第14話:荘厳の儀へ・前篇
―― クエル・ケンパー、サクィーリア後継者候補に正式に内定。
これはすぐに学院内に広まり、日常部の面々は一躍注目を浴びることになった。
とはいえ日常部の面々は特別入学枠はクエル1人のみで他の3人が貴族令嬢、仲が良くクエルをサクィーリアにする為に動いていることは周知の事実であり、一目は置かれていたそうな。
そんな日常部の1人、ファテサが歩くと他の生徒達は色めき立つ。
「ファテサ様、相変わらずカッコいい」
「綺麗だよね」
とその声を受けて爽やかに微笑み返すファテサ。
「「きゃあ~!」」
と黄色い歓声が木霊する。
うん、隣を負歩く俺の姿は全く見えていない様子だ。
「「「ギロッ!」」
ああ、見えていたんだ、凄い目で見られた((ㆁωㆁ*))カタカタ
「それにしても、相変わらず凄い人気だよな~」
と隣で歩いているファテサに話しかける。
「そうですか? 彼氏ができるとあっさりとしたものですよ」
「そんなものなの?」
「はい、彼女たちは私を通じて男に恋をして恋愛しているんですよ」
「…………全然理解が出来ん」
俺の正直な言葉にクスリと笑う。
ファテサはスカート姿の制服を着ているとはいえ、すらりと伸びた足に小顔にショートカットの髪型、うん、確かにイケメンさんだ。
彼女はファテサ・エオル・マアツォガー、日常部。
ファテサは、エオル男爵家の令嬢、生家は外交担当カモルア・ビトゥツェシア家の流れをくむ男爵家。
ここに入学する前は、徒手格闘を修めていたらしいが、徒手格闘部ではなく元から仲が良かったナセノーシアに誘われて日常部に入ったそうだ。
さて、そんな俺とファテサが何をしているのかというと、掲示板の依頼の為にある場所へ向かっている。
サクィーリアの依頼を達成したことにより後継者候補として認定されたものの、当然にそれで終わりとという訳ではない、むしろこれからが本番だ。
そのために俺達は動いているのだ。
そんな荘厳の儀の参加者の発表をいよいよ明日に控えている。
「先生も政治的駆け引きは苦手だと聞いていましたが、そうではなかったのですね」
とはファテサの言葉。
「んー、政治的という程、大した発想じゃないよ、苦手なのは変わりはないさ」
といっても本当に大したことはしていない。日常部はサクィーリア選挙を見据えて方針転換をしたのだ。
――「クエルではなく、他の3人を支持する人たちの依頼を負う」
というやり方だ。
今までは「クエルの個人評価を上げる為に依頼をこなしていた」ということが活動内容であったが、後継者候補として認定された今、それを広げる必要がある。
そう考えて日常部の面々を見たところ、極めて優秀な逸材ばかりだという事に気が付いた。
ナセノーシアは持ち前のコミュ力で友人は元から多い。
モカナはウィズ教の有力者の娘だから、そっち方面の伝手も使える。
そんな中、日常部員で一番人気はファテサだったりする。
学生の人気というのは「利害人気」ではなく「感情的人気」であるから、彼女の存在は大きいのだ。
そんな訳で、俺達は今依頼を受けて体育館に向かっている。
「それに選挙云々じゃなくて、学生時代の友人は大人になるともう作れなくなるからな」
「そうなんですか?」
「そう、まあ食券という対価が発生する依頼とはいえ損得抜きで付き合える関係ってのは大事なんだよ」
「それがクォナ嬢だったりネルフォル嬢だったりするのですか?」
「…………」
ストレートに聞いてくるとは、でも、そうか、気になるよなぁ……。
「言っておくけど、アイツら2人はさっき言った損得抜きで付き合える関係ってだけで、恋人関係じゃない」
「先生、その言葉に嘘はないことは分かります。ですが原初の貴族の直系を「アイツら」と呼べる関係を構築できる先生に興味があります」
「……俺は外国人だし、アイツらは原初の貴族という別格だけど、庶民にも分け隔てなく接してくれるからだよ」
「分かりました、詮索無用という事ですね、それで理解します。けれど、何時か話しいただけると嬉しいです」
「クエルにも同じことを言われたよ、すまんな、色々と言えないことが多いんだ」
「まあでも、あの御二方が惚れているというのは嘘ではないと思いますが」
「な、なんで?」
「殿方と同様、女性の好みも多岐にわたるということです。そして私は先生の噂を聞く限り納得していますけど」
「過大評価だと思うがな、って原初の貴族の中ではやっぱりあの2人って異端なのか?」
「はい、ユニア嬢も含めてですが」
「どう、異端なんだ?」
「言葉にするのは難しいですね。例えるなら、そう、ママ先生がクォナ嬢を御するのに自分の全てを使わなければいけなかった、それこそ「暴力」すらも、ね」
「…………」
最初会った時のクォナがセアトリナ卿に平手打ちされた光景を思い出す。
上流は原初の貴族とそれ以外に分けられるとはトカートの言葉。
その原初の貴族の直系に手を挙げても「それがまかり通る」程に、力を使ったという事か。確かに暴力の支配なんて、下の下もいいところだ。
そんな会話をしながら体育館に到着。
んで彼女が入った瞬間、ここでも同じく歓声が上がる。
それにしてもかなり広い、それぞれの部活が全て同時に出来るぐらいの広さ、室内競技の全般が行われている。
おおう、凄いな~と思った時だった。
「神楽坂先生!!」
「ぎゃああ!!」
突然の声をかけられてびっくりする、ルウ先生だ。
「今日はありがとうございます! ファテサもありがとうね!」
「礼には及びません、他ならぬルウ先生の頼みですから」
「おおー、相変わらずイケメンよね、うんうん、じゃあ私はこれで!!」
と立ち去った。
今回の依頼はというと……。
「ファテサさん、今日はご指導よろしくお願いします!」
と頭を下げるのは徒手格闘部の部員たち。
ルウ先生は、今日から3日後に開催される女子王国大会にエントリーしているため、課外は実家の道場で稽古をつけてもらうためにすぐに上がってしまうのだそうだ。
んで、徒手格闘部の部員たちは食券を使ってファテサを指導者として依頼したのだ。
というのもファテサは普通に実力者で、指導者の資格も持っているのだそうだ。
さてそんな俺はおまけで付いてきたわけではなく。
「神楽坂先生もよろしくお願いします!」
そう、徒手格闘は徒手のみに非ず、徒手対剣、徒手対徒手、剣対剣といった具合に別れるのだ。
その剣は王国剣術相手を想定されており、俺に声がかかったという訳。
もちろん剣は木刀ではなくソフト剣と呼ばれる、怪我をしない配慮はあるけれど。
「先生は剣術の達人だと伺いました」
部長が話しかけてくる。
「達人というか、祖国で少しかじった程度だよ、さてアップはした?」
「「「「はい!」」」」
「よし、じゃあ早速始めようか」
とファテサと並び元断ちのしての役割を果たす。
俺は練習用の剣を握ると血ぶりをして対峙する。それだけで張りつめる緊張感。
「始め!」
と稽古を開始したのであった。
●
部員全員が肩で息をしている中、俺とファテサは悠然と立っている。
ちなみにケルシール女学院の学院生は、敷地内に軟禁状態だから対外試合が無いと思ったらさにあらず。公式行事と言ったものは特別外出が許されるのだ。
部活を強制する代わりのご褒美、数少ない楽しみなのだという。
という訳でルウ先生も含めて生徒も大会に向けて頑張っている最中らしい。
「「「「ありがとうございました!」」」」
という挨拶のもと、部活は締められる。
と挨拶した後すぐにファテサは格闘部員たちに囲まれており、タオル何か差し出されている。
もちろん、俺は放置である。
そんなファテサはタオルで汗を拭って差しだしてくれた生徒にお礼を言うと俺に話しかけてきた。
「お疲れさまでした先生、どうですか、これから食事でも」
「ああいいよ」
「「「ギロッ!」」」
うん、そして睨まれるのであった、怖いよう。
「先生」
「な、なんだよ」
「それでしたらシャワーを浴びるので待っていただけますか?」
「シャ、シャワー? あ、ああ、分かった、えーっと、俺は何処で待てば?」
「シャワー室の前で待っていればいいんじゃないですか?」
「あ、ああ、じゃあ」
「「「ギロッ!!」」」
「なんてな、外で景色でも眺めながら待っているよ((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル」
「絶対覗くつもりだったよね?」
「ナセノーシア達も被害に遭っているんだって」
「クエルも裸を見られたって」
「やだぁ」
覗いてねーよ、覗かねーよ、裸は一方的に見せつけられたんだよ、いや、王子と一緒に風呂覗きをしたことがあるけど、今はしねーよ。←言えない
――食堂
シャワーを浴びてきていい匂いがするファテサと合流、食堂に二人で辿り着いたが……。
「さて、ここは奢るか、何がいいか?」
「いいえ結構です」
ときっぱりと断られて、ささっと、注文を決めるファテサ、奢りを断った件については「あくまで正当な取分だけいただきますよ」とのことだ。
食券で1枚セットを注文して優雅に食べる、食べ方も綺麗だ。
(イ、イケメンだなぁ)
立ち振る舞いも含めて、思わずカッコいいと思ってしまった。男として、いや、これは流石に失礼だよなぁ。
なんかこう、今更ながらに、日常部に入ったこととか、どうして俺の愛人候補になったのだとか、色々と疑問が出てくるけど。
「先生は慣れましたか、女だらけの環境ですけど」
とファテサが聞いてきた。
「慣れたというか、まあ、迂闊な事をすると怖いなとは思う、総スカン食らいそう」
という俺の感想にクスリと笑うと少し考えて質問を続ける。
「先生は、今回女学院に赴任するにあたって男として何か気を付けていることはあるんですか?」
「ん? 清潔感」
「…………」
「容姿はどうにもならない。だけど清潔にすることは出来る、不潔だけは絶対に避けるつもりでやっているよ」
「それは好感度が高いですね。女性と接するにあたって清潔感と回答する殿方は多くない、大体は容姿と服装と答えますから」
好感度が高いか……。
あれは俺が小学生の時だった。
当時仲のいい女のクラスメイトがいて、結構遊ぶ仲だったんだが、当時の不潔っぽいクラスメイトの男子の扱いについてだが。
文字通り人間扱いしていなかった、ばい菌扱いしていたのだ。
それを見て俺は思った。
――「顔はどうにもならないが不潔だけは辞めよう! それならできる!」
うん、友人として仲良くなるのなら顔は関係ない、だって。
その不潔っぽいクラスメイトの容姿と自分を比べた時に、差なんて無いと思ったのだから。つまりこのクラスメイトと俺の差は「不潔か否か」という一点のみなのだということ。
と小学生ながらに悲壮感をもってそんな決意をしたっけ。
それが好感度が高いなんて言われるとは思わなかった、こんなところで役に立つとは思わなかったが。
「なあ、ファテサは、どうして日常部に入ったんだ?」
「ナセノーシアに誘われたからです。学院生活を楽しく過ごす、とても魅力的ではないですか」
「徒手格闘の手練れなのに?」
「私の中では、趣味に留めておくのが一番適切な距離感なんですよ」
「そんなものか」
「今はナセノーシア達と荘厳の儀やサクィーリア選挙、文化祭の方が楽しみでしょうがないです。女学院の最後の1年ですからね」
「この学院の関係はやっぱり後でも続くのか?」
「もちろんですよ、ここでの仲は、家同士を繋ぐ際の潤滑油にもなりますから。それに私の母は、当時の女学院の親友の兄に恋をして親友に取り持ってもらった程ですよ」
「ロマンチックな話だな」
「はい、羨ましいです」
「…………なあ、ファテサ」
「なんでしょう?」
「俺の愛人候補に立候補したのは何故だ」
「…………」
「…………」
「もちろん先生が好きだからですよ」
「そうか、いや不躾に失礼、別に含む意図はない、何かあれば言えって話だし、先生としてお前を守るよ」
「……好きなのは嘘ではないですよ。あのサクィーリアが一方的に負けるなんて初めて見ましたから、だからなのかクエルはすっかり先生が気に入ってますね」
「……クエルは頭のいい男が好きなんだそうだぜ」
「私は、尊敬できる男の人が好きです」
「……尊敬って、会ったことも無い俺をってことか?」
「まさか、会ってから決めるんですよ」
「今回俺を誘ったのも、その一環か?」
「んー、試すようなことをしたと捉えられてしまうのは心外ですが、否定はしません」
「ははっ、分かったよ、まあ存分に見分してくれたまえ、結論は任せるさ」
「……その結論が「尊敬できないから愛人にはなれない」だとしても?」
「もちろんだ、ファテサにはその権利がある」
「先生は、そう言われて不快感を露わにしないのですね」
「不快感? そんなものはないよ、まあ、実際に言われたら凹むと思うけどな、さてさてその愛人にならないようにするための質問だが、一番嫌いなタイプの男は何だ?」
「……女を物のように扱う男、ズルを平気で出来る男です」
「道理だな、俺もそんな女は御免だ」
「……先生は、怒らないのですか?」
「? ちょくちょく聞いてくるけど、どうして?」
「……殿方はプライドが高いですから」
「あ、ああ~、そういうやつか、まあでもカッコつけるわけじゃないよ、誰でもってわけじゃない、ファテサならって話さ」
「私なら?」
「正確には日常部の面々か、あのさ、はっきり聞くけど、俺の愛人となった場合、お前は他に男を作れるのか?」
「……女の場合は、作ったら不義密通の誹りを受けます」
「だろ? そして俺はその気持ちは分かる、何故なら俺は自分の女はいくらいても独り占めしたいと考える側だ」
「…………」
「幻滅したか? そして本来ならそれは通らない。だがそれがまかり通ってしまう、そんな不平等な関係、俺だったら無理だなって思う」
「…………」
「要は、日常部の面々に一目置いているのさ。だから日常部の面々に限り、存分に俺を試すなり何なりしてもかまわない、他の男ともどしどし比べてくれ。そして日常部の面々が「愛人になる価値無し」と判断したら甘んじて受けるさ」
「…………先生」
「なんだ?」
「愛人になっても私が他に男を作らないぐらいの男であり続けてくださいね」
「え゛!?」
「確かに不義密通の誹りは受けますが、それでも浮気は女も普通にしますよ」
と意味深に笑うファテサ。
「は、はい、が、頑張ります」
そうか、ただじゃ起きないか、そりゃそうだよな、都合のいい存在のままで終わるわけがないよな。
「先生は食後どうするんです?」
「ああ、うん、風呂入ってノンビリするさ」
「一緒に入りますか?」
「……辞めて、びっくりするから(*ノω・*)」
「ふふっ、押しに弱いのは本当なんですね」
後篇へ続く