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薔薇の貴族 ~前篇~



 王立ケルシール女学院。


 学院という名前を銘打っているが、特筆すべきは厳密には学問は主体とする一部門に過ぎないないという位置にあり、並んで重要視されているのは、社交の規約を学び淑女としての振る舞いを身につける機関であるという事。


 そして入学資格は正貴族の令嬢及び学院長が特別に許可を与えた淑女と呼ぶに相応しい女性と認められた特別入学枠と呼ばれる場合のみ。


 貴族令嬢の場合は全員が必ず14歳から16歳までの2年間、ここで教育を受けなければならない。


 名前と存在だけは有名で、俺のような一般庶民だって知っているが、知っているのは名前だけ、何故ならお嬢様学校のイメージどおり男子禁制、内部は謎のベールに包まれている。


 いや、ベールなんて生易しいものではない、ここに許可なく立ち入ろうものなら、その時点で性犯罪者として法の裁きを受けるほどに徹底している。


 ちなみに保護者でかつ女性であれば、簡単な手続きで入ることができるし、希望すれば見学もできる。


 だが保護者を含めた全ての男は厳格な「入国手続き」を得なければならない。


 男が「入国許可」を得るためには、院長の承認を得なければならず、その許可が下りたとしても、院長が許可した範囲でしか立ち入ることができない。


 その異性の保護者は、原則父親のみしか許可されず、許可されたとしても大体が応接室まで、兄弟は「年の近い異性」として見られるため、却下され、それが王族や原初の貴族ですらも却下されるのだから徹底している。


 ならば話を卒業生から聞こうにも、口を閉ざすため、虚々実々語り継がれるものである。


 つまり正真正銘のお嬢様学校。


 当然、俺には生涯無縁の世界……。


 いや、無縁の世界だった、か……。


「…………」


 俺は鏡で自分の姿を見ている。


 今日はいつもの寝るだけ寝るなんてことはせず、出発の二時間前に起床し、朝風呂に入り体を磨き、朝食を取り、歯磨きをして、髪型を整えた。


 着ている修道院の服は、虫に食われた奴ではなく、儀礼用にとっておいた制服で、大急ぎで仕立て屋に頼みパリッと仕上げてもらった純白の詰襟。


 肩には大尉という真新しい階級章と胸に輝く勲章5個。


 そしてなんといっても着ている男がいい、なんてな。


「どうだ? お前ら?」


 と傍で控えていたリーケとデアンに話しかける。


「ああ、カッコいいぜ、なんつったって修道院の制服と勲章が決まっているぜ」


「こいつめ~」


「「「HAHAHA(爽)」」」


「じゃあ2人とも行ってくるよ、夢の園へ」


 お互い拳を軽くぶつけ合い、そのままウルティミスの正門前に停められている貴族馬車。


「さあ、まいりましょう、神楽坂文官大尉」


 馬車へいざなうのはクォナとユニア。


 俺は会釈して、馬車に乗り込むと。


 クォナとユニアは見送りに来たリーケとデアンに、お互いにスカートの端を軽くつかみ、足をひいて「ごきげんよう」と挨拶をした。


 その気品あふれる、淑やかな笑みを交わす貴族同士の優雅なやり取りに「ぽわわ~ん」となるリーケとデアン。



 神楽坂含めて、その挨拶の真意に気づくほどに彼らは成熟はしていなかった。




――時は3日前に遡る




 ユニアに教えてもらった駐在官の仕事も、ようやくこなせるようになり、1週間先取りして日誌を書いて後はサボるという小学生みたいなことをしようとしたら、それを見抜かれてユニアにお仕置きされた日のことだった。


 ユニアが何やら、封書を見てなつかしそうな顔をしているので理由を聞いてみると。


「ケルシール女学院から封書が届いているんですよ」


「ケルシール女学院(裏声)!? あ! そうか! ユニアもそこで教育を受けているのか! そうだよな! 原初の貴族だものな!」


「正確には、我々だけじゃなくて男爵以上、がつきますが」


「おお、あのケルシール女学院のOGがこんな身近に、神よ(感涙)」


 ケルシール女学院は冒頭に述べたとおり、箱入りのお嬢様が通う場所。


(つまりリアルマリみて!)


――「タイが曲がっていてよ」


 みたいな!


「なあなあ、ユニアさんや」


「なんですか?」


「あのさ、例えばだよ、例えば、こう、ケルシール女学院の中ではさ、生徒同士で「ごきげんよう」なんて挨拶をしたり、なーんて」


「しますよ」


「マジで(裏声)!? 信じるよ!? おじさん信じるよ!?」


「じゃあ、少し失礼して」


 とユニアは足を少し引いて、すっとスカートを摘まみ踵をトンとならし会釈をしながら「ごきげんよう」と軽くお辞儀をする。


「…………」


 凄い、たったこれだけの事なのに、正直見惚れるほどの優雅さだった。


「はーーー、一瞬、ドレスを着た本物の貴族令嬢に見えた」


「一応本物の貴族令嬢なんですけど、まあこんな感じですか」


「パチパチ! すごいすごい! それにしても本当にあるんだなぁお嬢様学校! なあなあユニアさんや! 上級生のことをお姉さまとか言ったりさ! スールの誓いとか! いい匂いとかするのかなぁ!?」


「すーる? それはよくわかりませんが、いい匂いはしますよ」


「マジで(裏声)!? 信じるよ!? おじさん信じるよ!?」


「体を清め、清潔に務めるのは、淑女としての基本ですから」


「はわわわわわ!!」←錯乱


 ああ、そういえば、クォナもいい香りするなぁとか思ったし、ユニアもいい香りするもんなぁ、というか女の子って不思議だよね、その甘い香りの成分は何なのだろうか、思春期の時は随分とウキウキしたものだよ、うんうん。


「でもさ、ケルシール女学院って、男子禁制ってレベルじゃなくて、まじで処罰されるレベルなんだよなぁ。俺には一生縁がない場所だものなぁ、あのさ、男が敷地内に入ることを許可されることはあるの?」


「私が把握している限りでは、ウィズ神の宗教行事のための教皇猊下と枢機卿の方々とか、ですね」


「あ、なるほど、政治的にも宗教的にも大事であり、かつ場所が学院でなければならない場合に許可されるという事か」


「はい、とはいえ男が来るというのは、私の知らないところであるかもしれません」


「知らないところ?」


「入国許可は学院長の専権になるのですよ。故に必要があり対外的に色々な客が来ている、という噂があるんです」


「噂って、そこまで男が来るのを隠すのか?」


「簡単に言えば浮ついてしまうのですよ、ですから余程のことがない限り、公開されませんから」


「へー、浮つくかぁ、そうだよな、イケメンが来たりとかしたら、大騒ぎだよな」


「別に顔は関係ありませんよ」


「へ?」


「っと、そこまでは言いすぎですけど、先輩なら普通にモテると思います」


「…………………………………………それは嘘でしょ、騙されないよ(小声)」


「いいえ、はっきり言ってしまえば、男とは完全に無縁になるのでカッコよく見えるんです。モーガルマン教皇に恋文を渡そうとした学院生もいましたし」


「…………」


 モーガルマン教皇か、でも威厳と知性とオーラがあるからなぁ、確かに年は60を超えているけど、かっこいいんだよな、普通に。


 でもユニアがこう言うってことは、俺でも、いやいや、ただしイケメンに限るんですよ、そんな夢の世界は夢だからいいんです、だから俺は絶対に騙されない。


「疑っているようですが、失礼を承知で申し上げれば、年上ってだけでかっこよく見えますし、先輩は身分こそ庶民ですけど、修道院出身でありお父様の後ろ盾を得ているため扱いは上流、更に勲章を5個も受勲していますから、出来る男として見られるんですよ」


「…………」


 そう言われると確かに、経歴だけ並べると、何も知らなければできる男って思うよな。


 ユニアがここまで言うってことはだよ。


 箱入りのお嬢様たちからチヤホヤ。


 そんな男の夢……。


 ぽわわ~ん。←神楽坂


と、夢心地でいるとコンコンとノックがして、入ってきたのはセレナだった。


「どうしたの?」


「急にごめんなさい、実は急遽クォナが大尉に大事な用事があると言ってるんだけど、大丈夫?」


「大事な用事? ユニアも同行させるか?」


「ユニア嬢は大丈夫とのことよ、いいかしら?」


「ん、分かった、貴賓室へ行くよ、ユニアは?」


「私はセルカ姉さまのところへ行ってきます、雑務がまだ残っていますので」


 と俺は、そのまま立ち上がり貴賓室へ向かい。



 ここで、セレナとユニアはアイコンタクトを行い、お互いに頷きあった。





「御足労すみません、ご主人様」


 貴賓室では、いつものシベリアとリコと共にクォナが出迎えてくれる。


「別に暇しているからかまわないよ、んで大事な用があるって聞いたけど」


「はい、突然で申し訳ありませんが」


 すっと封書を差し出してくる。


「とある貴族家の当主からご主人様宛に自宅への招待状が届いているのです」


 緊張感を含んだクォナの言葉に場が引き締まる。


「招待状か……」


 国家最優秀官吏勲章、なーんて御大層なものを受勲することになり、階級も一つ上がった。だけどこれはあくまでも副次的な効果で、俺は王子により表舞台へ立つことになり、クォナのこの言い方は早速動きがあったという事になる。


 以前は、ドクトリアム卿の後ろ盾を得た、ということによる利益を求めての行動であったから故に対処はセルカ達が上手に利用してくれていたが、今回は違う、つまり俺自身にコンタクトがあったということになる。


 しかもクォナを介してというのがまた凄い。


「今回ご主人様を招待したのはセアトリナ子爵卿、この名前に覚えはありますか?」


「ん? セアトリナ子爵卿? んー、どこかで聞いたような気がするが、すまん、覚え違いかも」


「ならばケルシール女学院はご存知ですか?」


「……ああ、知ってるけど」


「ならばケルシール女学院は教育機関としては立ち位置が少し特殊なのはご存知かと思います、その特殊性の一つに院長はケルシール子爵家の当主が世襲制で務めることとなっていることです。今回ご主人様を招待したのはセアトリナ・ケルシール・ノトキア子爵、ケルシール子爵家現当主ですわ」


「……へー」


「セアトリナ卿から是非自宅、つまりケルシール学院に来ていただきたいと連絡を受けました」


「……なんで?」


「存じません、来ていただければ説明すると」


「…………」


 政治的な用件ということだろうが、ここで大事なのは用件がなんであるかを考えるのでは意味をなさない、もっと別のところ、つまり箱入りお嬢様にモテモテかもしれないということだ、いや、何言ってんだよ、間違えた、修正修正、クォナの様子を見ると、王子に表舞台に立たせたとはいえ、それを安易に政治的な繋がりを得たと解釈する程に浅はかならば、そもそもこうやって俺に伺いを立てることなどなしないだろう、それだったら箱入りお嬢様を紹介してくれるはずだ、ってなんでやねん、ちゃうねん、安易に受けていいものかという部分に問題があるねん。ごほんごほん、俺の場合、政治的な繋がりは枷にしかならない、それは前回の首席監督生としての任を終えてよくわかった、ぶっちゃけやり方が腐っているだけで、モストの方がよほど監督生としての立場を全うし用としたほどに思えるし、その部分を弱点と捉えたか、まあいい、俺の立場とやり方は変わらない、それを通せばいいということだ、ならば面白いじゃないか、行ってみようか。


 結論は出た、俺はクォナの目を見て堂々と言い放つ。


「分かった、箱入りお嬢様達に会いに行こう」


「…………」


「…………」


 しまった、やってしまった、何やってんだよ俺。


「んんっ!(咳払い)さっきまで、ケルシール女学院についてユニアと話していてな、箱入りお嬢様を「演出」するってのは、面白いって言い方は失礼か? だから会ってみたいと、考えたんだけど」


「いいえ、ご主人様の見方で間違いないです。貞淑というのは馬鹿にできません、ネルフォルのような逆手を取るのは、希少の例かと」


「(ほっ)さて、どんなことを話してくれるか楽しみだ、出立はいつになる?」


「急で申し訳ないのですが、三日後にここを発ちますわ」


「わかった、えーっと、段取りについてだが、気を付けることはあるか?」


「はい、招待されていると言えど、殿方が単独での入るところまでは許可することはありません、どんな場合でも常に女性の同行者が必要なのですわ」


「その女性の同行者は誰でも、という訳じゃないだろう?」


「流石、おっしゃるとおりですわ、向こう側から指定されることになります」


「つまりそれがクォナってことだろ?」


「はい、今回はシベリアを侍女という形で同行させ、私とユニアも共に向かうことになります」


「徹底しているね、分かったよ」


 ふひひ、箱入りお嬢様にモテモテ、とと、顔だけは引き締めないとな。


 俺みたいな冴えないグループ男子でも、いやいや、ユニアも秘密で訪れると言っていたし、早速男の浪漫団に言ってやらないとな。


 とウキウキ気分で、内心を悟られない様に、貴賓室を後にしたのであった。


「「…………」」


 そんな神楽坂を2人で笑顔で見送るのであった。



――男の浪漫団詰所



「「「「「「「ケルシール女学院(裏声)!? 箱入りお嬢様学校!! 秘密の花園!! 男の夢の国!!」」」」」」」


 ケルシール女学院に行くぜと言った瞬間に、全員興奮状態に包まれる男の浪漫団たちであったが。


「ちょ! ちょ! ちょっと待った!! みんな落ち着いてくれ!!!」


 と1人の浪漫団が周りを制する。


「あ、あのさ、俺の姉ちゃんって、ウルティミス外の女学院に通っているんだけどさ」


 ちなみに、ウルティミス外の学院に通っている場合は、学生生活の拠点がそちらにある場合も多いため、籍だけウルティミス学院に置き、学費援助を受ける形で通っている場合も多いのだ。


「こう、色々生々しいというか、女だけの世界だと油断するから、俺達が想像するようなものじゃ全然ないというか……」


 ポン ←優しく肩を置く神楽坂


「知ってるか? 冴えない男でもモテるんだぜ?」


「は、はあ? 団長さ、夢見すぎじゃないか? そりゃあさ、俺もそういう「物語」は好きだけど、ああいうのは嘘だからこそ面白いわけで、実際はイケメンじゃないと」


「ユニアが証言したんだ」


「……………………え?」


「ユニアが証言したんだ」


「ユユユユ、ユニアって、あの、ウルティミス・マルス駐在官のユニアさん?」


「ああ」


「男の浪漫団内部で怒られ隊が結成された、あのユニアさん?」


「ああ」


「だ、団長、わ、悪いけど、冗談だっていうのなら、今のうちだぜ、なあ?」


「あ、ああ、期待させておいて、裏切るってのは、ちょっと」

「そ、そうだぜ、俺達繊細だもの」

「俺は知っている、顔じゃないとか言っておいて、イケメンに行く」

「そもそもただしイケメンに限るって、漢が乗り越える現実じゃないか」


「団長、最後の確認だ、それは、ユニアさんに怒られ隊隊長の言葉ってことでいいんだな?」


「隊長じゃねーよ!! そこは何回も否定しているだろ!!」


 俺の言葉が、真実だと分かったのだろう、徐々に波及する。


「小さくて可愛くて、あの気の強い目がたまらないユニアさんが、本当に」


「…………」←ノーコメント


「だ、団長、最後に、最後にもう一度だけ確認させてくれ、本当に、本当に冴えない男でもモテるのか?」


 不安に揺れる浪漫団たちの視線に俺は自分で自分を指をさす。



「俺でもモテるそうだ」



「「「「ウウウウウオオオオォォォォォ!!!!」」」」


 魂の叫びが浪漫団内部に木霊する。



「団長! 夢の世界ってあったんだな!」

「ってことはさ! 俺でもってことだよな!?」

「モテるなんて一生縁がないと思っていたのに!」


「でも団長、嘘じゃないのは分かったけど、別の要因があるようにも聞こえたんだけど」


「まあな、ユニアが言うには、俺は庶民だけど、貴族の後ろ盾を得ていたりしているから扱いは上流となるだろ? んで修道院というのも大きいらしいぞ! 年上で出来る男って見られるからカッコよく見えるんだそうだ!」


「修道院か! ああそうだよな、確か女って、そういうのもデカいんだって聞いたぜ、でもいいなぁ! 修道院いいなぁ! 団長いいなぁ!」


「うんうん! 修道院なんてホントどうしようもない場所だなと思っていたが、今日ほど修道院に感謝した日はない!」


「うん、首席監督生までやっといて修道院をどうしようもないとかいう団長は凄いけど、いいなぁ!」


「なら団長! 楽しみにしてるぜ!」

「ああ、その言葉だけで、当分は夢を見ていられるよ」

「ありがとう団長、お土産話、楽しみにしているよ」


「ああ、楽しみにしていてくれよ!」


 そう、別にゲストとして招待されるだけで、交流をするわけではない。


 それはこいつらだって分かっている。


 そして実際にそんな都合のいい現実は無いということも分かっている。


 だけど、それが分かっているからこそ、夢を見て楽しむ。


 ユニアが言ったことは嘘ではないけど、やっぱり話半分以下といったところだ。


 だけど男の妄想ではなく「女がそう言ったのならそうなのだろう」と、夢を見るには信じるに値する情報なのだ。



――現在



 と、そんなやりとりがあり、迎えた日、いつものとおりリコが御者台に座り、クォナ、ユニア、シベリアと共に貴族馬車に乗りウルティミスを出発し、セレナはここで待機。


 んで今回のスタンスは貴族であるセレナとシベリアは完全に侍女としてのスタンスで通すそうだ。


 さてケルシール女学院について補足説明をしよう。


 まずケルシール子爵家当主が学院長を勤めるのは先に述べたとおり。


 そして貴族は例外なく「貴族領」を所有する。


 貴族領とは要は「国が認めた貴族の縄張り」ということなのだが、王国である以上、原初の貴族でも勝手に縄張りにすることは許されず、王の許可がいる。


 そしてケルシール子爵領は、淑女としての高度の英才教育を施すというお題目が認められる形で許可された。


 故にケルシール女学院の所在地は例えば学術都市シェヌスといった「公共場所」にはなくケルシール子爵領に存在する。


 設立目的は先に述べた通り、貞淑という目的を実現させるために、ケルシール女学院を創設した。


 その重要性は都市能力値に換算すると学院一つだけで4等の格付けと同等、そして通う子女たちの立場を鑑み、政治的に重要性というお題目も実現するため、女性憲兵達が常駐しているのだ。


 こういった恣意的に仕組みを利用するという点において、ウィズ王国は本当によくできている。


 日本だと建前が先行してしまうし、その建前構築のために手間がかかってしまうから、効率的に運営できないのだ。


「~♪」


 まあそれはそれ、これはこれ、面倒なことは後でじっくりと考えるとして、ユニアはいい匂いがすると言っていたよなぁ、どんな匂いがするのかなぁと、夢心地な気分の時だった。



「さて、ご主人様、ウィズ王国の上流は一夫多妻制度を導入していること、男にしか当主継承は認められないという制度はご存知ですわね?」



 と一段低い声で言い放つクォナに我に返る。


「…………」


 いきなりこんなことを言い出すクォナ、なんだろう、妙に迫力があるんだけど。


「あ、ああ、まあ、知っているけど」


「さてそれを踏まえた上で話を進めますが、一夫多妻制度と男にのみ当主継承権を持つ、という決まりについて国家施策を別論として、男女差別である、という声は当然に上がるかと存じます」


「ああ、うん」


「現在でも、その声が上がります、ですが実現には至っていません、それは何故なのか分かりますか?」


「え? い、いや、分からない、けど」



「それは正貴族に名を連ねる女性貴族が反対しているからなのです」



「…………」


 女性が差別されているから解消せよ、という問題に対して女性がその必要はないという事なのか、あれ、そういえば。


「あのさ、クォナって前に、一夫多妻制度に賛成するとか言ってなかったっけ?」


「はい、賛成ですわ」


「さ、賛成なの?」


「はい、ですがご主人様、当然のことながら私は第二夫人は認めないということも重ねて申し上げておきますワ」


「わわわかってるよ! って第二夫人って! あ、ちょっと待った、女性貴族っていうけど」


 女性貴族が反対しているって、そう簡単に言っていいのだろうかと、ユニア達に視線を移す。


「私も賛成ですね、家は男が治めるのがいいのですよ、女が納めるとろくなことにならないですから(笑顔怒)」←ユニア

「毒、一言で言えばそれです(真顔)」←シベリア

「…………(何かを思い出していて無言)」←セレナ


(怖い……)


 ユニア達の反応を受けてクォナが続ける。


「この施策、つまり男系重視制度を採用している国家はウィズ王国に限った話ではありません、残念ながら「女では舐められる」というのは、今現在でもあります」


「ですが過去「女性差別である」という意見は一大世論となり当時の女性の意見が強く、対策を取らざるを得ない状況にまでなったそうです。とはいえ、女は舐められるとは先ほど述べたとおりで、結果当時の国王は、解決策として奇策を打ち出したのです」


 ここで言葉を切るクォナ。


「…………」←いつの間にか、汗をかいている俺。


 な、なに、この空気。


「き、奇策ってなんだ?」


「はい、ならば誕生させてしまえばいいんです、女性当主を」


「へ?」


「当時の女性の声を全面的に取り入れる形で、当時独身であり、女傑と呼ばれた突出した能力をもった初代当主ケルシール・ノトキアが国王より当時、男爵を叙爵されました」


「そ、それが何で奇策なんだ?」


「ご主人様、貴族というのは、国家に貢献する役割を与えられるものです。我がシレーゼ・ディオユシル家が王の秘書、ユニアのサノラ・ケハト家が金庫番といったように。ここで注目するべき点は、爵位を与えるにあたり、何の役割を与えたのか、ということなのですよ」


「役割?」


「そう、当時の国王は初の女性貴族当主を誕生させ、原初の貴族を含めた全ての女性貴族を統括する権限を付与し、その一環としてケルシール女学院を創立、ものすごく簡単に言えば」



「ウィズ王国内に殿方が立ち入ることができない女の国を作り、女王を誕生させたのです」



「しかも初代当主は、その、あっちの方も凄く、夫の他に多数の「愛人」を抱えており、体も頑健で8人の子供を産みました。そしてケルシール子爵家は、女にしか当主継承権を認めず、夫の他に愛人を持つことを推奨、つまり上流とは真逆のシステムを構築、政治的にも強い影響を持つにいたりました」


「初代当主の夫や愛人たちは、それも良しとするほどに支配され、それは現在でも続いています。女が支配する国がどのようになるのかを知らしめる、それがケルシール女学院の目的の一つとしたのです、結果、そこで教育を受けた全ての女性貴族はこう思うのです」



「男を適当にプライドをくすぐって自分は好き勝手やる方がとても楽で平和に終わることなのだと」



 ( ゜д゜) ←神楽坂


 ここで言葉を切って俺をじっと見る。


「…………あのさクォナ、その話」


「もちろん他言無用でお願いします。もし広まってしまえば、犯人探しが始まって、私とユニアは……」


 ここで言葉を切って口をつぐみ、隣を見るとユニア達も冷や汗をかいている。


「あ、あのさ、その、女性当主ってのはさ、法律には触れないの? 例外的な法律でも作ったの?」


「いいえ、そもそもこの二つの制度は原初の貴族しか適用されないのですよ、他の上流はそれに習う形で採用されているだけです。公式上でも「第●夫人」とは呼ばれますが、ケルシール家と同様実際は「愛人」と解釈して問題ありません」


 なるほど、そうだったのか、原初の貴族に習う形か、確かにそういう「空気を読む」ということをことのほか重視するよな、修道院しかり。


 あれ、ちょっと待った。


「あのさ、確か貴族と言えど結構明確な階級制度を採用しているし、序列が存在するよな? 統括する権限を付与するって簡単に言うけど、原初の貴族は別格扱いなんだろ? その序列は下の子爵に統括されるなんて、いろいろ問題があると」


「ご主人様」


 少しだけ強い口調で俺の言葉を遮るクォナ。



「女というのは「流れ」というものがあるのです。その流れはセアトリナ卿が作っています、その流れに逆らうというのは、とてもとても恐ろしいことなのです、家の格は関係ありませんわ」



 ( ゜д゜) ←神楽坂


「じゃ、じゃ、じゃあさ、その情報がほとんど出ないのって」


「はい、そもそもバレたところで、我々も利益はありませんから」


「…………」


 なんだろう、急に、秘密の花園から伏魔殿になったんだが。


「って待った、ちょっと待った、そもそも今のこの話って、切り出し方が明らかに不自然じゃないか?(半泣)」


 ここで今度はユニアが言葉を繋ぐ。


「お察しのとおりです、今回の招待について、先輩にそれを話すようにセアトリナ卿から指示を受けています。繰り返しますが他言無用でお願いしますよ」


「え、え、それって、その、どういうことなのよ?」


「それとご主人様にお願いがあります」


「まだなんかあんの?(泣)」


「女学院に到着した後、どんなことがあっても私を助けないでいただきたいのです」


「…………はい!?」


「私は、セアトリナ卿からあまりよく思われていません」


「な、なんで?」


「男に媚びているからだと」


「こ、媚びているって、それはクォナにとっては、しょうがないというか、少しだけシベリア達から事情を聴いたけど」


「ご主人様」


 再び一段低い声で俺の言葉は遮られる。



「殿方が女同士の関係に介在するとこじれます。それは流れに逆らうということなのです、お気持ちは嬉しく存じます、私を助けたいと思うのなら助けないでくださいませ、そして学院長と会った際は、聞かれたこと以外には発言を控えていただきたいのです」



 ( ゜д゜) ←神楽坂


「って、ちょっとまって、もう何回目か分からないけどもう一回待って(号泣)」


 そう、そうだよ、いきなりの新事実やらなにやらで、ここまで圧倒されて呑み込まれたけど。


「クォナ、ユニア、その今回の流れってやつは「何処から何処まで」なんだ?」


「流石ご主人様、そこまでもう気付かれているのですね、素敵ですわ」


「…………」


「…………」


「ねえ! そこで終わらないでよ! つまりさ、ユニア!」


「はい」


「執務室でケルシール女学院の封書を見ていた時さ、あれって、わざと俺の前で見たのか!?」


「はい」


「つまり最初から!?」


「はい」


「ええーー!! じゃああれ!? あのいい匂いがするとか! ごきげんようとか挨拶するとか、お、おお、俺でも、もも、モテるとか! 全部、ぜーーんぶ! 嘘だってこと!?」


「いいえ」


「へ!?」


「だから言ったじゃないですか、貞淑は馬鹿にできないと、そもそも男目線での貞淑の中に、そういった「項目」があるってことぐらい分かっています。それといい匂いをさせるというのは、そもそも男関係なしに女の矜持でもあるんですよ」


「…………モテるって、それは、やっぱり」


「まあ色々な形があるじゃないですか、現にちゃんとモテてるじゃないですか?」


「……はぁ?」


「ケルシール女学院卒業生である、私とクォナに」


「……へぇ?」


「本当に何も出来ないどうしようもないお兄ちゃんだと思っていますが、まあ慕っていますよ、これでも」


「ポッ」←クォナ


「…………」


「…………」


「…………」



 シーーン。



「だ、だましたなああぁぁぁ!!! きゅう」


 パタッと席に倒れる、神楽坂。


 その首元にはシベリアの両手が添えられていて、回復魔法がかけられていた。


「zzzzzzz」←気持ちよさそうに寝ている神楽坂。


「シベリア、ありがとう」


「ええ、しかしあっさりと引っかかったよね、どうして私たちと付き合いがあってお嬢様に夢を見るのかなぁ?」


「ご主人様も現実を見ているようで中途半端に夢を見ているからね、それにしても申し訳ないことをしました、ちゃんとお詫びをしておかないと、どうしようかしら」


「あ、その点については、日誌先取りしてサボろうとしたのは見逃してあげることにするわ」


 ここでホッと一息する一同。


「まあ到着すれば、そこで悪あがきをするような方ではないでしょうから安心していいでしょう、逃げようにも逃げ場がないわけですし」


「といっても、これだけ手間をかけさせられても、ロクな用件じゃないんだろうけどね、あの若作りババア」


「ユニア、言葉遣い」


「分かっているわ、そこはちゃんとするもの、ごきげんよう、クォナ」


「ええ、ごきげんよう」


 とクォナとユニアがコロコロと笑う。



「ふひひ、箱入りお嬢様にモテモテ、むにゃむにゃ」



 と一同、ケルシール女学院に向かうのであった。





「ぶっすーーーー!!!!」


 馬車の中でむくれている俺だったものの。


「先輩、往生際が悪いですよ」


「いいよもう、分かったよ、もう、色々な思惑があって面白そうだとは思うし、話のタネにはなるだろうからな」


 と、馬車の窓から見えるそびえ立つ、ケルシール女学院の壁、普通の壁より3倍ぐらい高く作られており、異様な雰囲気を纏っている。


「これは刑務所の壁を流用したものです。一見して普通の壁ですが、よじ登れない特殊な素材を使っており、仮に美味くよじ登ったとしても、亜人種達が練り上げた結界魔法で身動きが取れなくなり、そのまま身体を拘束されます」


「刑務所て……」


「故に、出入りはこの正門一か所に限定しています。先輩の来訪は既に憲兵に伝わっています」


「まさか、その流れとやらで憲兵も検査を免除とかじゃないよな?」


「そんな迂闊なことはしませんよ」


 とそんなやり取りをしながら、正門前に到着。修道院の武官の制服を着た女性憲兵中尉率いる10名程度からそれぞれ点検を受ける。


 一通りの手続きが終了し、最後に「許可があるまで馬車から顔を出さない様に」という注意を受けて、そのままケルシール女学院の中に入る。


 どうせあれか、秘密の花園と言えば聞こえはいいけど、そもそも目の前の自称お嬢様がOGという時点で押して知るべきだった……。


(え?)


 と飛び込んできた光景に思わず声が出そうになって口を押える。


 丁度生徒たちの寮からの登校する光景だったのだけど、そう文学的に表すのならこんな感じ。


 マリア様の庭に集う乙女たちが、今日も天使のような無垢の笑顔で、背の高い門を潜り抜けていく。


 汚れを知らない心身を包むのは、深い色の制服、スカートのプリーツは乱さない様に、白いセーラーカラーは翻さない様に、ゆっくりと歩くのはここでの嗜み。


 私立ケルシール女学院、ここは乙女の園。


「…………」←窓に張り付いて食い入るように見ている神楽坂


 そうだよな、そうだったんだよ、色々脅かされたけど、本物のお嬢様達ってさ、エロ本食わせようとしたり、隙あらばケリを入れてくるような紛い物のお嬢様は希少種だったんや。


 それにしても不思議だ、マリみてもそうだったけど、全然露出が無いのに色気を感じる。


 この光景は二度と見れないかもしれないからな、俺の心の備忘録に刻み込む。


 馬車自体はそこまで珍しくないのか特段気にされることなく通り過ぎていく。


 窓に張り付いたままそのまま校舎内へと進むのであった。





 馬車が停止し、リコがドアを開け、ケルシール学院に降り立つ。


 全員が降りるとリコとシベリアは馬を馬房につなぎ、支度を整える。


 来訪を察した学院の職員が出迎えてくれた。


「神楽坂イザナミ文官大尉ですね?」


「はい、お招き感謝します」


「学院長がお待ちです、案内いたします」


 流石学院、職員の物腰も優雅そのものだ、お嬢様が年を重ねると品は失われない者なのだなぁ。


 と職員に連れられて学院内をテクテクと歩く。


「…………」←クール顔の神楽坂


(キンキンに香ってやがる・・・! 犯罪的だっ・・・! うますぎるっ・・・! 染み込んできやがるっ・・・! 体にっ・・・! やりかねない・・・この香りの為に・・・強盗だってっ・・・! スーハースーハー!!)


 学院生と触れ合えないのは残念だ、そして1人になって奇行に走れないのが圧倒的に残念だ。


 さり気なく呼吸を荒くしてそれが悟られない様に必死で夢中でついて行き、その場所へとたどり着く。


 学院長室、この時ばかりは姿勢を正して職員のノックとその後に部屋に入る。


 姿勢を正す、クォナとユニア。



 彼女は、俺達を立って出迎えてくれた。



 一夫多妻制と男子継承権。


 そのウィズ王国において、唯一の例外。


 一妻多夫で、女子継承権。


 女の王である、女王。


 役割が認められ、原初の貴族を除いては、最高位に位置する人物。


 セアトリナ・ケルシール・ノトキア子爵。


「お忙しい中、突然の呼び出しに応じていただき感謝します、私がセアトリナ・ケルシール・ノトキア、初めまして神楽坂イザナミ文官大尉」


「初めまして、ウルティミス・マルス連合都市駐在官、神楽座イザナミです、こちらこそお招き感謝いたします、セアトリナ卿」


 俺の挨拶に微笑むセアトリナ卿。


 美人ではあるが、容姿から受ける印象があまりはっきりとせず、年齢不詳のイメージがあり、妙な迫力がある。


 それがセアトリナ子爵の第一印象だった。



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