ミローユ先輩の結婚式:前篇
――ルール宿屋
修道院出身であり元王国府官吏であり首席監督生を勤めたミローユ・ルールが経営者を勤め、王国二大レストランで9位の序列を付与されていた、メトアン・ルールを筆頭料理人として首都に開業。
連合都市から最高級肉であるピガンを供給する唯一の店。
破竹の勢いで業績を伸ばし続け、王国商会より星を受勲した。
連合都市の首都拠点であるルール宿屋、その中の契約に連合都市専用の秘密の部屋を作ってもらい、連合都市の極秘の拠点として活動を続けている。
さて、マフィアの案件も無事治まり、ボニナとの関係も一段落、セクとトカートも修道院に返り、エシルとタドーも連合都市の一員として生活を始めた。
王子は大分報酬をはずんでくれて、それこそ数年は遊んで暮らせるぐらいのお金をもらったので、なればとばかりに首都へ遊びに行き、折角だからと秘密の部屋である特別室で泊まることになったのであった。
明日は観光に行こうとウキウキ気分。
その夜。
再び俺はグルグルと簀巻きにされて転がされていた。
「…………」
今更何も言うまい、俺を見下ろすのはいつもの女性陣だったが、違う事があった、それはミローユ先輩はこの場にいなかったことだ。
「「「「…………」」」」
何だろう、こう、この妙な沈黙、何かに遠慮をしているような気がするんだけど、何に遠慮しているんだろう。
そんな雰囲気の中でクォナが深刻な表情で発言する。
「ご主人様、気を確かにして聞いてくださいませ」
「…………」
嫌だなぁ、何言いだすんだろうという俺の気持ちを余所にこう言い放った。
「ミローユ・ルールさんの結婚式をしたいと思っているのです」
「…………ふーん」
はい、分かりました、つまり「振られたばっかりの女の結婚式に参加してほしいと頼むのとか残酷なんざます」ってわけね、はいはい。
とはいうものの話自体は真面目で、メトアンさんと先輩は新装開店に向けて、ひたすら準備に追われていて、一段落しても今度は生まれてきた赤ちゃんの世話も大変で式を挙げる余裕なんてなかったそうな。
ちなみにその赤ちゃんの世話を頼まれたことがあるのだが、スィーゼと同じ男という事で、じーっと顔を見たところこの子も素質ありだと思ったので競馬場に出かけようとしたら、ユニアより情報が伝わっていたらしく、連れて行ったら殺すと言われた、あの目は本気だった。
んで博物館に行くと言ったらそれはオーケーとのこと、理由を芸術は高尚だから大丈夫らしい。納得いかないので後世に名を残す画家達の裸婦画展をやっていたので一緒に行った、凄く喜んでいた、流石同じ男。
大体裸婦画を描いている作者なんて女の裸に並々ならぬ執着心がないとかけるわけないのにさ、要は芸術として認めていいればそのスケベ心は「高尚」というものだそうだ、要はなんでもいいのだ。
まあミローユ先輩に頼まれて買ってきた博物館の画集の裸婦画に凄い反応してバレたわけだが、あの時の先輩は怖かった、殺されるかと思った。
「というか、結婚式は良いんだけど、これってサプライズで出来るものなの?」
「いいえ、サプライズではありません、そもそもこの提案はメトアンさんからなんです。先日我が本家にて料理を振舞ってもらった時に結婚式を挙げてあげたいと話していたのです。それならばと先日私の方から話を持ちかけ、実現する運びとなりました」
「…………」
(´;ω;`)ブワッ ←神楽坂
「なんて妻思い、流石メトアンさん、よっしゃ! メトアンさんの為なら一肌脱ごうぞ!」
「……ご主人様はメトアンさんに懐いていますよね」
「うん、強面で無愛想だから周りからは怖そうとか言われているけど優しい人なんだよ。先輩に怒られたりユニアに怒られたりユサ教官に怒られたりして落ち込んでいる時に、何も言わず俺の好物を用意してくれるんだよ、それがまた美味しくて! バイト中も色々と可愛がってくれたんだよね!」
と言っていると。
「健気だね、あんなこと言っているけど、本心は辛い筈なのに」←アイカ
「愛した人の夫のために頑張る、ご主人様健気ですわ」←クォナ
「触れないであげようよ」←セルカ
「相変わらずのアンポンタンですね」←ユニア
突っ込まんぞ。
「んで、結婚式と一言言ってもやることは決まっているのか?」
「それが私たちが動くと色々と面倒があるので」
「なるほどやっと理解した、俺にして欲しいことがあれば言ってくれ」
「いいのですか?」
「まあね、ミローユ先輩にも世話になったことは事実だし」
「ありがとうございます、参加するだけで、辛いでしょうに」
突っ込まんぞ。
とはいうものの、確かにこのメンバーで自由に動けるのが俺だけ、となれば。
「どれぐらいの規模でやるんだ?」
「規模は小規模で、ただ、そのセアトリナ卿だけは呼びたいと、それとメトアンさんは師匠を呼びたいとのことです」
「メトアンさんの師匠って、確か元ラクォリナの首席料理人だって聞いたことがあるけど、そんな凄腕の人のスケジュール押さえられるの?」
「実はもう引退されて地方都市で余生を過ごされているようですよ」
「ふむ、なら大丈夫かな、それとセアトリナ卿は呼んでも大丈夫なのか? 色々と、その」
俺の言いたいことが分かったのだろう、なんてことはないという風にクォナは首を振る。
「大丈夫ですわ、ケルシール女学院の外ではちゃんと「大人の対応」をする方ですよ」
(本当に女ってのは本質的に自分が一番な生き物だよな、言わんけど)
「となると本当に小規模でやるのか、なればその2人の招待はそれぞれメトアンさんと先輩でやるんだろ? ということは俺がやるのは教会と食事の手配か」
「食事については、メトアンさんが作るそうです」
「ええ!? 自分の結婚式なのに自分で料理創るの!?」
「はい、そのおめでたい場に自分の作った料理以外が並ぶのが許せないとかで、それに師匠を呼ぶからということも大きいようです、自分の料理を認めさせるためだと」
「ああ、そういえばちょっと話してくれたっけ」
料理人としてのプライドは滅茶苦茶高いのがメトアンさん、前にちょっとだけ師匠の話をしてくれたことがある。
メトアンさんの師匠は、ラクォリナの元首席料理人であり、多数の弟子を抱える人だったそうだ。
その指導方法についてなのだが、ありがちな見て覚えろ的な職人気質ではなく、むしろ逆で面倒見がよく丁寧に教えてくれる人だったそうだ。
だが料理については恐ろしい程厳しい人で特にメトアンさんには本当に容赦がなかったそうで、褒められた記憶がないそうだ。
――「お前は何度同じことを言わせるんだ? お前ほど出来の悪い弟子は見たことがないな」
調理場でみんなの前で怒鳴られることも日常だそうだ。とはいえその中でメキメキと頭角を現したメトアンさん。
そして当時から王国2大レストランで名をはせた七つ星のラクォリナで9席を叙され、その料理の腕は世界の食通たちを驚かせ、原初の貴族も固定客に持つに至る。
そんなメトアンさんは、自信をもって師匠を招待したのだが、そのお師匠さんはメトアンさんが作った料理をじっと見つめてこういったそうだ。
――「ここはタダで料理を出すのか? なら食べてやる」
恐ろしい程の厳しい愛情、そして「意地悪でこういうことをする人ではない」ということも分かっているから、悔し涙を流したそうだ。
でも腐らず精進を重ねていたメトアンさんだったが、その師匠はある日、誰にも何も言わず突然料理界を引退してしまい表舞台から姿を消した。
それこそ王族にも顧客を持つほどの人だったが、誰1人として事情は知らず、結局雪辱を果たせずじまいだったそうだ。
今回はそのリベンジに燃えているらしい、本当に料理については真面目で正直な人だった、普通にカッコイイ。
そもそも俺によく食べさせてくれる賄いも普通に客出すレベルで、利益を完全度外視するから大変とか先輩が言っていたのだ。
「まあ、お師匠さんとそんなことがあったのですね」
「うんうん、どこまでもカッコいいよね」
「ご主人様、そのメトアンさんからで食べたいものがあれば、リクエストを受け付けると言っていましたが」
「いや、となればリクエストなんてないよ、メトアンさんはお師匠さんと「会話」がしたいんでしょ? だったら存分にね」
「……なるほど、そういうものですか」
となるとやることは、教会と押さえることとドレスがあればなんとかなるか。
「教会については?」
「その点については私が手配します。これでもウィズ教司祭を叙されていますから、セレナに手配を頼もうかと」
「分かった、となると次はドレスか、注文する店が決まっているか?」
「え? それはまだ、予算もありますから、相談したうえで決めようかと思います」
「なら心当たりがある」
「え!?」
まさかそっちの提案があると思わなかったのか、みんなして驚く。
「いい店を知っている。俺が修道院時代から使っている仕立て屋だ。デザイン云々は俺は分からないから、打ち合わせがそっちでやってもらうことになるけど、ルール宿屋からも近いから便利だよ」
「んで数値の測定やらデザインの打ち合わせは女主人のおばちゃんがやる。腕は確かだぜ、俺は修道院時代、官品を使っていないという理由でユサ教官に始末書を書かされた事があるんだが、そのバレた理由は「官品よりも余りにも出来が良すぎたから」という理由だからだ」
「そこでメトアンさんの服も合わせて注文する、値段交渉も応じてくれる、おばちゃんは性格は大らかだけど自分の仕事にプライドを持っているからちゃんと仕事をしてくれるぜ」
「わかりましたわ、ご主人様がそこまで言うのなら、それと教会の神父役はどうしますか?」
「だったら、レティシア、頼めるか? 確か対外的に便利だからだと助祭を叙階されている筈だろ?」
という俺の提案にレティシア、つまり主神様は頷く。
「なるほど、それは「粋」ですね、わかりました。私でよろしければ」
「よし、そんなわけで俺はおばちゃんに頼んでくるよ」
「分かりました、よろしくお願いいたしますわ」
「あのねクォナさんや、よろしくお願いいたしますわじゃなくてね、こんな感じで普通に会話しているけどね、俺縛られたままだからね、だから縄をほどいて欲しいのね、俺をいつまで転がせているの? ずーーっと待ってるんだけど、なんで誰も縄を解こうとか言ってくれないのかな?(#^ω^)ピキピキ」
「それは、ご主人様が悲しみでまた……」
「またってなんなのかな、今まで俺は何もしていない筈なんだけどな、変だな、俺だけがおかしいのかな(#^ω^)ピキピキ」
::後篇へ続く