薔薇の貴族 ~後篇~
学院長室に入り、お互いに向かい合わせで応接スペースに座り、案内してくれた職員さんからお茶とケーキを供される。
それにしても、セアトリナ卿と出会った瞬間、明らかにクォナとユニアの雰囲気が変わった、緊張しているのがこっちにも伝わってくる。
…………。
な、なんだろう、この独特の雰囲気というか、迫力というか、のまれるというか、お茶とケーキは美味しい筈なのに味が全然しないんだけど。
――「殿方が女同士の関係に介在するとこじれます。それは流れに逆らうということなのです、お気持ちは嬉しく存じます、私を助けたいと思うのなら助けないでくださいませ、そして学院長と会った際は、聞かれたこと以外には発言を控えていただきたいのです」
クォナのこの言葉のとおり、俺は黙ってお茶を飲んでケーキを食べている。
ここで一番最初に発言したのは、セアトリナ卿だった。
「久しぶりですねユニア、貴方のうわさは聞いていますよ」
セアトリナ卿の言葉に両手を前に添えて、淑やかににっこりと笑うユニア。
「はい、こきげんようママ先生、お久しゅうございますわ」
( ゜д゜)ダレダヨオマエ ←神楽坂
「修道院での恩賜勲章の受勲はもとより、進路を中央政府ではなく、ウルティミス・マルス連合都市を選んだこと驚きました」
「はい、それもこれも、ここにいらっしゃる神楽坂様との出会いが全ての始まりでした」
( ゜д゜)カグラザカサマ? ←神楽坂
「貴方がそこまで慕うなんて、評判通りの方のようですね」
「はい、首席監督生に選ばれるほどの功績、王子からも見込まれた次代のウィズ王国を担う飛び抜けた能力、実務能力人柄、どれをとっても完璧で教わることばかりですわ」
( ゜д゜)ウソツケヨオマエ ←神楽坂
「確かに、その逸材をいち早く見抜いたのは貴方の父君であるドクトリアム卿、その娘である貴方もまた慧眼の持ち主であったことを嬉しく思います、それに引き換え」
すっとクォナに近づくと。
裏拳でパンと頬をはたく
( ゜д゜)エッ!! ←神楽坂
「貴方は相変わらずのようですね、貞淑であり淑やかに振舞うは、男を侍らせる汚らわしい目的に使うものではありません」
ちょ、ちょっと待った、い、いきなり体罰て、いくらなんでもそれは……。
( ゜д゜)アレ!? シャベレナイ!! ウゴケナイ!!
後ろを見るとシベリアが、自分の魔力を込めた魔石で俺の足元を縫い付けている。
ちなみに魔石とは俺が使っているルルトの神石の下位互換。
単純な一つの目的とはいえ人の五感を制限するものであるから、魔力の消費は激しく、顔色一つ変えていないが、額に汗をかいている。
そうか、魔力は才能の無い人には見えないもんね。
「…………」
クォナは赤くなった頬を抑えることもなく、俯き無言で耐えている。
(∀・;)オドオド(;・∀)
セアトリナ卿は、クォナから視線を外すと、今度は俺に向き直る。
(;゜Д゜)ヒィッ!! ←神楽坂
「まあ緊張なさらないで、付き合いが始まることを私は嬉しく思っているのですから」
とここでお互いに握手を交わす。
(;゜Д゜)ヨ、ヨロシクオネガイシマス ←神楽坂
「評判のとおり奥手ですのね、何も取って食おうという訳ではないのですよ」
(ノД`)シクシク、トッテクワレルヨウ
●
本来であるのなら、こういった閉鎖的な教育機関は、かつて日本にも存在したが、時代が進むにつれてすたれていった。
だがこのケルシール女学院は、国家事業としての成果を上げているため現在も存続を認めさせている。
当主の執務室には、原初の貴族に習い、初代の肖像画と歴代当主達にの肖像画が飾られている。
女性男爵なんて言葉は矛盾しているが、分家を取り込み、正貴族を2人従えて、淑女としての教育を担当し、それを国に認めさせ、男爵から子爵へと昇爵した。
一族運営で腐敗しないように、積極的に外部の血を取り入れ、絶対王制を敷くものの、運営の過半数は外部の女性有力者だ。
「さて、神楽坂さんと2人で話したいの、クォナとユニア、席を外しなさい」
ん? 確か、いついかなる時も女性の同行者が必要じゃなかったっけ。
「「はい、ママ先生」」
「…………」
と2人は淑やかにクォナとユニアの2人は応接室を後にした。
(もうヤダ、別世界過ぎる)
用件は何だろうなと思った時だった。
「女性を統治する、というのは世の中の半分を統治するということ、それを知らない殿方が多くてとても助かるわ、そのおかげで始祖様は、労せずして時の王から王国の半分を譲り受けたのだから」
ピンと張りつめる空気。
なんだ、いやこれは……挑発か。
ならば。
「知らない、というよりも分からないといった方が適切ですねセアトリナ卿、それも貴方の「ご尽力」のおかげですか?」
挑発し返す俺にセアトリナ卿は微笑む。
「あら、噂のとおり一気に顔つきが変わったわ、神楽坂イザナミ文官大尉、勲章を5個、そして襟に輝く監督生章、およそ現在、得られる名誉は得られた、と言っていいのかしら?」
「ご冗談を、私の評価はよくご存じでしょう? 残念ながら、そちらの評価が正しいと自覚する次第ですよ」
「無能共に無能と言われる評価など、信頼も信用に値しません」
「ははっそんなことを言って……」
ん? 待て、その言い方。
「セアトリナ卿、その私の評価を信じるに値する人物は誰だと言っているんです?」
俺の即座の回答に満足した様子のセアトリナ卿は、その名前を告げる。
「フォスイット王子」
「え?」
「フォスイット王子は、私の見立てが正しければ記憶と記録に残る名君となるわ」
「…………」
王子の国内での評価は俺だって聞いている。
その大半が悪い内容ばかりだ。
とはいえ実際に会えばそんな評価は吹き飛ぶのだが、それは少数派であることは繰り返し述べているとおり。
セアトリナ卿は続ける。
「私はフォスイット王子の支持者の1人なの、その名君に見込まれた貴方と、一度会って話がしたい、と思ったのよ、それがここに呼んだ理由よ」
「買いかぶりですよ、私は貴方の言う無能共の評価が適切だと感じる次第です」
「貴方がそうやって相手の油断を引き出し、その表情や動きをもって、戦術や戦略を練ることも分かっている、ということは、ひょっとして知らないの?」
「ワドーマー宰相が、外交の席で貴方に敗北したことを認めたことを」
(そら、カマをかけてきた)
誰が反応なんぞするものか、世間に伝わっている俺とワドーマー宰相が戦ったのは、噂が噂を呼んだだけの話。
この様子を見ると多分、外交の席で俺の名前を出したのは事実だろうが、敗北を認めたというのは「勝手にそう解釈させるように言葉を弄した」のは分かる。
となると、トボけるだけだと芸がないから、ついでにこっちも仕掛けてみるか。
「戦ったって、その噂は知っていますが、そもそも何ですか戦うって? 会ったことも無いのに?」
「でも向こうは貴方との接触を認めたわ」
「だから違いますよ、噂を利用されたんです、分かりませんか?」
「え?」
「私に負けた噂、それを知った外交官たちはおそらく「油断」していたんじゃないですか?」
「油断?」
「油断というのは、相手を侮るという事ではなく、侮っていることを自覚しないことを指します。そしてそれは戦術戦略の攻防において致命的な隙になるのです」
「……話が見えてこないわ」
「つまり外交官たちを通じて、向こう側の動きを把握するために、良いように利用することを思い付き、探られているということですよ。無論貴方が私を呼びつけたことも当然に知ることになるでしょう」
「ちょっと待って、それはありえないわ」
「何故です?」
「油断させるためなら、それこそもっと別の方法をがあると思う、貴方がここに絡ませる意味が分からない。しかも負けたと解釈させることは、宰相自身の評価を下げさせてしまうことになりかねない、それは国益の損失でしょう」
「だから逆なんですよ」
「は?」
「宰相の目的はセアトリナ卿のように油断しない人物を把握することです」
「ゆ、油断、しない人物を?」
「これは大事、私の噂とそれに伴う周囲の動向を探り、油断しない人物を把握することは、将来を考えた末、自身の評価を下げさせてもなしえる必要があったのです」
「な、なぜ!?」
「理由は二つ、まず一つ目、貴方と一緒です、私の噂と切っても切り離せない神の力の真実を知りたい」
「!」
「二つ目もまた、貴方と一緒ですよ、セアトリナ卿」
「え?」
「ワドーマー宰相もまた、フォスイット王子の支持者の1人という事です、貴方程の立場ならば、心当たりは私よりもある筈」
「…………」
真剣な表情で手を顎に当てて考え込むセアトリナ卿。
しかも、このやり方、ラメタリア王国でやり合った時の俺の作戦を意識しているのが分かる、多分意趣返しのつもりなんだろう、リアリストに見えて外連味が強いんだよな。
と気が付くと、セアトリナ卿は考えているのを辞めて、じっと俺のことを見ていた。
「噂通りの切れ者、流石首席監督生」
「そうやってプライドをくすぐろうとしても無駄ですよ、私を「油断」させたいのなら、私を舐めて見下した方が「効率的」ですよ」
「そこも噂どおりなのね、自身の低評価を利用してくるというのは」
「セアトリナ卿、私は余りまわりくどいことは好みません、飽きてしまうので、面倒なことを感じると私は放り出すんですよ、ご存知の事かと思いますが」
「ええ、ならば単刀直入に、私は貴方と繋がりを持ちたいと考えているの」
「……繋がり、あまりそちらに利点があるとは思いませんが」
「どうして?」
「単純に私がそういった政治的な繋がりは向いていないからです、貴方は女性を統治するのは嘘でもハッタリでもないのでしょう。ですけど、私にそれは必要ないんです」
「…………」
「クォナとユニアを同行者にしたのは、自分の立場を含めてそれを理解させるように演出をしたのかもしれませんが、私は仲間たちに出来ないことを強制しません。ビジネスパートナーではないのですから」
セアトリナ卿は何も答えず笑顔で俺を値踏みするように見ている。
それにしても感情的にならず理屈で攻めて相手を持ちあげるか、女性を統治すると言いながら、よく男を知っているし、ウィズ王国が男系社会であるというのは、実は彼女自身が一番分かっているのか。
うーん、面白い人物とは思うんだけど……。
ただセアトリナ卿は今まで戦ってきた人物とは真逆のタイプなんだよな。
徹底した籠城戦を得意とするワドーマー宰相、違法行為を一切しない合法戦略戦術家であるロード元院長はある意味、政治的な戦術と戦略はもちろんのことだが、個人の力が強いタイプで自分を中心に力場を展開してくる。
だが目の前の彼女は、その言葉のとおり個人ではなく全体で攻めてくるタイプ、それこを「原初の貴族の直系に手をあげておきながらそれがまかり通る」ほどに。
クォナはそれを「流れ」と評した、だからクォナが例えば抗議をしたとしても、それは通らない。
何故なら女の国に男は立ち入れないから、クォナを溺愛しているラエル伯爵でもそれは同じだろう、だから問題に「できない」。
やむを得ないとはいえティラーを守るために俺がモストの頭をはたいた時、王子の威光を使う羽目になったことを考えれば、確かに彼女は女王だ。
「セアトリナ卿、俺と繋がりを持つことによる貴方の利益を伺っても?」
「それを聞くということは、貴方は自分の立ち位置を分かっていないのね」
「…………」
「シレーゼ・ディオユシル家直系、サノラ・ケハト家直系が貴方に付くことを選択し、しかも、ツバル・トゥメアル・シーチバル家直系であるネルフォルも貴方に興味を示している、そしてこれは極秘だけど、カモルア・ビトゥツェシア家も貴方を第一級注意対象として認定したわ」
ネルフォル、ああそうか、あんな感じでナンパに成功したように見えれば、周りはそう見るか。
本当はアレはネルフォルの演技なんだけど、冷静に考えれば俺に引っかかるわけないんだが。とはいえ原初の貴族の直系の威光を考えれば致し方ないことか。
それよりも気になるのはカモルア・ビトゥツェシア家の話、確か外交担当しているところか、まんまと揺さぶられた形となるのか。
しかしこう会話を続けてもセアトリナ卿は腹が読みづらい。相手を持ち上げつつ自分に会話の主導権を握る手法を駆使してきている。
さて、どうするか……。
「仲間達と相談させてください」
俺の言葉に「もちろんよ」と答えてくれる、セアトリナ卿。
さて、これは結構難題だなと思った時だった。
「今回のお礼として、お伽噺を一つしましょうか」
「え?」
セアトリナ卿の突然話し始めたお伽噺。
それはとある女の子の話。
その女の子は貧民層の生まれで、虐げられて軽蔑されて育てられてきた。
だけどその子には一つの才能があった。
それは美貌。
そしてその才能に対しての謙虚な姿勢とたゆまぬ努力。
周りからどれだけ持て囃されようとも美貌は必ず衰えるものであるということ知り、その美貌を活かすためにどうすればいいかということについて行動を起こしたこと。
その女の子は才能と姿勢を魔法使いに見初められて、血の滲むような努力を重ねて社交界へのデビューを果たし。
「そして現在、王家直系の第4夫人に名を連ねることになりましたとさ」
ここで終わるセアトリナ卿のお伽噺。
今の話は、そう、まんまシンデレラだ。
蔑まれていたが美貌を持つ女の子が、魔法使いの力で変身、王子に見初められて、お姫様になる話。
この場合のセアトリナ卿のお伽噺の立ち位置。
「なるほど、女王としての動き、その為の特別入学枠ですか」
俺の反応に、満足気に薄く笑うセアトリナ卿。
「この話をして、その反応をしたのは貴方が初めてよ、やはり貴方は面白い」
「…………」
「神楽坂文官大尉、私は教育者として色々な子を見てきた。ユニアのように、家だけじゃない、頭脳にも恵まれている子、そしてネルフォルのような才覚をもった子、クォナのような覚悟も持った子もね。だけどそれは圧倒的少数、ほとんどが平凡であるの」
「もちろんそれは悪いことではないわ、むしろ平凡であることは凄いことよ、それに気付いている人物は少ないけどね」
「セアトリナ卿」
「そんなに怖い顔をしないで、そのつもりはないからこそ、ここまで言ったのよ、それに貴方自身に興味はあるけど、男性としては「ない」からね」
「…………」
最後まで腹が読めない人だった。
――帰りの道中、馬車内
結局、会話はあれで終わり、そのまま帰ることになったのだが。
俺は窓から景色を見ながらずっと考えていた。
「シンデレラか……」
「え?」
「いや、そういうお伽噺があるのさ、なるほど、善悪は問わないか、2人はどう思う?」
俺の問いかけに最初に答えたのはユニアだった。
「正直、私自身は何のフォローも出来ませんよ、家の格が全く力を持たないのは先輩もよくわかったと思います」
とはユニアの言だ。
「私もユニアと同じですが、ただご主人様、セアトリナ卿がフォスイット王子の支持者として表明する段取りを組んでいたのは事実ですわ」
「段取りって」
「おそらくご主人様と会話をして結論を出すつもりだったのだと思います」
「なるほど、それも含めて試していたわけか、これで不合格だったら王子になんて言おうかな」
と軽口をたたいたが、大事なことを確認したいことがある。
「2人ともさ、特別枠で入学した子の立位置ってどんな感じなんだ?」
この質問は予想外だったのか2人は目を丸くする。
「色々いますわ、それこそ貧しい家庭で育ち、社交界で王族の方に見初められて、第四夫人にまで成り上がった方もいます」
「……ユニアは?」
「特別入学枠については、一目置く部分もあるのです、なんといっても学院長の推薦で入ってきますからね、卿は王国の人材獲得の為に常に奔走されています」
「……なるほど」
ちなみに修道院では女性は少数派だ、武官課程で1割、文官課程でも2割と言ったぐらい。
そして「女性を統治するは世の中の半分を統治する」という言葉。
「一目置くと言ったな? 具体的などういう風に一目置くんだ?」
ここでクォナが答える。
「単純に学力だったり、それ以外の才能を認められたり、人柄だったり、リーダーシップを発揮されたり、ユニアが言ったとおり、家の格は関係ないですから」
「なるほど、修道院のシステムを上手にカスタマイズして取り入れているのか」
「はい、特にセアトリナ卿の当主就任で、それがより顕著になりました。とはいえ教育を自身の政治立場の構築に利用しているという批判はありますが」
「修道院を意識しているのならむしろ功績と言える、貴族枠を自分の立場向上に使っていたロード大司教の例もあるからな」
「それで、結論はどうされるんですか?」
「王子と会ってくる、だから首都で俺を下ろしてくれ」
――後日、首都・王城・執務室
「セアトリナから連絡を受けた、お前と接触し、繋がりを得たいとな」
俺が来訪して用件を告げるとそう発言したのは王子だ。
「王子、セアトリナ卿が王子の支持者というのは?」
「その件で昨日、正式に表明し私の所へ来たよ、生涯の忠誠を誓いますとな」
「これは珍しいことなんですか?」
「もちろんだ。普通はその時に応じて立場を変えるものだ、それが一番安全だからな。まあその分見返りも相応だが、支持を表明するのはその逆、ハイリスクハイリターンだ。見返りは凄いが、それこそ俺が愚王となれば俺の巻き添えを食うことになる」
「ということは王子はセアトリナ卿と積極的に交流があるんですね」
「…………」
ここで何を答えるまでもなく無言になる王子。
「エンシラとの交際は、一応順調には進んでいるんだ」
と返してきた、ここでこの返しってことは。
「王子、私を初めて呼んだ時には既に?」
「まあ最後まで聞け、知ってのとおり私の身分で相手国の当主筋の交際は一種のタブーとなっていた。理由は国益に反するからで、原初の貴族の力が借りれられない状況であった。その時にアレアが骨を折ってくれたのだが、当然に私だけではどうしようもなかった、だから色々噂があって面白そうだと思ったお前を呼んだ」
「その際に私の名前を使って他の原初の貴族を抑え込んでいたのだが、美味く行き過ぎているという違和感があったのも事実なんだよ」
「ということは?」
「多分、あの時の女性陣は、セアトリナ卿の動きがあったことは知っていたはずだ」
「………………マジですか」
「しかもその動きがあったことは、本人からではなくつい先日、エンシラ本人から聞いたんだよ、その際に伝言を受けてな」
――「私が与えられた国家の役割は、国益の為に女性を統治すること、エンシラ王女の想いを成就させることが、国家の利益と判断したまでです」
「だそうだ」
「…………」
「…………」
「しかし、セアトリナ卿の言葉で原初の貴族の2門が大人しくなるんですか?」
「…………そりゃあ、上流の一夫多妻制度を支えているのが彼女だからな」
「…………そのお伽噺、私にもしてくれました」
「…………」
「…………」
「で、でもよく、第二夫人とか第三夫人とかに応じますよね、よくわからないです、浮気を許すってレベルじゃないですよね、あり得るんですかね? だ、だって仲間のクォナとかの女性陣は絶対に許してくれないと思うんですよ」
「それが普通だと思う。だ、だがな、聞いた話では、かなりの倍率だそうだぞ」
「ば、倍率って、どっちがどっちの?」
「も、もちろん、婦人枠に対しての応募者数が」
「…………」
「…………」
「お、王子、その理屈だと王子の」
「みみみ皆まで言うな! 制度として認められてはいるのはわかる! だが! おおお俺はエンシラ一筋だぞ!! 第二夫人も愛人もいらん!! それにそれを言うならお前だって!!」
「私!? いやいやいやいや!! 私は関係ないですよ!! ただの公僕ですよ!?」
「セアトリナが接触したってことは、それも見込んでだと思うぞ」
「み、見込むって……」
ちょっと想像してみる。
仲間のうちの誰かと一緒になって、セアトリナ卿から第二、三夫人をもらうとする。
((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル ←神楽坂
「無理ですぅ! 絶対無理ですぅ!!」
「しかも女の世界だからな、手に負えないよな」
「はい(涙)」
「まあ正直さ、そういう思惑に関係なく支持するって表明してくれたのは嬉しいし、頼もしいんだけど、どう扱っていいか分からない(涙)」
「つまり、こっちにもパイプ役が必要ってことですよね、誰か心当たりはいますか?」
「全然、俺は女関係は本当に駄目なんだよなぁ」
「私もです、というかクォナもユニアも手に負えない相手みたいですよ」
「どうするか(泣)」
「どうしましょうか(泣)」
と半泣き状態で唸っているとノックをする音が聞こえたので、誰かと思ったら。
「アレア?」
そう、王子直轄の筆頭女性使用人であり姉的存在であるアレアが来た。
「へえ、本当にここにいたんだ、大尉、アンタ宛に封書を預かっているよ」
「へ?」
「セアトリナ卿から、自分との付き合いをするのなら、絶好のパイプ役がいるってさ」
「「…………」」
もうやだ、ここにいることも含めて色々見透かされるの、シクシク。
と思ったのだけど……。
――数時間後
「…………」
俺は鏡で自分の姿を見ている。
封書を受け取った後、風呂に入り体を磨き、歯磨きをして、髪型を整えた。
着ている修道院の服は、虫に食われた奴ではなく、儀礼用にとっておいた制服で、大急ぎで仕立て屋に頼みパリッと仕上げてもらった純白の詰襟。
肩には大尉という真新しい階級章と胸に輝く勲章5個。
そしてなんといっても着ている男がいい、なんてな。
「どうです? 王子?」
と傍で控えていた王子に話しかける。
「ああ、カッコいいぜ、なんつったって修道院の制服と勲章が決まっているぜ」
「もう、王子ってば~」
「「「HAHAHA(爽)」」」
「じゃあ行ってきます」
お互い拳を軽くぶつけ合い、そのまま意気揚々と歩きだした。
用件は簡単、セアトリナ卿からの自分とのパイプ役が城に出頭するから会って交流を深めてほしいとのこと。
そして問題なのは、その相手がどういう相手なのだが。
名前はサクィーリアというそうだ。
出身は庶民なのだそうだが、ケルシール女学院に特別入学枠で入学、めきめきと頭角を現し、総代に任命されて無事勤め上げ、しかも修道院に進学した才媛だそうだ。
ケルシール女学院の総代は、学力だけではなく、容姿も優れ、立ち振る舞いは当時の生徒を魅了し、品のある振る舞いを認められた人物のみ。
まさにリアルマリみて! 山百合会の薔薇様方なのだ!
どんな人なのかなぁ、年は俺よりも少し上とのことだから、ほのかな色気を持つ感じかなぁ。
いやいや、ここはマリみてに倣って考えてみようか。
キネンシスファミリーのサチコ嬢の正統派お嬢様もいいし、ギガンティアファミリーのシマコ嬢は単純に外見と中身が好き、セイ嬢のような浮気性のプレイボーイ的なのもいいし、フェティダファミリーのレイ嬢のような「ザ・宝塚の男役」みたいななのもいいし、とはいえヨシノ嬢はなんかユニアを彷彿とさせるからちょっとなぁ~。
ぽわわ~ん。 ←神楽坂
「ごほんごほん! っと、妄想はここまで! 顔はちゃんと引き締めないとな!」
とそのサクィーリアが待っているという部屋の前に立ち最後に身だしなみをチェックする。
そしてコンコンとノックをした後、扉を開けて中に入る。
「初めまして、私が神楽坂イザナミです(爽)」
とワクワクを抑えながら部屋に入った先、中で待っていたのは。
ミローユ先輩だった。
※ 神楽坂イザナミの深層心理 ←レベルEのアレ
「…………」
「んんっ(咳払い)! 失礼しました、先輩」
対面の席に座る。
まったく驚かせやがって、セアトリナ卿、ミローユ先輩も呼んだのか、呼んでたのなら呼んでたら一言言えっての。
「おい」
ああ、早く来ないかな、お嬢様、品のある箱入りお嬢様。
「おい」
そういえば個人的に全員美人という点は、マリみても中々に。
「神楽坂」
「ぬああああ!! 俺は山百合会の薔薇様を待っているのおぉぉぉ(´;ω;`)!!」
「ばらさま?」
改めて先輩をじっと見る。
「あ! ピガンの契約の件ですよね!? すみません、それはセルカかヤド商会長が実務担当をしているので私じゃちょっと」
「だから私がパイプ役で呼ばれたんだつってんでしょ」
「……………………」
ツウ ←頬に涙が流れた音
「うわーん!! ひどい!! 容姿も優れて、立ち振る舞いは当時の生徒を魅了し、品のある振る舞いはお嬢様そのものだって聞いたのに!! これは詐欺!! 圧倒的詐欺ダダダダダ!!」←こめかみをグリグリされている
「本当に失礼な奴だよね、だからモテないのよ、何回も言っているでしょ」
「シクシク、な、なんですか、その、サクィーリアって名前は……」
「名前じゃなくて、ケルシール女学院の総代をサクィーリアって呼ぶのよ、私を含めた生徒会メンバーもまたそれぞれの名前で呼ばれるの」
「ええーー!! そこだけマリみてなの!? だったら先輩! ならばこれも! そう!」
マリア様の庭に集う乙女たちが、今日も天使のような無垢の笑顔で。
「……ぷっ」
(ぬあああ!!)
「まあ確かに神楽坂じゃないけど、男受けは凄い良かったなぁ、同期の男どもはお嬢様に夢見る夢見る、修道院では随分モテたっけ」
(モテたって(笑)、お嬢様に夢見るのはしょうがないけど、先輩なら夢見るのは一瞬だったろうに、プークスクス! 見栄張っちゃって! まあでもここは後輩らしく、空気を読んで先輩を立ててやるか、俺は気が使える後輩なのだぜ)
「アガガガガ!!」←こめかみをグリグリされている
「ってアンタには言ってなかったっけ?」
「言ってません、言ってたら絶対に忘れません、しかしパイプ役がミローユ先輩ってことは」
「まあそういうことよ、私とアンタの関係も知っているってこと、あの方は本当に抜け目がない。数日前に急に手紙が届いてさ、何かと思えば、後輩の相談に乗ってやれと、貴方、見透かされてるよ」
「…………」
「んで用件も聞いた、セアトリナ卿に見込まれたんだってね、んで、どうするの?」
「ど、どうするって、どうしようかと」
「アンタのこったからまた色々面倒に思っているね? 女の世界だからとかどうとか」
「う……」
「アンタは女に中途半端に夢見る癖に警戒心が強いからね、まあそこはモテないからしょうがないけど、本当に面倒くさい」
「私なら何言ってもいいって思っているでしょ?(#^ω^)ピキピキ」
「じゃあ、真面目に言う、私はありだと思うけどね」
「……何故です?」
「似てんのよ、アンタとセアトリナ卿」
「え?」
「手段は真逆だけど、主義は一緒という点」
「主義?」
「善悪を問わないということよ」
「…………」
「一夫多妻に対しての一妻多夫、男性当主に対しての女性当主、一見して男女平等の象徴のようだけど、一番男女差別を「必要悪」として認めて、利用している人物でもあるのよ、それは分かったでしょう?」
「まあ、はい」
「だから私は個人的に人として好きだし、職業人として尊敬している。学院を卒業して、修道院に入り、官吏を辞めた後でも付き合いが続いている、一度ここの宿屋にも来てもらったことがあるし、独立の際は随分お世話になったの、だから優しい人よ」
「そう、なんですか?」
「そうじゃなきゃ、人はついてこないよ、これが理由の一つ目」
「一つ目? 二つ目は?」
「そう、アンタにとっては二つ目の方が大きいかな、フォスイット王子の支持者が少数派なのは分かっているでしょ?」
俺は頷き、ここからミローユ先輩の話が始まる。
王子自身もそれが分かっているからこそ、組織力で君臨しているウィズ王国において、少数精鋭、つまり質にこだわっている。
だけど少数派であるが故に上流の手出しについて、これは能力という意味ではなく物理的にフォスイット王子1人だと荷が重すぎる。
そして本来それを軽減する筈の王国府があまりアテにならないからだ。
王国府がどうして人気があるのか、それは王族の実務面を支える官庁であり、王族との顔見知りになれる。
その中で出世コースは王国秘書室に配属される、全ての官庁の出向組で固められた王国秘書室、つまり官吏の付き人であり、王族1人に付き、その公務に携わる際に秘書室が存在する。
その中で現国王と次期国王の秘書室は別格扱いで、例えばフォスイット王子の管轄する秘書室の室長はパグアクス息が勤めている。
とはいえ公的な付き人である以上、私的運用は限界がある。
故に歴代の王族達は、自身の力を発揮するために、秘書室以外に自分の支持者を集めて運用しているのだ。
(なるほど、そういう意味でのドゥシュメシア・イエグアニート家ってわけか)
「先輩は王国府での立ち位置はどうだったんです?」
「ケルシールで一目置かれるってのは、上流に一目置かれるってことになる。修道院に進学すれば当然、その上流の息がかかった貴族枠が私を放っておかない、更に私の評価が上がれば、王国府に進路を決めた時王族の耳にも入る、当時の私はそう考えて努力したのよ。んで王国府に入って、王家直系の秘書室に配属される話も出てきてたよ」
(本当にそう考えて努力して実現したからすごい人なんだよぁ、流石首席監督生)
「官吏としてもそして現在もセアトリナ卿の付き合いは活きてきてる。その付き合いの経験からアンタ自身の政治的なつながりがママ先生なら、私はあっていると思うけどね」
「…………でも」
「不安そうな顔しないの、勘ぐりすぎだよ、ってさ、分かった、アンタさ」
「大分脅かされたでしょ?」
「う……」
「すっかり怯えちゃってまぁ」
「だ、だって、今まで対峙して人物とはやり方が全然」
「まあそこら辺は男は立ち入らない方がいいよ。だからママ先生について相談したいのならいつでもきなよ、私ならベストとまでは言わないけど、よりベターな回答を与えることができると思う、難しく考えないの、単純にセアトリナ卿と「友達」になれた、それだけでいいんじゃない?」
「……全然勝てる気しないんですけど」
「ぷはは! いいように利用されて捨てられるね、アンタって女に騙されやすそうだし!(ケタケタ)」
「言いすぎじゃないですかね(#^ω^)ピキピキ」
「だから可愛い後輩の為に、そしてこれからの自分の為にパイプ役は私がしてあげるよ」
と言い放つミローユ先輩。
まあこの人は本当に頼りになる人だし、扱いに悩んでいた王子にもいい報告ができるのだろう。
「はい、お世話になります」
と頭を下げて、なんとかこの問題は解決したのであった。
――その日の夜・ルール宿屋
ルール宿屋に設けられている応接室、ここはルール宿屋の大事な契約を始めとしたビジネスの為に設けられている部屋。
その部屋にある人物が座っていた。
「ありがとうミローユ、本日、神楽坂大尉から友人となることを了承してくれるという返事が来たわ」
座るのはセアトリナ卿、彼女が話しかけているのは当然。
「私自身もいいと思ったから協力したまでですよ」
ミローユ・ルールだったが、彼女は少し強い口調でセアトリナにくぎを刺す。
「ただ学院長、アイツは可愛い後輩です。学院長には恩がありますが、アイツが不利になると判断したら」
「分かってます、貴方は情に厚い、だからこうやって付き合いが続いているし、私自身も貴方との付き合いをこれからも続けたいと考えているもの」
「ならいいんですけど、学院長、神楽坂の事大分脅かしたでしょ? 怯えてましたよ」
「あらそうなの? 全然そんな風に見えなかった、むしろ物おじせず度胸があると思ったぐらいよ」
「女が絡むと途端に駄目になるんです、修道院の時から本当に変わらない」
「あら、周りの女性陣から憎からず思われているとも聞いたけど」
「そうみたいなんですよね、それが信じられない、アレがモテる姿とか気持ち悪いんだけど、私だけなのかしら?」
「ふふっ、貴方達、本当に仲がいいのね、なら一つ意見を聞きたいの」
「なんですか?」
「神楽坂大尉に、我が学院の特別枠の何人かが興味を示しているのだけど」
「…………その話、神楽坂にしないであげてください、あの子、本気で怯えるから」
「わかった、まだ時期ではないのね、さて今日は元教え子の貴女と交流を深めることとしましょう、ミローユ、あの方は?」
「あの方?」
「メトアンさんよ、素敵な殿方よね、出来れば2人で食事がしたいのだけど、いいかしら?」
「いいわけないでしょう、それを堂々と私の前で言うのがまた、手を出さないでくださいよ」
「はいはい、冗談よ、気にしないでね」
「…………」
本当に冗談なんだが思いつつも、実際に付き合いやすいのは事実だったりする。
(そういえば、アイツは厄介なタイプには好かれるか嫌われるかのどっちかだったなぁ)
パイプ役か、色香に騙されるような奴ではないけど、それは学院長も分かっているから必要な時は頑張ってあげないとなぁと思ったミローユだった。
:おしまい:
今年最後の投稿となります。
私の作品を呼んでいただい方、ありがとうございます、執筆の励みになっております。
それではよいお年を。