第16話:2人の首席監督生
ミローユ・ルール。
先代首席監督生、つまり俺が修道院時代の直属の先輩だ。今は官吏を辞めて宿屋の女将さんをしている。交流は今でも続いていて首都に訪れる際はこうやって宿屋を予約して利用している。
「つーか監督生に就任して、挨拶に来たの初日だけってのも、全くアンタは」
「すみません、ウルティミスで監督生業務をしていたもので」
「まあいいや、それにしても今日いきなり泊まりたいなんてどうしたの? まだ監督生期間は終わってないでしょう?」
「一段落ついたので外に出たくて、外泊許可をもらってきました」
「監督生期間中に外泊か、アンタも相変わらずだね、それにしてもユサ教官もよく許したね?」
「いや、絶対に許してくれないと思ったから、いない隙を見計らって、別の教官に出して走って逃げてきました」
「ほんとーーに、相変わらずだね、怒られるのに」
「まあ、怒られるのを我慢すればそれでいいので……」
と先輩に頭を下げる。
「すみません、お忙しいし、先輩も大変な時だとは分かっていたんですが」
「いいよ別に、アンタなら割増料金で勘弁してあげる」
「割増しするの!?」
「冗談だよ、まあそれを抜きにして、こうやって可愛い後輩との交流をしようと思ったの」
「もう、でも先輩の分も奢りますよ、それを割増し分ということで」
「ほほう、少しは気を使えるようになったんだね、しかし懐かしいね、こんな感じで食事を賭けたりしてたっけ」
「俺の連戦連敗だったですけどね、先輩容赦しないし」
「アンタは考えてることがすぐに顔に出るから読みやすいのよ、だから」
先輩はじっと俺の目を見てくる。
「何か相談があってきたんでしょ? ユサ教官に怒られることを覚悟の上で、ね」
「やっぱり分かるんですか……」
「だから言ったでしょ? アンタは考えていることがすぐに顔に出るって、だから私は可愛い後輩との交流をしようと言ったの」
「助かります、まず私が今から話すことは」
「他言無用ってわけね、んで用件は今面倒を見ている2人の修道院生絡みってところでしょ? 確かティラーとユニアだったよね、どっちの方の用件なの?」
「ティラーです、アイツの件で先輩には協力して欲しいことがあるんです」
「分かった、話してみな」
「はい、まずは重複する部分もありますが、1から話します」
●
「以上が、現在の状況ですね」
「なるほどね、それにしても、モスト息も相変わらずね」
「まあそれでどうにかなるような制度ではないですし、ただ今回の最大の問題は「そのモストが関わることになる」から厄介なんですよ、アイツの立場だけは無視できないので、その為の保険を打ちたいと考えているんです」
「保険ってのは、どういう意味で?」
「それについてはティラーの事情を話す必要があります」
「例の出張か、ピガン都市の件ね」
「はい、この事情については、ユニアにも言っていないんですが」
「? ユニアに言っていないの?」
「はい、個人の事情ですし」
「ちょっと待った神楽坂、アンタが事を起こしたいことは分かった、だけどそれより前に対処しなくちゃいけない大事なことが一つあるけど、それには気付いている?」
「へ? 大事な事?」
「アンタが言ったユニアのことだよ」
「ユニアの事?」
きょとんとする俺にミローユ先輩はため息をつく。
「ねえ、神楽坂さ」
「な、なんですか?」
「私さ、たった一ヶ月だけどさ、アンタと接してさ、こう思ったんだよね」
「コイツ絶対モテないだろうなぁって」
「いきなりひどい!! それはモテませんけど!!」
「まずはそっちの対処を考えろってこと」
「た、対処? 私のモテない対処ですか?」
「そうじゃない、というかアンタがモテないのはどうにもならないから無理」
「ぐふっ」
「私が言いたいのはユニアはアンタのことをどう思っているのかってことだよ」
「え? え? どうって、えーっと、さっき言ったとおり頼りなくて情けなくて」
「それはそうなんだけど、違うよ」
「ぐふっ、先輩、あ、あの、手加減して……」
「うるさい、あのね、ユニアは、セルカ街長のことも姉さまって呼んで慕っているんでしょ?」
「は、はい」
「そして彼女自身、自分の人生をウルティミスで使いたいって思うぐらい、ウルティミス自身も好きってことだよね?」
「は、はい、嬉しいことですね」
「んで、アンタのことも頼りなくて情けなくてモテないお兄ちゃんとして好きなんだよ」
「……それって好きなんですかね?」
「だからそうなんだよ、修道院生時代から、そこら辺がアンタは本当に分からないね」
口調は穏やかながら、諭す基調に自然と背筋が伸びる。
「神楽坂、これらのことを鑑みて、その今回のティラーのスパイの件についてね、ユニアがどう思っているのかって話をしてるんだ」
「どう思うかって、そりゃ腹は立つ、と思います」
「腹が立つじゃなくて、腸が煮えくり返るだよ」
「…………」
「…………」
「……せ、先輩、ユニアは私よりもしっかりしているし、能力も非常に優秀です、だからそんな感情で動くようには」
「全然するよ」
「そ、そうです、か?」
「話を聞く限りでは、私の印象は相当の激情家だと思うよ、私にそう言われて心当たりはあるんじゃないの?」
「…………」
「あるみたいだね、それにさ、そもそもちゃんと言っているじゃないか、アンタがティラーの為に協力することを「下策だと思います」ってさ、それについて何か考えた? 考えていないよね? 「ひと段落ついた」なんて能天気なことを言っているからね?」
「…………」
「いい? 本来だったら、ユニアが修道院生の中心として動くはずなのに、徹底してその中心から外れようと動いていて、ウルティミスを選んだことが同期教官はおろか、実の兄ですら衝撃的だったことを考えれば、普段から相当の覚悟と誇りを持っているのが分かる」
「そんな彼女にとってウルティミスを選び、修道院最下位であり首席監督生であり自分の父親の後ろ盾を得ているアンタに付くというのが「どう修道院と上流に影響を及ぼすのか」ということを考えて動くことは当たり前のこと」
「ただここで問題なのは、その覚悟と誇りを持っているのに、次期当主である実の兄が普段からそれを台無しにするような振る舞いを続けて、劣化コピーと揶揄されている現実。どんな思いで日々を過ごしていたか、それでも兄は兄と何とか割り切っていたんだろうけど、決定的なことが起きた、それがティラーをスパイに送り込んだこと」
「この件について、ユニアはさっきも言ったとおり腸が煮えくり返るぐらい激怒している。その理由は二つ、原初の貴族として失望した怒り、そして兄の行為によって自分に害が及ぶことになったことによる怒り」
「どうしてそこまで思うか分かる? アンタは、モストのことを器と気が小さいって言ってるけど、アンタにとっては他人事でも、自分の家に誇りを持っているユニアからすれば当事者なんだよ。誰もがアンタみたいに、善悪を問わず、感情を切り離して考えることは出来ないの」
「…………」
「あのさ、アンタさ、ちゃんとユニアのことを後輩として面倒を見たの?」
「…………」
「ユニアは女だから色々と面倒に思ったね? んでセルカ街長も女だし、欲しい人材とガッチリ一致したから任せて、いや丸投げってところね。しかもさ、自分を放置したくせに裏切ったティラーに対しては頑張って面倒を見ている、面白くないよね?」
「……ユニアは、私に興味は、ないと」
「ばーか、だからアンタはモテないって何度も言っているでしょ、それを本気で受け取ったの? そりゃセルカ街長に興味があったのは嘘じゃないよ、だけどアンタにも同じぐらい興味を持っていたの」
「だからアンタが監督生に選任されてなかった場合は、どの道アンタに接触する予定だったと言っていたじゃない? 分かる? ユニアにとって、アンタは監督生として「選任されない方が」交渉事を秘密裏に出来て良かったということなの、首席監督生に就任したことにより、派手に目立つことになったの、その覚悟をもって、貴方に接触したの」
「だからユニアは、ティラーがスパイだと知りつつも、貴方が動くだろうと思ったから何もしなかった、だけど、裏切りに協力するというアンタの手法を知った時ね、ユニアはこう思ったの」
――「1番は自分の為に、2番はヘタレな兄の為に、妹分の私が動くしかない」
「私からしても、モスト息に手を貸すティラーは同類にしか見えないね、彼女は自分の色々な思いを侮辱されたって思うし何より」
「能力は優秀だけど、幼いのよ、その子」
「…………」
「アンタそれでも監督生なの? それともイヤイヤだから手を抜いた?」
「い、いえ、その」
「そうだよね、アンタは優しいし、人の気持ちが分かる子ってのは知っている。わかってて聞いたの、んでさて現状から考えていきますか、ユニアの行動一つでは、アンタが今考えていることが全部水泡に帰すって感じるからね」
「……よくわかんないですよ、女の子って、先輩、どうすれば?」
「情けない顔しないの、アンタは先輩でしょ、そして私が見込んだ後輩でもあるの、だから考えなよ、私が監督生時代も言ったでしょ「空気が読めないのがアンタの長所」だって」
「…………」
「何か思いついた顔したね、どうする?」
「色々と考えがあります、となればやはり今、先輩に全部話して、私の考えを知って欲しいです」
「分かった、私も可愛い後輩の為に、骨を折るとしますか」
と、頼りになる先輩に、俺は後輩として、そしてティラーと、ユニアの先輩として、自分の考えていることに、巻き込むことに決めたのだった。
次回は、4日か5日です。