第17話:2人のライバル・後篇
――翌日・放課後
今日は荘厳の日の前の最後の当直勤務、見回りは1人でやりたいとルウ先生に告げて、敷地内を歩く。ちなみに先日の王国徒手格闘大会は予選を突破して決勝トーナメントまでいったものの1回戦負けだったそうで、滅茶苦茶悔しがっていた。
ケルシール女学院の部活動の強制参加は、仲間を作るためと各分野で才能がる女子生徒を取り立てるのが主目的、だから名ばかりで活動していない部活はないし、仲間を作るために色々な趣向を凝らした部活もある。
そんなことを考えながら体育館の傍を通り抜けると、一気に視界が開ける。
そこは屋外競技の広場で、馬術部が部活動をしていたが……。
「ん?」
馬術部の馬であろう馬が、馬房で繋がれていたのを発見する。
「んん?」
すすっと近づく。
「こ、これは……」
(サイレンススズカ!!)
馬を驚かせない様に思わず声が出そうになるのを必死で抑える。
サイレンススズカ。
競馬ファンには説明不要、知らない方に対しては申し訳ないが語ると辛くなるので「沈黙の日曜日」で検索し参照されたし。
俺は、あの時、競馬場にはいなかったけど、親父に馬券を頼んで買ってもらって家で生中継で見ていた。
逃げ馬で1枠1番、さらに当時騎乗ミスではないかともいわれた武豊のレースの展開、あの時俺は「これは神の采配であり事故以外負けることはありえない! 俺は伝説の生き証人になる!!」と興奮しまくっていた。
「そうか、人だってするんだ、馬だって異世界転生するよな、よかった(´;ω;`)ブワッ」
と涙ぐんでいる時だった。
「あ、あの、先生、何を?」
と声がした先を振り向くと、馬術部部長であり、サクィーリア選挙の候補の1人、ホル・レベッツが怪訝な表情で見つめていた。
「あ、ああ、急にごめんね、いや、冷静に考えるとそんな訳はないんだけどさ、俺の祖国の伝説の名馬に似てて」
という俺の言葉にジト目で見つめる。
「……殿方は馬を見ると賭け事の競走馬を思い浮かべるそうですが、まさか」
「む! なんだよ! 競馬はね! 賭け事の枠を超えたガチな感動を与えてくれるの!」
「……まあ、殿方は賭け事が好きですからね」
理解していない、やれやれといったばかりにため息をつくホル。
「ふん、まあでも女は嫌うよな、面白いんだけどな」
と俺は馬に近づくと、手の甲を差し出して挨拶をして首の付け根を優しく触る。
そうすると、顔を俺にこすりつけてきた。
「おーよしよし、可愛いなお前は、はじめまして俺の名前は神楽坂、えっと、ホル、この子の名前は?」
「……リドです」
「牡馬? 牝馬?」
「雌です」
「そうか、そこは違うのか、リドや、よしよし」
とナデナデしている。
「随分と慣れていますけど」
「まあな、俺の駐在所にも馬が一頭いてね、そいつと一緒によく遊んでいるのさ」
「名前は何ていうんですか?」
「スーパーペガサス」
「スーパーペガサス、聞きなれない名前ですが」
「ばんえい競馬という馬ぞりのレースがあってな。1トンを超える馬たちが1トンのそりを引く大迫力なレース、その歴史の中の歴代最強と言われている馬なのだ」
「競馬……」
「むむ、だから浪漫を与えてくれるんだよ、分からんかねぇ、んで性格も適当で水浴びとたくさんの飯さえ与えておけば満足する馬でな。気も合うから時々またがって走っている、ずんぐりむっくりで太ましいが、パワーだけは馬一倍、そんな感じ」
「先生の相棒という訳ですか」
「だね、とはいえ、リドには会わせられんね」
「どうしてです?」
「いやさ、リドってスマートで美人さんだろ? アイツ自分が太ましい癖に面食いで無条件に盛るんだよ。まあ、予想どおりというか牝馬から見えると冴えないみたいでさ、この間もさ、盛った瞬間に牝馬の蹴りがカウンターで入って失神してなぁ、看病が大変だったんだよ」
「ぶふぅ!」
と俺の言葉に思いっきり吹き出すと笑いを堪え、はしたないとばかりに咳ばらいをする。
「ゴホン! リドは私の、そうですね、妹に近い感覚ですか」
「妹……」
「この子が生まれた時からの付き合いなんです。ずっと面倒を見ていたんです、性格はお淑やかで私なんかより余程お嬢様していますね」
「となると益々スーパーペガサスには会わせられんか」
「ぶふぅ、ゴホン! それにしても人の好き嫌いが結構激しい子なのですが、初対面で懐くとは驚きです」
「そうなのか、まあ相性があるからなぁ」
「……見学していきますか?」
「え?」
「これから大会に向けて紅白戦をやるんです。よければどうぞ」
「あ、ああ」
お誘いいただけるとは意外だった。
そんな感じで見た、馬術部の紅白戦。所謂ポロに似た競技で、指定されたゴールに決めた点数を競う競技だった。
かつて騎馬戦の為の軍事訓練が元になっており、ルールを決めて危険度を減らしスポーツとして普及したそうな。
とはいえ軍事訓練とはよく言ったもの、馬に乗ってよくあそこまで動けるものだ、人馬一体とはこの事だ。
結局、紅白戦の結果はホルが所属していた一軍チームが二軍チームをダブルスコアで下して勝利していた。
全員が下馬した後、それぞれの馬の世話をしている。
「どうでしたか?」
とホルは話しかけてくる。
「凄かったよ、お疲れ様、リド」
と俺は馬を撫でる。
「…………」
その姿をじっと見ているホル。
「どうした?」
「いえ、先生は選手ではなく馬に注目するんですね」
「そりゃそうさ、どんな名騎手でも名馬がいなければ勝てないからな、しかし迫力があったよ、見事なものだ」
「ありがとうございます。ですがこれは元は軍事訓練から派生したものであって男の競技なんです、女の競技人口はまだまだ少なくて……」
「そうなのか、十分にレベルが高いと思ったが」
「この競技をしているだけで女がどうとか言われるんですよ、嫁の貰い手が少なくなるとか、くだらない、そう思いませんか?」
「…………」
男がどうとか、女がどうとか、これは異世界でも変わらないが……。
「すまん、そのとおりだと言いたいが、男ってのはさ、軍事訓練という「戦い」ってものについてどうしても「聖域」って考え方を持ってしまうんだ」
「……女がその聖域に入るなと」
「うん、別にホルがどうって訳じゃないんだ、まあ、男の面倒なところと解釈してくれるとありがたい」
「…………」
「すまんな、白けさせてしまったか、まあ言いたい奴は言わせておけ、口喧嘩で勝ち負けが決まるわけじゃないからな」
という言葉に何故か吹き出すホル。
「そうですね、確かに口喧嘩で負けたところでどうということはないですね。それにこの競技は、男性部門女性部門は分けられていませんから」
「そうなのか?」
「競技人口の差もあるんですが、先生も言ったとおり身体能力は関係ないんです。馬の能力と操馬技術なんですよ」
「なるほど、だったら勝てばいいってわけだ、そうなれば「女がどうとかは負け惜しみ」か、これは痛快だね」
「……先生」
「ん?」
「荘厳の儀はどうされるんです?」
「もちろん顧問として参加するよ、そっちは?」
「私は、先ほどの一軍メンバーと先生と一緒に参加します」
「対策とかしているのか?」
「まさか、荘厳の儀の内容は年によってばらつきがありますし、予測不可能ですから。それよりも先生、やってみますか?」
「? なにを?」
「馬術です」
「へ? いいの? もう課外の時間は終わりなのに」
「試合に出そうという馬がいるのですが、多少操馬技術が劣る方が乗った時にもちゃんと対応するための訓練をしようと思っていたんですよ、馬術部長としての仕事ですからお気になさらずに」
「劣るって……」
「あら、口喧嘩をするわけではないのでしょう?」
「へいへい、じゃあ頼むよ、スーパーペガサスの為にもなるだろうからな」
「……ナセノーシア達は良いんですか?」
「え? ナセノーシア達? 大丈夫だろうよ、乗馬を教えてもらうだけだからな」
「先生が良いのであれば」
そんな訳で俺は、馬房を案内されて紹介された。
ちなみにこの子は牡馬らしい。スーパーペガサスと違いとても素直な子だった。ただ牝馬には奥手らしく、尻に敷かれているそうな。そうか、女の世界だものな。
――乗馬後
「すまんな」
と馬を撫でながら話しかける俺。
それにしても想像以上に難しかった、馬に負担をかけさせてしまった。
「楽しかったですか?」
「ああ、楽しかったよ、こんなことなら修道院の時に馬術部に入っておけばよかった」
「先生は修道院で何を?」
「俺は剣術部に入っていてな、とはいえ俺は祖国の剣術しか知らないから偉い苦労してなぁ」
とここからホルと2人で色々と盛り上がるが。
ぐううぅ~
と腹の音が鳴る。
夢中ですっかり忘れていた、夕食も間に合わないか、と思った時だった。
ホルは、ゴソゴソと馬房の部員の私物箱からお菓子を差し出された。
「夕食代わりという部分では物足りないと思いますが」
「よく食べているのか?」
「はい、っと、先生相手でしたね」
「校則違反はしていないから問題ないさ」
「校則違反に、ならない? 先生、まさか」
「ああ、校則は一言一句全部覚えた。菓子は食券で購入できる。そして菓子を何処で食べるべきは記載されていない。セアトリナ卿もその点についての言及はない」
「全部覚えるとは流石修道院ですね……とはいえ違反にならないのはこじつけっぽいです、物分かりがいい先生、って訳ですか」
「んな訳ないだろ、決まりは大事だぜ。決まりがあるからこそ社会がまわる。そして俺は決まりを守らせる側だ。だが「書かれていないことは審議の対象にならない」というのが「決まりの性質」というものだよ」
「決まりの性質……」
「ただし、ケルシール女学院は校則の他もう一つ、セアトリナ卿の発言が「決まり」になる。だから派手にやりすぎるなよ、セアトリナ卿が「駄目だ」と言った場合それが「決まり」となる。なれば俺は指導をしなければいけなくなるし、その場合は言い訳は聞かない」
「……先生、意地悪な質問を一ついいですか?」
「なんだ?」
「人を殺すという事についてウィズ王国は法律で禁止し厳罰を与えています。実行犯ではなくとも、それを企画した者でも同罪として扱われます、その点についてどうお考えですか?」
「…………」
びっくり、そうか、日常部の面々も知っていたからな、不思議ではないのか。
さて、どう答えるか……。
「ホル、決まり事の性質を自分の為に使うのならば、どう破るかじゃない、どう守るかなんだよ。何故なら決まり事を盲目的に守ることも盲目的に破ることも同じだからだ、分かるか?」
「守ることと破ることが同じなんですか?」
「そうだ、盲目的に守る人間というのは絶対に「こんな決まりに意味なんかない」と思考が流れ「みんな破っているから決まりを破る」という行動をに移す。だから一緒なんだよ」
「…………」
「そんな思考による行動だから、リスクを理解していない。いいか? 決まり事を破るというのはそれだけで相手に隙を見せることだし、簡単に付け込まれて揚げ足を取られる上に自分を下に置く行為、見下され、馬鹿にされる」
「馬鹿にって……」
「だけど盲目的に破っているからその本質が理解できず、罰を受けた時に「逆ギレ」するのさ」
「そ、そんな言い方は無いと思いますが……」
「オブラートに包む言い方は好きじゃなくてね、例えばそれこそケルシール女学院の校則について「意味なんてない」って思ったことはあるだろう?」
「……その聞き方は意地悪です」
「ぷはは、まあ俺もホル位の年には散々思っていたからな。だからなのさ」
「だからというのは?」
「決まり事を破るのなら「見下されて馬鹿にされることに対して異議を唱えてはならない」ということだ。だから俺は「戦争」を起こしたんだよ。殺人は厳しく処罰される、それは俺の祖国でも同じの「決まり事」だ。だが「戦争時に軍人が軍人を殺すこと」は処罰されない。その差は「決まり事にそうある」からなんだよ」
「……それもこじつけっぽいですが」
「いいさ、分からなくても。俺も言えないことが多くてな」
「ママ先生との密約も、その理屈に則ると?」
「感じるままに」
「分かりました、色々と詮索失礼しました」
「いいよ、あまり気持ちいい話ではなかったか?」
「いえ、興味深いです、ナセノーシア達の気持ちが少しわかりました」
「え?」
「何でもありません、さて、そんな訳で」
といきなり不自然に言葉を切ると。
「後ろをご覧ください」
と突然の言葉。
「……ぇ」
何か嫌な予感を感じ、恐る恐る振り向くと……。
「「「「…………」」」」
日常部の面々が冷たい目をしながら立っていた。
「あのさ、荘厳の儀に向けてさ、一致団結しなければいけない時にさ、何でホルとずっと一緒にいるの?」
「え? まあ、成り行きで」
「ふーん、私達放り出して他の女子生徒の、しかもサクィーリア選挙のライバルと親交を深めるなんてね、当直勤務は?」
「ま、まあ、見回りの時間というか、当直勤務は融通が凄く効くんだよ、そ、その、あの」
としどろもどろの俺を見てホルはため息をつく。
「先生の話は面白かったのですけど、私と一緒にいることを簡単に「大丈夫」とか言ったことについては如何なものかと思います。「絶対ナセノーシア達が黙っていないのになぁ、何で分からないのかなぁ」と思っていました」
「……ホ、ホルさんや、あの、ナセノーシア達に弁明を」
「分かりました。ナセノーシア、神楽坂先生、俺は無害とか言ってたみたいだけど複数の愛人候補達がいながら私の誘いをホイホイ受ける尻軽だから気を付けた方がいいよ」
「ええーー!! そっちの弁明!?」
俺の叫びに吹き出すホルに冷たい目のナセノーシア。
「再び私たちの前でいちゃつくと、先生、これはもう一度親睦会を開く必要があるね」
「ぎょ!! ももももう親睦会はいいんじゃないかなぁ!!」
「いやいや荘厳の儀に向けて一致団結のためだもの、飲みにケーションは大事よ」
「俺の祖国ではその考えは古いという事になっているんだじょ!」
「種目はいつものとおり麻雀、賭け代は先生は食券、私達は夜伽、レートは1000点1枚、今から食事を買い込むから、明日は休日だし、朝までぶっ通しね」
「あ! そうだ! 俺当直だった!」
「大丈夫、ルウ先生は承諾済。「殿方へのそういうアプローチもあるんだ」とか言ってた」
「何かズレた反応だなぁルウ先生!」
「じゃあね、待ってるからね、浮気者」
「ちょ!」
と冷たい目をしたまま、立ち去った。
「…………」
とパクパクと口を開けてホルを見るが。
「ナセノーシア達は同じ女の私から見ても可愛い部類に入るかと思います。そんな夜伽の相手がなんと複数、殿方にとってはとても幸せなことなのでしょう?」
「それもうやった!( ;∀;)」
結果、その日の夜に開催された親睦会。
俺は「女性に体を賭けさせるなんて、それは女性と物として扱う行為、王国紳士としてできない」とか言ったが「そういうのいいから」と鉄火場に参加させられ、食券はあっという間に巻き上げられた。
これで終わったかと思ったが「負けこんだ先生への出血大サービス、男の浪漫の脱衣麻雀をしようか」という意味不明の流れになり、俺はパンツ一丁になって辱めを受けた。最後の砦だけは何とか守った。
フラフラになりながら朝、当直室に戻った時、ルウ先生からこう言われた。
――「神楽坂先生、私もケルシール女学院に身を置く者、事情は察しています。ですけどナセノーシア達は健気なだけなんです、笑顔の陰で泣いているんですよ。それだけは理解してあげてくださいね」
俺の記憶が正しければ昨日のアイツらは俺から食券巻き上げてホクホク顔でパンツ一丁の俺を見て(・∀・)ニヤニヤしていたが、ルウ先生によれば陰で泣いているそうだ。
陰で泣いたのは俺です、と言える雰囲気ではなかった。
そんなこんなで、いよいよ荘厳の儀を迎えることになった。