神魂 ~神様の手違いで異世界転移してハーレムチート主人公になった件~ :第三話:
――翌日
偽物の行動は予想に反して修道院に向かうとのことだった。理由は「お世話になった人に挨拶しに行きたい」という至極真っ当な理由だった。
実は修道院生と教官の繋がりって特殊だったりする。
何故なら、修道院の教官って所謂学校の先生という専門職ではなく、職域の一つだからだ。
どういうことかというと、修道院はその名のとおり教皇庁の機関の一つであり、教官は出向組で固められているということ。
ちなみにユサ教官は外交府の事務官なのだ。
だから出向を解かれれば再び外交府に戻ることになり、そうなった場合、自分が面倒を見た修道院生が部下なり同僚なりになったりする。
それでも「先生と生徒」という関係に変わりはないけれど、修道院の教官は出世街道であるのも事実、俺が修道院生だった時の修道院長であるロード大司教だって教官経験者だ。
故に本来であれば部下であるはずのモストの行動に教官が忖度するのはそういう背景があったりする。
出世したければ原初の貴族を敵に回すようなことは自分の出世に響くから出来るわけがない、だから「モストが嫌っている俺を排除できないのは教官の責任という空気」はとても嫌なもので教官方にとっても煙たい存在だったと聞いた。
だからこそ忖度を抜きにモストを怒鳴りつけることができるユサ教官は凄いのだ。
ちなみにモストの監督生としての振る舞いは、王国府以外の省庁から選ばれた監督生を取り込むことにより、現在「派閥の長」みたいになっているそうで、修道院にもたまに顔を出していると聞いた。
まあそれがプラスになっているかマイナスになっているか分からんけど、王子は頭を痛めていると言っていたっけ、だからセクの合格者懇談会に顔を出したのだから。
ん? そういえばあの偽物は修道院を首席で卒業したっていったよな、となると次席はアイツってことになるのか、アイツのことだから面倒に絡んでくるんじゃ……。
という心配を余所に現在偽物はユサ教官と雑談に興じている。
「お前は本当に非の打ちどころがない修道院生だった、首席監督生としての動きも見事だ、まさかユニアを部下に加えるとはな」
ちなみにユニアやティラーの件では、偽物自身が発掘したことになっているのだ。
「お前はてっきり王国府に行くと思っていたが、希望を見た時、正直何故辺境都市にと思ったよ、だが今に至っていては私の狭量だったな」
へー、ウルティミスの配属の件についてはロード大司教の策略じゃなくて、自分が希望したことになっているのかぁ。
と感心していると偽物は「ユサ教官、適材適所ですよ」と言った上で爽やかにこういった。
「私が王国府にいったところで、使えないって追い出されるのがオチです」
(なんだろう!! 俺と同じセリフなのに全然違う!!)
「だが、お前の修道院生として一つだけ言うのなら、それだけの能力を持っているのだから、モストともう少し仲良くできればよかったんだがな」
「仕方ありません、こればかりは相性ですから」
意外、そこは史実に沿うのか、親友にでもなっているのかと思った、それはそれでゾッとする流れだけど。
「それではユサ教官」
「ああ、神楽坂よ、お前とは、また違うところで会いそうな気がするよ」
「はい、その時はよろしくお願いします」
とお互いに認め合った感じで別れて、正門へと歩いている途中だった。
「おい、神楽坂」
(うげ!!)
嫌味っぽい声、案の定振り向くとそこにはモストが立っていた。
さてさて、どう対応するのやらと思ったが、これもまた予想に反し、偽物は姿勢を正しモストにお辞儀をする。
「モスト息、お久しぶりです、監督生の時以来ですね」
「ふん、いいか、お前の一挙一動、我がサノラ・ケハト家の名誉がかかっているのだぞ、その自覚はあるのか?」
「はい、家名に泥を塗らない様に、日々努力を欠かさぬように頑張っています」
「お前は口だけだからな、本当かどうかも怪しいところだ」
「ドクトリアム卿には私が危機のところを救っていただき感謝してもしきれません、そしてその感謝はモスト息にも当然あります」
「私に感謝だと? なんだそれは、喧嘩を売っているのか?」
「モスト息、私の中で一番の修道院生は、一番の努力家であるモスト息だと思っています。だから、私も負けないと努力をすることができた、私の感謝とはそういう意味です。だから本当は私は貴方ともっと交流を持ちたかった、それが私の偽らざる本音ですよ」
「……はっ! お前は本当に口だけだな! 耳障りであり目障りだ!! さっさと失せろ!!」
「はい、失礼します」
と一礼して通り過ぎる。
「…………」
その後ろを姿をじっと見るモスト。
「何となくわかった気がする、何故天才であるはずの俺が、おまえにかなわないのか」
(…………)←神楽坂
「アタマにくるぜ、出世に興味がない修道院生なんてよ」
「頑張れ神楽坂、お前がナンバー1だ」
(おいいいいいぃぃ!! 何でベジ-タポジ!? お前はそんなポジションじゃないだろーーーがーーーーい!!)
とツッコミが虚しく木霊したのであった。
●
「課長のバーロー!!」
と首都の飲み屋でコップを叩きつける。
「ちょっとお客さん、飲みすぎって、ってまだコップ半分も飲んでない……」
「うるさいな! 酒は飲めないんだよ!」
「なら無理して飲まない方が」
「どーせ俺はアレだよ! まるで駄目なお兄さん! 略してマダオだよ!!」
「はいはい」
「大将知ってるかい? 俺って実はね、修道院は最下位だったんだけど、モーガルマン教皇から見込まれて中尉に特別昇任してね、その後、当時の遊廓都市であるマルスを統合作戦を立て、神聖教団の謎を解明、国家最優秀官吏勲章を受勲し、今や裏世界にまで名を轟かせる神楽坂ってんだぜ」
「はいはいって兄さん、神楽坂さんを騙るのは辞め方がいいですよ」
「知ってんの?」
「知っているも何も、あの人は凄い人だよ、今や王子の側近、恩がある人も多い、かくいう俺もその一人だ」
「はん! そーかいそーかい、爽快爽快、けっけっけ」
と管を蒔いていた時だった。
「まあ言い返せないよな、実際アンタの功績じゃないからな」
と偽物が現れた。
「こ、こいつ!!」
「大将、いつもの一杯、そちらさんは酒が飲めないから、いいつまみを頼むよ」
「はいよ! そういや神楽坂さん! 先日はどうも! ってこの横のお兄さんとは」
「ああ、気にするなよ大将、知り合いだ、それと俺を騙るなんて質の悪い奴じゃない、ちょっとこういう冗談を言う奴なんだよ」
「冗談って!! その功績は!!」
( ,,`・ω・´)ンンン? ←そこまで言って我に返った神楽坂
そういえば、その功績って……。
そもそも異世界転移してきて、修道院は化け物揃いで元より能力に及ぶべくもなく、モストのバカボンの険悪さも相まって最下位。
赴任した一番最初の敵であったロード大司教には合法戦略に完全敗北、最終的には神の力を使ってご都合解決した。
そんな筈なのに恩賜勲章と政府第、えーっとまた忘れた、何級でもいいけど、神との繋がりという事の大きさを分からない俺の状況を、何となく察したモーガルマン教皇がくれたんだよな、その時に昇任したんだし。
マルスも作戦は立てたけど、頑張ったのはセルカとタキザ少佐とアイカで、汚れ役は全部してくれたし、あの時はロッソに切れて危うく殺しかけてしまった。
んでアーキコバの物体はラベリスク神が謎を解くに値する人物像とたまたま俺が一致しただけで、発見の功労なんてあったもんじゃないし、まあ言えないけど。その論文はメディが9割6分ぐらい書いてくれたんだよな、あれで何で俺に勲章が授与されたのか未だによくわからん。
結果神の繋がりについて誤魔化しがきかなくなってしまい状況が追い込まれていたものの、ドクトリアム卿のおかげで首皮一枚つながることになったわけだが。
王子の時は、ワドーマー宰相と対戦時、神の力をフル活用というチート技を使っておきながら、自分の判断ミスから一気に距離を詰められ敗北を覚悟したっけ。結局最後の最後で相手のミスに助けられる形になり事実上の反則勝ち。
そんなこんなでついてきた功績のおかげで首席監督生なんてやりたくないものをやらされる羽目になった。普段は忖度忖度うるさいくせに、何でそういう所だけ融通を利かせないんだ、出世したい奴なんていくらでもいるんだから、そいつらにやらせろよ。
まあユニアを仲間に出来てティラーも何とか助けることが出来たからよかったものの、あれは散々だったなぁ、国家最優秀官吏勲章とか、あからさま過ぎて舐めてんのかと思った、まあ王子がいうから受勲は受けたけど。
んで前回のボニナ族とマフィアのゴタゴタは、一番の汚れ役は当然ボニナ族だ。いつの世にも暴力を使うというのは当たり前の話だがリスクを伴う。そのリスク対策に奔走して勝利を収めることができたが、実は後の方が大変だ。幸いボニナ族は、俺を何故か初代国王と重ねていて凄い協力的で献身的だから良かったけど。
要は、異世界転移して神に見込まれたまでは良いけど、俺自身の功績なんて何もなくて、仲間に助けられた結果ってことだ。
「(ぼー)」
「どうしたお客人、その功績は?」
「いや、なんでも、確かにそっちの言うとおり特に自分の功績ってわけじゃなかったね」
「…………随分と物分かりが良いんだな」
「物分かりとかじゃなくて真実だよ、それよりも今度はこっちの質問なんだけどさ、そのキャラって疲れないか?」
「え?」
あの粋人のリーダー像か、確かにまあカッコいいのは認める、金と地位と名誉と女、この要素は昔から男のステータスとして扱われるし憧れなのは事実。
嘘じゃない、だからこそ異世界での主人公はチートというツールを使い、金と地位と名誉と女を得る物語が受けるのだ。
とはいえ今の神楽坂イザナギのタイプってのは、その全てを手に入れて一見して自由にやっているけど、一番不自由な感じがするから、なりたいとは思わなかった。常に自分を演じ続けなければならない不自由、うん、凄い面倒くさそうだ。
だからこそ俺は、徹底して、そういったしがらみがないようにしている。
自分のやりたいようにやれて生きて死ねるのなら、それ以上の傾いた生き方もないと思った。やりたいようにやる続けるという、そんなガキみたいな生き方に憧れていた。
「だから逆に不自由じゃないかと聞きたいのさ、カッコいいのは認めるけど、周りの目を気にしていないようで一番に周りの目を気にして振舞っているように見える、疲れないの?」
「…………」
との俺の言葉に何とも言えない表情をする偽物、それに答えずお互いに沈黙し合う中、それを吹き払うかのように大将が偽物に話しかける。
「って、神楽坂さん、さっきの話じゃないですけどお礼に今日は奢りますよ!」
「いいんだよ、その件はそれこそ俺の功績じゃないさ、俺はタダの駐在官だからな」
「またまた!」
と言っている中、俺は話しかける。
「そういえば何かあったの?」
「いやね、兄さん、さっきの話の続きなんだけどね、実は質の悪いマフィアにみかじめ寄越せって言われていて困っていましてね、それを見事解決してくれて」
「……それってどうやって解決したの? 憲兵に頼ったの?」
「え? まさか、アイツら偉そうにしているだけで何もしないからね、憲兵よりも神の眷属であるボニナ族が頼りになるよ、ねえ神楽坂さん」
「ああ、アイツらは強いし」
「それだけはするなって言い含めておいたはずなんだがな、なんだ、理由が分からなかったのか?」
「…………」
「憲兵は偉そうにしていて頼りにならない、そういうイメージは持たれがちなのは分かっている。だが実際に交流をしてみれば、そんなことはないと分かる。要は憲兵は万能ではないってことで、出来ることと出来ないことをちゃんと理解すればいいだけの話なんだよ」
「それとケツ持ちに使うってのはな「都合よく利用する」ってことなんだ、だからマフィアにケツ持ちを頼んだ結果「骨までしゃぶり尽くされる」のさ、対価としてな、大将」
「え?」
「ボニナ族に借りを作るってのがどういう事か理解しているか?」
「そ、それは! 神楽坂さんが!」
「そこにいるのは「ただの駐在官」だぜ。自分でそう言っていただろ」
「え、え」
と視線を偽物に贈るが。
「黙って奢られろよ、大将、戯言だ、気にするな」
「え、ええ」
をぎこちない手つきで料理を作り始める。
「おい、酒がまずくなるだろう」
「お前のミスだろう、それにマフィアに取り込まれちまうような奴は「同じ穴の狢」だ、自業自得」
「冷たいんじゃないのか、人にはそれぞれ事情ってものがある」
「勘違いするな偽物、皆事情があるんだ、それに俺は正義の味方じゃない、主人公じゃないんだよ。繰り返すぞ、ボニナ族のマフィア化は絶対に避けるべきなんだよ。分かったら二度とするなよ」
「…………」
「とはいえ、まあ奪ったものとはいえ、上手くやっていると思うけどな」
と立ち上がる。
「どこへ行く?」
「散歩」
「さんぽ?」
「そう、俺の趣味だよ、会計はそっち持ちでいいんだろ? 御馳走さん」
「ちょっと待て!」
「なんだよ? 割り勘には応じんぞ~、それにこれ以上話すことは何もないだろう」
と手をひらひらさせながら偽物を置いて店を出たのであった。