第7話:授業開始
――翌朝
住み込みの先生は先生が住む寮、生徒達は学生の女子寮で日課が始まるが、俺の場合は違う。
ちなみにあの後、流石にセアトリナ卿に確認したところ、愛人候補達の処遇も併せて実験的に運用してみるという回答を得た。
なるほど、しかしそれが通るのか、凄いよな本当に。
なおセアトリナ卿によれば管理人とはあくまでも便宜上で、そのまま日課時限に沿っての生活をさせてほしいのだという。
ちなみに普段の格好はどうするかと思ったが、ハッタリの為と終業時間中は修道院の制服を着ることになった。自らを律するためだとか何とか理由をつけて着ることになり、勲章もしっかりと着ける。
手入れの手間を失くすため、仕立て屋のおばちゃんに頼んで制服を新品4着頼んだ、手入れが面倒だなぁと思ったが、教職員はクリーニングを頼めるのだというから助かる。
しかしエリートの肩書は役に立つ。結局縁は切れないか、まあいいや。
ちなみに生徒達は全寮制だが、先生全員が住み込みという訳ではない。そのために主要都市から専用の高速馬車も存在する。
そして住み込みの先生も、課外の時間は当直勤務ではない限り外泊は当然に認められる。
だが俺は外出は許されていない。これは当然で、邪神事案関係なく、ケルシール女学院の秘匿性も大事であることから、男性教諭が外には出せないと表現した方が正しい。
つまり俺が帰れるのは、邪神事案を解決するしか方法はないのだ。
「へえ~、馬子にも衣裳だね~」
そんなことを考えなら玄関に向かった先、ナセノーシア達仲良し4人組が待っていてくれた、4人も制服だ。
「しかし制服はカッコよく見えるからヤバいよね」
「やばいとか言うな」
と軽口を叩きながら、寮を出る。
礼拝堂は学院の敷地内の外れにあるとはいえ、道は整備されている。歩いていると徐々に学院生達と合流し始め、俺の姿を見た時、最初はびっくりして好奇の目に晒されているが、すぐに納得した様子、思ったより呆気ないというか。
「制服はカッコイイいけど冴えないよね」
「うん、イケメンじゃないよね」
グサッ。
ふん、まあいい、俺は大人、これぐらいじゃ揺らがない。
と、そうこうしているうちに礼拝堂が見えてきた。
礼拝堂、要はウィズ教の教会、宗教行事を行う施設だ。何回か述べたがケルシール女学院の日課時限の最初は、礼拝堂から始まるのだ。
その礼拝堂はケルシール女学院の全校生徒と全職員が入るわけだからかなり大きい。
そして全ての人間に座る席が決められており、これが朝の点呼代わりとなるのだ。
「懐かしいなぁ」
「え?」
「修道院時代をちょっとな、寮から起きて礼拝堂に集合して点呼を取る。このやり方は、まんまそうだ」
「修道院生活って楽しかったの?」
「ううん全然、性に合わなかった、モストがいなくても、どの道俺の立場は変わらなかったと思うし」
「……本当に先生って凄いよね、ってあ、先生、またね!」
と4人組は別の集団に交じって礼拝堂に向かう。
「おはよナセノーシア、あの男の先生が新しい副担任の先生?」
「そうだよ」
「ふーん、制服はカッコいいけどイケメンじゃないよね」
グサッ。
ふん、まあいい、俺は大人だ、それぐらいじゃ揺るがない(ノД`)シクシク。
「おはようございます神楽坂先生!!」
「ぎゃあああ!! びっくりした!!」
と目の前にルウ先生がいた。
「お、おはようございます、ルウ先生」
「先生! 元気が足りないですよ! 朝からボーっとしちゃだめです!」
「す、すみません」
「先生の席は、私の隣ですから行きましょう!」
とばかりに颯爽と案内される。
「私達教職員は、生徒達と違って座る場所が序列で決められています。担任と副担任はペアで座ることになるんです」
ルウ先生の言うとおりケルシール女学院もまた序列を採用している。
まず学院長が頂点、続いて副学院長、次に文科系科目、理科系科目、運動系科目、芸術系科目の統括部長、次に科目主任、次にクラス担任、副担任と続く。
つまり俺の序列は、教職員の中では一番下。
そしてルウ先生の案内の下、礼拝堂の中に入ると一気に景色が広がる。
巨大なウィズ神の肖像画が飾られている巨大な礼拝堂、俺はルウ先生に案内されるままに椅子に座り、上席にセアトリナ卿と幹部連が座っている。
時間がきて鐘が鳴るとシンと静まり返り、教職員で司教を叙階された人物が登壇すると祝詞を読み上げる。
一斉に、目を閉じ祈りを捧げる。
「…………」
この中に邪神がいる、混沌をもたらす邪神が、だけど、今この場で、どんな気持ちで祈っているのだろうか。
祝詞が終わると、教職員は脇の席に座り、ここでセアトリナ卿が登壇し、生徒達への朝の指示がある。
ちなみにセアトリナ卿が不在だったりすると副院長が指示したりするそうな。
学院生活を送る上での諸注意や連絡事項、そこら辺はいつもの学校の風景だ。
「さて、皆さんもご存知のとおり、本日より本学院の試験運用として、神楽坂イザナミ文官大尉が臨時講師として着任しています。浮ついたりしない様に、その試験運用の細かい指示については追って担任より説明がありますからちゃんと聞くように」
「それと神楽坂文官大尉は例外運用であり任を終えれば学院を離れます。ですがそれまでは本学院の一員であることに変わりはありません。我が学院のイベントには全て参加しますし、皆さんにも協力を仰ぐこともあるでしょう。ですから温かく迎えてください、神楽坂先生、挨拶をお願いします」
「はい」
とセアトリナ卿に譲られる形で登壇し、全員が注目する、う、女の子達に注目されるのって凄い緊張する。
「初めまして、神楽坂イザナミです。所属はウルティミス・マルス連合都市駐在官、階級は文官大尉、趣味は旅行と演劇鑑賞と芸術鑑賞に読書、読書の好きなジャンルは冒険物と推理物です。皆さんと色々と交流が出来ればと思います」
「「「「ボフゥ」」」」
と静かな中で吹き出す音がして、全員が怪訝な様子をしている。
お前ら、この場で女に囲まれるハーレム物が大好きとか言ったら社会的に死ぬだろうが。
「ありがとうございました神楽坂先生。さて、本学院最大のイベントは、部外者を招いての文化祭ですが、その前に二つの大きなイベントがあります。荘厳の儀とサクィーリア選挙です、まずは荘厳の儀に向けて頑張ってください、それでは解散」
セアトリナ卿の言葉の下、全員が規則正しく礼拝堂から出る。
ここからの流れは、生徒達は食堂に向かい朝食を取り、その後校舎に登校する。
教職員たちもまた食堂に向かい朝食を取り、教員棟に向かいここで改めて同僚を顔を合わせるのだ。
それにしても礼拝堂に入る時はばらばらだけど、帯出する時は、修道院みたいな規律で縛った軍隊形式ではないが、みんな列を乱さず楚々として食堂へ移動している。
よく教育されている。
ケルシール女学院の現在の総生徒数は102名。
そのうちの貴族令嬢、もう半分が特別入学枠、つまり庶民枠だ。
それだけの人数の為に、この広大な敷地に教育施設か、スポーツもそうだし、全てがハイレベル。公的な学術機関ということで維持費が税金かと思いきや、王族と原初の貴族の寄付により成り立っているのだからやっぱり金持ちの桁が違う。
それでいて依怙贔屓が存在しないのだから、凄まじいとしか言いようがない。
生徒全員が出て行ったことを確認した後、俺達も朝食をとるために食堂に向かうが。
「神楽坂先生」
威厳のある声に振り向くと妙齢の女性の先生が立っており、俺は一礼する。
「挨拶が遅れて申し訳ありません、バイア先生、神楽坂です、よろしくお願いいたします」
バイア・ギャイヒ。
文化科目部長兼歴史室長。
ケルシール女学院のナンバー4であり、俺の直属の上司にあたる人だ。
「それにはおよびません、学院長より話は聞いていますから。それよりも神楽坂先生、食堂で食事をするにあたってのマナーについてですが、先生は上流の出身ではありませんね」
「はい、ですが心配にはおよびません、赴任するにあたり訓練してきました」
「分かりました、それでは見せてもらいます。不合格の場合は課外で特訓してもらいますよ、品格はケルシール女学院が最も重要視する部分ですから」
「はい」
――朝食後
「意外でした、神楽坂先生」
と朝食が終わった後ルウ先生が話しかけてくる。
「え?」
「っと失礼ですよね、上流の食事のマナーをちゃんと……」
「ああ、言ったとおり訓練したんですよ」
「あ、そうですよね、ドクトリアム卿の後ろ盾があるから、上流の方なんですよね」
「まあ、そんなところですね」
本当は赴任前にパグアクス息に徹底的に仕込まれたのだ。上流のマナーを覚えるのが今回一番大変だった、修道院の武官課程の教練並みにきつかった。
特別入学枠の生徒達の場合は、元から知っている子もいるけど、それでも入学を2週間ほど早めて、その間に特訓してくれるんだそうだ。
その指導担当でもあるバイア先生、凄い厳しい先生で生徒だけではなく先生からも恐れられているちう話だったけど、ちゃんと合格を貰えた。わざと不合格みたいなことを言われて意地悪されるのかなと思ったけどそんなことはなかった。
そして俺達教職員は、特段別の指示がない限り教職棟に向かい歴史担当の職員室に入り、そこで通いで出勤してきた先生と合流し、ミーティングの後、授業準備をする。
ルウ先生に連れられた先は、歴史担当の職員室、ここが俺の職場か。
中に入った先は、薄茶色を基調とした清潔感溢れる十分な広さの部屋だ。
ここに歴史担当の教職員5名が在籍している。なんか少数精鋭って感じだ。
「ここが神楽坂先生の机です。荷物整理はミーティングの後で」
と荷物を置くと、職員室を一望できる角に机を構えているバイア先生発言する。
「さて、朝会を始めます、まずは学院長から説明があったとおり、本日付で神楽坂先生が就任します。何度も申し訳ないですが、神楽坂先生、改めて挨拶を」
「はい、皆さん初めまして、神楽坂イザナミです。修道院文官課程第202期卒、現ウルティミス・マルス連合都市首席駐在官兼第二方面辺境都市統括駐在官も兼ねています。それとウィズ教の助祭も叙階されています。宗教行事ではお手伝いできることもあると思います」
「それと趣味は読書と演劇鑑賞と旅行、読書は推理物と冒険物、演劇鑑賞は色々ですけど、やはり王立芸術学院の王国演劇団が一番好きで、金を貯めて見に行くのが楽しみです」
ここで挨拶を終えると、それぞれに自己紹介をしてくれる。
歴史担当の職員は総員5名。
トップは先ほど述べたとおりバイア先生。
次に担任の階級は、俺の相勤者である、ルウ・ギータ先生。
次に担任であるチリナ・レサー先生、その相勤者であり副担任のタス・ヒョート先生だ。
自己紹介が終わった後でバイア先生が発言する。
「神楽坂先生は、本来の副担任であるヒネル・ヴェノア先生が産休により生じた欠員を補うという形で補職されましたが、知ってのとおり臨時とはいえ男性教諭を女学院に招くのは例外中の例外であることを念頭においてください」
「その例外運用として、ナセノーシア、ファテサ、モカナ、クエルの4名は、神楽坂先生の愛人に立候補を表明、結果、湖近くの倉庫を改築した場所に住んでおり、昨日より神楽坂先生と同居中です」
「当然に愛人候補としての運用、同居という事実を鑑みれば、当然に男女の仲が発生しうることは想定内、神楽坂先生」
「はい」
「時と場所と常識を弁えれば本人の自由意志である以上構いません。ですがこれは理解しろというお願いではなく「命令」であると解釈してください」
「命令?」
「命令違反したら、その処罰は私が下すまでもなく、かつ苛烈であること」
「…………」
「ここは女の国です、決して夢を見ないように。命令違反した場合、私ではどうにもなりません。そしてどうするつもりもありません」
ハッキリとしたバイア先生の言葉、なるほど「夢を見るな」か。
「分かりました。ありがとうございます、短い間ですがよろしくおねがいします」
「よろしい、神楽坂先生の担当は3組、臨時運用とのことですので原則は補充人員が見つかるまでの人気、その間3組の担任であるルウ先生の副担任となります、副担任とはいえ3組の歴史の授業を受け持ってもらいますが、大丈夫ですか?」
「赴任にあたり、頂いた教科書には全て目を通しています、内容も全て覚えました、すぐにでも授業ができます」
「そう言い切るのは流石修道院出身、ですが授業は素人、今日一日は、ルウ先生のやり方をよく見てください。明日から受け持ってもらいます、ルウ先生、指導をお願いしますよ」
「わかりました」
「まずは神楽坂先生は学院に慣れてください。それとくれぐれもナセノーシア達4人以外と問題は起こさないようお願いします、それ以外の指示はありません、それでは解散、各自の授業へ」
と言い残すと、幹部用の執務室に戻るため職員室を後にした。
「ふう」
と息を吐いたところでルウ先生がクスリと笑う。
「緊張しちゃいますよね」
ルウ先生によれば、バイア先生は先生も生徒からも恐れられる厳しい先生とは先に述べたとおり、規律違反は、生徒が王族であろうと原初の貴族であろうとしかりつけ罰を与えるのだそうだ。
融通は全く利かないので生徒達から恐れ嫌われている。しかもこの度文科系科目の統括部長に昇任したことにより、授業を持たなくなったので生徒達は歓迎しているそうだが、相変わらず、規律違反の生徒達には叱りつけ罰を与えているそうな。
なるほど、学校に1人はいた強面の生活指導の先生か。
俺は他の2人の先生に挨拶するとホームルームの為に職員室を後にして、俺とルウ先生は2人で並んで歩く。
「あの、ルウ先生、ナセノーシアたちは」
俺の言葉に事情を察したのかクスクス笑う。
「ああ、もう仲良くなったんですね、確かにとっても活発な子達ですよ」
「なるほど、問題児な訳ですな」
「まあバイア先生なんかは「ケルシールの品格を落とす」と厳しく見ていますが、私は好きですよ、というかあの子位の年の子たちはもっと活発じゃないと」
「確かに、それとルウ先生の授業、楽しみにしています、勉強させてもらいます」
「お任せください! 右も左も分からない神楽坂先生! それは誰でも同じ! 習うより慣れろですよ! 生徒達は敵ではありません!」
「は、はい」
歴史担当という割と体育会系なんだな、ちなみにルウ先生は、常にテンション高いが黙っているとお淑やかな雰囲気の細身の女性、しかも名家出身のお嬢様。だが学生時代は、徒手格闘部門で王国大会まで出た猛者らしい。
そんな彼女は普段は首都の自宅から通勤しており、この間首都で痴漢に遭ったらしいのだが、痴漢を投げ飛ばして石畳みに思いっきり打ち付けて骨を二本折り、憲兵に突き出しだそうだ。
それを聞いたセアトリナ卿が大層喜んだらしく、表彰を受けたそうだ。
んで先生として学生時代の特技を生かし、徒手格闘部の顧問をしているらしい。
そんな事を話しながら、到着した教室、話し声が聞こえてくる、ちょっと緊張しながら、ガラッと開けると中にいた生徒達がシンと静まり一斉に視線がこちらに向く。
ルウ先生は、教壇に上がると皆を見渡す。
「皆さんおはようございます! さて、知ってのとおり本日からクラスの臨時副担任として、このクラスの歴史担当となった、神楽坂先生です! 自己紹介をお願いします」
ルウ先生に譲られる形で登壇する。
「皆さんはじめまして、神楽坂イザナミです。説明があったと思いますが、産休のヒネル先生に代わって、臨時運用という形でケルシール女学院に赴任してきました。担当科目は歴史です、よろしくお願いします」
「「「「「よろしくおねがいしまーす!」」」」」
おおう、元気な感じでいい感じ。
「先生は好みのタイプは何ですか~?」
とお決まりの質問が飛ぶ。
「うーん、難しい質問だなぁ、しいて言えば好きになった女の人が好みのタイプかな」
「神楽坂先生! 彼女はいるんですか!?」
「残念ながらいないよ」
「モテるんですか?」
「ふふん、それは内緒だ」
「先生は荘厳の儀もサクィーリア選挙も文化祭も参加するんですか?」
「その予定だ、まあヒネル先生の代役が見つかるまでだがな、とはいえ折角だから荘厳の儀もサクィーリア選挙も文化祭も思う存分楽しみたいと考えている! 折角だから、全部勝ちに行くぞ!」
おお~と歓声が木霊する、へー、こういうイベントごとには熱心なのか、まあ確かに、高校時代を思い返してみると、イベントを準備したり、学校に泊まって騒ぐのは凄い楽しかったなぁ、本チャンよりもそっちの方が楽しかったっけ。
それにしても閉鎖された空間というイメージがあったが、思ったより開放的だ。
とここで教室の扉がガラッと開ける。
「「「「先生、おはようございます~」」」」」
と元気よくナセノーシア達が入ってきた。
「はい、おはようございます、ナセノーシアさん達は遅刻1回ね(#^ω^)ピキピキ」
「「「「ええー!!」」」」
「ええーちゃうわ! 早く座りなさい!」
「ちっ、モテないよ」
「そんなで得られるモテはいりません」
と渋々座る4人組、まったくもう。
そんなタイミングでチャイムが鳴り授業がスタートする。
「それでは、授業を始めます。イベントを楽しみにしているのは分かるけど、ちゃんと勉強もするように!」
というルウ先生の号令の下、歴史の授業が始まる。
セアトリナ卿からは、授業の内容自体はカリキュラムに則った授業をしろとだけ言われ、どうするか自分なりに考えていたが、ルウ先生の授業を見る。
時折冗談を交えて、はきはきとした口調で授業を進めている。
(であるからして)
なーんて、言っている先生も見たことないけど、おお見える見える、内職している生徒もいるし眠たそうにしている生徒もよく見える。
自分が生徒の時は、見えていないだろうと思ったけど、こうしてみるとバレバレだったのか~。
改めて人にものを教えるのは大変だと思う、それに日本だと教えるだけじゃなくて、いじめが発生すれば何故か学校が叩かれるからなぁ、本当に大変だ。
:続く: