第12話:二つの依頼・前篇
――日常部部室(俺の部屋)
「キタキタキタついにきました!」
「礼拝堂の幽霊の真相を暴けか」
「これをクリアすればやっとクエルもSランク!」
「早速、礼拝堂について調べないと!」
と生徒会室から帰ってきたクエルを囲む形でワイワイと盛り上がる日常部の面々だったが。
「…………」
俺はじっと依頼書を見ていた。
依頼内容:礼拝堂の幽霊騒動を解決して欲しい
報酬:食券1枚
依頼者:フィオ
非依頼者:クエル
条件:クエルのみで生徒会室に出頭すること
4日間以内に解決する事
「…………」
これは、やはりそうかと判断すればいいのだろうか。
「先生は喜んでくれないのですか?」
神妙な顔をした俺にクエルが問いかけてくる。
「まさか、ただ癖のある依頼をするなと思っただけさ」
「え?」
「この依頼、解決とは何なのかってことだよ、まさか本気で幽霊を見つけろってわけじゃないだろう?」
「…………」
「どうしたクエル?」
「サクィーリアと何かあったのですか?」
「どうして?」
「依頼を受けた時、神楽坂先生の間接的な協力は許可するという条件が付けられました、だから何かあったのかと思ったのですが」
「……ああ、中々に大したお嬢さんだったよ、即座に自分の不利を感じ取り撤退、俺の介在を見越して警戒されたか、うーーーん、迷ったんだけど、やっぱり早まったか」
何でもないような無自覚の神楽坂の言葉だったが、ナセノーシア達は驚いていた。
警戒に値する、あのサクィーリアが。
彼女は人気よりも政治力で信頼と信用を得たタイプであり、久しぶりに出た「セアトリナ卿のお気に入り」だからだ
「というか、先生が協力なんてしていいのか?」
「もちろんです、部活の強制は、荘厳の儀とサクィーリア選挙にも関心を持たせるためです。更に教職員からすれば担当したクラス及び部活からサクィーリアが出るのは、自身の評価向上につながるのですよ」
「えげつないなぁ、生徒達の評価が先生の評価になるのか」
「これが面白いのです、横暴な先生の下では、荘厳の儀も定期考査もサクィーリアも文化祭も大した成功が治められない」
「だが生徒達の成績をつけるのは先生だぜ」
「先生への不信は、部活を解散する事態だったり、先生もまた見限られます。そして過去その事例はあります。例えばルウ先生の前の格闘部の顧問の先生は、その、余りいい先生ではなくて、結果、全員が退部、その部員たちで当時新任のルウ先生を顧問に据えて立ち上げたのです」
「……ああ、なるほど、監督生制度を参考しているわけか」
「え?」
「監督生は、担当した修道院生達を評価する権限を持ち、修道院生の命ともいえる総合成績の1割を請け負う。だが監督生も修道院に見限られればそれは監督生の失態、そして監督生もまた序列をつけられるのさ」
「そういえば先生は首席監督生まで務められているんですね」
「その順位は最下位だったけどな」
「え!?」
「モストのバカボンの話はしただろ? それで殴り合いしてな、その結果当時の担任教官に発表会の出席停止、つまり0点、結果俺とモストは仲良く最下位なんだよ」
「…………」
「とまあ、そんな話はさておき、クエル、おそらく「間接的な協力は許可する」の間接的協力にの範囲内について、条件を付けたくせに具体的な範囲を質問しても明確な回答は無かったんじゃないか?」
「は、はい!」
「……なるほどね、生徒会はこの依頼については非協力的であるということか」
「そ、そんなの当たり前じゃないですか、これはテストなんですよ?」
「何言ってんだよ、依頼者が受けた人間に協力するのは当たり前の事だろ?」
「…………は、い?」
「これは依頼者がサクィーリアってだけで、食券の報酬を受け取る掲示板の依頼と変わらない、あのお嬢さんはわざと荘厳の儀を意識させてお前に依頼したのさ」
「…………」
「お前と一緒にじっと観察させてもらった時、複数で依頼をしたり、複数で依頼を達成したり、依頼者と請負者が相談したり、融通だって利かせていた。そりゃそうだよな、そっちの方が効率的なんだから。実際にクエルのノートの時だって、依頼の条件に「要成績証明」と書いてあっにも関わらず、実際「顔パス」を認めた」
「せ、先生、まさかとは思いますが、直接聞きに行くつもりだったのですか?」
「うん、ただ話しているだけでも情報は抜けるからな、ってことはだ、今回の依頼内容である幽霊騒動について、生徒会が何処まで知っているのか見えてきたんじゃないか?」
「え、え?」
「まあ落ち着きたまえよ、変だと思わないか?」
「へ、変って……」
「クエル、そもそも論としてサクィーリアが付けた間接的な協力の条件について従う必要はないだろ」
「え!?」
「だって依頼条件に書いてないだろう? これは立派な契約違反だぜ」
「書いてないって、でもそれは、先生が言った、融通を利かせるというか、暗黙の了解じゃないですか」
「そこだ、問題なのは」
「え、え」
「クエル、よく考えてみろ。お前をSランクにしようとする依頼は、儀礼的の有無も含まれる。となればわざわざ口頭で俺を直接的に協力させるなという条件を付けているにも関わらず、依頼書にそれを書かなかった理由が繋がらないだろ、書けばいいじゃないか」
「つ、繋がらないんですか?」
「繋がらないの、あの政治家のお嬢さんだ、これは「故意」だと考えていい」
「どど、どうして?」
「今回の肝は、このチグハグの部分がどの部分から来ているのか、依頼内容から来ているのかそれ以外なのか、どっちなのかがまず問題だろ?」
「……は、はい」
「ちなみに俺の勘だと後者、つまり直接依頼に関係ないからまずは置いておく。今は依頼そのものについて全力を注ごう。んでクエルこの依頼の肝は、分かるか?」
「えっと、その」
「考えろ、お前がサクィーリアとして考えるんだ、後継者候補を選定するのもサクィーリアの大事な仕事だ、なれば幽霊騒動を解決しろなんて依頼をお前がするのであればと考えろ」
「……わ、分かりました! 解ける答えがあるのか、それか与えられた課題に対してどう回答を導くかの過程を問われているのか、どっちかを判断すること!」
「そのとおり、それでどっち?」
「…………」
クエルは答えられない。
「わ、わかりません」
「答えは前者、解ける答えがあるのさ、つまりさ」
「サクィーリアは幽霊の正体を知っている、その場所は礼拝堂にある」
淡々と言い続ける俺に。
「…………」
思考が追い付かなくなったクエル。
っとと、そうだ、今は俺のペースで物事を進める場面ではないんだった。
俺は黙って続きを促す。
「……せ、先生、例えば、その、えっと……」
「思いついたことは何でも言ってみな、それが思考の海を泳ぐというものだ」
「そ、その幽霊なんて怪談は無料学校に通っていた時からありました。怪談は色々な場所から、色々な派生が考えられます、生徒会が幽霊の正体を知っているということは置いておくにしても、場所を礼拝堂に断定するのは視野を狭めるかと」
「ふむ、一理あるが結論から言えばそれはない、何故ならサクィーリアはミスを犯したからだ」
「え?」
「それがクエルの言った「俺とサクィーリアと何かあった」に繋がるんだが」
と俺はフィオとの礼拝堂での出来事を改めて説明する。
「…………」
それを聞いたクエルは呆然としていたが。
「先生、私たちはどうすればいいですか?」
そう問いかけてくる、このクエルの切り替えの早さは長所だ。
「明日一日かけて、今回の幽霊の話について4人は情報収集をしてくれ。情報収集の情報についてだが、1人1人にメモを取る形で作成してくれ。そしてその成果のいかんを問わず放課後は荷物を置いたらすぐに礼拝堂に集合だ、いいな?」
「「「「はい!!」」」」
「返事がよろしい」
――翌日・課外活動・礼拝堂
課外活動時間の礼拝堂は、相変わらずの無人。
その礼拝堂に俺達日常部は集まったのであった。
「以上が私が集めた幽霊騒動の噂話です」
とモカナが礼拝堂の机の上にメモを並べ終える。
「どうなの先生、これで本当に解決できるの?」
というナセノーシアの言葉だったが……。
「…………」
「先生?」
「いや、本当も何も、想像以上に頑張ってくれたよ」
俺が驚いたのは、その紙の量だ、ほぼ全生徒分の情報が揃っている。
これをたった一日で、成し遂げるとは。
そうか、こいつら人望があるのか。
「得難い人材か、凄いな、お前らは」
「え?」
「いや、なんでも、気合が入ってきたという意味だ。次は俺の番だな。まずはこの情報を整理する、具体的にはセンテンスごとに分けてみるんだ、そして同じような内容は同じ場所で並べてくれ」
「それだけでいいの?」
「ああ、まあやってみれば分かるよ」
と全員で情報をそれぞれにセンテンスごとに分けてみる。
さて、俺が今していることは、怪談の「尾ひれ」を排除するためだ。
怪談にはケルシール女学院に限らず色々な場所で色々な噂話があり、それは日本だってそうだ。
例えば今回の霊で言うのならルウ先生は「禁断の関係を憂いた心中した女子生徒」なんて言っていたが、色々聞いてみると大親友だった、男を巡った痴情のもつれ、中には国家の陰謀論まであった。
そんなこんなで分けてみると……。
「…………」
途中から俺の言った意味が分かってきた4人、結果に驚いているようだった。
「な? 明確に「重なってくる事項に偏りが出てくる」んだよ。さてこういう少数派は「尾ひれ」だから除外していい」
さて、噂につく「おひれ」についてだがひとつ面白い話があって、都市伝説を専門に研究している研究者が。
――尾ひれとは―人が知らないことを知っているという「虚栄心」から派生する物である。そしてその尾ひれは現実味が無かったり実現不可能な状況がついては削除される
と結論付けた話がある。
「さてさて、ここまで来れば分析は簡単、時間帯と場所が重複が突出しているな、これは信用に値する。それとモカナ」
「はい」
「お前は確か、ユタニル・パレーニルナ伯爵家の後ろ盾を得ているよな」
「はい、父は当主で枢機卿を務めております」
原初の貴族、ウィズ王国宗教担当、ユタニル・パレーニルナ伯爵家。
この家は、特殊な立ち位置で、教皇は民間人ではあるが「主神の御子」としての位置から例外的に、原初の貴族の当主が下につくのだ。
その教皇を補佐する10人からなる枢機卿団の首座枢機卿つまり団長は、ユタニル・パレーニルナ伯爵家の当主が務めることとなっている。
この家はサノラ・ケハト家の次に規模の小ささで、その伯爵家の後ろ盾を得ている貴族は彼女の生家であるログロ男爵家のみであり、当主は枢機卿を務める。
国家施策の中でリクスの相棒たるウィズを支えるためにウィズ教というシステムを構築したわけであるが、その部門において貢献するのが彼女の家だ。
つまり10人いる枢機卿団のうち2人が貴族枠となっているのだ。
「確か現サクィーリアのフィオもウィズ教徒だよな?」
「はい、熱心なウィズ教信徒の家系で、両親ともに司祭を叙階されています」
「となると、彼女個人としても放置できる問題ではなかったのか、そんな訳で、時間だ、場所は礼拝堂、全員で幽霊を探してくれ」
そして……。
「なるほどこれが幽霊の正体か」
探し始めるとあっという間に見つかった幽霊。
「ウィズ神……」
モカナの台詞は流石ウィズ教徒、光が反射して確かに彼女に似た形になっている。
「ああ、ウィズ神なんだよ、このステンドグラスが魔鏡の役割を果たしているのさ」
「魔鏡?」
「鏡に特殊な傷をつけることにより反射して映像を作り出すことができるのさ。モカナ、お前はどう考える?」
「魔鏡はより神秘性を高めるための物ですから公に作られる物ではありません、故にこれが偶然ではあるか魔鏡であるかどうかまではわかりません。ですがここまで完成度も高いとなるとおそらく作られたものだと思います」
「なるほど、ってなわけで、これで依頼は解決したな」
「先生、いつから気が付いていたんですか?」
やっぱり目敏いクエルが話しかけてくる。
「まあ見当という意味では最初からだよ……」
「…………」
「どうした?」
「先生、怒ってるの?」
「(うむむ)怒っているというか、まあ、行くぞ!」
――生徒会室
ノックして、俺達が入ると中にいたサクィーリア達は驚いたようだった。
その顔を見るに察した様子。
「……お見事」
クエルを見ながらそう言い放つフィオ。
「聞かないのですか、サクィーリア」
「はい、その顔を見ればわかりますよ、期限の4日間は長過ぎました。まさか1日で魔境と見破ったとは……、さて貴方はこれでSランク、きたるサクィーリア選挙で」
「いいえ、サクィーリア、この依頼を達成したのは私ではなく神楽坂先生です」
「…………」
フィオは虚をつかれた形で黙ってしまう。
(不器用な奴……)
「「「クエル!!」」」
3人が驚いて詰め寄るがクエルは首を振る。
「いいの、ですから私のランクは据え置きで、今度こそ実力で達成して見せます」
と宣言するが。
「貴方は勘違いをしています」
「え?」
「私がサクィーリアに当選したのは私だけの力ではありません。当時の先輩方やここにいる私以外の生徒会のメンバーが私を神輿として担いでくれたからです。そしてその担いでくれた人に、聖歌隊の顧問であるバイア先生も含まれます」
「そもそも今回の依頼の件で私は「神楽坂先生の間接的な協力は可とする」と伝えており、条件は満たしています。貴方は生徒会からの依頼を達成した事実は覆りません。もし今回の事で、貴方が自らの力不足を痛感しているのなら、選挙に向けて精進をしてください」
「……サクィーリア」
「まずは荘厳の儀、期待していますよ」
「はい、頑張ります!」
と踵を返して帰ろうとした時だった。
「お前らは先に帰っててくれ、ちょっとフィオに話がある」
「え?」
そう、ずっと言いたかったことがあるが……。
「いいえ、神楽坂先生、もしおっしゃりたいことがあるのなら、ここで」
そう返してきた。
(このお嬢様は……)
「やっぱり俺の行動を見越した上だったか?」
「ご想像にお任せします」
という俺とフィオの言葉を怪訝な顔で聞いていた周囲だったが。
「なら伝言を一つ、フロアに伝えておいてくれ「これは愚行でありあきれ果てた」ってね」