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第10話:親睦会


――夕食時


 夕飯時間前に俺は女子寮を出て、クエルは食堂に向かわずナセノーシア達と合流することにしているそうで、親睦会に備えて間食を夕食代わりに食べるそうだ。


 そんな俺は食堂で空気を読まず食券3枚のメニューを食べている時だった。


「神楽坂先生」


「こんばんは、ルウ先生」


 と食券1枚のメニューを持ったルウ先生が現れた。


「ルウ先生は、今日は帰らないんですか?」


「いえ、ちょっと残業をしようと思って」


「だったら一緒にどうですか? 同じ歴史担当同士、親睦会代わりに」


「はい、いいですよ」


 と俺の前に座るルウ先生。


「ルウ先生、あの4人組って、付き合いが長いんですか?」


「クエルとは入学後に仲良くなったみたいですけど、他の3人は昔馴染みみたいで、気が合うみたいで、ずっと一緒にいますよね」


「なるほど、確かにあの4人の中でクエルだけが庶民ですよね」


「はい、彼女は……」


 ここで言い淀むルウ先生。


「知ってます、彼女はスラム出身ですよね」


「はい、でも彼女は腐らず努力して認められて、現在ここにいます。ですが居場所はここにしかありません。だからこそあの3人の事をとても大切にしており、上昇志向がとても強いのですよ」


「……納得できる話です、ということはサクィーリアに立候補することも」


「もちろん、最終候補は例年のとおり、荘厳の儀の時だと思いますけど、神楽坂先生は……」


「当然に協力しますよ、日常部の顧問ですからね」


「……その様子だと、掲示板のことは御存じみたいですね」


「はい、あれは面白いですね。学院長が黙認ってのがまた、本当に修道院のシステムを本当に良く意識している」


「そうなんですか? 修道院の知り合いっていなくて、よければ話してくれませんか?」


「いいですよ、といっても、私は異端の落ちこぼれですけど」


 といって話し始める修道院入学から首席監督生の時までかいつまみながら、モストのことも交えて話す。


「そ、それは、なかなか」


 引きつって笑うルウ先生に吹き出してしまう。


「まあ、アイツが俺を嫌う理由も分かるんですけど、だからといってそれに合わせる義理も義務も無いので」


「そ、それを本気で言う神楽坂先生も……」


「……修道院に適合できず色々とすり減らして、行き詰った修道院生も見てきましたからね」


 行き詰った修道院生。


 ティラー・ユダクト、メディから色々話を聞いている。ローカナ技官中尉の厳しい指導の下、少しづつ成果を出し始めているそうな。


 赴任当初は表情も暗かったが、今では笑顔を見せるようになり、研究に没頭しているそうで、文官少尉から技官少尉への身分転換試験の為に頑張っているそうだ。


 思えばティラーは、立場の弱さをモストに利用され、失敗すると使い捨てられてしまった。貴族枠の制度に適合できなかった例だが、その貴族枠だって例外じゃない。


 トカートの話を聞いてそれは分かった、爵位を持つ貴族は地位のみ安泰で、その実態は厳しい。


 トカートは文武両道、優れた能力と才能を持つが、政治的な力はないが故に、攻を焦り懇談会で失敗してしまったのだから。



 創作物語では、能力で人の優劣が決まる方式が採用されている。



 だが現実社会は、優れた能力を持つことが優秀の定義ではない。



 はっきり言ってしまえば優秀という評価に優れた能力なんて必要ない。俺の期で例えるのならばモストに認められれば、後はどうでもいいのだ。



「神楽坂先生?」


「っと、失礼、話しているうちに修道院時代のことを色々と思い出していたんです」


「…………」


「今度はルウ先生の話を聞かせてくださいよ」


「私ですか? 私はここの特別入学枠の卒業生なんですよ、出身は庶民です」


 ルウ先生の場合は、学業よりスポーツの分野で認められた人なのだそうで、その能力を見込まれてスカウトされたそうだ。そして在学時は徒手格闘部で王国女子大会まで出場した猛者である。


 彼女自身もセアトリナ卿に気に入られ、将来の体育の家庭教師として期待されたが、本人は元より歴史に興味があり、大学で歴史を必死で勉強を重ね、歴史教師として赴任したそうだ。


「私の前任のヒネル先生は、どんな人だったんです?」


「はい、クロラ部の顧問を務めていてとても真面目な方でした。生徒にも人気があったと思いますよ」


 ヒネル先生は、某子爵家の傍系の貴族令嬢、育ちよく育った彼女は、シェヌス大学こそ合格できなかったものの、ラメタリア王国の大学に海外留学、そこを卒業し、いくつかの学校で教鞭をとった後、ケルシール女学院の歴史教諭に採用されたらしい。


「ヒネル先生の産休になったという話ですが、急な話だったんですか?」


「…………」


 ルウ先生の表情が曇る。


「神楽坂先生の表情を見ると、噂は聞いたみたいですね、失踪したなんて言われていて、全くもう」


「ただの産休なんですか?」


「当たり前じゃないですか、ヒネル先生とは一緒に仕事をしている仲です。恋人がいることは知っていましたし、結婚の話も出ているとか」


「え? 産休って」


 ルウ先生は慌てて口をふさぐ。


「まあ、順番はともかく! 学院長からは産休に突然入ったのは、つわりが酷くて、勤務できる状態じゃなくなったからだという話がちゃんと出ています! 挨拶する暇も無かったという事なんです! 女が子供を産むのは大変な事なんですよ! 神楽坂先生は分かっているんですか!」


「は、はあ、そうですね、分かっているとは言い難く、こればっかりは、男の私は頷くしかなくて」


 とプリプリしながら食事をするルウ先生。


 失踪……。


 未だ何も見つけられない。無論失踪となり事件性が認められれば、憲兵の領域となり動かせるが、産休と認識されているから、憲兵も使えない……。



「……正直言えば、結果は出ているか」



「え? 神楽坂先生? なんて?」


「え!? あ、あの、俺なんか言ってました!?」


「はい、結果は出ているとか」


「あらら、すみません、考え込んでしまうとつい独り言が出てしまうんですよ」


「そ、それに……目が怖いですよ」


「そう、ですか? えっと、えっと、バイア先生に感化されたんですかね?」


 とキョトンとしている先生だったが、口押さえて必死で笑いをこらえ始めた。


「か、神楽坂先生って、面白いですね、バ、バイア先生に感化されたって!」


 笑うルウ先生はやっと表情を崩す。


「本当に仲良くやっているみたいですね、頑張ってくださいね」


「はは、頑張ります」




――俺の部屋(日常部の部室)




 食事を終えて自室に戻ると、卓の準備は整っており、早速とばかりに4人で打っているようだった。


「あ、お疲れ様、先生、どうする、さっそくやる?」


「用意が良いな、もちろんだ、さてさて、色々考えてきてな、まずルールについてだが、時間を考えれば2荘ぐらいでいいか?」


「いいよ」


「よし、ワンツーのウマ、オカは通常の3万点、差しウマは無しにするか。喰いタンありの焼き鳥無しでいくぞ。レートは、そうだな、学生であることを鑑みるとレートは2万で食券1枚、端数は切り捨て、これなら大敗しても痛手にはならないだろう」


 という俺であったが。


「……先生、レートだけ変えてほしいんだけど」


「ん? 少し高すぎたか、まあ確かに、4回連続最下位だと結構な枚数を吐き出すことになるし、麻雀じゃ十分にありうるね。となれば4万点の端数切りで1枚ならどうだ?」




「1000点で食券1枚」




 俺にかぶせる形の言葉はナセノーシアだ。


「…………」


「…………」


「すまん、よく聞こえなかった、もう一度」


「1000点で食券1枚」


「…………」


 繰り返す、食券1枚はそれなりに高額だ。その食券は先生にだけじゃない、生徒にも購入権を設けているとは述べたとおりだが、食券を「支給」する背景は経済的事情も考慮されているからだ。


 俺は周りを見るが全員が頷く。


 短期決戦とはいえ、滅茶苦茶高レートだ、学生どころか勤め人のレートですらない、しかもそれを所持制限がない教職員に相手のギャンブル。


 はっきり言えば正気の沙汰じゃない。


「……食券が払えない場合はどうする? 悪いが借金は認めないぜ、俺は意味のない借金ってのは嫌いでね、それを生徒たちに負わせるのは悪いが論外なんだよ、それにクエルは将来のための貯金でもある筈だ」



「夜伽をするよ」



「…………」


「安心して先生、私達が一緒に暮らすという事について当然にそれは想定されている。そして私たちはママ先生に言われている「時と場所と常識を弁えれば構わない」とね」


「常識には引っかかるんじゃないか?」


「引っかからないよ、何故なら」



「ヘタレな先生には、こうでもしないと駄目でしょ?」



「…………」


 だそうだ。


 挑発的なナセノーシアの言葉ではある、だがそれで頭に血が上るほど幼稚でもない。


 とはいえ、何となくわかっていた、この4人から俺を「安全な男」だと思っている、つまり「舐められている」と。


 まあいい、特に気にするべき所じゃない、だけど男としてではなく先生として俺がやらなければいけないことがある。


 なれば……。



「分かった、そこまで言うのなら食券で払えなかった場合はマジで夜伽をしてもらう」



 ピンと空気が張り詰める。


「さて、夜伽とはいえ賭けに負けた代償である以上主導権は俺にあるのは分かるな? そうだな、仮に3人が箱割れた場合は、3人いっぺんに相手してもらおうか?」


「「「「…………」」」」


「幻滅したか? 俺はこういう男なんだよ、残念だったな、ま、男を見る目の無い自分を呪うんだな、おっと、今更、やっぱりやめるは聞かないぜ」


 俺は卓の席にどかっと座る。


「さて、始めよう、サイコロを振るぜ」


 正直、この言葉は言っている自分でもきつい。


 だが、今後の人生で、冗談抜きにして男の危険な部分を理解するのは大事だ。もちろん男のほとんどが理性的だ、だが女と物としか考えていない男はいるし、そして全員が理性的ではない。


 そして油断した結果、襲われてからでは遅い、何故なら力では絶対に男には勝てないからだ。


 先生として俺に出来ること、それは可愛い教え子たちが、身も心も傷つく事態に遭わないようにすること、恨まれてでもここはちゃんと教師として教えるべきであろう。


 まだ短い付き合いだが俺はこの4人が好きだ。仲間意識も高く一致団結した関係、末永く続いて欲しい。


 っと誤解しないでほしいが勝ったとしても当然に夜伽なんてさせない、とはいえ押し倒すぐらいはしないといけないか。


 そう、これはこんな感じ。



――「せ、せんせい、じょうだん、だよね?」


――「は?」


――ドンと突き飛ばしてベッドに倒れ込む。


――「さんざん夜伽をさせると言っただろうが、いや、女日照りだったから丁度良かったぜ、まあ、体はガキだが、顔は美少女だ、文句はないか」


――「い、いや、や、やだああぁぁ!!」



 と、服に手をかけたところで終えて、デコピンして説教して終わり、こんな感じかな。



 まったくしょうがない、本当に手間がかかる我が教え子たちだ。




――そして……




「はい、先生ロン、七対子ドラ2」←クエル


( ゜д゜) ←神楽坂


「え、えーー!!」


「というか、この七対子臭い捨牌にどうしてリーチかけたの? 手牌見せてみて」


「って、リーチのみのイーハン!? なんで!? 降りなよ!」


「いやいやいやいやいや!! そのツッコミってさ! お前ら麻雀初めてじゃないのか!?」


「初めてだけど、ルールブック読んで実際に打ってさ、確かに運の要素が含まれるなって思ったんだけど、セオリーはあるという結論に至った」


「せ、せおりー?」




――結果




「通らず、先生ロン、清一色」←モカナ


( ゜д゜) ←神楽坂


「というか先生、顔に出過ぎです、面前とはいえこんな見え見えの染手に、どうして振り込むんです?」


 と俺の手牌を覗き込む。


「ああー、先生も跳満張ってたんですか、逆転にはそれしかないけど、次に繋ぐって判断も大事です。そもそも運という理不尽に耐えるって先生の言葉ですよ、しかも待ちが字牌とはいえ初牌、厳しくないですか?」


「私は止めたよ、先生自信満々だったから、字牌待ち臭いなって思ってたら、重なって暗刻になった」←ファテサ


(´;ω;`)ウゥゥ ←神楽坂


「これで先生が箱割れで終わり、清算すると先生が最下位で……-44、うはあ、負けたねぇ~、はい、食券」


 手を出すが……。


「先生、だから食券」


「そ、その、今日はもう、手持ちが、なくて、その……」


 俺の言葉にニヤリと笑うナセノーシア達。


「せんせぇ~、こまりますねぇ~、食券を持たないでギャンブルですか~」


 とナセノーシアが俺のとかっと左に座る。


「食券も持たないで、賭け事とは感心しませんね」


 次にクエルが、右に座る。


「先生といえど、払うものは払っていただかないと」


 次にファテサが、後ろに立つ。


「ちょっと事務所に来てもらえます?」


 前からのぞき込むモカナ、前後左右から美少女達に囲まれる、何て嫌な絵面のハーレムだ。


 しかし、どうしよう、結果、無茶苦茶負けがこんで、初期で持ってきた食券は全部使ってしまった。


「あ、明日までには……」


「明日? 先生、官吏なんでしょ? 本当にお金あるの?」


「大丈夫だから! 本当に大丈夫だから!」


「お金ないって自分で言っていたじゃないですか」


「信じて! アテがあるんだ!!」


 との言葉に4人は考えると。



「先生、負けた相手が私達で良かったですね~」

「本当なら、ギャンブルの負けにおいて信用なんて存在しません」

「それは先生もよく分かっていますよね?」



「よくわかったでしょ? ギャンブルは怖いんだよ?」



 と生徒達に教えられたのであった。




――翌朝・礼拝堂・朝礼の後




「早速動いているようですね」


 ふと、朝会の後、そんなことをセアトリナ卿が話しかけてきた。


「食券ことです、総務より報告を受けました。相当数持っていたようですが、2日目で大量の追加購入申請、赴任して二日、既に貨幣としての価値は知っている様子ですね」


「……ええ、綺麗事抜きに金は強い、それを認めないと話になりません。しかしセアトリナ卿も抜かりがない、上流の格差を3倍にまで縮めるのはえげつないですね」


「……ほう、それを即座に見抜いた人間は余り多くありません。だからこそ教師には無制限の所持を認めています、ですがそれを本当に実現する教師はあなた以外にいませんでしたが」


「1人もいなかったのですか、それは意外です」


「思い付いてもやらない、というのが普通でしょうけどね」


 とクスリと笑うセアトリナ卿、ま、女王に目をつけられるのが恐ろしいのだろう。


「さて、結果、貴方はここで最強の力を得ました、そんな貴方がここで何をするのか興味があります」


「私の噂は御存じの事でしょう? 大したことは出来ませんよ」


「私の経験上、そういう人間が一番何かを「やらかす」のです。やはり貴方は面白い、ナセノーシア達も実際に会っても尚、いえ、会った後に更に気に入っている様子、これは先生の男の評価も見直さざるを得ませんね」


「過分な評価です。フロア嬢の評価が適切かと」


「娘が未熟なのもまた先生はご存知の筈、神楽坂大尉、彼女たちは覚悟を決めています。繰り返しますが、時と場所を選び、常識さえ弁えていれば、後はどうとでもどうぞ」


「セアトリナ卿、恥を承知で申し上げれば、私は生徒達から教えてもらっている有様なんです。頼りなく、情けなく、幻滅も何回もさせてしまっているでしょうね、そちらのご期待にも沿えないと思います」


「生徒達に教えてもらう、その言葉、教師としても頼もしい限りですね」


 お互いに不敵に笑う。


 すいません、実は女子生徒達に対してギャンブルで体を賭けさせた挙句、大負けして食券全部巻き上げられました。


 凄い、字面を見れば完全な不祥事だ。


 ふう、それにしても万が一を考えて金はかなり持ってきたのが幸いした、王子、ありがとうございます。


 それをまさかこんな形で吐き出すとは思わなかった、すみません、王子。



 というかお嬢様学校なのにお嬢様は一体どこにいるんだろう。



 初めて来たときは、確かいい匂いがした筈なのにな。


 ああそうか、ミローユ先輩がここのOGなんだよな。


 色々想像以上な感じで今後が不安になるのであった。



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