第30話:荘厳の儀・最後の試練・最終話
――「荘厳の儀の中で邪神が我々を殺しに来ました」
俺の言葉で向こう側に息を飲む雰囲気が伝わる。
【…………最終的に無事に終わったのか?】
「はい、ですが、正直間一髪でした、王子、今そこにウィズとルルト、フメリオラはいますか?」
【ああ、いるが】
「ルルト、ちょっといいか」
【はいはい、聞こえているよ、どうしたの?】
とルルトが声をかけてくる。
「過去を蒸し返すようで悪いが、俺が赴任した当初、ウィズと喧嘩した時のことを覚えているか?」
【ん? うん、まあね、それがどうしたの?】
「あの時に、ウィズに使おうとしたアーティファクトがあっただろ、あれ、後で聞いたら確か凄い物騒な奴だったよな」
ここまで話せばルルトも察する、おそらく同席しているであろうウィズの息を飲む音と、フメリオラのいつもの態度が覗ける。
問題となった場所は、荘厳の儀の第二の試練、俺とファテサで分断された時。
ナセノーシア達扮する偽物が「出口と称した箱」のこと。
アレは、ルルトが切れてウィズを制裁する時に使ったアーティファクトだ。
あれは……。
――自分の体が美味しく見えてしまい食欲に勝てなくなり、激痛が伴うが、ひたすらに食べ続ける、絶命した瞬間に抽選が行われ、100回に1回の可能性で生き残ることができるが外れた場合は、身体が修復されて始めてからやり直し、それをひたすら繰り返す、初めから生存を前提としているが、心が壊れる
【……それが出て来たってことだね】
「そうだ、ルルト、あれはフメリオラから借りたのか?」
【……そう、あの時、不穏な空気を感じたからフメリオラの工房に行って借りてきたんだ】
「ちゃんと返したのか?」
【それはそうだよ、アーティファクト自体はそこら辺に放ってはおけないからね】
「そうか、フメリオラ」
【聞いていたよ、だけどアーティファクトは普段適当に倉庫に放ってあるから正直分からない、色々な神が借りに来たり返しに来たりするから分からないよ】
「マジで確認してきて欲しい、今すぐにだ、それぐらいかかる?」
【……はいはい、君は面白いから不興を買いたくないからね、1時間待って】
そして本を少し読み終わったところで、、、、。
【……無いね、盗まれたようだ】
と述べた。
「ならばフメリオラ、ルルトが返したことは確認したんだろ?」
【うん、返すよ~ってきたからね】
「そういう時に物は確認してるのか?」
【ううん、倉庫に適当に放ってくれっていつも言ってる】
「なるほど」
フメリオラの工房。
アーティファクトが生まれる場所でもある。
工房そのものがアーティファクト、つまり荘厳の儀に使われているものと同じ要領で作られている。
工房の場所については、所謂「紹介」の要領で誰でも知ることができる。これは人間でも同様ではあるものの、人間にはたどり着けない場所に構えているそうだが。
だが工房の中に入るには「フメリオラの許可」が無ければならない。
つまり工房に来て「チャイムを鳴らす」つまり来訪を告げることができる。
だけどそれに応じるかは完全にフメリオラの都合でアーティファクト作りが佳境に入ると来訪を煩わしいと思い「チャイムの電源を切る」ことができる。
工房の中に入るには「フメリオラからドアを開けて招き入れなければならない」という制約がある。つまりチャイムが鳴り来訪者が誰かを知り、開放ボタンを押すと押した神は中に入ることができる。
だが出る時は、フメリオラの許可は要らない、そのまま出ることができる。
つまり扉を開けることはフメリオラにしかできない。留守中に侵入することは出来ない。ただ一度招かれてしまえば中から出ることは出来る。
「盗まれるってのはよくあるのか?」
【まあ何度かね、でも気が付いている範囲でって話だよ。在庫チェックをしているわけじゃないし、保管場所を決めて管理している訳でもないからね】
「……フメリオラ、荘厳の儀ってのは、それ自体がアーティファクトなんだろ?」
ケルシール女学院は、当初は王国貴族の女性貴族達の教育機関として成立する。
その中で、宗教施策の一環として、ウィズ神を直接降臨を受けるという特別扱いをする上で、ウィズがフメリオラに頼み、作り上げたのが荘厳の儀のものだ。
成功するにしても失敗にするにしても神の「奇蹟」を体感することができる。
ゲーム的な要素は、フメリオラの趣味らしい。
要は大きな箱をイメージすると良いらしい、その中でフメリオラが作ったアーティファクトが実験を兼ねてたくさん設置されていて、それが相互作用を起こすことにより「奇蹟」が体現されている。
フメリオラにとっては公然と作ったアーティファクトの実験ができるので、重宝しているのだそうだ。
【言っておくけど、命にかかわるような危険なアーティファクトの実験はしないよ、そんな趣味はないし、私がウィズに殺される】
「フメリオラは工房にどういう神を招くんだ?」
【好みで、ぶっちゃけ、人類史の邪神も招いたことはあるけど、不愉快だった?】
「いや特に」
【そうなの?】
「世界に利益をもたらせたアーティファクトもいくつかあるが、それって元が邪神と言われていた神の能力もあるんだろ?」
【……まあね】
「だとするのなら責めるには値しない、今俺が気になるのは、あくまでも今回の相手だけだよ、だからルルトが返してから今日までの間、訪れた神全員をリストアップして欲しいんだが」
【うーん、難しいね、色々とくるからなぁ、没頭すると許可だけ出して後は適当にってのも多いし、だから盗まれていることも気が付かなかったんだよ、覚えている限りでも伝えようか?】
「いや、それよりも神が自分が訪れたことを忘れさせる能力を持っている神はいるのか?」
【仮に持っていたとしても、特殊能力を神同士で使った場合、壊れてしまうね、例えば私の記憶を操作された場合、廃人になる。ただアーティファクトが神に対しても有効なのは、私の能力の範囲内だと考えてもらえればいいさ、それは君だってそうだろう?】
「……本当に使い勝手が悪いよな、神の力って」
【私の場合は趣味に没頭できる能力だから、むしろ使い勝手最高なんだけど】
「フメリオラ、神々の写真なんかは」
【写真機のアーティファクトはあえて作っていない、理由は分かるだろ? そもそも私がこうやって素顔を晒しているのは君がディナレーテに選ばれたからだよ】
「ケルシール女学院の資料は読んだよな? 知っている顔は、、、、、」
ここまで言って自分で気づく。
「そうか、、、、そういう」
【? どうしたの?】
「ウィズ、あの達成者の中で見知った神はいたのか?」
【いませんでした】
「仮にあの時、見知った神が能力を使わないで変装をしていたらどうだ?」
【分かりませんね。そもそも神として生きていく中で自分の身を秘匿するという意味において、それが下手じゃ話になりません】
「…………」
【神楽坂様?】
「やはり難しく考えすぎた。ルルト、俺の占いとやらはどう願ってどう出たんだ?」
【へ? ウルティミスの窮状を救ってくれる人物がいれば占ってくれと頼んでね、それに対して、異世界にいる神楽坂イザナミという男が鍵となる、その人物に会って連れてこいと】
「その占いは素顔を晒して会えと言われたのか?」
【特に】
「大丈夫なのか?」
【大丈夫なんて問い自体がナンセンスなのさ。ディナレーテが会ってと言ったなら素顔を晒しても大丈夫だという意味なんだよ、そして神が素顔を晒しても大丈夫というのは、それだけで僕たちからすれば「特別」ということになるのさ】
「更に一つ、俺を連れてきて「どう大丈夫」だと思ったんだ?」
【ん? だからイザナミを連れてくれば解決するってこと、どう解決するかまでは分からなかったけどね】
「…………」
【イザナミ?】
「ルルト、ディナレーテに対して誰に何を占ったかを聞くことができるのか?」
ここまで言えば気が付いたのだろう、息を飲む感じが伝わる。
【……そういうことか、結論から言えば無理、ディナレーテは「それをするとなんか外れる気がする」と言っていたからね。ただ自分が占われた結果を他人に話すのは問題ないんだってさ】
【ちょっとまった、どういうこと?】
とルルトに割ってフメリオラが聞いてくる。
「つまり、今回の邪神はディナレーテの占いを受けている可能性があるってこと」
【そう、なるの?】
「だってそうだろ、ルルトやウィズの不興を買ったら殺されるかもしれないだろ?」
【あ、なるほど】
「外連味があるなと思っていたが、やはり俺の神々との活動については下調べが済んでいるということか、やっと一つの謎が解けたよ。だったらいつものとおりやればいいって話になる」
【いつものとおりって?】
「仮説と検証、さてフメリオラ、ルルト以降に訪れた邪神は誰かいるのか?」
【と言われても、割と色々な神が来るからね、神の世界から認定された邪神やら人類史で認定された邪神やら】
「人類史に残る邪神が今回の犯人だ」
【断言していいの?】
「ああ、そうじゃないかなとは思っていたが、ルルトとの会話ではっきりしたよ。おそらくこれも織り込み済みってことだ、ディナレーテの導きのままにとは、向こうもそうだということだ」
【ふむ、なら、ルルトとウィズの喧嘩から今の間だけなら1人だけ】
「……名は?」
【エテルム】
●
邪神エテルム。
その名前で思い出すのは、遊廓都市マルスの時、ロッソファミリーがばらまいていた違法薬物の名前。
それは遅効性の毒、まわった時は手遅れ、自分の毒に侵され、神の加護を得ようとした自分の信者たちが皆殺しにされるのを笑いながら見ていた女神。
「一応聞いておく、招いて入れるってことは、顔は知っているんだろ?」
【顔は知っているけど、ウィズが言ったとおり身を隠されればこちらはどうしようもできないね】
「そうか…………」
【神楽坂】
ここで王子が話しかけてくる。
【今回の邪神の正体がエテルムだと判明したのなら、これからどうする?】
「どうもしません」
【な、なに?】
「先ほど述べたとおり、仮説と検証ですよ」
【大丈夫なのか?】
「分かりません、今の私はタダの人と変わりありませんから。とはいえ教師としての生活も楽しいですよ。荘厳の儀も楽しかったですし、アイツラとも色々と腹を割って話すことも出来ました」
【またまた失礼、こっちも一応確認なんだけどさ】
と再度フメリオラが話しかけてくる。
【王子から聞いたけど、「禁書」を読んでいるんだよね?】
「ああ、読んだけど」
【……そう、わかった】
【イザナミ、分かってるの?】
今度はルルトが話しかけてきた。
「分かってるよ、邪神は今回、初めて明確に俺のことを殺しにきた。一度だけ見た悪趣味なアーティファクト、あれに気が付かないのなら論外ってことだ、あれはファテサが入ってもバッドエンド扱いで、俺は死んでいただろうな」
【……ボクは時々、君のことが凄く心配になることがある】
「?」
【いや、今回の任務が終わったら長期休暇でも取ったらいいかなってことだよ】
「あ、ああ、ユニアが許してくれるかどうかだけど、報告は以上です、次はサクィーリア選挙に向けて注力します」
――王子・執務室
―【報告は以上です、次はサクィーリア選挙に向けて注力します】
ここで通信が終わった。
「「「「…………」」」」
一同が静まり返る執務室。
最後にフメリオラが聞いた禁書。
それは邪神の神話を記した禁書。
その余りの凄惨な内容に、完成までに10人が精神の失調、2人の自殺者が出た。そうして完成した禁書は、読む者も同様、書物を読んで失調をきたし自殺者も出た危険な書物。
「王子」
フメリオラが話しかける。
「なんだ?」
「神楽坂はさ、禁書を読んだ後、何言っていたの?」
「……「流石にきつかった」とだけだな」
「その禁書の中にエテルムの項目もあるよね?」
「……ある」
「イカれているねぇ」
と何処か面白がるようなフメリオラであったが、他の3人の冷たい目を見て肩をすくめる。
「失礼、だけど、あの感じだと多分気付いているんじゃないの?」
「何がだ?」
「誰が邪神なのか」
「!!!」
「フ、フメリオラ神!」
「とはいえまだ見当程度だろうね、確信があったら言ってくるだろうし。それを待てばいいじゃない?」
――神楽坂・自室
ブツッという音がして俺はイスに深くもたれかかる。
エテルムか。
彼女の神話は読んだ。
エテルムに扮しているのは多分、、、、、。
「…………まだ多分だし、五右衛門風呂に入るか、ってそういえば」
そうか、1人で過ごす夜は初めてか、思えば初日からアイツらには振り回されっぱなしだったよな。
にぎやかで楽しいけど1人も楽しい。
俺は着替えをもって風呂場に行き、薪に火をつけると、フーフーと息を拭きながらお湯を沸かす。
「ボタン一つって本当に便利だったなぁ」
本当に懐かしかった、友達とか元気しているかな、何か会いたくなってきた。
「~♪」
まあ不便だけど、この不便さもいい感じ。
てなわけで、、、。
「キャストオフ!!」←神楽坂
とまあ、相変わらずの冴えない男の裸で申し訳ないが。
「あ゛あ゛~~~」
気持ちええ~、色々と気を張っていたから疲れたのかも。
こう、風呂に入る時って、体を洗ってから入りたいときと体を洗う前に入りたいときがあって、こう、今日は一気に体を熱くしたかったら後者。
頭から湯気が出そうな感じ、ちょっと掃除が面倒だけど、毎日露天風呂は素晴らしい。
さて、温まったから体を洗うかと出て、どかっと椅子に座る。
「先生、お背中流します」
「ああ、頼むよ~~、っておい、何してんだファテサよ」←振り向いていない
「荘厳の儀の時、助けてもらったお礼ですよ」
「?? 助けてもらったって、というかアレはみんな助け合って」
「あのカラフルな箱、入っていたらどうなったんでしょう」
「…………ああ、多分、荘厳の儀は失敗に終わっていたんだろうな」
「本当にそうですか?」
「それ以外に何かあるのか?」
「先生の反応が大げさすぎたこと、ずっと引っかかっていたんですよ」
「引っかかるも何も、俺は気が小さくてな、ビビってしまったんだよ」
「嘘ですよね?」
「……どうしてそう思う?」
「秋葉原である先生の故郷が荘厳の儀の出現し、その秋葉原はおよそ現代の技術ではありえない技術。そこにあった私から見たら「ただの箱」に、あそこまで過剰に反応する意味を考えれば、あの箱はひょっとしてものすごく危険なものではなかったのではないか、そう思ったんです」
「…………あれはナセノーシア達の反応が」
「いいえ、先生はあの時、明らかに偽物ではなくあの箱を凄い目で睨んでいました。あの箱の危険性を認知して、その箱を出口と称したナセノーシア達が偽物ではないかという結論を導き出した、その証拠に偽物を見破った後にも関わらず、執拗に箱から私を遠ざけようとしていた、違いますか?」
「…………」
「先生」
「俺はそんなに分かりやすいか?」
「というよりもこれはサクィーリアの件の時に先生が使った思考方法ですよ。それとちょっと真似してみました」
「ファテサ」
「答えなくて結構ですよ、密約ですから」
すっと、後ろから抱きしめられる。
「……服を着ろファテサ、お前、俺が男だってこと忘れているだろ? 周りには誰も居ない、助けを呼んでも誰も来ない、そして、こんなことをして襲われても、誰も同情してくれない」
「なるほど、私が誰にでも今みたいな事をする女だと?」
「……ファテサ、俺は教え子には手を出さないんだよ」
「クエルから聞いています。それと先生が何かを抱えていることは、日常部の面々は全員知っています。話してくれることは話して欲しい、そして支えて差し上げたい」
「…………」
下手な嘘は逆効果だな。
「分かった、まずあの箱についてだが、お前の推理通りだ。あの箱の詳しいことは言えない。だが入った場合、死ぬことはないが心は壊れるものだった。だからこそお前の言うとおり「そこに入ればクリア」といったナセノーシア達のいう事が嘘だと分かった」
「更に密約についても追加で話す。密約について俺の赴任が終わるまでセアトリナ卿よりも上位の決定権を持つことを合わせて約束させている」
「っ、ママ先生よりも!?」
ここで息を飲むファテサ。
「それとこのことは日常部の面々のみに話すことを許す」
「え!? 話していいんですか!?」
「いいか? 俺は危険な状態にある、故にこの事を聞いた以上、お前も俺の言うことに従ってもらう、絶対服従だ、誓えるか?」
「はい、誓います」
「随分簡単に答えるんだな、お前は言っただろう、尊敬する男が好きだと、一方で最も嫌いなタイプの男は「女を物としか見ない男」だと。絶対服従、つまりお前を物として扱う最も軽蔑する男の愛人となるわけだぜ」
「尊敬する男に尽くしたいというだけです」
「……わかった、だったらファテサ、最初の命令だ」
「はい」
「服を着ろ、俺は教え子には手を出さない」
「……はい」
すっと離れると「失礼します」と少し駆け足気味に部室に入っていった。
傷つけてしまったか……。
まあいい、ファテサよ、マジにお前の好きな「尊敬する男」なんて存在しない。
お前が尽くしたいと思った男は「チートを使って能力を底上げした男」なのだから。
とはいえあそこまで邪険にしてしまったら流石に、信用というか、ひょっとしたら色々と失ってしまったかもしれない。
と悩んでいたが……。
――休日明け
「あのさ、クエルとファテサって先生と距離近くない?」
とはナセノーシアの言葉。
そう、ファテサとクエルが、休日明けの朝、甲斐甲斐しく起こしてくれたのだ。
「ああ、私達が覚悟を決めたのは知っているだろう? 先生に恥をかかされた後にクエルのところに行ってね、話し合いをしたのさ」
(ええ!? そんなことしていたの!?)←神楽坂
とまあ2人でガチで話し合った結果。
「お互いに友達を失うのは惜しいという結論に達した。そしてこれからも仲良くできるという結論に至った」
「後は、押しに弱い先生を押せば落ちるだろうから、後は好きにしようという事になった」
なんだろう、所々にとげがある言い方なんだが。
うん、こう、女の子って逞しいよなと思ったのであった。
そんなこんなで、荘厳の儀が終わり、俺達はいよいよサクィーリア選挙に向かっていくのであった。
今年から二次創作をピクシブで書き、前々から興味があった同人誌を作り出す予定です。
良ければそちらもお付き合いください。
ケルシール女学院篇の更新が不定期が続きますが、エンディングは決めているので、マイペース更新となりますがお付き合いください。
HP:ぎやなの書斎:https://sites.google.com/view/giyana110/
Twitter:https://twitter.com/giyana110_1615