プロローグ
表世界と裏世界。
なんて聞くと何処となく浪漫のある響きだが、そう簡単に割り切れるものではない、表裏一体が世の常だ。
表があるから裏があると表現だと陳腐な響きだが、現実や事実はそんなものだ。
世界最大最強国家ウィズ王国も、上流に名を連ねる人物達も策謀という名の裏がある。
それでは、世界が抱える裏のイメージとは何なのか。
それは暴力だ。
ウィズ王国首都。
現クインド王が治める国。
世界最大最強国家と言えど、当然に貧富の差はあり、犯罪組織も存在する。
首都は、王城を始めとした原初の貴族が住む特別居住区、その外側に正貴族が住む特別第二居住区、準貴族が住む特別第三居住区、それ以外を一般地区としてそれぞれに数字を付し管理している。
その中の第19地区、ここは首都のスラム地区。
一番の人と金が動く首都、故にここに拠点を構え、広域に犯罪行為で収益を上げている大規模マフィアが複数君臨し、覇権を競っている。
その大規模マフィアの一つ、グーファミリー。
主な収入源は人身売買と詐欺で、他の主要都市にも支部を構えている。
その本拠地となる豪邸。
そこに折り重なる死体、100人弱。
先ほどまで怒号が飛び交っていたとは嘘のように静まり返っている。
その場に生き残っている人物は数人の人影。
人影たちは袖で血で血を拭うと、自分の成果を確認する、グーファミリーの主要幹部全員の死亡を確認し、満足気に頷く。
「終わったか?」
扉が開くと初老の男性が1人入ってくる。
「終わりました、他の拠点は?」
「間もなく全て終わる、本日をもってグーファミリーは終焉を告げる、これでマフィアの勢力図も変わるな」
「憲兵は?」
「そこは流石に早い、遠巻きに我々を監視している」
「わかりました、なら長居は無用ですね」
と3階の窓から飛び降りると、ほんの数瞬後には人の気配すらいなくなった。
――翌日・首都・ルール宿屋
「ありがとうございましたお客様!」
と宿泊客に頭を下げる俺、神楽坂。
今見送った客が今日の最後の客、宿帳に記載して、今日の宿泊者のリストを確認する、えーっと一番最初に来るのは今から4時間後か。
ふむ、久しぶりとはいえ意外と覚えているものだけど……。
「凄いな、半年先まで満室なんて……」
パラパラと宿帳を確認しながらため息をつく。
先日、王国商会より一つ星の星を与えられたルール宿屋はまさに飛ぶ鳥を落とす勢いで業績を伸ばしている。
きっかけは連合都市と契約を交わしたピガンの希少価値を売りにした商品戦略が大当たりしたことだ。
きめ細やかなサービスと大通りから一つ裏路地に入ったところにある、文京地区での豪華ではないが品のある落ち着ける雰囲気のある建物や、首都への主要場所への利便性。
当然にそれだけではない、ルール宿屋の筆頭料理人は七つ星を受勲した2大高級レストランで第9席の序列を与えられていた、メトアン・ルールさんの腕前も凄まじい。
そんなメトアンさんは先日シレーゼ・ディオユシル家ラエル伯爵に招かれて家族に料理を振舞ったそうだ。そのデモンストレーションも相乗効果で、近々早くも二つ目の星が与えられるそうだ。
そんなルール宿屋だが、支店を設けることをせず徹底して、本店経営にこだわっている。
理由は組織を大きくしすぎると、意志が統一できないそうだ。
この場合の意思とは当然。
(本当にミローユ先輩は、優秀だよなぁ、性格悪いけど)
ちなみにルール宿屋の宿主はメトアンさんではなく奥さんのミローユ先輩だ。メトアンさんは超一流の料理人であるが、完全な職人気質の人なので商売はからっきしで、先輩の管轄なのだそう。
んで規模を大きくしない理由については先輩曰く、ルール宿は組織力が無い、そして組織力を強くするだけの素養が無い。故に規模を大きくしようとすると、結果的に無条件に金を他人に預けることになってしまう。そして金が絡むと人は豹変するからだそうだ。
収入自体は官吏時代から何十倍にもなっているみたいだけど、豊かになっても散財もせず、それでいて金を使う時は躊躇しない、先輩曰く、商売とは利益を追い求めるが欲に駆られては駄目なんだそうで、そこが難しいそう。
「神楽坂さーん! 備品在庫チェックお願いします!」
「あ、はーい!」
とバイトの子から声をかけられて、倉庫に行き、帳簿を照らし合わせる。
こういった備品一つの管理が、実は一番大事なのだという。
――「雑用ができる人間が仕事ができる、誰でもできる仕事が一番面倒で退屈で、そういった仕事が一番大変だからね」
先輩から修道院生時代に言われた言葉だ。ここで無駄をなくせば浮いた分を人件費に充てる方式を取っているため、従業員達もおのずと力が入るといったものだ。
んで備品管理は雑務といえどそれなりに重責のある立場なため、先輩が俺に任せてくれたのだ。
信用には答えないとなぁと考えながら、照らし合わせる。
ふむ、そろそろまとまった買い出しが必要か。
と足らない分を帳簿に書き加えていくと、事務室に向かう。
「先輩、備品の買い出しリストです、確認をお願いします」
「ん、ご苦労さん」
と言いながら、お茶を飲みながらリストを確認する。
「よし、このまま買い出しに行っておいで、量が多いけど1人でお願いね、その代わり少しぐらいの散歩は許そう」
「わーい! 分かりました! 行ってきまーす!」
とそのまま買い物かごを持って外に出た。
外に出た瞬間に感じる、静かな人の息吹。
ここは首都の中でも所謂文京地区に値するから落ち着いた雰囲気で洗練されている。俺は少しスラムが入った雑多な雰囲気が好きだけど、ここはここで十分に好みである。
ミローユ先輩は俺の性格を知っているとは述べた通りで、こういった買い出しである程度の融通、つまり寄り道を認めてくれているから、買い出しにかこつけて散歩を楽しむのが今の俺の密やかな趣味となっている。
こういう誰も注目しないような、首都なら何処にでもある街並みを見る。この一軒一軒にそれぞれの別の生活があるのだと思うと何とも言えない感慨深さを感じるのだ。
(ん?)
この時、巡回中の憲兵2人とすれ違うが……。
「「…………」」
無言ではあるがちょっと話しかけられない雰囲気だ、ふむ、アレは巡回というよりも警戒と言った方が正しい、何かあったのか。
とはいえ聞いても答えてもらえないのは目に見えているので、触れないに限る。
まあいいや、そろそろ散歩を終えて買い出ししないと怒られるっと、行きつけの業者用商店に入る。
「お疲れでーす、このメモにある消耗品下さい!」
「よう、いつもの兄ちゃん、領収書はルール宿屋でいいかい?」
「お願いしまーす」
と店の主人がメモを見ながら荷物を用意してくれる。
さて、やたら板についていると思いの方々に念のために言っておくが、別に官吏をクビになったわけではない、こんなバイト統括みたいな立場になっているが訳がある。
そうそれは今から一か月前のことだった。
――「やばい、どうしよう、この頃旅行しまくったり、食べ歩きしまくったりしたから、金が無い」
そう、調子に乗って金を使いすぎたからである。
賭場でスィーゼのおかげで給料三ヶ月分も大勝ちした筈なのにありえないぐらいあっという間になくなってしまった、とまあそんな賭場あるある。
んで、そんな経済事情を正直に話すとユニアに絶対に怒られるから、出張報告書だけをユニアの机の上に置き脱出、首都の銀行に預けた貯金を切り崩すため首都へ到着。
到着した時には既に夜だったため、宿代も困るので、そのまま野宿でもするために、公園のベンチで段ボールにくるまって寝っ転がったのが運の尽きだった。
巡回中の憲兵に声をかけられ、誰何されたものの国家最優秀官吏勲章を受勲し首席監督生まで務めた曰く付きの連合都市の駐在官とは言いだせず、結果かつてのウルティミス赴任の時とばかりにホームレス扱いされて救貧院に連れて行かれそうになった時、身元引受人に来てくれたのが偶然通りかかったミローユ先輩だった。
当然の如く滅茶苦茶怒られて、銀行の預金台帳を取り上げられて、丁度雑用が1人欲しかったからという理由で昔取った杵柄から臨時に雑用して雇われたのだった。
長期間、離れるということでユニアから小言を言われると思ったが、事情を知ったユニアはこういった。
――「ウチのどうしようもないのがお手数おかけして申し訳ありません、粗相を働くようなら死なない程度での折檻をお願いします。※せめてもの後輩の情として顔面だけは勘弁を願います」
情とはいったい何だったのか。そろそろセクハラの一つでもしてやろうかな(#^ω^)ピキピキ、まあ仕返しが怖いからしないけど。
まあいいや、先輩は俺の気質をよく分かっているので、休日をちゃんとくれるし、早番の時は定時に上がらせてくれる。
空いた時間を使って首都は散策したり、お気に入りの博物館めぐりで芸術作品を堪能する充実した日々、んでなんといってもこの仕事の愉しみと言えば。
「先輩、買い出し終わりました、品物と領収書の確認をお願いします」
「ん、買い出しご苦労、後で確認しておくよ。それと賄いが出来てるよ、私も休憩に入るから一緒に食べようか」
「わーい! やたー!」
とウキウキ気分で従業員用の食堂に駆け込むとメトアンさんが丁度料理を並べている所だった。
「はっ! あれは!」
そう、アレは、俺の大好物、魚の叩き胡麻和え丼。
メトアンさんはじっとを俺を見るとそのまま調理場へと姿を消した。
アレは「仕事ご苦労、たまには好物を食え、お代わりを用意しているぞ」って意味だ。
「ウルウル」
そう、先輩からも後輩からもがっつり怒られた日、半泣き状態の俺にメトアンさんはこの好物を用意してくれたのだ、うう、優しいのはメトアンさんだけだ。
「うまうま! うまい! 涙を出てくるほどに! 流石メトアンさん!」
味が全身に染みわたるような味に涙ぐんで食べながらミローユ先輩と雑談に興じている時だった。
「神楽坂、そのままでいいから聞いて」
「はい、なんです?」
「今日の夜、アンタに対してフォスイット王子から呼び出しがかかっている」
「…………」
「んでその際に「そのまま神楽坂を借りたいけど、そちらの都合は良いですか」ってさ、んで今日で丁度一段落つくからって回答しておいたよ、ってなわけで、任務に戻りな、一ヶ月ご苦労様、はい給料」
と封筒を手渡してくれる。
「アンタの修道院時代を思い出したよ、楽しかった、また頼むよ」
「せ、せんぱい……」
ウルウルと涙ぐむ、この頃涙もろくなっていけない。
「…………」
「…………」
「ん? どうしたの?」
「は、はい、あの、銀行の預金台帳は」
「駄目」
「ええーー!!??」
「ユニアから言われてんのよ、当分預かっておいてくれって」
「そんなぁ!」
「駄目なものは駄目なの、任務が終わったらちゃーんと返してあげる、アンタのことだから、下ろした分また使うのは目に見えているからね、これを機に貯金しなさい」
「くっ! 働き盛りの独身息子を持つオカンのように!」
とはいえ、ミローユ先輩には逆らえないのだ(ノД`)シクシク。
どうしてこう女ってのは男を管理したがるんだ。
その時だった。
すっと差し出される、魚の切り身胡麻和え丼。
「メ、メトアンさん」
お代わりを持ってきてくれたのか、俺の話を聞いていたんだろう「男ってのは大変だよな、仕事頑張れよ」と言っている、うう、やっぱり優しいのメトアンさんだけだ。
せめてものと、最後の賄いを腹いっぱい食べたのであった。
次回は、30日か1日です。