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第16話:禁忌に触れしもの




 掟は内容も大事であるが、守らせる方法も同じように大事なのは言うまでもない。


 その方法として制裁という方法を採用している、生殺与奪を全て相手に預けることになるこの掟については、恐怖による統制と思われがちで神楽坂も実際そのように勘違いしたが、自由で平等の地獄と表現した世界において、それ以上の掟は必要ないことを意味する。


 だからこそ最強であれば最高であるという価値観が成立するのだ。


 だが、神話を見ても分かるように、神楽坂イザナミが神の世界を「スケールの大きな人間世界」と表現したと同じように、神にも様々なタイプがいる。


 ルルトは、最高神となる前もなった後も、神の世界そのものにまったく無頓着で、ウルティミスの民たちの動向を知ることと仲のいい神様と遊ぶことを楽しみに生きている神だった。


 制裁も全く行わず「勝手に秩序は維持されているのだから必要ない」と事実上放棄状態だった。


 確かにルルトの言うとおり秩序は勝手に維持されていくものではあるものの、掟が少ないだけに、いかようにでも解釈で来て、色々なことに使えるであろう頂点の地位を欲しがる神は当然にいる。


『私は最高神になるの、そのためにはあなたが邪魔なの、ルルト』


 自信にあふれた表情で言い放つウィズではあったのだが、ルルトは


『その件なら話し合いは既についたはずだ、最高神は君にとっくに譲っているつもりだが』


 と意に介していない。


 ルルトの言葉に不愉快にむっとした様子のウィズは、すっと降り立つと、ルルトに顔面を突き合わせるほどに近く寄せる。


『話し合いなんてついていない、掟で最強でなければならないとある、貴方が私を最高神だと認めても、なんの意味も無いのよ』


『悪いが興味はない、君が頑張って宣伝すればいい、ボクだって他神から聞かれたら最高神は君だと答えているつもりだ、悪いがそんなことはどうでもいい、イザナミを殺した理由について教えてくれ』


 どうでもいいと、まるで自分の話を聞くつもりがないルルトの言葉に、ウィズは変わらず不愉快な表情が消えないが、説明はするつもりだったのだろう、理由を告げる。


『簡単よ、今の状況を作り出すため、戦う気のないあなたに勝っても、結局は同じことだもの』


 あっさりと言ってのけるウィズにルルトは凍り付く、つまり、ウィズはこう言っている。


『つまり、ボクに喧嘩を売るためだけにイザナミを殺したのか?』


『そうよ、まあ神楽坂を殺すのは保険だったけどね』


『……保険?』


『本来なら強引に改宗させれば本来ならばそれが引き金になる、だけどならなかった、占いの神に選ばれるほどの者だから念のためにね、それは正しかった、今回の改宗を受け入れたのは貴方が神楽坂を信用しているから』


『…………』


 ルルトの呆けた表情にウィズは顔をしかめる。


『本当に何もわからないの?』


『…………』


『呆れた、神楽坂のほうがよっぽど今回のことを分かっていたよ』


『え?』


 ここでウィズは初めて感情を見せる。


『人間ごときに見抜かれていた、私が「自称最高神」であることに……』


 屈辱に震えるウィズ神、ウィズによるとミリカに扮していて、改宗による提案を



―――



「ひょっとしたらウィズは最強ではないかもしれない」


 あの時、神楽坂がウィズ扮するミリカに話したことは、これが始まりだった。


 神楽坂はウィズは最高神ではあるかもしれないが最強ではないと続ける。


「な、なんで?」


「ウィズ神は、自分がどう見られているかを利用し、様々な策を弄し戦略と戦術と策略を使う頭のいい女神様だからってのが違和感だね」


「……つまり?」



「最強のすることじゃないだろう?」



「え?」


「分からないか? これだけの策を弄するのなら神の世界でのウィズ神も同じだと考えていい、神の掟によれば力があることが最強であり最高、この二つは不可避なことなんだ。どちらか一方では成立しないのだよ」


「ちょっと待って! もし最強ならば、どういう発想をするというの?」


「力で何とかすれば全て上手くいくって発想を持つのさ」


「…………」


「ま、秩序を乱さないことって条件は付くけどね、最強の発想はそれだよ、それで全部解決するからな……ってあれ?」


「どうしたの?」


「いや、なんでも……うーん? いや、まさかな……いくらなんでもそれは」


 とブツブツ何か言いながら熟考している神楽坂ではあったが、ウィズは神楽坂に問いかける。


「それが正しいと仮定すると、今回のウィズ神の目的はなんだと考えるの?」


「……最強になるための行動なんだけど、なあミリカ、神の世界で例えば改宗を迫るってことがどういう位置づけになるのか知っているか? 例えば制裁されても文句が言えないぐらいのこととかさ」


「……さあ、神学の専門家じゃないからなんとも」


「そうなのか、仮に改宗を迫る行為がそうならばと思ったんだけど、そうなるとルルトが最強とかになるし、神にも派閥とかあるのかなぁ」


「神楽坂、仮にウィズ神が喧嘩を売るつもりなら、かなり今の状況はやばいってことにならない?」


「そう、だから、神々の争いが起きるかもしれない、ウィズ神が最強になるためにね」


「……それ、ウィズ信徒の前じゃ言わない方がいいよ」



――――




『それを私の前で言うなんてね、危険人物と知れたのは僥倖、あの男は自分がどれだけの者なのか、まるで理解していなかった』


 ルルトはウィズの言葉に静かに首を振る。


『ウィズ、繰り返しになるが、僕にとってはそんなものはどうでもよかったんだ』


『……?』


『言葉が足らないのならば言い直そう、制裁を受けると知って尚、どうして僕に喧嘩を売ってきたの?』


 ルルトの言葉にウィズは「最強である自分からわざと制裁を受けるような自殺行為を何故したのか」と解釈したようだった。


『確かにあなたは制裁を一度も与えたことが無い、だけどその理由について、私が何も気づかないと思ったの?』


『……え?』


『貴方が制裁を与えないのは、与えるだけの力が無いからよ、自称最強神ルルト』


『……は?』


『あの時は、貴方の力を恐れてウルティミスには手を出さないように啓示を与えたのだけど、貴方に力がないというのは、1年前に名ばかりの最高神を貴方から譲り受けた時、こっそりと力を測らせてもらって実証済みなの、知らない? 元々あなたの実力を疑問視する声は強かったのよ』


『……そ、そんなことで、そんなことで、君が、僕に、喧嘩を売って、それで、イザナミが……』


 再び泣きじゃくるルルトにウィズは凄惨に笑うとそのまま神の力を発動する、光り輝き、神の魅力は威力を兼ね備えて顕現する。


 次の瞬間、ウルティミスと王国軍をウィズの「魅力」が覆い隠し、それが同時に結界の役割を果たし、外界から隔離され、人は防衛本能により耐えきれずに失神した。


 がっくりと項垂れ、両手で顔を覆い嘆き悲しむルルトにウィズはルルトの肩に手を置き、ルルトの顔を強引に上げる、その向こうにはちょうど窓から教会が見える。


『はい、ダメ押し♪』


 ウィズが何をするつもりか分かったのか、


『や、やめてく』


 と縋り付こうとした次の瞬間、教会がそのまま吹き飛んだ。


『あ、ああ、きょ、きょうかいが……』


 絶望の色に染まるルルトにウィズは声高らかに宣言する。


『あーっはっは! そうよねぇ! ごめんなさい! 力の加減を間違えてしまったわ! さあ! ひれ伏しなさい、元最強神ルルト! さあ



『…………』


 ウィズは、最強であり最高になりたかった。誰が作ったか分からない掟に縛られるのは嫌だったけど、ならば掟に従い最強になればその掟に縛られない存在になれば、様々な能力を持つ神たちの力を使い、神の世界でも人間の世界でも自分は永遠の存在となれる。


 さあ、そのための一番大事な最初の一歩であるルルトを葬り、これから自分は名実ともに最強として最高として両方を兼ね備えた神となるのための道を進むのだ。


『=~?‘{}*‘?*{{~‘~’()_?><』


 恍惚の様子を見せるウィズ、これからしたいことはたくさんあって、色々考えているし、やりがいのあることなのだ。


『’&$%#$#%$!”&’%$(’(’~=|』


 そういえば、自分は何をしていたのだっけ、目の前にある物はなんだっけ。


 少し生暖かい感覚が頬にあり、木漏れ日が目をくすぐる。


 生暖かい感触は土だ、自然に包まれて気持ちがいいなんて、神だって変わらない。


 でもどうしてここで、ルルトを葬るべきなのに、どうしてこんな感覚に包まれているのだろう。


『)(’)(&(’%&’%(’(’?{‘?+*』


 さきほどからうるさい、聞こえてくる雑音が非常に不愉快だ。


 その雑音を発しているのは最初は物だと思っていたが、徐々にそれが人の形をしたものであることがわかるが、それは雑に線で濃く繋いだような人の形だった。


 そもそも何を言っているんだ、神は言語も超える力を持つのに、どうして言っている意味が分からないんだ、と思った時に、頭を両手で挟むような感触があると持ち上げられる。


 そして温かく、「傷」が少しだけ治るような心地よい感触の後。


 次の言葉から、はっきりと聞こえるようになった。


『痛覚1000倍』


『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアァッァァッァァッァァッァッァッァ!!!!!!!!!!!!』


 すぐにぱっと手を放されて、頭に地面がぶつかる感触があるも、何故か悲鳴以外に何もできない、頭に手が突っ込まれてかき回されるような感触に、どうして悲鳴を上げることができないのか。


 体は動かず口はだらんとだらしなく開き、目の前はぐるぐると回っており、自分が何をされたのかは理解できない。


 ふと気配を感じるとそこに強い線……ではなくルルトが立っていた。


 どうしてルルトがこんなにも大きいのだろうと疑問に思ったところで、ルルトは髪を掴むと片手で持ち上げる。


『へえ、久しぶりに全力で攻撃したけど、生きているんだ、凄いね、大したものだよ』


『え?』


『覚えてないの? ボクに殴られて数キロ吹っ飛ばされたのさ』


『からだが、うごかない』


『自分の体を見てみれば?』


 かろうじて動く首を動かして体を見てみると。


 繋がってはいるが、バキバキに砕けた体だった。


『なに、これ?』


『まだわかってないか、はい、もう一回、痛覚1000倍』


 ルルトの手が光り輝くと発狂するほどの痛みがウィズを襲う。


『あああああああああああああああああああああ!!!!!!!! ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!』


 そのまま暴れまわって手をほどこうとするがそもそも持ち上がる構造にすでに体が無いため叫び声をあげるだけだ。


 すぐに痛みは治まり、いや感じないようにルルトが力を使う。


『ごめんね、君の言うとおりだ、ボクは制裁はやらないから勘違いしちゃったんだね?』


 そのまま元いた方向、正確には王国軍の方向に振り向かせる。


 神の魅力により失神した人物達。


『君の大事な民たちだ、さあ、無様をさらしてもらおうか』


 そのまま思いっきりウィズを投げつける、再び数キロメートル突き飛ばされ、すでに神の力を失ったウィズが、人の群れに埋もれる、ウィズが既に体の機能がほとんどなしていない姿を見せても、それを認識すらできない。


 ただ自分が他の人間と同じ、地に付してひれ伏していることだけが分かった。


『こうしてみると、神も人も変わらないよね、ふふっ』


 瞬間に移動して、ウィズの傍で屈託なく笑うルルトではあったが、笑顔の直後に目に涙を浮かべる。


『イザナミはね、まあ異世界人だからさ、ボクに対しての敬意とか畏敬とかまったくないんだけど、なんだかんだで一番にウルティミスのことを考えてくれてさ、一緒にいるとホッとするというか、任せられるというか、妙な安心感もあったんだよね、そう、大事な人だったんだよ? ボクのさ……グスッ、グスッ』


 ぽろぽろ涙を流しながらルルトは天に吼える。


『ボクの!! 大事な!!! 人だったのにっっ!!!!』


 爆発的に増大するルルトの神の威力。


 雲が二つに割れ、声は威力となりそれでさらに数百メートル吹っ飛ばされる。


 地面に転がされて、神の魅力を纏いながら歩いてくるルルトを見たウィズ。


 やっとここで自分の余命が幾何もないことをようやく悟った。


『いのち、だけは……』


 最高であり最強の神なる威力を前にしたとき、ウィズの口から出た言葉は命乞いだった。


 これは計算があってのことではない、許してください、命だけは助けてください、死にたくありません、絶対なる死を目の前にして、出来ることはそれぐらいなのだなと、妙に冷静にルルトにお願いする、それが届かないものだと知りながら……。


 だが、祈りをささげ願いを聞き届けるはこの世界における神の所業の一つだ。


『いいよ、ボクは寛大な神だ、命だけは助けてあげるよ』


 その時のルルトの表情と口調は本当に優しくて……。


 ウィズは心の底からぞっとした。


『よし、決めたぞ、君は玩具箱の刑に処す』


『…………え?』


 ルルトは神の力を使うと、目の前にカラフルな箱が出てきた。


『これはアーティファクトの神が作った特製のおもちゃ箱だ、この中に入るとね、自分の体がとても美味しそうでたまらくなるんだ、実際に食べるともう他のものが食べられなくなるほどの絶頂に包まれ幸福感が全身を包み込む』


 ルルトは箱をコンコンと叩くと説明を続ける。


『もちろん、死ぬほどの激痛を伴うけど、激痛よりも食欲の方が勝る、当然最後は絶命するのだけど、安心してくれ、絶命する直前に君の希望通りにすぐさま全身が再生される。このときに抽選が行われる。100回に1回の割合で解放されるのさ、ひょっとしたら最初の一回で解放されるかもしれないね』


 ルルトはウィズの頭を優しい笑顔で優しくなでる。


『つまり最初から生存を前提とした制裁なのさ、解放されたらそれで許してあげる、せいぜい頑張りたまえよ』


 ここでルルトの表情は消え、ぎゅっと口を結び涙がこぼれない様に顔を上へ向ける。


『制裁を望むなんて、君はとんだ変態だ、反吐が出る、お前ごときの野望のために、ごめんね、これで死者が慰められるかどうかなんて、神様のボクにもわからない、本当に、ごめんね、イザナミ』


 とても悲しそうな声で話すルルトは、箱を開けると、ウィズの頭を掴む。


『いや、やめて、おねがい、ゆるして』


 ウィズ絞り出すような懇願にルルトは極上の笑顔でこう返した。


『だーめ♪』


『やだあ! やだあ! いやだあ! ごめんなさい! 許してください!』


 せめて絶叫するしかない、錯乱状態で泣き叫ぶが、そのまま少しの浮遊感の地面に叩きつけられる。


『いやだぁ!! いやだぁ!! いやだぁ!!』


 泣き叫び、襲い来るであろう呪いを少しでも紛らわせようとする、震えるがその呪いがいつまでも来ない。


 目を閉じることは何の役にも立たない、だからすぐに来ないのは変だと、ならばと後悔するかもしれないと、精いっぱいの勇気を振り絞って、ウィズは目を開けた。


 彼女の視線の先には……。












 神楽坂イザナミがルルトの頬を引っ張っていた光景だった。





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