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第14話:外道の道


 連隊設営本部には、当初は邪教入信容疑ということでピリピリしていた王国軍であったが、現在は訓練時のような緊張感はなく、将校たちが定期的に締め上げるも、どこかのんびりした雰囲気が漂っていた。


 連隊長である武官大佐は、カイゼル中将よりロード大司教の指揮下に入れと命令を受けて現在の任務に就いている、不自然さは感じたものの裏事情はまったく知らないままだった。

部外者の命令を聞かなければならないのは屈辱だが、中将からの命令では逆らう訳にはいかない。

 故に少しでも情報収集をしようと武官大佐は、ロード大司教とモストや他の修道院を卒業したばかりの新米たちと話すが、固く口止めされているようで見当もつかない。


 どうするかと考えた時に、連隊長の元に通信が入る。


「どうした?」

『報告します、ウルティミスのヤド商会長以下商会の連中がウルティミスを発しました、追いますか?』

「その必要はない、重要監視対象者はあくまで神楽坂文官少尉のみ、引き続き警戒を」


 と言いかけたところで、モストが割り込んできた。


「いや、後をつけて向かう先と何をしていたのか報告しろ、ただし気づかれないことが最優先だ」


『……大佐』

「指示に従え、第12小隊を追尾に向かわせろ、分かったことは逐次報告せよ」

『……了解』


 ここで通信は途切れる。

 一方のモストは、当たり前のように何も言わずにロード大司教の元へ向かう。あの傲慢な感じは父親そっくりだと思ったが、口にはしない。


「ロード大司教、この動きは」

「思ったよりもずっと早かったな、まだ食べるものが不足しているなという程度の筈、気づいたのはあの切れ者の女街長だろう、頷ける話だ」

「まあ、無駄ですけどね、すでに勝負は決まっていることに気付いた時が見ものですね」

「これで試練はクリアだ、ロードよ、これでお前は正式に教皇候補生となる」


「はい、今後もよろしくお願いいたします、ロード大司教」


――――


「…………」


 ヤド商会長の報告を受けるセルカ司祭。

 食料調達の件についてヤド商会長をレギオンや近隣の都市に派遣、その報告結果を受けて、本当の意味での食糧事情を把握したセルカ司祭。


「つまり、今後はずっと4分の1しか食料が入ってこない、ということですね」


 全員が頷く。元より裕福な場所ではないから、余分に仕入れてるということは無い、主体となる農業とはいえ、収穫時期はとっくに終わっている。

 レギオンは王国軍の供給を第一、近隣の都市に助力を願ったものの、その都市も王国軍に食料供給の関係で回せる余裕はないのだという。


 ヤド商会長は、レギオンでの食料調達が駄目になった後、セルカ司祭に事の次第を報告、他の都市や違うルートを模索したところ、目途がついていたそうなのだが、それが悉く調達に応じられないという回答を得たそうだ。


 このままでは約一か月半で食料が尽きるのだ。


「これは明らかに恣意的な意思が認められるだろう! 街長! 王国政府に正式な抗議を!」


 ヤド商会長の言葉にセルカ司祭は首を振る。


「無駄です」

「なぜだ!」

「それは向こうが徹底した合法戦略をとってきているからです」

「ごう、ほう?」


「はい、教皇選は王国の一大事案、王国軍はちゃんと正規の手続きを踏み、食糧確保のために業者への流通を認めさせ、その上でラインは全て抑えられています、つまり何が起きても自己責任の方便が出てきているのです」


 セルカ司祭の言葉に全員が絶句し、頭を抱えるセルカ司祭、初めからそうだった、違法行為は何一つしていない、この作戦の最も恐ろしいところは、それが遅効性の毒であること、その毒が猛毒であることだ。

 まだ全員が飢えていない、だがその時は必ず来るのだ。


「だが、そんなに深刻な事なのか、確かに食料がないのは問題だが……」


 幹部の1人がそう発言するが、俺は首を振る。


「我が国日本も、自国の戦争には無関係ではないのですが、その中で「食人」の記録が残っている例外中の例外が兵糧攻めによるものなのですよ」


 俺の言葉に全員が凍り付く。


「その記録によると、特に栄養価の高い脳味噌がすぐに食べられたそうです。飢えるというのはまさに人たらしめるもの全てを奪うのです」


 俺の言葉にセルカ司祭も同調する。


「最終的にはウルディミスに残された道は自滅のみ、幸いなのはこれにいち早く気づいたことでしょう、神楽坂少尉、感謝します」


 さり気なく俺の手柄であることをアピールしてくれるのはありがたいが、普段の理性的な状況ではなく、自分たちの命が絡むとなると、矛先は最終的には。


「アンタはいいよな、ここの住民ではないからな」


 当然俺に向く、ウルティミスの住民からすれば完全に巻き込まれた形になる。

 そこから始まるであろう罵詈雑言、覚悟をしていたことだ、だが事実である以上受け止めなればならない。


「いい加減にしなさい!!」


 そんな罵詈雑言が始まろうとした幹部を一喝したのは、セルカ街長だった。


「なら、非難した皆様方に問いかけます、一切の補給を断たれた状態で、勝利する手段を提示をしてください。それがもしあれば、私も神楽坂少尉も無能の評価は甘んじて受けましょう。この戦術の一番の肝は王国軍が自分たちが攻撃をしている自覚なんてないという事です、ここにいる我々が正気を失うまで、極めて残酷で野蛮な戦法です、我々はウルティミスを後世に残す義務があるのですよ!」


「なら、街長はどう考えているんだよ!」


「…………」


 何も言わない、ここですぐの判断は下せない。


「一時、解散とします……」


 絞り出すようなセルカ司祭の言葉でお開きとなった。



 色々考えた、本当にいろいろ考えた、たいして良くもない頭を使って必死に考えた。

 修道院に入学したときからこの世界に触れて、ウルティミスに赴任して、分からないことはたくさんあって、やる時はやる、やらない時はやらない、それを許してくれるウルティミスの土地柄にも助けられたものだ。

 幸い考える時間もたくさんあった、結果何も分からなかった、ウィズ神の目的も、何もかもだ。


「ルルト、話があるんだがいいか?」


 あの会議から1週間後の夕方、執務時間を終えたルルトに俺は話しかける。


「……いいよ、付き合おう」


 俺とルルトは小城の屋上に立ち、そこから2人並んで湖を見ている。

 小さい田舎ではあるが、田舎らしくおおらかで、人間関係の繋がりが濃くてそこが面倒で、でも住民にしっかり支えられている辺境都市だ。


「俺の修道院の教官がな、こんなことを言っていたんだ、「男は三つのものに惚れなければならない、一つは妻に惚れろ、一つは仕事に惚れろ、一つは任地に惚れろ」ってな」

「へえ、良いことを言うじゃないか」

「ああ、まあ俺には妻はいないから、仕事と任地ってことになるんだろうけどさ、俺はまだウルティミスに来て半年しか経っていないけど、今の仕事と、そして任地に惚れているってのは自分で断言できるんだよ」

「うん、それならよかった」

「最初は巻き込まれてイヤイヤだったのにな、始めはウルティミスに赴任だけしたら日本に帰るつもりだったのに……」


 ここで会話が終わってしまい俺は黙ってしまう。隣にいたルルトも俺に話を促すようなことはしない、多分このまま俺が話をするまで黙っていてくれるのだろう。

 俺はルルトに、こう告げた。


「降参する、ウィズ教に改宗する」


 これが最高神ウィズが主催する教皇選抜の試練。

 ここでルルトの神の力を使いすぎると。つまり「ウィズから反逆とみなされ、制裁を受ける危険性がある」思えば、ルルトとは仲良くないみたいだし、ウィズ王国での加護については意図して必要最低限にしていた節があった。

 しかもウィズ神の逆鱗に触れたら下手をすると神々の戦いに俺たちが巻き込まれることになるだろ、悪いが生き残れる気がしない。


「すまない、ロード大司教が出てきたときに気付くべきだった、勝利を確信しないと表舞台には出てこない、そういった強かな部分は十分に理解しているつもりだったのだが」


 俺の言葉にルルトは寂しそうに首を振る。


「いや、イザナミは本当に尽くしてくれた、ありがとう」


 沈んだ表情のまま、ルルトには湖に視線を戻す。


「ルルト教も終わりか、寂しいね」


 との言葉だったが。


「真面目かお前は」

「へぇ?」


 俺の言葉に呆けるルルト。


「敗北は「選択肢」なんだよ、今は敗北を受け入れる、ウィズの啓示がルルト教からウィズ教への改宗と仮定するのなら、その条件をいったん達成させ、ウィズの動向を伺い、再び改宗すればいいだけの話だ」

「そ、そうなのか?」

「ま、こんなにうまくはいかないだろうけどな、今後も困難は続くと思うけど、ウィズ教に改宗したところで、ウルティミスの民たちはルルトに対しての信仰心を失わないさ、逆境にこそ笑っていたんだろ?」


 俺の言葉にルルトは目に涙を浮かべる。


「うん、そうだね、神は無力だね、君以上の最善案が出てこないよ」

「すまん、お前が守ろうとしたものを守れなかった」

「いや、守ってくれたよ、瞬時に敗北を選ぶことができるなんて、でも……」


 分かっている、まずは街長としてのセルカ司祭の説得だ。



「はい、分かりました、ウィズ教への改宗ですね」


 あっさりと、かなりの勇気をもっていったのにあっさりとセルカ司祭はあっさり納得した。

 ポカーンとしている俺とルルトにセルカ司祭は笑う。


「私も同じ結論だったからですよ、だからここ1週間はその状況説明にずっと駆けずり回っていたんです」


 そんなことをしていたのか、本当は俺よりもずっと辛い筈なのに。


「すみません、力及ばず」

「いいえ、もちろんすごく悔しいです、屈辱です、でも神楽坂文官少尉の内容を聞いて納得しました。改宗したとしてもルルト神への信仰の心は持ち続けます、へこたれないのが我が民の強み、それにルルト神なら、それで納得していただけると思いますから」


「はい、とはいっても負けっぱなしではありませんよ?」

「無論ですよ。今度は先手を取るためにいろいろ考えていますので」


 そうだ、これから頑張ればいい、今度は負けない、絶対に勝つ。



 次の日、いつもの監視業務に来たミリカに改宗する旨を伝えた。

 驚いていた様子だったが、すぐロード大司教に伝達、次の日には、改宗の段取りの日がすぐに組まれた。

 向こうは勝利を確信していたわけだから仕事が早いものだ。

 宗教を変えるというのは神の恩恵にも関わってくることだからちゃんと改宗する前と後の神にそれぞれの祈りをささげる宗教儀式で、一日その練習に費やした。


「この頃体がだるいなぁ」


 ちょっと動いただけで息が切れる。色々あったせいだろう、今回の件が終わったらとにかく休みたい気分だ。


「結局試練は達成、教皇選の始まりだね」


 一緒に自室にいるミリカに話しかけてくる。

 ちなみに最後は一日ミリカが監視につくことになった。まあここで心変わりなんてしないけど。


「…………」


 俺は何も答えない。

 教皇選か、考える時間はたくさんあったから今回のことも全部初めから考えることができた、それこそルルトに連れてこられた時から。


「神楽坂?」


 俺の様子を変だと思ったのかミリカが話しかけてきた。


「なあミリカ、聞いてくれるか?」

「え?」

「今回のことについていろいろ考えたんだよ、それを聞いてほしいのさ」

「なんで、私なの?」

「いや、半分負けた愚痴が入るからさ、セルカ司祭はもっと辛いだろうし、部下に愚痴るわけにもいかないからさ」

「ふーん、まあいいけど」

「ありがとな、ふう」

「どうしたの、疲れているの?」

「この頃少し体がだるいんだよ、まあそれよりもさ、これから俺は敬虔なるウィズ信徒になるわけだから、色々考えを巡らせたわけだ、だから同じ信徒であるミリカといろいろ議論したいなと」

「はいはい」


「俺が考えていたのはこれからのことだ、だから必然的に教皇選について考えが及ぶようになって、そんな時に違和感に気が付いたんだよ」

「違和感?」


「ま、これはさ、ウィズ信徒の前じゃ絶対に発表できない「推論」だ、まあまだ推測だけど、根拠となる事例を集めて、発表してやろうかなって考えているんだ、せめてもの仕返しとしてな」


「はあ、で、何違和感って?」


 なんか管を巻く酔っ払いを見るような目をしているが、気にせず続ける。


 俺の違和感は、教皇選抜に対してのウィズ神話そのものだ、神の掟と最高神ウィズの関係を考えると違和感が出てくる。

 最高神であることと「神話という名の運営方法」の違和感、ここで大事なのは矛盾ではなく違和感であるという点、だからこそ今回の試練がウィズ教への改宗だった、これはある仮定をすることで全て筋が通るものだ。


「…………」


 俺の推論は、ウィズ信徒であるミリカは驚きを通り越して心配そうな顔を向けている


「それ、ウィズ信徒の前でじゃ、辞めた方がいいよ、喧嘩を売ることになる」

「ははっ、そうだな、辞めておくよ、実際もう結論が出たのだから、俺にはもう関係のないことだからな、ミリカ、折角だ、酒はあんまり強くないけど付き合ってくれよ、酔いつぶれても大丈夫、そのままベッドで寝ればいいだけの話だからな」


 立ち上がって、自警団の連中から酒でも貰おうかなと思ったものの。


「あれ?」


 ふらふらっと、足がもつれてしまう、ヤバいこのままこけるかもと思った時。


「ちょっと! しっかりしなよ!」


 と両肩を支えてくれたミリカだった。

 思えばこんなに近くでミリカを見るのは初めてだったけど。


(うわぁ、美人だなぁ~)


 ミリカは見惚れるほど美人だった。

 いい香りがして、胸だって大きいグラマー美人、気が付かなかった、知らなかった、ミリカってこんなに美人だったんだ。


「どうしたの?」


 俺を見ながら首をかしげる仕草も美しい、だから俺は思わず声をかけてしまった。


「お前、誰だ?」


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