第18話:最後の舞台へ!
――
「…………」
突然の出来事に、モストは自分に何が起きたかのかを理解するのに時間がかかったのか、頭を押さえながら呆然と俺を見ていた。
一方の俺は憤怒の表情で立っている。
そしてもちろん自分が何をされたのかは数瞬遅れで理解が及び、みるみるうちに表情が怒りに染まるが。
「おいモスト!! お前よくもやってくれたな!!」
機先を制する形で俺はモストを怒鳴りつける。
「スパイなんて小汚い真似してくれやがって!! ティラーが可哀そうだろう!!!」
「っ!?」
「ティラーはな! 故郷の期待を一身に背負って頑張っているんだ! そんな切羽詰まった状態に付け込んで利用する! 最低なやつだなお前は! モスト! 俺は監督生を統括する首席監督生として! お前のやり方を断固否定する!! ユニア!!」
「は、はい!」
自分が呼ばれるとは思わなかったの、飛び上がるように返事をする。俺はそんなユニアに優しく微笑む。
「ありがとうな、そして悪かったな、「俺とティラー」のために、モストと兄弟喧嘩までしてくれて」
ユニアとティラーは俺の言葉に驚いて目を見開くが、そのまま表情は動かさない、よし。
「俺はドクトリアム卿の後ろ盾を得ている状態だから、正直モストのスパイ行為を知りつつも言い出せなかったんだ。だが今のユニアの覚悟を見て、何と自分は小さい人間だったのだろうかと自分を恥じたよ。お前が俺に付くというのはどれほどの覚悟を持ってのことだったのか、俺はわからなかった」
「だからユニアは、品性下劣な真似をしでかしたモストを懲らしめるために、ティラーを巻き込むことを決断したんだ。嫌われる覚悟、恨まれる覚悟、その両方を持っていたんだな、サノラ・ケハト家の直系の誇り、素晴らしいと思う」
「だがユニア、後ろ盾を得ているといえど、俺はお前の先輩だ、だから今回のことで責任を負うのは俺なんだよ、だからもう一度謝罪する、お前に恥をかかせてたのは俺だ、悪かった」
「…………」
ユニアは黙っているが。
「……気にしていません、後ろ盾を得ている以上、先輩は我が家の一員でもありますから」
とだけ言ってくれた。
「ありがとう、あともう少しの間だけだけど、報告大会頑張ろうな、ティラー、お前の事情は分かっている。そしてお前に対しても悪かった、モストにまんまと嵌められてしまって可哀そうに、俺もそれを知りつつ何も言えなかった、辛かっただろう?」
「せ、せ、せんぱ」
「何も言うな、けりは俺が付けるよ」
と言い終わると同時に、
「神楽坂! お前はやってはいけないことをやった!!」
と怒鳴る声が聞こえ、モストと正対するとモストに言い放つ。
「さて、本題に入ろうか、お前、後輩にスパイなんてさせて恥ずかしくないのか?」
「神楽坂、本題というのならまず俺の方が先だ! 繰り返すぞ、お前はやってはいけないことをやった!」
「何がだ? 具体的にいってみろ」
「公衆の面前で俺に働いた暴力だ!! これが意味することが分かるか!?」
「知らんがな」
「無能なお前もう分かっているだろう!! 俺に手を出すというのはどういうことか!?」
「だから分からんて」
「不興を買ったと言っている!! 今後お前が活動するありとあらゆる行動不能となる。終わったな!!」
「ふーん」
「強がるなよ!? お前は身の程知らずとも我々原初の貴族と、少しばかり付き合いがあるのなら余計に」
「ならば具体的に言ってみろ、お前の不興を買うと、俺はどういう不利益を被るんだ?」
「っ!」
さっと顔色が変わるモスト。
「やっと分かったか、失態だなモスト、え? いいぜ、不興を買ったって、お前の不興を買ったところで、俺には何の不利益も無いからな」
わなわなと震えるモスト。
「まず俺個人の不利益は何もない、出世には興味は無いし、そもそも中央政府になんて俺は全然向いていない、ははっ! そういう意味じゃ、俺を持ちあげて中央政府に異動させた方がよっぽど俺への嫌がらせになるぜ、どうぜ使えないと言われて追い出されるからな」
「後はそうだな、バカなお前は、まさか俺を殺したりするのか? そんなことはしないよな、不興を買うことが殺されるなんて、そんな下策、いや愚策は採らない、国家の施策にしない限りな」
「そもそも不興を買うってのは、その不興を原初の貴族全ての総意に基づいて行われるからこそ恐ろしいのさ、一つの部門の不興を買えば、他の貴族の不興を買うことになる、だから怖い」
「さて、となると、俺が所属するウルティミス・マルス連合都市が問題になってくる。お前の不興を買ったというのなら、確かにドクトリアム卿は俺を切るかもしれない。それにより他の原初の貴族の動く、だがそれでも手出しは出来ないよな?」
「ウルティミス・マルス連合都市街長セルカ・コントラスト、彼女は一等都市レギオン街長ファシン・エカーが会長を務める曙光会の会員であり、役職こそないが、ファシン会長と副会長である二等都市ウルリカ街長ゴドック・マクローバーと対等の関係にある」
「そのファシン・エカーは、本来であるのなら後世会の派閥争いに負け、そのまま政界から引退する運命だったが、ある人物の便宜を得たことにより、一発逆転を成し遂げた。さて問題だ、ファシンは誰の便宜を得たのか、そして……」
「その仲介者は誰だ?」
「ぐっ!」
「ウルティミス・マルス連合都市に手を出すってのは、どういうことだ! 言ってみろ! モスト・サノラ・ケハト・グリーベルト!!」
「違う!! 話をごまかすな神楽坂!!!」
叫ぶように俺の言葉をモスト。
「お前は俺に暴力を働いた理由を言っている! ティラーが俺のスパイだからだという理由で働いた! だがそんな事実はない! 事実無根で働いた暴力が問題だと言っている! 俺はそんなことはしていない! しているというのなら証拠を出せ!!」
と手を振りながら興奮するモストだったが。
「証拠? 証拠はないけど論拠はあるぜ」
「ろ、論拠だと!? 言ってみろ!!!」
俺はモストの言葉を受けて、それこそ朝の挨拶をするかのように軽く言った。
「お前ならやりそうだものな? ドクトリアム侯爵閣下の劣化コピーさん?」
その瞬間、貴族枠の修道院生と取り巻きたちは口を大きく開き、声を上げない悲鳴をあげ、すべての空気が凍りつき。
モストが思いっきり振りかぶった拳で顔面を殴られ、たたらを踏む。
何も言わず追撃のため更に右手を振り上げ殴りかかろうとしたので。
俺は体当たりをする形で思いっきりモストの顔面に頭突きをかます。
モストは両手で顔面を覆う形で、「く」の字に体が折れ曲がり。
モストの視界が復活したところでお互いに掴みかかろうとしたところで。
「何をしているんだ馬鹿者共がぁ!!!」
というユサ教官の怒号で我に返った他の修道院たちに止められたのであった。
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ユサ教官の指示により現場は強制的に解散となり、俺とモストは当然のごとく、教官室に呼び出され2人並ばされている。
「神楽坂、モスト、言いたいことは山ほどある、だが辞めておこうか、何故なら私の言いたいことをお前ら2人が理解するのは不可能だからな」
と口調は静かであるが、今までにないぐらいに激怒しているのが分かる。
「さて、まずは双方の言い分を聞く、神楽坂、お前からだ」
「はい、モストが、自分を動向を探るためにティラーをスパイとしてこちら側に送り込んできたからです」
「それにはいつ気が付いたんだ?」
「最初からです」
「私はその報告は受けていないが」
「ドクトリアム卿の後ろ盾を得ている身である以上、言い出せませんでした」
「言い出せないとはどういう意味だ?」
「一言でいえば臆病風に吹かれました、証拠もありませんし」
「……ならどうして今回の喧嘩が起きたんだ?」
「ユニアが、私のためにモストに喧嘩をしてくれたんです、アイツはティラーに恨まれる覚悟で巻き込んだ、となれば私が奮起しないわけにはいかない、ユニアのことだけじゃありません、ティラーだって、事情がありますし、モストにやれと言われて逆らう事なんてできないでしょう」
俺の弁を黙って聞いているユサ教官は今度は視線をモストに移す。
「今度はお前の言い分を聞く、発言しろモスト」
「言い分も何も、そもそも突然私は殴られたんです! しかもスパイをさせたなんて事実無根の言いがかり! しかも私に対しての暴言! とても許せるものではありません!」
「……モスト、もう一度聞く、神楽坂の言ったティラーをスパイさせた事実は本当にないのか?」
「あ、あ、ありませんよ!」
「…………」
「教官! そんなことよりも! 神楽坂から一方的に暴力を振るわれた! これは問題です!」
「神楽坂、モストはスパイの件についてその事実はないと言っているが」
教官と共にモストは俺を睨むが……。
「はい、スパイの事実はありませんでした」
「っ! っ!!」
俺の返答が意外だったのだろう、口をパクパクさせるモストだったが、それを無視してモストに正対すると頭を下げる。
「俺が一方的に誤解してました、ごめんなさい」
まさかこう発言するとは思わなかったのか、目を白黒させるが、すぐに俺を指さしながらユサ教官に訴える。
「教官! 認めた! こいつは認めました! 暴力沙汰を! これは監督生にふさわしくない! 辞めさせるべきです!! 神楽坂、お前も男なら責任を取るのが筋だろう!!」
「はい、モストの言うとおりです、ユサ教官、首席監督生の地位、お返しします、職責を果たせず、すみませんでした」
「そんなことを認められるか馬鹿野郎どもが!!」
「モスト!! お前がコソコソ裏で何かをしていたことに、私が気づいていないと本当に思っていたのか!?」
「っ!」
「神楽坂!! お前もそれを知りながら、解決策は、自身の低評価を利用して巻き込んでの自滅策! シンボルとしての自覚が有るのならもう少し別の策を選べ!」
「「…………」」
「今回の問題についての処分は追って伝える、下がれ」
「「…………」」
こうして俺たちは、教官室を後にした。
●
そして開かれた報告大会、修道院の大講堂では、それぞれの修道院生たちが論文を発表して、監督生の評価、教官たちから講評を受けている。
監督生としての集大成のイベントではあるが……。
俺とモストは、謹慎処分ということで出席できなかった。
つまり当然報告大会自体に不祥事で出席していないのだから順位は最下位。これも前代未聞だそうだが、周りは驚くぐらい静かで、モストにではなく俺にも気を使って滞りなく進んだ。
多分俺も下手につつけば蛇が出ると思っただろう、なるほど、一番平和に解決する手段としての喧嘩両成敗か、流石ユサ教官。
モストは、特段絡んでくることはなかった。というか、これ以上絡むと本当に、不利益しか生まないのは分かったらしい。
さて、現状の説明はまだ続く、報告大会も集大成としてのイベントではあるが、これが終われば、修道院生としての最後であり最大のイベント、最終意向調査が待っている。これで自分が何処に配属されるか決まる人生の一大転機ともいえる修道院の最大のイベント。
まず中央政府をはじめとした様々な官庁が募集人数のみを公表し張り出される。それを見て修道院生たちは自分の順位を元に第四希望まで記載して予備意向調査を行い、期限までに提出する。
さてここからがお互いに情報交換が始まる、自分と相手の順位はどれぐらいなのかわからない筈なのに、ほぼ全員が勝手に調整して治まるのだから不思議。
んで、その残りの少数派自分の希望する部署が厳しい場合は、それとなく教官が、予備調査の段階で警告をしてくれるのだが。
ユニアは、まあ、やっぱり怒っていた。
――「頼りなくて情けなくてモテなくてアンポンタンでどうしようもないお兄ちゃんのやることですから、おかげさまで、無能とか言われる理由はよくわかりましたし、となれば妹分として支持しておかないと、流石に哀れだと思うので」
うん、普通に泣きそうになったが先輩に言わせればこれで慕われているそうだ、本当かな、本当に本当かな。
んで進路についてだが、ユニアについては、論文の出来が素晴らしく、連合都市の長所を上手にわかりやすく説明してくれたのは、かなり評判がよく、原初の貴族の直系の言葉ともあってこの報告大会のおかげで連合都市の評価が上がることになった。
なるほど、本当に修道院のシステムはよく出来ている、俺の時は「どうせやめるんだから派手にぶちかましたい」というミローユ先輩がノリノリで「美味しい目玉焼きの作り方」という論文発表をして顰蹙を買ったっけ、でも楽しかった。
んで監督生にだけは、そして監督生としてユニアの加点要素として満点をつけてユサ教官に提出、受理されることになり、ユニアはギリギリ10位という成績で恩賜勲章の受勲が決定した。
ユニアの最終意向調査については、ユニアから「どこに行こうかまだ迷っている」という相談を受けた際に俺はこう言った。
――「自分で考えて自分で決めるんだ、俺はそれを最大限に応援する、お前なら下についてもいいって思ったのは嘘じゃないよ」
と先輩らしく決めたつもりが何故か蹴りを3発もらう羽目になった、凄い痛かった。「ああそうか、先輩って大馬鹿でしたっけ、忘れてました」ってヒドイことを言われた、しくしく。
んでそのことをミローユ先輩に愚痴ったら「そうだね、アンタが大馬鹿ってこと忘れるのユニアが悪いね」って言われた、多分あれだ、2人とも俺なら何を言っても傷つかないとか思ってんだろうな、しくしく。
まあいい、問題なのはティラーだ。
モストとスパイをしているというのは公然の秘密状態だったらしい、がモストがスパイを否定し、俺と大喧嘩したことにより、その事実はなかったことになった、となったのは良かったものの、というのは表以上だけで、遺恨は残ってしまった。
ここでの遺恨とは、ティラーが「モストの立場を揉めてしまった」ということだ。
結局ティラーは、噂が広まってしまっている。ティラーは、モストに絡むことも無くなったが、落ち込んだ様子だった。
無理もない、毒気にあてられたし、自分でも整理がつかない、だがこればっかりは、自分で乗り越えなければいけない。
なんとか被害者ではなく、巻き込まれたみたいに周りは解釈しているのはありがたい、これはモストが期待を裏切らずに「俺に冤罪をかぶせて一方的に暴力を加えた」と言ってくれたおかげ。知っている人間は知っていたが、暗黙の了解となったそうだ。
ティラーと話せば、公然の秘密に触れて藪から蛇が出る、なんて噂が流れてしまい、ティラーは孤立する羽目になった。
そして……。
――「加点についてだが、満点は認められない、それは分かっているな?」
ユサ教官からも釘を刺されてしまった。ティラーは経済府の監督生と打ち合わせをしていたから、当然のように論文は完成している状態ではなく、突貫工事で無理やり完成させた論文がいい出来のわけがなく、ユニアの都市運営の論文と比較されたから余計にだ。
そして最終の予備意向調査で経済府の募集枠に対しての応募者の成績をみて、ティラーは経済府への道はなくなった。
「ティラー、いいか?」
とコンコンとノックをするが応答がない、中で気配するから「入るぞ」という声と共に入ると、泣き疲れたのが呆然としてベッドの上で座っていた。
「ティラー、お前に用件があってきた」
「…………」
俺の言葉にもぼんやりとしか反応をしないが。
「しっかりしろ!! お前の故郷が消滅する瀬戸際なんだろう!!!」
怒鳴る俺の声にようやくハッと我に返るとみる。
「せ、先輩?」
「お前に一つ段取りを組んでもらいたい」
「え?」
「今から最終意向調査までの期間が短いからな、だから話だけでも早急につける必要がある。俺の方は既に段取りはついている、お前と一緒にピガンに行くぞ」
「え? え?」
「俺が1週間の出張に行ったのは知っているな? お前の故郷に行ってきたんだよ」
「わ、わたしの?」
「そうだ、だからそのために必要な事だ、いいか、よく聞け」
俺はティラーの両肩を掴み告げる。
「セルカ・コントラストがヤド・ナタムと共にお前の都市に行く、理由は家畜「ピガン」に興味を持っているからだと」
「…………」
俺の言葉に呆然とするティラー。
さあ、俺の監督生としての最後の仕事だ!
次回は10日か11日、もしくは13日か14日です。