第23話:荘厳の儀・第二の試練・中篇
「…………」
「やっぱり間違いないよね。これが何の封書かは分からないけど、【神楽坂イザナミ】と間違いなく書いてある。他にも【神楽坂】と書かれた名前が3人あるよ」
ここでモカナが発言する。
「そもそも、この部屋に入れるのって、先生が言い出したんだよね、確か看板に入れるとか書いてあったと……」
「……これって偶然、なわけないよね?」
それを受けてのクエルの言葉にモカナが頷く。
「やっと繋がった、先生がどうして嘘をついたのか、、、」
「え!? 最初からそう思っていたの!?」
「うん、だからずっと質問していたの」
呆気にとられる日常部の面々にモカナが説明を始める。
まずアーキコバの物体の解明は、ウルリカ魔法研究所だけではなく、神学としても大発見だったから、当然にウィズ教の枢機卿団を頭とした王立神学研究所も携わることになった。
当時モカナはケルシール女学院の入学前で神学を専攻しており、枢機卿の娘とあってウィズ教ではそれなりの立場にいたため、末端だけど携わったの。
実際に神聖教団の書物を読み漁ったが、その中の記述に、今いるお伽噺ですら出てこないレベルの文明都市が神聖教団の書物に書いてあったなんて無かったし、今も聞いたことがない。
神聖教団というのは一言で言えば、大天才アーキコバ・イシアルとラベリスク神が作り上げた文明であるというだけのもの。
だけど今自分達がいるこの文明はどう考えても「神聖教団よりも上位に位置する文明を持っていて、神が作り出したアーキコバの物体レベルの物質文明都市」であることは事実。
「つまりこの文明は神聖教団とは関係がない」
「「「…………」」」
「それを先生は当たり前のようにアーキコバの物体の解明の際に「ある」と話していたし、言動から見ても明らかに「最初からここが何処かを知っていた」としか思えない。必死で隠していたけど、土地勘があるとは思っていた」
ここでモカナは言葉を切ると全員に問いかける。
「あのさ、みんな先生の祖国のニホンって何処にあるのか、知っている人っている?」
全員が、その瞬間にハッと気づく。
「……そういえば、あれ、ニホンって聞いたけど、何処にあるの?」
「だよね、皆疑問にすら思ったことなかった。私はニホンなんて国、聞いたことがない。それを不思議に思わない、もちろんたくさんの国があるから「知らないだけ」かもしれないけど……」
「本当に、ここが先生の、故郷で、ここが先生の、ニホンでの家、なの?」
●
「ん……」
俺は目が覚めて、ムクリと起き上がる。
まず自分の体を確かめる。体も軽いし五感も異常なし、身体的なペナルティはないのか。
立ってキョロキョロと辺りを見渡してみる、化け物は無し。
「…………」
あの時、直接殴りかかったものの手ごたえはなく、そのまま化け物の中に取り込まれた感じだった。
そして今の状況、つまり、化け物に触れると強制的な場所移動ということになるのだろうけど、これが何らかのペナルティになるのかどうかは分からない。
何の提示されていないのなら、与えられた環境でリスクを覚悟で試していくしかなかったが、、、、、ランダムな場所への強制移動か、もしペナルティになるのなら、今俺のいる場所と矛盾してしまうかもしれないのだが。
そう、運がいいのか悪いのか、俺が今いる場所は。
(近所のスーパーだ)
うん、懐かしい、ベランダから見えるぐらい近い場所にあるスーパーで家族でよく利用していた、、、、、。
んで、俺はちょうど2階のフードコートだったので、外の景色が見える。
「昼になってる」
となれば、他のフロアに化け物はいないのだろう。
昼、どれぐらい寝ていたとか全然わからないが、昼夜のサイクルがあるのなら、ぼさっとしている暇はない。
すぐに今やることは、それは戻る前に、、、。
「とりあえず、食い物と飲み物だ」
そう、食料については実は第一の試練で尽きてしまっている。
そもそも荘厳の儀はそれも試練の内容に含まれるのだ。持ってきた食料は食料調達手段が確立するまでの兵糧なのだ。
ちなみに第一の試練の時は、モンスターが実は食べられた。
ただ日常部の面々は全力で拒否しており持ってきた食料を分け合って食べていたのだ。
まあ流石にゾンビを食おうとは思わなかったが、スライムはゼリーみたいな感じで美味かったし、牛に似たモンスターはそのまま牛肉として焼いて食べられたのだ。
んで今回のスーパーであるが当然誰も居ないが、食料等はちゃんと陳列されている。
「…………」
もちろん日本で通用する金は持っていない、まあ払う必要もないんだろうけど。
とはいえ、こう、知っている店で片っ端から商品を取って会計をしないで店を後にする時は、開き直って万引きしているか、火事場泥棒をしている気分だったけど、背に腹は代えられん。
「お、おも!」
飲み物に食べ物、5人分になるし、相当に重い。
それにしても近くで良かった。
よいしょよいしょと荷物を持っていき、出入りはどうするかなと思ったものの、普通に中からは自動扉で開いた。
いったん外に出るともう自動扉は閉じて中には入れなかった。やはり食料調達は正解だったかと思いながら、マンションの中に入ると、キーボタンを押して開錠する。
尚、このマンションは、鍵を失くした時の暗証番号も設定されているのだ。
●
「先生! 大丈夫だった!? って、ええ!? 何持って来たの!?」
来訪を告げた俺に出迎えてくれたクエルがびっくりする。
「化け物に近くのスーパーに飛ばされてな、これはそこから持ってきた食料品とか色々」
とどっこらしょっと荷物を置きながら説明する。
「ちなみに今のところ何か体に異常はない、ひょっとして何かペナルティを課せられた状態かもしれないが、今のところ分からないと言った方が適切だな、そっちは?」
「先生の指示通り部屋の中を探索しました、凄いですね、ここ、清潔なトイレにお風呂、こんな高い場所なのに水が簡単に出てくる、しかも飲めます。天井には火よりも明るい機械、そして冷たい空気が出る機械もある、しかも魔法科学ではない純粋な機械科学、驚かされることばかりでした」
「ああ、そうだな、俺もびっくりだよ」
「……先生、もう一度聞きます、この文明は本当に存在したんですか?」
「? 前にも言ったが、神聖教団の書物にはお伽噺のレベルで……」
とスッとクエルから封書を差し出される。
そこに書かれた「宛先の名前」を見る。
「…………そっかぁ、しまったな、そりゃそうだ」
封書を受け取りながら中を見て改めて確認する。
「ああ、懐かしい、そういえば、この時に買った漫画、読まずに積んだままだっけ」
この封書、別に特別なものでもなんでもない、クレカの請求書だ。
「ということはそうなんですね?」
「そうだよ、ここは俺の祖国で、ここは俺の実家だ。すまなかったな」
「謝る必要はないです。ということで先生」
「分かってるが、ちょっと待ってくれないか」
「はい、果報は寝て待て、ですね」
「え?」
「お風呂が沸いています。食事はモカナが作ってくれますから。みんなで休みましょう、正直クタクタです」
「……いい教え子たちで俺は嬉しいよ」
●
近くに住んでいたとのとおり、俺の実家もこのエリアの中に入っていると知った俺は、探索ついでにこっそりと、このマンションだけ出入口に設置されているオートロックの開錠を試していたのだ。
ほとんどが入れない中、ここだけ機能したという事は「そういうこと」だ。
まああの時は外の探索が優先であったことと、こういうことになるとは思っていなかったわけだから、黙っていた。
まあ当然に家の中には親父もお袋もいない。
(本当に懐かしい……異世界転移してからだから、何年ぶりだろう)
思えば、何も告げずいなくなったわけだからな。
俺は、ほぼ1人暮らしみたいな感じで悠々自適に過ごさせてもらっていた。
元から放任主義だし、今も2人で何しているか分からんけど、多分怒っていると思う。
ちなみに喧嘩しながらも夫婦仲は良好でちゃんと愛してもらって育ててもらったから、放任されたけど、こんな感じで道を外さずに大人になることが出来たのだ。
それはさておき、風呂がよかった、もーーーーう良かった。ウィズ王国の風呂も良い、だけどやっぱり日本が一番だ、
実家の風呂でさっぱりした後で、飯を食べて寝るという俺のかつての日常、そんな最高の贅沢をした後に、俺達は全員そのまま同じ寝室で爆睡した。
同じ寝室で爆睡、本当にそれだけで何の色っぽい話も無いのが俺らしいけど。
そのおかげで。
「よっしゃ復活!!」
体が軽い、思えばこの第二の試練に突入して以降、探索に続いてずっと走っていたから、一気に疲れが出てきたのは事実だった。
そういう意味ではピンチだった。ペナルティ不明の強制的場所移動、移動先の法則もよく分からずペナルティがあるかどうかも分からない状態だった。
そんな俺は場が整ったとばかりに、日常部全員に正対する形で俺が座ることになる。
さてずっと考えていた、ずっと、、、、、。
「俺から話すことはまず一つ、最初に話したとおり、ここは俺の故郷である日本の秋葉原という場所で、ここは俺の家だ。両親と弟と一緒に住んでいたよ。だが荘厳の儀をクリアするにあたり、俺の故郷の秋葉原が出たことについては、俺の作為ではない、というか正直分からない」
「「「「…………」」」」
「だが偶然今回俺の故郷が出てきて、俺の家に皆がいる、これも何かの縁なんだろうな、、、、」
「俺がセアトリナ卿との密約を結んでいるのは知っているな。そしてその密約をお前達とも結びたいと考えている」
「「「「っ!!」」」」
全員が驚く。
「……密約、ですか」
「別に日常部の面々の活動を制限するつもりはない、更に密約を結んだところで俺から話せることも全部ではない」
「…………」
「今明かせる情報はそれだけだ、密約を結んでくれれば話せることがある。結ばないのならこれ以上は話さない」
「先生、密約を結ぶにあたって私たちは何をすればいいの」
「俺が話す内容の秘密を守る、お前達にして欲しいことはその一点だけだ」
「え?」
秘密を守る、それだけかと拍子抜けしたような日常部の面々だったが。
「簡単に考えてるだろ? 秘密を守るってのはお前たちが考えている以上に難しい。情報とは自分以外の誰かが知った時、既に漏洩はするものだという前提で話を進めなければならない程にね」
「「「「…………」」」」
「ちなみに日本の秋葉原が俺の故郷ってのはセアトリナ卿も知らない。つまりもうこの時点でお前達しか知らないことが出来たということ。そして俺の故郷が秋葉原だと日常部面々以外が知ることになった場合、それはお前たちの誰かが密約を破り、話したという事になる。まあ最悪それは構わないが、密約を結んだ後で俺が話した情報が漏えいした場合」
「その場合犯人探しはしない。日常部は解散、俺は連合都市に帰る」
「「「「!!!!」」」」
「きつい言い方をしてすまない。これは俺の話すレベルの重みと一緒だからだ」
「とはいってもすぐには決められないよな。幸い考える時間はある、だから皆でじっくりと考えて」
「分かりました。先生と密約を結びます」
即答に近い形のクエル、周りの反応を見るが同じのようだった。
「私達も話し合っていたんです。これからのことを」
これからのこと、その日常部の面々の顔を見ると、、、、。
「そういえば、お前らって俺のことを何処まで知っていて、どうやって知ったんだ?」
すぐには答えない日常部の面々であったが、、、。
「密約」
「え?」
「ケルシール女学院の愛人候補については、ママ先生と愛人個人で結ぶ密約があるのです。その密約についての他言においてのペナルティは先生と一緒、我々は退学処分となるだけではなく、今後の自分の人生も不幸になる」
「つまりママ先生と、これから話すから日常部の面々と先生以外に、その密約の内容を知ることがあれば、それは先生のせいってことになるのです」
「…………」
今度はこっちが驚く番だ。
「なるほど、、、、、ってちょっと待った、今の言葉は誰の言葉? 微妙に聞きかじった感じを受けたんだが」
「もちろんママ先生ですよ」
「…………ってことは俺、セアトリナ卿と同じ発想してたってこと?」
「「「「ぶふぅ!」」」」
俺の言葉に今度は日常部の面々が吹き出す。
「な、なんだよ?」
「い、いえ、無自覚だったんですね、ママ先生と発想が似てるって話はしていたので、その秘密を守るというの話し方も雰囲気もそっくりで、それもビックリしました」
「…………」
そ、そういえば、ミローユ先輩も似たようなことを言っていたよな、やり方が真逆なだけで結論が一緒だって。
「……ま、まあいい! えっと密約の話の続き! ならお互いってことになるから、そういう意味じゃ願ってもないってことか!」
ゴホンと咳ばらいをすると俺は日常部の面々と向き合う。
「さて、他言無用を誓うよ」
「はい、こちらも誓います」
さて、思わぬところで腹を割って話すことが出来た。
まずはとばかりに、日常の面々が話し出す。
ケルシール女学院、特別入学枠。
その中で「愛人候補」がまかり通ることはどういうことなのか。
●
さて、何回か繰り返すが改めて。
一夫多妻。
ウィズ王国に限らずかつて日本でも導入されており、特権階級の男達は側室を持っていた。
さて、ここで、単純に男尊女卑社会であったと断ずるのは、いかがなものか。
恐妻家の特権階級の男なんていくらでもいたし、上位階級の女性に男性が忖度するなんてことも日常にあった。
そう、女だってただ利用されるだけではないのだ。
これは昔の話ではなく、現在でも女が男を利用して成り上がり名を売るのは、俺が元いた世界だって日常的にあるし、ハニートラップに引っかかる男なんてのは紀元前から存在する。
だから笑えない、ウィズ王国でもかつてハニートラップで腐敗が進行した時期があった。その対策として公的に認め、ハニートラップの対応策として設けたのが愛人枠の始まり。
以上を踏まえた上で話を進めよう。
さて、愛人枠として活動するためにはルートが二つある。
一つ、入学前より愛人枠としての入学を希望する女子生徒達をセアトリナ卿が精査、入学を決める。
二つ、入学後に特定の相手に対して立候補を表明してセアトリナ卿に受理される。
俺の場合、赴任は急であったから、日常部全員が「俺が赴任してくることを知り、愛人枠で入学した生徒及びその他の生徒達が愛人候補に立候補した」ということになる。
さて、冒頭で述べたとおり、この愛人枠に入った経緯が重要になってくるが。
「愛人枠としての密約は、要は私たちの事情です」
そう、実は俺は日常部の身上を知ることができない。セアトリナ卿にも聞いてみたが「邪神事案と言えど、全てを開示することは出来ない」とは言われていた。
まあ、何となくそれが愛人枠に関係するのであろうと思っていたが、、、、。
最初に口火を切ったのはモカナだった。
「私の生家であるフオエル男爵家当主は、ウィズ教枢機卿の地位を賜っております。そんな私の父はまさに清廉潔白な人物で汚職に無縁な人物なんです」
ときっぱり言ってのける。
枢機卿。
世界に10人しか叙階を許されないウィズ教最高幹部の1人であり、職階は教皇に次いでの第二位。
その10人の枠の中で貴族枠は二つ。
首座枢機卿である原初の貴族セアドア・パレーニルナ伯爵家。
その補佐であるフオエル男爵家。
つまり彼女の生家は、例えで出して申し訳ないが、トカートのような誰からも相手にされない男爵家ではなく、正真正銘の名門男爵家。
ウィズ教は「宗教政策」としての振る舞いが求められ当然に政治も強く絡んでくる。
清廉潔白で汚職に無縁な政治家。
当然に誰も信じないが。
だけどもし、こんな政治家が本当にいたら、、、、。
「先生のお察しのとおり、私の家は食い荒らされてボロボロです。既に枢機卿の職務に支障が出るほどになっています」
清廉潔白な人間が渡り歩けるほど世の中は甘くない。
クエルがこういう言い方をしたのにはこういう裏事情があるのは何となく知っていた。
確かにフオエル男爵家当主は、ウィズ教の模範教徒とまで言われ清廉潔白な人物であるため人望はある。
だが清廉潔白であるが故に政治が出来ず、清廉潔白であるが故に金策も出来ず、それでいて枢機卿という立場を維持するための金が支出するばかりだった。
結果、王国商会会長、ウィアン・ゼラティストから「無利子融資」を受けることになる。
当然ウィアンは返済なんて求めない、それどころか追加融資の要請にも二つ返事でオーケーを出している。
ウィアンは、こういった「立場がある貧乏貴族」に対しての無利子融資を積極的に行っており、自分に対して忖度させている。
結果、ウィズ教の活動に際しての物品流通はウィアンの関連会社に握られることになった。
当然に原初の貴族宗教担当、セアドア・パレーニルナ伯爵家は良しとしていないが、それでもウィアンに非がなく、かつ当主にも「清廉潔白の為に非がない」ので口が出せずにいる。
「父は苦悩しています。でも私は無力、その時に先生が来訪すると聞いた時、私はいの一番に、ママ先生に立候補を表明しました。ウィアンが嫌うほどに力を持つ連合都市の駐在官であり世界最強最悪の亜人種、ボニナ族を配下に暗黒街の大頭目の一人と言われ、王国二大美女から想いを寄せられる神楽坂先生に助けて欲しいのです」
「……わかった、話してくれてありがとうモカナ、ファテサお前は?」
「私の生家であるログロ男爵家は、原初の貴族外交担当カモルア・ビトゥツェシア家の流れをくむのですが、父と兄が外交上の大失態をおかしました」
「相手は、ラメタリア王国の傑物、ワドーマー・ヨークィス宰相」
「2人揃ってワドーマーに取り込まれてしまい、ウィズ王国の機密を合法上で外交上で奪われるという壊滅的な敗北を喫し、不利な条件を3も飲まされました」
「当然に、カモルア・ビトゥツェシア伯爵家当主の逆鱗に触れ、交流を断絶されました。現在社交にも呼ばれず、生き恥を晒し続け精神的に消耗しています」
「私もモカナ同様、先生の赴任が決まった時にママ先生に愛人候補として立候補して受理されました。怪物とまで称されるワドーマー宰相と戦い勝利、ラメタリア王国がラメタリア公国になるまで時間の問題だと言われていたのに、王族尊重の施策に転換するまでの敗北をさせた。とはいえ先生と宰相の戦いは元々虚実入り混じった話でしたが、ワドーマー宰相が外交の場で先生の名前を出したことで決定打になったと、だから先生の力を貸して欲しいのです」
「……理解した、クエル」
クエルは、少しバツが悪そうに言い淀むが。
「私は正直、2人ほどの事情はありません。そもそも私は愛人枠としてではなく、進学実績枠として入学しました。経済事情が芳しくないとは説明したとおりですが、食券も順調に貯まっていますし、大学進学にあたり奨学金を借りる予定でしたから」
「ならどうして?」
「…………」
「クエル?」
「そ、その、優れた殿方ならばと、思いました。それに愛人枠は愛人自身の意思で自由に相手を変えることができるのも大きな理由です。今のところは、まあ、先生ならばと、思っています」
「そうか、ありがとう、ナセノーシアは?」
「…………」
俺の問いにナセノーシアは表情を変えず黙っている。
「そんな私たちをまとめてくれたのはナセノーシアなんです」
代わりに応えてくれたのはファテサだった。
「え?」
「私達3人はケルシール女学院の入学前からの友人とは前に述べたと思いますが、神楽坂先生の講師としての赴任を知った時、日常部設立を提唱したのはナセノーシアなんです」
俺はナセノーシアを見る。
「先生なら、今の話を聞いたらわかるでしょう。密約をどうして結ぶ必要があるのか」
「……ああ、相変わらず、えげつないことをするよな」
「そう? 愛人枠に立候補する女の子は様々な事情がある。クエルみたいに向上心から希望することもあるけど、ファテサやモカナみたいに切羽詰まった状況も存在する。当然に立場はこちらが圧倒的に不利、それを知るとさ、ぶっちゃけると「やり逃げ」するよね、男って」
「全員がそうじゃない」
「分かってる、だけど先生がそうじゃない保証は何処にあるの?」
「……道理だな。ってなるほど、初対面の時の露骨なアレって」
「そのとおり試させてもらったよ」
「あの時、もし、俺が夜這いでもかけようとしたら?」
「花瓶で頭叩き割ってやろうと思った」
「ぷはは! なるほどな、それも道理だ、試した理由を聞いてもいいかい?」
「理由はね、先生の噂って、凄いというよりも怖いって思う子の方が圧倒的に多いんだよ」
「そうなのか?」
「そうだよ、なんなの、王国二大美女に想いを寄せられるって」
「なあ、あの2人って、やっぱり?」
「あの2人というか、ユニア嬢も含めて喧嘩して勝てる気がしない」
そうこぼすのはナセノーシアで他の3人に視線を移すが。
「誰も寄せ付けないという感じなんです」
というのはモカナだった。
「……そうなのか」
「ユニア嬢は、あの徹底した姿勢がまさにサノラ・ケハト家という感じで正直恐ろしいですし、クォナ嬢とネルフォル嬢は男の妄信的な信奉者が多くて、自身も人間離れしている感じが、だからあの2人を同時に惚れさせるって、どんな男の人なのかと」
「うーーーーーん、と言われてもなぁ、正直分からないんだよなぁ」
「「「「…………」」」」
懐疑的な様子。
うん、本当なんだけどね、妙に凄く見ているけど、中身は似た者同士で俺を二つに割ろうとするからね、人は二つに割れないけどね、本気で割ろうとするんだよ。
「まあいいです、嘘はないように聞こえました。それで話は戻しますが愛人は相手に気に入られなければならない、愛人「契約」を結ぶまでは「自由意志」だから立場が弱いことには変わりはない」
「なるほどな、って契約?」
「そう、それが密約の二つ目、先生と私たちの関係が愛人へと至った場合、それは結婚とは違う「契約」を結ぶことになる」
「……そうか、つまりファテサとモカナを助ける条目を入れるのか」
「そのとおり、そしてその契約書はママ先生が預かることになる、不履行の場合は分かるよね?」
「マジか、男の下半身を契約として握るわけか、それは恐ろしいね」
「でも履行すれば都合のいい女として扱うことができる、ステータスではないですか?」
「はーーー、よくできている。しかも男の下半身を同時にセアトリナ卿も握るわけか、これは恐ろしい」
つまり都合のいい女ができる代わりに致命的な弱みを握られると。
「んで、その話し方だとナセノーシアも?」
「ご明察、私もそんな切羽詰まった状況はないの。前に話したとおり、モカナとファテサとは同じ貴族令嬢として仲が良かった。そして家の窮状を知っている、だから助けたいと思った、だから日常部を設立したの」
「……日常部なんてのがどうして認められたのかずっと疑問には思っていたが」
「私達が先生と戦う手段、それは数で押す。クエルも賛成してくれて立候補してくれることになったの。そしてセアトリナ卿に話して許可をもらった。元々、ファテサは徒手格闘部、クエルはクロラ部、モカナは奉仕部、私は馬術部に所属していたの」
「……凄いね、その話、初めて聞いた」
秘密を守るか、徹底している。ルウ先生と話した時も、そんな素振りは微塵も見せなかった。
「リスクを背負うか、お前ら、まだ若いのに、色々考えていて苦労しているんだな」
想像以上の話ではあったが、さて、なれば。
「今度は俺の番か、なら俺もまずお前らが欲しがる対価について正直に話す」
「結論から言えば、ファテサとモカナの家の窮状について俺はどうすることもできない」
「「「「…………」」」」
「これは本当の話だ。がっかりさせるかもしれないが最後まで聞いてくれ」
「まずファテサに対してだが原初の貴族からの断絶は、王子が取りなせば大丈夫だろう。確かに王子とは友人だ。だがそういう「政治的なお願い」をすることは出来ない。利益で繋がっているわけではないからだ」
「次にモカナ、経済的な事情についてだが、俺が用意した食券は実はその王子が用意してくれた金で購入している、つまり俺自身が経済的援助ができる裕福層ではない。そしてウィアンは連合都市に良くも悪くも一目置いているが、俺は都市運営そのものに俺は関わっていないから助けることができない」
「だから分かっただろクエル、お前に手を出さなかったのは、生徒には手を出さないという意味以上にそれが大きい。俺の権力は、「俺が凄い」ではなく「周りが凄い」んだよ、要は飾り物だ」
「以上だナセノーシア、友人の為、尽力してもらったところ申し訳ないが、期待には添えそうにはない」
「故にいつでも愛人関係を解約してもいいし、他の男に乗り換えても構わない。そして他の男に乗り換えてもお前らの扱いは変えないさ、お前たちは可愛い教え子たちで臨時とはいえ先生としての仕事も楽しい。だから日常部顧問は続けたい。これが俺の正直な気持ちだ」
ここで言葉を切り、全員が俺をじっと見る。
嘘はもちろんない、後はこいつらの判断次第だ。
「先生」
とクエルが問いかけてくる。
「先生は、私達が先生と他の男と比べ続けて、結果その他の男を選んだとしても、いいのですか?」
「もちろんだ、お前らの権利だな、だが露骨に態度に出すのは辞めてくれよ、そこは気遣いだぞ」
「ふふっ、分かりました。私は先生の愛人候補であり続けます」
とはクエルだ。
「最初に言ったとおり、私には特段の事情はありません。そして私は先生の権力と言ったものに全く興味がありません。あくまで先生自身に興味があるからです」
「分かった、ありがとうクエル」
「私も、愛人候補であり続けます」
とはファテサだ。
「私も単純に先生について興味がわいてきましし、今の生活が楽しいです。ただ先生、その、ひょっとして生家が迷惑をかけるかも、お父様もお兄様も焦っていて、先走ったりしたら」
「構わないよ、そこら辺は仲間が上手くやるさ」
「先生、私も同様です」
とはモカナ。
「生家を助けたいとは事実です、ですが私の方も生家が焦っていて、ウィアンと親が決めた婚約者と結婚させられそうになっているんです。政略結婚なんてまっぴら御免という事情もありました」
「政略結婚、そうか、今はその相手とは?」
「先生の愛人候補になったことと、先生と同居を始めたことで「そんな子だとは思わなかった」とかで一方的に破棄されました。メデタシメデタシ、ありがとうございます、先生」
「……どういたしまして」
なんか、こう、モカナの方が枢機卿に向いているんじゃないだろうか。
「でも生家が依然窮地であることは変わりがないですし、何より日常部の面々と一緒にいるのが楽しいですし、先生も女を物のように扱う人ではないというのもわかってますから」
「ナセノーシアはそれでいいのか?」
「みんながそう言うのなら是非も無し、私も先生と一緒にいて楽しいからね」
「分かったよ、さてとなると次はいよいよ俺の個人の事情についてだが……」
「俺が神に近しい存在であることは事実だ」
ピンと空気が張り詰める。
「その神については、主神であるウィズ神、俺の拠点である連合都市の主神であるルルト神、そしてモカナは察しているみたいだが、ラベリスク神とも交流があり、、、、」
「フメリオラ神とも交流を持っている」
「フ、フ、フメリオラ神!!??」
そのモカナが仰天している。
「そうだ」
「だ、だって! フメリオラ神は! アーティファクトの神! 冗談でしょう!?」
「…………」
「い、いえ! 失礼! 嘘は無しということですよね、で、ですけど、フメリオラ神って、なら先生は、アーティファクトを!」
「もちろん見たこともあるし、使ったこともある」
「…………」
呆然とするモカナ。
「モ、モカナ、そんなに凄いことなの」
ナセノーシアが話しかける。
「そ、そりゃそうだよ、アーティファクトを巡って、人類は戦争を何度も起こしているの、だから、せ、先生、だからそこまで強く言っていたのですね」
「そのとおり」
モカナの驚愕と深刻な表情に他の日常部面々はイマイチ実感がつかめていないみたいだが。
「みんなよく考えて、アーティファクトを巡って戦争が何度も起きている、先生はフメリオラ神と交流がある、アーティファクトを見たこともあるし使ったこともあって」
「その先生の愛人候補である私達」
「「「!!」」」
モカナの言いたいことが分かり凍り付く日常部の面々。
「お前達を信用するからこそ伝えたんだ。結果、リスクを背負わせたことについては申し訳ないとは思う」
「そ、想像以上に重い事情を抱えているんですね」
「ここまで話すのは相当に迷ったが、はっきり言えば知ったところで秘密にしてくれればそれこそ大丈夫なんだよ」
「となればやはり今回の先生の赴任について、神は関係あるんですか?」
「答えられない」
「「「「…………」」」」
「これが話せるぎりぎりだ。以上だ」
俺はここで言葉を切る、さてどう反応するかと思ったが。
「分かりました、その詮索はしません、ますます決意が固くなりました」
とはクエル。
「想像以上でしたが、同時に面白くも思いました」
とはファテサ。
「さっきの事情に加えて神学者の端くれとして、先生の愛人は面白そうです」
とはモカナ。
「みんながいいなら、もちろん私もいいよ」
とはナセノーシア。
「よし! 思わぬところで腹を割って話せてこっちも良かった! さてと、新生日常部諸君!」
「今回の状況について対策を立ててみるぜ、さあ、荘厳の儀、攻略再開だ!」