第20話:HOME
「中尉、疲れた顔してないっすか?」
そういうのは、ウルティミスに帰った時に郵便物を渡しながら出迎えてくれた若い自警団員の言葉だ。
「ああ、ちょっとな、色々とあってな……」
一発でばれるぐらい疲れた顔をしていたのか。
まあそのとおりだ、うん、疲れた、非常に疲れた、クタクタだ、心が。
というのは本会議の後、件の文官少佐殿に別室に呼び出され、恩賜組の歴史から始まり、輩出した偉人についての説教が1時間。
その後、恩賜組は国の要人であるという心構えからの誇りについての説教が1時間。
やっと終わったと思ったら、「お前のために場を用意してやったぞ」という意味不明な言葉が飛び出し、これから第三方面の恩賜組の文官だけが集まりに参加して諸先輩達に顔を売れと言われた。
その申出内容に頭がクラクラしたが、その恩賜組の先輩方が迎えに来ており外堀が埋められる形となっていて参加しないという選択肢は存在しなかった。
その後は、ひたすらに文官少佐殿に連れまわされ、諸先輩方と話す羽目になった。
ウルヴ少佐の「お前のため」というのは半分は方便なのは理解した。
俺が神々と教皇猊下との繋がりがあるから、その威光を使いたいのは見え見えであったものの、むしろそれは「当たり前」として振舞っている。つまりはギブアンドテイク、つまりは俺も将来の将官候補の先輩方の威光を使ってもいいってことになる。
こんな面倒なことを好きでやっていることだから苦ではないという、しかしあれが苦にならないのか、あの文官少佐殿は本当に凄いよな。
んで次の日も今度は自分と懇意にしている恩賜組との先輩方の集まりがあると言われた時点で、ウルティミスに重要な議題があるからそれが最優先だと言って文字どおり走って逃げたのだ。
いろいろ言いたそうな顔をしていたがそんなことは知ったことではない。
「しかもずいぶん早いっすね、予定では帰ってくるのは明日じゃなかったでしたっけ?」
「ああ、そうだよな、そのつもりだったんだよな、はは」
急いで馬車を修理して食事も観光も全てキャンセルする羽目になった、アイカも誘おうと思っていたのに、一昨日はウキウキ気分で観光ガイド雑誌を読んでいたのに、俺の楽しみが全部パアだ。
「こんなはずじゃなかったんだよ、グスッ」
「な、泣いてる、あの中尉、って泣いているところ悪いんですがその……」
と、話題転換の機会をうかがっていたのだろうか、急にモジモジしたと思うと、「中尉、ちょっといいですか?」と遠慮がちに話しかけてきた。
なんだろうと思って、続きを促すと、思いっきり息を吸い込んだと思ったら俺に伝えてくる。
「レティシア先生の講義って増やせませんか!?」
と言った瞬間だった。周りにいた若い自警団員たちが一斉に群がってくる。
「俺からもお願います!」
「レティシア先生の授業ってわかりやすいですから!」
「科目数も増やしてもらえれば!」
「で、できれば、もうちょっと露出があれば! これもお願いします!」
「おっぱい! おっぱい!」
「レティシア先生が中尉の愛人だって本当なんですか!?」
いきなり多数の男どもから囲まれておしくらまんじゅう状態になる。
「ちょ、ちょっとまて! なんだよ急に! というか愛人ってなんだよ! おっぱいは分かるけども!」
と必死でなだめてなんとか落ち着かせる。彼らがいうレティシア先生とは、当然のことながらウィズのことだ。
「そ、そんなにレティシアがいいの?」
「「「「「もちろん!!!」」」」」
「教え方がいいの?」
「「「「「もちろん!!!」」」」」
「…………本当はおっぱい大きいグラマー美人だからでしょ?」
「「「「「もちろん!!!」」」」」
素晴らしいハモり方だ。教え方がいいとかの建前をあっという間に捨てちゃう、このテンション好きだなぁ。
「レティシアは美人だと思うが、同世代の女子とかかわいい子がいるじゃん」
「えー、なんか怖いし」
「強いし」
「尻に敷かれる」
(そこらへんも日本と変わらないなぁ)
うんうん、ウルティミスもナンバー1がセルカ司祭だからなぁ。
「要望は分かった、だがいきなり言われてもすぐには答えられない、レティシアにも通常の業務があるからな、一応頼むだけは頼んでみるが、期待しないで待っていてくれよ」
という俺の言葉に
「「「「「「「はい!!」」」」」」」
と一堂に期待に溢れた返事をもらったのだった。
●
さて、折角今の問答があったことだし、恒例の状況説明をしなければならないだろう。
俺が進めているウルティミスでの教育水準の向上の件についてだが、レティシア、つまりウィズの提案によりまず行ったのは、王国教育省に認可された正式な学校の設立だった。
正式認可された学校だと補助金も出るし、教科書も仕入れることができて画一的な教育を受けさせることができるメリットが存在する。
とはいえこういった学校はいわゆる「私立学校」だから補助金は必要最低限しか出ないけど、それでも半期ごとに必要最低限の補助金が入ってくるのは非常に大きい。
こうして設立された私立ウルティミス学院、今までウルティミスの子供たちは、隣の辺境都市の学校に通っていたのだが、学校設立を機に全員が設立した際に自分の都市学校に通うようになったのだ。
さて、学校運営に際して肝心かなめなのは教職員、まずは校長先生についてだが。
「中尉、これが今月の学力試験の結果、王国統一試験の結果です」
教会でセルカ司祭に見せてもらった資料を読む。
学校の校長先生としてセルカ司祭に引き受けてもらった、街長としての仕事も忙しいから大丈夫かなと思ったが凄い乗り気だったのだ。
「私が果たせなかった修道院合格を果たしてもらいたいですからね」
とのことだ。セルカ司祭は家庭の事情で自分の王立修道院入学を断念して街長になった経緯があるだけに思い入れもあるのだろう。凄く意欲的で、街長の仕事の合間を縫って修道院合格に必要な科目を教えてくれているのだ。
「みんな楽しく勉強しています、そのなかで優秀な子が2人ほどいますね」
グラフを見ればわかる、まず目につくのは、セクという名前の男子だ。
聞いたところ幼いころから頭がよかったらしく、他の都市の著名な高等学院に通っていたのだが、ウルティミスに高等学院が出来ると聞いて転校してくれたのだ。
「どの程度優秀なんだ?」
「修道院合格には今一歩届かないレベルですが、ひょっとしたらその一歩を踏み越えられるかもしれません。あの子は頭の良さに胡坐をかく欠点があったのですけど、転校してきて、人が変わったように凄い努力をしていますからね」
「へぇ、これもウルティミスのためってわけか、凄いなぁ」
俺の言葉にクスクス笑うセルカ司祭、その表情を見ると俺の推測はどうやら間違っていたらしい。
「セク君はですね、レティシアさんがとっても美人だから、気に入ってもらおうと頑張っているみたいですよ」
「あー」
そう、このウルティミス学校のメインの教師はレティシアことウィズ神にお願いしてある。ウィズはレティシアとして文官として赴任してきたものの、正直ウルティミスで文官の仕事なんてほとんど無い。だから日々の日報ぐらいしか書くことがない。
ウィズには俺の秘書としてのお願いをしたのだが、元より俺のスケジュール管理はあまり必要無いし、俺が求めているのは参謀としての役割だ。
ウィズの王国への戦略と戦術を聞いていると分かりやすく説明してくれるのは前の件で分かったので、向いていると思いお願いしたところ快諾してくれたのだ。
ウルティミスは初等学院しか出ていない人物が多いのが実情、だから中等、高等学院に入学するための授業を中心にこなしてくれる。
んで、元々の美貌に加えて、洗練された雰囲気にそれに違わず頭もよく優しいから、主に男に人気があるのは、あの出入口での自警団の反応を見ればお分かりだろう。
「次に有望なのは、初等部のクリエちゃんです、孤児院出身の子ですね、努力家で流石ハングリー精神は1番です」
彼女の名前は知っている、ルルトとよく一緒に遊んでいた女の子の1人だ。賢そうな顔をした女の子だった。
「私と同じ女として、是非ウルティミスを背負って欲しいものですね」
「そっか、順調に進んでいるようでなにより、んー、セクの件もそうだけど、そんなに効果があるのなら、授業を増やすのを本気で頼んでみようかな」
「え?」
「いや、自警団員からせがまれてさ、レティシア先生の授業を増やしてくれって」
俺の言葉に再びクスクス笑うセルカ司祭。
まるで他人事のように笑う彼女を見て。
「セルカ司祭は、その、声をかけられたりはしないんですか?」
「……私?」
思わず声をかけてしまった。
ウィズとはタイプが違うが、十分に綺麗だと思うし、年も俺と同世代であり美人切れ者街長として名は結構知られているのだが、浮いた話を聞いたことがない。
セルカ司祭は「んー」と考えるそぶりを見せるが。
「少なくとも声をかけられたことはありませんよ、というよりも今は街長の仕事が楽しくて、仕事が恋人だなんて女としてはどうかと思いますが、まあ中尉のおかげです」
「……俺?」
今度は俺がキョトンとする番だ。
「だからこそ私が貴方の仲間に入ったんですよ」
「……?」
いまいちよくわからないが、これ以上聞くのは野暮とばかりにセルカ司祭は話を変える。
「そういえば、中尉は制服を着なくなったのですね」
「え?」
と言われて自分の姿を見る。
今の俺の格好はいつもの教官たちが買ってくれたラフな服、確かに制服を着るなんてことも本会議のような公の場を除いてほとんどなくなった。
まあここじゃ制服を着てもここじゃ意味が無いし威力もない、思えばウルヴ少佐殿とに指摘されるまで不思議にも思わなかったなぁ。
「うーん、制服着ても着てなくても変わらないんですよね」
という俺の言葉に「中尉は本当に面白い人ですよね」と吹き出すセルカ司祭、そんなに面白いこと言ったかな。
とまあ雑談はこれぐらいにして、ウィズに会いに行かないとな。
「セクが修道院に合格すればウルティミスの将来に希望が出てくるのは事実、まじに高等課程の件、ウィズに頼んでみますか」
●
ウルティミスの湖のほとりに建てられている古い小城、ここが俺の仕事場兼住居だ。二日ぶりだというのにずいぶん久しぶりな感じがする。
3階建ての大きさ自体はそれなりの城なのだが、面白いことに由来は分かっていないのだという。ルルトにも聞いたがあの適当神らしく「そういえばいつの間にかできてたね~」ときたものだ
それでもこの古く歴史を感じさせるこの城をとても気に入っていて、そこから伸びている湖に向かって伸びている道で釣りをしたりする。これがなかなかによく釣れるし、味も中々なのだ。
後は本を書庫で本を読んだりしている。歴代の駐在官が置いていったものらしいが、ジャンルがバラバラなのは幸いして、軽い本も多いから結構面白いのもある。
休日も仕事日もあまり区別はなく、実務と言えばセルカ司祭との折衝がもっぱらな主な仕事だ。
さて、今日はウィズは授業がある日だから、今頃は執務室で残務整理をしている筈だ。
と俺が「お疲れ~」という声と共に扉に入った時、
目の前の光景に俺は扉を開けたまま固まってしまった。
何故なら執務にいたルルトの表情に目を奪われてしまったからからだ。
ルルトは執務室の窓の近くに立っており、その視線は窓の外を見ているような、別の何かを見ているようなもの、表情も何かを憂う、いや愁いといえばいいのか、その帯びたその表情、見たことがないものだった。
ルルトは俺の来訪に気付いているのかいないのか、ルルトは指で窓淵をなぞる。
そして一言。
「ウィズ、ほこり」
「はい!!」
実は傍で控えていた、ウィズが素早く雑巾を取り出して窓淵をキュッキュッと磨く。
「まったく、下っ端の仕事はまず掃除が基本だ、それすらもまともにできないか、最高神が聞いてあきれる」
「申し訳ありませんルルト様、どうかお許しを」
「ふん、まあいい、イザナミはこの程度で怒る人物ではないからね」
ドカッと自分の席に踏ん反り返るルルトは、ウィズが淹れてくれたであろうお茶に口をつけるが。
「茶がぬるい!!」
「きゃあ!」
机にドンと老いた拍子でお茶がウィズにかかる。
「ボクのお茶は、量は多め! 味付け薄め! 熱さは熱く! 覚えていないの!?」
「え? ル、ルルト様、確か昨日は量は少なめ、味付けは薄め、熱さは温くとおっしゃいましたが」
「昨日は昨日だよ! 昨日と今日のボクは違うんだよ! なんでわからないかなぁ!」
「も、もうしわけありません!」
ペコペコ頭を下げて、急いで代わりのお茶を淹れるウィズ。
(なにしてんだこいつらは……)
さてくどいようで申し訳ないが、続いてはこの2人について説明しよう。
と説明と言ってもウィズがここに赴任してきてからは、2人とも職場でこんな感じで仲良くしている、以上。
(まあ仲直りしたようでよかった)
神の制裁、神話では聞いていたが確かにすさまじいものだった。制裁する方の神が生殺与奪を握るってのは本当に言葉通りのことなのだという事が分かったし、自分の部隊を作った時に2人の関係が一番頭を悩ませるかなと思ったが杞憂で終わったのだ。
「あ、神楽坂様、お疲れさます」
俺の姿に気が付いたウィズが笑顔で挨拶をしてくれて、ルルトの分にプラスして俺の分のお茶も淹れてくれる。
「どうぞ」
「ありがとう、って」
一口飲むと強い香りが口の中に広がる、びっくり、さっきのルルトではないが、俺は熱い濃いお茶が好きなのだ。
淹れてくれるのに注文つけるのも言えないから言わなかったのに。
「よくわかるよな?」
「反応を見ていればわかりますよ」
そうなのか、というか神様なのに気配り凄いな、流石ウィズ王国の主神だ。
「ありがとう、凄いなウィズは」
と俺が見上げた先。
「あががが!」
「イザナミの好みを覚えるのなら、僕の好みも覚えるといいね」
とルルトがウィズにアイアンクローをかましている光景が目に入った。
(本当に仲良くなったよなぁ)
教皇は他の神様との友好関係の構築が偉業であるなんて言っていたけど、この調子なら普通に大丈夫じゃないだろうかと思ってしまった。
アイアンクローから解放されたウィズは「おおおお~」と言いながら頭を抑えるが
「か、神楽坂様、学力試験の結果の件は、セルカ司祭から聞いていますか?」
なんとか復活したウィズが話しかけてくる。
「ああ、聞いたよ、ありがとな、お前のおかげでぐんぐん学力が上昇しているそうだ」
「とんでもないです、特にセク君がいいですね、修道院合格には一歩及びませんが、本人も目標があるのか努力を惜しみません、伸びしろもまだあります、それ次第ではわかりませんよ」
淡々と説明するが、その自分が理由であるなんて分かっているのかいないのか説明を続けるウィズに笑みがこぼれてしまう。
ウィズはそんな俺を不思議そうに見ていたが、今度はこっちの用件を思い出した。
さて、仕事を増やしてしまう訳だからな、自分の押し付けではなく、慎重に言葉を選ばないとな。って何かのビジネス本に書いてあった。
「なぁ、ウィズ、頼みたいことがあるんだが」
「なんでしょうか?」
「えー、セクの学力の件ではセルカ司祭も同見解でな、特にセルカ司祭は自分が断念した修道院合格についての意欲も高くて期待している」
「はあ」
「んで、そのセクのこの頃の学力向上はひとえにウィズの授業が分かりやすいからだと思う、実際に評判はすごくいいんだ」
「それは、なによりです」
「んで、セクだけではなくて、他の生徒達からも人気で授業枠を是非増やして欲しいという要望が多数寄せられていてな、これもよりよいウルティミスの発展のために、もしよければなんだが、どうだろうか?」
俺の言葉にキョトンとしたウィズだったものの。
「アイカ少尉のいうとおりですね」
「え? アイカ?」
「いえ、中尉はストレートに物事を伝えた方が誠意が伝わるということです」
「2人で何の話してんの!?」
そうだ、アイカは最初こそ主神という事で遠慮していたが、今では一緒に食事に行くほどの仲になっている。
しかもそんなこと話してたんかい、って実際どうなんだろうとウィズを見るとにっこりと笑う。
「いいですよ、私で良ければ是非」
とあっさりし過ぎるぐらい了承してくれた。
「い、いいのか?」
「もちろんですよ」
「…………」
でも目の前にいるのは、王国の主神だ。修道院で亜人種枠及び外国人枠の入学者は最初の2週間はウィズ王国の基本教養を叩き込まれるが、ウィズが神としての活動は記録として残っている。
もちろん神話である以上脚色はあるのだろうが、いかに影響を与えているかはよくわかる。前回の件でも、ウィズなりに最強神と呼ばれた相手に喧嘩を売ったのだから、かなりの野心があったはずだ。
まあ自分を殺した相手にこんなことを考えるのは変わっているのかもしれないが。
「なあ、もし前回のことを気にしているのなら無理をしなくていいんだぞ、主神としての役割の方が大事だろうし、今でも十分によくやってくれているから、それを優先するのは一向にかまわないが」
俺の言葉に「んー」と顎に指を当てて考えるウィズであったものの。
「神楽坂様、そういえば私の主神としての活動を話ししていませんでしたね」
ウィズの主神としての活動、これは面白そうな話と、俺は聞く姿勢を取る。
「私の活動自体は、前に神楽坂様が推察された通り、君臨と啓示を交互に使い分けて干渉を行っています。細かいところは長くなるので省きますが、原則は毎月枢機卿団があげてくる情報をもとに私は動いているのです」
枢機卿団、教皇が団長を務める選ばれた信徒10名で構成されている最高意思決定集団。
信徒10名のうち3名が教皇選で敗れた候補生、3名が教皇庁からの抜擢、4名が一般選挙で選出されている。
教皇庁の「長官が直属の部下」にあたる彼らは、ロード大司教が目指していた地位である。
報告の量はかなり膨大な量になると聞いたことがあるが、ウィズ曰くそれを一発で全て覚えることが出来るのだというから流石だ。
「私は献上された情報を仕入れて、誤解を恐れずに言うのなら面白そうな情報があれば、それを確かめに色々な加護をの力を使って見て回っています、必要があれば神の力を使い干渉をしているのです」
主神としての活動、それを話すウィズは楽しそうに話している、世界を見て回るか。
「なんか、楽しそうだな」
「はい、人の世界は面白いです、自分の故郷を飛び出して夢中になるほどに。私は自分が楽しむために主神として君臨しています。それは初代国王がウィズ王国を作り上げてから変わりありません。まあ、その過程で……色々なことをしたのは、事実ですが」
最後は言葉を濁したウィズ、彼女が言った「色々」な事か。
「そうだな、その色々なことで俺はひどい目に会ったよなぁ~」
俺の言葉に縮こまるウィズ。
ルルトもそうだったが、長い時を生きる神たちは、情もあるけどドライな部分も持っている。
ルルト神話だって、ルルトの愛情は本物だが、ルルト自身も最初助けたのは「気まぐれ」だと断言している、つまり神々は人間らしいのだ、俺の世界と同じくだ。
ウィズは、縮こまりつつも、視線を窓へ向ける。
「今はウルティミスに常駐することが私にとって楽しいことの一つなんです、それに私が指導した人間が、私が君臨する国の要人となりうるのなら、それはそれでまた一興、かもしれませんよ」
悟りを開いたようなウィズの言葉に俺は「ありがとう」と締めて、ウィズもそれに笑顔絵で答えると外出の準備を始めた。
「どこか行くのか?」
「はい、ヤド商会長達から食事のお誘いを受けていますので」
「ヤド商会長って……」
そうだった、ウィズは若い男だけじゃない、ヤド商会長をはじめとしたウルティミスの幹部連の中年オヤジ達からもアイドル的人気があるんだった。
(スケベ親父どもめ……)
それが明日の活力を生むものだし理解はできるが、異世界でも男はしょうがないものだ。
「それと明日から二日間は主神としての活動を行う関係で不在にしますので」
「わかった、いってらっしゃい」
と言い残してウィズは執務室を後にした、それと入れ替わるようにして
「「フィリア兄」姉」ちゃん! 一緒に遊ぼう!」」
と元気な子供たちが10人ぐらいで執務室に入ってきたと思うと、全員でルルトの手を引っ張る。
前にも少し触れたが子供たちとウィズとは違う意味で自警団からの人気があるのがルルトだ。自警団に武芸を教えて、子供達と一緒に遊ぶのがルルトの日常だ。
ちなみに子供によってフィリア兄ちゃんと呼ばれたりフィリア姉ちゃんと呼ばれたりするが、本人はいたっては好きに呼ばせればいいと気にしてない様子。
「イザナミ、大丈夫かい?」
子供たちに誘われて嬉しそうな顔をしながら、俺に問いかけるルルト。
一方で俺に決定権ががあるのが分かるのか不安そうな目で俺を見上げる子供たち、そんなルルトの問いに対しての俺の答えは一つだ。
「もちろんいいよ、暗くなったら子供たちをちゃんと家にまで送ってやるんだぞ」
俺の言葉に子供たちが笑顔でグイグイと引っ張り、「じゃあねイザナミ」とそのまま場を後にした。
「…………」
ルルトがいなくなり、執務室に取り残されたのは俺1人になる。
しんと静まり返る執務室、音は外から聞こえてくる木々のせせらぎと鳥の鳴き、湖の音しか聞こえない。
――「その勲章は選ばれた修道院出身の中でも更に選ばれた存在であることを証明するものだ、故にプライドを持ちたまえ」
そんな出世街道を歩む文官少佐殿の言葉がふと蘇り、俺の胸元に視線が及ぶが。
「あ、そうだ、私服だった」
制服なんて着ていないって、さっきセルカ司祭に指摘されたばかりだったのに自分の行動に笑ってしまう。
文官少佐殿には申し訳ないが、あそこで未来は切り開けない、俺にとってのホームはここで、ここからことをなすべきだ、それが俺にとっての最善の手なんだ。
方面本部会議では、一目置かれるとは聞こえがいいが、俺にとっては目を付けられているのも一緒で息苦しくてしょうがない、つまり向いていないってことだ。
「お山の大将があってんだろうなぁ」
そんな独りごちながら、机の上に置いた荷物から制服を取り出すと、皺がいくつか目立っている。
かつては皺ひとつで怒鳴られていたのに、嫌で嫌で仕方なかった修道院時代が今は懐かしく思うのだから不思議だ。
制服をハンガーにかけていると、また荷物のから郵便物がパラパラと零れ落ちた。
そういえば自警団から郵便物を渡されていたんだった、このチェックが終わったら俺はのんびり釣りでもするか、気をたくさん使ったから疲れたし、湖畔に垂れ下がる糸を見ながらぼーっとしたいな。
と便せんを見て、その差出人と中身を見た時、
「…………」
ぼーっとした頭は一気にクリアになる。
あて先はこう書いてある。
――第五等都市議会議長・神楽坂イザナミ文官中尉様
裏面に書いてあった手紙の差出人は、カリバス・ノートル武官伍長、ウルティミスと同じ5等に格付けされている辺境都市マルスの駐在官。
便せんの中身は、自分の駐在場所であるマルスへの実地調査の依頼をしたい、その打ち合わせをしたいから来てほしいという内容だった。
前に述べたとおり辺境都市を侮るなかれ、辺境都市には様々な特色を持ち、一つの特徴に特化した都市も存在する。
「面白いね……」
マルスはその「いい具合に」特化したウルティミスと同じ辺境都市だ。




