第1話:日常から……
ウィズ王国は行政活動単位を都市として首都と聖地フェンイアを階級外として1等から5等への格付けをしている。
1等は方面本部がある都市。
2等は都市能力値はもちろんのこと国家として重要な役割を果たす都市。
そして3等から5等は単純に都市能力値をもって格付けされる。
1等と2等は事実上昇格不可能であるため、昇格できる最高の格付けが3等。
その3等に昇格した、ウルティミス・マルス連合都市。
さて、そんな我が連合都市の現状について説明しよう、連合都市が3等に昇格したのは前に述べたとおりだが、3等ともなると、いわゆる大規模都市の一つとしてカウントされる。
更に街長はウィズ王国では上流として扱われ、社交界への参加権を持つ。
今までセルカは社交界に参加はしていたものの扱いは参加権を持つ人間の「おまけ」であったが、それもなくなる。
さて、大規模都市ともなれば色々と権利を得ることが出来るが義務を負うことになる。 何故なら、官民は相互協力の関係ではあるが、同時に民を監視する役割が出てくるからだ。
5等は権利が認められない代わりに義務もなく自治が原則。
んでマルスを吸収して4等に昇格した後も、本来であれば4等以上には行政分野を担当する支部が設置されて、権利は得るが義務が生じる。
とはいえ、連合都市は成功した例がほとんどないこと、マルスが遊廓都市である特殊性から、連合都市の力として公に認められづらい状況が続き、支部が設置されず「自治状態」となっていたが3等昇格により、正式に支部が設置される結果となった。
だがそもそも5等から3等昇格が王国歴史上の初の事であり、4等の自治状態を飛ばしての3等支部の設置のため、人事調整に長い時間がかかっているそう。
結果、支部の設立が徐々に補職されているとはいえ未だ設置には至らず。
結局3等昇格はしても、3等都市としての権利行使が出来ず、結局、格付けは3等だが中身は4等という特例的な状況が続いている。
とはいえ3等ということもあってトップにはなんと修道院出身の文官中佐、武官少佐、と文官少佐の合計3名、現場統括の武官大尉がそれぞれ1名補職されるそうだ。
とまあ、官吏との関係も新しいこともあり、お互いが手探りな状況なわけだけど。
さてさて、こんな劇的に変わった官吏の扱いにおいて、元からいた官吏である駐在官の俺達の扱いはどうなったのか。
さあ、次に自分たちの状況について説明しよう。
そもそも辺境都市の駐在官というのは、自治が原則ではあるものの、どうしても官吏との連携が必要な場面が出てくるため、その調整役として、住民の一員となり、都市を支えるのが仕事となってくる。
とはいえ、繰り返し述べたとおり辺境都市なんてのは滅多に事件も事故も起きないため、定年間際のロートル下士官のポジションなんて揶揄されたりする。
そしてウィズ王国の歴史上、5等から3等へ昇格した前例がないとは言ったとおり。
そもそも成功例自体が少なく、尚先ほど例に出したウチ以外で4等に昇格した際は、元が1人しか補職されていない都市であるため、駐在官2人で据え置きとなったそうな。
その前例を利用して、俺達の運用については駐在官の本来の枠である5枠全てが補職されたことで据え置きになった。
駐在官として赴任するも、勤務運用はアイカはセルカの身辺警護人、ユニアはセルカの秘書、レティシアはウルティミス学院の主任教員。
そして偽物である神楽坂イザナミとルルカは、運用決定権はユニアとはいえ、俺とルルトを影武者として、俺は飯田橋として武官軍曹、ルルトは文官軍曹として書類上の地位を得ることになる。
そして……。
――駐在官詰所
いつもの麗らかな昼下がり、俺とルルトはいつものとおり駐在所でダラダラしていた。
「いやぁ、やっぱり労働があるからこそ、休みが充実するものだよね~」
「うんうん、先日の3倍書いた日誌の疲れをこういう時に癒さないよね~」
「ユニアは分かっとらんのですよ、サボりがバレて3倍とか、これはパワハラ、圧倒的パワハラですな」
とケタケタ笑う俺達。
異世界転移した先でのスローライフ、よきよき、最初からそうじゃなかったというツッコミは受け付けない、なお自業自得というツッコミも受け付けない。
とまあこんな形のとおり、俺達は前例に則り駐在官としての仕事は変わらず据え置きとなった。
この据え置きを利用するというのは、駐在官の身分としての運用をする、つまり連合都市の住民として職務を遂行するという意味。
とはいえ、これをかなり都合よく解釈して運用した結果となり、事実上俺達は任務から「解放」されたということになる。
メンバーもトップの俺がそもそも色々曰く付きであるため、誰も欲しがらないため異動には無縁、首席駐在官としての部外での実務は影武者である神楽坂イザナギが代行する。
よって現在、俺もルルトも公務を遂行するにあたり俺達は晴れて着慣れた制服を着る必要はなくなった。
運用上ではありえな、いいや、正確には。
俺とルルトだけは、何があっても即座に運用できるようになったということになる。
これはもちろん政治的な話に無縁ではない、つまり。
「王子のドゥシュメシア・イエグアニート家の運用、王子直轄の極秘の遊撃部隊、おおう、何かそう言うとカッコいいけど、まあ政治やら何やら難しいことはそれが得意な人がやればいいのだよ」
「だね~」
とゴロゴロする。
「なあイザナミ、ボクも麻雀やりたい」
「お! いいじゃないか! 早速今日リーケとデアン誘ってやろうぜ!」
と麻雀のルールブックを渡して盛り上がる俺たち、2人でレギオンにでも遊びに行くか~と、話していた時だった。
カランカラン ←新しく詰所に設置した対ユニア用専用鳴子
「!!!!」
シュパパっと準備すること1秒、更に1秒。
「お疲れ様です」
とユニアがやってきた。
「ルルトよ、我がウルティミス連合都市も3等に昇格し、いよいよ重要性が増してきたな」
「そうだね、つまり僕たちに何ができるのかというのが大事だね、っとユニア、来ていたのかい、お疲れ様」
「はい、お疲れ様です」
((けけけ! 不意打ちもそう何回も繰り返せばこっちだって学習するっての!!))
前回の偽物の件でフメリオラに特製鳴子を作らせたのであった。とまるで学習していないいつもの俺達。
「ユニア、どうしたの? 日誌はまだなんだけど」
「いいえ、日誌は私がやります。先輩とルルト神にはこれから首都に出張に行ってもらいます」
「へ?」
「王子より伝言を預かっています、先輩とルルト神に王子の執務室に来るようにとのことです、出張という言葉を使いましたが、書面で残すものではなく非公式だと」
「……俺とルルトに?」
「はい、用件は来たら話すと」
「…………」
ふむ。
「ユニア、イザナギとルルカはどうしている?」
「今は、休ませていますが」
「起動させろ」
「させてどうするんです?」
「ダラダラさせる」
「は!?」
「いつもの俺とルルトみたいに駐在所でだ、ただいつもと逆で、あの2人を俺とルルトの影武者とする。ただイザナギの黄泉チシキとしての運用だけは許可する。ただし何回も言うがボニナのマフィア化は絶対に防げよ、アイツは優秀で有能が故に悪い意味で問題をいい方向に解決したがるからな」
「ど、どうして?」
「どうしても何も、王子が言ったとおり俺とルルトが非公式に姿を消すためだ、消した後に駐在官の仕事をしなければいけないだろ? あの2人ならお前の手を煩わせることもないだろうからな」
「……何か知っているんですか?」
「いいや、それを確かめに行く、ってなわけで、ルルト、いつものやつ」
「分かった、麻雀は今回の出張が終わってからだね~」
と神石に力を籠めて、首にかける。
「じゃあなユニア、他の仲間たちに説明よろしく~」
といつもの調子で駐在所から飛び立った。
「…………」
なんだろう、今の神楽坂の言い方は、喉に骨が刺さったような言い方だった。
考えていることが顔に出るから、王子と一緒に花街に繰り出すとか、そんなウキウキな感じは一切なかった。
気になりつつも、休憩時間を利用してきたので早くセルカの下へ戻らなければならないとばかりに、詰所を後にして。
――そのまま3週間が経過した
「…………」
駐在所詰所でユニアは、黙々と日誌を書いている。
現在の状況は、神楽坂の指示のとおり、人形2体を武官軍曹と文官軍曹として扱っている。そして黄泉チシキとして活動は許可するとのことなので、業務は把握の為に日誌を人形たちから報告を受けた自分が書くということをしている。。
日誌を書き終わったユニアは、そのままペンを置く、その表情は晴れない。
出張に向かった2人からの連絡は一切ない。
そしてレティシア、つまりウィズも同じ時期から姿を消しており、こちらも音信不通状態。
ただウィズの方は教員として引継ぎはしっかりしておいたからこちらもまた特に問題はないが……。
「ただいま戻りました、ユニア文官少尉」
と言いながら現れたのは、件の影武者達だ。
「どうでした、ラムオピナは?」
「ボニナ族の運用については特に報告することはありません」
「我々の保護下にある施設については?」
「3件ほどマフィアからの接触と断ったことによる小競り合いがありました」
「確認しますが、貴方達が解決に乗り出してはいないでしょうね?」
「……はい、指示通り憲兵に通報して処分しており問題ありません」
「分かりました、繰り返しますが、我々は正義の味方ではありません。創作物語のように「英雄」にならないように」
連合都市に保護を申し出た施設に対しての反社会勢力への対処方法についての神楽坂は一つ厳命している。
それはこちらが一切干渉をせず、全て憲兵に通報し解決させるという手法だ。
さて、ここで分かりやすく日本を例にあげてみよう。
反社会勢力に対しての一番有効な戦法は警察に通報することだ。
だが現在、反社会勢力に対してこの有効な戦法をとる例はほとんどない、それは何故かというと反社会勢力は人の弱みに付け込むからだ。
例えばハニートラップに引っかかり社会的地位の高い妻子ある男が不倫現場を写真で押さえられてしまった時、警察に通報するかと考えれば答えは出てくる。
当たり前ではあるが相手を脅すとき利用する時、人の弱みに付け込む手法を取るのならば、相手と状況を選ばなければならない。
反社会勢力が捕まる時は弱みの無い人間に付け込むミスを犯すか、それか弱みを晒されてもいいから関係を絶ちたいという人間が、警察に相談し、結果捕まるのだ。
「……ユニア文官少尉」
少し不満げにイザナギが問いかける。
「なんです?」
「保護下にある施設はまだ良い方です、我々の保護下にない娯楽施設はひどいものです。違法カジノにぼったくりバー、マフィアのたまり場、犯罪のための密会に使われ、逃げたマフィアの構成員を匿ったりしています。民間にもかなりの被害が出ており、それこそ憲兵に被害を訴える住民が多数出ている状況です」
とのイザナギの言ではあるが。
「対処の必要はありません」
とユニアはあっさりと回答する。
「必要ないって!」
「まず客側は大人、ならば自衛が求められます。民間に多数の被害が出ているのは自衛できない大人が多数いるということになります。となれば憲兵がいくら取り締まったところで無駄ですからね」
「そ、そんな! あ、そうだ、そのマフィアの保護下にある店舗のいくつかが、その被害を受けて、こちら側に保護を申し出ていますが、それは」
「それこそ捨ておいてください。元より反社会勢力と知りつつ繋がっているのであれば、自業自得、同じ穴の狢。今まで散々旨い汁を吸っておいて、都合が悪くなればこちら側に乗り換える、ある意味マフィアより質の悪い連中です」
「…………」
「繰り返します、エンチョウを管轄する憲兵が処断すればよい。そしていつものとおりこの情報全てはタキザ少佐に渡してください。個人的にどうしても納得できないのならば、タキザ少佐に頼んでみたらどうです? その店ともども苛烈な処分をしてくれることでしょう」
「納得できません! マルスとエンチョウの二つの部門を治安統括するのは、ボニナ族の力は頼れないのですか!」
「繰り返すとおり、神楽坂大尉より、それだけは絶対にしないようと言いつけがあります、ボニナ族のマフィア化は、そのままボニナ族が腐り落ちるとまで言っています。あくまでボニナ族は「我々にとって守る対象」であることを忘れない様に、とのことです」
「…………」
そう、何回か述べたが、ボニナ族の「非合法暴力装置」としての運用は、神楽坂が固く禁止している。
対外武力は「掟」に反した時以外は使わない事、ラムオピナの用心棒を続けることの二つを繰り返し言っている。
あのアンポンタンは自分の欲望に正直なくせに欲望に対してかなり慎重な姿勢をとっている。いや、自分の欲望に正直だからだろうか、男の浪漫とか奇行に走る癖に、徹底したリアリストなのが彼だ。
確かにイザナギはそういう意味において不安が残るし、納得いっていない様子、このままだと情に流されるかもしれない、だったら。
「私がサノラ・ケハト家の人間だという事は知っていますね? 我が国の金庫番を任されてということも」
「も、もちろんです」
「我が家の始祖、初代当主サノラ・ケハト、つまり始祖様は病的と呼ばれる程の中立性を持つと言われ、その象徴的なエピソードがあります」
偉大の名を冠する唯一の王が初代国王ならば、その側近である原初の貴族達は「偉大の名を冠する唯一の当主」である。
そんなサノラ・ケハトも愛する女性を見つけ結婚後、第一子を授かった。
だが子供は生まれつき生きるのことが困難なほどの難病にかかって生まれてしまい、多額の医療費が必要であった。
ウィズ王国もまだまだ国に余裕がない時であったが、リクスは今まで尽くしてくれたサノラ・ケハトに国費より治療費を捻出するという言葉にこう言い放ったという。
――「国の金は国のために使うべきであり、国民のために使うものに非ず」
結果サノラ・ケハトの子供は死亡した。
血も涙もないと仲間内からも非難の的であったが、リクスだけは「金庫番を任せたのは私、なれば責は私にある。サノラは責務を果たしてくれた」と述べたという。
「…………」
絶句して言葉も出ないイザナギ。
「金は人の欲を具現化したもの、エンチョウは人の欲が舞い踊る場所。これでも理解できないのなら、我がサノラ・ケハト家がどういう状況にあるか、どういう人物達が群がってくるか、もっと教えることもできます」
「はっきり言えばマフィアなんて可愛いものですよ? 聞きますか?」
「……い、いいえ、申し訳ありませんでした」
「では、私はセルカ姉さまに合流してきます。2人は通常業務と生活を続けるように」
「わ、分かりました」
といってイザナギは執務室を後にした。
アレは、まだ納得してないのだろう、問題を起こさなければいいが……。
「…………ふう」
と思わずため息が出てしまう。
3等昇格が決まり今まで思えばずっと働き詰めだった。
特に中央政府の支部が作られることによる人事調整が困難を極め、人材に難航しているらしく、その部分で話が中々進まない。
まあ中央政府も、原初の貴族であり官でありながら民とも密接につながっている私を始めとした、クォナ、ネルフォル、王子との繋がりも意識しなければならないのだから苦労しているのはお互い様だろうが、遅くなればなるほど手間も多くなるもの。
民間は経済的利益を優先するから規律を軽んじる。
官吏は社会的利益を優先するから規律に縛られる。
永遠に交わらない平行線だが、愚痴も出そうだと思った時だった。
「お疲れ様」
「セルカ姉さま?」
そう、セルカが詰所に現れた。
セルカがここに来るのは珍しい、普段はマルスに詰めており、ここには滅多に来ないのだが……。
「ま、まさか姉さま!」
何かを察したユニアにセルカは頷く告げる。
「王子からの呼び出し、場所は王子の執務室、当然に招集は私達だけじゃない、ドゥシュメシア・イエグアニート家全員よ」
――王城・執務室
王子の執務室は、当然に誰でも入れるという訳ではない。
王子の執務室の横には資料室がありそこに聖域に繋がる隠し通路があるのも理由の一つだが、訪れ方もいらぬ噂を避けるため、極秘に徹する必要がある。
だからドゥシュメシア・イエグアニート家全員が、一堂に会する場合は、それぞれに時間をずらしひっそりと集合する。
その執務室に一番最後に集合したのはクォナと侍女三人組だったが……。
「兄さま?」
そう、中にはパグアクスがいたのだ。彼は王子の秘書ではあるが、ドゥシュメシア・イエグアニート家に名を連ねているわけではない、だがこの会合に呼ばれているということは。
「パグアクスが当主になった時、神楽坂のことを知る立場にあるからな。今後のことも考えて私が神楽坂に提案し全て話した。既にドゥシュメシア・イエグアニート家の直系に名を連ねている」
王子の説明に驚いた様子のクォナはただ事ではないとパグアクスを見るが。
「私は滅私奉王の秘書だ、驚きはしたが特に何もあるという訳ではない、神の仕業とわかれば、神楽坂の色々な部分について納得するさ」
「……分かりましたわ、私の方も特に何かあるわけではありませんから」
さて、全員集合、自然と全員の視線は王子に集中する。
このただならぬ雰囲気のまま王子は言い放つ。
「邪神事案だ、ケルシール女学院に邪神が入り込んだ、神楽坂は既にケルシール女学院に潜入、調査にあたっている」