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第16話:2人のライバル・前篇


――翌朝・礼拝堂


 いつものとおりの礼拝堂の朝礼の風景だったが、いつもより雰囲気がざわついている。


 朝から話題は、当然に荘厳の儀でもちきりだ。


 話題に飢えているというだけではなく、学院生にとってセアトリナ卿より権力を与えられた生徒会長が誰になるのかは一大関心事項でもあるからだ。


 鐘の音と同時に、シンと静まり返り、いつものとおり先生が祝詞を読み上げて、全員が祈りを捧げる。


 祈りが終わった後、セアトリナ卿が登壇する。


「さて、今日は指示については、後で担任の先生より受けてください。本日は予告通り、荘厳の儀について説明します」


 と切り出すと、セアトリナ卿は続ける。


 荘厳の儀は4日後の早朝に行う事と、参加者不在時の補講をどうするか等だ。


「さて続いて荘厳の儀の参加者を発表します、今回の荘厳の儀の参加者は3名、呼ばれた者は前に出なさい」


 いよいよと、空気が張り詰める。



「まず1人目、ラミナ・ギクス、特別入学枠1年、聖歌隊隊長」



 ここでざわめきが起こる。



「流石聖歌隊隊長ですね」

「隊長としての人望も厚いもの」

「落ち着いた方ですよね」



 ラミナは登壇すると、一礼する。



「続いて2人目、ホル・レベッツ、特別入学枠1年、馬術部部長」



「馬術の中で馬術球技に才がある方」

「この間も王国学生馬術大会で第三位の実力を持つとか」

「人柄も明るく、人気者」



 ホルはラミナと並ぶと、一礼する。



「最後3人目……」


 セアトリナ卿の言葉に祈るように手を合わせる日常部の面々。



「クエル・ケンパー、特別入学枠1年、日常部所属」



「よっしゃ!」


 というナセノーシアの思わず出たであろう声に、セアトリナ卿が咳ばらいをして縮こまるナセノーシア。



「学年首席の才媛」

「神楽坂先生の愛人候補、それは将来をセアトリナ卿にも見込まれているということ」

「日常部の面々は全員が気持ちの良い方ばかりですから」



 緊張気味のクエルも登壇して、一礼する。



「以上が、今回の荘厳の儀の参加者となります。2日後の就寝点呼前までに選ばれた3人は誰と挑むかを生徒会に報告をするように、そして3日後の前夜祭で荘厳の儀に入ります」


「それと繰り返し言いますが、これは勝ち負けを決めるわけではありません。故に荘厳の儀の達成者はその順番を問わずウィズ神の特別の加護が与えられた特別拝殿に入り、仲間たちも含めて全員にウィズ神より直接お言葉を賜ることができるのです」


「ウィズ神より直接のお言葉を賜ることができるのは、ウィズ教で大司教以上の叙階を許されるか、原初の貴族の当主、次期当主、直系、神に認められた者のみの大変な名誉ことです。それを肝に銘じるように」




――歴史職員室




「さて、荘厳の儀の参加者が発表されて、生徒達は浮ついていることでしょう。例年校則違反が多発する時期です。生徒の校則違反は看過せず注意と定められた罰をお願いします」


 口調は静かながらに威厳を含めたバイア先生、指示を終えると執務室に戻り、他の職員はホッとする。おなじみとなったいつもの光景だ。


 この後の流れは参加者に選ばれた生徒は一緒に荘厳の儀を攻略する仲間達を選定し生徒会に届出る。


 それが認可された後、前日に前夜祭として聖泉で禊を受ける、その後、荘厳の儀が終わるまで礼拝堂から出ることが許されず、参加者は礼拝堂で一夜を過ごす。


 当日、荘厳の儀、朝礼が壮行会代わりに全生徒に見送られながら、礼拝堂の荘厳の儀だけに開かれる聖櫃の中に入り、複数日にまたがって試練を与えられ攻略する。


 試練の内容は、毎年内容も全て異なるため対策のしようがない、全員達成する場合もあれば、何年も達成者が出なかったりと、内容もバラバラで、運要素も含めることも多く、出たとこ勝負なのだ。


 それでもクリアすれば達成者と呼ばれ、サクィーリア選挙での大きなリードとなる。


「神楽坂先生、頑張ってくださいね!」


 そう言ってくれるのはルウ先生だ。


 咳ほど述べたとおり選ばれた3人は個人で攻略するという決まりは何処にもない。無論1人で挑んでもいいが、大体は仲間たちと共に攻略する。


 そしてその攻略の仲間に先生も入るのだから凄い。


「はは、まあナセノーシア達はしっかりしているから大丈夫だと思いますけど、バイア先生はどうするんでしょうね?」


「どうでしょうか、ただもしバイア先生が荘厳の儀に参加されるのなら強敵になりそうですね」


「ええ、そのとおりですね」


 そう、バイア先生はライバルの1人、聖歌隊隊長であるラミナ・ギクスが所属する聖歌隊の顧問を務めているのだ。




――昼休み




 荘厳の儀の参加者が発表されたにもかかわらず、授業は滞りなく進み、いつもと変わらない日々を過ごしている。


 いや、それどころか参加者たちは宗教儀式への緊張というよりも修学旅行前の浮ついていると言った方が正しい。


 もちろん荘厳の儀は大事な儀式ではあるけれど、儀式の内容自体は、言葉を選ばなければ「難易度の高いオリエンテーリング」という部分も多く死者が出るような試練はない。


 ただあくまで「儀式」なので不真面目なのはもちろん駄目だが、真面目にさえやれば特にうるさく言われることはない。


 しかも参加者は全員年頃、泊まり込みで試練に挑むというのが修学旅行的なノリになってしまうのは致し方ないことだと思う。


 そういう監視の部分も含めて、先生の帯同を許可している一面もあるそうな。


 午前中の授業は無かったから敷地内を散歩して事務作業をして昼休み、さて、食堂で飯でも食べようかなと思い職員室を出た時だった。


「神楽坂先生」


 誰だろうと声をかけられて振り向いた先、そこにいたのは意外な人物だった。


 話題の渦中にありサクィーリア後継者候補の3人の内の1人。


「こんにちは、ラミナ」


「こんにちは、神楽坂先生」


 ラミナ・ギクス、聖歌隊の隊長さんだ。


 どうしたんだろう、受け持ちの授業は持っていなかったはずだったが。


「探していました、何度か職員室を訪れたのですが、いらっしゃらないので待っていました」


「探していた?」


「はい、一緒に食事でもどうですか?」


「……へえ、お誘いいただけるとは意外、どうして?」


「一度お礼を言わなければならないと思っていましたから」


「礼?」


「例の幽霊騒ぎです。みんな怖がっていて練習できなくて困っていたんですよ」


「ああー、確か聖歌隊が練習できなかったと言っていたっけ、なるほど、ならお誘いを受けることにするよ」


「…………」


「どうした?」


「受けていただけるとは意外でした。ナセノーシア達は良いんですか?」


「別に食事ぐらいで騒いだりはしないさ、さて、お礼とはいえ、女子生徒と食事をするのなら、食事代は出させてもらうか」


「お気遣いありがとうございます。ですが結構です」


「……すまない、余計なお世話だったか?」


「いいえ、女性と接するのにはいい気遣いだと思いますよ」


 とクスリと笑うラミナ。


 大人びている子というが第一印象だった。



――道中



「先生は、午前中何をしていたのですか?」


「散歩だよ」


「散歩、ですか?」


「趣味さ。修道院生の時にも休日は首都を散歩していたものさ」


「どのようなところを散歩されるんですか?」


「観光名所も素晴らしいが、人の息吹を感じさせる日常風景が好きでね。そこだけじゃない、スラムもよく散歩していたよ」


「スラム、修道院の制服は目立つのではないですか?」


「ああ、だから贔屓の仕立て屋のおばちゃんに頼んでね、預かってもらって私服に着替えたんだよ」


「え? 修道院生は確か規則では」


「もちろん認められていない、それで担任教官に3回ぐらい始末書書かされたなぁ、はっはっは」


「…………そう正直に言うあたり、噂通りの方のようですね」


「そっちはどうなんだ、聖歌隊の活動は?」


「荘厳の儀を三日後に控えて、特訓の日々ですよ、特に今回は幽霊騒動で練習不足ですから」


 聖歌隊。


 ウィズ神を讃える「詩」を歌いあげる人たち。


 宗教儀式においてその立場は非常に高く、聖地フェンイアに拠点を構える最高位の聖歌隊長は枢機卿を務める程だ。


 しかもケルシール女学院の礼拝堂はウィズが直接降臨して啓示を与えることから格式が高く「聖堂」として扱われる。大聖堂は世界にフェンイア一つだけだが聖堂は世界でも10しか存在しない。


 だからケルシール女学院の聖歌隊は、部活動の中でも名誉ある役職であり、歴代サクィーリアを最も輩出している最上位の部活に該当し、その為の特別入学枠を設けているほどだ。


 そして現サクィーリアのフィオは聖歌隊の前隊長、そして目の前のラミナは、現聖歌隊長だ。


 ラミナは特別入学枠で声楽の才能を買われ入学している。


「特訓の日々か、参加者なのに唄うものなんだな」


「無論です、荘厳の儀は達成者に対してウィズ神が直接降臨し、お言葉を賜ることができるウィズ教の中でも重要な宗教儀式です。参加者だからと言って謳わないなどありえません、ウィズ神に万が一の失礼もあってはなりませんから」


 と会話していた時だった。



「貴方、制服の胸ボタンが外れていますよ」



 静かながら厳しい口調が食堂に木霊し、一瞬のうちに空気が張り詰める。


 それは声の主であるバイア先生が、別の生徒の違反を咎めている光景だった。


 注意された生徒は顔面蒼白だ。


「校則違反はもちろんのことですが、服の乱れは心の乱れです」


「あ、あの、忘れていて」


「言い訳無用、反省文を書いて放課後歴史職員室に提出するように」


 無下に言い放つとバイア先生はそのまま踵を返してその場を立ち去った。



「なにあれ、偉そうに」

「先生だからって」

「他の先生は何も言わないのに」



 と注意された生徒とその周りは口々に陰口を叩きながらその場を後にした。


「…………」


 バイア先生は生活指導も兼ねており、あのとおり融通は利かず、情け容赦なく罰を与えるから生徒達からは嫌われているし、そして聖歌隊の特訓は厳しくて有名だが……。


「バイア先生は、そうですね、あのとおり聖歌隊以外の生徒からは嫌われていますね」


「…………」


 こちらの感情を読んだかのような、ラミナの言葉。


「バイア先生は、確かに他人に厳しいです、ですけど自分にはもっと厳しい方なんですよ。みんな誤解していますが、むしろ面倒見がよく優しい方です」


「そうなのか?」


「はい、私なんて特別入学枠で入学できたのが不思議なぐらい出来が悪かったんですが、ずっと居残って練習を見てくれたりして、当直でもないのに泊まり込んでくれたりしています」


「更に指導力も長けており、ケルシール女学院の聖歌隊は上位入賞の常連。中には学院に入って初めて聖歌を唄い始めたにも関わらず、フェンイアの聖歌隊に入隊した生徒もいる程です」


「…………」


「入学当初は、まあ、私含めて皆苦手としているんですけど、半年も経てば、むしろ慕われているんですよ。なにより先生の厳しさは人格否定と言ったことを絶対にしません、あくまでも校則と歌にのみ厳しいのです」


「なるほど、いい先生なんだな」


「はい」


 断言するか。


 案外生徒はよく見ているものだ。自分のことを振り返ってみても、確かに物分かりのいい先生が人気だけど、それはある意味「生徒に強く言えず看過している」ともとれる。


 バイア先生は「生徒に強く言って、罰も与え恨まれもするがフェア」なのだろう。


 そんなバイア先生も俺と同じ歴史担当だが、そのフェンイアの聖歌隊出身、現役を引退して教職の地位を選んだそうだ。


 他人に厳しく、自分にもっと厳しい性格はフェンイアの聖歌隊のころから変わらないみたいで、そこを買われて現在はセアトリナ卿の側近の1人に取り立てられている。


 そういえばルウ先生も怖がってはいるけど、嫌っているわけじゃなく、それどころか先生としては尊敬しているとか言っていたっけ。


 俺も食事のマナーをテストさせられたけど、ちゃんと合格を貰えた。


 優しい言葉と態度だからいい人ではない、当たり前だが意外と見落としがちな盲点だ。


 何かメトアンさんと師匠の関係を思い出す。


「私は、荘厳の儀を聖歌隊のメンバー3人と共に攻略します、先生は?」


「日常部の面々と攻略することになるだろうけど、バイア先生はどうするんだい?」


「先生は辞退しています。今回の異動で文化部長としての幹部の地位を賜っていますから」


「辞退か……」


「元々幹部の先生方は参加されませんよ」


「…………」


 どうするか、俺も安易に参加を判断することなく、どうするか考える必要があるのか。


 俺の教師としての階級は副担任という最下位。


 だから参加しても問題ないし、正直参加しなければならない状況にあると思う。


 だが先日のフィオとの一件で俺とセアトリナ卿とで密約が交わしているという噂が流れてしまっている。


 しかも「俺とフィオが戦いを繰り広げてワンサイドゲームで俺が勝った」とか妙な感じで広がってしまっている。元より異端であり異様でもある俺の存在がますます濃くなってしまった。


 だがあの時は仕方がなかった、邪神の不興を買いかねない状況ともなれば、シナリオを大幅に外すわけはいかないのだ。


 いずれは密約の噂は本格的に流れることは想定していたものの、大幅に前倒しにすることになった。


 荘厳の儀ではなく、今後の悪影響が心配だ。


 まったくフロアめ、足を引っ張って……っといかんいかん、セアトリナ卿がちょっかいを出さないと約束してくれたじゃないか。


 つまりもう解決したことだ、思考を前に進めないとな。



「参加されるべきだと思いますよ」



 こちらの思考を読んだかのような突然のラミナの言葉にびっくりする。


「失礼、密約の噂は聞いていますが真偽のほどは私が口をはさむべき事ではなく、分を弁えております。ですが神楽坂先生は「愛人斡旋業の実験台」としてママ先生は運用していることは事実であると思います。つまり先生は愛人候補達と共に過ごすことも仕事、そう方便を立てればよろしいかと」


「……そっか、確かに俺も参加するのが最上の形だな、ありがとう」


 俺の言葉に今度はラミナが驚いた顔をする。


「……驚きです」


「何が?」


「私はよく、生意気だと言われるんです。生家の男家族から「可愛げがない」と」


「ぷはは、って笑うのは失礼か、そんなことはないと思うがな」


 とお互いに笑いあっている時だった。



「先生」



 と後ろから冷たい声が聞こえてくる。


 ビクッと震えて、おそるおそる振り向くと日常部の4人がいた。


「な、なんだよ、そんな怖い顔をして」


「一緒に食事でもと思ったらさ、なんでラミナと食べているの」


「え? まあ、成り行きで」


「ふーん、私達放り出して他の女子生徒の、しかもサクィーリア選挙のライバルと親交を深めるなんてね」


「え? え? そ、その、あの」


 としどろもどろの俺を見てラミナはため息をつく。


「食事ぐらいで騒がない、ですか、女の嫉妬を甘く見てはいけませんよ、先生」


「……前言撤回、やっぱ可愛げない」


「ふふっ」


 俺のジト目に吹き出すラミナであった。


「更に私たちの前でいちゃつくと、先生、これはもう一度親睦会を開く必要があるね」


「え?」


「だから親睦会、荘厳の儀に向けて一致団結のため、欠席不可なのは分かるよね」


「え?」


「種目は麻雀、賭け代は先生は食券、私達は夜伽、レートは1000点1枚、今から食事を買い込むから、放課後から就寝までぶっ通しね」


「え?」


「じゃあラミナとの食事を楽しんでね、浮気者」


「ちょ!」


 と冷たい目をしたまま、立ち去った。


「…………」


 とパクパクと口を開けてラミナを見るが。


「ナセノーシア達は同じ女の私から見ても可愛い部類に入るかと思います。そんな夜伽の相手がなんと複数、殿方にとってはとても幸せなことなのでしょう?」


「やっぱりかわいくなーい( ;∀;)」


 結果、その日の夜に開催された親睦会。


 俺は「俺の祖国だと健康麻雀と言って頭のスポーツと言われているんだよ、もちろん賭けとかは無しだぜ」とか言ったが「だから何?」と一蹴されて鉄火場に強制的に参加させられ食券を全部巻き上げられた。


 手加減しないんだもん(´;ω;`)ウゥゥ。


 後篇へ続く


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