仕立て屋のおばちゃんと神楽坂:前篇
:::仕立て屋のおばちゃんと神楽坂
ここは首都の裏道にあるワカユという仕立て屋。
例の神楽坂が修道院時代から贔屓にしている仕立て屋である。
その女主人であるトズナ・ワカユ。
店の屋号はそのまま自分の名前であるワカユと名乗っており、元は自分の祖父が辺境都市から一旗揚げようと首都で仕立て技術を学び、開業したのが最初。
最初は新入りという事で鳴かず飛ばずみたいだったけど、確かな技術に徐々に信用を得て、客を少しづつ獲得、仕立て業の他に洗濯業も始めてこれも軌道に乗った。
自分も首都でここで生まれ育ち、同じ道を歩み、その時に技術学校で同期だった旦那と知り合い結婚、夫婦仲もまあ良好だと言ってもいいだろう。
無事に男の子を2人授かり、今は首都内の学院に通っている。まあ反発盛りで、仕立て屋にだけはならないと2人とも言っているが、将来どうなるか分からないけど。
「ようトズナさん」
「あら、地区商会長さん」
そんな感じで訪れたのは、ここら辺一帯を取り仕切る地区商会長だ。
「はい会報、それとこれいつもの注文票ね」
「はい、確かに、いつも御贔屓にどうも」
地区商会長は、地区の中で一番老舗の小売店の店長をしておいる。ご先祖様がまだここら辺が未開発の時代、今後の発達を見込み、いち早く大通りに面して店を立て、商売の手腕も中々の物で、立地の良さから中々の羽振りの良さを持っている。
ちなみにヤリ手の人でもあって、こうやって自分の地区商会内にマメに顔を出して、さっきの注文票のとおり商会内の店に全員「顧客」にしており、うちの店は、商会長の店で使うリネンの洗濯し、報酬を得ている。
こうやって毎日休みなく地区商会長としての地位、そして王国商会内での地位を少しでも上げたいと必死の努力を重ねている。
「とりあえず、王国商会に大きな変化はなし、ウィアン王国商会長の再選は確実だね」
「再選確実、相変わらず飛ぶ鳥を落とす勢いだね」
王国商会、ウィズ王国に存在するただ一つの商人の組織であり、加入しなければ、ウィズ王国内で商人を名乗れない巨大組織。
とはいえ、強制力は「加入すること」であり、商取引は王国商会員同士のみという会則のみだ。
そんな組織は不要と、歴史上何人もの有力商人たちが新たに組織を作り立ち上げるも、王族と原初の貴族の不興を買い、全ての組織が完膚なきまでに叩き潰された。
しかも潰した後の穴はどうするという懸念に対し「そんな穴は勝手に塞がる」と本当に放置をして、実際に勝手に塞がるのだから人間の業は深い。
結果、「商会への加入と加入者同士の取引の二つさえ守ればよく、後は本当に自由なので、今はもう新しく組織を作るよりも入ればいいんだから後は勝手に金儲けをすればいい」というのが現在の「常識」となっているのだから、人は欲が絡めば割と合理的に判断をしたことも面白いけど。
そんな王国商会の頂点、商人をやっていれば知らないものはいない、王国商会会長ウィアン・ゼラティスト。
シェヌス大学経済学部を卒業し、大手流通企業に就職後、最短で管理職まで出世するが、その時点で退職し独立起業。その独創的な流通手法は「新たな常識」をいくつも作り出し、今では王国三大商社、ウィアン商事の最高経営責任者だ。
王国商会の会長選出は「一番金を持っている奴」という不文律があるが、資産は3位であるも、とにかく政治力に長け多数の「シンパ」を抱えているウィアンは既に10年も王国商会の会長職を続けている。
王国商会会長の役職はたった一つの大きな利点がある。
それはウィズ王国経済担当、偉大なる初代国王の統一戦争の時代に、金という力を供給し続けた長兄ツバル、次男トゥメアル、三男シーチバルの三兄弟。
固い絆で結ばれた三兄弟は、統一戦争勝利後、いずれ起こるであろう骨肉の争いを予期し、初代国王に自分達を一つにと進言し認められ、現存する公爵から伯爵を独占する原初の貴族に置いて唯一三つのミドルネームを許された侯爵家。
ツバル・トゥメアル・シーチバル家直系の四男より「便宜」を与えられるのだ。
庶民にとって原初の貴族の「後ろ盾」は現実味のある話ではない、自分たちの強すぎる力を知っているから、そもそも後ろ盾にならない。だが「便宜」は計っても良いという認められれば、口利きをしてくれるのだ。
そして世界に通用する原初の貴族の便宜を得ている庶民はウィズ王国でわずか5人しかいない。
「原初の貴族の直系か、なんか遠い遠い別世界の話のようだよ」
「まあ、俺も総会の時にウィアン会長と2人で並んで歩いているのを遠くから見たぐらいだからなぁ、殿上人の話だよ」
とは言いつつも、目はぎらついている。
確かに彼は今は最小単位の地区商会長だが、次の首席地区商会長の選挙にうって出るつもりなのは誰もが知っている話。
そして当選すれば、その総会の時、直系を出迎えることができるようになる、それでも王国中の首席地区商会長達が集まるから、その数は700人程になるけれど、それでも出世には違いない。当然話しかけることも出来ないが見ることが許されるようになるのだ。
「それじゃ俺は寄るところがあるから」
と別の店に行く。
まあそんな背景を全部知っていても、このマメさを知れば、次の首席地区商会長選挙にはまあ、投票するかという気にはなってくる。
あの地区商会長は自分の代か次世代で更に力をつけて王国商会に認められ、幹部商人の地位を狙っているのだろう。
幹部商人。
その中でも三段階に分かれているが、全員が別格と称される程の大商人たち。
ちなみにあの地区商会長が太鼓持ちをしているのは王国最古の百貨店のオーナーだ。
そのオーナーは一番下の幹部商人とはいえ、そのオーナーもウィアン会長の太鼓持ちをしているので、必死で繋がりを得ようとしている。
とまあそんな情報は黙っていても入ってくるが……。
「本当によくやるよね」
と他人事のように呟く。
もちろん幹部商人や星に憧れなかったと言えば嘘になる。
もちろん腕には自信がある、それこそ修業時代は技術では他の人物に引けを取らなかったし、専門学校では技術分野について首席を取っていた。
ただ商人として考えた場合、あの地区商会長の動きを見ればわかるように求められている物が技術だけではなく商才も必要であるという点が自分には合わなかったのだ。
そんな自分の店だけど、常連さんが良くしてくれるお陰で成り立っているし、祖父からの店だから、ここの土地も建物も自分の物だから店代もかからない、そんなのんびりとし感じが自分には合っているのだろう。
常連さんか、そういえば、うちの店の常連で唯一エリートと呼ばれる地位にいるのが、気は良いけど変わった修道院生の神楽坂と言った兄さんがいる。
最初は、修道院生を騙る偽物で詐欺みたいなことをしてくれるのかと思ったけど、店の前で女性教官に怒られている姿を見て正真正銘本物の修道院生だと分かった。
んで卒業後も勲章を受勲し、桁外れの功績を上げ続けていると聞いたけど、辺境都市の駐在官が性に合うとかで異動もせず、庶民感がある感じ。
思えばあの怖い女教官に怒られても怒られても怒られても懲りずに手を抜こうとして、今では部下に怒られても怒られても怒られても手を抜こうとしているそうな。
そんな神楽坂が結婚式のドレスを作って欲しいと連れてきたルール宿屋のミローユさんは、開業当初「官吏が商売なんて上手くいくはずがない」と宿屋がある地区商会長やその取り巻き達は随分冷ややかな目で見ていたっけ。
だけど蓋を開けてみたら、桁外れの実績を叩きだし、瞬く間に星を得た。聞けば旦那の料理人もあのラクォリナで9席を叙された超一流の料理人だとか。
そして女将さんであるミローユさんの能力も実は折り紙付き。聞けば修道院の官吏として首席監督生としてとかの功績だけではなく、あのケルシール女学院時代に特別枠として入学して生徒会長まで務め、学院長であるセアトリナ子爵の大のお気に入りだったそうだ。
ああそうだ、確か、神楽坂兄さんは、ミローユさんがその首席監督生時代に後輩になったとか言っていた。
んで活動がルール宿屋の研修とかで、一か月制服を預けに来たんだった。その時の関係がまだ続いていたんだなぁと思う。
とはいえ神楽坂の兄さんは自分と多分一緒、好き嫌いで行動するタイプなんだろうなと思う。だから功績を挙げても駐在官のままなのだろうし、本人も駐在官が気に入っているのだろう。
って、修道院に王国貴族か、そんな別世界の話は、私には無縁か、そんな殿上人と繋がるなんて、自分のパターンだと突然いい話が舞い込んできて、私の実力が認められるとかの話かと思って首を振る。
いい話が努力せずに入ってくるなんて都合のいい話は存在しないのだから。
さて、そろそろ閉店の準備を始めないとと腰を上げた時だった。
「おばちゃーん、いる?」
とカランカランと扉が開きその神楽坂の兄さんが現れたのだった。
「あらあら久しぶり、丁度貴方のことを考えていたのよ」
「たはー、人気者は辛いね、ごめんね閉店間際に」
「それはいいけど、クリーニング?」
「いや、今日はね、えーっとね、実はね、ちょっとお願いしたいことがあってきたの」
「お願い? またドレスを作って欲しいの?」
「うん、ほれ、入っておいで」
と神楽坂に促されてはいってきたのは、1人の小柄な女の子だった。可愛い感じのしっかりとした感じの目に賢さが宿っており、修道院の文官制服を着ており、階級章を見ると少尉だった、つまり。
「彼女は俺の後輩ちゃんだよん、後輩よ、ここのお店が俺が話した修道院生時代からお世話になっている店なのだ」
「初めまして、お世話になります」
「あらあら、ようこそ、ふむふむ、どう見ても彼女ではないよね」
「おばちゃん、早いよ結論が、まあそうなんですけど」
「それで、どうしたの? この子の修道院の服を作って欲しいの?」
「それがね、実はね、この子、今度社交界に参加するんだよ」
「社交界!? まあまあまあ!! 優秀な後輩なのね!! ってよく見たら恩賜勲章をつけているじゃない!!」
「恩賜勲章と言っても、ギリギリの十位ですけど」
「それでも十分過ぎる程よ! 優秀な後輩に恵まれてよかったね、兄さん!」
「うん、本当にさ、俺さ、先輩で上司なのにさ、割と容赦なくてさ、はは、どう思う?」
「うん、常連さんのお兄さんには悪いんだけど、正しいの後輩ちゃんなんでしょ?」
「(ノД`)シクシク んでね、おばちゃん、そのーあのー、言いづらいんだけど」
「分かってる、お金ないんでしょ?」
修道院出身の官吏、日本で例えればキャリア官僚だ。
キャリア官僚なんて言うと、高給取りのイメージがあるがそうではない。
給料は税金で支給される以上法律で定められており、それだけだと生活できないから、手当をたくさんだし、人並みの給料を得ているのが実情だ。
そんな修道院の官吏としての晴れ舞台が社交界、つまり能力を認められた修道院生だけが参加できるが、これがまた色々と金がかかる。
しかも日本と同じで賄賂が受け取れないため、場合によっては借金して社交に参加し、自分を招いてくれた有力者に恥をかかせない様にするのだ。
ただ実情、その懐具合を見透かされ、金持ちが官吏に取り込まれる事態も発生している。
先日のレギオンで行われた大規模マフィア抗争により2大ファミリーが皆殺しの憂き目に遭った際、芋ずる式に金で取り込まれた官吏も4名判明し、追放されたのだ。
そんな欠点もあるが、社交界で繋がりを活かして故郷を救っている例も多々存在する、清濁併せ呑むウィズ王国の施策である。
「社交界ねー、お兄さん、何処の誰に招かれたとか聞いていい?」
「フォスイット王子だよ」
「まあまあまあまあ! フォスイット王子と言えば次期国王様じゃない! この子は千載一遇の大きなチャンスを掴んだんだね!」
「……うん、そうなんだ、大きなチャンスを掴んだんだよね」
「よし! 私の作品がそのチャンスを掴むために協力しましょう! 社交界はいつ?」
「それが二十日後なんだけど」
「なるほど、材料から揃えないといけないからねぇ、予算はいくら?」
「うーーーーん、それがねーーー、そのねーーーー」
と俺がうんうんと悩むと……。
「お兄さん、おばちゃんを信用できる?」
「え?」
「私に言えるのはそれだけ、今いくらとは言えない、だけどルール宿屋の女将さんレベルのドレスを作るよ、出来上がりは15日後、どう?」
おばちゃんの力強い言葉、思えばおばちゃんは有言実行タイプだった。
「分かった! おばちゃんを信用する!」
「あいよ! だったら後輩ちゃん! ちょっと採寸するからこっちおいで!」
「はい、よろしくお願いします」
と別室で採寸を始めるのであった。
――15日後
「おばちゃーん、いる?」
と後輩を連れてきた俺に。
「いらっしゃい、ご希望の品は出来ているよ、ささっ、後輩ちゃんこっちおいで、おばちゃんが着せてあげる!」
とウキウキ気分のおばちゃん、「私は息子しかいないから、女の子の着付けはする機会がないからね~」と上機嫌だった。
「さて、先輩さん、どうかな?」
と20分後に現れた後輩の姿だったが……。
俺はその姿に目を奪われた、何故って? そりゃもちろん。
「おっぱいがでかくなってる!!??Σ( ̄□ ̄|||)」
ドゴォ!! ドゴォ!!
「アイダアア!!」
思いっきり尻を蹴られて痛さで床にのたうち回る。
「おばちゃんひどいと思うでしょ!? 俺先輩だよ!? 上司だよ!?」
「うん、お兄さん、そういう所だよ、モテないの」
そんな俺を無視する形で後輩はおばちゃんに話しかける。
「女将さん、正直、想像を超える品質の高さですが」
という言葉に「ふふん」と余裕しゃくしゃくのおばちゃん。
「あのね後輩ちゃん、最高級品というのは二つの意味があるのよ」
「希少価値と品質価値」
「当然おばちゃんは後者よ、その代わりこの材料探すの苦労したんだから。んでね、後輩ちゃん、肝心なドレスの値段なんだけど……パチパチと、これぐらいでどう?」
値段を提示された後輩は目を見開いていた。
「女将さん、失礼ですが、利益どころか赤字ですよね?」
「あらら、それを見抜きますか、うん、ぶっちゃけ赤字」
「でしたら、この値段では受け取れません、慈善事業ではないのですから利益を出した値段の提示をお願いします、その分のお金は用意をしています」
「まあまあ慌てなさんな、その胸の上のワンポイント」
すっと後輩は胸に視線を移す。
「可愛いでしょ? それね、デザインのように見えるけど、おばちゃんのサインをデザイン化してアレンジしたものなの、そして私のワカユという名前がそのまま店の屋号になっているのは知っているよね?」
「…………なるほど」
「分かったみたいね、「赤字は広告費」なの。もしおばちゃんのドレスが社交界で認められた時、その時に私の店の名前を出して欲しい、そうすればおばちゃんのお店も上流で認められたってことで繁盛するからね」
「…………」
「後輩ちゃん、遠慮することはないよ、これは対価が発生している以上、正当な取引だからね」
とカラカラ笑うおばちゃん。
取引だとか対価とか言いつつも「事実上のおまけ」してくれているのだ。
さて、どう答えるのかなと後輩の言葉を待つが。
「はい、分かりました、取引の件、お約束します」
と笑顔で返し、
「はいよ、こっちも久しぶりに充実した仕事が出来て楽しかったよ」
とおばちゃんも笑顔で返したのであった。
::後篇へ続く