第21話:神楽坂の後輩へ伝えたいこと
首席監督生の任務解除の日は、卒業式の日だ。
面倒を見た後輩たちの卒業式に来賓という形で出席して、後輩達を見送ると同時に、全員が元の勤務に戻っていく。
修道院生活での残すイベントは、赴任先の最終意向調査、それが終わり1週間後には、教官から赴任先の内示が決定され、そして卒業式。
あの後、俺は強引に出張という形を取り付けたため、すぐにティラーと2人で修道院に戻った、だからあの話がどうなるのかは分からないまま。
この時期の修道院は尋常じゃないぐらい張りつめている。それはそうだ、自分の人生が決まるのだから。
当時の俺はというと気楽なものだった、ウルティミスへ赴任が決まり、聞けばルルト教徒とのことだったから、ああ、神の力を使ったんだろうなというのが分かったし、辺境都市への赴任という前代未聞の人事には確かに「最下位」ってのは都合がいいよなと思ったものだ。
「ティラー、いいか?」
そんな中、俺はティラーの部屋を訪れる。俺を出迎えたティラーはまだまだ元気はなかったが先日に比べて少しだけ顔色がいい、故郷に帰って色々と両親と話し合ったみたいで、何処かすっきりとした印象だ。
「えっと……」
来訪者の俺を見て何処か戸惑い気味なティラーだったが、俺はそれを気にせず「単純に雑談をしに来たんだよ」と部屋の中に強引に入る。
「…………」
気まずそうに黙っているティラーを安心させるような口調で用件を告げる。
「雑談の内容は俺の思い出話だ、俺の修道院生時代の、世話になった監督生の話をしようと思ってここに来たんだよ」
「え?」
「まあ聞けよ、俺が修道院生になって、後期試験を終えて、監督生としての名簿が公開されて、いよいよ始まろうって時の話だ」
――――1年前、神楽坂の思い出話
優秀。
この言葉の定義は難しい、何故なら何をもって優秀と定義するかが問題だからだ。
学生なら勉強ができるから優秀なのか、社会人なら仕事ができるから優秀なのか、と一律に定義してしまうのは単純すぎる。とはいえ、定義づけできないという結論もまた今度は短絡過ぎる。
それを踏まえて考えてみた結果、俺が修道院という世界を過ごして痛いほど理解したことは、その優秀という意味はそれぞれが所属する狭い世界でしか通用しないということが分かったからだ。
つまり修道院は明晰な頭脳を持つことが前提として別に何を求めているのかという点だ。
これについて考えれば明白、ウィズ王国はその定義づけを明確にしている。
それは分野を問わず人間社会全てで通用する絶対的に必要な人間関係能力だ。
自分の評価は自分ではなく他人が決める。
自分の評価は自分で決めてしまいたい人情をあえて採用しないウィズ王国らしい方策ともいえる。
つまり「他人から優秀」だと評価された人物が優秀だということ、そしてその他人とは「上」が決めるということだ。
それを誰よりも早く理解し、人間関係能力に才能を持ち、上から優秀という評価を得る「道」を見つけて、その道に全てを捧げて、出世街道をまい進する。
つまり監督生というのは、自身の「優秀」という評価を改めて認められたことになったということだ、それがどんな形であってもだ。
そして今回の監督生としての「道」は出世の道を進む大きなチャンスでもあったのだ。
それがモストの存在。
サノラ・ケハト家の次期当主、原初の次期当主との繋がりまでと言わなくても、顔と名前を覚えてもらい、話ができる存在になる、それだけで今後の大きな糧となるのだ。
結果、他人の評価を得ることに人生を捧げている監督生たちの動きは、本来監督し指導する筈のモストの一挙一動全てを目の端に捉え、顔色を窺い、気を使い、モストが中心となって動いていた。
そんな中、俺はというと、輪から1人だけ外れていた。監督生達の動きもモストの動きも分かるし、結果文句も無いし納得もしているけど。
(腐ってんなぁ)
なんて思ったのは事実だった。勝手にやってくれってのが正直なところで、俺には関係ないと思っていた、何故なら自分の行動原理とは真逆だからだ。
俺はやりたくないことはやらない、どうしてもやるんだったら最小労力でやる。その代わり逆に面白そうなことには全力投球する。
そんな精神的には「ガキ」もいいところな発想を本当にやるのが俺だ、だから「大人」の監督生達のことは「腐ってんなぁ」とか偉そうに言えるものじゃない。向こうからすれば俺こそ「腐ってる」と思っていたのだろうし、実際にそれを隠さずに態度に出していたのはモストだったのだから。
んで、そのガキの原理で自分が誰を監督生に選ぶかについての選考基準、「面白いか否か」の一択しかなく、とはいえ監督生制度を考えると面白いことなんて全然期待していなかったが……。
誰が監督生になるか発表された時、すぐさまどんな監督生が噂が流れたのだけど。
「なあ、知ってるか? 今度来る監督生達の中で……」
その噂を聞いて、俺はこの人を選ぼうと決めたのだった。
●
「文官課程第202期神楽坂イザナミ修道院生です! お世話になります! ミローユ・ルール先輩!」
そう、選んだのは当時王国府事務官を勤めていた、ミローユ・ルール文官中尉。
修道院の文官課程を3番で卒業した恩賜組、赴任先の王国府では逸材とまで呼ばれ、同期で一番で文官中尉に昇任、2年で首席監督生に選ばれた新進気鋭の、将来の将官候補の1人。
そんなミローユ先輩は、俺と同じ院生寮の狭い共同部屋を集合場所としてしていたのだが、俺が来たことについて驚いている様子だった。
「びっくり、1人も来ないと思っていたのに」
ときたもんだった。
んで部屋の中に通された後ミローユ先輩はマジマジと俺を見る。
「ふーん、神楽坂イザナミ君ね、へー、ふーん」
とニヤニヤとしながら続ける。
「とんでもない子だって噂になってるよ」
「まあそうでしょうね、否定できる材料もありませんし」
「そういう事を聞かれて、そうやって返すとは噂通りだね、ってことはモスト息と険悪だってのも本当なの?」
「というか向こうが一方的に嫌っているだけですよ」
「何でそこまで険悪になったの?」
「あー、まあ、アイツは能力は飛び抜けているんですよ、だけど気と器が小さいせいで全部が台無しになって勿体ないじゃないですか、だから忠告の意味も込めて「お前の肩書に従っているだけだろう?」って言ったらキレました」
「…………」
俺の言葉にミローユ先輩は目を見開いたと思ったら大爆笑を始めた。
「あーははは!! 神楽坂!! そこはね!! 分かっていてもね、空気を読んで言わないものなのよ!!」
「いや、空気は読んでますよ、だけど周りが甘やかしてばっかりだから、俺ぐらいは厳しいことを言ってもいいかなって思ったんですよ、どうせ修道院でしか一緒にいないし」
「しかって、あのね、修道院で終わりじゃないでしょ、そういう関係はずっと続くの、は~、面白いね、神楽坂さ、ひょっとしてモスト息がどういう家柄か知らないの?」
「あーーー、なんか凄い偉いんですよね? 子爵の跡取り息子でしたっけ?」
俺の言葉にミローユ先輩はこれまた別の意味で驚いて目を見開いた。
「原初の貴族のこともよくわからないか、凄いね、えっと、ウィズ王国語が話せなかったのは?」
「本当ですよ、ユサ教官にしごかれました」
「でも普通に話せているじゃない?」
「まあ、言葉が通じないと本気で生活に支障が出るんで、試験の勉強よりもそっちの勉強をずっとやってました、たった1年でも死ぬ気でやればなんとかなるもんですよね」
「なるほど、なら次の質問ね、どうして私を選んだのか、教えてくれる?」
「面白そうだと思ったからです」
「……本当に空気が読めないんだね、私の噂を知っていて、その噂を面白いって思うなんてさ」
「……ということは本当なんですか?」
「うん、私ね、王国府を辞めるの」
「…………」
「…………」
「先輩、首席監督生でありながら辞めるって、結構なやんちゃな事だと思うんですけど」
「それをアンタが言うなんてね~」
とニヤニヤ笑いながら話し、俺はむむと黙る。
「だから辞める人物と繋がりなんて持ってもしょうがないから1人も来ないと思っていたんだけど……」
とここで言葉を切り「でも1人だけで、それが神楽坂なら、むしろ好都合ね」と、なんだろう、微妙に不穏な事を言っているような気がするが、と思った時に手を差し出す。
「そんなわけでよろしく神楽坂!」
「は、はあ、よろしくお願いします」
とおずおずと手を握り返したのであった。
「というわけで、早速行こうか!」
「へ? どこへ?」
●
「私が辞める理由はシンプル、今の仕事よりもやりたいことがあるから、んでね、それに絡ませて、今回の私の監督生としての活動先はここに決めたの」
と首都の一角にある建物をバンと指さす。
「宿屋、ですか」
「うん、名前は宿屋ルール、まだ小さいけどね、だけど、ここが私の次のフィールドなのよ!」
「はー」
と感心して見上げる。首都の洒落た大通りから一歩外れに入った場所にある建物だ、年季が入っていて、ちょっと古い感じが浪漫をくすぐられる、そんな3階建ての宿屋だった。
「宿屋の仕事は面白いよ、自分がやっていることがダイレクトに返ってくるの、修道院は現場をロクに知らないで上に行ってしまうから、余計にね」
「…………」
確かに、ミローユ先輩の言葉はなるほどと思った。
だけど、それだけでエリートの地位を捨てるものなのだろうか。
確かに日本の所謂キャリア官僚と呼ばれる人達だって辞める人はいる。色々な理由があるんだろうけど、その理由を聞いていいものか迷った。
「納得できない?」
「え!?」
と自分の考えを見透かされたようなミローユ先輩の言葉に我に返る。
「ま、アンタも色々と経験するよ、ここでの宿屋の実習生活は神楽坂にとって、マイナスにならないと思うけどね」
「なるほど、でも先輩」
「なに?」
「色々それらしいこと言ってましたけど「これはタダで使えるいい人材が手に入った」って思ってません?」
「…………」
「…………」
「個室プラス、三食はつけよう」
「先輩」
「なに?」
「帰っていいですか?」
「帰れるものなら帰っていいよ、ここで一ヶ月暮らすか、業務放り出して修道院に帰ったらどっちが面倒か、より考えて結論を出してね、ユサ教官は怖いよ~」
「…………」
「…………」
「お世話になります(泣)」
とそんなわけで俺のミローユ先輩の元での生活が始まった。
●
まさかの宿屋での実習。俺の業務というとまさに雑用だった。
だが雑用と侮るなかれ、確かに責任は伴わないものの、雑用をやらないと全ての仕事が回らなくなるということを嫌というほど学んだ。
ミローユ先輩にこき使われまくって、接客の受付担当はもちろん、最終的には備品の管理責任者までやらされる羽目になったのだ。
「いってらっしゃいませお客様!」
と深々と頭を下げて、客を見送る。着ている服は当然に従業員服、修道院の制服は「そもそもいらない」とのことだったので、初日で部屋で放り出してそのままになっている。
それにしても建物は古いが客が絶えない、凄い繁盛しているから毎日満室で、何カ月先も埋まっているそうだ、その理由については建物の品もあるがなんといっても。
「神楽坂! 休憩入っていいよ!」
「はーい!」
という返事の元ウキウキ気分で休憩スペースに入る。
「あ! お疲れ様です!」
休憩スペースで料理を並べていた、料理人の人に声をかける。
その料理人の人は俺を一瞥すると、料理を並べてそのまま厨房へと戻ってしまった。
ちなみにあの人が宿屋の料理の全てを賄っている筆頭料理人のメトアンさん。あんな感じだけど、人柄がいいのが伝わってくるし、仕事に誇りを持っているのが分かる、その証拠に。
「いただきまーす! うまうま! うまうま!」
そう賄い飯が最高、メトアンさんは、従業員にも客に出す同等の物を振舞うという信念があるそうだ、だからどんなに忙しくても、俺の休憩にあわせる形でああやって料理を作ってくれる。これがもう本当に美味しくて、雰囲気も男らしくて頼りがいがある感じのザ職人って感じの人なのだ。
確かに飯が美味い宿ってあるようでないんだよな。もう一度食べたいと思わせるような料理を出してくれるところって中々ない。
それにしても本当に美味しい飯を前にすると、無我夢中で食べるものなのだなぁと、皿を厨房にもっていき、洗って片付け終わると、再び休憩スペースで深く腰を掛ける。
「はあ、お茶美味しい」
それにしても板についたなぁ。客が「とてもいい宿屋だったよ」と言ってくれるのが嬉しいのがまた。
それにしても異世界転移ってこう、もっと劇的な展開とかあるものじゃないのかね。
例えばもっとこう、神様からチートを得て無双したり、剣を使ったり魔法を使ったり、美少女に囲まれたりしないものかね。
まあ神に選ばれてとまでは良かったが、肝心かなめのチートをくれる神様も「君を選んだのは占いの結果だった」とかで後のフォローは一切なしの適当神。
チートを授けるにも神の力の話を聞くと凄い使い勝手が悪いし、俺自身の魔法の才能もほぼゼロで、日本剣道は、こっちじゃ野良犬剣法扱いだったし。
転移してやったことって日本と同じように詰め込み教育受けて面倒な人間関係に巻き込まれたぐらい。
んで挙句に宿屋の受付やるとは思わなかった。まあ休日は異世界の首都観光に勤しみ古代ロマンに想いを馳せたのは凄い楽しかったけどさ。
でもミローユ先輩は休日もちゃんくれるし、俺も修道院から離れて伸び伸びと羽を伸ばしている、ミローユ先輩は俺の好みを知っていていろいろ気を配ってくれている、人使い荒いけど、そこら辺も上手いよな。
(優秀か……)
ふと、そんな言葉を思い出す。
一か月の付き合いだけどよくわかった、ミローユ先輩は間違いなく優秀だ。それは上からの評価という意味ももちろんだけど「能力」もずば抜けていて、むしろそっちで評価されて今の立場にいるということもよくわかった。
しかし他人の評価ではなくて自分の能力が評価される。そんな人物はいるとは思っていたけど、本当にそんな人物がいるとは思わなかった。
「神楽坂!」
と噂をすればなんとやら、休憩室の出入口からひょっこりとミローユ先輩が顔を出す。
「今日が最後だよね、だから夜飯は2人で食べるよ、面談も兼ねてね!」
●
先輩は、宿屋の仕事をひと段落させと、自室で2人で向かい合わせて食事をとることになった。
「お疲れ神楽坂、アンタの仕事振りは中々だったよ、官吏クビになったなら雇ってあげる」
「そのセリフ、なんかこう、割と洒落にならないような」
「ぷはは、ってさてと、明日には修道院に戻って報告大会の準備だよね、それが終われば最終意向調査なんだけど、聞かせてよ、まずアンタの希望って何処なの? そんな話を全然してこないからさ、まあこっちも忙しくて時間が取れなかったってのもあるかもだけど」
「んー、どうするも何も、実は卒業試験が終わって少し経った後から内々から直に言われているんですよ、ロード院長に」
「……ロード院長に? しかも直接?」
少し声が固くなる先輩。
「神楽坂、その話、私は聞いていないけど」
「内々ですからね、話していいものかと思って、黙った方がいいかなと」
「ユサ教官は知ってるの?」
「……多分、直に確認は取ったことはないですけど、でも先輩」
「分かってる、情報ってのは部内こそ保秘を徹底させないとね、どうこう言うつもりはないよ、それで配属先は?」
「えーっと、ウルティミスってところで、格付けは5等の辺境都市、信奉する神はルルト神で、主体は農業だそうです」
「辺境都市? 修道院生が?」
驚いて目を見開くミローユ先輩は厳しい表情で続ける。
「辺境都市に修道院生を配属させるなんて、しかし教官とか飛び越えてロード院長に目をつけられるなんて、アンタ何したの?」
「それが全然見当がつかないんですよね、モストが絡んでいるんじゃないですか?」
「……その可能性はあるか、ロード院長は教育者というよりも一流の政治屋って感じだし、手段を選ぶタイプじゃないからね、だから敵に回すと本気で厄介だよ、私も勝てる気しないし」
「私も同感です、ですけどこんな露骨な真似をして大丈夫なんですかね」
「私も底が引っ掛かる、どっちかというと政治的采配というよりも、なんか個人的な感情がこもっているような……」
「ああ、そういえば、神学の授業の時に宗教のレポートがあったんですけど、授業で一神教の講義を熱心にしていたんで、ならばと多神教の観点からのレポートを作成したぐらいですかね、点数は0点で「愚か」とだけコメントが付いてました」
「…………」
再び目を見開いて驚いているが、また大爆笑を始めた。
「ぷはは! アンタさ、それは思っていても空気を読んで言わないものよ!!」
「えー、そこで空気って読まないといけないんですか?」
「それはそうよ、ロード院長はガッチガチの保守派で熱心なウィズ教徒でもあるの、知らない?」
「いや、知ってますけど、ですけど視点が一つだけっても狭くなってしまいますし、別の観点からの見方も面白いと思うんですよ」
「そうじゃなくて、自分が信奉している神がいて、それで多神教の話なんてしたらどうなるか、分からなかったの?」
「そこは特に何も」
「本当にアンタは、でも納得したかな、それにしてもウルティミスか、聞いたことないね、それとルルト神だっけ? 確かに異教徒自体は少数派だけど、それも皮肉ってことなのか……」
ここで言葉を切ってミローユ先輩は考えていた。凄く真剣な表情でそれなりに長い時間考えていて、ふとこう呟いた。
「監督生には、面倒を見た後輩に対して、その能力に応じて加点をつけることができる、それは知ってるよね?」
「は、はい」
「はっきり言っていい? 一か月間アンタと付き合っての私の結論はね」
その時のミローユ先輩は、俺の目を見てしっかりと告げた。
「アンタは、最下位の方がいい、だから私は0点をつけようと思っている」
「…………」
「修道院のシステムはよくできている、徹底した能力主義で、修道院に入るために必要なのは学力のみ、そして入った後、順位を決める試験も同様よね」
「…………」
「ユサ教官との面談で言われたの、後期試験が終わった段階でアンタの成績は最下位だってことと、そしてありとあらゆる面で「異質」であること」
「私が加点で満点付ければ最下位ではなくなるけど、貴方にとってそれは「最下位ではなくなるという意味しか持たない」ってこと、それをもって貴方を0点とする、神楽坂」
「はい」
「私のその点数について不満はある?」
「いいえ、妥当だと思います」
「それを本心で言えるところが、貴方の最大の強さよ、だけどその強さは修道院では致命的なの、何故なら修道院生として求められる能力は他人からよく見てもらうという人間関係能力だから」
「…………」
「だけどこのシステムも素晴らしいよね、貴族枠の制度を利用して「1年前までただの庶民が1年後に貴族の側近になる」という成り上がり話が毎年のように実現させている、だからこそ修道院は世界に名を轟かせているの」
「だけど、アンタには「てきせい」がない、いい? 適性じゃない、適正だよ、貴方の強みは修道院では発揮されないということ」
「確かにロード院長にやり方には閉口する、だけどロード院長にとっては見せしめの意味かもしれないけど、貴方にとってはそれがよかったように思う」
「アンタのスタンスはエリートじゃない、だけどエリートって立場が役に立つ時もある、外国人で、そもそもウィズ王国の、いや世界の常識を知らないような人物ならね、だからアンタの加点は0点、どう神楽坂?」
「…………」
今度はこっちがびっくりする番だ、そんな風に思っていたのか。
「先輩」
「なに?」
「今、中央政府の官庁に配属されて、エリートの人生を送る自分の姿を想像してみたんですけど」
「ふんふん」
「使えない、って言われて追い出されました」
「ぷははは! そうだね、私もそれは同意見、現王国府事務官として太鼓判を押してあげる!」
「……笑いすぎですよ」
「ごめんごめん、だけどね、今の私にとっては、今まで関わってきたエリート達より、神楽坂との繋がりが欲しいかな、だからハッキリと言ったのよ」
「え? 俺とですか?」
「そうよ、ねえ見てよ」
ミローユ先輩は自室を見渡す。
「世界に名を轟かせる修道院で恩賜組を受勲して、一番人気の官庁である王国府に配属されて、同期で一番で昇任して、首席監督生として選ばれたのに、結局私自身を面白いとか言って興味を持ってくれたのは貴方1人しかいなかったのよ」
「…………」
「当たり前だけど、これが現実なのよ、国家の中枢に関われるといえば聞こえはいいけど、その中にあるのは殺伐とした人間関係だけだった。そこで出世して、その先に何があるのか、まあ、我に返ってしまったんだと思うの」
「あ、別に上を目指すのはいいことだと思うし、修道院に入り官吏として過ごしたことも財産になったことは間違いない。だからこそ私は首席監督生として、本来監督する筈の修道院生のモストの配下になるということについて、否定はしないのよ」
と晴れやかな表情の、いや吹っ切れた様子はとても印象的で、ミローユ先輩は俺へ低評価をつるけど、俺自身を低評価をしていない、ということだけは分かった。
となれば俺の返す言葉は一つだ。
「分かりました、修道院最下位、喜んで受けます」
「ふふん、よくぞ言った、ってなわけで~」
ここで悪戯っぽい笑みを浮かべて俺に話しかける。
「報告大会なんだけどね。だったら最後に派手にぶちかましたいの」
「具体的には?」
ここでゴニョゴニョと耳打ちをする。
「……先輩、マジすか」
「嬉しそうな顔をするね~、アンタ好きでしょ、空気を壊したくなるこの感じ?」
「はい、大好きです、分かりました! 先輩の最後の花道! 私が飾りましょう!」
●
美味しい目玉焼きの作り方。
俺が報告大会で発表したのはこれだ。
題名を発表した瞬間に場が凍り付いたのは言うまでもない。
ここで内容までふざけてしまうとつまらないからという理由で、メトアンさんに徹底的に頼んでしごいてもらった。
こんなことに付き合ってくれるのかと不安になったが、意外とノリよく、それでいて真剣に教えてくれて、これもまた勉強になった。
そのために、本当なら監督生と一緒に修道院に詰めるはずが、帰院報告だけ終わらせると、そのまま宿屋に戻り外泊許可を取り論文を書いたのだ。
美味しい目玉焼きの作り方を真剣に発表する。
このシュールな光景は、文字通り派手にぶちかましたことになり、ミローユ先輩には高評価だったが当然に教官室に呼びだれることになった。
●
「神楽坂」
「はい」
「何か言うことはあるか?」
「ありません」
「じゃあ始末書」
「ここに」
「早いじゃないか」
「論文のついでに書いてきました」
「そうか、全く反省の色が無いな」
「む! 教官! 反省といいますけど! でも実際に目玉焼き一つにしても凄い難しいんですよ! 宿屋の料理人の人に凄いしごかれたんですよ! 俺目玉焼き舐めてました!」
「そうか、なら今度私に作ってくれ」
「いいですよ~、教官、目玉焼きに必要なのは当然卵なんですけど、高ければいいという訳ではなく、量販店でも見極め方法があってですね!」
「そうか、それは機会があれば聞く、宿屋の生活はどうだった?」
「楽しかったです、自分の仕事がダイレクトに伝わるのは中々に得難いものですよね」
「そうか、それは本当に良かったな」
「はい!」
「…………」
「教官?」
「ミローユとは上手くやってたのか?」
「はあ、そうですね、そういえば修道院生ってことを全く意識しなくていいから、楽しかったですよ」
「……そうか、その表情を見るに、神楽坂、ひょっとしてだが」
「お前、ミローユのお前に対しての加点を0点にしたって知っているのか?」
「知っていますよ」
「…………ミローユから0点にした理由も聞いたか?」
「はい、多分教官が知っている内容と一緒だと思いますけど」
「…………」
ここで何も答えず目を閉じて何かを考えるユサ教官。
「神楽坂、前言を撤回する、始末書は必要ない」
「え!?」
こんなこと初めてだった、今まで色々な事で10枚以上書いていたのに、だったら書いてこなければよかったと、まあ怒られるから言わないけど。
「だったら書いてこなければよかったと思ったな?」
「ぎくっ! そそそそんなことありません!」
「……まあいい、その代わり一つ聞かせろ、お前への赴任地は先んじてウルティミスに決まった、その件についてだ、お前の感想を正直に言え」
「感想ですか……」
たぶんルルトの力が作用していると思うんだけど……。
「むしろ、ありがたいですよ、中央政府になんて行ったら、楽しくないですもの」
「……そうか、以上だ、となればお前は後は卒業だけだな、なら、適当な時間を作って挨拶をしておけ」
「え?」
「ミローユは本日付で退職が受理されて正式に辞令が降りた、もう一般人だよ」
――現在
「結局そのままだよ、可愛い後輩の卒業式にも顔を出さず、ひどい先輩だろ? だけど不思議と付き合いは続いていてな、うちのセクの修道院受験の際にも随分世話になったんだよ」
とここで思い出話を終える。
「それを、どうして自分に?」
「さあな、なんでか話したくなったんだよ、ただ、ミローユ先輩は凄い幸せに見えるってことと、俺だって将来どうなるか分からないってこと、狭い見方で決めてしまうのはもったいないってことだ」
「…………」
「それと、ティラー」
「は、はい」
「お前が出した結論を俺は応援する、お前の為に出来ることをする、これは嘘じゃないよ」
「せ、先輩」
「それと、セルカによれば、ピガンの話、いい方向にまとまりだしているそうだ、以上だ、これからのことをゆっくりと考えな」
とここで立ち上がって寮を後にした。
何となくではあるが、ティラーはその結論を出しかけているような気がする。
さて、これで出来ることはすべてやったのかと思って自室に戻り……。
届いた郵便でセルカが倒れたことを知った。
次回もまた2週間以内になんとかできればと思います!