第10話:正義の味方の姿・前篇
子供は好奇心旺盛で悪戯をする、それはボニナ族と言えど変わらない。
だから子供がエンチョウに紛れ込むというのは実は初めてではなかった。
そういう時は、他のところと変わらず、大人たちが叱って、居住区で居残りの罰を与える。
初めてではないから、という意味で油断していたのだろう。
子供の1人が行方不明になって初めて危機的状況であることを理解したのは。
大っぴらに動くことも出来ず、攻めあぐねていたが、結果、子供は発見されることになる。
自力で脱出して、歩いて、泣きながら戻ってきた。
そこでグーファミリーに拉致され、強制的に戦いを挑まれて敗北、掟を吐かされたとのことだった。
最強の戦闘民族とはいえ、子供では格闘技自慢の大人には勝てない。
明らかな敵対行動。
全員、皆殺しにしてやると息巻くが……。
ワイズは、街長として就任前にあった危機感が現実味を帯びてきたと感じた。
先代街長から地位を継承する時、はっきりとこう言っていたのだ。
――「ボニナの滅びは近い、我々の弱点が秘密にするのも限界に近付いている」
最強の戦闘民族であり最も危険な亜人種、これは統一戦争時代からあった認識だけ、実際はただの蛮族だ。肉弾戦しかできない戦下手は、これほど戦いやすい相手はない。
だが今は統一戦争時代ではない、肉弾戦では向こうから仕掛けてこないとどうにもならない。
結局、皆殺しにすることでメンツだけは保ったが、こうやって明白な武力闘争を仕掛けてきた時点で酌み易しと考えられている。
だが滅びだけは何とかしても避けなければならない、そんな時、エシルから聞いたのであろう、ネルフォルが接触してきた。
――「このままだとボニナは負けるわ、私も含めて、そう遠くないうちにね」
ここで聞かされたラムオピナの窮状。
ラムオピナの幹部従業員たちがマフィアに取り込まれている状態であった。
彼女が活躍する芸能部門もマフィアの爪が深く食い込んでおり、大物と呼ばれる芸能人も取り込まれている人物が何人もいるのだという。
だからこそ異変を感じていたのだが、芸能活動が忙しく対応が遅れてしまった。結果ラムオピナに対応が遅れて、手遅れの状態になっていたのだそうだ。
マフィアの厄介なところは取り込まれてしまうと付き合いが一生続くことになることだ。
何故なら付き合いを辞めようとしたらマフィアとの繋がりが公にされる。
ボニナ族にとってもネルフォルにとっても、それは社会的な死を意味する。
対策が取れないことも厄介な点ではあるが、ここでネルフォルはこう言った。
――「ボニナ族は統一戦争で歴史に名を刻む民族、貴方達が負けるのは王国の不名誉となるわ」
このセリフに自分は驚いた。
彼女は原初の貴族の直系の中では「異端」の存在。
何故なら貴族としてよりも芸能人としての側面が強い彼女であり、破天荒な振る舞い、ラムオピナをギャンブルで奪い取り、カジノを拠点にして芸能活動をしたり、色々と規格外のことをやってのける。
だからこそ「原初の貴族としての立場としての発言」を驚いたのだ。
だが、掟の内容が知られた状態で、他の2大マフィアが本格的に牙をむいてくることを覚悟しなければならない時に彼女はこう切り出した。
――「神楽坂イザナミを知っている?」
神楽坂イザナミ。
名前だけは知っている。
曰くつきの連合都市の駐在官、彼に関することはそれこそ枚挙に暇がないが、彼女の続く言葉でさらに驚いた。
――「神楽坂イザナミを駐在官として招き入れて」
と突然とんでもないことを言い出したのだ。
統一戦争に勝利してボニナ都市として認められて以降、ずっと空位であった駐在官を赴任願を出す、そんなの急に手を挙げてどうにかなるとは思わなかったし、そもそも義務を果たしていない状況で希望は通らないと考えたが……。
――「その希望は通ることになる、ボニナ族の名前を使えばね、官吏の異動の方法はスカウトという形を採っている、故にボニナ族が神楽坂イザナミをスカウトするの、そうすれば多分フォスイット王子が動き出すわ」
「王子の威光を使うのか? だ、だが」
「違う、むしろ威光なんて絶対に使わないと断言できる、だからこそ赴任させるの」
「だが赴任させてどうなるというのか」
「問題が解決するわ」
「な、なぜ!?」
「フォスイット王子は神楽坂のことを親友だけではなく、「仲間」としても見ているからよ」
仲間、原初の貴族の直系が言う仲間という意味。
「ただし、彼は善悪に頓着は全くない、それを本気で組み込んでくる、つまり革命的に変わってしまう、それが良いか悪いかは分からないけど、それを覚悟して」
「だがそのためには現状を正直に言う必要があると思うが」
「必要ないわ、神の力の真実を見たいから、でいいんじゃない?」
「そ、それは……」
「彼ならその程度は初見で見抜いてくるでしょ、そして私たちが置かれている現状、いや窮状について、すぐにたどり着くわ」
「辿り着いて、どうなる?」
「そこが賭けよ、正直想像もつかない、ただ繰り返すけど、変わるときは革命と言えるほどの変化をもたらす、彼が携わった案件は全てそうよ、それに耐えられるのかという話」
「…………」
革命的と言えるほどの変化、確かにかの連合都市は1年で革命的な成長を遂げ、ウルリカでは亜人種への差別に一石を投じ、ラメタリア王国の王族の立場も変えてしまった。
その神楽坂に注目する人物はざっと上げるだけでも、サノラ・ケハト家現当主ドクトリアム侯爵、同家直系ユニア嬢、シレーゼ・ディオユシル伯爵家直系クォナ嬢、そして目の前にいるツバル・トゥメアル・シーチバル家直系ネルフォル、他にもウィズ教教皇モーガルマン、女王セアトリナ子爵、ラメタリアの傑物ワドーマー・ヨークィス宰相。
そして次期国王フォスイット王子。
これほどのメンツが揃いながら、神楽坂は認められていない。
悪い噂の方が圧倒的に多いし、多くの人物がそれを信じている。何故ならウィズ王国では、神楽坂は「神の傀儡」だ、そうでなくてはならないのだ。
「…………」
革命的な変化、それに耐えられるか。
だが選択肢はない、動かなければならない。
だが孤高を貫いているボニナ族が、それこそ王国が無視できない位置にまで成り上がった連合都市の駐在官を欲しいといってもやはり通るとは思えない。
更に時期が時期なだけにいらぬ憶測を生み、更なる苦境に立たせられるかもしれない。
だがネルフォルの目論見のとおり要望は通ることになり。
神楽坂はやってきた。
そこから早かった、ネルフォルの言ったとおり、初見で既に神の力の真実を見たいというのが方便であることは見抜いていた様子。
すぐに用心棒に参加させろと言って、好き勝手に行動させた。
そして突然ネルフォルから、呼び出しをかけられる、神楽坂より作戦があると。
その神楽坂が立てた作戦を聞かされる。
「以上が作戦内容、要はマフィアに追い込みをかけて肉弾戦にまで持ち込む、アンタの仕事はボニナ族の掟に則り正々堂々と戦ってほしい、それだけでいい」
戦うだけでいい、神楽坂はそう言い放った。
致命的な傷と思われたラムオピナの従業員がマフィアの奴隷になり、中身食い荒らされてボロボロの状態であることを好機として、更にこちらの弱点である戦下手の弱点を封じ「肉弾戦最強」という長所に特化した舞台に利用したのだ。
「さて、ワイズ街長、今回の作戦内容は、実行段階に移るまで街長以外は絶対に秘密にしておいてくださいよ」
「ま、まて! 神楽坂!!」
「なんです?」
「な、何でも、何も、神の御使いとして介入して戦いを宣言するのか!? そ、それは!!」
「やるなら徹底的に、落としどころなんて存在しない、相手はマフィア、手は緩めない、だからこその黄泉チシキという茶番が活きてくる」
「ちゃ、茶番!? だがお前の所属する連合都市は大丈夫なのか!?」
「大丈夫もなにも、それこそ喧嘩を売るには俺達より遥かに相手が悪すぎるんですよ」
「え!?」
「セルカの浄化作戦は物凄く効果を発揮しているからです。現在連合都市を攻撃することはマフィアにとって連合都市は金にならない相手であり、政治的繋がりを持てない、まるで意味のない相手になっているのですよ」
「そ、そうなのか?」
「はい、無論マフィアの上層部はちゃんと分かっていますよ。まあ確かに下っ端は分からないですよ、マフィア被れも多い上にほとんどがロクに読み書きできない奴らばかりですから。ですがそこはタキザ大尉に頼んで睨みを利かせるように頼んでおけば事足りますね」
「神楽坂、連合都市はそれで大丈夫にしても、その肉弾戦の作戦自体が事が上手く運ぶことを前提としているように思えるが」
「そりゃそうですよ、私の作戦はつまりマフィアがボニナ族に対してやってきたことをそのままやり返しているだけですからね」
「え?」
「裏社会にも秩序がある、成り上がるための秩序も存在するんです」
裏社会で成り上がる。
これもまたお国柄があるから語り始めるときりがないため、まずは日本を話してみる。
日本ではまず「下が上に逆らうことは許されない」のだ、これは絶対的法則である。親殺しは許されないのである。
では成り上がるためにはどうしたらいいのか、それは「自分が所属する組織のボスを神輿に担いで」そのボスを頂点に立たせるのだ。
頂点に立ったボスの直属の配下ということで肩で風を切れるようになる。そして自分で組織を構築することも出来るのだ。
これが欧米では真逆で「親を殺して自分がボスに成り代わる」のが成り上がりの方法だ。
だからこそ海外のマフィアは自分の身分を公にすることはない、徹底して自分の存在を秘匿する。それこそ魚屋の親父がマフィア、なんてことがあるのだ。
んでこの世界の裏社会は日本と欧米を足して2で割った制度を採用している。
簡単に説明すると「親殺しを認めているが暗殺は認めておらず、宣戦布告の制度を取っているという点だ。ちゃんと自分はこいつと戦いますよということを表明し、戦い方を決めて相手方の了承を得て始まり勝った方が全てを得る」という方法を採っている。
要は「外交手段としての戦争を認めている」と解釈していい。
一見すると秩序が取れているような手法だが、前にも話した通り、読み書きがやっとの連中が大半なのがマフィアの実態。
この「掟」は当然に強いものに有利なため腐敗を生む。とはいえ職業犯罪人であるマフィアは腐敗とは相性が非常に良く、都合のいい決まりであるため、それが今でも続いている。
「だから今度は我々がその掟を飲ませる、という意味でやり返しているのですよ」
「なるほど、マフィアからすれば、売られた喧嘩を買わないとメンツに関わるのか」
「何を言っているんですか」
「え!?」
「そんなもの、適当に方便を組み合わせればどうとでもなりますよ、腐敗と相性がいいというのはそういう意味です。むしろ私が所属する公僕が腐敗と相性が最悪なんですよね」
「腐敗との相性とか、なんなんだ?」
「この決まりでネックなのは、当然のことながら相手に戦うということを了承してもらうことです。これが無ければ話にならない、だから一方的に喧嘩を売っても空回りで終わりますし、揚げ足を取られて詰んで終わりです、だからこそ向こうに飲ませる必要があるという意味です」
「じゃあ、どうすれば」
「だから追い込みをかけるんですってば」
「だがそれだと、その終局図が、つまり、神楽坂は、裏社会で頂点に立つつもりということになるんだぞ? 茶番ならお前が裏社会で成り上がるというのは」
「だから私が成り上がっても意味がないですってば」
「え!?」
「足して2で割るで言ったじゃないですか、成り上がるのは私じゃなくて」
「ワイズ街長ですよ」
「お、おれが!?」
「はい、街長を神輿として持ち上げるんですよ。あなたがエンチョウの裏世界の頂点に君臨するんです」
「そ、それは」
「そもそも私が頂点を取るなんてことは絶対にしてはいけないんです、神の御使いが君臨しては駄目です、繰り返しますがこれだけは絶対に駄目なんですよ」
「神の力で安定するとは思わないのか?」
「安定なんてしません、秩序の崩壊を生むのがオチです。人の業は深い「だからこそ神の理に人は耐えきれない」のですよ」
「…………」
「私はあくまで神の理側の人間として動き、そして神の理を人の理に適用するようにすればいいだけですよ」
「…………」
最終的には絶句するしかなかった。
だが神楽坂は、本気でそれを言っていて、作戦を開始したのだ。
革命的な変化を予感させながら。
次回は、30日か31日です。