第2話:今回の勝敗について
邪神。
この世界においての神とは、人とは違う異次元の力を持ち、この世に実在し、神の「奇蹟」を行使する存在。
その神が使う道具はアーティファクトと呼ばれ、人ならざる所業の恩恵をもたらす。
この世界においての神話とは、神と共の人の生きた記録を指す。
その中で邪神とは、奇蹟と道具を使い人の世に混沌をもたらす存在である。
――発端は今から一か月前のこと。それはケルシール女学院内で突然起きた。
職員会議中に教師の3人が「同時発狂」したのだ。
意味不明な文言、意味不明な行動。
最初は何が起こったか分からず呆けていたが、我に返り慌てて他の職員が止めに入った瞬間、発狂した全員が同時に正常に戻ったのだ。
更に、その直後、何事も無かったかのように全員が席に着席し、発狂したことについては「会議に参加したセアトリナ卿以外」が全く覚えていないとのことだった。
そして3日後、今度は10人が職員会議の時に「同時発狂」したのだ。
これも他の職員が止めた瞬間に正気に戻り、会議に参加したセアトリナ卿以外全員がその記憶を喪失。
結果、更に3日後に行われた幹部会議中、セアトリナ以外全員が同時発狂したのだという。
止められず呆然とするセアトリナ卿だったが、その時はいつものと違った。
同じタイミングで全員糸が切れた人形のように倒れたのだ。
その直後だった。
――『神楽坂を呼べ、ならぬと皆殺しにする。神楽坂が来たとき、それが開戦の幕開けだ。安心せよ、私に従うのなら生徒達には今のところは手を出さない』
突然聞こえた神の言語。
セアトリナは頭を押さえ、必死に今の言葉を反芻する。
自分の正気を何とか確認した後だった。
――生徒達には今のところは手を出さない
言葉の意味を察したセアトリナは、急いで幹部職員たちに部下の職員の安否を確認したところ、歴史担当の教師1人が行方知れずとなっていることが判明、その職員を担当する上司に尋ねたところ、こう答えた。
――産休の為休んでいる
その教師が妊娠したなんて話は知らないし、産休なんて許可した覚えもない。
――1年前に夫の家に居候している
と独身である彼女の親がそう言ったのだ。
これは神の神話でたびたび記されている記憶の操作だ。
これをもってセアトリナ卿は邪神事案と判断、すぐにフォスイット王子に報告しに向かったのだ。
●
「以上が概要となる、極秘に進めなければならないのは説明するまでも無いな。セアトリナと話し合いを進め、作戦を練る必要があった。そしてその作戦は、私と神楽坂とルルト神、そしてウィズ神の4人で進めることにしたのだ」
それがユニアを通じて行った招聘、出頭した2人に事情を説明し、ウィズにも事情を説明し、彼女も合流、作戦会議を開始した。
その中でセアトリナ曰く、邪神からのコンタクトは複数回あったそうで、その際に条件が提示された。
一つ、使用している神石の使用を禁止する
一つ、仲間の同行を禁止する
一つ、ウィズ神とルルト神の手助けを禁止する
一つ、上記三つを守らない場合、生徒達を含めた教職員全てを皆殺しにする
ここで言葉を切ったフォスイット王子、先に説明されたパグアクス以外が絶句する。
王子はこういった「既に神楽坂はケルシール女学院に潜入している」と、つまり。
――現在神楽坂は、正真正銘タダの一般人であり、いつ邪神に殺されてもおかしくない状況にあるということ
「何か質問があるか? 答えられることは余り無いが」
あくまで淡々とした口調の王子が全員が見渡した時、ユニアが発言する。
「産休を取った教員はどこにいるんです?」
「現在も行方不明のままだ」
「憲兵には秘匿しているんですか?」
「違う、そもそも産休という共通認識であるから、憲兵は動かせない」
次にネルフォルが発言する。
「王子、ママ先生は?」
「今回のセアトリナ役割は神楽坂の全面バックアップ、神楽坂の潜入調査に障害が無いよ便宜を図ること、これのみだ」
と回答したところで、セルカが一歩前に出るが……。
「…………」
顔面蒼白のまま立ち尽くしてしまう。
「どうした、セルカ?」
「…………王子」
と絞り出すようにセルカは続ける。
「王子とイザナミさんは、今回の任務の失敗と成功をどう線引きしていますか?」
「「「「「!!!!」」」」」
全員がハッとして王子を見る。
「当然に決めてある。神楽坂の打ち合わせの結果、如何に述べる、心して聞くが良い」
「今回の案件で一番最悪の場合は神楽坂の失踪だ、邪神が何処の誰かも分からず神楽坂が何処に行ったのかもわからず、脅威が去ったのかもわからない状況、この場合は邪神事案公開を踏み切ることも視野に入れている」
「次に神楽坂が死亡及び存在が確認されたが邪神の脅威が存在する場合、だがこれは最悪の場合に比べれば大分マシだ、これは状況に応じて対処方法を考えればいいからな」
「ベターなのが神楽坂の死亡及び存在が確認されたが、邪神の脅威が去ったケース、せめてこのケースにまではもっていきたい」
王子が繰り返す生存及び「存在」が確認されるという言葉。
それは廃人状態も含まれる。使徒に対して洗脳は出来ないが、その分加減は出来ないため、廃人となるしかない。
「ベストについては、ベターにプラスしての神楽坂の無事生還する場合だ。さて、今回の我々、お前たちの任務付与についてだが」
といった時にクォナが一歩前に出る。
「王子は、ご主人様に無策のまま死ねとおっしゃっているのですか?」
言い終わった瞬間にパンとクォナの頬を叩かれた。
叩いたのは……。
「お、お兄様……」
そうパグアクスだった。
「クォナ、今の言葉は誰に対して、どういう意図を含ませて言っている?」
「っ!!」
「今のお前の言葉は、シレーゼ・ディオユシル家直系として、そしてドゥシュメシア・イエグアニート家直系としての最も許されざる言葉だ」
「で、ですけど!」
「疑問に思わなかったのか。どうしてここに神楽坂がいないのか、事後報告としたのか、考えを巡らせることはしなかったのか?」
「っ!」
「邪神事案となれば「正気なのは神楽坂1人」という状況になる。私だって王子だって分からない、もちろんお前もな。いいか? この場で洗脳をされていないと断言できるのはウィズ神とルルト神のみ、そして今回は邪神が提示した条件のとおり神の助力は得られない状況」
「となれば、神楽坂は1人で戦わなければならないのだよ。誰の情報が邪神に渡るともしれない、だが戦わないとケルシール女学院全員の命が危機に晒される、以上が理由だ」
パグアクスは言葉を切り、クォナは呆然としていたが。
「も、申し訳ありません王子、いかなる咎も受けます」
せめて仕草は優雅にと頭を垂れ、絞り出すようなクォナの言葉であり。
「王子、我が妹の不始末は次期当主である私の不始末、今の発言の責任はすべて私にあります」
倣う形でパグアクスも頭を下げるが。
「構わん、今のクォナの言葉は「仲間として」の言葉だ、なれば私はそれを許す」
「寛大な処置、感謝します」
「いや、こちらも憎まれ役をすまなかったパグアクスよ、クォナ」
「はっ!」
「神は無敵ではあるが、戦い方がある、そしてその戦い方は神楽坂が出来る。私はそう判断してケルシール女学院へ送り込んだのだ、さて、その為にある神を招聘しているのだが……」
と言い終わったところで、扉が開くと入ったきたのは。
「フメリオラ神!!」
とユニアが言う。
そう、アーティファクトの神、フメリオラ、彼は小さい段ボール位のサイズの箱を持ってきて入ってきたのだ。
「王子、注文の品を持ってきたよ、何処に置けばいい?」
「感謝するフメリオラ神、私の机の上においてくれ」
と、フメリオラはどっこいしょと箱を置く。
「まーったく、人使いが荒いんだから、まあ彼には借りがあるし、楽しませてもらったからいいんだけどね~」
と言いながらセッティングを始める。
「王子、これ……」
アイカの問いかけに王子は頷く。
「そうだ、アーティファクトだよ、フメリオラ神、説明をお願いできるか?」
「はいはい「邪神が出した条件のウィズとルルトの助力を得るなとあったけど、それは拡大解釈が可能、つまり2人以外の神なら大丈夫なんじゃね」という神楽坂の言葉により、急遽招聘されたんだよね」
「んで、神楽坂は俺にこういった「潜入にあたってアーティファクトを持たせてほしい」とね」
淡々としたフメリオラ神の言葉に「そ、それって本当に大丈夫なんですか!?」とアイカは焦るが。
「まあまあ、話は最後まで聞いて、んでね、アーティファクトを持っていきたいとは神楽坂は言ったけど、どう持たせるかについて彼から注文があったよ、その注文はね」
「アーティファクトを自分の体の中に埋め込む形で持っていくこと」
フメリオラの淡々とした口調とは裏腹に空気が凍り付く。
「結論から言えば元より彼の体は使徒で神の力の耐性はあるからあるから可能。だけど半永久的に動くというのは流石に出来ない。だから彼の体温でエネルギーを充填出来る状態を作り、既に埋め込んである。当然に無理に取り出そうとすればどうなるか分かるよね? ちなみに無痛無傷で取り出せるのは俺だけだよ」
「補足するとアーティファクトは、作るのにどんなに短くても数カ月は余裕でかかってしまう。だから俺が保管しているアーティファクトのリスト渡して、使えそうなやつをいくつか持っていったけど、戦闘系のアーティファクトは持っていっていない。理由は分かるよね? 「ただの人間」が戦闘系のアーティファクトなんて身に付けたら、殴った瞬間に自分が壊れるからさ」
「ってなわけで、アーティファクトはあくまでも体に負担かけない分野に限定して持っていったよ」
ここでセルカが発言する。
「で、ですが! あくまでも拡大解釈なのでしょう? もし……」
とここまで言って気が付いたようだった。
「王子!!」
「流石にセルカは聡いな、そのとおりだ、あくまでも拡大解釈、ウィズ神とルルトもダメなら当然に他の神もダメなのか、それとも条件のとおりウィズ神とルルト神のみとしているのか、だから神楽坂は最初の賭けに出たのさ」
「賭けって、そんな……」
「そう、この情報が仮に邪神に渡ったとしても、それでも尚神楽坂が生きているのなら、それは大丈夫ということだ」
「…………」
「セルカ、お前なら分かるだろう、今までの話を踏まえて、この箱が何なのか?」
「……つ、通信装置! 失踪が最悪ならば絶対に必要なのは連絡手段!!」
「そのとおりだ、そして失踪を防ぐために発信装置にもなっている。これは発信及び受信装置でもあるのさ」
ここでようやく神楽坂の覚悟を知る面々。
「分かりました、イザナミさんの覚悟しかと受け止めました。私もドゥシュメシア・イエグアニート家直系の1人として全力で支えます」
セルカの言葉に他の人物も頷く、王子はそれを受けて発言する。
「感謝する、まずカイゼルは、邪神事案であることを伏せた上で、一旅団を長期訓練という形でケルシール女学院の近くに展開せよ」
「タキザとアイカもまた、邪神事案であることは同じ中隊の仲間と言えど伏せておけ。連合都市の引き続き治安維持にあたってもらうが、隊員たちの動向には気を払っておけ」
「ネルフォルは、芸能活動を続ける傍ら常にこちらに気を張っておいてくれ、邪神事案である以上ボニナ族はいざとなったら動かす、そしてワイズ街長にのみ邪神事案であることを告げた上で、待機を命じろ」
「セルカとユニアは、通常通りだ。何かあれば別途指示する。人形たちを効果的に使え、監視にも連絡を取れるようにしておけ」
「クォナ、孤児院運営も通常通りだが、ケルシール女学院から一番近いのがエナロア都市だ。ルール宿屋は首都拠点ではあるが首都である以上私たちは目立ちすぎるから長期間では使えない、孤児院運営とともに、今回の拠点として使わせてもらうぞ」
「最後に一つ情報は全て私とウィズ神とルルト神に集約せよ。私が今回の事案処理にあたっている時は、パグアクスは私の名代として活動を頼んである」
「そしてウィズ神とルルト神は、打ち合わせどおりケルシール女学院の監視を頼む、そして私が洗脳されたと判断した場合は、私に情報を渡さず、2人で対処してくれ」
「そして仮に2人が邪神の正体が判明したら、2人の判断で邪神を始末してくれ」
全員が頷く。
説明は不十分であることは分かる、だが、教職員の同時発狂の状況のとおりこの場において、洗脳されていないと確実に言えるのはウィズとルルト、そして新たに加わったフメリオラの3人だけなのだ。
「王子、設置が終わったよ、これで送受信が可能になった」
とフメリオラ神が告げる。
「…………」
全員が沈黙する。
「完成する日時は告げてある、もう間もなく夕食も終わり自由時間となり、その時間内でこちらに連絡せよと告げてある」
神楽坂が無事なら、連絡が入る、そういう手筈になっている……。
全員が祈るような気持ちでアーティファクトを見つめている時だった。
ツーツーと、アーティファクトの音が聞こえる。
「神楽坂からの通信だね」
「「「「「!!!」」」」」
というフメリオラの言葉に一斉にアーティファクトに群がる。
「……フォスイットだ、神楽坂、聞こえるか?」
と慎重な王子の問いかけに……。
【はい、聞こえます、神楽坂です】
と神楽坂が答えた。
思ったよりもしっかりとした声で全員がホッとする。
「まずは無事で何よりだ、どうだ、バレている感じか?」
【おそらく、まあ邪神は、ありだと思ってくれているようですよ】
「まずは賭けに勝ったか、神楽坂、今仲間たちに説明を全て終えたところで、全員まだいるぞ」
【そうですか、みんな、すまなかった】
神楽坂の言葉に全員が沈痛な面持ちになる。
【現段階になっても状況は全然わからない、いつ終わるかは分からない、どんな解決をみるのかもわからない。そして邪神事案という状況を見ても全て事後報告とするしかなかった、それを許して欲しい。この任務が終わり無事に会えることを祈っているよ】
【それと今使っている連絡手段についてはこちらからの一方通行の上に声を出さなければいけないから、必然的に時間も場所も限られてくる。だから俺から連絡が途絶えて7日が過ぎた場合は失踪扱いにしてもらうように王子に頼んである】
【それとルルト、ちゃんとウィズの言うことを聞けよ、何かあった時に中心となって動くのがお前ら2人なんだからな】
「分かっているよ、戦術戦略方面はウィズの方が上だからね、言われるもまでもないさ」
【王子、私に何かあれば後はよろしく頼みます、ですけど生き残ったら、そうですね、お忍びでマルスで豪遊しましょうよ】
「おいおい、女性陣の前だぞ、とはいえ分かった、俺が最高級の天河を奢ってやる、だから生き延びろよ」
【はい】
ここでルルトがもう一度発言する。
「ああそうだ、イザナミ、言い忘れていたことがあった」
【なんだ?】
「君に何かあれば敵は取る、絶対にね」
【ぷはは! 絶対とはお前らしくない、分かった、頼もしく思うよ】
と軽口を叩き合い少しだけ雰囲気が柔らかくなった時だった。
【先生、何をしているのですか?】
とドアが開く音と同時に知らない若い女性の声が聞こえた。
【読書だよ、俺の好きなミステリシリーズでな、面白いぞ!】
【本? ああ、それは確かに面白いですけど……】
ギシっとベッドがきしむ音がする。
【今日まだ、私の相手をしてもらっていませんが】
【昨日も散々相手しただろう?】
【昨日でしょう? 私全然満足していません】
といった時だった、もう一度扉が開くと複数の女の子の声が聞こえてきた。
【あークエル、やっぱりここにいた】
【本当に先生のこと好きだよね】
【抜け駆けは無しだって言ったでしょ~?】
と3人の声と共に、ベッドがきしむが複数回音がする。
【クエルは、一番相手してもらったんだから次は一番後ね】
【神楽坂先生、となると次は私の相手ですね?】
【ずるい、クエルもファテサもさっき相手もらったばかりじゃん】
【はいはい、皆、全員公平になるように相手をしてもらえばいいと思う、だから先生】
【【【【今日は私たちが満足するまで相手してもらうからね!!】】】】
ブツッ←スイッチを急いで切った王子
「「「「「…………」」」」」
あれ、なんか、切ってから思ったんだけど、タイミングが最悪だったんじゃないか。
まずいぞ、えっと、えっと、フォローフォロー。
「聞いただろう? 命がかかっていたのにあのとおりの余裕、いやはや頼もしい限りだよ、あの様子を見れば天河は必要ないかもしれんな、はっはっは」
「「「「「…………」」」」」
あれ、なんか、言ってから思ったんだけど、俺、ひょっとして最悪な事を言ってないか。
まずいぞ、大丈夫かな、特にクォナ。
「大丈夫ですわ、もう私は落ち着いております」
と察したクォナが笑顔で王子に話しかける。
「そうか、それは」
「邪神達は皆殺しにすればいいのですかラ」
「お、お前、邪神「達」って、この状況でよくそういうこと言えるよな? 殺害対象はあくまで「邪神1人」だからな? 分かったな?」
「分かっていますわ」
(絶対に分かっていない!!)
と目が黒い部分が雑な落書き状態でグルグルしているクォナを見て思う。
まあいい、あんまりよくないけど、ここは大人の対応だ。
「王子、愚妹が申し訳ありません」
と小声で言ってきたのはパグアクス。
「まあいいさ、気はまぎれていると思う、多分」
「ありがとうございます、個人的には妹に想い人が出来たのは喜ばしいことだとは思っているのですが」
「ほう、そうなのか」
「はい、状況が状況だけにまともに恋愛できるのかと心配したのですが……」
「あれほどまでに、独占欲が強く嫉妬深く近視眼的とは、困ったものです」
「…………………………………………………………そうだな」
まあいい、ここは大人の対応だ、と思った時だった。
「神楽坂大尉、お願い、無事でいて、戻ってきたら、もうこの際大尉が好きな多少Hなお願いでもいいから、何でもしてあげるから」
と泣きそうな顔をして絞り出すようなセレナの声を聞いて……。
「まあ神楽坂ナラ、王子の言っタ「ベター」を目指してくれることでしょウ」
「目指すのは「ベスト」だからな? 「ベター以下は積極的に防ぐ事案」な? 頼むぞ?」
「分かっております」
(絶対に分かってない!!)
と妹同様目の黒い部分が雑な落書き状態でグルグル回っているパグアクス。
多分2人とも自覚はないのだろうなぁ。
なんとも締まらない雰囲気になったが、神楽坂の命が危険にさらされているのに変わりはない。
ああそうだと、王子は思い出す。
邪神事案を認知した時、神楽坂との会話を……。




