第8話:正義の味方・中篇
「zzzzzz」
と寝ているとバキンという後頭部の衝撃で目を覚ます。
「った~」
というほど痛くないけど、いつの間にか眠っていたのか、そっか準備をするためにずっと動きっぱなしだから疲れていたのか。
「それにしてもいきなり殴るとは品がないなぁ、もう」
と目の前にいる状況を把握する。
今の俺の状況は定番に丈夫な縛りあげられて、椅子に座らされていた。
んで周りは、ボロの使われていない倉庫ってのもベタベタだ。
キョロキョロと見ると俺を拉致したのは5人、いや……。
「「俺にやらせてくださいよ!! コイツは絶対にぶっ殺してやる!!」」
と俺が裸で吊るした2人の合計7人だった。
「まあ待て、後で必ずやらせてやるから少し落ち着け」
と刃物を持ちながら1人の男が命令し、渋々ながらも従う2人。なるほどコイツが一番上の奴か。
その上の男は2人をなだめると俺に話しかける。
「分かってるな、既にお前の運命は決まっているが」
「いや、それはどうでもいいんだけど、アンタの所属と名前を教えてくれないか?」
バキンと問答無用で殴られる。
「今から何をされるのかは分かったか? 質問は俺がするんだ、嘘をつくこともお勧めしない」
「いや違うよ、俺が聞く側だよ、話の腰を折らないでくれよ」
「っ」
ケロッとしている俺にダメージが無い、というのを強がっているのではなく本当にないのが分かったのかを理解して息を飲む男。
「といっても、俺が聞きたいのは一つだけ、俺は正義の味方なんだよ、んで悪はマフィアであるお前らだ。これは明確な正義の味方への敵対行動、つまり俺を敵に回すってことだ、本当にそれでいいのか?」
バキン!!!
と今度は強く、いや思いっきり殴られる。
「これが、答えだ、兄さんよ!!」
「いや、はっきりと言葉にしてくれ、録音するからさ」
「は!?」
「いやさ、アンタらのやり方は知っていてさ、自分のやり方を姑息に解釈を変えて誤魔化して、指摘されれば逆切れでゴネてくるってのは分かっている。だから録音するのさ、窮地に陥った時に「向こうが悪くて勝手に喧嘩を売られた」なんて被害者面をしてくるのが常とう手段なのは分かっている。だからさ、ファミリー名とアンタの名前をさ、頼むよ」
「て、てめえ!!」
「もう一度聞くよ、俺は正義の味方であり、その正義の味方を敵に回すという事だ、んで俺を敵に回す宣言をしたマフィアのアンタの名前と所属をお願いね」
「俺はビルツファミリーのコイオだ! 満足がガキが!!」
「うん満足、ありがとうね」
とブチリと荒縄を引きぎるとスッと立ち上がる。
「…………」
人の力では引きちぎることなど不可能な強度を持つ荒縄、それを紙でできた縄のように簡単に引きちぎる。
現実的な光景ではないこの姿が呑み込めず全員が立ち尽くすが。
「ああ大丈夫だ、命の安全は保障するよ、抵抗しなければ無傷だよ、勧善懲悪はね、相手が改心して終わるんだからな」
「こ、こ」
「ころせえええええぇぇぇ!!!!!!」
俺の言葉が合図となり、一斉に刃物を出して俺に群がってくる。
そこから始まるめった刺し、ひたすらにひたすらにひたすらに、殺意というよりも別の何かに突き動かされるように、5人が群がり俺を殺す。
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。
そうして、スタミナが切れる形で、全員が手が上がらなくなり全員が見上げるが。
傷をつけたのは衣類だけで体の傷が一切ない。
「うーーん、男に群がられても全然嬉しくないなぁ、今度は、美女達5人に武器を持たせてきてよ、そうすればほら、なんかこう疑似ハーレムみたいにならない? こっちも刺され甲斐が出てくるんだよね」
「ば、ば、化け物」
「ひどいなぁ、化け物じゃなくて正義の味方、名前は黄泉チシキだよ。はい、これ、俺の名刺ね、繰り返すね、俺の名前は黄泉チシキ、正義の味方さ、これでお前、いやマフィアは俺の敵となり大義が出来たね。でも俺の体は一つなんだよ、ということは祖国の一日一善」
「同じことを繰り返すのさ」
――最高級ホテル・スイートルーム
「めった刺しにして無傷!?」
流石にこの情報には驚いたのかソレラが立ち上がる。
更に黄泉チシキより、敵対する証拠として送られてきた魔法録音装置も送られてきた。
挑発にまんまと乗る形で怒鳴るような声で録音されていたが、それよりも大事なのは当然にめった刺しにされて無傷という点。
本来であるのならば信じるに値しない情報だが、神楽坂の神の繋がりを聞いていれば、すぐにそれが「奇蹟」であることが思いあたる。
「使徒か、神楽坂が使徒であるという噂があったが、期せずして裏付けが取れたわけか」
使徒、神の道具、生殺与奪を神に握られる代わりに、不老不死を伴わない不死身の体になること。
「ならばしょうがないだろう、神楽坂の処断についてはこれまでだ、手を引く」
クタの言葉にソレラも頷く。
「しょうがない、神相手ではな」
「それと奴のしていることを王国府なり憲兵になりに情報を流す、これは立派な公僕の不祥事だからな、そうだな、違法カジノで豪遊、それでいいだろう、写真も収めてあるからな、それで一件落着だ」
「しょうがない、繋がりが得られるかと思ったが。ただ情報を流したところで奴は王子と懇意にしていているのだろう? もみ消されるのがオチだろうがな」
「そんなことをするわけないさ」
「え?」
「俺達からの情報をもみ消すなんて、弱みを向こうから握らせるようなものだ。もみ消しってのはな「もみ消された方がそれに気付かれない状況」じゃないと成立しないのさ、特に憲兵はそれをよく分かっている」
「なるほど、むしろ情報を流した後の動きに注目する必要があるということか、今後のことを考えたら、そちらの方が大事だ。っと分かっていると思うが、その時に構成員たちは使うなよ、神楽坂は「正義の味方」を方便に動いている。ラムオピナの他の奴隷達を使って、行動を起こす」
と指示を終えて一息つく。
まあいい、メンツは潰されたが、回復不能ではない。この録音機に記録されていた、挑発にまんまと乗って失言をした構成員は処断して再生を図ればよい。
そんな余裕のあるボスであったが。
その奴隷達が上げてきた情報で状況は一変する。
――
さて、弱みに付け込むとはどういうことか、色々紹介してきたが、メジャーのやり方の紹介の最後。
それがマッチポンプ。
分かりやすく今回も政治家で例えてみる。
何でもいい、例えば政治家が失言したとする、その失言の揚げ足を取り、追い込みをかける、追い込みのかけ方は何でもいい、街宣車でがなり立てるのもいいし、業務を妨害してもいい、無茶な要求を通そうとしてもいい。
ここで追い込みに屈して要求を通してしまえば、後は内部から食い荒らせばいいが、中々要求が通らない時どうするのか。
それは、別の反社会勢力が政治家とコンタクトを取るのだ、そこで「助けてあげる」と言えばいい。
後は、実際にその反社会勢力が、悪者を退治をして、本当に助けてあげるのだ。
さて、もうお分かりだろう、ここで金銭を要求したりなんてしない「今後も末永いお付き合い」をすれば十分に旨味がある。
「つまり、やり方は様々なんだけど、弱みを握るという目的は一緒なんだよね、その為にあの手この手で接触するんだよ」
堂々と全員に囲まれた事務所の中で、頭目に話しかける。
「俺がここにいる理由は、オタクの構成員が俺を敵認定したからだよ、つまりお前ら全員が敵という事さ、あの時はソレラファミリーの系列とペナマーシルファミリー系列がいた、だからそっちの大頭目まで、全員が敵となったのだよ」
と挑発するが相手はすぐに仕掛けてこない。
すぐに仕掛けてこない、ってことはこの表情を見るに自分が使徒であることは分かったわけか、だから迂闊に近寄ってこないのだろう。
せめてものメンツだろうか、ボスが話しかけてくる。
「黄泉チシキなんて名前はよせよ、神楽坂イザナミ、元ウルティミス・マルス連合都市の駐在官で、現ボニナ都市の駐在官さんよ」
「神楽坂イザナミじゃないよ、俺の名前は黄泉チシキ、いい加減名前は覚えてくれないかなぁ」
「修道院出身のエリートさんがバレたらことじゃないか? しかも色々曰く付きだ、これでこっちも心置きなく責められる」
「ベッタベタだなぁ、だから修道院出身のエリートがそんな事するわけないじゃん。そうか、ということは、まだ分かっていないのか、よし! だったらさ、多分今頃別の奴隷君たちが神楽坂イザナミが何処にいるか確認している筈だよね? 動向を探っているんでしょ? 彼はそうだね、首都の博物館でブラブラしているんじゃないか?」
「あのよ」
「いいからやれっつってんだよ!! 待っててやるから!!! お前らがコツコツ積み上げた奴隷を使って調べろ!!! 同じことを何度も言わせるなめんどくせえ!!!」
「…………」
「なーんつって、調べ終わるまで、ここにいたあげるからさ、それが何よりの証拠になるでしょ、あ、お茶貰える? それと飯はどうしてんの? 外に食いに行くの面倒臭いから、一緒に頼んでいい?」
「…………」
淡々とした俺の様子にそろそろ気づいてくる。
目の前にいる人物は調子に乗っている訳でも何でもない。
紛れもなく本気であると。
その時に丁度いいタイミングで、事務所に入ってきた人物がいる。
その人物は俺を一瞥するだけで、凍りついた空気に俺の姿を見てキョトンとしている。
おっ、これはいいタイミングだったな、ラッキーだ。
「あ、あの、いいですか?」
その人物は腰が引けた様子でボスに話しかける。
「今は取り込み中なんだが……」
「で、でも、神楽坂イザナミについてなんです!」
入ってきた人物の報告に一斉に俺へ視線を向く。
だがその報告をしてきた人物は「報告をしていいですか?」と何処かピントがずれているようなことを言う。
それを訝し気に思い、少し混乱しながらも黙っていたが、それを報告してよいと受け取った人物は報告する。
「神楽坂イザナミは、首都で博物館にいて、今は食堂で飯を食べているそうです。どうしますか?」
その言葉をまるで呑み込めていない構成員たち。
「お、お前は、何を言ってやがるんだ?」
「え? い、いえ、ですから、神楽坂イザナミは現在首都にいて、博物館に」
「だから何を言ってやがるんだ! ここにいるだろうが!! 神楽坂はよ!!」
「え!?」
と俺の顔を見て勢いよく写真を取り出して俺を見比べる。
「え、え、ええ、えっと、その、うん?」
混乱している人物からボスが写真をひったくる。
「何をしてやがるだよ! どう見ても同一人物じゃねえか!!」
「え? え? ど、どういつ? え? その、別人……」
「…………」
混乱している様子に、この同一人物を目の前にして別人だと言っていることが本気であると伝わってくる。
「大丈夫だよ、この人は本気で言っているんだよ」
助け舟を出す形でそう俺はつぶやくと、スッと人物に近づいて首元に手を添えると、ふっと失神させて、倒れた男を抱きとめる。
「言ったでしょ、神楽坂イザナミは首都で遊んでいるとね」
ソファに寝かせるとそのまま構成員達と向かい合う。
「この写真はね、「敵には俺がそのまま映り、敵じゃない人物には別人に見える」そういう神の力を使っているのさ」
「か、か、かみ……」
「この人は敵じゃないから、少しだけ眠ってもらうだけにしたけど、君たちは敵だから、恥をかいてもらうぜ、大丈夫、抵抗しなければ無傷だよ」
神の力に抗う術はない。
翌日、当然のように裸で逆さ吊りにされて発見されて。
今の神楽坂の言葉は、当然に2大頭目に届く。
――最高級ホテル
「神楽坂が首都にいる!? 本人を目の前にして、そういったのか!?」
ソレラが報告を受けて勢いよく立ち上がる。
「間違いないそうだ、そして実際に憲兵やら中央政府に情報を流した先、官吏達は神楽坂イザナミじゃないと口を揃えていったそうだ、最初は隠蔽でもするのかと詰め寄ったらしいが、奴隷達も同じことを言うんだよ」
「神話では神は自分の姿を総認識させない力を使って日常生活に溶け込んでいると聞いたことがあるが、今の神楽坂は何処にいるんだ?」
「現在は、首都でルール宿屋を拠点に遊びまわっていると」
「どういうことなんだ! コイツは神楽坂イザナミだろう!」
「それは間違いない、だが神楽坂はこうも言っていた、この写真が神楽坂イザナミに見えている人物が敵、それ以外は全く別人に見えるという事だと」
「…………」
「…………」
「つまり、どういう事なんだ?」
そう、どういうことなのか。
ここでやっと、2大頭目に危機感が襲ってくる。
――某ファミリー事務所
「ふんふーん~♪ どうも~♪」
「て、てめえは!」
「初めまして、俺の名前は黄泉チシキ、用件は分かるな?」
「しねええぇぇぇぇ!!!」
という怒号の下、全員が武装して出てきて一斉に一気に襲いかかってくる。
滅多刺しに滅多切り、滅多打ち。
その間何の抵抗もせず、涼しい顔の神楽坂。
全員が諦めたように攻撃を辞めるのを見計らって切り出す。
「満足した? んー全員は面倒だよな、ほいと」
という気の抜けた声の下に、ボスを除き意識を失う構成員達。
「じゃあ、行こうか」
むんずと襟首を掴む。
「ぐああ!! はなせぇえ!!」
「別に殺しはしないから大丈夫だよ、まあ抵抗したら多少は痛くするがそこは勘弁してね、男の子なんだから、俺は正義の味方なんだからね、」
そのまま飛び立ち。
翌日はボスを全裸で逆さずり。
次の日も、次の日も。
次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も同じことを繰り返す。
そしてついに、いや遅過ぎる程に、エンチョウのマフィア達の士気や怒りといった攻撃的な感情よりもある感情が先行してくる。
「これはいつまで続くんだ……」
ついに2大ファミリーの直参クラスが裸で無傷でつるし上げている姿を見て誰かが呟く。
そう、それは恐怖。
そしてこの事が、いつまで続くのか、それは簡単だ。
エンチョウのマフィアが全部狩り尽くされるその時まで。
次回は、24日か25日です。




