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第15話:降臨


「……はあ?」


 俺の言葉に明らかに不快感を含んだミリカの反応は露骨に軽蔑の色を帯びる。


「何? 八つ当たり? 腹いせ? 見損なったよ、あんた、少しは骨があるかもって思ってたのに」


 なんだ、気持ちが悪い、視線がふらふらする。


「いや、見覚えが、無い、間違いない、いくらなんでもちょっと前の記憶を忘れないよ」


 先ほどからずっと記憶に「ザア」と、昔のテレビのノイズのようなものが走る。


 いつものモストが連れていた取り巻き、卒業式まで連れていた取り巻き達は「5人」「5人」と考えた時に、ザアと再びノイズが走る。


 あいつらは目立ったから、俺全員名前ぐらいは覚えていた。しかもこれだけ美人なら同期から絶対に話題に上がってなかったっけ。


「最低ね、だからあんた最下位なんだよ、あーあ、ほんとバカみたい、モストの人を見る目は確かだってことだったよね、がっかり」


「なあミリカ、女って、誰がかっこいいとかそういう話、するだろ? 男だってするんだよ、お前ほどの美人がいたら話題に上らないなんておかしい、した記憶がないんだ」


 それこそアイカだって、「おっかない」なんていう奴もいたけど、凛とした美人だなんて噂に上っていたし、仲良くなってからはやっかみも受けたよな。

 当然あいつに惚れているモストは「取り巻き4人」で連携して俺に軽い嫌がらせみたいなこともしてきた。


「もう一度言う、取り巻きの数は4人だ、いつの間にか1人増えている、モストを含めた全員がそれを不思議に思わない、俺の記憶に合わないのはお前だけだ」


 この違和感の正体は俺ももう感づいている。


 ルルトの加護をかけてもらった時の感覚に一緒なのだから。


 目の前の彼女は何も言わない、何も言わず黙っていたが……。


『神楽坂イザナミ』


 頭の中に直接響いてくる謎の言語で、だがそれが自分に意味が分かる変な感じ。


 ノイズが晴れてみれば明白だ、目の前にいる人物は、制服すら着ていないではないか。

 青い瞳にくすみがかかった金髪を地面が付きそうなほどにまで伸ばし、上衣の部分が象牙色、下衣がカラスの濡れ羽色をした豪華なドレスに背中には対となる4枚の羽。


 修道院時代には毎朝礼拝の時に見ていた肖像画のままじゃないか。


「ウィズ神!!」


 目の前にいる神に対して俺は叫んだ。



 ビリビリと肌に感じるプレッシャー、おそらくはウィズ神はそうと意識していないが、マグマを蓄えていていつでも噴火できる火山といえばいいのか、その河口に立っている意識、無意識に震える手を抑える、


「ウィズ神、モストの試練はどの道不合格にするつもりだった、やっぱり教皇選抜なんてやるつもりは初めからなかったんだな?」


 俺の言葉にウィズ神は頷くと目を細めて俺を観察する。


『やはり占いの神に選ばれただけある、確かにお前以上の適材はいなかったことは認めざるを得ないのだろう、それにしても不思議だ、有能なのか無能なのか、正体を見破られて、教皇選抜とは別の目的があると見抜かれても尚、評価に迷うな』


 占いの神、ルルトも同じことを言っていた、それで俺は異世界生活を送ることになった、まあ平凡な主人公が神に選ばれてなんてのは王道だけど。

 でもウィズ神も占いを信じているのか、この話だとそう取れるけど……。


「なあ、どうして俺なんだ? ウィズ神の言い方だと俺に注目してたってことになる、重要人物はもっと他にいるし、俺が王立修道院で最下位なのは知っているだろう?」


 俺の問いかけに、初めて疑問符を浮かべるウィズ神。


『どうして? 占いの神に選ばれたあなたを、どうして無視すると考えるの?』

「…………」

『なるほど、今度はこちらが合点がいったよ、一つ聞く、神楽坂イザナミ、教皇選抜ではないのなら私の目的はなんだ?』


 このウィズ神の疑問で思考は再び揺さぶられる。


 ウィズの目的、いきなり言われてもと思ったが、今のタイミングで質問を出すってことはウィズ神は答えを導き出せるという意味で聞いているのだろう、となればこれは俺がかつて疑問に思ったこと。


(どうしてルルト教なのか、他の宗教ではないのか)


 モストの啓示自体は、つまり今回の事態を作り出すことが目的で……。


 先ほどミリカに語った俺の推測、何の根拠もない推測、自分でも突拍子がないことをどうして思いついたのか、ここでやっと思い出した。


(俺とルルトが一番最初に会った時、あいつはなんと言っていたっけ)


 コミケ会場での出会い、ルルトの自己紹介の言葉、神の掟。


「ま、ま、ま、まさか、俺のさっきの推論が真実で、ならばウィズ神の目的は!」


 次の瞬間、ドンという衝撃音の音が突然体の中に木霊した。


「…………」


 気が付いたら、ウィズ神の指先から光り輝く鋭い「錐」のようなものが伸びていて……。

 それが自分の心臓を一突きしたことが分かって……。


「ゴブウ」


 言葉を発しようとしたら、自分でもびっくりするぐらいの血だまりを吐き出した。


『お見事、答え合わせをさせてあげたのはせめてもの誠意、神に選ばれるということを、加護を得るということを、どれほどのことか頭だけで理解し、自覚していないのが最大の敗因であり致命傷に至るミスだ、おやすみなさい』


 引き抜かれると、その反動でドスンと床に崩れ落ちる。

 結構な勢いで床に叩きつけられたはずなのに、痛みはなぜか感じない。

 弱くなる呼吸と同時に広がる血だまり。

 最後に見た光景は、ウィズ神が踵を返すところで……。


(あ、終わる……)


 妙に客観的な感じで、俺は人生を終えた。


――――


 同時刻、ロード大司教とモストは、小城の執務室でウィズ教への改宗儀式の段取りを完了、一息ついていた。

 元より秘匿事項の教皇選抜、長きにわたった勝負もようやくひと段落が付くのだ。


 お互いに得たものが多い、ロード大司教は、今回の功績で枢機卿への足掛かりに出来た上、グリーベルト子爵家との繋がりを確たるものとした。

 モストは教皇候補生として家名を知らしめる結果となり、いずれは枢機卿にまでなるであろうロード大司教の繋がりを強固なものにした。


 とはいえまだ終わったわけではない、教皇選が始まるとなると、そのお披露目のための儀式も必要だ。


「それにしても、何故ウィズ神はルルト教を潰そうと思われたのでしょうね、田舎の一宗教如きを潰すのにずいぶんな労力を使いましたよ」

「ルルト神は王国創立軍の王国軍を誤魔化して強引に王国民に仕立て上げたわけだからな、元は異国の民だ、ウィズ神はあえて誤魔化されたふりをしたにも関わらず、それに感謝せずルルト神を信仰していたのだ、不快に思っていたとしても不思議ではない」

「はは、確かに、少し頭を使えば、最高神を誤魔化せるかどうかなど、分かりそうなものですけどね」

「それは致し方なかろう、ウルティミスからは未だに修道院生の1人も出していないほどに教育水準は低いからな」

「なるほど、神楽坂にお似合いだ」


 ここでワインを注ぐとお互いに乾杯をする。


「さてモストよ、本番はこれからだ、教皇選を迎えるにあたり色々と策を考えているのだが、まずはな」


 と先の話をしようとした時だった。


『ロード・リーザス、モスト・グリーベルトよ』


 突然脳内に響く声に飛び上がるように立つ2人であり、次の瞬間にその声の主が誰かとわかり、姿こそ見えないが、肌に感じる圧倒的存在感に2人が感嘆にあふれる。


「おお美しく偉大なるウィズ神!」


 2人して跪き、ボロボロ涙を流し、モストは天を見上げながら言い放つ。


「お聞きください! このモストはウィズ神の試練に見事乗り越えて」


『愚か者が』


 奈落の底に突き落とされる感覚、怒りを込めたウィズの言葉にモストだけではない、ロード大司教も血の気が引く。

 意味が分からないが不興を買ってしまったことは事実だと認識し、凍り付いて思考停止に陥る2人、更にウィズ神の言葉が続く。


『神楽坂イザナミの部屋に来るがいい』



「こ、これは……」


 ウィズ神のいうとおり、神楽坂の部屋に向かったところ、神楽坂イザナミが仰向けに寝かされる形で死んでいた。


 何故神楽坂がと、状況が呑み込めない2人。


『お前たちの考えは全てこの男に見抜かれていたぞ』

「な!?」

『非人道的な兵糧攻め、このことが露見すれば、お前たちはどうなるか分かっていたのか?』


 ウィズ神の言葉に「そういうことか」と少し余裕を取り戻し、発言するロード大司教。


「ご安心くださいウィズ神、その点については万全に対策を」


『ロード、趣旨は理解している、公にされても負けない自信があるのだろうけど、非人道的な交渉をする人間に教皇が務まると本気で思っていたのか? 改宗させよとは言ったが私が課程を無視し目的さえ達成することが合格であると、本気で思っていたのか?』


「そ、それは……」


『しかもそれすらもこの男に見抜かれていたぞ、だからこそ即座に敗北の道を選んだのだ。しかも敗北を屈することではなく、一つの手段としてとらえていた。今回は切り抜けても今後の教皇選において、この男はお前たちの非人道性を必ず公にする、その時に我が名も傷つくのだぞ』


 がっくり項垂れるロード大司教、ここで恐る恐る発言するのはモストだった。


「ウ、ウィズ神、恐れながら神楽坂はそこまで見通せる人間ではありません、ご存じないでしょうが、これほどまでに敵に回しても恐ろしくないほどに基盤のない奴で、協調性もなく空気も読めず、何をやらせてもダメなやつ、事実奴は最下位、何かの間違いではないのでしょうか?」


『相手を侮るというのは油断をするということだ、神楽坂はお前の油断を利用しお前と取り巻きたちをターゲットにして、中間報告会の段階から情報を取られていたことに本当に気付かなかったのか? 神楽坂はむしろお前を酌み易しと判断していたのだぞ』


「……そ、そんな、馬鹿な!!」


『信じられぬのならよい、信じさせるのも面倒だ、だから私は、お前達2人を守るために自ら天罰を下すことになった。このことを少しでも恥じるのだな』


 ウィズの言葉に2人は呆然とするしかなく、元より絶対なる主神に逆らう選択肢などあろうはずがない。


『お前は不合格だ、予定者なる者がこの体たらくでは、教皇選そのものが早計であったか、死体の後始末をしておけ、せいぜい有効なる方便を一晩かけて考えるが良い』


 そのまますっと、ウィズは気配を消し、2人は取り残される形になった。


――


 山賊団に苦しめられているウルティミスの民を何とかしてあげたい。


 これが一番最初の想いだった。かつての自分の気まぐれに感謝し、今でも自分を崇めくれるウルティミスの民、それが山賊団で苦しんでいることは許せなかったものの、人的被害を出さない以外何もできない自分がいた。

 どうするかと悩んだ結果、仲のいい占いの神に占ってもらったら「異世界の神楽坂イザナミが助けとなるだろう」といったものだった。


 彼は不思議な人だった、異世界人だからかもしれないけど、この世界の理に左右されない発想に、変に大胆な行動をするときがあるものの、能力という点では修道院の成績が最下位という部分に「だろうなぁ」と何故か頷く部分がある。だけど無能と言われるとそうではないと思うし、有能と言われても頷きかねる。


 でも「ウィズ教に改宗する」と言われた時の自分の気持ちで、いつの間にかこんなにも神楽坂を信用している自分に驚いた。


 もちろん一方的に改宗させろなんて、それこそ神の理なら本当なら怒り狂うぐらいに、制裁されても文句が言えないほどのものだ。

 だけどイザナミは「負けるのは選択肢」とあっさり言ってのけたし、いつか必ずウィズ教からルルト教に戻る時が来るだろう。


「それにしてもウィズめ、イザナミに感謝すべきだぞ本当に」


 あのミリカと名乗るイザナミの同期はウィズであることは最初から分かっていた。


 認識疎外の加護をかけているから、イザナミ達は完全に騙されていた。

 過去の教皇選でも、自分の審美眼を確かめるために、じかに試練を観察するというのはよくやっていたのでさして疑問にも思わなかった。

 ウィズは教皇選をとても大事にしていたから邪魔しないようにはしてやったけど、教皇選は他の神の領分なだけにいたずらに侵すわけにもいかないのが面倒だ。


 さて、明日から新しいスタートだと思った時、ドアをコンコンをノックする音がする。


「ん? はーい! どうぞー!」


 と返事をしても何もない、と思ったらまたドアをコンコンとノックをする音がする。


「もう、いいよと言っているのに」


 とドアにまで歩いて開くと……。


 顔面蒼白なモストが立っていた。


「……フィリア軍曹、来てもらいたいところがある」


 そのまま自分の返事を待たずに、生気を失ったかのようにフラフラと歩き出すモスト。

 なんだろう、言い知れぬ予感がする、今頃試練を達成したことにより、今後の教皇選に向けて動き出すのではないのか、あのロード大司教と簡単な祝勝会ぐらいはしているものだと思っていたが、今にも死にそうな顔をしている。


 何かあったのか、今この状況において、これ以上の変化などあり得るのか。


 あとをついていくと、そこはイザナミの部屋に辿り着き、ドアを開くと無言で入っていった。


「…………」


 いつの間にか自分の体が震えていることに気付く。なんでどうしてと思うより前に、ゆっくりとゆっくりと一歩一歩部屋に入っていく。


(まさか、まさかだよね……)


 部屋の中に入って、モストとロード大司教がいて……。


 ベッドの上に仰向けになって冷たくなっている神楽坂イザナミがいた。


「…………」


 現実感のない光景、よろよろと近づき、体を触るが、生者のそれはない、冷たく固く、二度と動かない。

 どうして、どうしてなのだろう、ぐらぐらと思考が巡るままの時、横に誰かが立ち、それを見るとモストだった。


「容疑が晴れた、お前達は、釈放だ」

「…………え?」


 モストの言葉に必死で思考を覚醒させ、袖を思いっきり掴む。


「ちょっと、待ってくれ! イザナミはどうしたんだ!?」


 そのままモストは振り返り、変わらず生気のない目で見返す。


「神楽坂は、邪教入信している事実を認めた、だがお前たちは違うと遺書に書いてあった、このままではウルティミスにも被害が及ぶと判断して、死んでお詫びすると同時に、ウルティミスとお前らの無罪を信じてほしいと書いて、自ら心臓をついて自殺した、だから釈放だ」


「ふざけるなぁぁぁ!!!」


 ルルトはモストの両手で胸ぐらを掴んで壁に押し付ける。


「モスト! 知っているな!? どうしてイザナミが死んだのか!! 知っているな!?」

「し、知らない! 知らない知らない! 俺が来たときには死んでいたんだ!!」

「嘘をつくな! 自分の身の保身のためにひた隠すか! ここまで性根が腐っていたか!」

「な、なんだと、たかが下士官風情が! 神楽坂は自殺だ! そ、そうだ、こいつは元から修道院時代から心が弱いところがあったんだ! だからだろうよ! 馬鹿な奴だ! 自殺だなんてな! おい! 何回も言わせるな! 上官に対する態度がなっていない! これ以上だと問題にするぞ!」


「…………」


 ぞわりと、ルルトの怒りが神の力が少しだけ開放されて、モストを見上げる。


「イイヨ」


「ひっ! ひぃぃぃ!!」


 と神の怒りに少しだけ触れたモストは、大げさと言えるほどに尻もちをついて怯える。


「…………」


 その瞬間に、その怯え方に、「知っている力」を怯える形のモストの怯え方。それにルルトの思考は冷えていき……。


(まさか……)


 神楽坂の死因は何者かによる凶器のようなものを用いての心臓を一突きされたことによる即死。

 犯人を隠す理由と今のモストの怯え方と、あの顔面蒼白の理由と神楽坂の死因は全て繋がっているのなら、ルルトにはたった一つだけ思い当たることがあった。

 でもあれは自分の中ではとっくに解決したものだと思っていたから相手にもしなかったのだが……。

 だがもしここまでするのなら、理由が思いつくのなら……。


「神楽坂の死体を確認したのなら、フィリア軍曹、一緒に来てもらいたい」


 同じく生気がないロード大司教の言葉、ルルトはそのままロード大司教と歩き出す。


 2人が並んで歩き、目的の場所は執務室、部屋扉をモストが開けて、ロード大司教と並んで恭しく首を垂れる。


 中に誰がいるの考えるまでもない、この王国でロードを使いにやれるぐらいの人物は限られている。


 恭しく扉を開いた先、机の上に足を組んで彼女は座っていた。

 ルルトは目の前の人物に話しかける。


『直接話すのは久しぶりだね、ウィズ』


 ルルトの言葉にウィズは笑顔で答える。


『久しぶり、最強神ルルト』


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