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おまけ:グッドルーザー神楽坂V3 ~僕はただ好きなだけさ~ 中篇



「また勝てなかった。」


「早いな!」


「いやぁ、びっくりしました、まさか酒をかけられるとは思わなかった「こんなことされても怒らないなんて、優しい男の人って素敵」って、いやぁ、はは」


「か、か、神楽坂、だ、大丈夫か?」


「な、なんでだろうな、どうしてかな、どうして失敗したのかな(涙目)」


「だだだ大丈夫! よぉ~し! よしよしよしよしよし!! 神楽坂はいい子だね~、優しい子だね~」


「お、おうじ、おれ、ひょっとして」


「これは無理もないことなんだ! 知っているか!? ネルフォルがどうしてクォナと対比されるか! それはな! クォナも名だたる男が撃沈しているのも同様、ネルフォルも同じだからだ!」


「そ、そうなんですか?」


「うむ! 原初の貴族の間でも何人の男が撃沈したことか! もちろん美男子達もだ! アイツもクォナと同じで立ち位置が特殊なんだよ!」


「そ、そうだったんですか、だったら、しょうがないですよね、イケメンでも駄目なんですものね、王子すみません、作戦は失敗に終わりました」


「うんうん!! しょうがないしょうがない!! というわけで2人で飯でも食べに行こう!! という訳で俺たちはこれで失礼するから女性陣は我が王族主催のパーティーを楽しんでくれな!! じゃあお疲れ!!」


 と早口でまくし立てて俺に肩を貸す形で立ち上がった瞬間に、ガシっとアイカが俺の肩を掴む。


「本当は分かってるんでしょ?」


「え? なな、何が? 分からないよ、王子は分かります?(半泣き)」


「もういいじゃないか! もういいじゃないか!! こんなことして何が楽しいんだよおぉぉぉ!!」


 という王子の慟哭虚しく、アイカは判決を下した。



「美男子になってもアンタはモテないのよ!!」



「ゴハァ!!」


 神楽坂は血を吐きながらパタリとそのまま倒れる。


「かぐらざかああぁぁぁ!! 誰か!! 誰か助けてください!!」←抱き上げる王子@セカチュー


「王子、俺が死んだら、パソコンの中のハードディスクの中身を全部消してください」


「ハードディスクって何のことか分からないけど分かったぞ神楽坂!」


 しくしくと2人で泣く中だったが……。


「はあ、あのさ大尉」


 見かねたのか、そう声をかけたのは。


「セレナ?」


 そう、セレナだった。


 彼女はしゃがみ込むと神楽坂に話しかける。


「あのね、女が男をカッコいいって思うのはね、顔はそりゃ大事だし、女心も分かるってのも大事だけど、それだけじゃないの」


「………え?」


「だから、まあ、その……」


 ここで少しだけ言葉を切ると恥ずかしそうに告げる。


「ワドーマー宰相と戦った時の大尉は、ほんの少しだけカッコよかったよ、ってこと」


「…………」


「そういうことだよ、でもちゃんと私たちが周りにいることに感謝をすることね、だからさ」


 立ち上がって腰に手を当てて神楽坂を見る。


「今度こそ、インチキ使わないで、ナンパしてきて、振られてきなよ、そしたらさ、男2人水入らずで反省会でもしてくればいいんじゃない?」


 染みわたるような、セレナの言葉に。



 俺は思考の海を泳ぐ。



 うん、つまり、俺のやり方でやればいいってこと。



 ほら、そう考えれば途端に不自然な点が出てきてた、そして後はいつものとおりその点を自然な線で繋げれば……。



 勝機が見えてきた、いや、違うな、そんなカッコいいもんじゃない。



(勝機じゃない、これは博打だな)



「ありがとう、セレナ、お前、いい女なんだな」


「は、はあ!?」


「いや、なるほど、俺がカッコよかったのはワドーマー宰相の時か、そういうことだったんだったのか、分かった、腹が決まったよ、いっちょやってきますか」


「…………」


 なんだろう、何故か分からないが、その神楽坂の様子の変化を、一番最初に気付いたのは。


「神楽坂、お前、勝算あるのか?」


 そう王子だった。


「いや、勝算なんてないですよ、作戦なんて呼べるようなものでもないです、一言で言えば博打ですよ」


「博打って、神楽坂、その言い方だと、勝つことがあるという意味になるぞ」


「はい、といっても、1割から2割弱というぐらいです、だから博打なんです」


「…………」


 王子を含めて神楽坂の博打が理解できない。


「さて、そんなわけで着替えてきます」


「き、着替えるって、何に?」


「念のため持ってきた、修道院の制服ですよ」


「修道院の制服って、肩書で攻めるつもりなのか?」


「はい」


 とここでセレナが再び口を挟む。


「大尉! 私が言った事聞いてたの!?」


 セレナが咎めるが、当の神楽坂は涼しい顔をしている。


「分かってるよ、だから言ったろ、俺がするのは「博打」なのさ」


「だ、だから博打ってどういう意味なの!?」



「博打ってのはそもそも、俺の祖国でもそうだが胴元だけが儲かる仕組みになっている。つまり博打打ちってのはその間隙をついてでしか儲けられないってことで、それが博打に勝つって意味なんだ、だから俺が今からするのはそういう勝負だってことだよ」



「…………」


 全員が絶句しているが……。


「神楽坂、お前が今からする博打、その内容を教えろ」


 と毅然とした口調に王子に注目が集まる。


 それを受けて神楽坂と王子は再び2人で離れて、何かを話して、最後は武運長久を祈るとだけ言い残して王子だけ戻ってきた。


 王子はそのまま壁に寄りかかり、何かが分かったかのように神楽坂を見守っている。


 何を話してきたのか聞けない女性陣、その中でシベリアがクォナに話しかける。


「大丈夫クォナ? なんか大尉が自信ありげだったけど、もし、万が一」


「落ち着きなさい、シベリア」


 と最後まで言わせないとばかりに笑顔でシベリアを見るクォナ。


「大丈夫よ「バルバルモアの右の右の左」というではないですか」


 クォナの言葉にシベリアはコクリと頷くとリコに目を向ける。


(分かっているね?)


(うん、意味が欠片も分からないんだけど、バルバルモアってなに?)


 とハイライトが消えた目をしながらのクォナに覚悟を決めた2人であった。


――


 その視線を受けながら歩く神楽坂は、ネルフォルの横にスッと座る。


「君がネルフォルだろ?」


「……そうだけど」


 じっと見つめる神楽坂に、不審な表情を浮かべるネルフォル。


「あれ? 俺のこと知らない?」


「初対面じゃなかったらごめんなさい、人とたくさん会うから、覚えていないことも多くて」


「いや初対面だよ、俺は神楽坂イザナミ、今年さ、国家最優秀官吏勲章を受勲してさ、ここに呼ばれることになったんだよ」


 と勲章をちらつかせながら、ネルフォルの胸元にいやらしい視線を送る神楽坂。


「でもさ、知り合いが誰もいなくて寂しいなって思って、話し相手を探していたんだけど、君ならいいかなって思って声をかけたんだ、だからさ、ちょっと俺と話さない?」


 と胸から視線を外さないまま話しかける神楽坂に、ネルフォルは。


「ええ、喜んで、貴方となら楽しい話が出来そうね」


 とにっこりと微笑んだのであった。





「まあさ、周りは俺のことをさ、運だとかいうんだけど、見方が本当に狭いよね、それだけでこれだけの勲章を受勲できるわけもないし、首席監督生なんて選ばれるわけがない、本当に自分の無能を棚上げにして周りを罵るだけの奴らばかりで困るよね」


「貴方の言うとおり、他人を論ずるより、まず自分を見つめなおすことが大事よね」


「そのとおりだ! よく分かっている! そもそもさ、修道院も世界に名だたるといえば聞こえばいいけど、実際は如何に媚の売れるかしか求められないのが問題で」


 と神楽坂は、その後一時間ほど、時折ネルフォルの手を握り、胸にいやらしい視線を送り、話す内容は自分語りに体制批判と自慢話をこれでもかと演説していた。


 そしてその神楽坂の話を本当に楽しそうに聞いて、会話を繋いでいくネルフォル。


 当然、その趣旨が全く理解できないのは女性陣だ、それはそうだ、あれではまるで……。


 とここで、神楽坂は言葉を区切るとじっとネルフォルの目を見る。


「初めてだよ、こんなに話して楽しいのは、初対面なのに驚きだ」


 と言いながら、懐から鍵を取り出すとカウンターの上に置く。


「俺の部屋の鍵だよ、この後2人で飲まない?」


 と手を握りながらネルフォルを「誘う」神楽坂であったが。


「んー」


 とネルフォルは、少し考える素振りを見せる。


「神楽坂さん、貴方はとっても素敵な人だけど、私ね」


 ここで艶やかに唇に手を添える。


「私、ギャンブルが強い人が好きなの」


「へぇ、ギャンブルか、俺も嗜むよ。今日はちょっと調子が悪いけど、遊びの方もちょっとしたものでね、いいだろう、勝負を受けよう」


「流石、男らしいわ」


「というわけで何にする? カード? ダイス? それともルーレット?」


 ここでネルフォルは、笑顔のまますっとある物をカウンターに置く。



 それは6発の弾倉が入ったリボルバー式の拳銃だった。



「…………」


 そこから目が離せない神楽坂。


「みんな勘違いしているのよ」


「か、勘違いって、なにを?」


「ギャンブルが強いということは運が強いということだと、ね」


「え?」


「ギャンブルが強いというのは、つまり死を恐れない強さを言うの」


 そのまま1発弾倉に入れると手慣れた様子で弾倉を回して止めて、すっと差し出される。


「さあ、貴方がギャンブルが強いのか弱いのか、私に見せて」


「い、いやいやいや! 君は間違っている! ギャンブルってのは命を懸けるものじゃない!!」


「……そうなんだ、そうだよね「貴方も」そうだったのね」


 と心の底からがっかりしたようにネルフォルは、拳銃を下げ。



 彼女は、その魔性を発揮する。



「私にとって命を懸けるのは日常茶飯事だもの、だから特別だとは思わない、けど、正直、がっかりね、運命の男に巡り合えるのかしら、貴方も違った、ということね、それが出来る男に、私は身も心も震えるの、全てを捧げてもいいと思うほどに」


 ただの言葉が、魔力を伴う、それはつい先ほどまで舞台にて繰り広げていた光景、これは物語で、演技で、結末は分かり切ったものなのに、観衆が本気で誑し込まれるのではないかと、そう思わせた。



 幾人の男を破滅へと導いてきた、悪女優。



 その魔性の前に、男は成す術はない、だから。


「わかった、受ける、だ、だから、ロシアンルーレットを受けるから、受けたら、俺の言うことを、何でも聞いて欲しい、君を、自由にしたい」


 と魅了され、誘われるような神楽坂の言葉に、今度はまさに可憐な少女の花が咲いたような笑顔になる。


「わかったわ、何でもしてあげる」


 と答えたネルフォルに、いつの間にか、周りの男すらも魅了して、魅了された男が、泡沫のまま、己の破滅へと……。




「はい、俺の勝ち、油断したな、ネルフォル」




 と真面目な顔をしていいのける神楽坂であった。


「…………え?」


「案外あっさりだったな、一流のギャンブラーだと聞いていたから、高難易度だと思っていて色々と策を練っていて、それでもダメかなぁと思っていたけど、結果その必要すらも無かったか、やはり油断は恐ろしいものだねぇ」


 と呑気にグラスを傾けると、げほっとむせる、きつ、酒。


 全く状況を理解していないネルフォルに、俺はすっと拳銃を戻す。


「まずは、ネルフォルからな」


「え?」


「だから、最初はそっちが引いてよ、引き金」


「…………」


「あれ? 命を懸けるのは日常茶飯事なんだろ? どっちが先でも関係ない筈だぜ」


 ここでようやく分かったのだろう、ネルフォルの顔つきが変わる。


「……気が付いたんだ、カウンティング」


「まあな、弾倉を回す音を耳でカウントして、自分の番で出ないようにするってやつだ、まあこういった場合のお約束やね」


「なるほどね、でも、ふふっ」


 ここでネルフォルは、本当に自然に、思わず出てしまったのか笑う。


「ええ、認めるわ、私は確かに油断した、だけどね」


 すっと近づいてくる。


「油断しているのは貴方も一緒よ」


「…………」



「ロシアンルーレットで私のカウンティングを見抜いたのは、貴方で何人目だったかしら?」



「さっきは笑ってごめんなさい、カウンティングを見抜いて凄く得意げだからさ、貴方がさっき言ったとおり、ちょっと知識があれば、カウンティングを見抜くぐらい特筆するべきではない、さて、始めましょうか」


「始めるって? 何を?」


「何をって、このロシアンルーレットの順番を決める、ギャンブルをしましょう、ってことよ」


「それは通らないね」


「いいえ、通るの」


 懐から録音機械を出す。


「これはウルリカ製の特製録音機械、憲兵の捜査でも使われている優れものなのよ」


「へぇ」


「卑怯だなんて思わないでね、言った言わないは非常に揉めるの、どうする、再生する?」


「その必要はない、確かにどちらが最初に引き金を引くのか、という点については何も話し合っていないね」


「そう、だから順番をギャンブルで決める、受けないのなら、私は降りるだけよ」


 とここで言葉を切り、今度はネルフォルがグラスを傾ける番だ。



 清楚であり貞淑であることが男の夢ならば、淫靡で奔放であることが男の悪夢であるという。



 ネルフォルにとって、男から今回のように簡単に体を求められることなど、それこそ日常茶飯事だった。


 今度は油断しない、どんなギャンブルでも、相手の神楽坂という男を徹底して叩きのめすとばかりに笑みを浮かべる。


 彼女を軽く見て、簡単に「やれる女」だと勘違いして迫ってくるクズ男には、その侮辱以上のプライドを蹂躙する、金や情報といった全て奪い取ってきたのだ。



(男には想像がつかないでしょ? この世の半分から体を狙われるこの世界なんてね)



 だが、彼女は根本から勘違いをしていた。



 目の前にいる人物は、修道院出身のエリートではない。



 修道院最下位の落ちこぼれ、神楽坂イザナミ、混沌よりも這い寄る過負荷マイナス、彼のスキルは。



――無能ルーザー!!!



「ネルフォル、ならばこちらも君のように言い直そう、油断という意味を皆勘違いしてると」



「は?」


「油断とは相手を舐めてかかるということではない、相手を舐めていると自分が気が付かないことだということだ、違いが分かるか?」


「え?」



「言ったはずだぜ、このギャンブルを受けたら、俺の言う事を聞いてくれると」



「…………」


 ネルフォルは呆けるが。


「い、いいえ! それこそ違う! そんなことを!」


「おっと、言った言わないは非常に揉めるんだろ? だったら再生してみればいいじゃないか、その部分についてな」


「はっ! 悪いけど、その部分について録音なんてしてないわ」


「おっと、それは嘘だな、録音を始めたタイミングまで分かってるぜ、拳銃を出すまでに少しタイムラグがあった、あの時にスイッチを入れたな?」


「ぐっ」


「さて、ちょっと失礼するぜ」


 と録音機械を操作すると再生する。


――【わかった、受ける、だ、だから、ロシアンルーレットを受けるから、受けたら、俺の言うことを、何でも聞いて欲しい、君を、自由にしたい】


――【分かったわ】


「っ!」


「そう、ロシアンルーレットを受けたら俺の言うことを何でも聞く、だから聞いてもらうぜ、手番をそっちから始めてもらう、という俺の言うことをね」


「…………」


 ボリボリと氷を食べる俺の姿を見て、ネルフォルは。


「…………あれ?」


 やっとあることに気が付き青ざめる。


 それは別に今までの話の流れであった、カウンティングや、言った言わないが揉める、会話を録音していた、といったことではなく……。



「私がロシアンルーレットじゃなくて、別のギャンブルを提案したら、どうなっていたの?」



「やっと気が付いたか、それが今回の一番の肝でありネルフォルが油断したことだ、ちなみに答えは簡単、俺が負けて終わり、ナンパ失敗だね」


「ナンパ失敗って、でも、貴方は私がロシアンルーレットを提案してくるって分かっていたじゃない!」


「分かるわけないじゃん、そこが今回の俺にとっての「博打」だったのさ」


「博打って」


「まず前提としてだが、今回のナンパ、というかギャンブルは、ネルフォルの勝ちは確定しているという前提があるんだよ」


「だから俺がこのナンパを成功させるためには、間隙を突くしかない。俺にとって間隙を突く、というのはネルフォルがロシアンルーレットを提示することなのさ、もし提示させることに成功すれば、それは油断しているってことだからな」


 と言葉を切り、ネルフォルが反論する。


「言っている意味が分からない、ロシアンルーレットを提示って、何言ってんの? ギャンブルって一口に言っても、ダイスやカードやルーレットとかたくさんあるのに、その中でどうしてピンポイントでロシアンルーレットを提示させることなんて出来るの!?」


「そういったカジノの種目を始めとした「普通のギャンブル」はまずないと踏んでいた、俺が警戒していたのは、オリジナルギャンブルだけだ」


「は!? どうしてよ!?」



「だってそれだと、俺に恥をかかせられないだろ?」



「え?」


「ネルフォル、アンタは分かっている筈だ「男にとって何が屈辱であるか」をな、さっきのナンパ男の対しての振る舞いは、それを知った上でのものだった。だからこそ、俺が一番最初にやることは、アンタにギャンブルの相手をしてもらうことだったのさ」


 そう、思い出して欲しい、俺がルルトの力を借りてイケメンになってナンパしたとき、彼女がどうしたのか。


「アンタは今日、複数の男に声をかけられていた、それこそ美男子にもだ。だがアンタは一切相手にしないどころか、酒をかけるなんてこともしていた。となると変だよな、だったら何で、あのナンパ男は、今みたいに一晩の権利をかけてギャンブルをすることになったのか? つまりさ、その前段階があるってことになるんだよ」



「今みたいに「声をかけて、良い感じになっていると勘違いさせる」という前段階がね」



 ネルフォルの顔が引きつる、さてとなればもう確定だ、俺はネルフォルに言い放つ。



「つまりさ、あの男、アンタの嫌いなタイプだろ?」



「嫌いな奴には、恥をかかせて、屈辱を耐えてやりたいよな? それはそうさ、自分を軽い女だと思って「やらせろ」なんて言ってくる男でしかも嫌いなタイプの男、ネルフォル、俺は男だけど、その点については、アンタが正しいと思うよ」


 ここでようやくネルフォルが口を開く。


「……一番初めの声のかけ方から、話の内容、そして私に対してのセクハラまで、全部そのためにってことなの?」


「そのとおり、あ、念のため言っておくが、セクハラは嫌々だったんだぞ、まあ、信じてもらわなくてもいいけどさ。さて次に問題になるのは如何にしてギャンブルで恥をかかせるかだが、この種目については五つの条件を満たす必要がある」


 一つ、公衆の面前である事

 一つ、派手であること

 一つ、誰でも知っているルールであり簡単あること

 一つ、度胸を試す内容であること

 一つ、逃げられないことが四つ目の条件がついてくること


「この条件を考えるとロシアンルーレットってのは、その全てを満たすギャンブルだ。拳銃を使う派手さ、ルールも簡単で誰でも知っていて誰でもできる内容、女から度胸と強さを挑まれたら断ることは屈辱、とはいえ命を失うかもという恐怖、その心理的なプレッシャーも与えれば、簡単に思考停止に陥り、この場合ネルフォルが降りない限り逃げられなくなる、まさに理想的な種目だ」


「そして俺は、その条件を満たすギャンブルについてロシアンルーレット以外だと、チキンレース的な何かと思ったが、それこそネルフォルの言ったとおりたくさんあるから、そもそも考えなかった。とはいえ、さっきも言ったとおり、今回のギャンブルは負けてもともとだし、何より、俺自身負けたからどうなんて評判を気にするタイプじゃないからな」


「だから違う種目なら負けて終わり、それが俺のギャンブル。リスクを低くしリターンを高くすることがね、おっとセコいなんて言わないでくれよ、戦略と戦術の基本中の基本なんだぜ」


「それと後付け加えるのなら拳銃という死を連想させる武器に気を向かせたのはいいけど、それを利用して大事なルール確認の重要さをぼやけさせようとしていたのは見え見えだったぜ」


「だから、油断したな、って言ったのだけど、さて……」


 指で鍵をくるくると回す。


「これで俺の勝ちなわけだが、ここで問題があるんだ、俺はあくまで「一晩を過ごす権利」としか言っていないだから……」


「「そういう意味を含むとは思わなかったから、こんどはそれを決めるギャンブルをしよう」って言われたら、実は詰みなんだけど、どうする?」


「…………」


 ネルフォルは、俯いている。


 そして、少し考えた後。


 ギュッと、神楽坂の腕の袖を掴むと。


 ぽすっと、神楽坂の胸に顔をうずめる。


「ううん、そんなこと言わない、約束は、守るよ」


 と潤んだ目で神楽坂を見上げる。


「でも、貴方は一つだけ間違えたわ、そして私も一つだけ嘘をついたの」


「何がだい?」


「まず貴方のナンパを受けたのが嫌いなタイプだというところよ、あ、前の男はそうだったけど、貴方は違う、それが私が付いた嘘に繋がるのだけど、貴方のことは知っていたの」


「え?」


「色々な噂を聞いたわ、ほとんどが悪い噂ばかりだったけど、でも、だからこそ、貴方に興味を持っていたの、貴方は、本物だった」


 すっと腕を絡ませると、ぎゅっと胸を押し付けてくる。


「……場所、変えようよ」


 当然にその意図を察することができない程神楽坂は「鈍感」ではない。さりとてそのまま素直に応じるのは無粋とばかりに神楽坂は悪戯っぽく微笑む。


「おや、俺は嫌いなタイプではなかったのかい?」


「も、もう、意地悪言わないでよ、それと、その」


 口元を耳元に寄せて今度は彼女が切なげに囁く。


「噂通りの軽い女だなんて思わないで、私だって、初めて出会った男の人に、なんて、自分で自分が信じられないのだから」


「俺は噂を信じない主義さ、何故ならそんな噂を信じていないからこそ、君に声をかけたのだから」


 とここで再び冒頭に繋がってくる。


 そう、これが神楽坂の勝利の奇跡でも奇蹟でもない、軌跡なのだ。


 神楽坂は、視線を王子へを移す。



 そこには親友の勝利を穏やかな顔で見る王子がいた。



――女性陣



「…………」


 立ち上がろうとするクォナをガシっと両肩を握るシベリア。


「マスター、どちらへ?」


「ちょっとお花を摘みに」


「さっき摘んできたばかりではないですか?」


「もうセレナってば、女性同士といえど殿方がいる場ですわ、いくら隠語とはいえ何度も言うのは恥ずかしいですわ、察してくださいませ、ぷんぷん」


「だから察しているから止めているんだろーがですわ、マスター」


「あらあらまあまあうふふ」



――周りの紳士目線(夢)



「上流の至宝と侍女たちは、いつも仲良くていいなぁ」

「何の話をしているのかなぁ」

「とっても上品な話をしているんだぜ」



――シベリア達との会話(現実)



「セレナは心配性ですのね、私は原初の貴族の直系、立場はわきまえておりますわ、こんな諺があるじゃないですか『悪女は血を抜き続ければ永遠に動かなくなる』と」


「マスター、悪女に限らず誰もが血を抜き続ければ永遠に動かなくなるんです、何故ならそれは死ぬからですよ」


「ほらほら、見てみて、もう、ご主人様ってば、胸を押しつけられて鼻の下を伸ばしてしまって、クスクス、これは文字通り「悪女は脳を一突きすれば死に至る」ですわね、ねえシベリア?」


「関係ないよねですわ、私もマスターも脳を一突きされれば死ぬからね、もう諺でも何でもないよね、アンタがやりたいことになっているからね! ちょ! だ、だから立つなってつってんでしょう!」



――周りの紳士目線(夢)



「女の子同士距離の近い感じっていいよね」

「うんうん、お互いに触れあったりとかいいよね」



――シベリア達との会話(現実)



「ほらほら、どいてくださいませ、ちょっと、ご主人様が、ねえ、あの、私のねえ、上流の至宝とか深窓の令嬢の名にかけて、だからその、早くしないと、つまり」



「シベリアどいて! そいつ殺せない!!」



「お、おま!! ち、力強っ! おい! か弱いキャラで売ってんだろうが! その警棒を仕舞え!! ってセレナ!!」


「…………へ?」


 ぽかんとしていて、今気が付いた感じで首だけで振り返る。


「何してんのよ! 早くアンタも止めてよ!」


「や、やっぱりシベリアもそう思うよね!? そ、そうよ、助けてあげないと!」


「は!?」


「だってそうじゃない、どう考えても釣り合わないというか、ほら、ネルフォル嬢は、遊んでるとか噂だし、大尉ってほら、馬鹿だから、絶対騙されちゃうでしょ、そう! 仲間だから! 助けてあげないと!」


「っ! っ! っ!」


 そうか、この親友もまたクォナとは違う方向で面倒くさいんだった。


 となれば、他の面々は……。


「ま、まあいいんじゃない、ああいう女に引っかかってさ、あのバカは一回痛い目にあわないと駄目なんだよ」←アイカ


「そ、そうね、べ、べつに、結婚するわけじゃないから、いい経験じゃない」←セルカ


「神楽坂様……」←ウィズ


「プークスクス! プークスクス!」←ルルト


「相変わらずの、アンポンタンですね」←ユニア


「…………」


 そうか、ある意味この女性陣も色々と思うが口に出さないシベリア、となれば本気でどうしようかと思った時だった。


「え?」


 誰の声だろう、異変を認めたその視線に誘われるように神楽坂の方へ向く。





 視線の先、最初の動きで、誰が何をしたのか、ネルフォルですらも分からなかった。


 それは神楽坂は、テーブルの上に置いてあった、銃を握ると。そのまま自分のこめかみにつきつけ。



 カチリと引き金を引いた。



「…………」


 全員が呆気にとられるのをよそに悠々と銃をテーブルの上に置く神楽坂。


「これで俺の負け」


「ど、ど、どうして?」


「さっきも言ったろ、いきなり女に一晩せまるような男がこっぴどく振られても同情はしない、ネルフォルが正しいさ、だけどね、そういう男と同列に扱われるのは癪に障るのさ、そんな俺からの意趣返し」


「…………」


「あー、残念、本当に俺って奴はさ、絶世の美女と一晩過ごせるチャンスだったのに、男のプライドってのは本当に厄介なものだよ、あー残念残念、残念至極」


 と椅子から立ち上がり、踵を返そうとした時だった。


「ちょっとまって! 一つ聞かせて!」


 呼び止められて振り向く神楽坂。


「弾が出たらどうするつもりだったの!? まさか今更模擬弾とか思っていたわけじゃないでしょう!?」


「そりゃね、だけど出ないことは分かっていたよ」


「そ! それはありえない! 私が自分の番でない様にシリンダーを回したとまでは分かった知れないけど、どうして何発目に出るか分かったの!?」


「2発目か3発目かは分からない、だけど1発目に出ることはないって分かったよ」


「え?」


「だから言っただろ、自分を軽く見て体を要求する男により恥をかかせるにはどうしたらいいのかってこと」


「…………」


「まず前段階として、命を懸けるとか運の強さ云々のハッタリを使っていたが、本当にそれで相手が命を失う事態が発生するのは、絶対に避けたい事態の筈だぜ?」


「っ!」


「何故なら今は王族主催のパーティだ、立ち位置が特殊とはいえ原初の貴族の直系が死人を出すぐらいの騒ぎを起こしたら洒落にならない事態を生む、下手をすれば直系と言えど「偉大の系譜に対する不敬」とのことで首が飛ぶかもしれない」


「だけど、それで模擬銃や模擬弾を使ってはハッタリが使えない、ハッタリと嘘は違うからな、アンタはちゃんとそれを分かっている。だから今みたいに例えば半分自棄の形で引き金をひかれて弾が出るのは困るのさ」


「アンタはギャンブラーだ、ポーカーフェイスはお手の物だろうが、あくまでもそれはギャンブラーとしてだけでよかったんだ。なのに俺がセクハラをしていた時、演説をぶっている時のアンタの表情はな」



「とても楽しそうに会話していたんだぜ、そんな女がいるわけないだろう」



「だけど演技は凄かった、さっきの男が勘違いしても責められない程に、魔力ってのはよく言ったものよ、だけどさっきも言ったとおりそんな女はいない、となればどうして楽しそうに会話をしていたのか? ってことで、結論は一つ、下心丸出しの鼻持ちならないエリート相手に恥をかかさせてやりたい、さりとて本気で俺の命を奪おうとは思っていないのなら、結論は一つ」



「無様に振舞うさまを見てやる、そういう「嘲笑」だ、そのためにさっきの保険も含めて最初の一発では出ないようにする、そして二発目以降で出るようにして、種明かしなりすればいいのさ」



「…………」


 ふと、こんな時に自分でもびっくりだったのだが、こんなことを考えてしまった、ネルフォルの魔性か、なんだろう、何となくだけど実際に話した感じのネルフォルのイメージって。


「クォナとそっくりなんだな」


「……え?」


 悪女優らしからぬ本当に驚いた表情で、俺は口を押えてしまった。


 やば、全く、これだから俺はモテないんだろうなぁ、こんな感じで余計な事を云うから駄目なんね。


「そっくりね、そんな風に言われたの初めてだよ、理由を聞いていい?」


「え、えーっと、自分の魅力に悲壮感を持っている所、かなぁ」


「何それ、意味が分からない……」


 と観念したように目を閉じる。


「最初から全て、色々、全部あなたの計算通りだったってことね……」


「計算? あはは、何それ、計算なんて人生で一度もしたことないよ」


「俺はただ好きなだけさ」


「スリルとリスクで神経を削る」


「分の悪い賭けって奴がね」



「また勝てなかった。」



 と片目を閉じたドヤ顔でその場を去るのであった。





「…………」


スタスタ ←歩いている


「…………」


バタン! ←会場の扉を閉める


「…………」


スタスタスタスタスタ!! ←早歩きで向かう


「!」 ←止まる


「フッ」 ←視線の先に片手を上げてイケメン顔で出迎える王子


ウルウル ←涙目


「おぉ~じぃ~!」 ←乙女走り


「おいで! 神楽坂!」←両手を広げて待つ王子


 だきっ!!


「おれ! おれっ! 怖かった! 怖かったよぉ!!」


「分かってる! 分かってるぞ神楽坂! 男が怖がってもいいじゃないか! 逃げてもいいじゃないか!」


「王子、やっぱり、最初は、好きな人と、ムードのある場所で」


「うんうん! そうだよな! お前が正しい!」


 とそんなやり取り。


 そう! 神楽坂こそ色々と理屈をつけてみたものの実は最後の最後でヘタレてしまったのだけなのである!



 というわけで、最後にもう一度だけ、時を巻き戻そう。




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