エピローグ
というわけで始まった卒業式。
政治機関とはいえ、今回の主役は卒業生たちだ。2階の来賓者席にはそれぞれの赴任先の有力者たちがすでに迎えに来ており、着席している。
ちなみに俺達監督生達はというと、同じ来賓客席に座っている。
というのは、例えば王国府に内定が決まった修道院生達の出迎え役はその監督生が担当するからだ。
つまり監督生にとっての最後の仕事は、修道院生達が卒業するまでの間、出迎えの段取りを組むことだ。
「皆さんは、修道院を卒業しそれぞれの場所へと旅立ちます、そこで皆さんはウィズ王国の凄さと、そして愚かさもまた、知ることになるでしょう、両方を知り、それを使える能力が一流の官吏です」
少しだけ皮肉を効かせた、変わらずのモーガルマン教皇の染みわたるような激励の後、修道院の院長が壇上に立つ。
「以上で卒業式を終了とする! 全員赴任先の元へ向かえ! 修道院文官及び武官課程第203期! 解散!!」
「「「「応!!!!」」」」
と全員が、解散する。
その後は、全員が泣いたり、笑ったり、別れを惜しんだり、不安そうな表情を見せたり、少しづつ講堂から人がはけていく。
ちなみにモストとは、最後まで言葉を交わすことは無かった。卒業式が終了後、ぞろぞろと他の監督生達を連れて修道院生達を迎えに行った。
段取りについても同じ王国府の監督生に全て任せていたらしく、その代わり一か月後ぐらいに卒業祝い及び赴任祝いという形で今回の修道院生達を集めてサノラ・ケハト家で社交を開く準備をしていたそうだ。
「…………」
もう、大講堂には人はまばらにしか残っていない。
ちょうど1年前の日、革袋を背負ってウルティミスへ旅立った日を思い出す。あの時は、まさか自分でこんなことになるなんて夢にも思わなかった。
そんな感慨にふけっていて、さて教官室に行かないとなぁと思いながら大講堂を後にした時だった。
「神楽坂先輩!」
と声が聞こえてきて振り向くと、そこにはティラーがいた。
さて、ティラーの進路のついて話さなければならないだろう。
ティラーの最終成績はちょうど真ん中ぐらい、この位置だと赴任先を選ばなければ中央政府機関にも滑り込める位置であったが、結果その選択肢は選ばなかった。
ならティラーは何処に選んだのかだが……。
「ウルリカ王立研究所に配属決定、おめでとう」
そうウルリカの王立研究所へと配属が決まったのだ。
当然修道院の赴任先としては極めて異例だが、実は修道院の赴任先は全ての場所が対象になるという建前がある。だから「認められない理由が無い」と言った形を通したことになる。
強引と思うかもしれないが上手い具合に「辺境都市に赴任した俺という前例」があるからより通りやすくなったのだ、人生何がどう作用するか分からないのが面白い。
もちろんそれだけじゃなくてちゃんとした理由がある。
現在のウルリカ王立研究所は、経済的利益が上がることを重点に研究している。だからピガンの家畜としての研究題材を提案し、結果、ピガンの家畜と商品価値と研究価値が理想的に一致し、研究題材として認められたのだ。
まあ、もちろんゴドック街長に頼んで王立研究所に根回しはしてもらったけど。んでティラーはピガンの研究について成果が認められれば「身分転換試験」を受験し、技術将校としての道を歩むのが今後の目標となった。
「…………」
ティラーは、俺に声をかけただけで、何も言わず、いや、何も言えないのだろう、固まったままずっと俯ている。
全く、しょうがないなと、俺はティラーに話しかける。
「俺がしてあげられるのはここまでだ、頑張んな、ティラー」
俺の言葉にビクッと震えると。
ぽろぽろと涙を流した。
「か、かぐらざか、せんぱい、俺、実は、モスト先輩から、神楽坂先輩を嵌めるために、スパイをやれって、言われて、グスッ、そしてその後は」
俺はティラーに近づくと片手で抱きしめる。
「ふふん♪ 最初からバレバレだったよ♪ 下手だなぁ、お前は」
「ごべんなざい! すびばぜん!」
と泣きじゃくっていると、ここで俺達の前に現れたのは意外な人物だった。
「久しぶりですね、神楽坂中尉」
「ローカナ少尉! 久しぶりです!」
ローカナ・クリエイト。ウルリカ王立研究所のアーキコバの物体解析係の主任研究員、メディと同級生で亜人種であるエルフ、シェヌス大学を卒業した才媛であり、技術将校だ。
アーキコバの物体か、そんな昔の話じゃないのになんか懐かしい、ラベリスク神は元気しているかな。
「ってあれ? ここにいるってことはティラーの迎えにってことですよね、確かアーキコバの物体の解析係にいるのでは?」
「ええ、それと今はもう文官中尉よ、アーキコバの物体の解析功労が認められてね」
「あ、それは失礼しました、昇任おめでとうございます」
「ありがと、ちなみに私がここにいるのはその神聖教団の研究を進めていく上で、食料調達手段に興味深い手法が記されていてね。その技術をピガンを応用できるかもしれないから並行して進めていくことになって、ピガン都市出身であるティラーは私の下で働いてもらうことになったの」
「そうなんですか、分かりました、ローカナ中尉、ティラーは世渡り下手で不器用な奴ですけど、よろしくお願いします」
「大丈夫よ、任せておいてね」
と言いながら、小声で「その子も色々あったみたいだね」と言ってくれた。
その後、ティラーは「ほら! しっかりしなさい!」とローカナ中尉に励まされ、馬車に乗り、俺に何度も何度も頭を下げながら修道院を出発した。
ローカナ中尉なら任せても大丈夫だろう。なんといっても、ラベリスク神を尻に敷いたぐらいのしっかり者のお姉さんなんだから。
さて、俺もやることを終わらせて、迎えに行かないとな。
●
ユニア・サノラ・ケハト・グリーベルト。
文官課程第203期第10位、恩賜勲章を受勲。
注目の人材である彼女は、最終意向調査でウルティミスに希望を書いて担任教官に提出した。
ちなみに俺のような嫌がらせ人事ではなく、恩賜組受勲者が自ら希望して辺境都市を希望するなど前例がなく、ユニアを狙っていた中央政府の有力官庁からは問い合わせがひっきりなしにきて、教官たちも対応に苦慮したそうだ。
挙句に有力官庁の上層部から「お前らが悪い」なんてお叱りを受ける羽目になったのだから、理不尽極まりない。
そこで矢面に立ってくれたのがユサ教官だった。
真摯に希望しているのなら我々教官はそれを全力で叶えてやることだと、上層部に啖呵を切ったそうだ。
そんな事をしたら出世に響くのではないかと心配になったが「これを私の失点したら不利になるのはその上層部だよ」とのこと、うん、普通にカッコいい。
結果無事、人事異動が発令され、ユニアはウルティミス・マルス連合都市の駐在官となったのだ。
そして最後にユサ教官に監督生を離任するにあたって、言われたのがこのセリフだった。
――「神楽坂、お前は面白い奴だったんだな、修道院生の時、気が付いてやれなくて悪かった」
そんなことを言われたものだから、こっちもちょっとウルウルきた、んでその空気のまま始末書を誤魔化せるかと思ったら、そこはしっかりと書かされた、ちっ。
そしてさっきも言ったとおり後輩を出迎えるのは監督生の最後の仕事だ。
俺はユニアに、かつて自分がウルティミスから送られてきた革袋が置いてあった修道院の裏手を待ち合わせ場所に指定して、そこへ向かって歩みを進める。
そして彼女は、壁に寄りかかりながら本を読んで待っていて、俺の姿を見ると本を閉じる。
「早いですね、始末書は勘弁してもらったんですか?」
そんなことを言ってきたユニアに、俺はチッチッチと人差し指を立てる。
「んなわけないだろ、ちゃんと書いてきたよ、4枚しっかりとな」
「早っ! 冗談のつもりだったのに……って日誌1枚描くのに苦労していたのに、なんでそんなに早く?」
「始末書を書けば、今回みたいにその対価として色々と出来たからなぁ、各時間を短くすれば一石二鳥だろ?」
はっはっはと笑う俺にユニアはジト目で見る。
「…………言っておきますけど、厳しくいきますからね」
「え!? その、お手柔らかに!!」
「まったく、じゃあ行きましょう、先輩」
というユニアであったが。
「いや、それについてだが、出発前に少し付き合って欲しいところがある」
「え?」
突然真面目な声に固まるユニアに俺は告げる。
「王城だよ、フォスイット王子を交えて、な」
「…………」
何かを察したのだろう、無言で頷くユニアだった。
――王城・王子の執務室
「久しぶりだな、ユニアよ」
「お久しぶりです、フォスイット王子、ご機嫌麗しゅうございます」
「うむ、まずは修道院卒業おめでとう、そして赴任早々呼びつけてすまなかったな」
「いえ、とんでもありません」
「お前のことは神楽坂から監督生として赴任してから現在に至るまでのウルティミスへの貢献を聞いた。素晴らしいの一言だ、そのうえ恩賜勲章を受勲する能力、ドクトリアムも鼻が高かろう」
「勿体ないお言葉、至極光栄にございます」
とあくまで丁寧に言葉で対応するが、訝し気な視線を向け、王子はそれを知りつつ続ける。
「さて、お前を呼びつけた要件についてだが、まず前段階として、神楽坂がお前の資質や立場、能力、そして何よりも人柄に興味を示していてな、それが今回の件に繋がる」
「…………」
「俺が何を言いたいか分かるか?」
「今年入学する修道院生のために開かれた懇談会、王子は出席されていて、そこに王子の側近の中で何故かいなかった神楽坂先輩、その理由に関わることで呼んだ、でよろしいですか?」
「流石に話が早い」
「まあここまで露骨なら流石に、神楽坂先輩もまた王子の「側近」である、ということですね」
「側近はあくまでも対外的だ」
「え?」
「神楽坂だけじゃない、お前が世話になったセルカも側近ではなく、仲間なんだよ」
「?」
「ユニアよ、つまりお前もまた、俺と神楽坂の仲間にならないかということだ、その誘いの為に来てもらったのが、今回の用件だよ」
「…………」
ユニアに、俺と王子の視線にユニアはどうするかと思ったが。
「光栄です、私でよろしければ是非、願っても無い話です」
とあっさり答えた。
っていいのか、結構重い決断をさせてしまうことになるのだけど。
「あの、ユニア」
「分かってます、軽く決めたわけではありません。そもそも私がウルティミスへ進路を決めたというのは、相当の覚悟を持った決断だったのですから」
「…………」
「そして王子と先輩の関係は一言で語れないような関係であることも何となく理解していました。だから私が赴任し、すぐにここに呼び出されたこと自体が、先輩からしても大きなことであるということも含めて理解しています」
「ユニア……」
「とまあ、そんな色々な理由は付けましたけど」
「へ?」
「面白そうじゃないですか、これが一番の理由です」
面白そう、ユニアが笑顔でこんなことを言うなんてちょっと意外でもあり、そして何となくではあるが、ユニアのこの言葉で思い当たることがあった。
「ユニア、ドクトリアム卿と何を話したとか聞いていいか?」
「流石鋭い、この場なら丁度いいですか。王子、先輩、仲間として迎えてくれるのなら私の方からも確認したいことがあるのですが、その為にはまず、私とお父様と何を話したのかについて話す必要があります」
と言って、ユニアは話し始めた。
――サノラ・ケハト家
原初の貴族の本家は王城を中心に円の形で構えられている。
その中で国家の金庫番を任せられているサノラ・ケハト家、ユニアが到着したとき、使用人達が一列に頭を下げ出迎える。
「お帰りなさいませ、ユニアお嬢様」
その列の一歩前で出迎える彼女は、女性使用人の筆頭である家政婦だ。
貴族の家では原則、男性家族の世話は男性使用人が、女性家族の世話は女性使用人がすることになっている。
「まずは御着替えを」
「結構よ、すぐに出発するから、お父様はいらっしゃる?」
「はい、当主様は現在書斎におられます」
「分かった、すぐに会えるように段取りを組んでちょうだい」
「かしこまりました」
と家政婦は慇懃に頭を下げた。
●
貴族と一口に言っても家によって色々なハウスルールや特色がある。
家族間の仲を一つとってみても、例えばシレーゼ・ディオユシル家は家族間との距離が近い、それは王族の秘書業務という役割上、家族間でも連携が欠かせないためだ。
その中でサノラ・ケハト家の特色は個人主義、家族間の距離は離れている方である。とはいえ別に仲が悪いという訳ではなく、あくまで自分は自分というスタンスだ。
例えばユニア自身も対価の引き換えという形ではあるが修道院の試験間近のモストを手伝ったりもしたし、気に食わないことがあれば兄妹喧嘩もしたりと、家族間は別に無関心という訳ではない。
だがその中で、ユニアははっきり言えば父親が苦手だった。
暴君でありつつも名君と周りは言うが、幼いころからの父親の印象は近づきづらく、怖いという印象しかない。
別に、特段何かをされたという訳ではないが、年を重ねて家族としての会話は何とか出来るようになっても、幼いころのイメージはそう拭えるものではない。
一息ついて、覚悟を決めてノックをすると部屋に入り、お辞儀をする。
「ただいま戻りました、お父様」
という声に父親は視線だけを向ける。
「戻ったか、ユニアよ、修道院で恩賜勲章の受勲が決まったそうだな、モストに続いての功績、よくやった」
「ありがとうございます。ですが私だけの成績では届きませんでした、それもこれも今お世話になっている、神楽坂イザナミ首席監督生の力添えがあっての事です」
「…………」
「お父様、私が今回ここに参じた理由は二つ、まず一つ目は私の進路の報告ついてです、よろしいですか?」
「続けろ」
「私は、ウルティミス・マルス連合都市への赴任を希望しています。ご存じだとは思いますが、連合都市は色々と曰く付きの都市、周りは色々言うでしょうが関係ありません。私の能力を最大限に生かせる活動の場は中央政府ではなくウルティミスにあると判断したからです」
ユニアの言葉にドクトリアムは表情は変わらなかったが。
「別に構わん、お前がそう判断したのなら、好きにするが良い」
「ありがとうございます、それと次に二つ目の理由についてです」
「…………」
「神楽坂イザナミ先輩、私の先輩であり、今回の首席監督生についてですが……」
「お父様、どうして神楽坂イザナミ先輩の後ろ盾をしたのですか?」
ピンと空気が張り詰める。
ユニアにとって、この質問をすること自体がかなりの勇気をもって聞いたことだったが。
「…………」
父親はどう答えるべきか考えている様子だった。
だが考えているというだけでもユニアは衝撃的だった、てっきり「お前にそれを答える必要はない」と返されるのかと思ったからだ。
神楽坂の後ろ盾、家族ですらもよく分かっておらず、触れることはタブーとすら見られているのに。
考えた末、ドクトリアムは口を開く。
「240年に一度の解」
「え?」
「240年に一度の解、アーキコバの物体の解明と称して神楽坂とメディという女医が共同で書き上げた論文のタイトルだ、お前なら読んだのではないか?」
「はい、読みましたが……」
「なんだ、不自然に思わないのか?」
「お、思っていますが、正直、判断材料が少なすぎて何とも……」
「分からないということか?」
「っ!」
父親の鋭い目と冷たい口調に体が硬くなる。
「まさか、アーキコバの物体の解明が、巷で言われているようにメディという女医の功績だと思っているわけじゃないだろう?」
「…………」
ユニアは自分の父が何が言いたいのかわからない。
「神楽坂は、ラベリスク神と接触している」
「な!?」
と思ったらとんでもないことを言い出した。
「お、お父様! ラベリスク神って、そんな馬鹿な! だってラベリスク神は神聖教団が壊滅したとき、そのままアーキコバと一緒に行方知れずになったと!! い、いえ!! アーキコバの遺体は物体の中にあったわけですから!! で、ですけど!!」
「ならお前はどう解釈する? そもそもこの件について神楽坂に直接聞いていないのか?」
「き、聞きました、答えは、その、ま、まぐれだと」
「そうだ、神楽坂は私にも尤もらしい理屈を並べて説明をしたが、その理屈を外せば要は「まぐれ」という意味に他ならない、ユニア、アーキコバの物体の解明は、神楽坂の言うまぐれなのか?」
「い、いえ、まぐれだとは思っていません」
「ならば何故だ? ウルリカ王立研究所の最先端技術をもってしても解明できず、とはいえ放置も出来ないから、扱いも軽かったアーキコバの物体の解明が、何故なされたのだ?」
「そ、それは、その」
「となれば結論は一つだろう?」
「け、けつろん、って、お、お父様! そ、それは!」
「そうだ、ウィズ神とルルト神の橋渡しをしたという「意味」を考えればな、神楽坂は神の傀儡なのか? それとも相棒なのか? どっちだと考える?」
「それ以上はお辞めください!! その理屈は我が国の禁忌に触れます!!!」
「それが後ろ盾になった理由だ、ユニアよ」
「!!!」
「そうだ、我が国において、神に認められた人物というのは偉大なる初代国王以外に「いてはならない」のだよ、その禁忌に触れる人物、それが神楽坂だ」
「っ! っ!」
「そもそも神楽坂については私が後ろ盾になる前から、他の原初の貴族も興味を示していた、クォナのことは知っているだろう?」
ここでユニアはクォナの言葉がフラッシュバックする。
――「私はひょっとして、リクス初代国王は、神に選ばれた者であるかもしれないけど、意外と傑物ではないのかもしれない。むしろ傑物と言うのなら、私や貴方の始祖様の方がよほど傑物だったのかも、なんて思っているの」
そう、まさに自分の父親と一緒のことを言っていたのだと。
「あの嬢もあれでなかなかにやるものだ、だが一番最初に「唾」をつけたのが私だ、愉快じゃないか、そんな人物を「飼う」ことができるのだからな」
ドクトリアムは立ち上がるとユニアに近づき、思わずユニアは後ずさる。
「さてユニアよ、先ほどはウルティミス赴任について好きにしろと言ったが、それを訂正しよう。原初の貴族の現当主として、我が娘でありサノラ・ケハト家直系が神楽坂の傍にいてくれるのは「面白い」ぞ」
ここでドクトリアム卿はユニアの肩に手を置く。
「お前は見込まれたのだ、神楽坂にな」
「…………」
恐ろしいと思ったがここで負けてはいられない。
「ならばお父様、それは今後ウルティミスの為に我が家名を使うことも許可する、と解釈してよろしいですか?」
「構わない、それこそ好きにしろ」
とここで書斎の扉がノックする音がする、ドクトリアムが「入れ」という言葉と共に扉が開き、今度は男性使用人の筆頭、家令が姿を現した。
「歓談中に失礼いたします、当主様」
「例の準備の件か?」
「はい、ぼっちゃま主催のパーティの件について打ち合わせの時間にございます」
「分かった、ユニア、お前もやることがあるのだろう、まずはそれを成すがいい」
と言い残し書斎を後にした。
「……はあ」
と息を吐き、緊張を解く。
ぼっちゃま主催のパーティか。
そういえば去年も監督生と修道院生達を集めて自分の立場構築のために開催していたことを思い出す。
(自分の家のことを考えれば、そういった繋がりはむしろ枷となるのに……)
そうだった、外部にはほとんど知られていないが、父は兄のことは目に入れても痛くないぐらい可愛がっており、甘やかして育ててきたのだ。
そんなだから、兄がああなるんだと内心思ったが、それは当然に口に出せるものではなく、その場を後にした。
●
ここでユニアの話は終わり、ずっと俺は黙って聞いていた。
「なるほど、俺もようやく合点がいった、なんともドクトリアム卿らしい、ってモストに甘いの? それは衝撃的だったというか、甘やかしている姿が全然想像できないんだけど」
「その点については私にとっては普段の光景なので説明のしようがないです、それよりもそっちの方が気になるんですか、飼われているとかの言葉で「らしいなぁ」で終わらせていいんですか? 我が父のことであれですけど」
「まあ気にしてもしょうがないし、実際ドクトリアム卿の後ろ盾は本気で助かったんだよ、だから感謝しているぐらいだ」
「本当に先輩は、ということは、改めて聞きますけどラベリスク神とは」
「それも含めて、今度はお前に色々と話すことがある、今度は俺の話を最後まで聞いてくれよ」
――
俺の説明、つまり異世界転移から今までのことを話した時、ユニアは驚きのあまり言葉を失っていた。
「ルルト神に召喚される形での異世界転移、ドゥシュメシア・イエグアニート家の当主、王の私設部隊があるとは言われていたけど、失われた原初の貴族の格を与えられていたなんて、しかも、ウィズ神が、ルルト神も神楽坂先輩の仲間だなんて、しかもディナレーテ神に、あの、王子」
「なんだ?」
「それは、他の、そう、お父様はどこまで知っているのです?」
「ドクトリアムが知っているのは、ディナレーテ神に選ばれたこと、神楽坂が原初の貴族の当主であること、クォナを含めた仲間が誰であるかだけだ。そしてお前が神楽坂の仲間になったことは、その後当主にのみ俺が直接伝えるが、会話を聞く限りそれは見越しているようだがな」
「…………」
と呆然自失していたのはつかの間で。
「これは予想以上でした、私の目は間違っていなかった、ということですね」
すぐさま元のユニアに戻る。
「先輩、私の普段のスタンスはどうすればいいんです?」
「ユニアには都市運営を任せたいと思っているから、研修中と変わらないように過ごしてくれればいいよ、こっちから何かを制限しようとは考えていない」
「分かりました、ならば早速先輩とルルト神を躾けなおさないといけないですね、そうすれば私も都市運営に専念できますし」
「何を言っているんだよ、それぐらいでお前の手を煩わせることなくやるさ、だから安心してセルカのサポートに専念してくれ(爽)」
「という時の先輩は、限りなく調子のいいことを言ってサボろうとしているのはとっくにバレていますからね(笑顔)」
「ははははは、これは一本取られたわい(ちっ)」
そんな俺のやり取りを「尻に敷かれるって大変だなぁ」と言っていた王子だったが、急に真面目な顔になった。
「神楽坂、ユニアも聞け、大事な話がある、そのドゥシュメシア・イエグアニート家について大事なことだ」
王子の言葉で俺とユニアはすぐに聞く姿勢になり、それを見届けて王子は続ける。
「国家最優秀官吏勲章の件についてだ」
「…………」
ああ、あったな、そんなこと、すっかり忘れていた、でもなんだろう急に。
「まず修道院のユサ・ピヴィダ主任教官より、お前の意向が上がっている。王国府の幹部連は「折角の厚意を無下にした」と激怒したそうで、すぐに推薦撤回願いが提出されたのだが、実は推薦書も含めて両方ともに決済印は押していないのだよ」
「え?」
「神楽坂、国家最優秀官吏勲章、受けてくれないか?」
「…………」
「ずっと考えていたんだ、俺はお前をいつか表舞台に立たせることをな。今回の推薦は、お前の意向を含めて、まさにピッタリだと思ったのだよ」
といって王子は続ける。
ドゥシュメシア・イエグアニート家の当主になり、その仲間が結果を出し続けていることは、原初の貴族の当主の間でも注目を集めているそうだ。
だが、あくまで神楽坂は表上一庶民であることには代わりはなく、立場が高すぎて強すぎる原初の貴族での力添えは極めて限定的になってしまうの欠点がある。
だからこそ、今回の受勲はウィズ王国の表舞台に出るための第一歩として大きなものとなる。
ドクトリアム卿の後ろ盾、王子との繋がり、そして本人が結果を出した、これで箔が付き、非公式ではなく、公式でも協力できる建前が構築できるのだと。
「…………」
だけど本当にいいのだろうかと思う、国家最「優秀」官吏勲章とはすなわち。
「王子、俺は今回首席監督生としての任を受けましたが、こう、はっきり言えば」
「分かっている、モストとやり合ったのは私の耳にも届いているぞ、派手に殴り合ったそうじゃないか」
「は、はい、しかも、その際に王子の威光を」
「それも分かっている、ちなみにモストのことについては心配しなくていいぞ」
「そ、そうなんですか、さ、流石」
「だって、アイツ俺の事苦手だからな」
とニヤニヤしながら言い放つ王子。
「へ? そうなんですか?」
「露骨に俺のことを避けるからな、分かりやすい」
「ああ~」
そうか、王子って要はモスト自身の威光や立場が通用しない相手だから、ストレートに見られるから苦手なのか。
それこそ「劣化コピー」なんて、俺が言えば暴言だけど、王子が言えば「諫め」になるわけだからな、そう考えると王子ってやっぱり凄い。
「だからお前が懸念している政治的な絡みは心配するな、俺も修道院でのお前の動きを見て改めて向いていないと分かったからな、セルカがなんとか出来ない上流は私がなんとかする、どうだ?」
「…………」
それにしても、そんなふうに思っていたのか。
俺が表舞台に立つのか……。
「王子がそこまで言ってくれるんです、断るわけないじゃないですか」
「ありがとう、神楽坂」
「でも大丈夫なんですか? 意向を撤回して承認するとなると王国府の関係とか、王族のメンツとか」
「逆にお前の答えで助かったぐらいだ、前に言ったろ? 浅はかなことをしてくれると思っていたと、繰り返すが最終決定権者は王だ、だから「関係ない」のだからな、ユニア」
「はっ」
「国家最優秀官吏勲章の受勲式は、親父と俺が直に受勲者の場所へ出向くことになる。段取りはお前に一任する」
「分かりました」
「セルカの体調は大丈夫なのか?」
「もう起きて大分元気になってます、ですけどキマナ婦人部長が徹底して休ませるように見張っています」
「ははっ、そうか、ならよかった、ただ受勲式には出席してもらわないとだから、それまではセルカを休ませて、体調を万全にしてくれよ」
「はっ」
ユニアに指示を出す王子であったが、その様子を見てすぐにピンときた。
「王子」
「どうした?」
「何か動きがあったのですね?」
「…………分かるか?」
「分かりますよ、確かにタイミングはいいです、理由も納得できます、ですけど「その動き」の為にも私の受勲が都合がよかった、といったところでしょうか」
「そのとおりだ、とはいえまだ詳細は言えない、我が国のデリケートな部分に触れるところだからな。だが多分その動きが無くなることはない、故に近々お前にある命令を下す、心しておいてくれ」
「分かりました、王子の命のままに」
「ありがとう、それにしても……」
王子は執務室の背もたれにもたれかかると笑顔で告げた。
「楽しみだよ、初めてウルティミスに行くのだからな」
そうか、そういえば、そうだったんだよな。
「はい、是非来てください! とってもいいところですよ!!」
そっか、初めて王子が来るのか、どこに案内しようかな、あ、でも、次期国王という正式な身分で来るから、そこも考えないといけないのか。
それにしても……。
(王子からの勅命か……)
次はどんな面白いことが待ち受けているのだろうと思うと心が躍る自分に笑ってしまう、王子のことだ、綺麗な内容ではないだろうし、終わらせるつもりもないのだろうから。
首席監督生なんて大層な肩書を得て、新たな仲間、ユニアも加わり、更にはピガン都市の契約してより力を増した我が連合都市。
その行く末も含めて、俺は未来のことに考えを巡らせるのであった。
:監督生篇・おしまい:
監督生篇、これにて無事完結しました、ありがとうございました。
今回は、いつもの自分の得意分野ではなく、「名誉ある首席監督生」という最も苦手な肩書と、最も苦手なフィールドである修道院という舞台で足を引っ張られながら悪戦苦闘する神楽坂の話でした。
おまけについては、いつものドタバタコメディがいいと思ったのですが、前回の間章でたくさん書いたので、同じドタバタコメディでも少しだけ趣向を変えてお送ります。
2週間以内には何とかしたいと考えています。