第22話:最後の最後
ここは、ウルティミスのルルト教会脇のセルカの家。
連絡を受けた俺はすぐさま馬車を飛ばしてウルティミスに戻り、セルカの家に真っ先に訪れる。
寝室でずっと寝ているセルカの姿、メディが傍にいて、傍にはヤド商会長とキマナ婦人部長がいた。
「メディ! セルカは!?」
「静かに、寝ていますよ~」
思わず口を押えて、そのままメディに近づく。
「ど、どうなんだ、たた、倒れたって、びょ、びょ、病気とか?」
確かセルカの父は流行り病で急逝したと聞いている、ひょっとして、とここに訪れるまでの間ずっと怖かったことだが。
「いいえ、一言で言えば、過労ですね」
「過労……か」
病気じゃなかったのか、よかったとホッとするが。
「軽い感じだと思わないでください~、体はボロボロです、長期の休みが必要な状態です~」
「…………」
いつもの間延びするようなメディの口調ではあるが、真剣に話していることが分かる。
「だ、大丈夫ってことでいいんだよな?」
「ですから長期の休みが必要な状態です、そうすればよくなりますよ~」
メディによれば、今のセルカはひたすら眠っている状態らしい、つまり疲労が限界まできてプッツリと切れてしまったというだそうだ。
「…………」
ピガンの話はどうなるのだろう。
すぐに思ったことはこれだった。
いや、ピガンの話だけじゃない、ウルティミスの都市運営はどうなるんだろう。
いやいやいや、どうなるって、すぐそばにウルティミスのナンバー2と3が……。
俺が静かに視線を送る意味が分かったのか、ヤドが呟く。
「…………都市運営については、事実上セルカの専権になっている」
「え? せ、専権って、ど、どうして?」
俺の言葉に、ヤドは自虐的に笑う。
「はは、専権ってのはよく言いすぎだ、セルカしかできないから専権にせざるを得ないってところだ」
「い、いや、確かヤド商会長は、かつて有名商家に勤めて、スピード出世で支店の旦那まで勤めたと!」
「それはあくまで商人としてだ、都市運営とは全く別物、俺はセルカから商業部門の役員という役割しか、こなせないんだよ」
途切れ途切れに呟くヤド。
「そ、そうだ、キマナ婦人部長は、縁の下の力持ちで」
「中尉、それは支えるものがあるからこそ発揮される、そもそも」
「私とヤドじゃ、この子の代わりが出来ないんだ、能力的な意味を含めたすべての意味で」
口調は変わらずとも、歯を食いしばって発言するキマナ。
その隣でヤド商会長も震えるような声で出す。
「ああ、キマナの言うとおりだ、そうだよ、誰も、変わりはいなかったんだ、この子が生まれてから、誰1人とも」
涙声で体を震わせていた。
「すまない、ルーイ、いつまでたっても、俺はお前の娘に寄りかかる無能だ」
「…………」
慟哭に近いヤドの言葉に俺も言葉を失う。
「神楽坂中尉!」
キマナが俺に詰め寄ってくる。
「なあ中尉! そんな私たちがセルカの為に出来ることは、本当に何もないんだよ!」
「…………」
「私が言いたいことが分かるだろう、ユニアだ、あの子はセルカが全幅の信頼と信用をしていた相手だ、あの子に頼んでくれよ!」
「そ、それは……」
「情けないことは分かっている! 他力本願なのはわかっている! だけどユニアもここを希望しているから来てくれたんだろう!? アンタの方から声をかけてくれよ!!」
「…………」
目の前の景色が歪む。
そうだ、ユニアがいれば、この問題は解決する。
能力もずば抜けているし、しかもサノラ・ケハト家の直系の威力。
交渉のテーブルに立てば、ありとあらゆる邪魔は入らないだろう。
そもそもユニアが来る以前からセルカの仕事について、誰もフォローが出来ないことは喫緊の課題としてあったのだ。
オンリーワンというのは、言葉の響きがいいだけで組織運営において致命的な弱点となる、何故なら常にその弱点を晒した状態で歩いているようなものだからだ。
セルカ自身もユニアと接して上手にストレスを発散できるようになったみたいだったし、傍から見ればそれこそ仲のいい姉妹のようだった。
そしてセルカは俺に最後まで言わなかったけど、俺だって、その姿を見て、仲間にと、俺は考えていた。
だから、だから。
俺は、眠っているセルカと、懇願するようなウルティミスの幹部2人を見てこう告げた。
「だめ、です、ユニアは、私の大事な後輩です、だから、自分の人生は、自由に、自分で決めさせます」
●
アイツは、才能がある。
俺と違って、国家レベルで通用する才能の持ち主だ。
恩賜組に入れるぐらいの能力の高さ、セルカとタメを張れるぐらいの実務能力。
それは間違いなく能力において「優秀」であるということだ、その凄まじさはミローユ先輩を彷彿とさせる。
だから俺が先輩として出来ることは、高いフィールドで活躍させることだ。
ティラーの件で俺から他の監督生に乗り換えるようにユニアに言ったのは、その想いがあってこそだ。
「ユニアを呼んでくれ、神楽坂が用があると」
俺は、女子寮の受付当番の院生に頼むと壁に寄りかかり待つ。
ここに来たのはユニアにも一応セルカのことを伝えた方がいいだろうと思ったからだ、短い間とはいえセルカのパートナーとして活躍したわけだし、ほら、黙っていたら何か怒られそうだし、怒られるの嫌だし、そもそも別に修道院を卒業して別のところに行ったからとはいえ縁が切れるという訳じゃないし、また何かピンチになったら、色々頼めるかもしれないし、俺もサノラ・ケハト家の繋がりもあるから別に不自然じゃないし。
「なんですか、せんぱ」
最後まで言わせないとばかりに俺はギュッとユニアを抱きしめる。
「頼む! ウルティミスに来てくれ! お前が必要なんだ!」
俺はユニアの両肩を掴んだまま放し、ユニアの目を見る。
「自分の人生は自分で決めてくれと俺は言った、あれは全部取り消す! 正直に言う、俺は無理をしていたんだ! 俺は先輩だからって、お前は後輩だからって、だから俺のせいで迷惑かけては駄目だって、俺の意思でお前を動かしてはならないって、だけど俺は何て小さいことにこだわっていたのか、それがよくわかったんだ! だからもう一度言う、お前がどう考えているかなんてわからない、だけど、そんなのは関係ない! 俺の元へ来てくれ! ユニア! お前じゃなきゃダメなんだ!!」
はあと、一気に話して少し息切れをして、やっとそれを自覚する。
自分でもよくわかんないけど、自覚しつつも言えなかった思いのたけだ。
そんな俺の想いにユニアは。
「…………」
驚いたように俺の目を見るだけで何も言わない。
「あ、と、突然悪い、びっくりするよな、だけど本気なんだ! 俺の気持ちはへぶう!!」
死角から繰り出されたフックが顎にクリーンヒットしてパタッと倒れる俺。
「…………」
その俺の襟首をむんずとつかむユニア。
「…………」
無言でズルズルと引きずられるのであった。
●
その後凄い怒られた、本当に凄い怒られた、殺されると思った。
結局返事についてだが……。
「先輩、私とウルティミスに戻りましょう、それと到着次第、すぐに今までの交渉の資料の用意とヤド商会長とキマナ婦人部長と会える段取りを組んでください、その後は私が何とかします」
「分かった!」
「まずユサ教官の元へ行き、外泊許可をもらってください、卒業まで時間がありません、今回は事情が事情です、余計なことを言わず筋を通した説明をお願いしますよ」
「任せておけ!」
「それが終われば馬車の準備をお願いします、その道中で、ピガンについて先輩から報告を受けますので、情報を整理しておいてください」
「了解!」
「それと、私は、首都から出立までによるところがあるのでその分時間を頂きます、その用事が終わり次第、首都の正門前で待ち合わせとしましょう、申し訳ありませんが、私が来るまで待っていてください、まずは修道院を出ましょう」
「合点承知!」
と俺は敬礼して、早速荷物をまとめて、書類を書いてユサ教官の元へと向かった。
「神楽坂監督生入ります! ユサ教官に用件があり参りました!」
「始末書」
「ええ!!?? 何でです!!??」
「いや、意外だったよ、お前はその手の問題は起こさないと思っていた、とは失礼か? 別に私生活についてとやかくは言わん、だが監督生として、せめて時と場所は選ぶべきだぞ」
「あ、あの、何を言っているのか皆目」
「とぼけるな、お前、ユニアを口説いたのだろう?」
「…………」
「…………」
「へぇ?」
「…………」
「い、いや、全然口説いてなんてないんですけど! なんですかそれ!」
「女子寮の受付で、ユニアを抱きしめて、それはもう情熱的に口説いていたとな、もう修道院中で噂になっている」
「…………」
――「自分の人生は自分で決めてくれと俺は言った、あれは全部取り消す! 正直に言う、俺は無理をしていたんだ! 俺は先輩だからって、お前は後輩だからって、だから俺のせいで迷惑かけては駄目だって、俺の意思でお前を動かしてはならないって、だけど俺は何て小さいことにこだわっていたのか、それがよくわかったんだ! だからもう一度言う、お前がどう考えているかなんてわからない、だけど、そんなのは関係ない! 俺の元へ来てくれ! ユニア! お前じゃなきゃダメなんだ!!」
( ゜д゜) ←神楽坂
「心当たりはあるようだな、始末書は今日中に持ってくるように」
「いい、いや、その、それは違くて、というか、今急ぐというか」
「何に急いでいるんだ?」
「えっと、その」
としどろもどろになった時だった。
「ユニア修道院生入ります!」
とこれ以上ないタイミングでユニアが教官室に入ってきた。
「ユニア! 丁度いいところに! ユサ教官に説明してくれ!」
「…………」
ユニアは、俺と教官の姿を見て何を説明するのか察したのだろう。そのままスタスタとこちらに歩いてくる、流石ユニア、話しが早くて助かる。
「あのさ、ユニアさ、なんか、さっきの俺とのやり取りが口説いたみたいに誤解されているみたいでさ、説明を頼むよ」
俺の言葉に頷くとユニアは、ユサ教官に告げる。
「はい、口説かれました」
「おいいぃぃぃーーーー!! なんかそんな予感してたけど!!!」
「そうか、口説かれたか、まあ恋愛ごとについては自由だ、だが話題に飢えているこの修道院だと院生たちが浮足立つ、だからすぐに終息するさせる必要がある、返事が決まっているのならすぐに答えるがいい」
「ええーーーーーーーー!! そっちに乗るんですか!!??」
「分かりました、先輩」
「な、なんだよ(泣)」
「先輩のことはとってもいい人だと思うんですけど、兄みたいな感じとしか見れません、ごめんなさい」
「うわーん! 分かったよ! あー振られちゃった!」
「そ、そうか、神楽坂、気を落とすな、始末書の件は撤回するから、まあ女は他にいくらでもいるさ、くくっ」
「…………」
そうだ、この人、時々こういう冗談言うんだった。
――ウルティミス
ユニアにはの馬車の中で全てを話した、ティラーのことから出張の内容全てを、都市運営に関わることだから、どうして早く言わないんだと怒られた。そうか、ミローユ先輩はこういうことがあるから、俺に怒ったのかと今更ながらに理解した。
そしてユニアを連れてきたことは、すぐにヤド商会長とキマナ婦人部長に伝わり、こちらが段取りを組むまでもなく飛んできた。ユニアは早速2人に必要な指示を出すと、セルカの執務室に向かい、交渉の記録を一心不乱に読む。
同時並行でマグイン街長にセルカの体調不良による欠席を知らせると同時に交渉再開の段取りを組んできた。
ここまでたった1日、凄まじいスピードだった、指示されたと言いつつ、ほとんどユニアがやったのだが半端ない。
そして交渉の為にピガン都市へ出立する時のことだった。
メンバーは、俺とユニアとヤド商会長とキマナ婦人部長だったのだが、ユニアは少し遅れるとのことで待っていたのだけど。
「お待たせしました」
と言いながら来たユニアの姿に一同が驚く。
それは来ている服、ユニアは、修道院の制服でもなく、修習中の私服でもなかった。
俺も姿を見るのは初めてだったけど、服自体は何度か見たことがある、その服装。
男爵以上の正貴族にのみ許された、紋章が刻まれた貴族服だった。
「ユ、ユニア、その恰好」
「今回の交渉は官吏の立場を超え過ぎてしまっていますからね、とはいえ箔も必要な場面、なら、これしかないでしょう」
「だ、だが、その恰好で行くってことは、サノラ・ケハト家の……」
ここまで言って分かる、確か首都を出発する前に寄るところがあると言っていたが。
「お察しのとおり本家です、お父様と少々話してきました」
「ドクトリアム卿と!?」
とびっくりしてしまったが、親子なんだから不思議でも何でもないんだけど、なんだろう、あんまり想像がつかない。
「ということは、公認ってこと?」
「はい、問題なしとのことです」
「…………」
な、なんか、それはそれで意外、許してくれるんだ。
ここでじっと、ユニアは俺のことを見ていることに気が付いて。
(え?)
思わず声が出そうになった。何故なら今までにないぐらい真剣な表情で俺を見ていたのだ。
どうしたの、と聞く寸前で、踵を返して、馬車に乗り、その理由を聞けないままピガンに出発したのであった。
●
その後のユニアも見事なものだった。向こうもセルカの名代としてユニアが貴族服を着てくることは完全に予想外だったらしく、初手で圧倒した。
この交渉事は3日に及び契約の締結することに成功、結果ウルティミスはまたその勢力を拡大することになった。
ただ俺もユニアの行動に圧倒されて、最初ピンとこなかったけど、ピガンの件についてここまでしてくれるのはセルカの為でもあるけど……。
「なあ、ユニア、貴族服を着てきたのって、箔もそうだけど」
「ま、あの時は私もちょっと感情に走りすぎてしまったので、ティラーの件はこれで色々と解消されるでしょう」
「……ん、そっか、ありがとな」
「なんで先輩がお礼を言うんですか」
「…………」
「…………」
「ユニア、えっと、悪かったな、卒業式間際で、色々したいこともあっただろうに」
「別に、親しい同期もいませんし、暇を持て余すからどうしようかと思っていたので、というより先輩が口説いてきたから、注目されるのも面倒ですし」
「そ、そっか、ごめんね」
「いいえ、もう今更ですし、さて先輩」
「あ、ああ、なんだ?」
「明日はもう修道院に戻りましょう、卒業式に間に合わなくなりますから」
「そうだな、わかった、なあユニア」
「なんです?」
「帰る前に一回ぐらいは自警団に顔を出してくれよ、皆楽しみにしているんだからさ」
「ええ、いいですよ」
「へ!?」
「なんでそんなに驚くんですか」
「い、いや、えっと、来てくれるのなら喜ぶと思うよ、ちょっと、いや大分むさくるしいけど、女がいて楽しいかどうかわからないけどさ」
「期待していません、というよりも先輩の今後のことも考えると、色々と指導した方がいいでしょうし」
「え!? そっち!?」
やばい、変にほだされて余計なことを言ったかも、と思ったがユニアの顔を見るにもう遅いと悟ったのであった。
――首都・卒業式当日
ドドドドドド ←2人で走っている
「先輩が明後日だというから余裕があるか思ったら! 信用するとすぐにこれですよ!」
「ごめんよう! あれー!? 何回も確認したはずなんだけどなぁ!」
「あー、確認しない私がバカでした! 今後は先輩に聞かず全部自分でします!」
「ごめんね!」
と修道院の敷地内に駆け込み、大講堂を目の前にして立ち止まる。
「よし! ユニア! ここは裏口から入るぞ!」
「は!?」
「修道院時代に敷地内を散歩していて発見したんだ! 多分ユサ教官は大講堂の正門で待ち構えていると思うから、しれーっと中に入って「ちょっとお手洗いに行ってました♪」という体で席に座れば問題なし! 講堂内に入ってしまえばこっちのもの! 俺はこれで5回中3回は始末書を免れたのだぜ!」
「そうか、3回も見逃してしまったのか、教官としてそれは失態だな」
「…………」
ギギギと振り向くとそこにはユサ教官が仁王立ちで待ち構えていた。
「あ、あのあの、どうして?」
「お前の考えていることなど手に取るようにわかる。ユニアよ、それにしても、お前の初の遅刻がまさか卒業式とはな」
(いかん!!)
ここはユニアに迷惑をかけるわけにいかない、俺はユサ教官の前に立ちはだかる。
「いいえユサ教官! 悪いのは私なんです! 後輩の責は先輩が負います!!」
「ああ、そのとおりだ、始末書持ってこい、私が見逃した3回も含めた分全部な」
「へ!?」
「なんだ不満か? お前が悪いんだろう?」
「そ、そうなんですけど、あ、あの、今日で最後ですし、晴れの舞台ですし、ねぇ?」
「ねぇ、だあ!!??」
「ひっ! し、失礼しました! へぷう!」
胸ぐらをつかまれてガツンと額を合わせられる、こ、怖い。
「卒業生の遅刻は前代未聞なんだぞ神楽坂よ、その原因が首席監督生とはな! お前は本当に!!」
「神楽坂始末書書きます!! という訳でちょっと失礼しまへぼう!!」
「だから離任式があると言っただろう! その後教官室に来い!!」
「しくしくしくしくしく」
と結局、就任から離任までなんとも締まらなかった今回の首席監督生という大役。
こうして、なんだかんだありつつも、七転八倒しながら何とかその任を果たしたのであった。
いや、やっぱり果たしてないか。
やっぱり、俺って本当に修道院に対しての「てきせい」が無いんだな。
その事実にちょっと凹むのであった、まる。
次回で、監督生篇ラストです。
また2週間以内には何とかしたいと考えています。