第11話:現サクィーリアとの邂逅
「はい、今日の授業はここで終わり。課外活動頑張ってな~、それと俺は当直だから、何かあれば当直室にいるぞ~」
ということでHRは終わり、課外活動に移る。
当直。
ケルシールの当直とは、昔ながらの学校内の宿直と同じだと考えていい、6人に1班編成で勤務に従事する。
そして当直室は女子寮にある、当直の先生は寮監業務も兼ねるのだ。
んで俺は例外運用とはいえ正規職員と同等の扱いだから、当直班に組み込まれている。原則違う科目同士の班編成だが、ルウ先生と同じ班に組み込まれている。
他は、理科系科目の先生2人と体育系科目の先生2人がいる。
当直勤務の一番重要な仕事は当然に生徒達の動静把握だ。
就寝点呼はもちろん、点呼後の学院生達の見回り監視業務、違反生徒への指導罰則、そして急病人が出た場合の対処。
その他敷地内の見回り、学校設備の施錠確認もする。
「さて、本日の引継ぎ事項は、神楽坂先生が当直班として加わります。ルウ先生指導をお願いしますね、その他特にありません。ただ定期考査が終わった直後で浮ついていると思いますので、規律違反だけ注意してください、最後に神楽坂先生、挨拶をお願いします」
とその後、お決まりの自己紹介の後、当直勤務がスタート
とまあ色々述べたが勤務内容というと、一時間程の見回りを持ち回りで行い、生徒達に就寝時間になったら前半後半に別れて、仮眠室で休憩を取るぐらい。
要は急病以外対応することはなく「事件」があったら、憲兵に引き継ぐ形となっている、まあ睡眠時間が削られるぐらいで楽そのもので、手当もそれなりの額が出るから不満も出ない。
先生たちは、当直勤務中、溜まった仕事を当直で処理したり、試験の採点をしたりしている。
女学院の勤務は聖職者というお題目の下、ありがちのやりがいの搾取もなく、離職率も低く、それでいてケルシール女学院の教職員は、嫁の貰い手にも困らないという一大人気だそうだ。
「さて、神楽坂先生、見回りに行きましょう!」
というルウ先生の主導の元ズルズルと、敷地外へ出たのであった。
当直時間と言っても課外活動が始まったばかり、まだまだ生徒たちの姿は多く、夕食やら何やらで遊んでいる生徒も多い。
「思ったよりも、ずっと開放的なんですね」
「はい、まあでも、色々とあるみたいですけど」
「ああ、まあ、そこら辺は……」
「ふふっ、神楽坂先生、言っておきますが女同士のいざこざには殿方は首を突っ込まないことですよ」
「……女の友人全員に同じことを言われましたよ、肝に銘じます」
「それが良いかと思います、さて! 折角なので、色々と案内しますね~」
そんなこんなで始まった見回りと称した、ルウ先生の改めての学校案内。
見回りは重要な勤務ではあるが、特に見回りコースは決めていないそうだ、これも先生によって違うらしく、決まったルートを通る人もいれば、その日のランダムで決める人もいるそうで、ルウ先生は後者だ。
ルウ先生は俺たちの職場である教育棟、当直室があり生徒達の住居場所である居住棟、ウィズ神を祭る礼拝堂、室内競技のための体育館、屋外競技のための運動場、図書館を案内してくれる。
正直細かいところも含めて1日じゃとても回り切れない、これも少しづつ覚えていく必要があるか。
そして礼拝堂に差し掛かった時だった。
「それでは神楽飾先生、礼拝堂をお願いします、私はここで待っていますから」
と立ち止まるルウ先生。
「へ? は、はあ、あの、ルウ先生は」
「無理ですね、この時間帯は」
「は?」
「出るんですよ、幽霊」
「…………」
凄い大真面目な顔で言われた。
「ゆ、幽霊ですか?」
「はい、ケルシールに伝わる有名な怪談の一つなんですよ、神楽坂先生は幽霊は信じないのですか?」
「そうですね、正直霊感が無いので全然……」
うん、幽霊は信じてない。ほら、ありがちの、幽霊が存在するなら、人間だけの幽霊はおかしいとか、死んだ人と動物霊で埋め尽くされるとか、そんなことを考えてしまうのだ。
「実はですね……」
と俺の心境を余所に語り始めたルウ先生。
その「怪談」の主人公はケルシール女学院の2人の生徒。
彼女たち2人は、仲がいいという言葉を超えた禁断の関係だったそうだ。
だがお互いに貴族令嬢であった2人は、関係を打ち明けることが出来ず、ウィズ神に自分の関係を来世に託し、礼拝堂で心中したのだそうだ。
「その霊を哀れに思ったウィズ神が加護を与えて、時間限定で復活させる御心を施したのです!!」
「へ、へえ……」
うん、多分、ウィズはそんなことは絶対にしていないと思う。この任務が終わったら本人に聞いてみようかな、キョトンとすること思うけど。
つまり、よくある学校の怪談か。
「私は怖いので待っています。よろしくお願いします」
「はあ、まあ、いいですけど、じゃあちょっと、見回ってきますね」
と礼拝堂の中に入る。
毎朝入っているけど、全校生徒関係者全員を数百人収容できるだけあって、改めてその大きさを体感する、そして礼拝堂に必ずあるウィズの巨大な肖像画。
そして辺りはシンと静まり返っている。
「…………」
いや、別に幽霊とかの話を信じるわけじゃないけど、扉が閉じた瞬間に、いきなり静かになるじゃん、それって結構寂しく感じるというか。
うん、適当に見回りして、終わらせるようにして。
「神楽坂先生」
「ぎゃあああ!!!」
ピョイーンとジャンプしたところで慌てて振り返る。
振り返った先、自分のリアクションに驚いたように立っている女子生徒がいた。
その女子生徒の顔を確認して、次に確認するは襟もとに輝く紋章を確認、ケルシール子爵家の紋章が彫られている。
「…………」
女学院でその徽章をつけることを許されているのは、わずか4人。
「お待ちしておりました。神楽坂先生」
そう、話しかけてくる女子生徒。
彼女を知らない人間はこの学院にはいない。
「初めましてだね、フィオ・コールシさん」
そう、紋章を身につけることが許されるのはケルシール女学院生徒会の面々、彼女はその頂点に位置する人物、、生徒会会長、つまり現サクィーリアだ。
●
フィオ・コールシ。
特別入学枠で入学後、めきめきと頭角を現し、昨年、荘厳の儀の唯一の達成者。
その後のサクィーリア選挙に当選、予算決議、文化祭を成功させた女子生徒、今では、セアトリナ卿の秘書の末席に名を連ねている。
「…………」
それにしてもどうしてここに。
「どうして、こんなところに、という顔ですね、神楽坂先生」
「そりゃね、それで答えてくれるのかい?」
「ルウ先生と見回りをしていると聞き及んだので、こちらで待っていた次第です」
「わざわざ?」
「はい、色々と曰く付きの殿方、興味が出るのは当然の事ではないかと、それに失礼ながらルウ先生は怖がりなので、別行動をするのではないかと思っていました、それにしても噂と違い可愛い人ですね、先生は」
「か、可愛い? なんでだよ」
「私と幽霊と間違えて怖がって飛び上がるところとか……」
「……うるさいな」
「先生、突然ですがクエル・ケンパーは教え子ですよね」
「そうだよ」
「先生の愛人候補の1人で間違いないですか?」
「急になんだ?」
「彼女がサクィーリア選挙に出馬することは知っています。そして我が生徒会が管理する数多いる候補者の中でトップであるAランクを与えています」
「まさか、俺の愛人候補だから立候補を認めないとか、そういうことを言い出すんじゃないだろうな」
「それこそまさかです先生。それと先生を含めた殿方は勘違いしています。愛人はそもそも無能では務まりません、阿婆擦れでは務まらないのです。何故ならケルシールの品格を落とすからです。愛人候補として選抜されるだけで、有能の証拠となるのですよ」
「……それで?」
「近々、私が直接名指しで彼女に依頼をします。これを達成できれば、正式に立候補者として認定されます、それを伝えに来ました」
「それをどうして俺に言うんだ?」
「日常部の顧問ですから。まずは先生に話を通さないと」
「分かったよ、筋は通したという事か、後は好きにしてくれ」
「……何も聞かないのですか?」
「そういう反則は好まないし、面白くないからな」
「……そうですか、んー」
と顎に指をあてて考えると俺に問いかけてきた
「先生、クエルに対して私が何を依頼するのか当ててみてください、それでしたら」
「この幽霊騒動の解決、だろ?」
「っ!!」
一瞬表情が変わったが、すぐに平静に戻る。
(まだまだ若いなぁ~)
「……どうして?」
「勘だよ、当たっていたなら何より」
「…………」
「別にあてずっぽうってわけじゃない、勘ってのは経験と演繹に裏付けられた立派な理論だよ」
「その経験と演繹を」
「お前は今、俺を待ち構えていたといったが、ルウ先生の見回りルートも場所も完全にランダム、故に今日、この日にこの時間に来るのは予測できないのさ。そもそもルウ先生はお前も知ってのとおり怖がりなんだろ? だったら「よりによってこの時間に礼拝堂に来てしまった」と思ったんだろうし、そんな顔をしていた、つまり偶発的に来たのさ」
「だからまず「待っていた」はおかしい。俺の後をつけているのならともかく、その気配も無かった」
「……気配なんてわかるんですか?」
「んー、サクィーリアってのは実は、いつ来るかもわからない俺を待ち構える程に暇、ということだったら俺の推理は茶番だ、勘ってのはそういう意味だよ」
「……勘とは言い得て妙、随分と荒い推理です、それがどうして依頼内容を知っていたことに繋がるのかも」
「だから、その調査の為にここにいたんだろ?」
「っ…………」
「つまり「どうして今ここに生徒会長がいるのか」と「どうして俺に対して待ち構えていた」とわざわざ宣言したのかが焦点になってくる。この二つを繋ぐべきか切り離して考えるべきかについては、「俺に依頼内容を当ててみろ」という質問時点で「現段階で当てられる材料がある」ということになる、つまり前者だ」
「そう考えるとこの場にいることが依頼内容に直接関係してくる。つまり幽霊騒動について、サクィーリアが直々に調査に乗り出す根拠があるってことだ。そして当然、その答えは「心中した生徒達の霊ではない」と考えて動いている」
「俺が現れたのは予想外だったのだろうが、素直に予想外だと言えばよかった。依頼することも言わなければよかった。これ幸いに曰く付きの俺を試す意味でも「待ち構えていた」というハッタリを打ったのだろうが逆に失言だったな」
「……先生、それが依頼内容を知っていた根拠だというのなら弱いと……」
自分で言っていて気が付いたのだろうはっと気が付く。
「先生は、私の反応を見ていたのですか!」
「やっと気が付いたか、お前の反応は「そうである」と自分で言っているようなものなのだよ。勘だと言っただろ? おっと怒らないでくれよ、試したのはお互い様だぜ」
ここでフィオはすっと頭を下げる。
「なればこれ以上の問答は無用、反則を好まないとはそういう意味だったのですか、確かに私の失言であり、落ち度です。申し訳ありませんでした、先生」
「こちらも悪かったな、でも流石、話が早くて助かるよ」
「とはいえ幽霊問題など馬鹿らしいとは思わないでください。実際問題、幽霊を怖がってしまい聖歌隊が練習時間が減っている、これは問題であるのも事実です」
と「近日中にまた」と言ってフィオは後にした。
――生徒会室
部活棟。
文科系体育会系の部活動に伴う部室は全てここに存在する。
彼女が入った瞬間にたくさんの生徒達から「ごきげんよう」と挨拶をされるフィオ。
「流石現サクィーリア、立ち振る舞いからして違うわ」
「就任する前から上流に一目置かれていたもの」
「久々出た名君と呼ばれるサクィーリアですものね」
「ただ、あの方は唯一の瑕瑾が……」
という声を受け流し、そのまま最上階へ向かう。
生徒会室は、1フロア全てを占領していながらメンバーは会長、副会長、会計、書記の4名、その人数の為だけに明らかな不必要な広さを持つ。
その差別ともいえる待遇は頂点の証だ。
「お疲れ様」
扉を開けた先、中にいた他の生徒会面々が出迎えてくれる。
「お疲れ様ですサクィーリア、首尾は如何でしたか?」
副会長が話しかけるが。
「…………」
すぐには答えないフィオだったが。
「調査中、期せずして、神楽坂先生と接触することが出来ました」
フィオの言葉に緊張が走る。
神楽坂イザナミ、現在のケルシール女学院の話題の中心であり、虚々実々、様々な曰くがついた人物でもある。
「どうでしたか?」
「ぱっと見本当に冴えない、修道院最下位というよりも、そもそも修道院に入れるほどの才気も感じませんでした、ですが取り扱いには気を付けて」
「……気を付けるとは?」
「あの先生は、迂闊に話すと全てを見透かされる恐れがあります。私は愚かにも油断をして失敗をしました」
「サクィーリアが失敗とは珍しい、どのような?」
「例のクエルへの依頼の件、偶然見回りで先生とかちあった時、ほんの力を試すつもりで「どのような依頼か当ててみろ」と言ったところ即答されました」
「…………」
「これは荘厳の儀、サクィーリア選挙に関わること。それを触れ回るような人ではないと思いますが、ママ先生の息のかかった人物相手にこの失態と言わざるを得ません」
「ということは無能といった前評判は?」
「その点については保留、ですが神楽坂先生は、ケルシール子爵家によくいる支配された男ではく、女の言いなりになる駒ではなかった」
「…………」
ここで書記が封書を取り出し、それを見て差出人は確認するべくもないと少し顔をしかめるフィオ。
封蝋を解き内容を確認する。
「……はぁ、どう返事をしたらいいものか」
差出人はフロア・ケルシール・ノトキア。
フィオが入学した時の2年生に在籍しており、次期女王の片鱗を見せて当時学院を支配をしてきた女子学院生。
フィオがサクィーリアとなる上で彼女の影響は当然に無視できず、繋がりを持つことになってしまった。
彼女についての唯一の「瑕瑾」は、彼女の影響力が未だに排除できないことである。
その手紙の内容については……。
「神楽坂先生を探れと漠然と言われても、何をどうすればいいのか」
フィオは、神楽坂が赴任するにあたり、動向を探れという密命を受けていた。
だが探れというだけで、具体的な指示が何もない。
そもそも神楽坂が失言と評した言動はフィオの本位ではないのだ。
「進捗状況は未だ成果なし、それどころか失態を晒したと言えば、フィオ嬢の反応を考えるだけで気が重いですね」
「しかし、フィオ嬢はどうして、そこまで神楽坂先生を気にかけているでしょうか」
「……それが一番判断しかねます」
「サクィーリア、赴任する直前、フィオ嬢が言っていた神楽坂イザナミはイカれていると、そこに王国二大美女が惚れていると、その部分では?」
「口を慎みなさい、原初の貴族では異端であるとはいえ、我々がどうにかなる相手ではないのです。神楽坂先生の仲間ともいわれる原初の貴族の直系三令嬢を敵に回すことは上流において死に等しいことですよ」
「失礼しました」
「サクィーリア、その、ママ先生に報告をした方が」
「その部分が一番厄介なのです。報告をすれば影響は排除できるでしょうが、下手をするとフィオ嬢の不興を買いかねない。それは避けたい、ですがこのまま無視も出来ない、本当に面倒です」
「…………」
「ですが策はあります」
「え?」
「きせずしてと表現すればいいでしょうか」
「? サクィーリア、どういう意味です?」
「この状況の解決に導くキーとなる人物は、まさに神楽坂先生という事ですよ」
断言するフィオに戸惑う生と科の面々。
「これは想像以上に面白くなってきたかもしれません。曰く付きの神楽坂先生が自身の愛人候補達で構成される日常部の顧問に座り半同棲状態、そしてナセノーシア達がどう動くのかもまた、今年の荘厳の儀とサクィーリア選挙、楽しみです、そして他の有力候補の2人がどう動くのかも注目ですね」
「フィオ嬢への返事は調査中という事で少し先延ばしします。さて、となれば早速、正式にクエルへ依頼をしましょう」