第13話:試練
あの後、聴聞はいったん終了し、ルルトの拘束は解除、セルカ司祭とヤド商会長は外に出された。
これは長期間の拘束も覚悟しなければと思ったが、すぐにロード大司教からウルティミスから出ないことという誓約書をかかされて釈放された。
露骨すぎる泳がせ方、しかも監視もついている様子はない。
「過度な拘束は人権侵害にあたる、まだ容疑の段階だからな、それにお前は私の教え子だからな、特別に便宜を図ったよ」
何が教え子だ、全部仕組んだくせに……。
ここで逃げて姿をくらます下策は打たないだろうということか、これを破れば俺が悪いというイメージの底上げになるもし、ガチで邪教入信で拘束されるかもしれない。
「神楽坂少尉!」
小城を出たところで、外で待っていたセルカ司祭がルルトと共に駆け寄ってきた。
「解放されたのですね、良かった」
「ご心配おかけしました、セルカ司祭、ってルルト、頬腫れてる、大丈夫か?」
「いやぁ、僕もあの首席殿に不興を買ってしまってね、君もどうやら一緒のようだね」
モストに殴られた頬を指さしながら笑るルルト。
「……あの野郎は、セルカ司祭、街はどういう様子ですか?」
「…………」
セルカ司祭は苦い顔をして答えない。その顔を見て状況は分かってしまった。
「正直、神楽坂少尉を疑っている住民も多いです、まったく邪教入信なんて馬鹿げているのに、もし本当なら王立修道院の事前調査で見抜けなかったとなるから、こんなに大っぴらにするはずがない、それすらもわからない、我が住民に怒りを覚えます」
「セルカ司祭、理解が早くて助かりますが、王国軍の一連隊が出張るとなると、疑わない方がおかしいですよ」
「……神楽坂少尉、どうして向こうは邪教入信なんて嫌疑をかけてきたんです?」
「ここでのポイントはルルト教を攻撃するのではなく、あくまで俺たち2人が邪神入信の疑いをかけたため今のような事態を生み出したと思わせるように仕向けたことです。だから俺たちが開放されたのもその一環、監視もなし、一日一回の口頭報告のみ、つまり何かあれば全て俺の責任ってことです、俺が逃げないこと見越してね」
「汚い……」
「だが手際は見事だぜ、相当にプレッシャーを与えて、結果ウルティミスの住民たちに疑心暗鬼を引き起こし、結果俺とフィリアは孤立状態にもっていかせるつもりさ」
「そうではなく! 邪教入信が真実ではなかったとしても疑われたという事で神楽坂少尉の名誉が傷つけられた! 教え子の将来を閉ざすような真似をよくもできたものです!」
怒鳴ったので驚いてしまった。
セルカ司祭も感情的になっていたのだと思ったのだろう。すぐに「失礼しました」と冷静さを取り戻した。
その時に高等学院に恩師がおり、進路を悩んでいた自分の背中を後押ししてくれたと少しだけ話してくれた。なるほど、先生としての行動が許せないわけか。街長としての自信に溢れた指揮を見ていると頷ける。
といかんいかん、今は話を進めないと。
「セルカ司祭に向こうから何か接触はしてきていますか?」
「モストという文官少尉が挨拶に来ました。神楽坂少尉の邪教入信容疑による身柄拘束と状況が解決するまでの王国軍の包囲を伝えてきましたよ」
「…………」
「近場で訓練していた一連隊をそのまま使ったそうです、神楽坂少尉、今後ひょっとして、武力行使もありえるんですか?」
「いや、それはありえない、王国軍を動かすにしても、こっちは謀反の意思なんてないし、向こうもそれは分かっているようだし、難癖つけての武力を用いての排除なんて、普通に反感を買うどころの騒ぎじゃないからね」
「なるほど、神楽坂少尉、近くで一連隊の訓練していたのは「たまたま」なんですか?」
そのまま俺をじっと見つめるセルカ街長、俺が長期にいなかった理由とたまたま近くにいた一連隊の出来事の関連性に感づいている。
俺の邪教入信なんて、そもそも大司教自身が信じていないということは、王国軍を出すこと自体が目的だったと考えていい。
どうするか、セルカ街長は頭のいい人だ、ならば。
「セルカ司祭、極秘にお話したいことがあります、教会へいいですか?」
●
「教皇選抜とは……」
さすがに予想外だったのだろう驚いた様子のセルカ街長。
「早すぎる、今の教皇は宗教を越えて支持を集める方なのです。歴代最長の任期になるのではないかと言われていたのに、ウィズ神は何を考えておられるのか」
「私が長期に席を外していたのは、教皇選抜の調査のためです。だからさっきの答えについてはたまたまじゃない、関係はある」
「どう、ありますか?」
「すまない、分からない」
「なら質問を変えます、いずれ分かりますか?」
「……意地悪だなぁ」
「これでも街長ですから」
「んー、見当はつく程度には、ですかね」
「十分です、神楽坂少尉、まずは方針を決めましょう、既にヤド商会長には幹部たちを集めるようにお願いしています」
そうやって笑顔で何も聞かないことでプレッシャーをかけるセルカ街長だった。
●
「こんなものは異教徒への弾圧に他ならない!!」
幹部会が始まり、セルカ司祭が向こうの要求を述べた時に開口一番出たのがこの言葉、その後に続く喧々諤々の論争、それはどれも最初の言葉に倣うものばかりだった。
セルカ司祭もまずは吐き出させるだけ吐き出させるつもりのようで、まずは静観を決め込んでいる。
「なあ、神楽坂少尉、本当に邪教入信は事実無根なのか?」
とある幹部の発言に場は静まり俺に注目が集まり、その幹部は続ける。
「悪いが、ウルティミスに尽くしてくれていることは知っているし、感謝している、だが俺はアンタのことを完全に信用したわけじゃない」
「…………」
この幹部の言うことはもっともだ、ここは誠意をもって伝えるしかない。
「疑いになるのは当然です、正直、その件について私は言葉以外に弁明する手段を持ちません」
俺の言葉に幹部は深く腰掛けるだけで目を閉じる。向こうも俺がそう答えることを分かっている顔だ。
場が膠着するかと思われたがセルカ司祭の発言で一変する。
「神楽坂少尉は敬虔なるルルト教徒です。邪神入信なんて馬鹿げています、なにより私自身も調べを進めていましたから間違いありません」
ここで幹部たちは今度はセルカ司祭に注目する。
「不思議ですか? ここウルティミスに王立修道院の卒業生が赴任してくる、疑うには十分な材料だと思いますが」
俺と目が合い、俺にしかわからない範囲で微笑む、そうか、ハッタリか。調べたとは聞いていたが、それをここで出すわけか。
セルカ司祭の言葉に場は一応の鎮静を見せ、ここでようやく話が進められると判断したセルカ司祭は、今後の対策方針が大事であると述べる。
「セルカ司祭、改宗に従わない場合は向こうはなんと言ってきているのか?」
もっともな問い、そうだ、もっともな問いだ、要求に従わない場合はどうなるのか。
「…………」
セルカ司祭はすぐには答えない。そう、これが最も意外というか得体のしれないというか、相手の思惑が全く見えない回答だったのだ。
「粘り強く説得を続けるとだけ」
全員が呆気にとられる。そう、本当にこれだけだったのだ。
あの場で、要求を突き付けられた時、その質問をしたのはヤド商会長だったけど、ロード大司教は「?」という表情をしてこう答えた。
『どうと言われても、粘り強く説得を続けるだけですが』
王国軍はあくまで「万が一」だと付け加えていた。
「バカな、信じられない! 何か裏があるに違いない!」
全員がそう息巻く、そうだ、普通そう考える。
(だが、分からない、なんなんだ、何を考えているんだ)
この後も、色々推測は出るも、推測の域は出ず、セルカ司祭は最後にこう締める。
「皆さん、向こうの出方がまだわからない以上、乗ってしまうのも手だと考えています、手は出さないと明言したのならば、時間はあるという事です、ロード大司教の言質は取っています、もし武力行使などすれば、その時点で不利になるのは向こうですから」
●
会合は解散となり俺は執務室に戻る、俺が課せられた制約はウルティミスを出ないことと、一日に一回ミリカと応対し、要求を呑むか飲まないかの確認をするだけだ。
俺はルルトと一緒に戻って、席に座って考えている。
まずあの要求が試練の内容なのは間違いないだろう、だがそうだと分かっていたからこそ、あの要求は不自然すぎる。
内容が内容なだけにまずはルルトに確認しなければならない。
「なあルルト、どうしてウィズ神はルルトにそんなにこだわるんだ?」
「…………ボク?」
不思議そうに自分で自分の指をさす。
「どうして俺たちを改宗させることがウィズ神の目的なんだ、まるで無意味じゃないか、どうしてウルティミスなんだ、別の神じゃダメなのか?」
「そんなこと言われてもなぁ……」
「しかも詰めが甘すぎるだろう、粘り強く説得を続けるまでって、全てが変だろ? これじゃあ最終的に武力を背景にした脅迫的な交渉だ、こんな雑なことをするのか?」
「うーん……」
ルルトも考えているようだが思い当たるものはないらしい。
ウィズ教への改宗させることが教皇選抜への試練というのは間違いない、だから2人は協力してここまでしている。
俺の邪教入信という因縁をつけて、周囲を固めている。
(多分、俺は何かを見落としている、それが分からない……)
執務室の窓から空を見上げるが、俺の心境を現したかのように曇り空だった。
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それから数週間は驚くほど静かに時間が流れていた。
あれだけ派手なことをしているのも関わらず、俺の監視は誓約書のとおりミリカが訪れて改宗の意思があるかどうかの確認のみ、王国軍も周囲を囲んでいるだけで何もしてこない。
「モストもロード大司教も王国軍が設営した拠点で毎日のんびり過ごしているよ」
「……額面どおりに受け取っていいのかそれ?」
「信じるか信じないかは自由だよん」
こんな軽い感じで話すのはミリカだ。
一日一回の口頭報告はミリカの担当、彼女はモストの取り巻きだけど、俺の監視は結構重要だと思うんだけどな、それを修道院出身とはいえ立場がまだまだ弱いミリカに頼むのか。
ちなみにこの情報に嘘はない、何故ならモストはアイカを憲兵側の側近として指定したので、ついでに情報提供を依頼したのだ、死ぬほど嫌がっていたが果物食べ放題3回で手を打った。
「どう? ウィズ教へ改宗する気になった?」
「嫌だよ、断るよ」
「りょーかい」
本当にこんな軽い感じで、ミリカは何も言わず帰っていく。
「……なあミリカ、何度も聞くけどロード大司教への目的は知らないのか?」
「何度も答えるけど、それは本当に知らないの、教皇選に関係があることだから聞くなと言われたことは聞かないからね」
「だよなぁ」
「じゃ、また明日ね」
と手をひらひらさせながらミリカはウルティミスの正門に向かう。
こんな感じの形だけの監視業務、最初のピリピリとした感じはどこへやら、慣れるというか、王国軍に包囲されても、向こうの攻撃意思が全く感じられないせいかのんびりとした雰囲気と言っていい、だからこそ俺はこう思う。
(ひょっとして今は洒落にならないほどの深刻な状況ではないのだろうか……)
と真剣なことを考えているのに、ぐうぐうと腹の虫が鳴る。もう、俺もやっぱり少し気が抜けてしまっているのか、しっかりしないと。
「腹減ったなぁ~、ルルトに何か作ってもらうか」
実は意外とルルトが料理上手なのだ。暇を持て余して美味いものを食べるだけではなく自分で作りたくなったらしいというなんともルルトらしい理由だ。
こういう時は美味い飯を食うに限ると思ったものの。
「ごめん、材料が無いんだよね」
とはルルトの弁だ。
「そっかぁ、市場に行って買ってくるかなぁ」
「んー、それが品薄みたいでね」
「品薄? どうして?」
「どうしてって、前に言ってたじゃないか、いつも仕入れている取引先が王国軍への供給が最優先になっているからだよ」
「…………え?」
「だから作れるのは芋粥ぐらいかなぁ、というか今後はそれが続くようだけど」
「…………」
「イザナミ?」
「…………」
今、もしかしてと、恐ろしいことに気が付いた。
「セルカ司祭に会いに行ってくる!」
●
「4分の1しか食料が入ってこない!?」
ヤド商会長も言っていた、セルカ司祭に話してどうするかと、何も言われていないし、完全に思考の外にあった。
教会にいたセルカ司祭に食糧事情を聴いたところこのような答えが返ってきた。
「ええ、あれからヤド商会長も頑張ってくれているのですが、どこも自分の分を確保するだけで精いっぱいで、分けられる余裕がないんだそうですよ、今も別ルートを探している最中です」
「…………」
まさか、まさか、ロード大司教は……。
「セルカ司祭、仮に食料が全く入ってこなかった場合、街の食料品の備蓄はどれぐらいあるんです?」
「……え?」
「お願いします大事な事なんです!」
「大体20日ほどで、有事の際に使う程度ですが……っ!」
俺の言いたいことが分かったのだろう、流石理解が早い、セルカ司祭から血の気が失せる。
そうか、やっとわかった、あっさり引き上げすぎると思ったし、あの自信はここからきているわけか。
「あの、外道め!」
このための布石だった、全ては、このときのために、ロード大司教の攻撃方法は、これだったんだ。
「兵糧攻めだ!」