第22話:荘厳の儀・第二の試練・前篇
秋葉原、ヲタクには説明無用の聖地と呼ばれる場所。
俺達はその秋葉原駅電気街口のタクシー広場に立っていたのだ。
(懐かしい、、、、、)
思わずそんなことを考えてしまう。
何回か触れたが異世界に来る前、俺はここの近所に住んでいた。
秋葉原の近く、ヲタクからすれば天国だと思えるかもしれないが、ヲタク趣味をする上では凄く便利なだけど、近所に住んでいると意外と来ないんだよな。
それにラフな格好だと行きづらい。
普通に歩いて行ける距離だったから、一度コンビニに行くような恰好をして行って滅茶苦茶浮いてしまったこともあったっけ。
「ねえ、これ、なに、この地面も、光も、建物も、こんなに高くて、うわ、王城クラスがこんな直方体みたいに、それに、、、」
「誰も居ない、なんか、凄い文明なのは分かるんだけど、、、」
そう、当然なのだろうか、人っ子一人いない。
RPG世界から一転、まさか、異世界転移先で秋葉原を見るとは思わなかった。
落ち着け、まずは……。
「みんな落ち着け、この場所自体は、特に何かあるという訳ではない」
「え? なんで? 先生、ここが何処か知っているの?」
「…………」
しょうがない、本当のことは言えないから、方便を使うほかないか。
「俺は歴史担当で教鞭をふるっているが、専門は古代史でな。そして表立って公表はしていないが、アーキコバの物体を解明した際、神聖教団が残した歴史書の中に、この超古代文明の記述があったんだよ」
「あ、そうか! 確か神聖教団のアーキコバの物体って先生が解読したんだよね!」
「まあ、解読自体は、偶然にも大分助けられたがな。その歴史書によれば、この超古代文明の名前は秋葉原と記載されていた、王城よりも高い建物、固い地面、映像を映し出す巨大装置、擬人画、これは記述のままだ」
「アキハバラというのは、首都なんですか?」
「いや違うよ、超古代文明の中でも娯楽に特化した場所だったそうだ」
「娯楽に特化、繁華街、ってこと?」
「んー、繁華街とはちょっと違ってな、娯楽小説や漫画、美男だけ、美女だけを集めた疑似演劇やその美男美女たちの玩具販売とか、そういった分野で一番栄えている都市なんだよ」
と淡々と説明する俺だったが。
「先生、本当にこんな超古代文明都市が本当に実在したんですか、にわかには信じがたいのですが」
と真剣な口調で問いかけてきた。
「? さあな」
「さあな、とはどういう意味です?」
「記述にはあったが、こうやって実際に見ても信じられないだろ? だから懐疑的な見方も多くてな、あった証拠もないが無かった証拠もないって感じだ。まあお伽噺の域を出ないし、読み物としては凄く面白い、まあ存在したらいいなという「浪漫」だよ」
「仮に超古代文明が存在したとして、このハイレベルの文明がどうして滅んだのですか?」
「神に逆らったからだと記述されている」
「神とはウィズ神ですか?」
「いや、その記載はない、ただ「神」とだけだ。滅ぼした理由とすればその古代文明は神に挑戦し、結果その神の怒りを買い、返り討ちにあって一夜にして滅んだと言われている」
「荘厳の儀に出てくるってことは、本当にあったのかもしれないということですか?」
「あ、ああ、それにしてもウィズ教の試練で、神に逆らって滅んだ伝説上の文明を入れてくるなんて洒落ているじゃないか」
「…………そうですか、ありがとうございます」
と何かを考えこんでいる。枢機卿の娘で確か神学者でもあったはずだから、色々と考えるところもあるんだろうか。
「先生、これからどうするつもりですか?」
とクエルが問いかけてくる。
「もちろん早速探検、まずは何処から何処までこの世界が続いているかだ! 探検♪ たーんけん♪ ふんふんふ~ん♪」
「……本当に好きですよね」
と探検が始まった。
●
「あだ!」
俺が先導する形でてくてく歩いていると、何もない空間に知らない壁、変な柔らさがある壁にぶつかる。
「はー、すごい、何か柔らかい見えない壁がある」
向こうの景色ははっきり見えているのに、ぶよぶよと押すだけで進めない。
「これで東西南北全部どこまであるのかはっきりしたな」
探索の結果、南は神田川、西は昌平橋通りで切れていて、北は蔵前通り、東は清洲橋通りで切れていたのだ。
って、知らない人にとってはこう表現されても全然分からないから申し訳ないが、要は秋葉原駅を中心に徒歩10分圏内で区切っていると解釈していい。
(しかしこの切れ方は……)
まあいい、それは後でじっくりと確かめるとして、、、、、。
「先生、無数に建物があるけど、どうしますか」
「そこなんだよなぁ」
改めて辺りを見渡してみる。俺達は今、辺り一面ビルが立ち並ぶ中山道、つまりメインストリートのど真ん中に立っている。
本来なら、多数の人や車が行き交う場所ではあるが、人も車も一切ないというのは、不気味でもあり、更に……。
建物の中に、1階は入れるが、2階や地下へは入れない。
これは商業ビルやマンションも同様だった。
シャッターが下りていたり、鍵が無かったり、番号が分からなかったり。
それこそ誂えたかのように入ることは出来なかった。
そして今回の状況で何より問題なのは、、、、。
「一番最初の時は明確にクリアの為の条件と目的が提示された。だがここではクリア条件どころか、まだ俺達が何をしろというのが提示すらされていない」
探索をすれば何かが起こるかと思ったが、本当に探索をしただけで終わってしまった。
「だが最初の試練しかり、何かしらのトラップというか、現状で推理しろということなのだろうから、何かがあるとは思うけど……うーん」
「何か引っ掛かっているのですか?」
「引っかかっているというか、次のステージというか、何処に行くべきかとそういったものは見当はついている」
「え!? 何処にそんなヒントが!?」
「ヒントというか、まずはそこに行ってみて説明した方が早い」
との俺の言葉にみんな半信半疑のままついていく。
そして辿り着いた場所。
それはとある商業ビルの前。
その商業ビルには黄色地で赤文字でその名前が書かれてあった。
「先生、この古代文字は読めるんですか?」
とモカナが聞いてくる。
「ああ、これはな」
「ラジオ会館、って読むんだよ」
「らじおかいかん?」
「ああ、そう書いてある」
「らじおかいかんって、どういう意味なんですか?」
「え?」
あ、そうだ、そういえば、どうして、ラジオ会館って言うんだっけ。
「すまない、由来までは分からないが、この商業ビルの通称名だと解釈していい」
「商業ビル? 何かを売っているんですか?」
「さっき言った娯楽小説やら商品がたくさん売っているんだよ」
「先生、どうしてここがおかしいと思うのですか?」
「ああ、えっと、実はな、このラジオ会館ってのは、一度取り壊されて再建されているんだよ。記録によれば、これは古い方の建物。そして一時的に存在したラジオ会館1号、更に当時の娯楽機械の作品の広告、だが他の建物は、その時代よりも新しい広告や作品が軒を連ねている。つまり矛盾した時系列が存在するのはこのラジオ会館だけだ」
「……なるほど」
と再び考え込んでいる。
(さっきから何か引っかかっているのか?)
と問いかけようとしたところで、ファテサが話しかけてくる。
「つまり先生は、ここだけ記録と違っているからおかしい、それが今回の試練において「イベントを進める為に必要なイベント」だということと解釈されたんですね?」
「そのとおり、だがそのイベントのためのヒントはあると思うが、ヒントの為のヒントもない」
「となれば八方ふさがりですね」
「いや、そうでもないんじゃないか、本当にこのまま何もないってのはありえな、、、、、、、」
ここで言葉を切って、全員が辺りを見渡す。
それは……、自分たちの影が伸びてきていることに気が付いたからで。
「夕日、日が、暮れてる!」
クエルの言葉で空を見ると空が赤くなっている。
太陽がもうあんな場所にある、そうか、違和感の正体が分かった、日が早いのか。
って待てよ、あのスピードだと、、、、、。
とあっという間にスピードで夜の帳が下りてきて。
夜になりその時を待っていたかのように街灯がつき。
そして急に……。
独特のまとわりつく不快感。
「…………」
周りを見ると同じだったのか、全員が自分で自分を抱きしめている。
「な、なんだろうね」
「このゾクゾクする感じ」
「せ、先生」
「落ち着け、ここはストレートに捉えておく」
「え?」
「全員が例外なく「何か」を感じてるってことは、これから何かが起こることってことになる、よってそれぞれが全方位に気を配れ、何かがあれば報告しろ」
俺の言葉で全員が、四方に向いた時だった。
「ん? みんな、あそこに人影が……」
とファテサが指さす先……。
電気街南口からすっと、1人の人影が。
…………。
…………。
いや。
人影じゃない……。
「人の形をした化け物だ!!」
その化け物は1人、2人と増えていく。
そしてゆっくりとこちらを向いた時。
「ひっ!!」
そう、顔が溶けていて、、、、。
そのままこちらに向かって走り出してきた。
「先生!!」
「どう考えても友好的な感じじゃないな! 逃げるぞ!」
「逃げるの!?」
「戦う手段が提示されていないからだ!! とはいえ物は試し!!」
近くにあった、店頭に並んで商品を思いっきり投げつけるが、化け物を素通りする。
「やはりな! 逃げるぞ!!」
――
「…………よし、いない」
俺達は、あれから何とか化け物達を振り切りつつ物陰に潜んでいる。
「先生」
モカナが話しかけてくる。
「分かっている、情報を整理してみるぞ」
色々逃げ続けた結果色々とわかったことがあった、
まず化け物の攻撃条件。
これは視界に俺達の姿をとらえること。
そして視界に捉えたら走って追いかけてくること。
ただ走るスピードは子供の小走り程度で、振り切るのは容易であること。
俺達を見失った化け物達は探すこともなく、その場でランダムに歩き始めること。つまり解除条件は、視界から消えること。
試しに音を立ててみたが音には全く反応しない事。
そして物を投げつけるなど間接的な物理的な攻撃は効かない事。
そして直接的な物理攻撃は、相手に触れることになるから瞬間のリスクが分からないから試すことができないから分からない事。
相手に追いかける以外の攻撃方法があるのかについては、上記の理由により分からない事。
んで相手の攻撃の解除条件が視線から外れることだから、そういう意味において、このビル群は隠れてる場所は沢山あるからこの条件に適している。
ただし隠れるところはたくさんあるが、ただし逃げることは容易でも一つの場所に留まっていては絶対に見つかり追いかけられる。
ただ相手の数は多いとは感じるし総数は不明だが小一時間逃げていて増えている様子はない。
そして現在の問題とは。
「「「「…………」」」」
全員が俺を含めてかなり疲弊しているのだ。
それはそうだ、一番最初の荘厳の試練は、休憩を取りつつも進んでいたが一種の興奮状態であったし攻略が順調で楽しく、まとまった休みを取っていなかったのだ。
しまったな、安全エリアが設けられていたのはそういう意味もあったのか。休んでペース配分をすればよかった。普通のゲームだって宿屋で休み休息を取るじゃないか。しかもいつまでにクリアしろとも条件が提示されていなかったのに。
「先生は、ここに安全エリアはあると考えていますか?」
モカナが問いかけてくる
「……あるとは思う、ただあの化け物共は夜になって出てきたってことは、昼が安全エリアと解釈されればそれまでになってしまうが……」
「先生は別にあると?」
「あると考えている」
「論拠は?」
「まず、最初の探索の時は何も起きなかった。そしてラジオ会館に訪れた直後に計ったかのように夜になった。化け物が出て来たってことは、おそらくラジオ会館に訪れることがイベント進行のスイッチだと考えられる」
「……うーん、そう、なんですか?」
「その証拠に、日が暮れたと認識した後に夜の帳が落ちるまでのタイミングが良すぎる」
「あ、確かに!」
「そう、俺達が探索している時間を考えれば、探索途中に日が暮れる筈、おそらく偶然ではないと思う。少し見えて来たぜ、この試練はイベント進行のスイッチがあって、それを探すことなんだろう、だが……」
「いつ夜が明けるか、ですね」
「そのとおり、正直じり貧だ、夜は明けるのか明けないのか、明けたとしても何時かもわからない、前回にちゃんと休養を取っていなかったのが失敗だった、すまない」
「何故先生が謝るんです?」
「俺が指揮官だからな」
「先生は十分に冷静だと思います、特に最初の試練は先生の判断が無ければ失敗していたと思います」
「ありがとな、まあ指揮官は起きた状況を嘆かず前に進めないと」
そう、嘆いたところで問題は解決しない。
仮に昼間を迎えても再び夜になる、これからずっと逃げ続けても、体力もそうだが気力も消耗する。
これが今回の試練の目的なのか。
(となると賭けには変わりはないが、今回の試練の攻略が「イベントの進行スイッチを押すこと」だと仮定した場合、動くしかない)
「みんな、俺に一つ提案がある、正直賭けの部分もあるが、ちょっとついてきて欲しい」
●
「先生、ここは」
化け物達を避けながら辿り着いたのは、とあるマンションだった。
「この集合住宅の6階の一室に入れるかもしれない」
「本当ですか!?」
「ああ、この文明の古代文字が読めるのは話した通りだが、このマンションに入るための暗証番号が書いてあったんだよ」
「…………」
「そう、何も条件を提示しないこの試練なら、罠って可能性も考えないといけない。だから賭けの部分が大きい。しかも逃げるうえでビルの中に入るのは自分で逃げ道を塞ぐようなものだから、マンションの中に化け物がいたらアウトだ」
「昼まで待つというのは?」
「それも考えたが、いつ昼になるかは分からない。ひょっとしたら夜が通常のフィールドかもしれない。イベント進行のスイッチを押さなければ昼にならないかもしれない。それでも昼になるのを待つのが得策かもしれないが、何より疲労が限界だ、捕まるのも時間の問題、捕まったらどうなるか分からない」
「先生のいう一室が安全エリアではないという可能性もあるのではないですか」
「それは「部屋の中に化け物がいた場合」だな」
「え?」
「逃げながら観察してみたが、一つのプロセス、つまり鍵のかかっていないドアを開けたりすることは出来るが、複数のプロセス、つまり「鍵を開錠して扉を開ける」「物理障壁を乗り越える」ことはしていなかった」
「つまり部屋の中から鍵をかけてしまえばいいのさ。つまり化け物達はシンボルエンカウント型のランダム配置型だと推測できる」
「…………」
「ここで俺だけ向かうことも考えたが、この場合分断された場合に、相手の生存確認のしようがない。以上だ、意見があるなら聞くが」
「行きましょう」
とモカナが即答するので他の2人を見るが全員があっさり頷く、、、。
ってあれ。
「ファテサ、大丈夫か?」
「っ!」
とビクッと震える。
今気が付いたが顔面蒼白だ。
「体調が悪いのか? すまない、そういえば足取りも」
「ちょっと待った先生、その質問は野暮だよ、察しなよ、だから頷いたの」
と咎めるようなナセノーシアの言葉。
(顔色が悪く調子が悪そうで、察しろって……)
んーーーーー、そういう事なのか、いや、そう言われたら、男は何も言い返せないが。
「わかった、ならファテサのフォローを頼む」
と気を取り直し俺は物陰からのぞき込み。
化け物達が一瞬途切れたすきを見計らって。
「走れ!」
という声と共に出る。
急いでマンションエントランスに入り暗証番号を押して開錠する。
そして素早く中に入り込み物陰に身を隠し、無事に自動扉が閉じる。
(よし!!)
化け物達に見つかっていない、後は、、、、、。
昇る手段、階段とエレベーター。
エレベーターは昇った先に化け物がいる可能性を考えれば選択肢から外れる、階段にもリスクがあるが逃げる手段が残されている階段しかない。
色々ごちゃごちゃ考えても、とにかくリスクを取らなければ始まらない。
(建物内部に階段が設置されている形だから、死角が多いんだよな……)
「みんな踏ん張れよ、俺が先導する、何かあれば直ちに逃げろよ」
と階段へ続く扉をゆっくりと開けるが……。
誰も居なかった。
(ホッ……)
よし、足音も聞こえない、これは当たりか。
ゆっくりと階段を登る。
2階、3階、4階、5階。
足音は聞こえない順調そのものだ。
そして6階の非常出入口、、、、、。
(さて、扉を出た先に化け物がいる場合、余程の近距離じゃない限り、すぐに扉を締めれば問題なし)
すっと非常出入口の扉を開いた先に、、、、。
再び誰も居なかった。
(よし!)
全員を呼び寄せると廊下に出て、扉を閉める。
そしてすぐにエレベーターを確認動いていない、そしてこの扉から廊下は一望できるから死角はない。
これで一安心か、横目で景色を眺めて、その「懐かしさから」少し呆けてしまった。
そう、油断してはいけないのに。
階段と廊下を繋ぐ扉は非常扉だから鍵をかけられない構造となっているのに。
ガチャリと、後ろの扉が開く音がする。
「走れ!!」
流石に日常部、後ろの扉の開閉音で、確認するまでもなく俺の声を待つことなく走り始めていた。
繰り返す、階段とエレベーターに挟まれる形で設置されている一直線の廊下。
目的の部屋を知っているのは俺しかない。
(だから!!)
玄関の暗証番号を押して開錠をする。
そして扉を勢いよく開けると同時に、後ろを見る。
その時は、ちょうど化け物が俺達を発見した時。
教え子たちは何も言わず部屋に入る。
全員が入った時に、化け物は俺達を発見し、追跡を開始し、もう数メートル手前。
俺が入ると間に合わない。
ならば今できる最善は、、、、。
バン!!
と扉を外から勢い良くバンと閉める。
「「「「先生!!」」」」
と扉の向こうから音がする。
(全滅を避けること!!)
「すぐに施錠!! 室内の探索!! ここから出るな!!」
と叫びながら、エレベーター先に走るが、1階で止まっている。
逃げ場所無し。
「迎え撃つ!!」
これが逃げゲーであるのなら、一発即死は十分に考えられる。
とはいえ「即死」がゲームオーバーであるかは分からない。
まあいいか、何かあれば、アイツラが何とかするだろう。
(この化け物でまだ未確認である直接的な攻撃をするとどうなるのか、試させてもらう!!)
――部屋の中
―「迎え撃つ!!」
という神楽坂の声が聞こえる。
「っ!!!」
その声を聴いてギュッと手を握りしめる日常部の面々。
大丈夫、落ち着け、先生は施錠して、部屋の中で待っていろと指示をした、それに従うだけ。
すぐに戻ってくる、あの化け物を返り討ちにして。
「…………」
戻ってこない、声が聞こえない。
「外の様子を見る」
そんなクエルの言葉に全員が頷く。
「分かった、外に出て、化け物が近くいれば強引に体と扉を閉めるからね」
「分かった」
とクエルは、ゆっくりと扉を開けて、外の様子を見るが……。
そこには誰も、神楽坂も化け物も居なかった。
ここからだと死角無く覗けるから、探索は不要なリスク。
そのまま扉を閉じた。
「化け物もいなかった、だけど先生もいなかった」
予想通りではあるクエルの言葉に重たい雰囲気に包まれるが。
「まだだよ、皆」
続くクエルの言葉に全員が我に返る。
「見てよ、荘厳の儀が失敗したという文字が出てこない。先生がどうなったか分からないけど、荘厳の儀の失敗の条件を満たしてはいないという事、となると私たちの目的は荘厳の儀を成功させること、それを頑張る」
「まずは先生の指示のとおり部屋の探索、幸いにも化け物はいない。この部屋の探索にこの世界のことを知る手掛かりがあるかもしれない」
冷静なクエル、勇者としての魔王とタイマンして少し成長したのかもしれない、ちゃんと相手を信じて頼ることができるようになっている。
そして全員が手分けをして、といってもリビングと部屋三つ、トイレに風呂というそんな広さはないが。
「凄い」
この凄いとは、文明レベルのことだ。
トイレは水洗式でボタン一つ、水道水も蛇口を上にあげるだけ、風呂からはボタン一つでお湯が出てきて、
何より驚くことが、、、、。
「これが「普通」なんだよね。お金持ちとか特権階級の人間じゃなくて、それこそ庶民がこのレベルの技術を享受できるってことだよね」
そんなことを話しながら家探ししている時だった。
「あのさ、先生の「神楽坂イザナミ」って名前、ニホン語でどう書くんだっけ?」
そんなクエルの声。
「前にやったじゃない、先生のニホン語の授業、先生の祖国はひらがなと呼ばれる文字が50個と漢字と呼ばれる象形文字の一種を組み合わせて表現するって」
いったい何の話だろうと思ってクエルを見ると、何かの封書を真剣な顔をして眺めていた。
「クエル、その封書ってなに?」
「宛先の欄だと思うんだけど、見て」
全員が集まってその封書を見てみると、クエルが指し示す先には。
――【神楽坂イザナミ】
と書かれていた。