第11話:正義の味方の姿・後篇
神の力を使っての神楽坂イザナミが黄泉チシキとして扮しての活動。
一番最初は小さな粋がったチンピラから始まった。
幼稚な正義を振りかざす正義の味方を気取り、マフィアを悪と決めつけ、無傷のまま逆さづりにするという屈辱を与えるというものだった。
そして何度も繰り返すことにより、相手を怒らせて能動的に動かし、ここで言質を取る形で、神楽坂は神の力をアピールする形で敵として宣言し戦いが始まる。
かと思ったがそんなことはなかった。
神楽坂の戦いは全く変わらない、あくまでも屈辱を与えるという一点のみ、抵抗した場合のみ必要な暴力を使うだけ、抵抗しなければ全て軽傷で終わらせるだけの戦い、いや作業とも言い換えていい。
だから分からない、正義の味方が、何なのか分からない、まさか本当に物語のように勧善懲悪とは思えない、現実的ではない。
その時になってようやく神楽坂は仕込んだ「毒」を注入する。
それは神楽坂は「神楽坂イザナミと黄泉チシキ」として一人二役のの活動を「マフィアにだけ」状況を相手に認知させたこと。
つまりマフィアだけ神楽坂イザナミと黄泉チシキが同一人物に見えて、それ以外の人物が別人に見える。
そしてそれは古来より神が人の世に顕現する時に火との認識を変える力であるということ。
だがそれだけだ、それだけ、神楽坂はまだ同じことを続けていく。
相手側からすれば、正義の味方の活動を続ける意味だけじゃない、しかも歴史に名を刻む神の力が関わっている事態であるにも関わらず全体像が見えてこない。
憲兵の関与が見えない。
連合都市の関与が見えない。
上流の関与も見えない。
だが個人の動きなんてありえない。
そう、ありえない、たった1人で2大マフィアに喧嘩を売るなんてありえない、その結論に至ることができない。
何故なら目的が分からない。
金じゃない、名を上げたいわけじゃない、だから交渉の余地がない。
だからどう戦っていいのかが分からない。
神楽坂の毒は遅効性の毒だ、だからすぐにはまわらない。
だから何処か組み易しと判断していたのだろうか、現実をよく理解できないのだろうか、憲兵やら王国府やらに「チクリ」を入れるが、公僕は当然に動かない。
自分達だけ違う姿に見えることを知っていたのに、効果が無いのを不思議に思わない。
マフィアからすれば揺さぶりをかけているようだが、当然だ、動じないのではなく、向こうはデマだと思っているのだから。
だがその神の力が関与している人物は、そんなことを気にせず作業を進める。
そしてようやく、マフィアが神楽坂の毒を自覚したのは2大マフィアの直参が同じ目に遭った時だった。
その毒。
それは恐怖という感情。
だが恐怖という感情をメンツに関わるから認めるわけにはいかない。
ここで神楽坂は、その感情を読み切り、大頭目2人相手に、リクスを方便に使い主神の威光を使う形で逆鱗に触れたと宣言、主神の宣言の下、ボニナ族との全面戦争を宣言したのだ。
「さて、街長と皆様方、予定通り舞台が整いました、戦いの準備をお願いします。グーファミリーと同じようにしてもらえれば問題ないかと思いますよ」
神楽坂は肩をぐるぐると回す。
「これで正義の味方を貫くことができる、正義に半端は駄目なんです、余計に相手を怒らせて、余計に爪は深く食い込み、中身から食い荒らされる、搾り取られて、搾りかすにされて捨てられる」
「だからこそ最終的に、エンチョウにはびこるマフィアは全員皆殺ししなければならない」
「だが当然に虐殺なんてものは認められない、何故なら裏社会の秩序を乱してしまうから、だからこそ俺は戦いの舞台を作り上げた、誰にも介入できない戦いの舞台、その中で殺し合う、そうすれば他の介在は起きない、秩序が乱されない、その為に俺は今追い込みをかけたのです」
「追い込みをかける目的は要は自分にとって都合のいい選択肢を心理的強制力をもって選ばせるという意味、今回の場合は、ボニナ族と肉弾戦で戦う選択肢、それを選ばせる、それを完成させるのが神の御使いの仕事」
「そのために裏社会のルールに則っての宣戦布告、開戦は2週間後の正午、周りはカイゼル中将をバックに実働部隊はタキザ大尉に頼んで固めてあります。ただ絶対に守るルールが一つ、あくまで殺害対象はマフィアだけにすること、繰り返しますが絶対に守ってください、憲兵が動かない方便として使うというのは、被害があれば動かざるを得ないので」
「以上が説明となります」
説明を終えた神楽坂の言葉にボニナ族の全員が言葉を失っている。
理解する、言っていることは分かる、だがこんなことがありえるのか、後は戦うだけでいい、肉弾戦で、敵を思う存分殺して、それで全て終わるなんて……。
その現実が徐々にみんなに浸透してくる。
徐々に高まってくる感情を見て表情を崩す神楽坂。
「街長だけじゃない、皆、全員、頭に来ているんでしょ? 子供を拉致されて、強引に掟を吐かされて、追い込みをかけられて、メンツも全て何もかも奪われようとしている状況、民族の誇りは随分傷つけられた筈だ」
神楽坂の言葉にある大人がすっと立ち上がると。
ギュッと手を握る。
「ありがとう、ありがとう! 神楽坂大尉! これで! やっと! みんなに顔向けできる!」
「え?」
「拉致された子は、私の息子なんだ! 息子は落ち込んでいて、自分は民族を裏切ってしまったのだと、外にも出れなくなってしまって、だが屈辱を晴らすことができないと、私も親としてずっと悩み苦しんでいたんだ!!」
最後は嗚咽交じりで話してくれる。
「息子が受けた屈辱はその命を持って償わせる!! 街長!! 俺に2大ファミリーの本部急襲の先遣隊の隊長を任せてください!!」
「いいだろう、お前に任せる、存分に戦え」
「はい!!」
その父親の周りにボニナ族が集まる。
「俺達も手伝うぜ!」
「俺の息子も心配していたんだ!」
「これでやっと雪辱を果たせるな!」
熱気、あふれんばかりの熱気に包まれる。
これでボニナは滅びることはない、民族の誇りも保たれる。
それは神楽坂のおかげ、その立役者に礼を言わねばと思い話しかける。
「感謝するぞ、神楽坂、それにしても開戦まで2週間を向こうの慈悲という形で与えるとはな、より公平感を出すためなのか?」
「何を言っているんですか、それはただのハッタリです、こっちにも時間が必要だったので」
「え!?」
「今回の戦いは「戦争」です、故に武力行使は一つの課程にすぎませんからね」
「まあ実際の戦争と違うのは、武力行使の課程、ここでいう肉弾戦でボニナが負ける確率はそれこそ「万が一」というレベルだから非常に楽なんですけど。戦争で一番大事なのは勝つことではないのですよ」
「勝つことではない?」
「勝利した後の秩序の維持の安定にも努めなければならないこと、んで、その中核を担うのは、ワイズ街長ですから、覚悟を決めておいてください」
「……わ、わかった」
「それでは私は終戦まで姿を消します。御使いがウロチョロしていたらそれこそ目立ちまくりますし、秩序の維持の為に色々と調整しなくてはいけないので、それでは」
「行くぞ、レティシア」
そういいながら、神楽坂はお付きの女性文官と共に「本当に」姿を消した。
●
ボニナ族とマフィアの全面戦争は、ボニナ族の圧勝に終わった。
懸念されていた憲兵の介入は無い、それどころか助けを求めたマフィアを追い返してボニナ族に突き出し見殺しにまでしてくれたそうだ。
神楽坂の敷いたルール「善良な一般人を傷つけるな」とのとおり、にらみを利かせるだけで動かなかった。
その憲兵、一度だけ顔を合わせたことがある、最強の武闘派憲兵タキザ大尉率いる第39中隊、本来であるのならば管轄外でありながらここにいた理由。
それはカイゼル中将が情報を得た端緒を報告し、陣頭指揮を執り、実行部隊としてタキザ率いる中隊を最前線に引き出させたことによる。
戦争終結後、即座に神楽坂がカイゼル中将へ報告、それをもって同中将指揮下にある憲兵39中隊隊長タキザ・ドゥロスに対し、事務所への捜索を下命。
そして39中隊が全ての事務所での惨状を確認、結果を憲兵本部に報告。
憲兵本部は「マフィア同士の大規模抗争勃発」として認定。
エンチョウだけではなく、第三方面に所属する手の空いている全ての憲兵に非常招集がかかり状況を把握の為に動き出す、同時並行として全ての遺体回収を始めとした各関係組織への折衝を開始、厳戒態勢で他のマフィアの動きに監視体制を確立。
ここまでがわずか1日の出来事だ。
「お疲れ様でした、ワイズ街長、事態も無事収束してよかったです」
ボニナ都市に戻った自分を早速とばかりに自宅で神楽坂が出迎えてくれた。
無事収束したのはそのとおりで、騒動の収束術は流石憲兵、一般人のほとんどが「何かマフィアが揉めている」という程度の認識で、皆殺しにあったと情報が流れた時は全て撤収済みだった。
「憲兵は流石といったところか……」
椅子に座り深くため息をつく。
「これでエンチョウのマフィアは全滅、そして憲兵の監視下にあれば他のマフィアも派手な動きはできない、当分は平和が訪れるといったところか」
「何を言っているんですか」
「え!?」
「既に開戦前からボニナとの肉弾戦に負けて滅びる前提として、他の首都の有力マフィアが食指を伸ばし始めています。有力幹部が金になる場所は何処かと視察に来てますし、試金石として一番お手軽な違法薬物の流通も確認しています」
「…………」
さて、これで最後。
マルスの件の時にもそうだったが、反社会勢力と言えば薬物売買は何処の国でも通用する共通したシノギだ。
では何故違法薬物なのかを考えたことがあるだろうか。
これも答えは簡単だ。
商才がいらないからである。
原価がバカみたい安いから利益率も半端ではなく、仕入れた後は、その高額な商品を永続的に買ってくれる顧客が一定数いる、つまり右から左に流すだけの簡単な商売なのだ。
まあモノがモノなだけに、仕入れたらその質を確かめる「味見役」がいるぐらいだろうか、まあ個人でやっている奴なんかは、自分がその味見役を兼ねて売りに出しているのだが。
「ワイズ街長、そもそも今回マフィア達を一掃したから、マフィアとの繋がりを持つ一般人がいなくなるなんて、そんなことはありえないのですよ」
「あ、ありえないとまで言うのか?」
「はい、私の祖国でもそうなんですが、どうしてマフィアが存在するのか、それこそ必要だなんて言われているのか、分かりますか?」
「そ、それは、憲兵が手の届かない範囲だったり、お前の言う字もロクに書けない奴の受け皿だったりではないのか?」
「人はマフィアを必要とするほどに誘惑に弱く、欲の強さは果てしないからです。だから正義の味方ってのは虚しく、空々しく響くのですよ。汚れ仕事をしておき、結局報われないものですからね」
「じゃあ、どうするんだ、こ、今度は首都のマフィアと戦うのか?」
「だから何を言っているんですか、憲兵の監視を強い今がチャンス、街長にも動いてもらいますよ」
「動くって」
「事実無根と知りつつ大規模抗争と認定して動いてくれただけでも流石カイゼル中将です。ですが今回に限っては本当に首都のマフィアは「シロ」ですからね。となれば監視が解かれるのに、そうですね、短く見積もって2週間、長くて1か月といったところです、その時間だけが我々に与えられた時間です」
「その時間の間、俺は、どうすればいいのだ?」
「元より「相手が悪い」と思わせ「手を引く口実」を作る必要がある、今回で一番問題なのはボニナ族の弱点が露呈してしまったこと。だからそれよりも大きな力で守る必要があるのです」
更に神楽坂は神の逆鱗に触れた戦い方をシンプルで分かりやすくしたのはこのためでもあると説明する、複雑な理屈はそれこそ「理解できない」のだからであると。
ならば自分達ががマフィアとして活動を始めるのかというと、そんなことはしない、つまりエンチョウで動く莫大な金に手をつけようなんてことはない。
日陰者は日陰者、決して表に出ることはないし、出てはならないもの。
ではボニナファミリーの活動内容はなんなのか。
それはエンチョウの「裏世界からの攻撃を守るため」というお題目でのボニナファミリーを形成、裏で何かをするのは自由だが、表に手を出せば殺すという意味で睨みを利かせる、ただそれだけでいいということ。
「マフィアと繋がりが無い、つまり誘惑に強く理性的なボニナ族は、戦わずともそれだけで最強なんですよ」
「だが神楽坂、首都のマフィアがそれで伸ばした食指を引っ込めるというのか?」
「はい? さっきも言ったとおり、そんなわけないじゃないですか」
「だ、だったら、善良な市民が再びマフィアに取り込まれたりするんじゃないのか?」
「そんなことは知ったことではありません、好きにどうぞって感じですし、破滅するも勝手にどうぞって感じですね」
「ええ!?」
「言っておきますけど、私が言う善良の定義は「マフィアではない」というだけですよ。類は友を呼ぶのでマフィアと繋がりがある人物なんてのは、組織に所属してないだけの「似たもの同士」なので」
「…………」
「さて、それが終われば最終調整段階です」
「まだあるのか!?」
「今回について、もちろんではありますが、連合都市の利益も見込んでいます、その部分についても協力を願いますよ街長、それに今回はリクスをハッタリに使ったのは、今後のボニナ族のためでもあります。いいですか、スピードが勝負、その間に完成する、これが今回の事件の結末です」
「街長、ボニナ族は、これから生まれ変わるのです、これが私の正義の味方の最終形です」
黄泉チシキは、今回の戦争を「神の御使い」として宣言した。
理由は、リクスの盟友を侮辱したから。
ウィズ神は今でも、感謝をしているから。
「つまりボニナ族は「神の眷属」になるのです」
そうほほ笑んだ神楽坂に、私はただ頷くしかなかった。
●
神の眷属。
これは瞬く間に広まり、視察に訪れていた首都のマフィア達は、この事実をもってこう判断した。
喧嘩するには相手が悪すぎると。
その結果、前々からあった我々を取り込もうとしている動きはなくなった。
そうして創設した神の眷属自体は、その眷属そのものが「組織の名前」として活動を続けることになり、予定通り自分が頭目を勤めることになった。
構成員は当然にボニナ族のみで例外は一切認めない、それは厳しく神楽坂から言われた。
そして神楽坂の言った連合都市の利益についてだが、マフィアの手がかかったラムオピナがボロボロだったがその爪の持ち主が排除されたことにより身軽になった。
ネルフォルは取り込まれていた職員については即座に解雇し、取引先の企業舎弟も一掃、その代わりに連合都市が食い込み、見事に再生を果たした。
しかも副次的効果がここで起きる。縁を切りたかったのはラムオピナだけではなく、他の2大ファミリーが食い込んでいてどうにもならなかったところが保護を申し出てきたのだ。
悩みの種だったのは共通していたのか、タイミングは今しかないのを理解したものの、部外者であることに変わりはなく不安視されていたが、そこは流石の連合都市首脳陣が上手に取り込む。
結果、エンチョウの大規模カジノ三件、王国芸能学院、王国2大レストランの一つの七つ星レストランが神の眷属の保護下に入ることになった。
当然日陰者であるため、ボニナ族が直接出向いての大っぴらの保護ではなく、その交渉場に出ることはなかったのは我らがセルカ・コントラスト連合都市街長であり、ユニア・サノラ・ケハト・グリーベルト秘書がすべて話をまとめる。
これには当然にネルフォルのそれぞれの方面への声かけがあったのは言うまでもない、マフィアの爪が無くなった今がチャンスであると、喧伝した結果だ。
無論、神楽坂の予想通りマフィアを必要であると考えているところは保護を名乗り出ることはなく、その部分については首都のマフィアに取り込まれた。
神楽坂にそのことを言ったら「全部が保護を名乗り出たら、むしろ厄介でした」というのだから恐れ入る。
結果、ボニナファミリーは裏でエンチョウの三分の一を支配することになった。
――現在
自宅にて、ボニナ族の幹部たちと自室で会合を開いていた。
「今後、ラムオピナの用心棒だけではなく、このボニナファミリーの代紋を掲げることになり、巡回も行う。わかっていると思うが、掲げるだけで大っぴらに動くことはない、スタンスは今後も変わらない、何かあった時に動けばいい。我々は日陰者であることだ」
「そして本日神楽坂より報告があった、手続きはすべて終わり以上で終戦だ」
ボニナ族の立場は変わらない、変えてはいけないという神楽坂の言により、中立を貫いただけ、あくまで神の信託によるもので、それ以外の意思の介在は一切ない、今回の戦いは、そうやって終わったのだと締める。
この一連の騒動は、現状の把握と処理で精一杯だったがやっと余裕が出てきた。
「そして皆の知ってもとおり、連合都市からいくつか提案が来ている。これからその提案を皆に話すが、私はそれを全て飲もうと考えている」
全員も同じ考えなのだろう、反対する雰囲気はない。
何も聞かずともその理由は語るまでもない。
「皆も感じているだろう、我々は、神楽坂風に言うのなら神の眷属としてこれから生きていく。つまり……」
「我々は再び、神と御使いに導かれることになるのだ」
遅れました。(-_-;)
次回は、8日か9日です。