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第20話:神楽坂の出張日記・後篇



 都市の格付けが一番下である5等、通称辺境都市。


 その辺境都市においても格付けがある。


 それは人が暮らしていくためにどうしても必要なものである金、それを自分達で賄うか賄えないかで決まる。


 現実、5等都市のほとんどが補助金を得て成り立っている。その内情は考慮されない、補助金を受け取るというのは何もしないで国から食わせてもらっていると見られるのだ。だから当然に発言力はないし、見下される。


(かつてのウルティミスと同じ……)


 その立場から脱却するために、努力している都市もあり、国家も支援するための施策を実施しているが、それがあったとしても容易ではない。


 それはピガン都市も例外ではないという事だ。


「まったくふざけているにも程がある!」


 と会議室の机をバンと叩きながら街長が怒鳴るところで幹部会議はスタートした。


 街長は、そのまま資料を投げるようにすると、幹部の人たちが読む。


 そこを後ろからのぞき見すると、要はピガンと契約内容だったが。


(これは凄いな)


 と思うものだった。色々書いてあるが、つまりピガンにまつわる権利を全てウィアン商会が買い取り、ピガンの世話だけを都市民に押し付け利益を取られると言った内容、しかも損は都市が被る形式だ。



「舐められている証拠じゃないか!」

「直系の便宜を得ているか知らないが!」

「ウィアン商会め! 付け上がるにも程があるだろう!」



 と口々に罵る。


 ウィアン商会、あそこのトップは、レギオン商会の商会長であるウィアン・ゼラティストか、剛腕だと聞いていたが……。


 多分この一方的な隷属と言ってもいい契約内容を突きつけるということは多分。


「だが、街長、このウィアン商会が提示した買い取り金額は……」


 幹部の1人が苦々しく呟き全員が沈痛な面持ちで黙る。


「財務調査をされているという事だな」


 そう、とはいえ財務調査は基本中の基本だからいいのだが、問題なのはそれを隠すことのない露骨な宣言にも等しい契約を提示した向こうの意図だ。


「だが、結局、借金をどうにかしなければ……」


「…………」


 全員が黙る。


 ちなみに国からの補助金に返還義務はない。補助金は、それぞれの都市能力値を基に算出されるが、まあ食うには困らない程に補助される。


 だがそのままでは永遠に辺境都市から脱却できない。


 でも先立つものが無ければ何もできない、よくある話。


 そして先ほど述べたとおり、王国は辺境都市に対しての成り上がるための施策が設けられており、その目玉として王国から借金ができるのだ。


 事業を計画し、それを国に提出し、認められれば金を借りて事業を始めることができる、しかも無期限無利息な上に返済できなくても、ペナルティはないという借金という概念からはありえない好条件。


 その事業で利益を上げて、元本を返し、利益で自分で自分を賄うことができるようになれば、辺境都市と言えど一目置かれるようになる。


 同じ立場であったウルティミスはマルスを乗っ取る形で格付けを上げ、マルスの利益を元に事業を展開していたが、これは何度も述べているが例外的と言っていい。本来ならこの道が王道だ。


 だが借金である以上返せない場合、事業失敗とみなされ、今後の何をしたくても、今の借金を返せない限り出来ない。


 つまりチャンスは一度だけ、という意味だ、借金を返せなくても立場は変わらないのだからノーリスクで一度だけ与えるというのは確かに破格だ。


 だがその好条件のチャンスを、借金の額で買い叩かれる程にピガンの売り上げは良くないという意味だ。


 いい物が売れるとは限らないのはこれもまたよくある話。商品が問題ないのなら必要なのは売り方、だがその為のパイプが無い。


「なあ、他の商会からの話は来ていないのか?」


 という幹部の言葉に街長は力なく首を振る。


「いいや、来ていない、原初の貴族の直系から便宜を得ている人物からの商談だぞ、横槍を入れられるわけがない」


 という言葉に当然。


「……ウィアン商会の方が上手に売ってくれるんじゃないか?」

「借金は返せるわけだろう、またやり直せるってことだ」

「確かに、ウィアン商会だって、商品価値を認めてるってことだろう」


 こういった方向に流れてくる、よくない方向に流れていると思ったのだろう、街長が立ち上がる。


「駄目だ! ピガンで財を成す! そして今の立場から脱却する! それが悲願だろう!」


「だけど、このままだと赤字が増大し続けて、いずれ……だからウィアン商会もこんな強気な提案をしてきているんじゃないか」


「まだ結論を出すには早い! 何とか糊口を凌いでいる状態だが、それでも我々には希望があるじゃないか!」


 ここで何のことを指すのかわかるのだろう、全員がある人物に視線が集まる。



「シナニマさん! アンタのところの息子の評判を聞いた! ウィアン商会じゃないが原初の貴族サノラ・ケハト家の次期当主に目をかけてもらっているって話じゃないか!」



 そう、ピガン都市で、狩猟部隊の隊長をしているシナニマにだ。


「…………」


 だがそう言われているシナニマの表情は晴れない。


「ティラーは都市始まって以来の天才だからな!」

「国家最難関の文官課程の合格者!」

「今はその次期当主の監督生の下で修習をしているんだろ!? 直系なんて目じゃない!」

「経済府に入ればそのパイプが確保できる! 一流の商家との対等なパイプが! なあユダクトさん!?」


 と周りは持て囃すが。


「……まあ、俺にとっては自慢の息子だ、ただ俺にはよくわからない、アイツと違って俺には学はないし、エリートなんて別世界だからな」


 とだけで何処か素っ気ない。


 他の幹部も何となく口は出せないまま、結局、ウィアン商会の話は回答期限が無いということで保留となり、幕を閉じた。





 その日の夜、ユダクト家。


「そういえば、ここに来る途中にいくつか部屋にがありましたけど、2人で暮らしているんですか?」


 とハイリさんに話題を振ってみる。


「ああ、息子が1人いてね、私たちは最初子宝には恵まれなかったから遅くに授かったんだけど、その代わりとびっきり優秀な子が生まれてね!」


「ということはシェヌス大学とか?」


「なんと修道院の文官課程に合格して頑張っているの!」


「修道院の文官課程ですか! 世界最難関の一つ! 凄いじゃないですか!」


「この間も休みを利用して帰ってきたんだけどね、でも周りも天才ばっかりだから、順位がなかなか伸びないって言ってたんだけどさ、だけどね、サノラ・ケハト家は知っているだろ?」


「知ってますよ、原初の貴族の一門ですね」


「そこの次期当主に目をかけてもらっているんだって! 経済府に入れば口をきいてくれるんだって!」


「そうなんですか! なんか、別世界のような話ですね!」


 とここまで話した時に、ハイリさんは、さっきまでの口調が無理をしていたかのように沈み込む。


「だけど心配なんだよ、あの子はそんな器用なことができる子じゃないのよ、だから変だなって思うの、何が変なのかは分からないけど」


「…………」


「修道院は確かに凄いところだよ、田舎の一庶民が1年後に貴族の側近になる、そんな夢物語が毎年実現する。修道院を起点として立身出世を成し遂げた人は多くて、身分を問わず優秀な人材を取り立てる王国の施策としては、こんな田舎のおばさんでも凄いなって思う」


「だけどね、息子が修道院に入ったことで、その親御さんやら関係者の会合みたいなのもあってね、そこにも出席してるんだけど……」


 ここで苦々しい表情をして言葉を切る。


「凄いドロドロとした人間関係の巣窟だと聞いたことがあります」


「そうなんだよ! 上昇志向と言えば聞こえはいいけどさ! 人間関係の荒海みたいなところで足の引っ張り合いは当たり前! 気が休まる暇が無くて! 私なんて辺境都市の出身だから、有力者の保護者たちの手下扱いなのよ!」


「なるほど、適応できずに潰れる人も多いとかも聞きました」


「そう、それが、心配なんだよね……」


「…………」


「あの子は小さいころから、本が好きな子で、本当はシェヌス大学に入って、学者の道に進みたかったんだけどね、ほら、ここは辺境都市だろ、周りの期待があってさ、私も旦那も、まああの子の希望について後押しできなかったのも、あるんだけどね」


「ハイリさん、ピガンは凄い美味いし、これだけ美味しいのなら無理して修道院に入らなくてもって思うんですけど」


「そんなに甘くないのよ、私たちの事業が、ちょっと厄介なところに目をつけられててさ」


「その口ぶりだと、政治的に影響力があるとか?」


「よくわかるね、そう、そんなとこ」


「……本当に心配なんですね」


「当たり前だよ! 親は誰でもそうなの!」


「そんなものですか」


「って、ごめんね食事中に、さあピガンの肉だよ! 最後の日の最高級の雌の肉! たーんと食べておくれ!」


「はい、いただきまーす!」


 と食べてみる。



 その最高級の出産前のメスの肉は、肉の概念を覆す程おいしくて、無我夢中で食べた。



 そしてこの時点で俺は、当然にティラーを何かあれば躊躇なく切られるという「トカゲの尻尾きり」が成り立つ一方的な隷属関係だということを理解した。



 モストは本当にそういう関係の構築手法は凄いとしか言いようがない。


 原初の貴族は自分の強すぎる意向と影響力を知っているからこそ、リスクは余程のことが無い限り取らない。だから徹底して陰に徹するのだ。


 だからここで一番気を付けるのは、モストが立場を振りかざす時だ、これが本気で厄介な点で、下手をするとウィアン商会に加えてさらに厄介な敵が増えることになりかねない。


 そもそも俺みたいな一介の文官風情に目をかけてくれる王子やクォナの方が圧倒的少数だし、例外的存在だと言っていい。


 だから一応ティラーのスパイの任を完遂させるために骨を折るつもりだが、いかんせん俺ではやれることに限度がある。


 なれば、俺が先輩として出来ることは、頼りになる仲間に相談することだ。


 と流石にそれだけと締まらないので、俺の修道院時代の唯一のツテを使ってみるしかない。


 と思い、その日は眠りにつき、出張を終えた。


 まあ、この保険を使うような事態にならなければいいと思ったが、結局、俺の懸念は最悪の形で実現することになってしまった。



――ピガン都市



 神楽坂とモストが揉めたその日の夜に、既に動きがあった。


 それはピガン都市の街長にとある速達で届いた封書。街長は差出人の名前と内容を見て凍り付き、すぐさまピガンの幹部達が緊急招集をかけた。



「みんな、落ち着いて聞いて欲しい、例のウィアン商会が、我々の取引から手を引くという封書が届いた」



 あまりに急の事態に事情がよく呑み込めない他の幹部達。


「な、なんでだ? 急に」


「分からない、だが……」


 街長は、シナニマを見る。


「シナニマさん、どうなってんだ、あんたは、何が聞いてないか?」


 街長の言葉に全員に注目が集まるが、力なく首を振る。


「……すまない、俺は何も聞いていない、聞いていないが、ウィアン商会が手の引いたってのなら多分……」


「多分?」



「ティラーは、失敗したんだろう」



 という「父親」の言葉に幹部一同が黙る。


「し、失敗って……」


「サノラ・ケハト家だったか、多分次期当主と悪い意味で何かがあって、口をきいてもらえなくなった、ウィアン商会が手を引くぐらいだ、ウチらと取引をするのは、奴自身が便宜を得ているから関係が悪くなると思ったんだろう」


 全員が絶句するが別の幹部が立ち上がる。


「な、なら街長! 手を引くってのなら、別の場所と交渉ができるようになったってことじゃ!」


 という言葉に街長は首を振る。


「便宜を得ている商会が手を引くってことは、同じ理由で自分たちを相手にはできないってことだ」


「そ、そんな、シナニマさん!」


 非難の視線がシナニマに集まり、彼は立ち上がると頭を下げる。


「すまない、子の不始末は親の不始末だ、だからこそ言わせてくれないか?」


「え?」


「あの子は、元から修道院なんて向いていない、それは本人だって分かっていた、だけどこのピガンの為に、必死であがいて努力しての結果だと」


「…………」


 そう言われては何も言えない。


「なら街長、つまり、ピガンの畜産業は失敗ってことで、俺達は、これからどうなるんだ」


「…………」


 現在ピガンの赤字を補助金で補填するという自転車操業状態、そして赤字が増え続ければどうなるのかは語るまでもない。


 つまり都市の結末が決まった、このまま全員が食べることも出来なくなる。



「都市消滅……」



 誰かの言葉で緊張感が走る。


 ここでいう都市消滅とは、王国に登録されている都市を抹消手続きを行う、ということだ。つまり全ての財産は王国の財産となるという意味。つまりピガン都市は、都市格付けでは5等さらに格下である、格付け外へと落ちるということ。


「なあ、街長、確かに、ピガンは成り上がる手段だったかもしれないが、命を頂いて他の命を活かし味で心まで満たす、そんな畜産業に俺は誇りを持っていたやっていたんだよ」


「俺だってそうだ! この傷を見てみろ! ピガンのオスに突き飛ばされた時に出来た傷! 生死の境を彷徨ったんだ!」


「ピガンが多産だって情報を見つけたのは俺だ! 最強の草食動物の筈なのに多産ってことは、かつてピガンにも天敵がいたってことで! これが追い風になって! 個体数も順調に増えて!」


「…………」


「街長、なんとか、言ってくれ……」


「私はこれから首都に向かい、都市消滅の手続きをしてくる」


「「「街長!!」」」


「以上だ、今日はもう夜遅い、頭を冷やして」


 と言いかけた時だった、ピガンの自警団員の若い男が勢い込んで入ってくる。


「街長! 大変だ!」


「なんだ、こんな夜に」


「客、客が来たんだ!」


「客? なんなんだ、誰なんだ?」


「そ、それが、まさか」





 幹部全員が息せき切って都市の出入口に到達する。


 そこには遠巻きに見る4人の集団。


 幹部達が自警団員をかき分けてその4人を見る。


「ティラー!!」


 いの一番に叫んだのは父親のシナニマだ、いてもたってもいられなかったようですぐに駆け寄る。


「お、おまえ、どうしたんだ、今はまだ」


「…………」


 ここで堪え切れなくなったんだろう、ぽろぽろと涙を流す。


「ごめん、とうさん、みんな、ごめん、ごめん、おれ、しっぱいした」


 小さくなったティラーを抱きしめる。


「いいんだ! 俺も悪かった! お前には向いていないことを分かっていながら何もできなかった!」


 シナニマは、ティラーを抱きしめる傍ら、俺に視線をやる。


「あ、アンタは?」


「突然の訪問失礼します、私はウルティミス・マルス連合都市駐在官兼方面本部辺境都市議会議長である神楽坂イザナミ文官中尉、現在文官課程203期の首席監督生を勤めており、そこにいる修道院生であるティラー・ユダクトは、私の後輩です」


「しゅ、首席監督生って、って待ってくれ、ティラーの先輩? ティラー、お前はサノラ・ケハト家の次期当主と関係があって」


「詳しい説明は後程、それよりも今はとにかくティラーをよろしく頼みたいのですよ」


「え?」


「修道院の毒気にあてられてしまって、心が疲弊しきっています。そのケアは私には出来ませんから」


「…………」


 何も言わないが、俺からはこれ以上何も言うことはないし、立ち入っていい場面でもない。


 それにこの場面での主役は俺じゃない、だからその主役に譲ることとする。


 その主役を見て街長はこう呟く。


「まさか、貴方がここに来るとは、ウルティミス・マルス連合都市、セルカ・コントラスト街長、そして王国商会幹部商人、ヤド・ナタム」


「お久しぶりですね、ピガン都市、マグイン・ホバー街長、私たちがここにいる理由について説明は必要ないかと思います」


 という街長の反応と同じくして。


「白々しい! 我々のことも乗っ取るつもりなんだろう!」


 という声は、街長の隣の幹部だ。


「おい!」


 と諫める街長の言葉だったが。


「いいですよ、続けてください」


 というセルカの言葉にその声を上げた本人がびっくりする。


「マグイン街長、私どもの連合都市の噂で様々なものがあると思いますが、まずそちらの方がおっしゃったとおり、乗っ取りで統合を果たしたことは事実です。当時資金難にあえいでいた我がウルティミスにとって、マルスの遊廓におけるのは資金源は、是非とも欲しい物でした」


「その折、当時仕切っていたロッソファミリーが内部分裂状態であったため、その隙をつき、違法薬物エテルムの証拠をつかみ、憲兵に情報を流して壊滅させ、その隙に乗っ取ったのですよ」


「と、こんな具合に我が連合都市の噂について答えられないものもありますが、答えられるものは今のように答えましょう、信じる信じないは自由ですが」


「…………」


 当然言えるわけがない、幹部は黙っている。


 流石セルカ、こういった政治的な交渉事は本当に惚れ惚れする程だ。


「いや、非礼を詫びさせてください、セルカ街長」


 この言葉はマグイン街長、彼は頭を下げて、しっかりとセルカを見据える。


「確かに連合都市の噂は色々入ってきています。それでも「私と一緒の立場だった時」から、貴方の能力が突出したものがあることは分かっていましたよ」


「そんな貴方が我が畜産業に興味を持っていただいているとのこと、その為にティラーが尽力したこと。それに応えてくれた、セルカ街長、ヤド商会長、そして神楽坂文官中尉、本当にありがとうございます」



「そして我がピガン都市の誇りである畜産業、貴方の目で価値があるかどうか、見極めてください、その為なら、私は街長として出来ることを全てしますよ」



 下手に出つつもしっかりと「啖呵を切った」街長に、セルカは満足げに微笑んだ。




次回は、1週間か2週間以内にはなんとか投稿したいと思います。

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