていてもしょうがないとばかりに、話を進めるのであった。