Mission:Impossible2 ~甘き死よ、来たれ~ 前篇
社交。
ウィズ王国において、正式な社交の意味は「男爵以上の正貴族が主催するパーティー」を指し、社交に参加することが王国に認められたという最初の一歩でもあり、様々な有力者が参加資格を得る為に奔走する。
パーティではあるが、単純な交流会という体ではなく、華やかな衣装に身を包んだ紳士淑女が集う一見して華やかなだが、裏では様々な思惑が渦巻く舞台でもある。
ここは首都の貴族居住区、ファビオリ男爵家。
当主は、マヴァン・ファビオリ・ディル男爵。
男爵家と子爵家は、伯爵以上の原初の貴族に習い、始祖のファーストネームのみをミドルネームとして名乗る習わしがある。
そしてマヴァン男爵はシレーゼ・ディオユシル家当主、ラエル伯爵の側近であり後ろ盾を得ている。
マヴァン男爵家の担当は、秘書業務統括、多岐にわたる王族の秘書業務をラエル伯爵1人でまとめきれるものではない、故にそれぞれの分野で直の臣下を持っている、その一端を担うのがディル男爵家だ。
だからセレナはクォナとは幼馴染であり親友であるも、公式の場ではセレナはクォナをマスターと呼ぶ侍女として振舞う。
だがこの時ばかり主催者はホストの直系として、あまり見ることはない紋章を埋め込んだ貴族服を着て、招待客に応じている。
招待客の中で一際注目を浴びる1人の男がいた。
彼の名前はノイツ・バノリア。
シェヌス大学経済学部を卒業し、大手流通会社に就職後、めきめき頭角を現し、独立して会社を興し、功績が認められ上流の一員と認められ、社交界へ参加する権利を得た新進気鋭の青年実業家。
恵まれた容姿、高い能力、彼もまた数々の女を魅了し数々の浮名を流していたが、彼は女性たちのお茶会へのからの誘いを断り、相手はもう決めていた。
その相手は……。
セレナ・ファビオリ・ディル。
彼はセレナに挨拶をするとすっと自然に手を取り、セレナに微笑み。
彼女もまたノイツに微笑んでいた。
そして、2人の姿を肴に壁に寄りかかりグラスを傾ける神楽坂。
その表情は余裕の笑みを浮かべていた。
(全て、シナリオ通り)
――時は1週間前に遡る
世界最大最強国家ウィズ王国。
首都の中心にそびえ立つはウィズ王国城。
ここは次期国王であるフォスイット王子の執務室。
そこには執務室の席に座りゲンドウポーズをしている王子。
その傍らには手を後ろに組み冬月のように立つ神楽坂がいた。
「司令、じゃない、王子」
「うむ、詳細を報告せよ」
「はっ、今回の男はノイツ・バノリアという男です」
「ほう、どういう男か述べよ」
「はっ、首都出身でシェヌス大学経済学部を卒業後、大手流通会社に就職し、その後独立して起業した新進気鋭の青年実業家。その功績が認められこの度王国商会より星を与えられました。そしてつい先日、王国商会会長ウィアン・ゼラティストの推薦の得て準貴族として認めら、高学歴、高収入、高身長、高地位、精悍な美男子で数々の美女と浮名を流している男です」
「つまり一言でいうと?」
「生きているだけで我々を傷つける男です」
「なるほどなるほど、今回の敵は中々に、いや、十分に強敵だな、だが今回はどうだ、我が仲間に美男子の毒牙が迫っているにも関わらず、我が心は驚くほどに落ち着いている」
「思えば前回は右往左往し無様を晒しました、ですが、人は成長する生き物、二の轍は踏みませんよ」
前回、まさかのセレナのモテ事情を知り、対策という名の右往左往七転八倒、結局セレナの誠意で事なきを得るという醜態をさらした。
だがどうして今回こんなにも落ち着いていられるのか、それはまずその情報を1週間早く仕入れることができたという事と、そしてその情報がもたらした「希望」によるものだ。
その希望とは、ひとえに「ノイツの恋愛スタンス」によるものだ。
恋愛スタンス、つまりどうやって「女を自分のもの」にするかだが……。
「神楽坂よ、今回のお前の作戦、発表して見せよ」
「はっ! 今回の作戦は、そのノイツの恋愛スタンスが今回の作戦名となります、作戦名……」
バンと両手をひろげる。
「2人とも辞めて! 私の為に争わないでー!!(エコー)」
「おお!!(パチパチ)」
そう、ノイツの恋愛スタンスは、ライバルがいた場合は正々堂々と戦って奪い取ると言ったものだ、それで何度も女を落とし、巷では「ノイツ様に取り合って欲しい」という淑女が大勢いるのだとか、けっ!
「ごほん! 1人の女性を巡ってイケメン2人が取り合う、女性向けシチュエーションとしては説明不要です、男の私でも分かりますな」
さて問題なのは、今言った「2人のイケメンが取り合う」という部分であるが、1人はもちろんノイツではある、そしてもう1人ももちろん。
「思えば長い月日だった、パグアクスもようやく報われる時が来たのだな」
と目頭を揉む王子、思えばセレナとパグアクス息は鈍感難聴ハイブリット系ラノベ主人公とストーカーという奇跡のバランスの元に成り立っていたのだ。
そこで登場したノイツの存在は、その奇跡のバランスを良い方向に崩してくれる、その理由は。
「これはラノベ展開ではなく、少女漫画展開である点ということです、2人の美男子が自分を巡って争っているのを見て「どうしてあの人たち争っているんだろう?」という言葉は出ません、数々のハーレム物を読んだ私が言うのだから間違いありません」
「だがパグアクスはどう攻めるんだ、色々やったが付け焼刃では駄目だったじゃないか、そこはどう考えている?」
「どう考えるもなにも、最初から考える必要なんてなかったんです、パグアクス息はこの路線で最初から攻めればよかったんです」
「路線?」
ここで俺はバンと両手を広げる。
「ヤンデレ系美男子!!」
ヤンデレ。
ヲタク分野のキャラクター分類の言葉であり、解説不要な萌えブランドの一つである。
「ヤンデレか、確か日本では「病んでしまうほど好き」という意味だったが、具体的にはどういったキャラなんだ?」
「言葉一つでも細かくは分類できるてしまうんですけど、簡単に言えば異性に一方的に熱烈に病的に好意を寄せる、そして他の美男子や美少女になびくことが「ありえない」のです、ヤンデレヒロインは主人公がそれがどんな美男子であっても」
「そ、それは色々と凄いな」
「絶望した! ヤンデレ女子キャラのヤンデレ行動に絶望した!! ああ、これまでのヲタクを翻弄したヤンデレヒロインの行動の数々よ!!」
・何も入っていない鍋をかき回す
・好きな男の妹を拷問する
・警棒を持ち出してお兄ちゃんの女を殺そうとする
・両親の骨と一緒に好きな男を監禁する
・好きな男を拉致監禁して勉強をさせて問題を間違えると料理した消しゴムを食わせようとする(未遂)
・好きな男を拉致拉致してエロ本が好きだからという理由で料理したエロ本を食わせる(既遂)
「神楽坂、最後だけ出典作品が分からないんだけど」
「つまりヤンデレはブレないのはしょうがない! でもそこをブレさせてしまったのが、失策! ヤンデレも培われた同時に外面の良さも培われたものなのですよ!!」
乙女時空でもヤンデレ美男子は確立されたジャンルであるからそこで勝負をすればいいのだが。
「王子、その為にパグアクス息のことを教えてください、相手は高い能力を持っていることには代わりありません、勝つのは容易ではないのは同じ、故に策を考える必要があるかと思います」
「…………」
王子はここで、何も言わず黙って何かを考えている。
「パグアクスの場合は能力というよりも「華」があるのだよ、我々のような立場だとある意味能力以上に求められる才能、そうだなカリスマと言い換えてもいいか」
「カリスマ……」
そこから始まるパグアクス息の話。
パグアクス息を褒めるにあたって皆がまず容姿を褒めるが当然にそれだけではない。
幼少より「将来の王の盾になるため」と王国剣術を修めたのがパグアクス息だったそうだ。
そして剣術の才能も有り、王国最高師範の稽古もあって王国府学院時代には、学生でありながら王国大会ベスト8の実力を持つ。
先輩としても後輩の面倒見も良く男女問わず慕われており、当時、先輩貴族より暴力を受けていじめられていた後輩貴族を助け、1人で先輩3人相手に大立ち回りを演じて圧勝した武勇伝も持つ。
もちろん女性に優しく頼りがいがあり、更に音楽の才能もあった彼は学院祭でバンドを組んで楽器を演奏、当時の上流の女性貴族たちの憧れの的だった。
社交でもデビュー当時から注目を浴び、王子の秘書官として一流の仕事なのは御存じのとおり。
妹であるクォナと同じ「至宝」と呼ばれる男、それがパグアクス息である。
「…………」
王子の言葉に絶句してしまう、そりゃあ美男子だとは思っていたし、モテることも知っていたが、そこまでだったとは……。
「となると、女にモテるなんてことはパグアクス息にとっては「日常」ということになるのですか、正直想像を超えて何とも」
「いや、逆にお茶会に誘われなくなったのだよ」
「逆に?」
「女同士の牽制合戦、凄いドロドロして凄惨で、アレアから女の世界を聞いて背筋が凍ったものだ。当時まだ中等学院生だったんだぞ、軽く女性不信になった(涙)」
「ああ、その世界、俺も幼馴染から聞かされました、私は高校生でした(涙)」
ある意味、モテる男ってそれを知らない、いや女が全力で知らせない様にするからこそ、女に対して夢を見続けることができるんだろうなと思ったりする。
「まあそれは置いといて」
俺と王子は天を仰ぐ。
「それがどうしてこうなった(泣)」
とクォナから箱に梱包された状態(罪名、住居侵入、窃盗並びにストーカー対策規制法の被疑事実が書かれた罪状付)で送られてきたパグアクス息(幸せそうな寝顔)を見てこう思ったのだった。
●
――「ノイツが良い人で良かったわ、道具を使わずに済んだもの」←バッグに刃物を仕込んでいる
「使う気満々じゃないですか! だから我妻由乃は駄目ですってば! 何度も言っているでしょ!」
ノイツという美男子の毒牙にかかろうとしていることを知ったパグアクス息はいつものとおりヤンデレ台詞しか言わなくなってしまった。
そんな様子にため息をつく王子。
「パグアクスよ」
王子の言葉にぼんやりとした様子で見るパグアクス息。
「しっかりしろ!! これがチャンスなのが分からないのか!!!」
「っ!!」
王子の一喝に背筋が一気に伸びるパグアクス息。
そんな彼の両肩を王子はガシっと握る。
「いいか、今回は正々堂々と想いを相手に伝えられる場だということが分からないか?」
「…………」
王子の言葉に自信なさげにパグアクス息の瞳が揺れる。
「パグアクスよ、私はお前を非常に高く評価している。思えば王国府学院の時、周りは誰もがお前を持て囃していた、だがその裏での苦悩、私は知っているぞ」
「…………」
「剣術一つにとってもそうだ、だがお前は誰よりも努力をしている、剣術部では誰よりも遅く残って練習をして、誰よりも早く剣術場に着て練習してきた。原初の貴族の次期当主達は、そういった意味で尋常じゃないぐらいの「期待」に常に晒される存在だ。その気持ち、次期国王として私も分かるつもりだ」
「お、おうじ」
「だからこそ命じよう」
「え?」
「偉大なる初代国王リクス・バージシナ、その偉大を支えた初代王妃ユナ・ヒノアエルナより始まりし系譜を担うウィズ王国次期国王、フォスイット・リクス・バージシナ・ユナ・ヒノアエルナ・イテルアより、その系譜を支えた原初の貴族の次期当主に命じる」
「ノイツに勝て、パグアクス」
王子の力強い言葉に瞳に力が宿るパグアクス息。
「はっ! 偉大の仲間であり我が始祖である初代当主シレーゼ・ディオユシルより続く当家次期当主、パグアクス・シレーゼ・ディオユシル・ロロス! ノイツに勝ち! セレナをわがものにします!!」
「よくぞいった、神楽坂よ!」
「はっ!」
「聞いていたな、ノイツは強敵、お前の策が必要だ、パグアクスに尽力せよ」
「はっ、この神楽坂イザナミ! パグアクス息の為に捧げます!」
「うむ、頼もしいぞ」
と満足げに微笑む王子。
こうやって3人は団結する。
前回とは一味も二味も違う、この先に来る勝利を確信した瞬間であった。
――作戦会議
「さて、話を進めるぞ、女を戦って勝ち取るとまでは分かったが具体的には勝負はどういう方式を採用しているのだ?」
「はい、勝負の方法については相手の男によって様々です。肉弾戦や頭脳戦に限らず、中には盤上遊戯で勝負をしたこともあるようですよ」
「その勝負方法についてはどうやって決めているんだ?」
「まず今回の勝負で大事なのは、だれが勝つというよりも「どう勝つか」です。美男子達が取り合うという女性からすれば燃えるシチュエーションではありますが、女性は「賞品」ではないのです」
「道理だな、となると勝負内容についてだが」
「私が提案するのは3本勝負です。まず勝負内容の決定権をお互いに1本持ちます」
「ふむふむ」
「王子の話を聞く限りでは、パグアクス息の能力を分析し、ノイツ相手に確実に一本取れるような種目を選べば問題ないかと思います」
「まあ相手も同じ戦法を取ってくるだろう、さて、問題はその3本目はどうするんだ?」
「セレナに決めてもらいます」
「え?」
「はい、ですから、セレナに」
「ちょちょ! ちょっと待った! お、おまえ! それだと!!」
「勘違いしないでください、セレナに勝負内容を任せるというのは、私は「そういう意味」であると、伝えるつもりです」
「…………」
そういう意味、つまり「どっちかに決めろ」ってことだ。
「そうか、女性は賞品ではないというのはそういうことか。相手の戦い方を告白の舞台を整えるために利用する、なるほど、お前らしい作戦、見事だ」
「ありがとうございます」
「パグアクス」
「はっ!!」
「ノイツとの勝負は剣術勝負にする、お前なら出来る!!」
「はい!!」
「となれば、早速訓練に入れ、王国剣術の最高師範には私から話を通しておく」
「い、今からですか、で、ですが、仕事が」
「構わん、それはこっちで何とかする、だから」
「決めてこい!!」
「は、はっ! パグアクス! 身命を賭し! ノイツより勝利をあげます!!」
と意気揚々と執務室を後にするパグアクスを見送るのであった。
――
「なあ神楽坂、実際セレナの気持ちはどうなんだ、クォナに探りを入れたりしたか?」
「それが、その点について「分からない」の一点張りなんですよね」
「本当に分からないのか? 付き合いの長い友人同士だろう?」
「確かにセレナの気持ちを理解している節はあるんですよ、ですけど言いたくない感じで。ただノイツについて聞いたら「それはない」とだけ言っていました」
「おおう、セレナも凄いよな、それだけの男に迫られて本当に心が揺れないのか、だがそれが聞けたのなら安心だ」
「はい、まあ私の作戦なんて茶番にすぎませんけどね」
「茶番? 告白の舞台と考えれば劇的なように見えるが」
「そうですけど、王子も感じませんか? 始まる前からすでに勝負は決まっているような、そんな気がするんですよ」
「ほう、お前も感じていたか、確かに怖いぐらい順調だからかな、こんな順調だと大きな見落としをしているのではないかと不安になってしまうよ」
「大丈夫ですよ王子、その為に作戦自体は非常にシンプルにしていますし、パグアクス息なら剣術で勝利をすることができるでしょう。そして「ノイツは想い人ではない」というクォナの証言も信用に値します。となれば、結果二つ、勝つか「お互いに負ける」かの二択、この安心はここからきているのですよ」
「おお、そうか、そうだな!! 何を心配していたのやら!」
「そのとーりです! 我が策に死角なし!!」
「うむ! しかも奴が次に参加する社交は我が王族主催!! 返り討ちにしてやろうぞ!!」
「「HAHAHA!!!」」
――そんなこんなで現在・王族主催・社交
「ふう、やっと挨拶が終わった」
と少し疲れた様子で王子は壁に寄りかかってグラスを傾けていた俺に話しかける。
「お疲れさまでした、王子」
「どうだ、様子は」
「どうだもなにも、見てくださいよ」
と俺の視線先に合わせる先に広がっていた光景は。
ノイツはセレナに壁ドンをしていた。
「おおう、リアル壁ドン、やっぱりイケメンだと絵になるなぁ」
そんな壁ドンをされたセレナは笑顔ではあるものの、困った様子だ。
「このパターンだとそろそろですね、女が自分いなびかない場合は、そのライバルに宣戦布告をしてくる。王子、その場合は」
「うむ、その時は私が場を取りなそうぞ」
※ ちなみにパグアクスは後ろでアップを始めています。
そんなノイツとセレナは何かを話していると、ノイツは頷き視線をこちらに向けるとこちらに向かってノイツが力強く歩いてきた。
周りもそれが分かっているのか、男女問わずノイツの動向に注目する。
(さあいよいよだ、頑張ってください、パグアクス息)
ここで迎えうつかのように対峙する形で立つパグアクス息。
そんな美男子達の夢の競演に息を飲む淑女達。
そしてノイツは言い放った。
「彼女を巡って勝負だ!」
「神楽坂イザナミ!!」
工工工エエエエエエェェェェェェ(゜Д゜)ェェェェェェエエエエエエ工工工!! ←神楽坂、王子
中篇へ続く