次へ……
――王城
女王と次期女王、セアトリナ子爵とフロアが2人歩く。
そのセアトリナとすれ違う男たちは崇拝の目を向ける者、そしてバツが悪そうな顔をする者、そして極少数の冷静な者。
その冷静な男の1人、2人を先導し、案内をするのはパグアクス。
最上階にある執務室の扉を空いた先、王子が座っていた。
パグアスク息に促される形で2人は入り、王子と対応すると跪く。
「ご機嫌麗しゅうございます。フォスイット・リクス・バージシナ・ユナ・ヒノアエルナ・イテルア王子」
「楽にして構わない、パグアクス、茶と茶請けを出せ」
「はっ」
●
「ミローユの結婚式はどうだった?」
「はい、とても綺麗でした、ミローユは可愛い教え子、その1人の成長はとても嬉しく思います」
「そうか、フロアよ、お前とは社交界デビューの謁見以来か」
「はい、お久しゅうございます、フォスイット王子」
爵位を与えられている王国貴族家だけは、無条件で社交界の参加資格を有する者であるため、王族に謁見を賜り、それをもって社交界デビューを宣言するのだ。
「修道院で随分と活躍しているそうじゃないか、私の耳にも届いているぞ。着々と人脈を構築しているとな」
「過大な評価ですわ、私はただ粛々と過ごしているだけです」
「そうか、ああ、そうそう」
とここでわざとらしく言葉を切ると……。
「トカートは知っているか?」
突然出てきたトカートの名前に一瞬だけぴくっと震えるフロアであったが。
「はい、もちろん。王国剣術の世界において7人しか許されない範士の称号を最年少で得た天才剣士。更に明晰な頭脳を持ち合わせたカガン男爵家の次期当主、有能優秀な人材で私の大事な同期ですわ」
「そうか、なればよかった、なに、ひょっとしてだが誤解をしているのではないかとないかと思ってな」
「……誤解、でございますか?」
「いや、実は奴とは「友人」なんだよ」
「…………」
「なれば「軽口」も叩き合おうというものだ、ひょっとしてその「軽口」を「悪口」だと誤解しているのではないかとな」
そんな王子の言葉に。
「まさか、トカート息とは良き同期でありますわ。とてもいい関係をこれからも築き上げていきたいと考えておりますもの」
「そうか、だったら一安心だ、奴とはひょっとしたら長い付き合いになるかもしれない。となれば私に忠誠を誓ってくれたノトキア子爵家との付き合いも生まれるだろうからな」
「はい、このノトキア子爵家のフロアは王子の意思のままに」
「うむ、それとセアトリナ、何か私に用件があると聞いたが」
「はい、神楽坂大尉の件についてです」
「……神楽坂?」
少し警戒した王子にセアトリナは真面目な顔になる。
「王子、実は……」
とセアトリナは王子に用件を話し始めるのであった。
――王子との歓談後・馬車内
2人を乗せた馬車は、フロアの帰院の為に修道院へ向かっている。
「フロア、分かったとは思うけど、王子はトカートの「悪口」を許すばかりか、側近へ取り立てるおつもりよ、つまり敵に回すなと暗におっしゃっています」
「分かっていますわ、お母様」
「大丈夫なの? トカートを排除したのは貴方でしょう?」
「その流れを作ったのは私ですが、元より「悪口」を叩いていたのはトカートですから、それを許す流れを作れば造作もないことです。明日から後期課程が始まりますから、すぐにでも手を打ちます」
「わかりました、貴方なら大丈夫でしょう」
「それとお母様、王子に申し上げた例の神楽坂大尉の用件は」
「ええ、貴方には知っておいてほしいことだったけど、今は直接関係ないことよ」
「…………」
あまり浮かない顔をするフロア。
「あら、何か不満?」
「不満というか、事態の重さは理解していますが、神楽坂大尉に関わった者は革命的な変化を遂げてしまいます。そして問題なのは、それが良いことなのか悪いことなのか分からないと言った部分です」
「具体的に言いなさい」
「先のボニナ族の案件がより顕著に出た例だと。エンチョウに蔓延るマフィアは大勢死にました。ですけど王国の治安に全く貢献していない。それどころか首都のマフィア達のエンチョウへの足掛かりを作ることになってしまった」
「そして閉鎖都市として秘密のベールに包まれていたボニナ族の立場を神の眷属として変えてしまい表舞台に立たせた。その神と眷属と唯一の交流することになった連合都市、おそらく連合都市以外の交流はこれからもないとは思いますが、これがボニナ族にとってどういう意味なのか私はまだ計りかねていますが、革命的な変化であることは疑いようがないからです」
フロアの言葉を聞くセアトリナであったが。
「ボニナ族の案件について、貴方の見方は正しいと思うけど、それは見方の一つね」
「どういうことですか?」
「これは多分に推測を含んでおり、禁忌に触れるから他言無用でお願いしたいのだけど……」
「伺います」
「ボニナ族は弱い、その弱さは統一戦争時代から変わっていない。ひょっとしてボニナ族は負けた相手が偉大なる初代国王でなければ、そのままあっという間に滅ぼされ、歴史の表舞台から姿を消していたかもしれない程に」
「な!! お母様!! ボニナ族は!!」
「分かっています。ボニナ族は初代国王の仲間となり統一戦争勝利へ多大な貢献を果たし、現在ウィズ神の眷属として認めれられた新たな禁忌、だから他言無用と言ったのよ」
「し、しかし弱いなんて信じられません! さっきはああ言いましたが、ボニナ族とマフィアの戦争は一方的な虐殺の上での圧勝と聞いています!!」
「だから結果だけを見ればね。ただその虐殺に神楽坂大尉が関わっていたのは貴方も知っているでしょう?」
「そ、それは知っていますが……」
「それを関わり方を考えてみると、世間で言われているような虐殺の圧勝ではなく別の側面が見えてくる」
「別の側面?」
「虐殺の勝利ではなく戦争の勝利」
「戦争……」
「戦争が外交の一手段であることは理解していますね? それをボニナ族とマフィアとの間に起こしたのよ」
「で、ですがそれは不可能ではないですか! お母様! マフィアは相手の欲に付け込む集団! そんなマフィアを必要悪と称する一般人もいる程に人は欲に弱い……」
自分で言って立ち上がる。
「ま、ま、まさか!!」
「そう、外交の一手段として戦争を成立させる、それを国家間ではなく、個人間で起こすのならお互いの繋がりはないということになる。つまりマフィアとボニナ族は「繋がりがない」ということになる」
「そんなことがありえるのですか!? ずっと、それこそ憲兵が特級危険指定をして監視していたというのに!」
「だけど、それでも手掛かりがなかった。つまりはそういうことよ」
「そ、それは憲兵が見落としたと!」
「その可能性は無い、もちろん一つや二つを見落とすことはあっても、これだけの長い時代監視を続けて見落とし続けるのはありえない、ボニナ族からの逮捕者すらも出ていないのよ」
「そ、それは! かねてから憲兵とボニナ族と中央政府との繋がりが噂されていて」
「フロア!」
強く諭すセアトリナにビクッと震える。
「し、失礼しました」
「陰謀論に走るのは最も愚かな行為よ、自制しなさい」
「…………」
「とはいえ神楽坂大尉は今の貴女のように陰謀論には走らなかったのでしょうけど、戦争を起こす上でそこが肝であるが故に相当に疑ってはいたのでしょう。仮に繋がりがあれば共倒れの自滅しか道はなかったのだから。だけど繋がりは無かった、だから戦争を起こせた」
「だからこの戦争は美しく集結する。マフィア相手とはいえ法治国家内で一方的な虐殺という「犯罪行為」を公然と起こしながら「未解決事件」として憲兵が収束させ「お咎めなし」としたことにね」
「ウィズ神により、ボニナ族は神の眷属であり、ボニナ族の侮辱は神への侮辱に等しいということを知らしめ、マフィアが手を引かせる口実を作った」
「その間一時的にマフィアから解放されたエンチョウの各娯楽施設に対しネルフォルはマフィアと縁を切り連合都市と繋がるべきと呼びかけた。その呼びかけに呼応した娯楽施設は連合都市と契約を結びマフィアと縁が切れた」
「ここからが凄いのが、ネルフォルの呼びかけはあくまで任意であったこと、そして連合都市は契約をしない娯楽場所は、首都の有力マフィアに取り込まれ現在に至るまで、放置をしたこと」
「この流れを作ったの神楽坂大尉、私はそう見ている」
「お、お母様、ちょっと待ってください、そ、それだと、全てひっくり返りませんか? だって、それだと」
「そう、ボニナ族は理由は分からないけど窮地に陥っていたの、だから助けてほしいと」
「窮地に陥ったから助けてほしい、い、今の話だと、どうしてボニナ族は神楽坂大尉に助けを求めたのです? た、確かに神の繋がりを噂されては……ああ!!」
ここで全てが繋がったのだろう。
「ボニナ族の警護先である王国最古のカジノの一つラムオピナ! そのオーナーであるツバル・トゥメアル・シーチバル家直系! ネルフォル嬢ですか!!」
「私はそう考えています」
「し、しかし! 繋がりますか!? この情報は噂ですら出ていないのですよ!?」
「だから、王子に内緒に依頼したんでしょう、全てを伏せた上でね」
「フォスイット王子相手に!? そんなことをしたら!! ってお母様はあの噂を!?」
「ええ、ネルフォルはボニナ族の案件でフォスイット王子の逆鱗に触れて「手打ち」に処されたと。具体的には執務室のテラスからネルフォルが身を投じた、目撃者も複数いる」
「身を投じたって、でもさっきは無傷で普通に私たちと話していたではないですか! あの高さから落ちて、無傷はありえな……」
「まさか! 神楽坂大尉!?」
「ええ、神楽坂大尉が地面に衝突する寸前で助けたと思うわ」
「人が1人落ちているのを助けた!? お母様は本当に!! 神楽坂大尉が神の力を使って助けたと!?」
「素敵よね、まさに創作物語のワンシーンのようね」
「創作物語って、で、でもネルフォル嬢の行動の状況を考えれば、多分ラムオピナも窮地に陥っていたのでしょうが、それでも、仮にいい結果が出たとしても、王子に逆らうというのは身の破滅を招く行為、それを原初の貴族の直系が、意味が分からない」
「そう? 逆に私はネルフォルが依頼をしたというのだからこそ納得したけどね。教えたでしょう? あの子は過去2回ほど自分の命を賭けに出している正真正銘の博打好きのイカレ女だと」
「…………」
母が「イカレ女」と「称賛」する女は王国内ではたった2人だけ、そのもう1人は。
男の理想を体現したと言われる女、それは他国にも影響を及ぼし、時代が違えば傾国の美女とまで称され、側近の「支配下」に騎士団という自分の狂信者達を従えるイカレ女だ。
そしてその2人は、揃って神楽坂大尉に惚れているという噂、いや噂というか、ネルフォルなんかは。
――「私は自分が一番であれば、他に女は3人までだったら許してあげる、それ程の男だもの」
と公言している。
だけど、信じてはいなかった、私だけじゃない、大多数の男女がだ。というかクォナ嬢も含めて虫よけのスケープゴートとしてのレベルでしか扱われていない男だいうのが通説。
(し、信じられない……)
子爵家次期当主として、貴族令嬢として、本当にあのイカレ女2人が本気で1人の男に惚れるなんてありえるのか。
無論、フォスイット王子の側近中の側近であることは知っていたし「配下」とは言ったし、ミローユに語ったとおり確かに支配下に置くことができない男だというのは分かったし、功績だって全部が全部まぐれなんて考えていない……。
だけど私と話した時のあの怯えよう、ミローユに対しての間の抜けた言葉と態度、そして普段の評判を聞いて、正直、この程度の男何を恐れることがあるのかと思った。
確かに今の自分の母の推論は説得力はあるけれど、推論の域は出ない、だが母はあの「イカレ女2人が本気で惚れている」という理由を根拠にしている。
そしてそれは貴族令嬢の1人として納得できる話、あの2人は王国貴族の子息たちは無邪気に夢中になっている2人ではあるが、同性である王国貴族令嬢の中では特異で異端中の異端な存在、色々な意味で誰も手が出せない存在でもある。
現に自分でも「勝てる気がしない」と感じる女2人であり、絶対に敵に回したくない相手だ。
「貴方は神楽坂大尉を「思った以上に冴えない」そう見たわね?」
突然の母の言葉にビクッと震えるフロアであり。
「…………」
フロアは自分でも気づかないうちに自分の体を自分で抱きしめていた。
それは恐怖、恐怖で体が震えておりそれを抑えるために抱きしめている。
「イカレてる、神楽坂大尉は、狂っている、人じゃない……」
「ネルフォルとクォナはそこに惹かれたのでしょうね。世間は何処を見てあの2人は対照的と評価しているか分からないけど、それはとんだ勘違い、中身は似た者同士だからね」
そしてフロアは理解する、そうか、だから、最初に紹介された時に。
「申し訳ありません、お母様、私は、とてつもないチャンスを、わざわざ最重要人物だと教えていただいたのに……」
そう、あの時の母はそう言っていたではないか。それなのに自分は言葉と仕草で弄せるレベルの低い男だと決めつけてしまったのだ。
「あの時はあえて言いませんでした、何故ならその失敗を糧にさせるためです。まあ貴方ももう少し大人になれば分かるわ。猛毒を持った男と関わり合いになりたいと思うことをね」
「お母様、つまり、毒を以て毒を制するということですか」
「否定はしない、だからこそフォスイット王子に話を通したのだから、極秘に物事を進めてくれるようにね」
「…………」
「我がケルシール女学院に猛毒が入りこんでしまった、これは由々しき事態だからね」
「お母様、私にできることは」
「大丈夫よ、貴方はまず修道院生活に専念し「男を支配」することを覚えなさい、多分その点については私よりも素質があるでしょうから」
「わかりました」
とここで馬車は修道院の前に到着する。
「それではお母様」
「ええ、行ってらっしゃい」
とフロアが馬車から降りて、敷地内へ入ると待っていたとばかりに、取り巻き達に囲まれる。
その光景は人当たりがよく、身分に関係なく分け隔てなく接する彼女は、まさに「スクールカーストの最上位」である。
「…………」
その光景を一瞥し、御者に命じて、自分の本拠地、ケルシール女学院へ戻るのであった。
――王城・フォスイット王子・執務室
セアトリナ母娘が立ち去った後の執務室、パグアクスは、部下に用意させた資料を王子に手渡す。
「王子、例のケルシール女学院の資料です」
「ああ」
と一瞥するが、すぐに手元に置く。
「……王子」
「動揺するなパグアクス、例の段取りの方は?」
「既に終わっております。後は王子の命令一つです」
「流石に仕事が早いな、なればセアトリナに伝えたのちに、我が名をもって発動する」
「弁えております、私は秘書です。王子の命のままに」
「すまないな」
と立ち上がり、テラスから外の光景を一瞥する……。
「思えば、来る時が来たのかもしれないのか……」
城下に広がるは、ウィズ王国。
世界最大最強国家と名高い、いずれは自分が王として治める国だ。
「なれば翌日、神楽坂に極秘任務を下命する」
(神楽坂、頼んだぞ)
と決意を固める王子であった。
:::続く
これで間章は終わりです。