第21話:はじまり
修道院生は卒業時に赴任先が決まるが、あくまで「仮」の立場であり、正式な肩書は最終報告会終了をもって初任教養が終了し、1人前とみなされて正式に与えられる。
まだ赴任して半年で1人前も何もないと思うが、俺は一波乱あった最終報告会が終了した後、こんな肩書を与えられた。
――第三方面5等都市議会議長兼ウルティミス駐在官
こんな偉そうで大層な肩書が俺の現在の役職だ。
5等都市議会議長というのは、文字通り5等都市の駐在官で構成される議会のこと。
本会議ではどうしても上級都市の方が発言力が強いから、それぞれの同階級の都市での会議も構成され、その結果は方面本部の都市運営の資料として使われる。
ちなみに議長なんてのは、辺境都市が下士官や准士官が駐在官を兼ねるから必然的に階級から議長なんてやることになった。
仕事内容には意見を取りまとめるほか、他の辺境都市の駐在官の意見要望の受理とかもする。
とはいうものの、実際に会議が開かれるのことはほとんどない、というのも、俺が一番の若造で、他は全員ベテランの下士官たちだ。
定年も近いという事もあり、かつ大先輩という事で上級幹部達から見ても先輩格に当たるから、文句は言われないだからこんな感じでのんびりやれるのだ。
実際の会議も議題も特に設ける必要もなく、適当に議事録を作成して、適当に提出して、時間が来れば適当に流れ解散だ、おおう適当の言葉のこの居心地の良さよ。
「気持ちいい風だなぁ」
麗らかな風に身を委ねて……って、このノリは前にやったから置いておくとして、俺は馬車に乗りマルスへ向かっている。
マルスへは馬車を使って山を二つほど超えた大体4時間ぐらいの行程、手紙を受け取り準備を終えて朝方に出発して、日の高さから言うとそろそろだと思うんだが。
(見えてきた……)
視界の先に都市を囲む壁が視界に入る、出入口の門から今俺がいる場所へ一直線の道だ。徐々に大きくなってくる壁。
どこか殺伐とした雰囲気を感じるのは都市のカラーによるものなのだろうか、それとも先入観からの思い込みなのだろうか。
正門に辿り着くと、マルスの特性上昼間の訪問者は珍しいのだろう、門番の男2人が不信感を隠さず表に出てくる。
(この門番の独特な雰囲気は、やっぱり……)
まあまずはそれは置いておくとする。俺は無言で威圧する門番に来訪理由を告げる。
「カリバス・ノートル武官伍長に用があってきました神楽坂イザナミです、今日来ることは伝えてあるのですが」
身分証明書を手渡し、ジロジロと俺を見ると「カリバスは執務室にいる、馬車はそこらへんに適当につないでおけ」と身分証明書を返しながら門を開けて馬車を通してくれた。
正門をくぐった先に広がる光景、それにしばし目を奪われたあと、執務室とやらを探すとすぐに見つかった。
正門の脇の外壁に沿う形でせり出す形で作られている。あそこかと思い、荷台を外し、馬は近くにあった木に手綱で固定すると積んでいた餌をそこら辺に撒く。
1階にある扉はカギはかかっていない、中に入るとしんと静まり返っているものの、上でガサゴソ音がする。
石造りの階段を上っていくと木製の扉でノックして中に呼びかける。
「ウルティミス駐在官の神楽坂です」
と呼びかけて少しの間の後にガチャリと扉が開き。
「よく来てくれたな、長旅ご苦労さん」
とカリバス伍長が出迎えてくれた。
●
「はぁ~、やっぱりトワイ都市のお茶は美味しいぃ~」
俺は出されたお茶を飲む。日本の緑茶に似た味で値段は張るが、トワイ都市から取り寄せて執務室に常備している。
「このモロ都市のお茶菓子はやっぱり最高だなぁ~」
茶請けとして用意されている甘すぎず絶妙な甘さをもつ饅頭、生地が最高なのだ。これもまたモロ都市から取り寄せて執務室に常備しているのだ。
「気に入ってもらったようで何よりだ、余分に買ってあるから土産に持っていってくれ」
ホクホク顔の俺の対面で同じく茶を飲みながら話しかけてくるのは、俺に手紙を出したカリバス・ノートル武官伍長、辺境都市マルスの駐在官だ。
「まさか、こんなにも早く来てくれるとは思わなかったよ」
「暇なだけですよ、私の一日は職場で本を読み、お茶を飲み、お菓子を食べて、住民たちと交流して、湖畔で釣りをする」
「最高だな、駐在官としては本来それが仕事だのだな」
俺はお茶とお茶菓子を食べ終わり、一息ついたところで本題を切り出す。
「それで実地調査の件についてなんですが」
俺の質問にカリバス伍長はお茶を飲みつつ話す。
「ああ、本来なら俺の仕事なんだが、見てのとおり年寄りでこのごろ体にガタがきていてな、ただでさえ弱っているのに、この頃風邪を引いたみたいで体調が悪い、だから頼みたいのだよ」
「…………」
そんなことを言うどう見ても屈強の体つきのカリバス伍長、確かに年はとっているが流石武官、そこら辺のチンピラ相手だったら複数相手でも余裕に勝てるように見えるのだが。
さて、このカリバス伍長の申し出、はっきり言ってしまえばふざけた内容だ。
つまりは自分の仕事を丸投げするってことなのだし、そもそも本来ならそんなのは依頼する内容ではない、体調不良なんて取って付けたような理由がまた白々しい。
そんな申し出の俺の答えは一つだ。
「もちろん引き受けますよ、んで実地調査とは具体的に何をすればいいんですか?」
「それこそ自由にやってくれ、頼んでいるのはこちらなのだから、中尉のやりたいようにやればいいさ」
あっさりと即答するカリバス伍長、タイミングを計って聞いたのに即答するってことは元より俺が断るとは考えていなかったわけか。
ロートル下士官なんて響きと、日々の業務の楽さから舐められることもあるが、ロートルである故に老獪な人物揃いでもあるのが5等都市の駐在官の特徴だ。
まあ俺がここにわざわざ足を運んでいる時点で回答は察していたようだが、これは俺の性格もちゃんと調べて上で依頼したな。
まあそれは間違っちゃあいない。カリバス伍長の申し出に俺は「面白そうだ」と心躍るが俺の素直な感想であり、同時に因果な気質であると思う。
「笑っているぞ中尉よ」
カリバス伍長にいきなり指摘されてこっちがびっくり、顔に出てたのか。
「性分ですかね、面白そうだなぁって思ったんです」
「ほう、マルスを面白いなんて表現するのは初めて聞いたぞ、噂通り変わっているな」
「噂って、聞きたいやら聞きたくないやら」
「はっはっは、聞かない方がいい内容ばかりだが俺は好きだぜ、それにしてもいいのか? こんな厄介ごと引き受けて」
「厄介ごとって自分でいうんですか、それにいいのかって、何か問題でもあるんです?」
「問題も何も、お前は上に行くんじゃないのか?」
ああそういう意味か、そうだよな、上に行くのならばあのウルヴ文官少佐のように、付き合う相手を選ばなければならないわけだものな。
俺がそれを全くしないからこそ恩賜組の先輩方との顔つなぎをしてくれたのだろうし、あの文官少佐殿のいう事が正しいから普通はそう捉えるよなぁ、でもなぁ。
「興味ないんで」
うん、理由は以上。
俺の言葉にカリバス伍長は感心したのか呆れたように笑う、俺はお茶の入った湯呑を持ちながら、執務室の窓から景色を見る。丁度丘のような形状の上に立っているから、都市を一望できる。
「噂には聞いていましたが、これは想像以上の光景ですね」
俺の言葉を受けて隣に並ぶカリバス伍長。
「依頼を完遂すれば、奢ってやるぞ中尉、お前も男なら好きだろう?」
いたずらっぽい顔で笑うカリバス伍長に俺は苦笑いしか返せない。
都市の構成はいたってシンプル、一つだけある巨大な建物と、周囲にある建物に勤めている関係者が住む居住区。
マルスは広さはウルティミスの10分の1程度しかなく、第三方面の辺境都市では一番小さな都市。
だが辺境都市では一番大きな金が動く都市。
多数の王国の有力者と一般の男を掴んで離さない魅力を持つ都市。
正面に見える巨大な建物は「遊廓」だ。
一晩で一般国民の数か月分の月収が飛ぶ高級遊廓から、手軽に利用できる一般遊廓まで揃っている王国屈指の遊び場所だ。
俺の横に立つカリバス伍長はマルスを次の一言で締める。
「実地調査について一言注意しておく、マルスと言えど守るべきルールと保つべき秩序があるんだ、それを時々勘違いした輩が紛れ込むが、大抵は処分されるがね」
「それは恐ろしい、俺も気を付けるとしましょう」
次回更新は20日か21日です!




