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凱旋



 王立修道院。


 そこは、入る前まではただの一庶民が、卒業後には貴族の館に出入りを許される。


 そんなシンデレラストーリーが毎年のように実現する場所。


 それは辺境都市でも1人でも修道院生を出し、その修道院生が成功すれば故郷に多大な利益をもたらす。


 当然多くの修道院生を輩出している都市は、王国幹部に多数のパイプを持っていることに繋がり、有力都市としての地位を確固たるものにする。



 ウルティミス・マルス連合都市初の修道院生、セク・オードビア。



 彼はその評判のとおり修道院合格の日を境に人生は一変した。


 彼のデビューの為に用意された懇談会における王子との繋がりは、予想以上に波及し、王子が直々に貴族枠の修道院を「やっつけた」ことで将来のまさに幹部候補生として立場を確立することに成功する。


 そのやっつけた貴族枠の修道院生がどうなったかはまた別に語るとして、当然に、それだけで全て勝ち組になれるかというと当然にそんなわけではなく、同じぐらい嫉妬を買った。



――「何の努力もしていない癖に」

――「王子のお気に入り」

――「そもそも王子が出てくるなんて反則だ」



 だがセクは、そういった自分に対しての中傷を責める気にはなれなかった。


 修道院は血を流さないだけの泥沼の人間関係戦争の場でもある。全員が貴族に認められるために戦いに身を置くのだ。


 その中で都市の期待を一身に背負う所謂等級の低い都市出身の修道院生達はもっと必死だ、終わらない献身と神楽坂は表現していたけど、まさにそのとおりだった。


 監督生となった神楽坂が連れてきたティラーのように心が疲弊してしまうのは、何も彼が弱かっただけではないというのを入ってから思い知らされた。


 だが一方でその泥沼の人間関係戦争に適合しメキメキと頭角を現す人物もそれなりにいて、そういった人物は貴族枠の生徒に目をかけられている。神楽坂はそれを「取り巻き」と称して「腐っている」と好んではない様子だったけど。


 そんな修道院生活の前期試験が終了し、順位が発表されて、この後は長期休みに突入する。


 そしてセクは長期休みの面談に入っていた、そんな彼の担任教官は奇しくも。


「セク、お前はどう過ごすんだ?」


 神楽坂と一緒の担任教官ユサが話しかける。


 ユサ・ピウィダ文官少佐、修道院出身でありながら貴族との繋がりを必要とせず、それでいて貴族枠から一目置かれている優秀な教官だ。


 ちおみに彼女がセクの担任教官になったのは偶然ではなく、連合都市自体に色々曰く付きな上に街長と王子との繋がりは噂になっており、駐在官がこれまた曰く付きの首席監督生まで務めた神楽坂なのに原初の貴族の次期当主のモストと殴り合いまでやったこともあって、全員が敬遠、結果ユサ教官に白羽の矢が立ち、担任となったのだ。


「私はセルカ街長とユニア文官少尉について都市運営の基礎を学びます」


「ふむ、連合都市は4等都市から3等都市へ昇格が認められたのだったな」


 ウィズ王国では、行政単位を都市能力値として数値化し格付けをしている。


 首都と聖地フェンイアは階級外、方面本部を置く都市を一等都市を頂点として5等の辺境都市まで規定している。


「しかしわずか、1年半で5等から3等にまで昇格するとは、噂通りの切れ者らしいな、セルカ街長は」


 1年半前まで、ウルティミスは王国の補助金なしには成り立たない辺境都市、それを3等にまで引き上げた女傑、ウルティミス・マルス連合都市の中核、現在、財閥とまで称されるコングロマリット、その最高経営責任者である女傑セルカ・コントラスト。


「彼女の功績は枚挙に暇がないな」


「…………」


 そう、枚挙に暇がない、本当に。


 セクにとってセルカは能力という意味においてずっと比較されていた存在、そして絶対に勝てないと思い知らされた存在、一時期は一方的に反発していた時期もあったけど……。


「はい、尊敬している人です、修道院に入って良かったことの一つに、セルカ街長と共に仕事ができるようになったことです」


 今ははっきりとそう言える、セルカ街長は歴代ウルティミス街長で間違いなく1番でありこれから伝説を作る人だ。


 自分が修道院に入ったことは、その伝説に関わることができるということだ。


 セクの言葉にユサは表情を崩す。


「尊敬していると言える人物と共に歩めることはこの上ない恵まれた環境だと言っていい、それを聞いて安心したよ」


「はい、それと3等昇格によりセルカ街長は社交界への参加資格を得ました。次に開催される王族主催の社交界に参加し、私も付き添いという形で参加が認められました」


「ほう、社交界に参加するか、第204期からも凱旋を迎える修道院生が出たか」


 凱旋。


 外国人枠で採用された人物が長期休みで帰ることを凱旋と表現したことから広がり、今では前期を終了した時点での成功者を指す。


 上流はそうそう繋がりを許しはしない、だから王子のお気に入りと言えど反則は認められない。だからこそ3等昇格は、セルカが上流の一員と認められたことになるのだ。


 そして社交界の参加資格を得た人間は、付き添いを選ぶことができる、それが今回のセクの立位置だ。


「セク、お前は将来どういう道に進もうと考えている?」


「王国府です」


「王国府か、理由を聞いていいか?」


「フォスイット王子の為に働きたいと考えているからです」


「フォスイット王子……あの方の為か、それは連合都市出身だからか?」


「いいえ、私が王子と交流を持つ機会を得たことは教官もご存知かと思いますが、その時にこの方の為に尽くすと決めました、あの方は将来名君となる方です」


 貴族と繋がりはないが交流はあるユサにも王子の噂は耳に入ってくる。


 大半は悪い噂ばかりだが、一方で少数から熱烈な支持を受けていると。


「となると将来は秘書室を希望しているのか?」


「はい、最終的には」


 王族秘書室は、王国府に設けられている公務に関わる王族の世話役だ。


 その中で国王と第一王子の秘書室は別格として扱われており、唯一王国府でありながら王国府を含めた中央政府の機関からの選抜された出向組で固められており、室長は例外的に、現シレーゼ・ディオユシル家当主、ラエル伯爵が勤めているのだ。


 つまり王と次期国王、原初の貴族の当主の直属の部下になるという事だ。


「…………」


 だが、王国府は成り上がりたい人物が大半の修道院において、一番人気の機関だ。


 セクの同期は96名、そのうち90位でセクは合格した。そこからは少しは成績を伸ばしたものの61位だった。


 王国府の安全圏は上位10名の恩賜組に入らないとならない。


 故に厳しいことも言わなければならない。誰もが努力すればいいという場所ではないのだから。



「今のお前の成績では無理だ、目標の高さは買うが、ちゃんと別の道を考えておけ」



「はい、分かっています、それはちゃんと考えます」


 悩む様子もなく悟った表情ではっきりと答える、目的意識がはっきりとしている人間は挫折しない、挫折を経験として積み上げられるからだ。


「お前の最大の武器は目的意識がはっきりとしているところだな、さて、セルカ街長といえば、ユニアは元気しているか?」


「はい、街長の秘書としてバリバリ仕事をこなしています」


「ふむ、余りこういうことを言っていいか分からないが、知ってのとおり駐在官としてのユニアは凄まじい功績を出していてな、既に監督生候補の1人だ、秘書としての動きと原初の貴族としての動きを両方学べ」


「もう監督生候補ですか、流石ですよね」


 監督生。


 対象者3年以内に若手限定、実務成績を数値化し上位が任命される、頭脳だけではなく実務も飛び抜けている証。


 監督生として選ばれた人物は監督生章を首元に着け、それは監督生の任を解かれた後もずっと着け続け、生涯に誇れる栄誉となる。


 特に首席監督生は、修道院生の象徴と言われ、殿上人なんて表現する人もいる、エリート中のエリートである。


 そして前回、長い修道院の歴史の中で文字通り桁が違う功績を出し、歴代一位の首席監督生が出たと話題になった。



「「…………」」



 2人して無言になる、理由はもちろん。


「あのバカは相変わらず色々と、やっているんだか、やらかしているんだか、分からないことをしているようだな」


「は、はは」


 ここでユサ教官は渋い表情を浮かべる。


「神楽坂が起こした今回のボニナ族の騒動、これは大激震が走った。マフィアに取り込まれた官吏が全て判明することになり、王子の勅命で全員が追放された。神楽坂の同期も私の同期も数名ほど職を失い追放された」


 ユサ教官の言葉にピンと空気が張り詰める。


「相性が最悪」


「え?」


「い、いえ、神楽坂大尉の言葉で、腐敗との相性が最悪なのが官吏であると、そんなことを言っていました」


「……腐敗に相性なんてあるのか?」


「それがよく分からなく、ただマフィアが最高の相性を持っているからこそ、それを手段として使えるとか」


「アイツも妙に知ったような口をきくな、その手段は具体的にどうだと言っていたんだ?」


「それは……」


 セクはボニナ族の騒動の後、神楽坂に聞いてみたのだ。話してくれないと思っていたが、マフィアの取り込み方については全て話してくれた。


 そのことをユサ教官に話す、マフィアの取り込み方、人の弱みに付け込むとはどういう事なのか。


 話しを聞いたユサ教官は目を見開いていた。


「……そうか、弱みに付け込むは欲に付け込むという事、その取り込み方法を使うということは」


「……大尉は「同じ穴の狢」だと、はっきりと言っていました」


「……リアリストのアイツらしい言い方だ」


「実際に神楽坂文官大尉に教えてもらったマフィアの取り込み方法は凄いです、人の欲に付け込む、シンプルながらに徹底している分効果的だと思います」


「なるほどな、それを利用し、憲兵を動員して、裏社会の流儀で「合法的」に戦争を起こさせ、皆殺しという徹底的に潰した上での勝利方法を採用する。そしてマフィアがボニナ族から手を引かせるために、神の眷属という大義名分を与えた。更に首都の有力マフィアのメンツを立たせるために、連合都市に保護を申し出た場所以外は放置、首都のマフィアたちがエンチョウに足を延ばす口実をつくることで収束させた」


「更に今回の最大の収穫、と言っていいのか、アイツは世界最悪最強と称される亜人種、ボニナ族と同盟関係を結んだというところか」


「…………」


「どうした?」


「多分、なんですけど、神楽坂大尉はボニナ族を同盟を結んだことを収穫とは捉えていないと思っています」


「?」


「ひょっとしてですけど、ボニナ族を「守った」のではないかなって」


「ま、守った!? ボニナ族を!? 統一戦争時代では、覇者の有力候補の一つで、初代国王の器を認め貢献し、戦争後は「下に付けど従わず」を通したボニナ族をか!?」


「はい」


「……にわかには信じられん、キレたら相手を皆殺しにするまで収まらない世界最悪の危険民族とまで呼ばれているのに」


「ですけど、実際に交流してみるとむしろ温和で温厚、優しい人たちばかりで、ただの喧嘩好きって感じです。神楽坂大尉はそれを理解したからではないかと」


「それでも普通の発想ではないと思うが……」


「現に、神楽坂大尉はボニナ族を「暴力装置」として使うことを非常に嫌っています、我々自警団に交流をする上で釘を刺してくるほどに、困ったら憲兵という暴力装置を使ってくれと、それだけは徹底してくれと」


「セク、今までの話を聞いて一つ疑問に思ったのだが、神楽坂が暗黒街で君臨はしなかった理由について何か言っていたのか?」


「そ、それが暗黒街のトップには全然興味がないからだと」


「興味がないって、それだけなのか? トップともなれば金も女も思いのまま、男はそれがステータスなのだろう?」


「金と女についてくるしがらみの方が面倒だと」


「…………アイツは本当に変わらない、思えば修道院の問題行動も「しがらみが面倒」とは言っていたな、本気を出せばマフィアの撲滅も出来ただろうに」


「それが、マフィアの撲滅は不可能と言っていました」


「ふ、不可能? そこまで断言するのか?」


「はい、マフィアが無くなることはありえない、何故ならそれほどまでに人の心は弱く、誘惑に惑わされるからだと」


「そうか本当にリアリストの神楽坂らしい……」



「まあアイツが言うなと思うがな」



「はは、神楽坂大尉は「俺は欲望に弱いんじゃなくて欲望に正直なだけなのさ」だそうです」


「その理屈のこね方も全然変わらんな」


「あの、神楽坂文官大尉は、前期試験の面談の時、どうだったか聞いてもいいですか?」


「前期試験の段階で最下位を取って、サノラ・ケハト家次期当主のモストより絶縁を言い渡されたことを幸いにしがらみが無くなったと喜び、海外旅行に行こうと企んでいたから、説教して補習課題出した」


「は、はは、当時から凄かったんですね」


「最下位と知らせた時は「はあ、そうですか」とケロッとしていたくせに、旅行が駄目になった時は膝から崩れ落ちてこの世の終わりみたいな顔をしていたよ(怒)」


(凄い想像できる)


「そもそもアイツは最下位という成績だが赤点、つまり40点以下は一科目も取っていないのが腹立つんだよ」


「え!?」


「赤点を取ると補習と追試があったり我々も「辞めろ」と追い込みをかけるだろ? それで自由な時間が減るのが嫌だったんだろうな、綺麗に赤点を10点超える形で回答を提出してきたんだよ(怒)」


「…………それは逆に凄いことなのでは」


「そう思って説教したら」


――「7割までは何とかなるんですが、それ以上となるとセンスが必要となるんで無理なんですよね」


「とか抜かしていてな、更に」


――「修道院の試験の凄いところは、山さえ張らなければ、赤点はクリアできるシステムになっていることです。修道院の性質上、人間関係に力を入れられるようになっているのでしょうね。赤点組はヤマを張っている筈ですよ。だからずば抜けた頭脳を持っているのに、赤点を取るのですよ」


「…………」


 凄い、何が凄いって全ての修道院生が恐れるユサ教官相手に「やる気ないから必要最低限の努力しかしません」と宣言して、それを本当にやったことだ。


 なんだろう、こう、話を聞けば聞くほど凄い話がポンポン出てくる。


「まあでも、アイツの動きもまた、よく学んでおけ、反面教師というのもまた、得難いものだ」


「…………」


「どうした?」


「全く同じことを神楽坂大尉も言われました。首席監督生にまで務めた落ちこぼれをよく見ておけと、それがユニア文官少尉とティラー技術少尉に出来ることだったと」


「それを本気できることがアイツの強いところだ。アイツの監督生としての動き、実際に見させてもらったが、確かに神楽坂しかできない方法だったよ」


「…………」


 そうか、反面教師といったが買っている部分だったのか、ああ、そういえば、その神楽坂はユサ教官についてはこう言っていた。



――「ストレートに偏見なく物事を見てくるから俺の「戦法」が通用しなくて、いやー、これがまた怒られたのなんの、始末書もいっぱい書かされて、本当に、容赦なくて、主に俺だけ(ノД`)シクシク」



「さてこれからの予定は?」


「はい、現在首都にセルカ街長とユニア文官少尉が出張で滞在しているので宿泊先の宿屋で合流します」


「連合都市の御用達と言えばルール宿屋か?」


「はい」


「そうか、ミローユも元気しているようで何よりだ、ルール宿屋も破竹の勢いだからな、アイツにもよろしく言っておいてくれ、また食事をしようとな。頑張るが良い、面談は終わりだ」



「はい! 文官課程第204期セク修道院生外出します!!」



――ルール宿屋



 ルール宿屋、先々代首席監督生の元王国府事務官ミローユ・ルール文官中尉が退職し、開業した宿屋。


 サービスはもちろんのこと最大の売りは料理だ。その料理人はミローユの夫であり、かつて王国の2大レストラン、ルウォリナの第9席を叙されていたメトアン・ルール。


 先日、シレーゼ・ディオユシル家に招かれ料理を振舞ったこともまた名声を高めることになり、破竹の勢いで業績を伸ばし、この度一つ星を与えられた。


 そんなルール宿屋は家畜ピガンを通じて同盟を結び、極秘に一室を別館で作ってもらい、秘匿活動に使っている。


 その部屋の一室で、セルカはユニアとウィズと共にいた。


「セルカ姉さま、これが社交界の出席名簿です」


「ありがとう」


 と名簿を受け取り、目を通すセルカ。


「流石の顔ぶれね」


「今回は我が連合都市の3等昇格のためのものですが、何より主催者がフォスイット王子ですから。ただ本番の日も含めて明日から一ヶ月は挨拶周りに奔走しなければなりません、スケジュールはこちらで調整しています、これが体制表です」


 セルカに手渡された体制表、警備責任者にカイゼル中将、警備担当者にタキザ武官少佐、アイカ武官中尉、同行者にクォナとネルフォル、2人の秘書にセレナ、女性警備担当にリコ、医者にシベリアと書かれている、そしてユニアが秘書として名を連ねている。


 ウィズ王国秘書担当、シレーゼ・ディオユシル家直系クォナ。


 ウィズ王国経済担当、ツバル・トゥメアル・シーチバル家直系ネルフォル。


 ウィズ王国会計担当、サノラ・ケハト家直系ユニア。


 現在、この原初の貴族3門の直系貴族令嬢の3人は意識して一緒にいる。


 当然にウィズ王国では無視できる存在ではない、王子主催の社交にはこの3人は必ず出席している、故に世間から見れば上流という成功者でも、上流の世界では三等都市街長という最下位の階級の者に対しての豪華な出席者の理由については、当然に王子と3人の存在抜きには語れない。


「…………」


 名簿をじっと眺めていると、コンコンとノック音が響き、どうぞと返事をするとセクが入ってきた。


「失礼します街長、担任教官への報告終わりました、本日より長期休暇に入ります」


「ご苦労様、待っていましたよ、早速で悪いけど報告をお願いできる?」


「はい、まず交友関係についてですが……」







「最後に、前期試験の成績は61位でした、申し訳ありません」


「謝る事ではないよ、修道院の順位は頑張った結果、どんな順位でも誇りを持つこと、それよりも、進路について担任教官はなんて言っていた?」


「王国府は無理だと、別の進路を考えておくようにとのことです」


「別の進路か、ユニアはどう考える?」


「前期と後期は別枠で試験が行われますからそれぞれの順位が出ます。しかし最終順位は総合得点、故に順位の劇的な逆転の前例は余りありません。+-20と言ったところでしょう」


「となると真中前後か、どれぐらいの部署が希望できそうなの?」


「……省庁さえ選ばず、かつ巡り合わせがよければ中央政府に採用されることもあるにはありますが、確実性を選ぶのなら外局が良いかと思います。その方が希望の分野には進むことができますから」


 外局、ものすごく簡単に言えば、本社採用か支社採用の違い、当然に格付けは本社採用の方が上だ。


「なるほど、セク君、今のユニアの言葉を踏まえて教えて頂戴、貴方は何処に行きたいのか?」


「ならば街長、はっきりと言ってください、私のこの順位で、街長が行って欲しい部署はありますか?」


 そう返されるとは思わなかったのかセルカは目を丸くする。


「……その質問は街長としては嬉しいけど、難しい質問よ。経済活動のパイプが欲しいとは思っていたので、経済府の外局という形になるけど、正直、セク君に向いているとは思っていません」


「街長にとって私に向いてるってどういう部署だと思いますか?」


「貴方の一番の長所は目的意識があった時に、その目標に向かって直向きに努力ができるという点よ。だから経済府の外局に興味がないのなら入ってもしょうがないと思っています」



「…………」


「とはいえセク君の希望である王国府の外局採用についてですが、本部採用された人物を追い越すことは容易ではありません。王国府はそれがより顕著なところ。だからこそ修道院で結果を出した人間が集まる場所なのですから」


「だから先程の質問は、セク君がどの道に進みたいかが一番大事になってくる。繰り返すけど貴方は自分の希望したところで最大のコストパフォーマンスを発揮する。それに」



「連合都市のことは気にしないでいいよ、セク君の進路を狭めない程に、今の私たちは力をつけたのだから」



 今度はセクが目を丸くする番だ。


 そうか、そうなのか、連合都市は、そうだよな、この度、3等の格を与えられた都市だ。


 となると……。


「だったら街長、王国府が駄目なのならば、私にはいきたいところがあります」


「何処?」


「…………」


「セク君?」


「そ、その、怒らないで聞いて欲しいのですけど」


「? え、ええ、貴方の希望に沿うように私も努力するわ」


 セルカの言葉に覚悟を決めてセクは言い放つ。


「教皇庁です」


「ボフゥ!」


 と吹き出したのはセルカではなく後ろで控えていたレティシアだった。


「せ、先生? どうしたの?」


「ごほっ! ごほっ! 失礼、ちょっと、むせてしまって」


 セクの言葉に街長も驚いているようだった。


 教皇庁。


 一応中央政府に属するが、立ち位置が特殊なところだ。


 何故なら主な業務はウィズ教の布教活動と主神の活動を補佐する部門。よって強い独立性を維持しているが、だからこそ横のつながりはほとんどなく、何より国家運営には全く関係がない、故にパイプは構築できない。


 修道院出身者もいることはいるが、熱心なウィズ教徒以外は進むところではない。


 先ほども言ったとおり本来なら修道院の下位組は外局に進んだ方が希望分野に進める、本部採用を追い抜くことは容易ではないと述べたばかりだが、それでも外局のトップは少将の地位だ。


 しかし教皇庁は、官吏最高位こそ中央に属するため中将という地位が充てられているが、トップに「絶対」になれない。


 何故なら教皇庁の長官はモーガルマン教皇、最高幹部は枢機卿の指揮のもと運営されている。


 その次は、その教皇と枢機卿の直接の指揮を受ける部署があり、そこが最高位であり大司教の職階を叙されるがわずか数名で定数のほとんどが、民間のウィズ教徒から選抜された大司教で構成されるため、発言力は低い。


 これはウィズ教はあくまでも、民間人が多数で構成されていることから、教皇庁は担当が行政というだけに過ぎないからだ。


 つまり教皇庁は「官吏としてウィズ教に貢献したい」という理由で希望するのだ。


 そしてセクは熱心はウィズ教徒では……まあ、その主神である彼女に相応しい男になるという理由で修道院合格までしてしまう程だから、そういう意味では熱心なのか。


「教皇庁ね、志望理由を聞かせて」


「街長の言うとおり王国府の外局も考えましたが、フォスイット王子の為に働きたいと考えた時、何故かウィズ神の肖像画が浮かんだんです、そしてウィズ神の為に働くことが王子の為になると」


「…………」


 当然に、セルカは知っている、自分の横にいるレティシア、彼女がウィズ神であると、セクの言葉は自分達が聞けば「理にかなっている」と。


「だけど、俺はルルト教徒だし、それに、正直、、どうして自分でも教皇庁なんだろうって、不思議で、そんな理由で、ルルト神を裏切るのは」


 自分が黙っている理由を否定的と捉えたのかしどろもどろのセクであったが……。


「レティシアはどう思う?」


「え!?」


 突然セルカに話題を振られてビクッとするウィズ、どう答えていいか迷っている様子だったが、セルカが更に言葉を紡ぐ。


「レティシア、私は「貴方のありのままの意見」を聞きたい、感じるままに、そしてそれは一番正しいことだと思うから」


 セルカの言葉の意味を理解してウィズは少し考えたが……。


「私は面白いと思いました。言われたらそれ以外に進路は思い浮かびません。下手に外局に進むよりも、しっくりくるというか……そうですね、わかりました」



「教皇庁に入るのならば、私はバックアップは惜しみませんよ、セク君」



 今度はセルカが驚く番だ。


 これは、まさに主神の言葉だからだ。


 その言葉、セクも響いたのか無意識に手を胸で押さえている。


「あ、うん、な、何故だろう、こう、先生の言葉、凄く今、重たいというか、教皇庁に入りたいという気持ちが強くなったというか、入ったらいいとか、えっと、ごめん先生、うまく言えないけど」


「いいんですよ、教え子の進路を応援するのは先生として当然のことです。それにウィズ神は初代国王の盟友、故にウィズ神に尽くすことは王子に尽くすことと先生は思います」


「ただ、教皇庁は確かに特殊で志望する修道院生はあまりいないとはいえ、定数もありますから修道院の順位は無関係ではありません。故に今の順位では確実とまではいきません、確実というのならばやはり真中の順位は欲しいですね、それはユニア少尉が言ったとおりです」


「わ、わかった! 頑張るよ! あの、街長!」


「分かりました。街長としてルルト教の司祭として許可します、頑張ってね」


「ほ、本当に、ルルト神は」


「ルルト神はね」


「え?」


「最後まで聞いて、ルルト神はね、今でも私たちのことを考えてくれている。教皇庁に入るにあたり貴方がウィズ教徒に改宗したとしても、ちゃんとルルト神を敬愛しているのなら許してくれる、そんな度量の大きい神様よ」


「…………な、なんか、実際にルルト神と話したことがあるように言うのですね」


「え!? ま、まあ、ほら、ルルト神とウィズ神は友好関係にあるから、だからよ、それに私は、それこそ「ルルト教の教皇」なのよ」


 といったセルカの言葉にセクは表情を崩す。


「ありがとうございます、後期試験は一つでも順位を上げられるように頑張ります」


 そうやって決意を新たにするセク。


「さて、セク君、修道院生活で疲れているのは知っているけど、伝えたとおり休日はたった1日だけ、昼食が終わり次第、すぐに行動を移します、ユニア」


「はい、セク修道院生、上流のマナー本は渡しましたが、まさか読んだだけ、なんてことはありませんね?」


「すべて丸暗記しました、テストをするというのなら受けます」


「その時間はありません、信じましょう。さて次の課題についてですが」


 ユニアは机の上に持っていたファイルを手渡す。


「原初の貴族、傍系まで全て網羅した写真付き簡単な経歴を記したファイルです、これを都市運営を学ぶ傍ら、明日の朝までに全て覚えなさい、出来ないのなら、今回の社交の出席については見送ります」


「分かりました、これを覚えたら次は何をすれば?」


「次は王国貴族全部の顔と経歴、それが終われば上流に名を連ねる人物を覚えてもらいます」



「それも今ください、覚えますから」



「…………いいでしょう、いつまでに?」


「行動予定表を確認しましたが、明後日の夜までには可能です。その代わり次の日の休日はちゃんと休みを取らせてもらいたいのですが」


「問題ありません。というか、休日を使って覚えればいいのでは?」


「その日だけは、職務から離れてのんびりしたいです。自警団の連中と遊んできます」


「分かりました。ただうろ覚えは万が一にも許されません。明後日の夜にテストをして、満点が合格条件です。不合格だった場合は、翌日の休日を使って覚えなおしてもらいますよ」


「わかりました」


「セルカ姉さま、そろそろ馬車が到着するころです、出先でクォナとネルフォルと合流予定です」


「ええ、ではセク君、いきましょう、レティシア、貴方は連合都市に戻り後を頼みます」


「はい」


 とルール宿屋を出た先、既に馬車が到着しており、アイカ・ベルバーグが迎えに来てくれていた。


 女性街長の身辺警護人として選ばれたのは、この度中尉に昇進した、同じ女であるアイカ・ベルバーグ武官中尉だ。


「お疲れセルカ」


「ええ、ありがとう、御者なんてさせてごめんね」


「そっちの方が守りやすいからね、気にしないで」


 かつてのウルティミスの街長の馬車と言えば、修理に修理重ねたおんぼろ馬車と、体力だけが取り柄の大飯ぐらいのずんぐりむっくりの馬が引いていた。


 だが今では芸術都市コレヴ―トの職人に頼んで作らせた一級品の意匠をこらした馬車で、引いている馬も洗練されたサラブレッドだ。


 そんなかつてのウルティミスの大飯ぐらいの馬とおんぼろ馬車は今では神楽坂が使っている「手入れも世話も簡単で馬と気が合う」というのが理由だそうだ。


 ちなみにこの間、その馬車で神楽坂は方面本部の会議に向かったそうなのだが、その時に方面本部のお偉いさんが馬を馬鹿にしたらしく、馬鹿にされたと察知してキレた馬が思いっきりお偉いさんをカチあげて3メートル吹っ飛ばされて失神させたそうだ。


 それも凄いが「初対面で馬鹿にすれば怒るのは当たり前じゃん、この大佐殿はそんなことも分からないのか」と、何もせずに失神した大佐殿を放置して帰ってきた神楽坂は本当に色々凄い人だと思う。


 これが修道院生の時から変わらないのだから、最下位というのも頷ける話だ。


「どうしたのセク君」


 セルカに話しかけられてハッとするセク。


「す、すみません、ちょっと、神楽坂大尉のことを考えていて」


「ひょっとして、あの武官大佐をカチあげた事件?」


「え!? そ、そうです、そのとおりです」


 とセクの答えにクスクス笑うセルカ。


「私も馬車を見て思い出したの、不思議な人よね、本当に」


 ここで怒るわけではなく不思議な人と許せるセルカもそれはそれで凄いと思う。


 神楽坂大尉、男の浪漫団団長で、適当で大雑把で、面倒見がいいから、自分達からは「しょうもないけど頼れる兄貴分」として慕われている。


 でも、セクを含めた自警団員は何となくわかっている。


 神楽坂大尉は、凄い時があって、それを街長は知っているのだと。


「セク君」


「はい」


「ありがとう、私についてきてくれて」


「っ!」


 突然の言葉にセクは思わずこみあげてくる。


 セルカがどんな思いでウルティミスで生きてきたか。


 王国最弱の都市、山賊団に蹂躙されても放置される程に立場が低かった、そんな時、自分は反発するだけで何もしなかった、だけどこの人は最前線で戦い続けたのだ。


 今思えば、本当にあの時の自分は「口ばっかりの無能の馬鹿ガキ」だと思う。


 だからこそ、それを乗り越えて修道院に入り言えることがある。



「街長、私はウルティミスに生まれてよかったです、そして街長が「セルカ姉ちゃん」で本当に良かったです、私もウルティミスに尽くします」



 セルカ姉ちゃん、まだセク達が小さいころに、セルカはこんな感じで呼ばれていた。


 まだ先代街長、つまりセルカの父親も健在で、子供達から人気のあったセルカの父親はよく子供達を家に招いており、ルルト教の教会は子供たちの遊び場だったのだ。


「その呼ばれ方、本当に久しぶりね」


 とお互いに笑いあうセルカとセク。


 そんな2人の会話に周りは入ってこない。


 王国最弱の都市と呼ばれ苦汁をなめてきたセルカ達、その想いは2人しか分からないのだから。


 セク、いや、セルカとセクの「凱旋」は、連合都市のトップが公的に上流と認められたことにより果たすことになる。


 だがそれでもまだ途中。



 ウルティミスの伝説は、まだ続いていく、、、、。




:おしまい:



いつものとおり完結してありますが続きます。

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