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第9話:サクィーリアへの道


「これが食券の使い方の一つ、食券という対価を提供して利益を得る、利益を提供して対価を受ける」


「はー」


 と感心するしかない、色々な内容が書かれた紙が張り付けてある。


 食券が貨幣として流通を始めたきっかけは、要は「ノートを見せてくれたら飯奢るぜ」みたいなノリで始まり、それが発展し自然とできたのがこの掲示板の始まりだそうだ。


「こんな感じで色々なクエストがあるんだけど、クエルはここでは「凄腕」なのよ」


「凄腕?」


「やってみた方が早いよね、クエル」


 とクエルが頷く。


「先生、見ててください」


 とじっと眺めると、一枚の紙を外し俺に見せる。



――依頼内容:歴史のノートを写させてください

  報酬:食券1枚

  依頼条件:歴史の成績上位1割以内の人に限る

  その他:要成績証明

  依頼者:1年7組・コロウ

  依頼方法:放課後は大体自室にいますから3階の34室まで直接来てください



「今からこれを受けます、付いてきてください」


 とクエルについていく、依頼者が指定した指定された3階の34室をノックすると、女の子が顔を出した。


「あ! クエルじゃん! どうしたの?」


 と気さくに話しかけると彼女に対して依頼書を見せる。


「え!? 本当に!? クエルが受けてくれるの!? ラッキー!」


 とウキウキしてて、部屋にこもると食券1枚を差し出してくる。


「私さ、このままだと成績不良者として張り出されちゃうからさ、もしそうなら実家に怒られるどころじゃないからさ、なんとしてでも赤点を回避したかったの!」


「成績証明は後でいい?」


「いらないいらない! 学年首席様のノートは凄い分かりやすい全員が欲しがる垂涎の逸品だからね! でも……」


 ここで俺を見る。


「先生が例の、確か神楽坂先生ですよね」


「そうだよ、クラスは違うけど、歴史担当、何かあればよろしくな」


「はい、あの、ここにいて、いいんですか?」


「ああ、学院長にはこんな感じでクエル達の立会があれば許可されているよ」


「いえそうじゃなくて、このやり方って、先生方は……」


「ああ、なるほど、大丈夫だろうよ」


「そ、そうなんですか?」


「この学院じゃ学院長の黙認は公認ってことだろ? 駄目ならとっくになくなっている。つまり学院内における食券を手に入れる手段としての正当な対価ってことだ、むしろ感心してたところだ」


「……ふーん、ほー、へー」


 とじろじろ見られる。


「なるほどね、頑張ってね、応援してる」


 変な感じに納得すると、クエルも特に否定することもなく歴史のノートを差し出すと彼女は「嫌だなぁ、勉強嫌だなぁ」と言いながら部屋の中に戻った。


「これで依頼達成、食券1枚、これで貯金できる」


「…………面白い、そしてクエル自身の信用も高いのか、流石全科目で上位10位に入っているだけあるな、ちなみにこの学院内において成績はどの程度大事なんだ?」


「修道院みたいに厳格ではないですけど成績優秀者と成績不良者も張り出されるから、メンツにかけてそれだけは皆避けます」


「成績不良者がいない場合なんてあるのか?」


「それが普通ですよ、だからこそ不名誉なんです。ちなみに希望すれば自分の順位は教えてもらいますけど」


「なるほど、そこも修道院と一緒か」


「え?」


「赤点者は公表され補習を課せられる。成績優秀者も張り出されるがそれ以外は自分の順位は分からない。自分の順位は希望すれば教えてもらえる」


「……先生、聞いていいか分からないけど、赤点は沢山取ってたんですか?」


「まさか、赤点取ると教官に辞めろって追い込みかけられた上に補習が面倒だから、赤点を10点ぐらい超える点数の答案を出した」


「え、ええー?」


「それを当時の担任教官に見抜かれてな、長期休みで海外旅行に行こうとしたら課題出された(ノД`)シクシク」


「だ、だったら先生は、最下位って順位はどうやって知ったのですか? 担任教官から知らされたんですか?」


「いいや、当時の修道院長だったロード大司教からさ、聞いてもいないのに、嫌味たっぷりで前期試験の時は「最下位おめでとう、多神教の国家の意地を見たかったがな」と言われた上に赴任決定前に「最下位のお前だと辺境都市しか枠が空いてなかった」とかさ、大事な事なのか2回も言われた」


「ええーーー!」


「まあロード大司教は一流の政治家でもあるからな、モストとの繋がりは有名だったし、媚びを売るためのダシに使うにはもってこいだったんだろうな」


「…………」


「幻滅したか?」


「幻滅というか、先生は本当に修道院生なのですか?」


「それもよく言われる、まあ色々あるのよ。それにしてもこのギルドシステムは使い方次第で本当に色々と出来るんだな」


「はい、それにこういう依頼を通じて仲良くなったりすることもありますから」


「繋がりも大事だからか」


「それにこの手の依頼が一番多いんです、ケルシールは勉強が出来れば、かなり稼げます。入学前から聞いてはいたけど、こんなに稼げるとは思いませんでした」


「クエル、お前は……」



「先生なら知っていますよね、私は首都のスラム出身であることを」



「……知っている」


「言っておきますけど、両親からはちゃんと愛してもらいましたよ。それにウィズ王国は弱者救済に力を入れていますし、飢えたわけではありません」



「ですけど、ただそれだけの世界でした」



 貧困。


 前にも何度か述べたが、貧困を日本の尺度で計ってはいけない。想像を絶する貧困が世界にはあり、日本が際立って治安がいい理由の一つに貧困がないからだ。


 ウィズ王国もそれは分かっていて、貧困対策には注力しているが、日本のそれに比べればまだまだで、クォナの個人活動としての孤児院運営に頼っている部分も大きい。


 クエルは、クォナが運営する孤児院の分野である無料学校に通う傍ら、積極的に王国主催での学科試験を受験し、ケルシール女学院へのアピールへの成功、特別入学枠にて入学を許可された。


 貧困層を救うというお題目の下、経済的事情を考慮されて、奨学金が許可されたものの、奨学金は借金と同義だ。


 彼女は、その借金を返すためにも頑張っている。


「私は将来弁護士を目指します。そのためにシェヌス大学法学部への入学が必要です、その学費と下宿代の為に私にはお金が必要なんです」


「……貯金はどれぐらいになった?」


「順調ですけど、1年で何とか達成したいですね、2年になったら受験勉強をしたいので」


「クエル」


「お気遣い無用です、先生の愛人候補には、そういう意味は含まれていません」


「まあ最後まで聞けよ、俺が所属する連合都市もまた教育に注力してな。とはいえ私立ウルティミス学院は、1人修道院文官課程に合格者を出したが、まだまだ下位の進学校で、色々苦戦していてな、進学実績については喉が手が出るほど欲しい事情がある」


「…………」


「お前の学力はシェヌス大学法学部の合格を十分に狙える位置にある、そしてそういった優秀な人材に対する無返済の奨学金制度を独自で設けているのさ」


「……私は……」


「結論を焦る必要はないよ、ただ心に留めておいてくれ、声をかけてくれば面接を実施するように取り計らうよ」


「……分かりました、考えておきます」


 と話しながらナセノーシア達のところに戻る。


「早いね、流石クエル、顔パスだったみたいだね」


 クエルは満足げに頷くが、俺はクエルに話しかける。


「クエル、さっきの子は顔パスでいいよとか言っていたが、良かったのか、今の依頼を受けて?」


「え?」


「多分だが名指しができるんだろ? 条件を考えればもっといい条件があるんじゃないか?」


「ご明察です、だけど、それは欲をかく行為で「上」を目指すのなら最も愚かな行為です、依頼をこなしていって「信用」をあげる必要があるんですよ」


「上、信用……まさか、凄腕の意味って」


「はい、ここで積み上げた信用は私の将来の為になります」


「そうか! 掲示板を介してではなく直接依頼が来るのか! 王族令嬢や原初の貴族令嬢からも!」


「はい、この掲示板の管理は生徒会が生徒会活動の一環として行っているからこそママ先生は黙認されているんです。そして誰がどの依頼をしたかによってポイントが付与されランクが与えられる。Sランク以上になれば、王族や原初の貴族、生徒会の方々が顧客になるのです」


「なるほど、修道院の貴族枠に対しての忖度を転用したという事か、クエルのランクは?」


「Aランクです」


「Sランクへの昇格条件は?」


「その生徒会の方々の依頼を達成すれば昇格します。そしてSランクに昇格すれば、サクィーリア選挙に立候補が出来ます、サクィーリア立候補への道は複数あるのですが、私はこのやり方を採用しました」


「……なるほど、ランクか」


 そう、異世界ギルドでは定番中の定番だ。ランクが決まっていて、受注できるクエストが決まっていて、功績を挙げれば上のランクに昇格する。


「しかしランク制度も非公認なのに公的に利用するか、Sランクってのは要は認められた人たちか」


「そう、サクィーリアにお近づきになれるの」


 サクィーリア、ケルシール女学院、生徒会会長の別称。


 どうして生徒会会長選挙に、そこまで躍起になるのか。


 それはセアトリナ卿より特権が与えられているからだ。


 それは部費の決定権が与えられており、予算決議についてサクィーリアは教職員の判断より優先される。


 横領を防ぐために部費の予算と分配するが予算が一致するチェックがあるものの、一致さえしていれば教職員は一切の干渉をしない。


 金の魔力を知りそれを制御する、当然に非情な判断が求められることから、嫌われることも覚悟しなければならない。


 その試練をクリアした後に来る集大成、文化祭、その成功を認められること。そうすれば「上流に認められた女性」としてデビューするのだ。



 だからこそサクィーリアは庶民、その中で1年生にのみ資格があるのだ。



 サクィーリアは、庶民の成り上がりの王道だ。


 お馴染みのミローユ先輩は、出自は本当に上流とは無縁で、両親は何処にでもいる普通の勤め人の中流家庭、上流なんて異次元の世界と言ってもいい程に関係のない人生を送っていたのだ。


 そしてクエルと同様、セアトリナ卿にスカウトされてケルシール女学院に入学。


 荘厳の儀をクリアして、サクィーリア選挙に当選、その手腕が問われる部費議決会議を経て、文化祭を成功させ、セアトリナ卿のお気に入りとなったのだ。


 そんなミローユ先輩が修道院に進めば、当然に貴族枠の女性貴族からは目をかけられており、本人の能力の高さから恩賜勲章を受勲、王国府へ進み、王族の秘書室の話も出ていたのも述べたとおりだ。


「そしてSランクに昇格はサクィーリアの立候補者の資格を得る、そして荘厳の儀の参加者の資格を得るのです」


「クエル、お前は」


「はい、私はサクィーリアになりたいんです」


「…………」


 強い意志を持ってはっきりと言う。俺は他の日常部の面々を見るが、ファテサが発言する。


「サクィーリアは、大前提として上流の推薦書が無ければなりません。当然私達3人が後見人となっています、だからクエル自身にも既にそれなりの格を与えられているのですよ」


 それを受けてモカナも発言する。



「みんな協力してクエルをサクィーリアにするんです。それが日常部の真の目的なんです、今回ここを連れてきたのはそれを知って欲しかったからです」



「…………」


「この子は本当に努力をしている。そして協力してくれる仲間がいるってのが大事ですから、その為にも現サクィーリアの覚えよくする為に、依頼をこなす必要があるのです」


「……仲がいいんだな」


「もちろん。でもそれだけじゃありません、ケルシールはどうしても閉鎖されているから、楽しみを自分で見つけて動くのも大事、だから先生も協力してもらいますよ」


 全員が仲良くしている、そうか。



「分かった、俺も全面的に協力する」



「ほ、本当ですか?」


「日常生活を「楽しむ」ってのは俺の主義と一致する。荘厳の儀をクリアし、サクィーリア選挙に当選し、文化祭を成功させる、燃えて来たぜ」


「先生……」


「そのためにまず、クエルのランクをSにする必要があるってことか、うーーーん」


 俺は掲示板を一瞥すると全員に問いかける。



「この掲示板ってのは、先生でも受けられるのか? そして依頼を出すこともできるのか?」



 俺の言葉に全員が驚く。


「え!? 先生が受けることも依頼を出すなんて聞いたことがないけど!!」


「ということは、「慣習」に則り、セアトリナ卿が黙認すれば良しという事か、あそうだ、クエル」


「は、はい!」


「夕飯時までここを眺めていたくなった、だから付き合ってくれ。親睦会にやる麻雀はルールしか覚えさせてやれなくて申し訳ないが……」


「か、構いません、ナセノーシア」


「りょーかい、先生、私たちは部屋に行って麻雀の準備をしているよ、それと勝負の為に、早めに夕食を食べて、ちょっと色々と先に打っておきたいけど」


「ああいいよ、あそうだ、一つ、ちょっと集まって」


 と日常部の面々を集合させる。



「おそらく近々現サクィーリアから昇格試験が実施される」



 俺の言葉に驚く日常部の面々。


「ど、どうしてそう思うの?」


「ただの勘、というか時期的に考えてみれば、その行動を起こしてない方がおかしい、後継者を選ぶのも立派な仕事だろうからな」


「それが勘って? 先生ひょっとして」


「そう誤解するだろうと思ったから声を小さくしているのさ、言っておくが繋がりはないよ、そんな揚げ足を取られるようなことはしない。というかその様子だと、やっぱり追いかけるばかりで生徒会の動きに網を張っていないな?」


「…………」


「今後お前達には、それを頼む、そしてこれは俺にはどうしようもできない分野だ、後はそうだな、過去の生徒会の依頼内容の情報収集を頼む」


「……わかった、じゃあ、先生、後で」


 と3人は女子寮を後にして俺とクエルの2人だけになった。


 学院生にとって掲示板を眺めるのは日常になっているみたいで、依頼者は「やっぱり報酬増やそうかなぁ」とか「いい依頼がないなぁ」とか色々と言ったりしている。


「先生」


「ん?」


「先生は、どうしてこの学院に来たんですか?」


「男子禁制のケルシール女学院においての男性講師の投入するとどうなるのか、以上が理由、要はセアトリナ卿の実験さ」


「実験……」


「そう、産休のヒネル先生の代わりという名目だが、俺は何時でも出向を解除される立場にあるのさ、それこそセアトリナ卿の胸先三寸でね、まあ当然だろうな」


「…………」


 クエルは俺をじっと見る。


「……本当ですか?」


「ああ、何か変か?」


「はい、今回の先生の赴任について、主導権は先生にあるように見えます」


「そう思うかい? がっかりさせてばかりだが、俺は尻に敷かれてるんだよ」


「……わかりました、いずれはちゃんと教えてくださいね」


「…………」


 鋭い、そして答えないとこれ以上は突っ込んでこないか、賢い子だ。


 後はクエルと2人で雑談を交わし掲示板を眺めながら、色々と想いを馳せていた。



「…………ふむ」



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