第19話:AWAY
全てにおいて格付けをしているのはウィズ王国の特徴だ、立場が人を作るというのを重点的において施策を行っている。
それは王国の行政単位である都市にも格付けがされている。
首都を最上に置き方面本部が存在する1等都市。
経済的、学術的等に重要とされる2等都市。
大規模都市の3等都市、中規模の4等都市、そして辺境の5等都市。
その他様々な都市の力を数値化して、明確にランク付けをしているピラミッド型の運営を採用している。
それぞれの街長は王国議会議員も兼ねており、立場もそのままの格付けを現す。辺境都市の街長は同時に王国議会の5等議員に格付けされている。
その中で駐在官の立場とは、いわゆる街長と同格と解釈していい、無論王国議会としての立場は無いが、政治的立場を持つのだ。
例えば第三方面本部があるレギオンの街長は中将と同格であり、王国議会の主要幹部クラスになる。
だが辺境都市は、下士官と同等クラスになるし、武官と文官がトップを兼ねており、枠も規定がちゃんと設けられているが、1人が普通よくて2人が補職されている。
んで我がウルティミスは当然のごとく5等都市、文官武官の正規枠は5人であるが、現在3名、しかも俺以外が全員が神の力を使って自力で人員補充しているのが実情だ。
とはいえ辺境都市を侮るなかれ、上位都市にはできない一点特化したカラーを持つ都市もあり、毎年修道院に合格者を出す都市だって存在するのだ。
そんな辺境都市の実情をこんな説明口調で説明したのは。
「流石レギオン、栄えているよなぁ~」
今俺がいる場所が第三方面本部がある一等都市レギオンなのが理由だったりする。
たくさんの人が行き交い、中央の第三方面本部を中心に円状に伸びた6本のメインストリートの中で一番太いのが今俺が馬車で走っている中央通りだ。
経済と政治の中心は伊達ではない、ウルティミスとは比べ物にならない金と物が動いているのが見るだけで分かる。
凄いなぁと思うが、いずれウルティミスも、とは思わない。何故ならウルティミスは団結力が最大の強みでその団結力は組織が大きくないからこそ意思統一がなされて実行できるからだ。
ウルティミスのような辺境地で田舎でのんびりも悪くないが、刺激的にあふれているのはレギオンだから、俺も含めたウルティミスの住民たちは、ここに遊びに来ることも多い。
だが今回来たのは半分仕事だ。今日は四半期に一度、都市の代表武官や文官が集まる方面本部の本会議の出席するために御者台に座り馬車を運転してきたのだ。
ウルティミスからレギオンまでは馬車で半日、その道中は快適そのもの、天候にも恵まれて麗らかな陽気に暖かな風を感じての旅だった。
さて、半分仕事と言ったが当然もう半分は。
(当然遊び目的! 会議が終わったら一泊二日で色々美味いものを食べて観光だ!)
片道に半日もかかってしまうから、あまり頻繁に来ることは無いのは事実だから機会は大事にしないとな。
ルルトに頼めば加護の力で10分もあれば着いてしまうけど、必要なとき以外は多用は禁物だ。
異世界観光は本気で面白い。違う世界の違う文化の歴史や芸術に触れるというのは心がウキウキする。
今回は古代遺跡をメインに見て回ろうと思っている、古代遺跡は男のロマンだ、この世界にも解明されていない謎がいくつもあるのだ。
メインは神の力を人の力に転用し、魔法を編み出した聖魔教団の遺跡を巡りたい。
前回のウィズの件では色々とゴタゴタしていたが、やっと後始末も終わり、その後は何事もなくのんびりと余裕も出来たのでこうやって遊ぶこともできる。
思えば一度死にかけた、いやあれは死んだと言っていいのか、とんでもない経験したよな、臨死体験とか言うけど、よくあるオカルトめいた体験は一切なく、死んでいるときは寝ているのと感覚が一緒だったからなぁ。
とまあ面倒なことは早く終わらせるに限る、都市の中央にそびえ立つ立派な城、方面本部に到着すると門番にウルティミスから来たと事を告げて身分証明書を見せて中に入る。
中の係員の誘導で厩舎に辿り着くと既にそこは本会議に参加するで人を乗せたであろう馬車がたくさん並んでいた。
(豪華な馬車も多いなぁ)
色々な意匠を凝らした馬車も多いし、芸術都市の馬は貴金属ではなく貴重な材料を惜しげもなく使った芸術品を使ったりとそれぞれに工夫と意欲が見える。
そうだよな、思えば駐在官なんてのはその都市の代表のようなものだ、自分の立場を誇示するためにこういったハッタリも大事なんだろう。
「…………」
まあ俺が乗ってきた馬車は当然のごとくオンボロ幌馬車、幌もところどころにほつれている、年季を感じさせる作りだ。
だが侮るなかれ、ウルティミス商工会で一番の大工により作られた丈夫な馬車、何十年使っても未だ現役で使っている。
まあ出発した瞬間にいきなり車輪が外れて御者台から転げ落ちたけども。
そこは流石商会で一番の大工の腕によりあっという間に修理完了……思いっきりツギハギ痕が見えるが、まああれだ、物を大事に使うという現代日本にない精神を体現したのは凄いことだと俺は思っている。
ちなみに馬車だけではなく馬にも豪華な貴金属や宝石を着飾っているのも多く、顔もキリッと綺麗、体のフォルムもまさに洗練されたまさにサラブレッドだ。
「…………」
一方ウルティミスの馬はずんぐりむっくりのふとましい馬ではあるが、バカにしてはいけない。
大飯食らいだが体力はピカイチ、半日馬車を引いてもさして疲れも見せていないというウルティミス商工会の一番農家の自慢の馬なのだ。
「お、おい! 発情するな! おい! だ、だれか!!」
まあ目の前で厩舎係をいう事を聞かずその上品な馬、牝馬であろう相手に発情しまくっているが、まああれだ、男子たるもの色を知らなければいけない。草食系男子なんぞ流行らないのだ。
さて、周りの白い目が厳しくなってきたので、そろそろ準備に取り掛からないとなと思った時だった。
「その馬車に乗っているそこの君は、ウルティミスの者だな」
張りがあり低い声でよく届く声が聞こえてきたので振り返ると、そこには文官の制服に身を包んだ男が立っていたが。
(若い!)
その人物を見て第一印象は年齢であった。年は30代前半なのだから俺よりもずっと年上なのだけど、それがどうして若いという印象になるのか。
それはその男が両肩に装着している階級章がその男を少佐の地位を示しているからだ。
男は修道院の制服に身を包んでいるものの、昇任は当然のことながら平等ではない。30代前半で少佐となれば、修道院時代の成績はもちろんのこと卒業後の勤務成績も関わってくる。
胸に輝く恩賜勲章他2個の勲章、洗練された雰囲気から少佐までの最短コースを歩んでいるのだろうというのが分かる、将来の将官候補の1人だ。
俺は文官少佐の問いかけに「そうです」と頷くと、少佐殿は「ほほう」と頷き前に立つ。
「私は第三方面本部監査部部長補佐ウルヴ・アオミ文官少佐、今回の本会議から書記としての役割を拝命した。神楽坂文官中尉、貴方の噂は聞いている」
「…………」
「神々との仲介役を果たし、教皇猊下からも目をかけられている。いい意味でも悪い意味でも形骸化していた恩賜組に功績という形で叙勲され、後進へのいい見本となった人物」
「…………」
「その噂を聞いて興味を持っていた、一度話をしてみたいと思っていてな、初対面で失礼を承知でいうが、修道院で最下位だとも聞いている。それも含めてなかなかに面白そうな人物であること私は思っている」
「…………」
一通り話し終えたところでウルヴ文官少佐は怪訝な表情を浮かべる。
「神楽坂文官中尉? 私が呼びかけているのだ、一言でも答えるのが礼儀ではないのか? 神楽坂文官中尉! 神楽坂文官中尉!!」
「…………」
ちなみに答えないのは、無視しているからではなく、ウルヴ文官少佐が俺を無視してひたすら荷台の中に語りかけて呼びかけているからだ。
「いや、あの、神楽坂は俺なんですけど……」
「え!?」
首をブンという勢いのもと目を丸くして俺を上から下へ眺める。
「た、確かにその顔は、人事記録のとおり、と、というか、制服はどうしたのだ!」
俺のラフな格好を指さしながら叫ぶ。ちなみに今着ているのは、ウルティミス赴任の際に教官から貰った服だ。
流石教官が選んだだけあって、丈夫で長持ち着心地抜群で今の俺の普段着として着ているのだ。
「どうしたのだって、荷台の中に制服があるから今から着替えようかなって」
「着替えるって……」
「だって馬車を操作していたら色々と汚れるじゃないですか、特に白は汚れが凄い目立ちますし、汚れたまま着ると怒られるのが面倒なんで」
「め、めんどう、じゅ、従者は? 1人で来たのか?」
「はい、そうですけど」
「何故従者がいない?」
「何故って、別にウルティミスから半日で来れますし、必要ないので」
「しかもその馬車は何なのだ、悪いが、とても……古いものなのだな」
「ボロいって正直におっしゃってもいいですよ、まあ確かに見てくればボロイですが、ウルティミス商工会一番の大工が」
突然ガタン!とという凄まじい音ともに車輪が外れてそのままの勢いで馬車が傾く。
「…………」
「…………」
「ま、まあ、応急処置だったので、レギオンまでは持つだろうけど着いたらちゃんと業者に持って行けよと言われておりました、はは、えっと、会議が終わったら業者を呼びますので」
「…………」
ウルヴ文官少佐が視線を動かした先に、未だ発情が治まらない愛馬が5人の厩舎係相手に暴れていた。
「あ、あれで、ウルティミスでは一番の働き者なんですよ」
「…………」
ものすごい何か言いたげに、口を開けたり閉じたりするウルヴ文官少佐であったが、何か決意を固めたような顔で「失礼する」と言い残すとその場を立ち去った。
(なんか嫌な予感する……)
こういう時に感じる嫌な予感は大体当たる、こうなれば体調不良とか適当なことを言ってドタキャンを……。
「ウルヴ文官少佐が話していたあの人物が……」
「例の教皇猊下のお気に入りだと聞いたが……」
「神楽坂という名前だったな」
「ウルヴ文官少佐も聞いていたが、何故従者を連れていないのだろうな」
「ウルティミスは貧しいと聞く、だからじゃないか?」
「だが、彼は王立修道院出身だろう」
「それよりも、制服を着ないで来るのは何か意味でもあるのだろうか」
「というよりも、あの馬車と馬……」
「本会議を何だと思っているんだ、ふざけすぎだ」
「いくら議長とはいえ所詮は五等都市議会だな」
「…………」
既に色々漏れ聞こえてきている。
うん、これでドタキャンしたらそれはそれでもっと面倒なことになりそうな気がする。
しょうがない、そんなに長い時間ではないのだからと、傾いた荷台の中で四苦八苦しながら制服に着替えて本部の中に入るのだった。
●
本会議出席者の格付けは都市の格付けがそのまま適用される。本会議議長と副議長は、レギオンの文官駐在官と武官駐在官が1年の持ち回りでお互いに勤めている。
ちなみに前任者であるルルトも本来なら出席していている筈だったものの……。
――「力を使って出席していたことにした」
だそうだ。
まあ確かに資料を読んだが、後で読めばそれで事足りるような内容のものだったし、俺自身もそれを使おうかなと思ったが辞めにした。
神の力を使わずにレギオンに半日かけて来たこともそうだが、この世界での神の力とは要は21世紀の猫型ロボットが使うひみつ道具と一緒だ。
無敵の力を持つが、使い方次第で簡単に世界か秩序が崩壊する。
これはルルトとの付き合いで疑問に思い、ウィズとの付き合いで結論が出た。
ひみつ道具がもし現実にあったとしたらどれほど恐ろしいかは言うまでもない、使うときは使うが、リミッター役としてウィズに秘書兼参謀としての役割を頼んだのだからな。
「全員が一体となり、都市運営を進め第三方面が王国で一番の実力を身に着けるべき、そのためにレギオンを中心として二等都市のサポートの元、長所の強化を推進すべきなのです」
と、会議が始まって1時間、こんなやりとりが交わされている。
重要視されるのはやはり有力都市の駐在官の運営方法についてずっと話が進む。高い理念に上昇志向に、新進気鋭に、そういった言葉が飛び交っている。
上級都市の駐在官たちは確かに優秀な人材たちなのは分かるし、自負があるのも分かるのだが、それが故の政治的パフォーマンスも多く聞いているだけで疲れる。
(早く終わらないかなぁ)
本会議は建前は格付けに関係なく平等とは謳っているものの、俺たちのような辺境都市は上位都市がどのような運営をするのかを把握するのが仕事のようなものだから、資料を読めば事足りるとはそういう意味だ。
まあいい、こういう時は楽しいことを考えるのに限るぞ。
楽しいことと言えば、レギオンには娯楽も揃っており、公営ギャンブルだって存在するし、繁華街も存在する。
レギオンのような上級都市には美味いレストランがたくさんあるし、前に言ったとおりこの会議の後は美味い物を食べに行くことを決めていたのだ。
昨日はずっとそれを調べていて、その中で王国グルメ雑誌でこのたび初の一つ星を受賞した肉料理の店か昔からある二つ星の店が凄い美味いらしい。
「神楽坂駐在官」
肉と言ってもいわゆる霜降りではなく、赤身の肉汁滴るのが絶品の一言だそうだ、星付きは値段も相応に高いが、贅沢にパーッとやるのが楽しみだ、アイカも誘おうかなぁ。
「神楽坂駐在官」
しかも肉料理だけではなく、付け合わせの魚貝スープもまた絶品だそうだ、流石激戦区で勝ち抜き星を勝ち取ったレストランなだけある。よぉし決めたぞ、大奮発、二つ星のレストランだ、うへへ。
「神楽坂駐在官!!」
「はいぃぃ!!」
気が付くと本会議の役員である書記、つまり先ほどのウルヴ文官少佐が俺を睨んでいる。そして、本会議に参加していた全員が俺に注目していた。
(やばい、何の話か聞いてなかった)
「中尉の意見を聞きたいのだが」
簡潔明瞭なウルヴ文官少佐の質問。
えーっと、うーんと、資料はたくさんあるからどこを話しているのか分からない、となればこんな政治家っぽい感じは、多分日本の政治家と一緒で経済を良くするとか言っておけばいいのかな。
「そうですね、私は経済対策が第一だと考えています」
「ほほう、邪神出現時についての各都市情報共有のラインを作成するにあたり、経済対策がどう第一なのか説明してもらおうか?」
「…………」
「…………」
はははと、苦笑いする俺にウルヴ文官少佐はため息をつきながら頭を抱える。
「神楽坂駐在官、貴方は教皇猊下より直に勲章を賜った身の筈、いい加減に自覚を持たれよ、貴方は将来ある身であるのだぞ」
「は、はい」
「その勲章は選ばれた修道院出身の中でも更に選ばれた存在であるのだ、故にプライドを持ちたまえ」
「す、すみません」
「神楽坂駐在官、私が厳しく言うのは、同じ修道院としての先輩として、恩賜組の同輩としてだ、分かったな?」
「はい……ありがとうございました」
ここで説教は終わりと、俺は着席を許される。俺がぼーっとしてたのを見てわざと指名したのか、パフォーマンス上手だ、やるなぁ。
だが会議の場でこれだけのパフォーマンスができるのは伊達ではない、会議に参加する前にウルヴ文官少佐の情報も仕入れることができた。
王立修道院の文官課程を7位で卒業した恩賜組、少佐という階級まで全て第一選抜で昇任、中央政府内務省人事部から今の役職に異動、最年少で本会議でも書記としての立場を与えられている。
仕事はそこそこにミスを犯さない官僚タイプ、政治力よりも人脈に定評があり色々なところに顔が効くのだそうだ。いわゆる一流の世渡り上手、ロード大司教とモストのハイブリットという感じ。
そのこと自体は凄いと思うのだけど……。
(つまらんなぁ……)
これに尽きる、申し訳ないが、凄いと思うだけで楽しそうとは思えない。俺がウルヴ少佐の真似事なんてやったら一日でストレスで胃が破裂
「神楽坂駐在官!!」
「はいぃぃ!」
顔を引きつらせながら俺を呼ぶのは、先ほどのウルヴ文官少佐で……。
「今の発言について、中尉の意見を伺いたいのだが!」
「え、えーっと、はは……」
当然のごとく話は聞いていなかった。




